◇SUMMER VACATION 〜8月1日〜
夏海さま作
ミーンミンミンミン・・・ジジジジ・・・
蝉が互いに負けまいと鳴いているようだった。
「うーんっ!」
夏のキツイ日差しを全身に浴びて、あかねは気持ちよさそうに思いっきり伸びをした。
「やっぱり来てよかったぁ。」
ここはとある小さな村。
只今夏休み真っ盛り。
天道あかねはこの長い休みを利用して、おばあちゃんの住む村へやってきたのだった。
本当ならば家族で来るはずだったのだが、父である早雲は夏風邪で寝込み、長女のかすみは父の世話をする為に残ると言い、次女のなびきに至っては「あたしは都会型の人間だからあんな何にもない田舎では暮らしていけないの。何にもなくてつまんないからあたしも残るわ」と言って、結局来たのは三女のあかねだけ。
来たのはあかねだけでおばあちゃんは残念がっていたけれど、それでもあかねを歓迎してくれたのだった。
「ランニングに行ってくるね!」
白いTシャツにキュロットという出で立ちのあかねは元気良く外に飛び出した。
小さな村ながらもぐるりと一周すれば結構な距離である。
「あかねさん!」
後ろから不意に声がかかる。
「あ、良牙君!」
隣に住む村にいる数少ない青年、響良牙。あかねと同じ歳である。
小さい頃はここにも毎年来ていたので、良牙と歳が近いのでよく遊んでいた。
隣の村も意外に近くにあるので、その村から遊びに来た子とも何度か遊んだ覚えがある。
但し幼い頃なのでうろ覚え。
どんな子だったかさえ覚えておらず、ぼんやりとあんな事して遊んだとしか覚えていないが。
久々に見た良牙は逞しく、男らしく成長していた。
「ランニングですか?」
「そうよ。良牙君は?」
「俺はこれからは畑の様子を見に行くんです。だけど・・・。」
良牙は顔を少し赤らめて小声で白状した。
「迷っちゃって。」
「相変わらずね、良牙君。分かったわ、良牙君の家で良かったらあたしが連れていってあげる。」
「助かります。」
恐縮する良牙。
良牙は極度の方向音痴。村から出る事はないからいいものの、いくら言っても道に迷ってしまう。
今や名物、というか既に日常生活になってはいるが、良牙の方向音痴ぶりは村の七不思議の一つと化していた。
「はい、着いたよ。」
ずいぶん昔の事になるが、何度も良牙を送り届けた事があるので何とか良牙の家は覚えていた。
「ありがとう、あかねさん。ランニングの途中だったのに、スミマセン。」
「気にしないで。」
あかねは笑って手を振り、再びコースを走り出す。
広い畑の間を通り、ツタに覆われた垣根で区切られた家々の間を走り抜け、林業のために植えられたのであろう木々の間をくぐり抜ける。
朝の空気をいっぱいに吸い込みながら機嫌良く走るあかね。
その木々の間を行くと、途中で道が分かれる。
村の周りをぐるりと回るのならば、右へ行く。左の道はあかねもどこに通じているのか知らない。
いつもは当然ここを右に行くところだ。
しかし今日に限って何故かその道の先が気になってピタリと足を止める。今まではさして気にしていなかった先の見えない道。
あかねの好奇心をくすぐる。
「時間もあるし・・・ちょっとだけ。何もなかったら引き返してくればいいもの。」
抑えきれずにあかねはいつもより早く出てきたのだから大丈夫と自分に言い訳をすると、左の道を選んで再び走り始めた。
しかし、予想に反してどこまで行っても木・木・木。道はだんだんと細くなってきている。
結構走ったように思う。木ばかりの場所を走り続けたせいか時間の感覚がまるでなくなってしまった。
随分長い間走ってように思うが、もしかしたらそんなに走ってはいないのかも。
ただここで引き返すにはもったいなく思えるぐらい走ったのは確かだ。
あかねは道が無くなるまではと半ば意地になったように走り続けた。
さすがのあかねも息が切れ始める。
それでも引き返すことはしなかった。
が、不意に人一人が通れるぐらいの細い道がプツリと切れた。
「あーあ・・・。」
あかねは恨めしそうに切れた道を眺める。
なにもなかった事が残念でならなかった。何か面白い事を期待していたのに。
このつまらない・・・と言ったら失礼極まりないのだが、平穏な村で心弾むような出来事を期待していたのに。
期待はずれだったが、これが現実だ。諦める意外にはなく、あかねはフッと顔を上げそのままくるりと後ろに背を向けようとした。
「あれ・・・?」
顔を上げるとどうやら門のようなモノが目に入った。
近づいてみると、やはり門のようだ。
すっかり錆び付いているその黒い門の奥には道が続いていてその先に屋敷が見えた。
「入ってみよう。」
キョロキョロと辺りを見回して一応人がいないのを確認すると、あかねはその門を身軽に飛び越えた。
どう見ても廃墟。人が住んでいるように見えない屋敷は、二つの大きな扉が開かれたままになっていた。片方の扉は取れかかり、風が吹くとギイギイと音を立てた。
胸がドキドキした。
はやる胸を押さえて、あかねは屋敷の中へ。
胸が痛くなるぐらいに打つ鼓動がうるさかった。
懐かしいという気持ちがあかねの中で膨らんでいく。
(前に来た事あったのかな・・・?)
