◇記念日(後編)
夏海さま作


あかね&加奈子

「全く、恭介ったらなんて神経してるのよ。」
 そう言いながら加奈子は恭介のジャンパーをあかねに差し出した。
 あかねは戸惑いながらそれを受け取る。
 加奈子は上着を羽織ったが、あかねは持ったままどうしようかと悩んでしまう。
「その事に関しては乱馬もですよ。あんな事言うなんて。」
「・・・ところであかねちゃん。それ着ないと寒いでしょ?」
 いつまでも着る気配のないあかねに、見かねた加奈子が勧めた。
「でも、これ恭介さんのだし・・・。」
「あたしに遠慮してるの?恭介のだから。そんなのあたし全然気にしないから大丈夫よ。」
「加奈子さんは凄いなぁ。」
(あたしなんか、これだけでもきっとヤキモチ焼いちゃうのに。)
 あかねは加奈子を見た。
 あかねにはまだ見られない、大人の色気とでも言うような物を垣間見てあかねは羨ましく思った。
「あかねちゃん。」
「はい?」
「散歩、しよっか。」
「はい。」
 まだまだ春の気配の訪れない、寂しい雑木林。その間の舗装もされていない道をあかねと加奈子はゆっくりと歩く。
 冷たい風があかねの頬を撫で、加奈子の髪をサラサラとなびかせた。
「ねぇ、あかねちゃん。乱馬君てあかねちゃんの彼氏?」
「あんな奴、彼氏じゃないです!」
 即座に否定するあかねを見て加奈子は笑った。
「そうなんだ。でも、好きでしょ?」
「誰があんな奴!」
「あははっ!そんなに顔赤くしてたら説得力無いわよ?」
 あかねはバッと顔を押さえる。両頬はほのかに熱を持っていた。
「図星なんだ。」
「加奈子さん!」
 加奈子はまた笑った。
 あかねはかなわないとがくっりと肩を落とす。
(そんなに分かりやすいかなぁ。)
「分かりやすいわよ。」
「えっ!?」
 今思った事に答えるように絶妙なタイミングで言われて、あかねはドキッとした。
「どうしかした?」
「いえ、なんでも。」
「そう。」
 見透かすような視線にあかねは耐えきれなくなって、あかねは話を逸らそうとプロポーズされた時の事を尋ねた。
 すると加奈子は頬を赤く染め、はにかみ笑いをしながらその時の事を話し始める。自然と二人の足が止まり、あかねは加奈子の話に聞き入った。
 本当に幸せそうに語る加奈子。あかねは話しを聞き終わってから、乱馬の事を考えてみた。
(乱馬はあたしの事いつも可愛くねぇ、色気がねぇって言ってる。そんな乱馬が将来あたしと結婚しようなんて思ってくれるのかな?親同士が決めた許嫁なんて本当は凄く脆い関係よね。乱馬が嫌がったら、今すぐにだって解消になってしまうんだから・・・。)
「加奈子さんって、いいですね。」
「なにが?」
「だって加奈子さんはあたしと違ってヤキモチなんて焼かなくて、優しいし・・・あたしなんか全然・・・。」
「あたしそんな風に見える?」
「はい。」
「そんな事ないんだ。結婚する前はあたしもそんなものだったし。」
 加奈子はあかねの少し先に進む。
「あかねちゃん。後少し、後少しだけ素直になってみてよ。ちょっとずつでいいから。」
「加奈子さん。」
「そしたらきっと乱馬君も答えてくれるわ。」
「・・・はい。」


 乱馬&恭介

「あかねの奴思い切り殴りやがって。」
「加奈子の奴も、あれで結構力込めてたし・・・!」
 二人揃って殴られた場所をさする。
 特に話す事もなく、しばし沈黙する。だが恭介は唐突に口を開いた。
「あかねちゃんって彼女か?」
 乱馬は半ば冷えたコーヒーを飲んでいたので、危うく吹き出しそうになった。
「んな訳あるか!」
「ふーん。それじゃまだ片思いか?ん?」
「な、なんで俺があいつを好きだって決めつけんだよ!」
「違うって言うのか。そんなら丁度良い。俺の従弟が丁度十七でな。そいつにあかねちゃん紹介してやろ。」
 すました顔でとんでもない事を言う恭介に乱馬は思わず言った。
「やめろよ!」
「なんで?好きじゃないんだろ?」
 ニコニコしながら言う恭介を前に乱馬は敗北を悟った。
(こいつ、案外曲者だ・・・。)
「なぁ。本当はあかねちゃんの事好きなんだろ?」
「だ、誰が!大体あいつはなぁ!」
 乱馬は再び立ち上がる。
「「可愛くねぇし寸胴だし、その上不器用で凶暴で、俺ぐらいしか手に負える奴なんかいねぇんだ。」」
 乱馬の大声と、恭介の小声。
 内容、話すスピード、調子までもピッタリと一致していて乱馬は恭介が言った事に全く気が付かなかった。
 恭介は頬杖を付きながら、ニヤリと笑う。
「要するにそうやってあかねちゃんの隣にいる理由作ってる訳か。」
 乱馬は痛い所を突かれてジリッと後ずさった。
「でもそんなのがいつまでも通用すると思うなよ。分かってると思うけど、あかねちゃん可愛いからもてるんじゃないのか?そんなんじゃいつ離れてくか分かんないぞ。」
 グサッドスッ!
