◇聖なる日の約束  後編
夏海さま作


二月八日

音楽室で一年F組には衝撃が走った。
特に乱馬は驚きすぎて心臓発作を起こしそうである。
今は音楽の授業中。
一週間後にせまった合唱コンクールの伴奏者を決めようと練習の成果を披露していたところである。
当然あかねもピアノを弾く事になり、たった今披露したところなのだ。
(うめぇ。文句無しに上手いじゃねぇか・・・。)
絶句した乱馬は心中であかねに賞賛を送っていた。
実際たいしたものだった。
当たり前だ。
あの日以来毎日学校帰りに亮の屋敷によって、それはそれは丁寧に教えてもらったのだから。
最初は鍵盤を強く押しすぎてピアノを壊しかけたあかねだったが力の加減を知るようになるにつれて少しずつ弾けるようになった。
元々音符は亮に比べては遅いもののきちんと読めていたので力の加減を知ったあかねの上達は早かった。
弾きやすい指使いを亮に教えてもらった事も、上達が早かった要因の一つだろう。
(やっぱり亮さんの教えかたがいいからね。)
この曲、実はとても難しいらしく他の子が約半分で脱落する中、あかねだけが一人終盤手前まで進んでいた。
「あかね凄いじゃない!」
「ほんと。あかねならきっと伴奏者大丈夫よ!」
「そ、そう?」
「うんうん。あかね以外に伴奏者はいないよ!」
一年F組の中で、容姿とこれほどの技術を身につけたあかね以外に適任はもはやいなかった。
「それじゃ、伴奏者はあかねに決定ね。」
乱馬の『あかねが伴奏者なんて無理だ』と言う確信はあっさりと外れたのだった。

「ねぇねぇ、あかね。今度の三連休あたしの家に泊まって、さゆりとゆかとあたしでチョコ作るんだけどあかねも一緒に作らない?」
休み時間になって奈美はこの話を持ちかけてきた。
「チョコ?でもあたしは・・・。」
「いいじゃない。みんなで作ろうよ。ほら、別にあかねが食べたっていいんだし、それに本命じゃない人に手作りあげても本当はいいんだから。」
「う〜ん・・・。」
(・・・亮さんにお礼にあげるのも良いかな?乱馬は・・・どうせいらないって言うだろうし。)
「けど、あたしピアノの練習で夕方抜けるよ?」
「そんなの全然気にしないでいいよ。」
「分かった。それじゃあ今度の三連休ね。」
「そう。準備しといてね。」
それから奈美は音楽教師に呼ばれて、あかねから離れた。
(うん、チョコはやっぱり亮さんにあげよ。)
あかねは簡単にそう考えた。
「よぉ、あかね。」
と、そこへ乱馬が。
「なによ、乱馬。」
「さっきの演奏、良かったぜ。」
乱馬はニッと笑いかけた。
素直に自分を誉める乱馬にあかねは嬉しくなる。
だが・・・
「どんっな不器用でもピアノってのは弾けるもんだな。それともあれか?不器用にだって一つくらい取り柄があるって事か?」
カチンッ!
あかねは拳を固めた。
その拳は微かに震えている。
「珍しい物見せて貰ったぜ。不器用で寸胴で可愛くねぇおめぇがあんな風に演奏できるなんて。」
「誉めるんならもう少し素直に誉めんかあッ!」
あかねは乱馬の顔面を床に叩きつけた。
乱馬は顔をさすりながら立ち上がる。
「んだよ、可愛くねぇな!せっかく人が誉めてやってんのに!」
「あんな湾曲的な誉め方があるの!?」
「どこが湾曲的だよ!めちゃくちゃ素直に誉めてんじゃねぇか!不器用で可愛くなくて・・・」
「くり返さんでいい!」
あかねは怒って席を立つ。
「あ、あかね!」
その後ろ姿に乱馬は声を掛けた。
乱馬は実はこれが言いたかったのだ。
「なによ!」
「バレンタインのチョコくれるんだったら買ってくれよ!いいか?ちゃんと店で売ってるやつだぞ!?」
あかねはやっぱり、とため息をついた。
「あたしは最初からそのつもりだから。手作りは他の人にあげるつもり。心配しないで。」
(ちょっと棘のある言い方だったかな?)
あかねはそう思ったがその前に言われた『不器用、寸胴、可愛くねぇ』の言葉を思い出して、これぐらい可愛いものよ。
と開き直った。

