◇SUMMER VACATION  〜8月6日〜
夏海さま作


「はぁ〜。」
 本日何度目になるか、最早数える気にもならないほどの回数の溜息を吐き出した。
「なんで俺起きなかったんだろ。」
 窓から真上まで来た太陽を見上げた。
 昨日あかねがまたも訪れてくれた事は、紗耶香から聞いていた。

『さっきあかねちゃん来てくれたよ。でも乱馬が寝てるって言ったら帰っちゃった。』
『なんで起こしてくれなかったんだよ!』
『起こしても起きなかったのは一体誰よ!』

 思い出すとますます落ち込んだ。なんだってそんな時に限って起きなかったのかと。
「おい、乱馬。来てやったぞ。・・・退院おめでとう、な。」
「ああ・・・。」
 目を覚ましてから、頭痛以外は問題ないと言われた乱馬は今日めでたく退院する事になったのだ。
 良牙が乱馬の少ない荷物を持つ。
「お前元気ないな。どうしたんだよ。」
「別に何も。っておめぇ何俺の荷物持ってんだよ。」
「たまにはな。退院したばっかだから、今日だけは持ってやるよ。」
「そうだよな。おめぇ力は俺よりあるもんな。」
「ほっとけ。」
 良牙が先に個室を出た。
 その後に続いて乱馬が部屋を出ようとする。
 ふと振り返る。
「早く来いよ。」
 促されて、乱馬も個室を出た。
 外には乱馬に出された頭痛薬を持った紗耶香が立っていた。
(天道さんは、もう来ない。多分もう逢えない。だって逢う理由はないから。)
「早く来いってば!」
 個室を出ても歩きだそうとはしない乱馬の手を、良牙が強く引っ張った。


「あかねちゃん、明日はもう帰っちゃうんだね。」
 おばあさんが寂しそうに言う。
「うん・・・。もうちょっといたいなぁ。」
 おばあさんはあかねが昨日も泣いた事を知らない。
「あかねちゃんにはここはつまらなかったでしょう。やる事もなくて。」
「そんな事ない。来年も来るわ。」
「今日はどうするの?」
 おばあさんに聞かれて、あかねはしばらく考えた。
 それから口を開く。
「今日は図書室に行って来る。」
 最初は畑仕事に行くつもりだった。
 でもどうしてか、無性に図書室に行きたくなった。
「じゃあ、行ってきなさい。気を付けて。」
 乱馬と二人で乗った自転車に跨る。
 あの時と同じようにジリジリと強い日差しが照りつける。
 自転車を漕ぎ出す。後ろからの声はしない。
 今は、あかね一人。


「で、なんで俺に家まで送らせるかな。」
「俺が迷子になったらどうするんだよ。」
「威張るな!」
「あたしは別にいいけど。あ、良牙。家に行ったら麦茶頂戴。喉乾いちゃって。」
「・・・お前な。」
 三人でワイワイガヤガヤいつも通りに良牙の家までの道を歩く。
 良牙の村へ入ったところで乱馬は足を止める。
「天道さん・・・。」
 あかねの名前に良牙は目を輝かせ、紗耶香は苦虫を潰したような表情に一瞬だけなった。
 畑を挟んだ一本向こうの道を、あかねが自転車に乗って走っている。
 あかねを眩しそうに見つめる乱馬。そして、良牙。
 紗耶香は面白くなかった。
(確かにあかねちゃんは可愛いわ。だからって、そんな風に見なくたっていいじゃない!)
 あかねが可愛いのは紗耶香の目から見ても明らかで、自分よりも可愛いという事が余計に腹が立った。
 なびく黒髪が、太陽に光をキラキラ弾いている。
 そのまま横道に入って行った。
「図書室に行ったんだな。あかねさんは本が好きだから。」
「そうか。」
 再び良牙の家を目指して歩き出す。
「あかねさん、明日帰るんだってよ。」
「へぇ。」
「そうなんだ。」
 ズキリと乱馬の胸がうずいた。
(良く知りもしないクセに、なんで俺がそんな事で・・・。)
 密かに紗耶香は笑った。明日になればもう心配する事など無いから。
「俺さ、あかねさんの事好きなんだ。」
「ほんと!?」
 突然の良牙の告白。
 乱馬の胸がさっきよりも更に痛くなる。
「ああ。だから俺、告白しようかと思って。」
「いついつ?」
「今日中にでも。」
「わーっ!良牙凄い決断したね!頑張れ!あたし応援してる!・・・ほら、乱馬もなんか言いなよ!」
 紗耶香に言われて乱馬が重い口を開いた。
「・・・頑張れよ。」
「ああ!お前らに言って貰うと上手くいきそうな気がするんだ。特に乱馬、お前は悪運は強いからな。」
 良牙は笑顔で生き生きと語った。
 紗耶香もライバルが居なくなる知らせのお陰で晴れやかな笑顔を浮かべた。
 あわよくば、良牙とあかねがくっついてくれればと考える。
 それに対して乱馬は偽物の笑顔でしか返せなかった。
 三者三様の、思い。