 なにかが乱馬をひたすら攻撃してくる。防ぎようがない攻撃を。
「それに乱馬って優柔不断っぽいよな。女の関係清算できないで困りそうなタイプだ。早くハッキリさせないと、あかねちゃん盗られても文句言えないよな。」
 最終攻撃にて乱馬撃沈。
 その場にへたりこんでニヤニヤ人の悪い笑みを浮かべる恭介を恨めしそうに見上げた。
「でさ、気になってたんだけど。そのポケットに入ってるのは何?」
(そこまで見抜いてんのかよ。)
 乱馬は抵抗する気力もなく、ポケットの箱を取り出した。
「なんで分かったんだよ。」
「会った時から妙に手を出し入れしてるから、なんか入ってんのかと思ってな。これ、あかねちゃんに?バレンタインのお返しってやつか?」
「・・・まぁな。」
「渡さないのか?」
「渡せねぇんだよ。」
 呻く乱馬。
「恥ずかしいのか。」
「当たりめぇだろ。」
「・・・乱馬、やっぱりあかねちゃんの事好きなんじゃないかよ。だからそんな物用意してるんだろ?」
「黙秘権行使します。」
「はっはーん。つまり、図星だから言いたくないと。」
 泥沼にはまった乱馬は恭介の追及をかわすどころかドンドン窮地に立たされていく。
 頭を抱え込んだ乱馬に恭介はボソッと言った。
「素直になれっての。好きなら好きって言えばいいじゃん。」
「それが出来たら苦労しねぇ。」
「そうだな。でもさぁ。」
 乱馬は顔を上げた。
 恭介はもう笑っていなかった。
「自分の気持ち、伝えようって努力しなきゃ伝わんないじゃん?」
「けどなぁ。」
「けどは無し無し。言い訳すんのも程々にして、これからはも少し大人になるんだな。もっと素直になってみるとか。」
(もう少し、素直に?)
 簡単なようで難しい。
(そしたらいつかあかねと俺も恭介達みたいになる日が来るのか・・・?)
 そんな事を考えた時。
「ただいま!」
 とっさに乱馬はお返しをソファーのクッションの下に隠した。
「乱馬!帰れるかもしれないよ!」
「何ッ!?」
 もしかしたらしばらく帰れないかもしれないと覚悟していたので、この知らせに乱馬は飛びついた。
「今散歩してきたらね、落とし穴みたいなのがあったの!加奈子さん達が歩いてた時はこんなの無かったって言うから多分戻る穴だと思う。」
「そうか!じゃ急ぐぞ!穴が閉じない内に!」
「あの、慌ただしくてごめんなさい。お世話になりました。」
 きちんと頭を下げるあかね。
「いいのいいの。気にしないで。」
「乱馬の言う通り急いだ方がいいぞ。帰れなくなったら事だしな。」
 加奈子と恭介は玄関の外まで二人を見送った。
「はい。それじゃ本当にありがとうございました。」
「行くぞ、あかね!」
 二人は転がるように駆けていく。
 その後ろ姿が消えると二人はコテージの中に戻った。
 戻ると突然恭介は吹き出し、加奈子も肩を振るわせて二人で大いに笑い始めた。


「ああっ!」
 乱馬は突然足を止めた。
「どうしたのよ。」
 穴はもう目と鼻の先。しかしこのまま行く訳にはいかなくなった。乱馬は重大な事を思いだしたのだ。
(アレを忘れた!)