(俺以外に手作りをやる!?)
一方でこの言葉に乱馬はショックを受けた。
自分で言ったからとはいえ、やっぱりあかねの手作り=本命は欲しい。
が!
しかし手作りは別に人物の手に渡る事になっているという。
つまりそれはあかねが乱馬以外の人を好きだという事になる。
いや、少なくともあかね以外のこれを聞いた者達はそう思った。
(乱馬以外に本命をねぇ。)
(乱馬君じゃなかったんだ。本命って。)
(あーあ、乱馬の奴かわいそー。)
(でも自分で手作りはやだって言ったし、仕方ないわね。乱馬君の場合。)
(これも日頃からあかねの手料理から逃げ回っていたツケだな。)
(あかねは誰に本命あげるつもりなんだろ。)
以上クラスメイト達の心の声でした。

その頃奈美は意外な事実を音楽教師から聞いていた。
「ええ!?あかね、いえ天道さんは学校で練習してなかったんですか!?」
「そうそう、一週間ぐらい前に頼まれたんだけどどこも空きが無くてね。今日は第二音楽室が空いたからピアノ使えるって天道さんに言っておいてくれないかな?あと授業の伴奏はとても素晴らしかったっていうのもね。よろしく。」
爽やか(?)に去って行く音楽教師の背中を見ながら奈美は混乱する頭の中を必死で整理する。
あかねの家にピアノはない。
学校じゃなきゃ練習する場所なんてあるはずもない。
それじゃあかねは一体どこで練習しているのか?
考えてみれば学校で練習なんて、この時期に無理な話だ。
吹奏楽部や他のクラスがそれよりも先に音楽室やピアノを競って取り合うに決まってるのだから。
(あかねは確か三連休も練習に行くって言ってたけど、よく考えてみればこれだって変よ。休みの日に学校はやってないんだから、練習なんて出来るはず無いのに。・・・これはなにかある。)
教室に戻るとバタバタとさゆりとゆかが駆け寄ってきた。
そして奈美は廊下に逆戻り。
「な、なに?」
「あかねが手作りチョコ乱馬君にあげないって言い出したのよ!」
「えーっ!?」
「せっかく乱馬君に手作りチョコを渡せるようにって計画したのに、これじゃあ・・・。」
ゆかが困ったという顔になった。
今回の三連休に奈美の家に泊まりがけでチョコを作るのには、実は奈美達の陰謀があった。
素直になれないあかねは多分チョコを作らないと言ったら絶対に作らないだろうと踏んだ彼女たちは、あかねをチョコ作りに誘ってチョコを作らせる事にした。
しかしいくらなんでも自分で食べる事はしないだろう。
そのチョコは一体どうなるか。
当然誰かの手に渡る事になるが、クラスメイトの誰かに配れば勘違いされる事もある。
そしたら後は家族か、もしくは居候兼許嫁の乱馬の手に渡る事になるだろう。
あかねだって乱馬の事を好きなんだったら手作りチョコは乱馬に渡したいと思うはず。
彼女たちはあかねの本命が乱馬だと薄々感づいていたから、きっと乱馬に渡す事にするだろうと考えていた。
だが、そのあかねは手作りをしてもそのチョコは乱馬にあげないと言う。
「きっとあかねは別に渡すあてがあったのよ・・・。」
「乱馬君以外にもそういう人がいるなんて思わなかったわ。」
「でも、あかねの事だから軽い気持ちで渡そうと思ったんだと思う。」
これには三人とも頷いた。
三人から見て乱馬よりあかねの方が誠実で、乱馬一筋である。
まぁ、乱馬の普段からの優柔不断ぶりをまわりで見ていれば好きな人(あかね)にヤキモチ焼かせたいが為に、又は近寄ってくる彼女たちを傷つけたくないという気持ち故だと分かる事は分かるのだが、やっぱりハッキリしないところは誠実とはいいがたい。
「ねぇ、これとはまた別の話なんだけどさぁ。」
奈美がさっき音楽教師から聞いた話を二人に話す。
当然二人も驚いた。
なにしろあかねはどこで練習しているかなんて言わなかったので、ずっと学校で練習しているものと思っていたのである。
もちろん今もこの三人以外のクラスメイト達はこの事実を知らず、学校で練習しているモノと思いこんでいる。
「こっちもこっちで気になるわね。」
「まぁチョコの方はそれとなく誰に渡すか聞いてみましょ。」
「ピアノの練習の方は?」
「こっちも本人に直接っていう手もあるにはあるけど・・・つけてみたくない?」
さゆりの提案にゆかと奈美はニヤッと人の悪い笑顔を浮かべた。
「そっちの方が断然面白そうよね。浮気調査をする女探偵みたいにさ、あかねがどこ行くかつけてみようよ。」
「それ賛成。もしもその先に男が待っていたら、乱馬君に報告してちょっと焦らせましょ。」
「きっと乱馬君慌ててそこに飛んでっちゃうわよ。」
「クスクス、そうかもね。」
この三人も人が悪い。
友達の後をつけようと言うのだから。
だが、こうした事をしてみたくなる気持ちはきっと他の人にも分かってもらえるだろう、と奈美は思った。
「じゃあ、あかねが練習に行ったら・・・。」
「ばれないように後をつける、でしょ?」
「なんだかワクワクしてきたわ。ああ、早く三連休にならないかな。」
奈美は音楽教師に頼まれた伝言などすっかりと忘れていた。

