◇SUMMER VACATION  〜8月3日〜
夏海さま作



「おばあちゃーん、これはどう?」
 あかねがトウモロコシ畑の中で叫んだ。
 沢山のトウモロコシが生えている畑では、おばあさんの姿は全く見えない。
 ガサガサという音と共に顔を出したおばあさんはあかねが手に持つトウモロコシを見ると微笑んだ。
「いいよ。丁度食べ頃だからね。」
 あかねがトウモロコシを下に引っ張る。
 ベキッという音がして、トウモロコシが取れた。
「今日の夕飯にでも食べようか?取れたてのはね、生のままでも美味しいんだよ。」
「そうなの?」
 トウモロコシはいつも焼いて食べていたあかねにはちょっとした驚きだった。
「さあ、次はキュウリとトマトの収穫に行こうか。」
 ここはトウモロコシだけの畑なのだ。
 取れたトウモロコシをかごに詰め、それをおばあさんが担ごうとする。
 しかしそれはあかねが変わった。
 あかねがそれを担いで、別の畑へと行く。
 丁度そこは良牙の家の畑の近くだった。
 おばあさんは幾つか畑を持っているようだった。
 一人で面倒見れるのが不思議なぐらいだが、時々良牙に手伝って貰っているから大丈夫らしい。良牙とあかねのおばあさんは仲が良かった。
「良牙くーん!」
 大きく手を振ると、良牙もあかねに気が付き額の汗を拭いながら手を振り返してきた。
「今日はあかねさんも畑に来たんですね。」
「うん。おばあちゃんのお手伝いに。」
 良牙があかねの担ぐかごを覗き込んだ。
「トウモロコシですか。いいのが採れてますね。」
「そちらの畑では毎年良い物が採れてるじゃないの。響さんのところはみんな真面目だからね。良牙君もいつも頑張っているし。」
 おばあさんがそう言うと良牙が照れたように頭を掻いた。
「俺なんかまだまだ・・・親父やお袋が殆ど育ててるんです。俺は雑用を手伝っているようなもんで。それに普段は学校もあるし。休みの間ぐらいしか・・・。」
「でもきっと良牙君はいつかお父さんやお母さんに負けない物を作れるぐらいになると思うわ。」
「ありがとうございます。」
 そこへ良牙のおばあさんもやってくる。
「おや、天道さん。どうもこんにちわ。」
「こんにちわ。」
「あかねちゃんもこんにちわ。随分大きくなったのねぇ、久しぶりに帰って来たとは聞いていたけど。」
「お久しぶりです。」
 あかねは頭を下げた。久しぶりに見た良牙のおばあさんは以前と変わらず元気そうだ。
 良牙は良くこのおばあさんにあかねのおばあさんの家に連れて来て貰っていた。
 良牙一人では絶対に来なかった。
 絶対に迷うからである。
「良牙、お前疲れたんだったらあかねちゃんと休憩してもいいよ。」
「でもまだ収穫が終わってないだろ?」
「じゃあ、収穫が終わってからにしようよ。あたしもまだおばあちゃんの手伝いが終わってないから。ね?」
 乗り気になったあかねが良牙を誘う。
「じゃあ、そうしましょうか。」
 良牙もその誘いを受ける。
 話しはそこまでにして良牙と良牙のおばあさんは響家の畑へ戻っていく。
 あかね達もキュウリとトマトの収穫を始めた。


「いねぇ!」
 その頃乱馬は天道家のあかねが使っている部屋にいた。
「身体探しに付き合うって約束したくせに、あかねの奴!」
 天道家には誰もいなかった。
 自転車は置いてあるので図書室に行ったという訳でもなさそうだ。
「どこ行きやがった!」
 乱馬は天道家から飛び出してあかねを探し始めた。


「これは冷やしておこうね。後で良牙君とお食べ。」
 と言って収穫したキュウリとトマトをざるに入れ、農業の為に引いた幅の狭い小さな川に浸した。
「東京で売っているのより美味しそう。おばあちゃんが育てたのだから。」
「そうだよ、おばあちゃんが作ったのは本当に美味しいんだから。農薬なんて使っていないしね。」
 自慢げに言いながらにこやかに笑うおばあさん。
「あ、このトマトもそろそろいいかな?」
「いいよ。いい色と艶だね。あかねちゃん、野菜を見る目があるね。」
「そうかな?」

