◇桜花爛漫 〜君と一緒にいたいから〜 前編
夏海さま作
今日は花見日より。
俺達早乙女一家と、あかね達天道一家。
花見にでも行くかって話しになって来たのはいいけど・・・。
九能に良牙にシャンプーにうっちゃんに小太刀、ジジイにババア、その上クラスメイトまでバッチリ揃ってやがる。まぁ、東風先生はかすみさんがいるんだから許すとしてだ。
なんでこーなるんだッ!?
良牙と九能の目当てなんて花見よりあかねに決まってんじゃねぇか。
一緒に暮らしているとはいえ、家族の目があって二人きりのチャンスなんて殆どねぇ。他の奴らは全員そういう事は事細かにチェックして覗き見する上に、こんな大人数で暮らしてるからな。だから今日は少しぐらい二人でのんびりできっかもなんて、思ってたのに・・・。
俺の青春を返せ――――――――――――っ!
なんて訳の分からない事だって叫びたい気分だ。
あ゜――――ッ!ちくしょうッ!
それどころか、シャンプーやうっちゃん、小太刀の三人組が俺につきまとうからあかねの機嫌は悪化の一途を辿っているようだ。
これじゃあ後でコッソリ抜け出してってのより先に、衝突するのは目に見えている。
こいつらを呼んだのはなびきに違いねぇ。花見をするって情報を売りとばしやがったに決まってる。
俺はジッとしていられなくなったんでうっちゃん達を撒いてくる事にした。うっちゃん達がいて、あかねに抱きつこうとする九能を蹴飛ばしてやる事もかなわねぇ。
ちゃっかりあかねの隣に座ってやがる良牙が、いつもの俺の役目を担っているのも気にいらねぇし、もっと気にいらねぇのはあかねが俺の事無視して良牙とばっかり話して、めちゃくちゃ可愛く笑う事。
そんな風に笑うのは俺の前だけにしやがれ!
そこら辺はグルッと一周してきて、うっちゃんたちを撒いてくると良牙の奴がデレデレしながら見るからにあかね作と分かる卵焼きに手を伸ばしていた。
「これ、あかねさんが作ったんですか?」
ケッ、見りゃわかんだろ。そんな卵焼きとかろうじて分かるか分からないかの瀬戸際の物作る奴なんてあかねしかいねぇじゃねぇか。
あかねがニコッと笑いながら頷くと良牙は卵焼きを口に・・・あー・・・。
馬鹿な奴。
良牙は一口噛み締めてすっかり硬直しちまった。
不味いに決まってんじゃねぇかよ。あかねの作った料理がうまかった試しなんかありゃしねぇんだから。
あ、あったか。カレーとみそ汁。あれはまともだったけど、カレーはきっと偶然だしみそ汁は命の水のお陰だったし。その偶然が起きない限りあかねの料理は不味いに決まっている。
良牙の奴があまりの不味さ(予想)に座ったままの姿勢で痙攣を起こし始めるとあかねの顔が急に曇った。
「ご、ごめんなさい!」
あかねが差しだした水を豪快に一気飲み。
普段あかねの料理を食ってやるのは俺の役目って決まってたのに、またもや良牙に取られてさすがの俺も機嫌が悪くなってきた。
「バッカじゃねぇの?あかねの料理なんかに手出ししやがって、外見からしてやばそうなのは分かるじゃねぇか。」
ついついきつい口調でいっちまった。でもあかねは相当機嫌が悪かったのか、俺の事は完全に無視を決め込んだ。
そーかい、そーかい!俺なんかどうでもいいってか?
可愛くねーっっ!!!
「やっぱりおいしくなかった・・・?」
「そんな事!ただ・・・喉に詰まっちゃって。」
嘘だってのがバレバレ。あかねはますます顔を曇らせる。しゅんとして良牙に謝った。
「ほんと、ごめんなさい。」
「分かってんなら最初から食わせるなよ。」
「あんたには言ってないでしょ!食べもしなかったあんたが横から口挟まないでよ!」
さすが短気。もう我慢できなくなったみてぇだな。
「食わなくても、そこに体験者がいるじゃねぇか。良牙の様子見てりゃ誰だってまずいんだって思うに決まってんだろ。」
良牙が俺のセリフを聞いたんだろう。俺を睨みながら目の前に立つ。
顔真っ青だぞ。
恐るべし、あかねの卵焼き。
「あかねさんが一生懸命作ってくれた料理をまずいなどと抜かす奴はゆるさん!」
「ほんとの事言って何が悪い。」
「貴様っ!」
来るか!?