不思議に思いながらあかねは屋敷を見て回った。
二階に行って、一番立派な部屋を開ける。多分この屋敷の主人の部屋だったのだろうそこは、柔らかな日差しが差し込んでいた。
あかねが走っている内に、太陽が村を照らすぐらいの高さまで来たのだ。
「う〜ん・・・。」
ぎくっ!
人の声がして、あかねの肩がビクリと跳ね上がる。
(やっぱり人がいたの!?)
ベッドの方から声がした気がして、よせばいいのにあかねはそっと近づいてみた。
こんな廃墟にいる人物が気になったのだ。
するとそこには一人の少年が、ダブルベッドを占領して気持ちよさそうに眠っていた。
おさげの少年はおそらくは自分と同じくらいの歳。
と、その少年が突然目を覚ました。
「おめぇ・・・。」
「ごめんなさい!勝手にはいったりして・・・!」
少年が起きた次の瞬間あかねは謝った。
「・・・変な奴。」
少年がポツリとこぼした。
「何よ!人がせっかく謝ってるのに、変な奴なんて言うなんて!」
「待てよ、俺はこの屋敷の人間じゃねぇよ。この屋敷、誰もいねぇから。」
「じゃああんたも・・・。」
「ピンポーン!俺も勝手に入ったクチだよ。」
少年はムクッと起きあがる。
「よくもまぁそんなに堂々としていられるわね。」
「誰もいねぇからいいんだよ。」
誰もいなければいいという問題でもない気がしたが、とりあえず自分には関係のない話だ。
「あっそう。」
あかねはクルッと背を向けた。
「帰んのか?」
「そうよ。」
「おめぇ、名前は?」
「・・・天道あかね。」
少し戸惑ってから、あかねは名を告げる。
「そっか。じゃあ、またな。」
少年はベッドの上であぐらを掻いてあかねに手を振った。
二度と会うはずがない、と思ったあかねは手など振り返さなかったが。
屋敷を出てから気が付いた。
「そういえばあいつ、名前なんだろう?」
だが最早自分には関係ない。
自分の名前だけ教えて、相手の名前を聞かないと言うのはどうもスッキリしなかったが。
あんな少年は村には居なかったはずだ。
自分と同じくらいの歳の少年ならば、随分前から自分は知っているはずだから。
きっとこの村の人ではないのだろう。
そうなると再び逢う確率は極めて低い。
「関係ないか。」
呟いて、あかねは空を見上げた。
太陽が大分高くなってきている。
「おばあちゃんが心配してるな。」
あかねは黒い門から出て、細い道を辿って村に帰る。
村に着く頃には汗だくになってしまった。
「おばあちゃん、ただいま。」
「遅かったね、あかねちゃん。」
ニコニコ笑うだけで、決して怒ろうとはしなかった。
少し長女のかすみに似ている。
「ごめんなさい。」
「いいんだよ。朝御飯はもう用意してあるから、一緒に食べましょう?」
「うん、ありがとう。」
あかねはタオルで汗を拭きながら家に上がった。
「ここか。あいつの家。」
あかねのおばあちゃんの家の前で、少年は表札を見て呟いた。
あかねは気が付かなかった。少年があかねの後をつけてきた事に。
少年はニヤッと笑った。
「やっと見つけた!」
「ご飯を食べたら畑に行って来るけれど、あかねちゃんはどうする?」
「図書室に行って来る。」
図書室というのは、この村にある学校の図書室で夏休みの間はずっと開放されている。
村にしては珍しく本が充実している。その上この図書室だけではあったがクーラーが利いていた。
他の場所はたとえ民家だろうと村役場だろうとどこにもクーラーが付いていない。
あかねは村に来ると大抵図書室に来るか、はたまた畑仕事の手伝いをしていた。
「そう。お昼になったら戻っていらっしゃい。」
「分かった。」
あかねは朝御飯を平らげて、茶碗と皿を流し台に置く。
