◇SUMMER VACATION 〜8月7日〜
夏海さま作
朝、八時。
良牙のお父さんに来るまで駅まで送ってもらう事になっていたあかねは、たった今荷物を積み終えた。
見送りにはおばあさんと良牙、紗耶香の姿があった。
「乱馬は?」
あかねが尋ねると、紗耶香が首を振った。
「あいつ、朝弱いから・・・。」
良牙も紗耶香も既に二人の気持ちを知っていた。
振られた矢先の知らせに、強いショックは受けたが別に恨むわけではなかった。
紗耶香の嫉妬心もすっかり拭われたのか、ひっそりとそれは身を潜めた。
「あかねちゃん、ごめんね。あたし、酷い事しちゃった。」
紗耶香は昨日夜遅くあかねを尋ねた。
その時に白状したのだ。
あの病院での事は自分の狂言であった事を。
その時も謝ったのだが、紗耶香はそれでも謝り足りない気持ちでいっぱいだった。
だから本当にごめんと続けようとした紗耶香の言葉を遮って、あかねが言う。
「別にいいの。あたしだってもしかしたら紗耶香ちゃんみたいにしたかもしれない。だから気にしないで。それに、もう謝ってもらったわ。・・・来年は、四人で過ごそうね。」
もしも、乱馬と気持ちが通じ合えなくてもそう言えたかと聞かれても、多分同じ事を言っただろうとあかねは思った。
それがたとえ、無理をしていたとしても。
だから今、心から言えた事が嬉しかった。
良牙には悪い事をしたが・・・。
「あかねちゃん・・・。」
紗耶香が泣く寸前に堪えたような顔をしている。
まだ悔やんでいるのだろう。
もう気にしなくていいんだよと紗耶香の両手を強く握って、無言の内にそれを伝える。
それが紗耶香にちゃんと伝わったかどうかは自信がなかったが、紗耶香が吹っ切れたように笑いかけたのできっと伝わったのだろうとあかねは解釈した。
「あかねちゃん、そろそろ行った方がいい。新幹線に間に合わないだろう。」
「はい。」
車のトランクの所であかね達を待っている良牙のお父さんに言われてから再び見送りに来てくれた三人に向き直った。
「あかねちゃん、元気でね。こんな所で良かったらまたおいで。」
「ありがとう、おばあちゃん。今度はみんなで顔を見せられるようにするね。楽しかった。」
おばあさんは楽しみにしていると、いつもの笑顔で答えた。
「あかねさん、身体に気を付けて下さいね。」
「今度はあたし達の事忘れないで。」
「ありがとう二人共。良牙君も、畑の方頑張って。身体を大事にしてね。紗耶香ちゃん、今度はもっとゆっくり話そう。良牙君や乱馬には話せない事とか、たわいない話とかいろいろとね。」
紗耶香に向かってウインクをする。
「そうね。でもそんなに話したら一晩中かかるかも。」
悪戯っぽく言う紗耶香に、あかねはトンと胸を叩いた。
「任せといてよ!」
それから顔を見合わせると二人でアハハと笑った。
そして、一呼吸置いてからあかねは。
「お世話になりました。」
ペコリと一つお辞儀をして、顔を上げると視界に人影が映る。
おさげが最初に目に飛び込んできた。
見る見るうちに近づいてくるそれは紛れもなく乱馬。
「乱馬!」
素っ頓狂な声をあげると良牙と紗耶香も振り向く。
「ワリィ、寝坊した!」
両手を顔の前で合わせる。
「こんな時までグースカグースカよく寝てられるわね!」
「あかねさんがもう帰るって言うのに!」
あかねよりも先に幼なじみ達が乱馬を責めた。
「だから、ワリィって、言ってんじゃねぇか。」
息を切らせているところを見ると、隣村からずっと走ってきたらしい。
「おい・・・。」
前屈みになって、ひざに両手を付いていた乱馬が右手を伸ばした。
その右手が、あかねの手を掴む。