身構える俺だったけど、殴りかかろうとする良牙の拳を小さな可愛い手で押さえてやめるように諭す。
ば、バカッ!良牙なんかにさわんなッ!
・・・ほれ見ろ。良牙の奴舞い上がりまくってんじゃねぇかよ。
「いいのよ、こんな奴。なんて言おうと良牙君がちゃんと食べてくれたもの。だからあたし全然気にしないわ。それにこんな綺麗な桜の下で殴り合いの喧嘩なんて、良牙君にはして欲しくないもの。」
あんだと〜?
「俺だったらいいのかよ!」
思わず本音。なんで良牙にして欲しくねぇんだ。俺は止めねぇくせに!
「あんたなんて風情のふの字も分かって無いみたいだから、桜の下でそんな無粋な事も平気でするんじゃないの?」
「んだとぉ!?」
「シャンプー達との追いかけっこの方が忙しいから、桜の事なんて気にも止めないんじゃないかなって思っただけよ!」
ああ、やっぱり衝突した・・・。
しかも俺から吹っ掛けたようなもんだ。
こんな事する為に俺はここに来たつもりはねぇのに。あかねと桜見れたらいいなって・・・。
「可愛くねぇヤキモチ焼くんじゃねぇ!」
「自惚れないでよ!誰がヤキモチなんか!」
天の邪鬼ってこれだから困る。
俺の本心とは裏腹に俺の口は次なる言葉を紡ぎだそうと口を開く。
毎度お決まり、俺の名ゼリフ。『可愛くねぇ!』
けどそれは言えず仕舞いになった。
「乱ちゃーん!」
うっちゃんたちが戻ってきちまったのだ。
「でぇッ!もう追いついてきやがった。」
あかねの目の前でこれ以上うっちゃんたちといたら、この口げんかは更に悪化するのは目に見えてる。
となれば、ここは逃げの一手。
瞬時に計算が行われて、俺の身体は走り出していた。
後ろから追いかけてくるのがあかねだったらなーって馬鹿な事を考える。
まぁあの様子だとあかねが来てくれるなんて事はねぇけど。けどさ、追いかけて来てくれるのがあかねってだけで俺としては随分気分が違うんだよな。
早くあかねの所に帰れるように、俺はスピードを上げる。うっちゃんたちには悪いけどな。
軽く振り切って戻ってくればあかねはすでにいない。
思わず脱力。
誰の為にこんなに頑張ってうっちゃん達振り切ってきたんだか、これじゃわかんねぇじゃねぇかぁ・・・。
いじけてやる。のの字書いてやる。
俺はシートのはじっこの方に膝を抱えて座り込んだ。
仲直りしてねーし、あかねいねーし、うっちゃんとかお邪魔虫はいっぱいいるし、思った通りには全然ならねーし。
こんなんだから俺達進展しねぇんだよ。
お袋がいるのも忘れてウジウジし始めるとなびきがコッソリと耳打ちしてきた。
「あかね探してるんでしょ。」
「探してねぇよ。」
「あかねの場所、教えてあげても良いんだけど?」
「別にあかねの場所なんか知りたくもねぇ。」
するとなびきはニンマリと笑った。
「良牙君と二人でいるって言っても?」
さすがに身体が反応した。
あかねと良牙が二人?
「いいのかなぁ?」
いい訳ねぇだろ!そんなの許してたまるか!