水で冷やしておくと、二階へ上がった。
二階にはおばあちゃんの部屋と客人用の部屋があり、あかねは客人用の部屋を使っていた。
ボストンバックの中から着替えを取り出すと、あかねはワンピースに着替えて外に出た。
少し遠いので、おばあちゃんの自転車を借りて村にただ一つの学校へ。
「あかねさーんっ!」
通りがかりの畑で元気に畑仕事をしている良牙が、あかねを見つけて手を振ってきた。
「良牙君!」
ブレーキを掛けて止まる。
キイイッという音が聞こえたが、それは気にしない。
「どこへ行くんですか?」
「図書室よ。」
「そうですか。」
良牙にとっては九年間通った学校だ。
この村では校舎が余るので小学校も、中学校も同じ校舎で授業をしていたのだ。
但し高校は隣村にあるので、今はそっちに通っているが。
「良牙君、頑張ってるね。でも今日は日差しが強いから気を付けて。後で冷たい飲み物を差入れに来るからね。」
「ありがとうございます。それじゃあ張り切って仕事しよう!」
力こぶを作って言うので、あかねが笑う。
「それじゃあ後でね。」
「待ってますよ!」
再び自転車を走らせ始める。
それから約十分。
家から約三十分。歩きで来ればその倍の一時間かかるところにある学校にようやく着いた。
汗びっしょりになったがそれも仕方がない。
ガララッと図書室のドアを開ける。
みんな畑の仕事をしているせいか、殆ど利用客は居ない。
来るとしても大抵は夕方頃だ。
あかねは本を一冊選び抜くと窓際の席に腰を下ろして本を読みふけり始めた。
コンッ!
それからしばらくして窓が叩かれたような気がした。
しかし気のせいだと思ったあかねは気にしない。
コンコンッ!
今度こそ、聞こえた。
あかねがフッと顔を上げる。
「あんた・・・!」
「またなって言っただろ?」
ガラッとあかねが窓を開ける。
ムワッと外の暑い空気がひんやりと冷たい空気に満たされた図書室に入り込んでくる。
あかねも思わず顔をしかめた。
「なにしてるのよ。」
「おめぇを探してたんだ。いや、つけてたんだの方があってっかな?」
「つけてたですってーッ!」
思わず叫んでしまってから、あかねは口を抑えた。
周りにいた少ない利用客から迷惑そうな視線を一心に浴びる。
それはずっと窓を開けっ放しにしているせいもあるだろう。
少年が中に入ってきた。あかねはすぐに窓を閉める。
「そうそう、あんまあからさまに話しているようにしてるとおめぇ変人扱いされるぜ?」
なんでよ、と聞こうとして少年が先に続けた。
「だって俺周りに見えねぇんだ。」
その証拠にとばかりに側で本を読んでいたおじさんの目の前を両手で遮って見せた。
しかしそのおじさんはなにもないかのように本を読み続ける。
「ほらな?」
「あんた、幽霊?」
「違うと思う。死んだ記憶ねぇし。多分、死んでねぇ・・・はず。」
自分に言い聞かせるように言ってから訳が分からないあかねに少年が真剣に。
「頼む!俺の身体を探すのを、手伝ってくれ!」
と、頼み込んできた。
「身体を探すのを手伝ってくれ」
それはあかねの人生で一番奇妙な頼まれ事だった。
つづく
受験も終了され、久しぶりにいただいた長編。乱馬とあかねと同じ学年になって書かれた作品です。
久しぶり・・・とはいえ、物凄い構成力で、これまた素晴らしい長編をたたき出してくださいました。
パラレルは構成力や表現力がないと食われてしまいます。
その点、安心して読めるこの方の作品・・・。どう展開していくか、夏海さまの手腕をどうぞ、ご堪能くださいませ。
(一之瀬けいこ)
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