 アレとは無論あかねへ渡すはずのアレである。
「お前は先に帰ってろ!」
「なんでよ。」
「いいから!俺は一旦戻って、すぐに後追うから!」
「乱馬!?」
 乱馬は元来た道を猛然と走り始めた。
 すぐにコテージに着いたものの、中に入りづらい乱馬はドアの鍵が開いているのをいい事に、中に忍び込んだ。
 さっきの部屋では恭介と加奈子が二人で大笑いしている。
「上手くいったわね。」
 加奈子はそう言ってパサリとウイッグを取った。
「完璧だぜ。」
 今度は恭介だ。
 ウイッグの下からは黒髪が現れた。
 加奈子は今のあかねぐらいの髪の長さ、恭介は今の乱馬と同じぐらいの髪の長さだ。
(ど、どうなってんだ?)
 訳が分からず、乱馬はドアの隙間から食い入るように二人を見た。
 恭介は手慣れた様子で髪を結い始める。乱馬と同じおさげに。
「あの二人が知ったら驚くわね。」
「知ったらな。当分は気がつかねぇよ。」
 加奈子は鏡を覗き込みながら、何かをした。
「あんたも始めはあたしって分からなかった?」
「バーカ。分かるに決まってんだろ。」
「嘘。最初あたしが抱きついたら、大慌てで飛び退いたクセに。」
 振り向いた加奈子。
 乱馬は息が止まるほど驚いた。
(あかねッ!?)
 今度は恭介の方が鏡の前に立ちながら、弁解する。
「あれはなー、急におめーが抱きついてきたりすっから・・・。」
「なんで急に独身の時みたいな慌てかたするのよ。」
「独身だろうが結婚後だろうが慌てる時は慌てんだよ!」
「無差別格闘早乙女流二代目があんな事で驚くわけ?」
「うっせーな!」
(無差別格闘早乙女流二代目ってちょっと待てよ。そんじゃ恭介と加奈子ってまさか・・・。)
 恭介もする事が終わったのか振り返った。
 それはまさに乱馬だった。
 ある程度大人びてはいたものの、どこからどう見ても乱馬とあかねにしか見えない。
(俺とあかね!?あの二人は、俺とあかねなのか!?)
「そう言えばあんた、妙に優しかったわよね。自分のジャンパーかけてあげるなんて!」
 ツンとそっぽを向く加奈子。
「なに焼いてんだよ!」
「焼いてないわよ!」
「焼いてんじゃねぇか!」
「焼いてない!」
「大体言わせてもらえばおめーだってあいつに妙に優しげな視線送ってたじゃねぇか!」
「懐かしかったんだもん!良いじゃないの!」
「懐かしいっていう視線か!?もっと別のモンも混ざってたじゃねぇか。」
「別のモンって何よ!」
「熱い視線てやつだよ!」
「しょうがないでしょ!」
 加奈子はそこで声のトーンを落とした。
「だって、あんたなんだもん。」
「あかね・・・。」
「乱馬だからだもん。乱馬じゃなかったらそんな風に見ないもん。」
 恭介―――もとい乱馬は加奈子―――もといあかねを抱きしめる。
「俺だって、あかねだからかけてやったんだよ。」
「あたしにはかけてくれないのに?」
「お、おめーには・・・。」
「なによ。」
 乱馬は何事かあかねに囁いた。
 生憎とのぞき見ている乱馬には聞こえない。だがなにかあかねにとって嬉しい事だったようで、あかねは満面の笑みを浮かべると乱馬にギュウッと抱きついた。
 乱馬はギシッと固まったりしなかった。
 さすがに結婚して慣れているのだろうか、更に力強く抱きしめる。
 十六才の乱馬からしたら、自分とあかねの抱き合うのを見ているので複雑な気分だ。
 やがてあかねは乱馬から離れて奥へと消えた。
 乱馬はそれを見送ってから、スタスタとドアに近づいてガチャリと開けて上を見る。
「覗き見とはいい根性してるな。」
 二十二才の乱馬は上に張り付いた乱馬にそう言った。
「・・・失礼しました・・・。」