「今なら千円ぽっきりで教えてあげるわよ。」
俺は無言のままだった。
けど俺の手はゴソゴソとポケットに入った自分のサイフを探り出し、千円札をなびきに差し出していた。
「毎度。あかねなら向こうの桜の並木道を一人で歩いてるわよ。」
「さっき良牙と二人でって・・・。」
「良牙君ならあかりちゃんと、ほら。」
視線を走らせると確かに良牙はあかりちゃんと・・・って事は。
「はめやがって!」
「早くあかねの所行きなさいよ。信じるかどうかは勝手だけど、さっき大学生の団体があかねの方に行ったから下手したら捕まってるかもよ。」
くっそ!なびきに文句を言いたいけど、これが本当だったら。
そう考えるといてもたってもいられなくてまたもや俺は走り出すハメになった。
真っ直ぐ前だけを見て走った。あかねの姿を早く視界に捕らえられるように。
けど並木道が終わる所まで来てもあかねは見つからなかった。
あいつがそんな遠くまで行くなんて思えない。って事は、あいつ道からそれたのか?
一瞬、なびきの言っていた例の大学生の団体の事を思い出してあかねはヤケになってそいつらと・・・なんてよからぬ想像に走りかけたけど、あいつはそんな女じゃねぇ。
引き返して、適当な所で道からそれた。
あかねの名前を呼びながらっていうのが一番良いんだけど、それだと俺があかねがいなくて心配したみたいだからやめた。
意地っ張りな俺。素直とは無縁な俺。
道からそれたこんなトコにも桜は群生していて、桜の森って感じだ。
彷徨いながら、ただ一人の姿を探す。
けどさすがに俺の体力も限界がある。丁度側に立っていた桜に登って一息入れる事にした。
あいつは一体どこにいんだろな・・・。
俺がこんなに心配してる事、あいつはしらねぇんだろうな。
俺が見つけてやるから、俺の事待ってて欲しい。
もし見つけ出せたらご褒美に、最高の笑顔を俺に見せてくれよ。
桜よ、桜。
どうか、俺があいつを見つけられるようにあいつを見せて。
どうか、あいつに俺を待っているようにあいつに伝えて。
どうか、どうか・・・。
「なによ、こんな所に呼び出して。」
強気なあいつのセリフ。
もっと他に言い方あるんじゃねぇの?そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
今日俺があいつを呼んだのは喧嘩する為じゃねぇ。
この木は俺の気に入ってる木。その桜の木の下に、俺はあいつを呼びだした。
あいつは知らないだろう。この木を俺が好きになった理由を。
この木に登るとあいつの家の辺りが見えるんだ。いつもいつも、ここからあいつを見ていた。飽きる事なくあいつだけを見てた。
あいつの顔が見たい時、ここからコッソリ見る事が出来る。
だからこの木が好きなんだ。
あいつは俺の幼なじみ。恋人とも兄妹とも勘違いされた事があるあいつと俺。でも俺からしたら妹とは見てなくて、かといって幼なじみでも女友達でもない。
あいつは俺の想い人。
だから言わなければならない。俺には時間が残っていない。
「あのさ・・・。」
意を決して言葉を発した。
「あれが来た。」
あれって言うだけであいつはピンときたらしい。当たり前か。
誰だって分かる。
昨日、俺の所に遂に来てしまった。戦地へ来いと。
死ぬかもしれないけど国の為に・・・いや、こいつのいるここを守る為に、こいつ自身を守る為に戦うんだと思えば、命なんて惜しくない。
でも、お前は俺が戦地へ行くと知ったら悲しんでくれるか?
あいつの顔色を窺うと、泣き出しそうになっていた。
泣いて欲しくないけど嬉しかった。俺の事心配してくれてるから。
「三日後だってよ。」
なんとかその雫を落として欲しくはなくて、なんとも思ってないように言ってみた。
あいつは唇をかみしめて耐えた。
「なんだよ、なに泣きそうになってんだ。せっかく俺が戦地に行くんだぜ?勇ましく戦って手柄挙げてきなさい、ぐらいの一言があってもいいんじゃねぇの?」
泣くな、泣くな!頼むから泣くなよ。
その一心であいつを泣かすまいと俺は普段通りに振る舞った。
お前に泣かれると俺、胸が痛くて掻きむしりたくなるぐらい辛いんだ。
「どうしてそう平気な顔していられるのよ。」
「俺は男だぞ。国の為に戦って死ぬんなら本望だ。こんなに名誉な事、ねぇだろ。」
本当は残していくお袋とかお前の事考えると不安だけどな。
あいつは俺の気持ちを分かってくれたのか小さく『そうだね。』と呟いた。それからあいつは尋ねた。
「どうしてあたしに教えてくれたの?他にもっと伝えなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
そりゃお前には伝えなきゃなんねぇさ。俺の幼なじみで、お前の事俺は好きなんだから。
「おめぇには・・・一応世話になったからな。ガキの頃からさ。ま、俺が世話した方が多いけど。」
こんな言い訳を言おうと思った訳じゃねぇのに、口から言葉が滑り落ちた。するとあいつは俺から視線を外して、そっぽを向いた。
「悪かったわね。どうせあたしはあんたに迷惑かけてばっかりだったわよ。」
「俺なら、いいんだよ。いくら迷惑かけたって。」
頑張って素直な気持ち言ってみた。
俺にかけるお前の迷惑なら許す。他の奴にかけるのは許せねぇけど。
「あんたってそんなに心の広い奴だったっけ?」
何とも見当はずれな答えを返してくれたあいつ。そう言えばこいつが鈍感だったのを忘れてたぜ。
「俺は昔から心の広い奴でぃ。」
そう言ったらあいつがホッとしたのが分かった。
今なら、言えるかも?