 図書室には二、三人の子供達が居た。
 みんなでワイワイと夏休みの宿題をしているらしい。
 あかねはそれに気にも止めずに、いつも通りに本を手に取る。
 ふと、この前乱馬と座ったあの席が目に飛び込んできた。
 身を乗り出して、期待するような目であかねの捲る一ページ、一ページを見ていた乱馬。
 どこかに自分の事が載ってはいないかと、食い入るように見入っていた。
 カタンッと椅子を引いて、あかねがその席に着いた。
 本を読み始める。
(隣にあいつがいたのよね。)
 いつもなら時間も気にせずに本を読みふけるはずなのに、今日に限ってどうも本の中に入っていけない。
 顔を上げると、今度は乱馬が入ってきた窓が視界に入る。
 窓の向こうで乱馬が手を振っていた。
「っ・・・!」
 立ち上がって思わず駆け寄った。
 しかしそれは乱馬ではない。あかねの作り出した幻に過ぎない。
 それはあかね自身がよく知っている。
 あかねは窓に手をついた。
「バッカみたい・・・。」
 あかねはようやく自分の心を悟った。
「ここに来たってもう乱馬はいないんだから。乱馬がいないのに図書室なんて・・・意味ないんだから・・・。」


 ふと言い出したのは紗耶香だった。
「どうせだったら、良牙。今あかねちゃんに言ってきなさいよ。」
「「今!?」」
 声をあげたのは良牙と乱馬の二人だった。
「そうよ!思い立ったら吉日、即実行!どうせ今日中に告白するんだったら今でも後でも同じ事よ!」
「そりゃそうだけど・・・。」
「何も今すぐ言わせる事ねぇじゃねぇか。」
「乱馬まで何だらしない事言ってるの。さ、行くわよ!」
 紗耶香が強引に良牙を図書室に向かわせる。
「そうだな・・・。今だって結果が変わる訳じゃないしな。」
 しばらくしてから良牙が呟くのが聞こえた。
 良牙自身の気持ちが決まってしまった。
 乱馬には邪魔だてできない。「頑張れ」などと言ってしまったからには尚更・・・。
 紗耶香が校舎に入り、ガラガラと図書室の扉を開き良牙の背中をポンと一押しした。
「あ、ああああ、あかね、さん!」
「・・・良牙君?」
 振り返ったあかねはそこにいるのが良牙なのを見て、急いで笑顔を作った。
 その時点で良牙の頭からは乱馬や紗耶香の存在など吹き飛んでしまっている。
「おぉぉおおお話があるんですけど!」
「あたしに?いいよ。」
「一緒に、来て下さい。」
「うん。」
 自分がこれから何を言われるのか全く分かっていないあかねはニコニコと良牙について図書室から出てきた。
 密かに物陰に隠れた乱馬と紗耶香の二人はその様子をコッソリと見守っていた。
「全く、なんであんなにどもるのよ。男ならもっとバシッと言いなさいよね!バシッと!」
 紗耶香がブチブチ呟くのを聞き流す乱馬は、その二人の後を追い始める。
「乱馬、待って。」
 その後をピッタリと紗耶香が続いた。