三連休

初日
四人でチョコの材料の買い物に行った。
あかねは五時頃になると、練習に行ってくると言って抜けた。
三人は後をつける・・・が途中でばれて失敗。
なんとかごまかし三人は帰宅。
結局あかねは八時になるまで帰ってこなかった。

次の日
初日同様。
宿題だの、チョコの形を買い忘れてどんな型にするかだの、そんな話をしている間に五時になってあかねは家を出た。
やっぱりあかねにばれて失敗。

そして最終日
「あかね!お湯が入っちゃったらダメよ!」
「やり直しかぁ・・・。」
あかねはチョコを溶かすのでさえ悪戦苦闘。
三人のチョコが冷蔵庫に入る頃、ようやくあかねはチョコを溶かし終わった。
あかねが慎重に型にチョコを流し込む。
ちなみにこのチョコにはいつものようにあかねの隠し味として入れている、砂糖だの塩だのは入っていない。
三人が入れる前に何とか止めたのである。
あかねは味見用と、あげる物用に二つチョコを作った。
チョコは綺麗に型に・・・とはいかなかったが何とか入れる事が出来た。
「出来たぁ!」
「それ、誰にあげるの?」
「え?」
あかねはキョトンとして、チョコを冷蔵庫に入れようとした手を止めた。
「乱馬君にあげるんじゃないのぉ?」
「違うわよ。」
あかねはさらりと言ってのけた。
いつもなら照れ隠しに慌ててるあかねだが、この反応は本当に違うようだ。
三人は困惑した。
「じゃあ誰にあげるの?その人本命?」
「乱馬君が本命じゃないの?」
「なっ!乱馬が本命なわけないじゃない!」
あかねは驚いてチョコを取り落としそうになった。
(((あ、いつもの照れ隠しだ。あかねって分かりやすい・・・。)))
「それにこのチョコをあげる人も本命じゃないわ。」
あかねはチョコを落としたくないので止めていた手を動かしてチョコを冷蔵庫に入れた。
「ね、誰にあげるの?」
「・・・お世話になってる人に、かな。」
「お父さんとか?」
「ううん、もっと別な人。」
あかねはそれから時計を見て叫んだ。
「いけない!時間だわ!あたし練習に行ってくる!」
あかねはエプロンを外し荷物の中から楽譜を持ち出して、外へ飛び出した。
「あたし達も行くわよ。」
その後を三人が慌てて追いかける。
今日のあかねは急いでいるせいか、三人の尾行に気が付かなかった。
「あかね、どこに行くのかしら・・・。」
「しっ!静かに!」
あかねはやがて古い屋敷の敷地内へ入っていく。
「ごめん下さい!」
あかねが声を張り上げると、中から亮が出てくる。
「待ってたよ、あかねちゃん。」
「遅れちゃってごめんなさい。亮さん。」
「そんなの気にしないよ。さ、練習しようか。」
「はい!」
二人は屋敷の中に入って行った。
それを見た三人は驚きと興奮で声も出ない。
ピアノの音が聞こえ始めた頃、やっとゆかが声を出した。
「・・・本当に男の人が待ってたわね・・・。」
「・・・帰ろうか。」
「うん・・・。」
無言で帰途につく三人は乱馬に言うべきか、言わざるべきかで迷っていた。
家について、奈美の部屋に引きこもる三人。
「あの人がチョコのもらい手じゃない?」
「多分そうね。きっとあの人にピアノを教えて貰ったお礼にするつもりよ。」
「乱馬君が知ったら、傷つくだろうなぁ。」
「殴り込みに行くわね。」
「同感。でもあの人格好良かったから、あかねだって大人でハッキリした態度をとってくれそうな人の方がいいな、なんて・・・。」