そう思ってあいつの両肩を掴むと、あいつは俺に視線を戻した。
「・・・ふざけるのもここまでにする。俺は真剣だ。おめぇも真剣に聞け。」
あいつが頷いたから、俺は考えて置いた言葉を必死で声に出した。
「俺、おめぇと喧嘩ばっかだったし、泣かした事も結構あったけどよ。俺は、おめぇの事好きだ。」
さすがに考えて置いただけあってさらりと言う事が出来た。後、もう一息。
「だから、出征する前におめぇと祝言挙げたい。」
返事は『はい』か『いいえ』のどちらか。
喧嘩ばっかりしてた俺の事、やっぱり嫌いか?どうなんだ・・・?
あいつの顔を覗き込むとあいつは言った。
「いいよ。祝言、挙げよう。」
嬉しくて、腰が抜けそうになった。その場で崩れ落ちそうになったのをなんとか堪えて心の中で『俺はやったぜ―――――――――!』って叫んだ。
お袋には最初から話してあった。あいつに結婚を申し込む事。
お袋は笑って俺の背中を押して、励ましてくれた。
親父はいない。あいつの親父さんも俺の親父さんもほぼ同じ頃に出征して死んだ。あいつのお袋はそれよりも前に病で亡くなった。
あいつは泣き虫だからよく泣いていて、その度に俺が慰めてやってた。
いくらやっても泣きやまなかったあいつがある日突然泣きやんで、笑った時。嬉しかった。
それからあいつと俺は一緒にいるようになった。俺の知らぬ間に幼なじみから、想い人に変わってたあいつ。
お袋に俺達結婚するって報告するのを何回夢で見たんだろう。これが現実だろうかって疑いたくなるほど何回、何十回とその夢を見た。
遂に叶う、俺の夢。
家に帰るとお袋やあいつの二人の姉、俺やあいつの友人が集まってて祝言の準備をしてた。
お袋に尋ねたら『こうなるのは分かっていたのよ。明日祝言を挙げるには今日から準備するしかないでしょう?』なんてなんでもないように言うから恐れ入ったぜ。
俺もあいつも驚いて、顔を見合わせると吹き出した。
そして、次の日にはお袋と姉さん達、そして多くの友人に見守られて質素ながらも幸せな祝言を挙げる事が出来た。
祝言が終わるとお袋は下の姉さんの家に泊まると言った。
お袋は俺達に夫婦としての時間をくれたんだ。あいつは深々と頭を下げた。
家を出る直前お袋は俺にただ一言。『立派になったわね。』とだけ言った。
今この家には俺とあいつだけ。
あいつは張り切って炊事に取りかかっている。不器用ながらなんとかこなしていくあいつ。次はどうやら洗濯するようだ。
俺はただそれを眺めていた。
居間にゴロゴロしながらあいつの働く姿を見ていると、ほんとに俺達夫婦なんだなって思う。本人気が付いていないが、こいつは可愛いからライバルなんか山ほどいた。でも今はこいつは俺のモンだと思うとどうしてもわらっちまって。
困ったもんだ。
「ほら、洗濯するから洗濯して欲しいのがあったら出しなさい。」
「あっちにある。」
指を指すだけで俺は動く気なんかサラサラなかった。俺はお前の観察で忙しい。
「少しは動きなさいよ。」
「洗濯は妻の仕事だろー。」
「妻が大変でも夫は助けてくれないの?」
「どこの世界に洗濯する夫がいる。」