『トマトはね、こういうのが美味しいんだよ。』

 一瞬脳裏によぎる。
(あれ・・・?今の誰に言われたんだろう。)
 声だけが耳に響いている。良牙ではない気がする。
 あかねは良く思い出せない。
「あかねちゃん?疲れた?」
 少しボーっとしていたらしい。
 おばあさんに言われてあかねが我に返る。
「そんな事無いよ!全然平気!ちょっとボーっとしちゃっただけ。」
 笑顔で返す。
 それからあかねは熟れたキュウリやトマトを取ってはかごに入れていく。
 しかしさっきから耳に響く声がどうも、気になって時折ボーっとしてしまう。

 しばらくしてあかねのおばあさんがふと顔を上げた。空を昇る太陽は既に真上近くまで来ている。
 いつの間にか収穫したキュウリやトマトなどで結構大きかったかごは目一杯に入っていた。
「そろそろいいかね。程々にしておかないとね。」
「そう?」
「良牙君を迎えに行ってあげなさいな。そうそう・・・。」
 おばあさんは先ほどから冷やして置いたキュウリやトマトなどの野菜の入ったかごをあかねに手渡した。
「これどうぞ。」
「ありがと。そうだ、おばあちゃんこのかごはあたしが持っていくよ。」
「あらあらいいのに・・・。」
 しかしあかねは笑って言った。
「だっておばあちゃんにこれは重すぎて任せられないよ。あたしなら鍛えてるもの。ね?」
 あかねは良牙の家の畑へ走って行く。
 丁度良牙達の方も休憩に入ろうというところだったらしい。
 あかねを見つけると良牙があかねの所へ寄ってきた。
「あかねさん、それ。大丈夫ですか?」
 あかねの背負うかごを見て尋ねるがあかねはあくまで平気そうに言った。
「全然!それより良牙君、これおばあちゃんが二人で食べなさいって言われたの。」
「そうか、後でお礼しないとな。おーい!親父ー!俺あかねさんとちょっと行ってくる!」
「おお!行って来い!」
 返事を聞いてからあかねと良牙は歩いて五分ほどの所にある小川に向かった。


 やっとあかねを見つけた乱馬が見たのはそこだった。
「っくしょー!あのやろー!」
 一応あかねに見えてしまうので茂みの影から覗いていた乱馬だったが、それを見て思わず側の木を引っ掻きたくなった。
「あんな奴もう知るか!良牙だかなんだかと一生仲良くやってやがれ!」
(・・・いいなぁって思ってたんだけどな・・・。)
 それは乱馬の心だけにしまって。
 乱馬は元来た道を戻り始めた。


 あかねはさっき取ったトマトを一口囓った。
(思い出した・・・。あれはあの人に言われたんだ。あたしの、好きな人・・・。)
 正確には好きだったかもしれない。
 この前ここに来た時に会った男の子。あかねの初恋の相手だ。
 幼いながらに真剣に恋をしていた。
 そのお陰で強く印象が残り、今もこうしてその事実だけはなんとか覚えていられるのかもしれない。
(いつか大きくなったら会おうって言ったんだよね。でも・・・あれ?どこでだっけ?・・・小さい頃だから、良く思い出せない。)
「・・・さん。あかねさん!」
「え!?」
 良牙があかねの顔を覗き込んでいる。
「大丈夫ですか?ずっと反応しないから・・・。」
「ごめん、ごめん!どうしたのかなぁ。」
「なんともないんですか?」
「うん。平気平気!」
 あかねはずっと握っていたトマトにかぶりついた。