 何となく謝ってしまった。それと同時にスタッと下に降りると二十二才の乱馬はポンと乱馬に箱を投げてよこす。
 乱馬が忘れて行ったお返しの箱だ。
「どうしても俺はそれを忘れるらしいな。」
「って事はやっぱり・・・。」
「坂田恭介や加奈子なんていやしねぇさ。俺は見ての通りおめーだ。六年後のな。そんで、あいつは六年後のあかね。どうだ、安心したか?あかねが良牙とかに盗られてなくて。」
「あいつが誰と結婚しようが俺には関係ねぇよ。」
「お前、自分に嘘ついてばれないと思ってんのか?本当はホッとしてるクセに。むしろ嬉しいか?」
 乱馬はまさに思っていた事を言い当てられて、冷や汗を流す。
「それ持って早くあかねんトコ行ってやれよ。あいつ、律儀に待ってやがるから。」
「なんで知ってんだよ。」
「あー、俺ってアホだな。俺は未来のおめー自身なの!当然こういう過去もあるわけだ。俺も実は十六の時にこの現場を目撃した。あの時は信じらんなかったよなぁ。」
 感慨深げに言う二十二才の乱馬。納得する乱馬。
「おめーさ、あかねと結婚したいか?」
「な゜、なに言ってんだよ!」
「未来の俺からアドバイスでもしてやろうかと思ってな。と言うか、する事になってるんだよ。だからとりあえず聞いとけ。」
 乱馬もとりあえず、気になるので聞いておく事にした。
「高校卒業までは今のままでも平気って言ったら平気だ。盗られる心配はねぇ。ただ、卒業して数年修行の旅に出る時にあかねに俺の事待ってろって言った方がいいな。俺の留守中に良牙と久能の野郎を筆頭に数多の男共があかねを狙ってくるから、気をつけた方がいいぞ。帰って来てあかねに聞いたら腰抜かす程の人数だからな。短大とか会社で俺がいないとすぐ狙われるから、あいつ。」
(あいつ、無防備だしなぁ。その上鈍感だし、相手の気も知らずにヒョコヒョコ着いていったりとかしそうだよな。)
「下手すると良牙の野郎とあかねが結婚するって事もあり得る。俺の場合は寸前だった。良牙の野郎が結局一番の敵なんだよ。九能は、自分が結婚しようがなんだろうが抱きつき癖は一向に直らねぇから気抜くなよ。・・・他に質問は?」
「あかねの不器用の方はどうなった?」
「アレか。あいつも頑張ったんだろうな。俺の為に。数年ぶりに帰ってみたら、かすみさん並になってた。」
 にへらっと笑う未来の自分を見ながら、乱馬は安堵した。
「幸せそーだな・・・。」
「幸せそうじゃねぇ。幸せなんだよ。ま、おめーもこうなろうと思えばなれるんだから、頑張れよ。」
「ああ。」
「まずは、それ渡すところからな。さ、行けよ。あかねもそろそろまた降りてくるからな。」
「分かった。ありがとな、俺。」
「六年後にまたな。」
 乱馬は駆け出した。
 その後ろ姿を見ながら二十二才の乱馬はあかねをちょいちょい手招きして呼ぶ。
「と、言う訳だ。」
「乱馬、知ってたの!?」
 あかねは物陰から出てきた。
 どうやら乱馬はあかねが降りてきたのを知って、早く行かせたらしい。
 いくらあかねがあれからまた腕を上げたと言っても気配を完全に隠せる訳じゃない。十六才の乱馬でも充分に感じ取れたはずだ。
 そうはさせまいという乱馬の心配りというわけだ。あの頃の自分がこれを知ったらどんな反応をするかは大体想像がつくから、と言うのもある。
「俺はな。この時からちゃんと知ってたって訳だ。」
「あたしには隠してたクセに。」
「あの二人は未来の俺達だったなんて言えっかよ。今はともかく、十六才の俺達は・・・。」
「それもそうね。・・・あたし、あんたの事あの頃から好きだったのね。なんか思い出しちゃった。自分だけどからかったら反応が面白かったわ。」