そんなの聞いた事ねぇぞ。
あかねも納得したのか後は黙々と洗濯に励む。
でも俺がずっと笑ったままあいつを見てるからだろう。遂に尋ねてきた。
「なに笑ってるのよ。」
「ん〜?おめぇが俺の服洗濯してんの見てたら、『俺達結婚したんだ。もう夫婦なんだな。』って改めて思っちまってよ。そしたらなんか嬉しくて、顔が戻らねぇんだよ。」
俺達は夫婦なんだからもう余計な意地を張らなくてもいい。
案外あっさりと自分の気持ち伝える事が出来た。但しやっぱり恥ずかしい。
するとあいつはめちゃくちゃ嬉しい事を返してきてくれた。
「あたしもね、あんたの服洗濯とかしてると『結婚したんだなぁ。』って実感するの。凄く、嬉しいの。」
今まで見た中のどれよりもいい、あいつの笑顔。
これが俺一人に向けられたものなんて嘘みたいだ。
あまりの可愛さに身体も動きを止めてあいつの顔を見入った。目眩がするくらい、可愛い。
俺は下駄をつっかけて庭に出る。
「なぁに?」
「おめぇさ、そういう顔すんなよ。」
「・・・どうせ変な顔ですよ!」
やっぱり自覚症状がねぇ。
お前の笑顔を他の奴に見せたくねぇっていう俺のささやかな独占欲がわからねぇのか?
あいつはほっぺを膨らませたから、俺は首を振った。
この鈍感女は俺が見張ってないとあぶねぇな。
改めてそう実感した。でもそうしたくても俺は明日からいないんだからな。
自分で気をつけてもらわねぇと。
「さっきみてぇに笑顔になってみな。」
言われたとおりに笑顔になったあいつ。あいつの肩に手をかけながら俺は言った。
「そのままたらいを見ろ。」
洗濯に使ってたたらいに張った水に笑顔のあいつと俺が映る。
「見ろよ。おめぇがどんな顔しってか分かったか?」
聞いてみたらあいつはますますむくれた。
「なんだ、わかんねぇのか?」
「あんたそんなにあたしが変な顔だって分からせたいの?」
天才的な鈍感女だ。ここまでして気が付かないとは。
あいつの柔らかいほっぺを軽くつねる俺。
「誰がおめぇの顔が変だっつった?そんな奴がいたら俺が殴り飛ばすぞ。」
それからあいつのほっぺから手を離した俺はあいつから顔を背けた。これから先のセリフは恥ずかしすぎるから。
「お、おめぇはだな、可愛いから。だからそんな可愛い顔して見せたら、それ見た男がなにしでかすかわかんねぇじゃねぇか。」
「可愛い?」
疑わしそうに聞き返すあいつ。
「馬鹿。この世界一かっこいい俺が結婚してくれって頼む女なんだぜ?か、可愛いに決まってんじゃねぇか。」
「だって今まで一度も言ってくれた事無かったから。・・・嘘みたい。」
「んな照れくさい事結婚した今だからなんとか言えっけど、気持ちも確かめぇ内から言えっかよ。だから、今までは言わなかっただけでずっと・・・。」
「ずっと?」
「か、か、可愛いって思ってた・・・ぜ・・・。」
いっちまった!
あいつは俺の顔の正面に回る。
「あんたが世界一かっこいいかどうかは疑わしいもんだけど・・・。」
あにぃ?この俺を捕まえといてその言い草はなんだ?
「あたしの中じゃ世界一かっこいいわよ。」
・・・へ?