「まさか。あかねはそんなに軽くないわ。少なくとも簡単に乗り換えたりする子じゃない。」
「だってあんまりにもハッキリしないんだもん、乱馬君。あかねだって愛想尽かしちゃうかもよ?」
その事について話し合った三人だったが、あかねが帰ってきたのでその話はどうするか決まらないままになってしまい・・・三人は学校で話す事になった。
その後あかねを含めてみんなで試食してからチョコをラッピングしたのだが、会話はぎこちない物だった。

だが乱馬に話すかどうするかについての話は学校でも決まらずに、結局バレンタイン当日になってしまったのだ。


十四日 バレンタインデー 合唱コン前日

「天道あかねー!僕にチョコを渡し・・・」
「誰が渡しますか!」
教室にやってきた九能を蹴散らしたあかねはため息をついた。
教室の入口は女子で超満員。
その殆どは乱馬に渡しに来ているのだから困ったものである。
「早乙女君!」
「乱馬くーんッ!」
ひっきりなしに呼ばれる乱馬は自分の席と教室の入口を行ったり来たり。
自分の席に戻ってくる時には両手に一杯のチョコレート。
(なによ、乱馬の奴。鼻の下伸ばしちゃって。今朝だってシャンプーと右京と小太刀のチョコを受け取ってデレデレしてたし。)
あかねはチョコの入った鞄を見た。
(乱馬と亮さん以外はもう全員渡したし、亮さんも帰りに渡すからいいとして・・・乱馬にはいつ渡そうかな。やっぱり、本命なんだから渡したいよ。)
あかねがいつ渡すかと悩んでいる一方で乱馬はイライラしていた。
(ちぇっ、あかねの奴。ひろしや大介達には渡しといて、なんで俺にはくれねぇんだよ。朝は親父とおじさんとジジイ。学校でくれんのかと思ったら違う。一体俺にはいつくれるんだよ。大体、手作りチョコは他のヤローに渡すって言ってたし、なんなんだ。本命は俺にくれるのが筋ってもんだろうが!あかねの馬鹿!)
実は乱馬は朝からずっとソワソワしっぱなしだったのだ。
あかねがいつ自分にチョコをくれるかと楽しみにしていた。
だが家でも学校でもあかねはチョコを持ってこなかった。
あかねには乱馬がデレデレしながら受け取っているように見えていたが、実際乱馬はいつもより不機嫌で仏頂面をして、ぶっきらぼうに礼を言っていただけだった。
その様子を見ながら、奈美は考えた。
(今ここで乱馬君にあかねの事言ったら乱馬君なにしでかすか分からないわ。けど、言わなかったら言わなかったであかねも危ないし・・・。)
奈美はあの屋敷の男があかねに惚れているのではないかと睨んでいた。
(そんな相手に手作りチョコなんて渡して相手の人が本気にしちゃったら・・・。やっぱり乱馬君には言った方がいいわよね。)
決心はしたものの、乱馬は多忙だった。
休み時間に隙はない。
乱馬は途中から雲隠れしてしまった。
放課後に・・・と思っていたがなんと乱馬はなびきによって大体二十分刻みにレンタルされていた。
なんと放課後の午後三時から午後七時までびっしり予約が入っていて、乱馬が解放されるのはそれからだとなびきは言った。
なびきは『乱馬君意外にもてるから、最初は三十分刻みだったはずなのに酷いところだと十分で交代なのよ。』とこぼしていた。
奈美は事情を話そうと思ったが、ここから情報が漏れるのを恐れてやめておいた。