「どうしたの良牙君。また迷子になったの?」
 あかねは隣を歩く良牙にそう声を掛けた。
 良牙はさっきからあかねの自転車を押してムッツリ黙りこくっていたからだ。
(良牙君の話しって何かな?)
 良牙からの反応がまるでないので、やがてあかねも声を掛けなくなり、ぼんやりとそんな事を考え始めた。
「あかねさん、明日には帰るんですよね。」
 それから良牙が口を開いたのは図書室と良牙の家の丁度中間ぐらいの所まで来た時だった。
「うん。明日の朝にはもう帰るつもり。」
「来年もまた来ますか?」
「来るわ。畑仕事は以外に疲れたけど、収穫するのって楽しいわ。」
「そうですよね。俺もそうなんです。今まで一生懸命育てた物が実るのを見るのが俺は凄く嬉しくて、それを自分の手で収穫するのは本当に楽しいです。」
 畑の話しになると良牙から滑らかに言葉が発せられた。
 それからだんだんと話しが繋がっていく。
「あかねさんは何か好きな食べ物ってありますか?」
「んーとね。特に好き嫌いはないけど、イチゴが好きかな。もちろん西瓜とかサクランボとかも好き。」
「西瓜だったらこの村からもう少し登ったところにある畑にあるんですよ。ここではあまり育たないし、売り物にするほどの物ではないから村のみんなで食べる用にですけど。」
「そうなんだ。あーあ、食べたかったな。」
「今年はもう殆ど残ってなくて・・・でも来年はあかねさんの分取っておきます。」
「ありがと。」
 だんだんとぎこちなさもとれて二人は自然に笑い合う。

「いい感じじゃないの、あの二人!」
 紗耶香が二人を見つめる。
「ああ。そうだな・・・。」
 そうは言いながら乱馬はどこか上の空だった。
 視線は決して二人の方へは向けられず、地面を彷徨っている。
(天道さんは良牙の事が好きなのか?・・・っつーか驚異的方向音痴の良牙なんかどこがいいんだよ!よりにもよって良牙に取られるなんて・・・!?)
 ズキンッと頭痛が押し寄せてくる。
 突然の頭痛の波。尋常ではない痛さに乱馬は思わず頭を抱えて呻いた。
「うあ・・・っ!」
 紗耶香が乱馬の異変に気が付いて乱馬に心配そうに声を掛けるが、乱馬にはその声は届かなかった。
 病院であった砂嵐の画面の前に乱馬は再び立たされていた。
 やっぱり同じように時折見える黒く輝く瞳。
 乱馬は分かった。
 ズキズキと痛む頭痛と闘いながら、自分自身に問うように呟いた。
「天道さん・・・?」
 途端砂嵐はピタリと止まった。
 そこに映るのはあかね。確かにあかねだ。
「天道さん?」
 だけどそのあかねは知らない。
 自分の知らないあかねが写っている。
 誰かに怒っているあかね。
 図書室で何か調べ物をしているあかね。
 誰かを後ろに乗せて図書室へ向かうあかね。
 良牙と歩くあかね。
 そこにある物全部が見た事のないあかねだった。
「これは・・・俺の目から通した・・・天道さん?」
 その通りだと言わんばかりに、今度は病室に初めてやって来た時であろうあかねが写った。
「そうか・・・俺は天道さんにあった事がある。病室なんかで会う前から・・・。」
 頭痛の波が更に激しくなった。
 頭が割れんばかりの痛みに耐えきれず、気を失いそうになるのを必死で堪えた。
(思い出せ、思い出せ、思い出せ!何を忘れているんだ!何故忘れるんだ!覚えているはずだ・・・。絶対に、どこかで。だから、思い出せ!)
 絶対に思い出すという強い意志で、頭痛と闘いながら乱馬は垣間見た。