未だかつて、あいつが俺の事をかっこいいと言ってくれた事はあっただろうか。
無い。絶対に無い。
慣れない事を言ったあいつが顔を赤らめて上目遣いでこちらを見てる。
愛おしいあいつを呼んで、正面から見た。やっぱ、いつ見ても可愛い。
理性とかもう殆どなかった俺。
あいつに顔を近づけて、サクランボみたいな唇にそっと触れた。
あいつの唇の柔らかさ。温かさ。それを感じて、身体が痺れた。
離れるとあいつはもう一回って潤んだ瞳で上目遣いする。断るわけねぇじゃん。
もう一回触れた。
そしたら、もっともっとって止めどない欲望が溢れた。
まわりの事なんか全然気にならなくて、離れるのが嫌だった。息苦しくなって離れる、でもまだまだ足りなくてすぐにもう一回。
今までずっと欲しかったもの。やっと俺のものになった。
あかねは時々息が苦しいのか顔を歪めた。そりゃそうだ。男と女の肺活量の差は歴然だもんな。そこまで分かっていながら、離したくねぇっておもっちまってやめられなかった。殆ど息吸えないよな。
「ん・・・。」
何度目の時か、あいつ本人は気が付いているんだかいないんだかわからねぇけど声を漏らした。
一度も聞いた事のない艶っぽい声に俺はぎょっとして、同時に正気に戻った。
しっとりと濡れたあいつの唇が色っぽく見える。それに重ね合わせたのは、俺の・・・。
状況を把握して頭に血が上った。それと同時に身体を離す。
獣みたいに貪ってた俺。愛想、尽かした?
不思議に思ったあいつが尋ねてきた。
「俺、おめぇと・・・その・・・接吻したんだなって・・・。」
そしたらあいつクスクス笑い出した。
何を今更って感じで。ホッとしたと同時に俺はムッとした。
「仕方ねぇだろ!慣れてねぇし・・・。」
あいつは洗濯物をパパッと干して、たらいを片づける。あいつの顔も真っ赤だ。
「じゃ、今ので慣れたわね。」
すました顔で家に上がったあいつの後ろ姿を見る俺。
急に苛めてやりたいって衝動に駆られて、台所に行こうとしたあいつを後ろから抱きしめた。
「慣れるにはまだかかりそうなんだけどなぁ〜。慣れさせてくれっか?」
「まだ足りないの?」
困ったように言うあいつだけど、顔は笑いそう。
「もっと。」
今度は俺がねだる番。
「・・・ほんとしょうがないわね、あんたって。」
「そいつと結婚するって言ったのはおめぇだろ。」
「こんな甘えたさんとは思わなかった。」
「俺はこういう奴なの。それとも、こういう俺は嫌いかよ。」
嫌いって言われたらどうしよう。俺ショックで寝こんじまうぞ。
あいつの右肩に顎のを乗せようとした俺だけど、不意にあいつが振り返って俺の額に唇を押しあてた。
「嫌いじゃないよ。あんただもん。」
「そっかぁ〜、嫌いじゃねぇんだ。ふ〜ん。へ〜。」
その返事を聞いた俺は強かった。
後ろを向かせて、腰を掴んで引き寄せる。今度はほっぺとか、瞼とか色んなトコに口づけた。
いっくらしても飽きない。それは相手があいつだから。
節操無しって言われるかもしれねぇけど、俺んちの事情に口挟むなって言ってやる。
昼間から接吻して何が悪い。したいんだからいいじゃねぇか。
あいつは昼がどうこうって言ってたけど、お前は俺より昼飯の方が大事なのかって言ってやったら口をつぐんだ。
それからも抵抗してきたけど結局俺が満足するまで続いた。
でもあいつを離してから数歩歩くとまたしたくなったから言っておいた。
「まだ慣れてねぇからな。」
あいつは俺のなんだから、いいよな。これぐらい。
さすがに呆れたらしい。そんな顔をしたあいつが昼飯が遅くなるって文句言われた。けどいいんだよ。
「夫の俺がしたかったんだからいいの。女は男の言う事聞くもんだぞ。」
って言い返した。
そんな感じで夜まで平和に過ごした。
ただ夕飯になって俺達は一騒動起こす。
始まりはあいつがカボチャの煮物を焦がした事。
「昼飯はまだ食えたけど、おめぇ・・・。」
食ったら腹壊すぜ、これ。
俺がこれ好物だって知ってて、頑張ってくれたのは分かるけど。
「明日腹壊すの俺はやだからな!」