結局奈美は七時の少し前から、天道家の前で乱馬を待つ事にした。
町中を探し回って言うより面倒が無くて良いだろうと判断したのだ。
乱馬は七時三十分頃帰ってきた。
なんだか疲れてヨロヨロである。
だが三十分近くも待たされた奈美は、今にも怒鳴りつけたい衝動に駆られていた。
(なにやってるのよ!乱馬君ったら!せっかくあかねと乱馬君の関係が危ないから教えてあげようとしてるのに!嫌なら逃げてくればいいじゃない。あかねはいつもこういう気分を味わっているのね。)
「乱馬君!」
「新村、か・・・?ま、まさかおめぇまで俺をレンタルなんてしてねぇだろうな。」
「誰がそんな事するのよ!そんなどうでもいい事はおいといて、乱馬君!あかねが今どうしてるか知ってる!?知らないでしょうね!怒らないで聞いてよ?あかねは今ピアノの練習をしてるの!でも学校じゃないのよ!あかねはずっと学校じゃない所で練習していたの!じゃあどこで練習してると思う?なんと古い屋敷で男と二人っきりで特訓してたのよ!男と二人で!!優しそうな大人っぽいカッコイイ男の人にピアノの特訓してもらってたの!あの人あかね狙いかもよ!?聞いてるの、ちょっと!それからね、あかねの手作りチョコはその人の手に渡る予定なのよ!本命じゃないらしいけど、乱馬君が悪いんだからね!『買ったやつをくれ』ってあかねに言うから!だからあかね、手作りあげる気が殆どなかったのが、根こそぎなくなっちゃったんだから!乱馬君どうする気なのよ!あかねが盗られちゃうかもしれないのに、なんで女の子達にレンタルされてるのよ!五時からあかねはそこに行ってて、八時まで帰ってこないんだから!なにされても文句言えないわ!もしかしたらあかね、その人の事好きになっちゃって乱馬君の手が出ない関係になっちゃうかもしれないんだから!乱馬君の所にあかねの心が帰ってこないような事になっちゃってもあたし知らないんだからねー!!!!」
やっぱり奈美は怒鳴ってしまった。
最期なんかは叫びに近い。
乱馬は奈美の弾丸トークに口を挟む間もなかった。
しかも早口なのでなにを言ったか理解するのにも時間がかかった。
(何?あかねが学校じゃねぇ所でピアノの練習してて?それは古い屋敷で?んでもっていい男と二人きりで特訓してて?しかもその男はあかね狙いで?あかねはそんな奴本命でもねぇのに一生懸命作った手作りチョコをやって?そんな男と五時から八時まで一緒にいる?)
「どこだそこ!!連れてけよ、今すぐ!」
ようやく理解した乱馬は奈美の肩を掴んで激しく揺さぶった。
「ちょ、乱馬君!やめてよ!連れて行くから!」
「行くぞ!」
奈美を半ば引っ張る形で走り出す乱馬。
奈美は道を指示し、乱馬はその指示のままに走る。
屋敷に着くと乱馬は構わず中に飛び込んだ。
そして部屋を片っ端から探そうとした乱馬を奈美が慌てて止めた。
「ちょっと乱馬君!こういう事はこっそりやらなきゃ!あたし達無断で入ってるんだし、ね?」
奈美は耳を澄ましてピアノの音が聞こえてくる部屋を探し出す。
二階の右端の部屋の方から聞こえる事を突き止めると、その部屋のドアをそっと開けた。
細く開けたそのドアから乱馬と奈美の二人は中の様子を覗く。
中ではあかねと男がドアに背を向けた形で熱心にピアノの練習をしていた。
あかねが必死に指を動かし、つまずくと男・・・亮は丁寧に教えた。
(あのヤロー!あかねにあんっなに近づきやがって!あかね!もっと警戒しろ!ったくどうしてあいつは自分がモテるっていう自覚がねぇんだ!無防備すぎるんだよ!)
あかねと亮の距離は近い。
特に亮が手本で弾く時なんかは、あかねの腰掛ける椅子の背に左手を置き右手で弾いているので、あかねの顔の前に亮の顔が来るような状態だ。
ちょっとあかねの方に顔を向けたらキスまで後数センチほどの距離。
乱馬としてはその距離にヤキモキする。
奈美はキスする展開に少々期待していたが。
「うん、文句無し。きっと学校で一番がとれるよ。」
「亮さんのお陰です。ありがとうございました。」
「あ、あかねちゃんにちょっとお願いがあるんだけど・・・いいかな?」
「はい、なんても言ってください。」
(馬鹿あかね!なんて事言うんだ!変な事言われても俺はしらねぇぞ!もしキスしろとか付き合えとか言われたらどうするつもりなんだ!)
今にも部屋に飛び込んでいきそうな乱馬を奈美は必死になって止めた。
あかね達は乱馬と奈美に見られている事も知らずになにやらゴソゴソと話し合っていた。
あかねは驚いたような表情になったが・・・やがてニッコリ笑って頷いた。
「いいですよ。」
「本当かい?」
亮は目を輝かせた。
それから亮はコホンッと咳払いしてから、おそるおそるあかねの背に腕を回し、強く抱きしめた。
「「!!!!」」
外で見ていた二人はその光景に思わず固まった。