「俺の身体を探すのを、手伝ってくれ!」

 自分自身の声で、確かにそう言っていた。
 確かにあかねに向かって言っていた。
 自分自身が、透き通った身体で・・・。
(なんだこの俺は・・・。まるで幽霊だ・・・。)
 この幽霊がキイワードとなった。
 そこから乱馬の忘れてしまった記憶達が、幽霊という言葉に繋がった細い細い糸に繋がれて暗い闇からズルズルとその姿を現した。
「あかね・・・ッ!」
 乱馬が不意にあかねを呼んだ。
 紗耶香がビクリと体を震わせる。
 今まであかねを天道さんとしか呼ばなかった乱馬が、急に呼び捨てにしたからだ。
「何?なんで・・・乱馬、どうしたの?」
 紗耶香の呼びかけには答えない。
 乱馬の中ではまだまだ記憶達が出てきていた。
(あかねとの、約束が・・・。子供の時の約束。そうか、あかねはあの時の女の子・・・俺の初恋だった・・・あの子・・・。あの屋敷・・・そうか、どうして俺があそこにいたのか・・・。分かった・・・。)
 一番最初。
 あかねと会ったあの屋敷。
 乱馬は数日前に見つけていた。
 誰にも見られないのだから別に隠れる必要もなかったのだが、あの時何故かあそこにいなければならない気がしたのだ。
 そして、あかねに会った。
 全ては奥底に眠る記憶がした事だったのだ。
 乱馬が全てを理解した途端、頭痛の波が嘘のように引いていくのを感じた。
「乱馬!乱馬、大丈夫なの!?ねぇ、しっかりして!」
 その時になって初めて紗耶香が自分の隣でずっと心配そうに呼びかけていた事を知った。
「ああ、平気だ。」
 乱馬はそう言って額に溜まった汗を拭う。
 それは暑さのせいだけではなかった。
 嫌な汗を掻いた、と思った次の瞬間乱馬は良牙とあかねがすでにいない事に気が付いた。
「紗耶香、あの二人は!?」
 焦ったように言う乱馬に対して至極落ち着いて紗耶香は答えた。
「あの二人ならもうとっくにどこか行ったけど?乱馬が頭痛くなってる間に。」
「なんだと?」
「これ以上は野暮でしょ。だったら丁度良いわよ。」
「丁度良いわけねぇだろ!俺、行ってくる!」
 乱馬が二人を探しに行こうとしているのを紗耶香は止めた。
「頑張れって乱馬も言ったでしょ!それで邪魔するの?おかしいわ!」
 今までにないぐらいに強い嫉妬心が露わになり始める。
「それに、それにどうしたのよ。乱馬はあかねちゃんが好きなの?」
「っ・・・!」
 乱馬は言えなかった。けれどそれで自分の心が逆にハッキリした。
(俺は、あいつがまだ好きだ。)
 その沈黙を肯定と取った紗耶香が叫んだ。
「おかしいよ!ずっと一緒にいたのはあたしよ!あかねちゃんじゃない、このあたしよ!あんたの側にずっといたのも、辛い時に慰め合ったのも、全部全部あかねちゃんじゃなくてあたし!あたしだよ!」
 乱馬の手を取って自分の頬に触れさせる。
 その手に紗耶香の涙が伝う。
 あかねとは違う明るい茶色の瞳。あかねとは違う、少し暗めの長い茶髪。
「紗耶香・・・?」
「あたしは、ずっとあんただけ。乱馬だけだよ。これまでもこれから先も、あたしは乱馬の側にいる。あたしはあんたが、好きだから。」
 ジッと見つめる茶色の目から、乱馬は視線を逸らした。
「紗耶香は俺の大事な幼なじみだ。それに大事な友達だ。女ではただ一人の親友だ。でも、それ以上ではないんだ。あいつは、あかねは幼なじみと言っても微妙で友達でもましてや親友でもない。けれどそれ以上の所に居るんだ。だから、ごめんな。」
 紗耶香の手が力を失って下に落ちる。
 乱馬の手が開放された。
 俯く紗耶香の頭にポンと手を置くと囁く。
「紗耶香、お前が親友だって思う気持ちはこれからもかわらねぇから・・・。」
 それから二人を捜し始めた。
 紗耶香はその背中を見送ることはなかった。
 ただ一人。静かに静かに、涙を流す。

 天道あかねは、早乙女乱馬にとって太陽のようだった。
 弱く、強く照らす。
 暗闇でもがく自分を助ける光だった。
 決してその光には手が届かないけれど。
 みんなに与えられた公平な光でしかないけれど。
 希望の、光。太陽の与える光。
 ただ違ったのは、その太陽がもしかしたら永遠に消えてしまう事。
 暗闇の落ちていたのは、小さな思い。