だから薬用意しとけって言おうとしたけど、あいつに遮られた。
「どうせそう言うと思ったわよ!あたしが責任持って食べるから心配しないで!」
「ちょっと待て!」
俺のカボチャの煮物を取ろうとするあいつ。勝手に取るなって意味を込めてその手を軽く叩いた。
「なによ!」
「誰が食べねぇっつったんだよ。」
俺が煮物の器を抱え込むと、あいつはムキになって俺から器を取ろうと手を伸ばす。
「だってお腹壊すの嫌なんでしょ!」
「けど、食べねぇとは言ってねぇ!」
どういう意味だかこいつはわからねぇんだろう。
いつもそうだ。最初から最後までいわねぇと俺の気持ちわからねぇんだからな。
「だから。なんか薬用意しとけ。」
深呼吸をしてから一気に煮物を口に放り込んだ。
「あ゜―――――――――ッ!」
ええい、うるさい。
なるべく平静を装って飲み下そうとした。が、やはりこいつの料理は強烈だ。
箸を取り落とした俺は、両手を喉にあててのたうち回る。涙目になりながら、ついさっきまで飲んでいた水の事を思い出して、ちゃぶ台の方に手を伸ばした。
手が届かずに困っているとすかさずあいつはコップを俺に渡す。
残っていた水を全部飲むと、なんとか落ち着いた。
「まずい・・・不味すぎる・・・。」
こいつの料理は兵器並だ、なんて思ってしまう。
「バカッ!無理して食べる事無いのに・・・!」
「馬鹿は、どっちだ。」
無理して食べたのはなんでだか、分かってんのか?
「せっかく、作ってくれたってのに、もったいねぇだろ。」
言ってから気が付いた。
ついつい洩れた俺の本音にあいつは耳まで真っ赤になる。
もう素直になったっていいって分かってたのに、やっぱり素直になる事に慣れてないせいか言い訳に走る。
「べ、別におめぇが作ってくれたからじゃなくて、その、材料が!ざ、材料が、もったいねぇと思ったから!」
でもこの言い訳には欠点があった。というのも、俺は言い訳では補えないような事を口走っていたから。
「さっきあんた自分で何言ったか忘れたの?『せっかく作ってくれたのに。』って言ったじゃない。」
しまったッ!
そう思ってももう遅い。戻って来てくれと言いたいが、時間は流れるばかりで戻って来やしない。
言ってしまったものは取り消せないのだ。
「天の邪鬼な旦那様ですねぇ〜。」
「うう・・・。」
顔を隠すと、あいつは俺の額をチョンと突いて席に戻る。
「ご飯冷めるわよ。」
「おう・・・。」
夕飯が終わると、あいつは胃薬と水を俺に用意してくれた。
「ねぇ。」
「あ?」
あいつは急に俺の布団に入ってきた。
「なんだよ。」
「一緒の布団で寝たい。」
この発言に、体中の筋肉が収縮した。
「今日はくっついていたいの。」
あいつは俺に抱きついてくる。
可愛い事言ってくれんじゃねぇか。それに急に甘えだしてさぁ。
「・・・戦争が終わって、俺が帰って来たらさ。」
どんな反応をするかは大体予想できたから、逃げられないようにってあいつの背中に腕を回した。
「うん。」
「俺の子供生んでくれ。」
「・・・ば、馬鹿!どうしてそういう事しか・・・!」
「嫌かよ。」
思った通り逃げようとするあいつ。
俺はあいつを捕まえたまま続けた。
「本当は俺、我慢すんの辛いけど。平和な世の中になったらって事でおめぇと約束しとく。おめぇとの約束守る為に、俺は死に物狂いで戦って生き延びて、帰ってくるから。」
「・・・うん。」
「おめぇも約束しろ。俺が帰ってくるまでに料理上達するってな。」
「うん。」
「俺、期待してっからな。おめぇの料理、たらふく食わせてくれよ。」
「うん。」
「今日は失敗したカボチャの煮物、出してくれよ。」
「うん。」
泣きそうだって事、声で分かった。
明日から一緒にいてやれない分、俺はあいつを抱きしめた。
こんなんじゃ足りないって言うの知ってたけどそれでもこうしてやるしか俺には出来ない。
安心したのか、あいつは俺の腕の中で寝ちまった。
そして俺も。
そのまま眠っちまった。
つづく
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