(やっぱり乱馬君に言うの遅かったか・・・。)
(あかね・・・なんで・・・。)
「愛してる・・・。」
「亮、あたしもよ。ずっと、ずっと愛してるわ・・・。」
雷に打たれたようだった。
全身に走る衝撃。
(ど・・・して?あかね、なんでだよ。俺・・・。)
「七実。七実・・・!」
「亮・・・。」
奈美は一人不思議がった。
「七実?」
あかねが何故『七実』と呼ばれるのか・・・?
だがショックを受けている乱馬にそれは聞こえていなかった。
「あかね!」
乱馬は部屋に飛び込んだ。
「ら、ら、乱馬!?」
「おめぇそいつの事好きなのか!?」
あかねを亮からひっぺがし、乱馬はあかねの肩を掴む。
「俺、なんかおめぇに悪い事したか?だからおめぇこいつと付き合う事にしたのか?」
「ちょ、ちょっと乱馬!訳が分かんないわよ!」
「こっちだってわかんねぇよ!俺がなんかしたんならいつもみてぇに怒って怒鳴ればいいじゃねぇか!俺だって素直に謝るぜ?」
あかねはとまどい首を捻る。
「状況が、よく分からないんだけど・・・?」
「誤魔化さなくてもいい。おめぇがこいつと抱き合ってるとこ、俺見ちまった・・・。」
あかねの顔が朱に染まる。
「ら、乱馬!あれは、あれは違うのよ?」
「言い訳なんか聞きたくねぇよ。おめぇ確かにそいつの事愛してるって言ったじゃねぇか。」
「だ、だからあれは!」
「俺は・・・俺達は・・・親同士の決めた許嫁でも・・・いつもケンカばっかりで、特に言葉でなにか言ってなくても・・・俺達は心で繋がってるって思ってた。」
「乱馬・・・!」
「でも、あかねにとっては違ってたんだな?俺だけの、思い込みだったん・・・だな?」
乱馬は俯いていた。
声はいつもよりも低い。
気まずい沈黙が流れ、奈美は相変わらずドアの影から事の成り行きを見守っている。
亮は乱馬の肩をポンポンと叩いて言った。
「あのさ、君。お取り込み中悪いけど僕とあかねちゃんは別に付き合うつもりはないよ?僕はただ・・・あかねちゃんに僕が成仏できるようにって頼んだだけだよ。」
「じょおぶつ?」
乱馬は顔を上げた。
その時奈美は気が付いた。
透けるように白い肌の人だと思っていたが、この人は本当に透けていたのだ。
「話はちゃんと聞きなさいよ、乱馬。亮さんはこの屋敷に住んでいた人。でね、その亮さんの恋人がこの人よ。」
あかねは部屋にある汚れた写真立てを取り、乱馬に見せた。
そこには心なしかあかねに似た感じの少女と、目の前の男がいた。
「この人、七実さんって言うんだけど亮さんと十一年前の今日ここで会う約束していたの。」
そこから亮が説明を引き継ぐ。
「だけど僕が約束を果たす前に死んでしまって・・・七実とは会えないままでね。どうしても今日は会いたかったんだ、七実の誕生日だったから。僕はその未練が消えなくて、そのままこのピアノにとり憑いてた。そこに七実に似ているあかねちゃんが来てね。それで今日までピアノを教えてたんだ。」
「で、でもさっきはなんで抱き合ってたんだよ!」
「あれは僕があかねちゃんに頼んだんだ。僕が成仏できるように、あかねちゃんに七実の役をやってもらったんだよ。七実に似ていたから。あっさりピアノのコーチを頼まれたのもそのせいかな?あかねちゃんのお陰で僕もやっと成仏できる。」
スッと床を蹴って浮き上がる。
亮には足がなかった。
「妙な誤解を招いてすまなかったね。でも本当に僕達はなんでもないから、心配しないでくれ。」
「ったく、紛らわしい事しやがって・・・。」
「あ、あの!」
あかねはゴソゴソと持って来ていたらしい鞄を漁る。
そして中から綺麗にラッピングされたチョコを取り出した。
奈美は『あれ?』と思った。
「これ、亮さんに。」
あかねは優しく微笑んで差し出した。
「・・・ありがとう、あかねちゃん。僕は食べる事は出来ないけど、気持ちではもらったから。ピアノの上に置いておいてくれないかな?」
あかねはピアノの上にそっと置いた。
どこからか光が差し、亮はスッと消えた。
「あかね。乱馬君。」
「「どぅわぁああああっ!?」」
乱馬とあかねは叫んだ。
奈美がここにいたのを乱馬はすっかり忘れていたし、あかねはさっぱり知らなかった。
「一部始終見てたわよ〜。乱馬君そういう風に思ってたのね。『俺達は心で繋がってると思ってた』かー。以外だわ〜。明日みんなに話さなきゃ。」
「て、てめぇ・・・。」
乱馬は顔を赤らめ悔しそうな顔をした。
「それにあかね。あんた・・・。」
奈美は言いかけて・・・止めたらしい。
「ま、頑張ってね。」
ポンッとあかねの肩を叩いてから、きびすを返し帰った。
後には乱馬とあかねだけ。
お互いなんだか顔を見るのが恥ずかしくて、そっぽを向いた。
乱馬は頬を掻き、あかねは鞄に目を落とす。
「・・・帰るか。」
「・・・うん。」