「来いよ。来年も。」
ぶっきらぼうな言葉だが、あかねが気を悪くすることはなかった。
乱馬の顔がほんのりと赤くなり始めているのを、視界の端で見ている。
「分かってる。」
「それから!」
「それから?何?」
「向こうで変なヤローに誑かされるじゃねぇぞ!」
語気を強めて、有無を言わせない口調で言う。
下を向いたまま、まだ荒い息をしていた乱馬だったがその顔は耳まで赤くなっているのをその場の誰もが見た。
「意訳:向こうで浮気すんなよ、俺がいるんだから、だって。」
紗耶香がわざわざ平たく、しかもなにやら付け足して言い直すので乱馬は恥ずかしさから「黙れ」という意味を込めてキッと紗耶香を睨んだ。
しかし紗耶香はどこ吹く風。そんな乱馬には慣れている。
乱馬の顔が赤いので尚更怖くない。
涼しい顔をして、乱馬を見返すばかりだった。
「あんたこそ、他の子に少しでも色目使ってご覧なさい。すぐに別れてやるから。」
挑発的にあかねが言う。
「上等じゃねぇか。」
その挑発に乗るような形で乱馬が答えた。
「ほー、それなら俺が監視しておこう。次に帰って来た時に全部あかねさんに報告してやるからな。」
そこに口を挟んだのは良牙だ。
「やってみやがれ。」
乱馬が体を起こした。
そしてもう一つ注文を付ける。
「次来た時には真っ先に俺に顔見せろよ。」
「それは無理だわ。」
「無理だな、それだけは。」
しかしそれにはあかねが答える前に二人が答えた。
「だってあかねちゃんはあたしと先に会うんだもん。」
紗耶香があかねの肩を抱いた。
「それよりも先に同じ村の俺だな。」
良牙も「勝った」と言わんばかりの視線で乱馬を見た。
「おめぇら・・・!」
あかねを取られているような気がして、ムッとするのを紗耶香は見逃さなかった。
「乱馬君は独占欲強いんですねぇ。どうでしょう、良牙さん?」
あかねを挟んで反対側に立つ良牙に尋ねる。
「その分嫉妬心も強そうですよ。紗耶香さん。」
二人で分析し始めるので、その二人の頭を乱馬がぽかりと叩いた。
三人を眺めていたあかねが、腕時計を見る。
もうそろそろ出ないと本当に新幹線に乗り遅れてしまう。
あまり遅くなるとなびき達・・・特に父早雲が心配するのは目に見えている。
「それじゃ、そろそろ・・・。」
名残惜しそうに言うと乱馬達もふざけるのを止めた。
「おう。元気でな。」
「そっちこそね。」
あかねが車の助手席に乗り込んだ。
窓を開けると乱馬が少し身を車内に乗り出す。
良牙のお父さんが車の反対側から乗り込もうとしている。
後ろの二人は乱馬が邪魔で見えない。
つまりだれも二人を見る者はいなかった。
「忘れねぇように・・・。」
触れるだけのキスをして、サッと身を引いた。
真っ赤になってあかねが口を押さえる。
「ばーか・・・。何が忘れないように、よ。」
小声で言ってみたが乱馬は聞こえない振りをする。
(忘れる訳無いじゃない。)
「もう車を出していいかな。」
と、良牙のお父さんが尋ねたのであかねは頷く。
「はい。お願いします。」
車が走り出す。
窓からおばあさんや乱馬達に手を振った。
流れ行く景色を眺めながら、あかねはこの一週間を振り返る。
心に刻まれたのは、人生最高の夏休みの思い出。
完
夏休み中に貰っていたにも拘らず、最終話あげるのに数ヶ月要してしまった邪悪管理人です。
夏の思い出は秋風とともに・・・じゃなくって、落ち葉とともにですね。・・・素敵なパラレル世界の二人に幸あれ。
(一之瀬けいこ)
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