 乱馬がいたのは最初にあかねと一緒にいた屋敷の、あの一室のベッドの上だ。
 性懲りもなくそこでごろりと転がった乱馬。
「くっそー!良牙って野郎・・・!」
 あかねと楽しそうに隣に立っていた良牙の顔を思い浮かべる。
「俺だって・・・身体があれば・・・。」
 起きあがって、この部屋に設置された少々大きめの姿見の見つめた。
 そこには何も映ってはいない。
「身体さえあれば、俺だってあれぐらい・・・。あかねの隣を歩くぐらい!」
 悔しさに身体が震えた。
「大体あかねの奴、約束したのに・・・!っつーか驚異的方向音痴の良牙なんかのどこがいいんだよ!よりにもよって良牙に取られるなんて・・・!?」
 自分の口から出てきた言葉に、乱馬は目を見開いた。
「俺は、良牙を知ってるのか・・・!?」
 良牙、という言葉をきっかけに乱馬の脳裏に色々な映像が流れ始める。
 どこか懐かしいようなそれ。
 素早く流れていく映像を一つも見逃すまいと乱馬は集中する。


『良牙、おめぇって本当にどうしようもねぇ方向音痴だな。』
『うるせぇ。』

『それじゃお袋、先に畑行ってっからな!』
『気をつけてね。』

『ねぇ!遊ぼうよ!』
『うん、いいよ。俺は乱馬。お前は?』


 断片的な記憶達がやがて規則的に並び始めた。
「早乙女乱馬。そうか・・・俺・・・。」
 やっと全てを思い出した時。
 彼は最早いなかった。
 あかねにも見えない・・・まさにその存在が消えたのであった。


(そう言えば、今日乱馬はどうしてるんだろう?)
 今日は一度も姿を見せていない乱馬。
 いい加減謝りに来てもいいはず。出なければ文句を言いに来るとか・・・。
 予想に反してその姿を現さない乱馬。
(まだ怒ってるのかなぁ?全く、怒りたいのはあたしの方なのに。)
「あかねさん、俺明日見舞いに行くんですけど。」
「え?誰の?」
「昨日話した隣村の入院している奴ですよ。ほら、あかねさんも遊んだ事のあるって言った。」
「ああ、あの人?」
 あかねは昨日の帰りにそんな話もしたっけと思いながら言った。
「あかねさんも来ませんか?もしかしたら目が覚めるかもしれないし。」
「目が覚めるって・・・?」
「それがあいつ、植林の仕事をしてる近所のおじさんの手伝いの途中に足を滑らせて木から落ちたあげくに頭打って、実はその・・・目が覚めないんです。ずっと。一生このままかもしれないって言われてて・・・もう一ヶ月ぐらい経つんです。だから、もしかしたら昔遊んだ事のあるあかねさんの声で起きるかも、なんて・・・。」
 最後の方は声が震えていた。グッと手を握りしめる良牙。
「あたし、行くわ!なにも起こらないかもしれないけど・・・でも放っておけないもの!」
 そう言うと良牙が微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。きっと乱馬の奴も起き出します。」
「乱馬!?」
 あかねは飛び上がって驚いた。
「今、今乱馬って言ったの!?」
「え、ええ。そうですけど・・・。」
「死んでないのよね!?乱馬は!」
「生きてますよ。」
 そこまで聞くとあかねは勢いよく立ち上がった。
「良牙君、ごめんなさい。あたし用事を思い出したから、ちょっと行ってくる!」
 あかねはダッと駆け出した。
 心当たりはある。
 図書室ではないだろう。畑の前を乱馬らしき人は通らなかったから。
 ではどこか。
 後はあかねの部屋か、もしくは最初にあった屋敷。
 あんな事を言い合った後で自分の部屋に来るとは思えなかったので、あかねは屋敷へ向かっていた。
 走って、走って、走って。
 一刻も早くこの良き知らせを乱馬に知らせようと、それだけの為に走っていた。
(きっと乱馬も喜ぶわ!)
 屋敷のあの部屋に飛び込む。
「乱馬!あんたの事分かったわよ!」
 しかし乱馬は居ない。
「あれ・・・?ここだと思ったんだけど、違ったのかな?」
 屋敷の中をくまなく探した。
 しかし乱馬は見つからない。
 それどころか村中を駆けずり回って乱馬を探した。
 それでも、乱馬はとうとう見つからなかった。



つづく




Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.