二人で帰る夜道。
(焦って損した。俺、馬鹿みてぇじゃねぇか。情けねぇとこ見られたな。)
(乱馬はあんな風に思っててくれたんだ。嬉しいな・・・。)
「あの、乱馬?」
「あんだよ。」
あかねは一瞬間をあけてから意を決して言った。
「あんたあたしの手作りチョコで今年は我慢してくれない?」
(あ〜ん!なんでもっと可愛く言えないのよ〜!あたしの馬鹿〜!)
「手作り?」
(手作りって・・・俺に?ほんとに?)
「そ、そうよ。亮さんに乱馬に買ってあった分渡しちゃったから、乱馬の分なくなっちゃって手持ちが今あたしの手作りしかないのよ。だから・・・これ。」
あかねが出したのはかろうじて箱が包んであるような不器用にラッピング(?)を施した物だった。
奈美は気が付いていたのだ。
あかねが渡したのがあかねの手作りじゃないと。
だからあんな意味深なセリフを残して行った訳である。
乱馬はなんにも言わずただ嬉しそうに笑った。
「あの、それはあたし食べたけど大丈夫だったから・・・その・・・来年はもうちょっと上手く作れるように、するから。」
(あかね・・・それって来年も俺に作ってくれるって事だよな。)
乱馬はちょっと素直になろうと思い、あかねから視線を逸らしてから呟いた。
「ら、来年は学校の屋上でくれ。」
手作りのチョコを屋上で渡すと恋が実る。
そこで欲しいという事は・・・。
あかねもその意味が分かってニッコリ笑った。
「屋上ね。分かった。」
この日、乱馬もあかねもお互いの距離が縮んだ気がした。