 消えた太陽を追う為の、小さな勇気の詰まった、思い。


「じゃあここで。」
 良牙の家に辿り着いたあかねと良牙。
 あかねが自転車に跨ったところで良牙が引き留めた。
「あかねさん。さっきの話しなんですけど!」
 良牙がギュッとあかねの手を握った。その手は小刻みに震えていて、普通ではない。
「良牙君?」
「俺、ずっと前から・・・子供の時から、あかねさんの事好きでした!」
 あかねは困った。
 何度かこういう体験はあったが、まさか良牙からされるとは思ってもみなかったのだ。
 沈黙が続いて、一体なんて断ろうかと考えこんだあかね。
 先に口を開いたのは良牙の方。
「やっぱり駄目だったか。」
「え?」
 良牙はぎこちなく笑いながら言った。
「あかねさんの中で俺はきっと友達でしかないんだって事、ちゃんと知ってました。きっとあかねさんの中には別の奴がいるんですね。」
「ごめんなさい、良牙君・・・。」
「いいんです。俺、スッキリしました。あかねさん、ただ一つお願いがあるんですけどいいですか?」
 あかねは小さく頷いた。
 良牙はホッとしたように微笑んだ。ぎこちなさのとれたいつもの笑み。
「それじゃあ、明日からもこれからも、今日と変わらぬ付き合いを友達として続けさせて下さい。」
 それはあかねにしても嬉しい申し出。
「これからもよろしくお願いします。」
 泣き笑いのままで言って、良牙が差し出した右手をあかねが握る。
 良牙が強く握ると、あかねも握り返した。
 それからあかねは自転車を漕ぎ出す。
「・・・あかねさん、さよなら。」
 風に乗って、良牙の呟く声が聞こえた。
 グッと胸を掴まれたように痛い。
 通りがかったおばあさんの家に自転車を置くと迷わずランニングコースを駆け出した。


 乱馬は良牙の元へは行かなかった。
 乱馬の中には一つの確信めいた予想。
 きっとあかねはそこにいると、直感が告げていた。
 大切な人だから、その居場所だってちゃんと分かる。
 直感の告げた場所は幼い頃別れた、そして再び出会ったあの屋敷。
 あそこは大事な約束をした、大事な場所だから。
 細い細い道に残された足跡が、誰かが屋敷へ向かった事を告げていた。
 ただあかねの事だけを思って、走り続ける。
 言いたい。言わなければいけない。この気持ちは。
 黒いさびた門をくぐると、あかねが居た。
 屋敷を眺めて、傾き始めた夕日を浴びながらジッとたたずんでいた。
「あかね。」
 驚いたように振り向いて、それから一言。
「早乙女君。どうしたの?」
「帰るのか?」
 ハッとあかねが息を飲んだ。
 それから深く息を吸い込んでから答える。
「明日の朝、帰るの。」
「そうか、お前帰るのか。・・・でも。」
 期待するような目で、あかねが見つめている。
「でも、また逢える。」
「そうかな・・・。」
 あの時と同じ会話だ。
「絶対逢える。だって俺達は・・・現にもう一度ここであったから。約束した場所でちゃんとあったから。」
「乱・・・早乙女君・・・思い出したの?」
「思い出してなかったら、同じ会話なんて出来ねぇだろ。あかね。」
 あかねは初めて気が付いた。いつの間にか天道さんからあかねと呼び捨てに変わっている事に。
「俺を見つけてくれてありがとう。俺の身体を探してくれてありがとう。約束を思い出させてくれて、ありがとう。」
「そんなの全然・・・ッ、あたし、あたしは・・・。」
「そういう事は男に言わせるもんだ。」
 と、乱馬が遮ろうとするがあかねは止まらなかった。
「そんな決まりないわよ!」
「だからって女に言わせたらかっこ悪いだろ!」
「かっこいいとか悪いとかは関係ないの!」
「あるんだよ!おめぇに先に言われたら、俺の立場は一体どうなる!」
「別に変わらないわよ!」
「いーや!そんな事一つも言えねぇ男になりたかねぇよ!」
「だったらそんな事言えない女になりたくないわ!」
「頑固者!」
「強情!」
 しばし睨み合ってから、同時に口を開いた。
「おめぇが好きだ。」
「あんたが好きよ。」
 同時に紡がれた言葉は、全く一緒の事で。
「ずるい、不意打ち。」
「そっちこそ、俺が言うって言ってんのに先に言おうとしやがって・・・。」
「それはお互い様。」
 それから二人は笑う。
 今までの涙も辛さも全部吹き飛ばすように。

 それから、村へ戻る二人の手を仲良く繋がれていた。




つづく




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