次の日 合唱コンクール当日

一年F組は優勝出来なかった。
乱馬が制服を着ないで参加したり、校長が仕掛けたパウダートラップに引っかかった乱馬が全身真っ白になってちょっとした騒ぎになったり、やっぱり乱馬やその他サボりがちだった男子生徒達が歌詞をところどころ忘れたりしていたからである。
ただその日のあかねは始終笑顔でしっかり伴奏者として弾いた。
指揮者も他のみんなもあかねにつられて、全員笑顔で歌えていた。
一番の笑顔で選んでいたらこの日の優勝は一年F組だっただろう。

最期に
なびきはこの日のあかねの写真を撮ったので、後日かなり儲けたと言う事を記しておこう。








作者さまより

バレンタイン小説が書きたい!! というわけで書いたら訳が分からない話に変貌してしまいました。 ああ、もうこの話の展開はなんなんだ!自分でも訳の分からない話になって、自己嫌悪。 今回の事で一つ勉強いたしました。 『ネタはちゃんと練ってから書くべし。』 うう、まだまだです。



素晴らしい!(ボキャ貧ですいません)
普通このくらい複雑なプロット持ってしまうと、なかなか短編に収まりきらないのですが・・・実によくまとまっております。
オリジナルキャラも光ってるし、最後裏切られたし(まさか幽霊さまとは思わなかったです・・・。

さて、ピアノ伴奏に関する私的思い出をひとつ。
毎年秋にある小学校の音楽会にて、我が娘も四年生のとき、ピアノ伴奏で臨んだことがあります。実は親の私すら、本番まで彼女が弾くとは思っておりませんでした。なぜなら、娘はピアノを習っていなかったからです。写真を撮るのに壇上を探していたら、鍵盤を叩いていた…というわけです。
尤も、小学校一年、二年と二年間だけ、嗜み程度に入門の手ほどきを私が彼女にしてやったことはありますが・・・。先生につけたことはありません。
やけに音楽会で歌う曲のピアノを遊びがてら部屋で練習しているなあ、と思ってはいたんですが、彼女が伴奏をするとは思ってもいませんでした。
「よっちゃん、ピアノ習ってたっけ?」と友人に驚かれました。バイエル程度の簡単な伴奏とはいえ、堂々と間違わずに弾きとおした彼女の並々ならぬど根性に、親の私ですら開いた口が塞がらなかったのでありました。
あかねちゃんのピアノシーンを読んで、ついそんなことを思い出しました。


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