「それはあるな。俺なんかもー、ドンドンはめられてって逃げ場無しってトコまで追い込まれてたぞ。素直じゃねぇ俺がいた。」
「今でもそんなに変わらないでしょ。」
 突っぱねるあかね。
「可愛くねぇ。」
 久々に出た乱馬からのフレーズ。でもあかねは怒らなかった。
 身構えていた乱馬はおそるおそるあかねの顔を覗き込む。
「おこらねぇのか?」
「嘘だって知ってるもーん。無駄には怒らないの。」
「なに言ってんだ、短気なクセに。」
「何とでも言いなさい。」
「短気、短気、短気。」
「誰が何度も言えと言った!」
 バシッと乱馬の顔をひっぱたいた。
「無駄におこらねぇんじゃなかったのか!」
「あんたが何度も言うからよ!」
「可愛くねぇ!」
 十六才の自分たちに影響されたのか、久々にあの頃のような喧嘩をし始めた。
 しかし、やはり成長したのかすぐにそんな喧嘩も終わってしまったが。


「遅い!」
 穴の前では確かに二十二才の乱馬が言ったようにあかねが待っている。
「なんで先に行かなかったんだよ!」
「あんただけ帰れなかったら大変でしょ!」
「お前、俺の事心配してた訳?」
「バカ!」
 もう知らないとばかりにあかねは穴に飛び込もうとする。
 が、乱馬はそのあかねを引き留める。
「なによ。」
「あー、だからー・・・。」
 向こうに帰ると面倒だから、今の内に渡してしまおうと考えたのだ。
 考えは良いとして、照れていたらいつまでも渡せないのは当たり前の事である。
 乱馬は後ろ手で隠し持つ箱を握りつぶさない程度に握った。
「だから、なんなの?用があるなら急いでよ。」
「だからー、あのー、そのー・・・わかんだろ?」
「分かんないわよ。」
(分かったら分かったですごい。)
 乱馬はそんな風に思った。
「乱馬、いい加減にしなさいよ。」
 いつまで経ってもハッキリしないのであかねはだんだん苛ついてくる。
(急げって言ったのはあんたでしょうが。)
「乱馬!」
「だぁら!これ!」
 乱馬は遂に箱を差し出した。かあぁっと顔が赤くなるのを感じた。
「やる。」
「なんで?」
 ずしゃあっと乱馬は転けた。
(なんでときたか。)
「・・・バレンタインのお返し・・・。」
「今朝おばさまから頂いたわよ?」
「だああああッ!それとは別に!やるっつってんだから、ありがたく受け取れ!」
 あかねの胸に押しつけると自分だけ先逃げるように穴に飛び込んだ。
(あたしに、だけ?)
 渡された箱は何故かラッピングが崩れて箱も変形している。
(あたしだけ、特別ってちょっと自惚れても良いよね?)
 ここで箱を開けたかったが戻る方が先だと、しっかり箱を持って穴に飛び込んだ。


「っと!」
 先に穴に飛び込んでいた乱馬は後から落ちてきたあかねをしっかり受け止めた。
 しかしさっきの事が恥ずかしいのか目を合わせようとしない。
「乱馬、ありがと。」
 どっちにもとれるお礼。
「おう。」
 どっちか分からずに返す乱馬の曖昧な返事。
「開けるよ?」
「勝手にしろよ。」
 ぶっきらぼうな物言いだが、その目はしっかりとあかねの手元を見ていた。
「あ・・・。」
 あかねは箱の中身を開けて押し黙る。
 中に入っていたのは十字架のペンダントだった。淡いピンクのガラスの石がはめ込んである。
「気、気に入らなかったら返してくれたっていいんだからな!」
 そんな事を言ってしまう自分を情けなく思った。が、あかねはそんな言葉耳に入らなかったようにペンダントをつけた。満足げにそれを眺めてから、隣を歩く乱馬に笑いかける。
「ありがとう。」
 あんまり無邪気に笑うので乱馬は思わず見惚れてしまった。
(不意打ちだ・・・。)
 そのまま一歩踏み出して、フェンスから足を踏み外しかけた。
「わわッ!」
 なんとかフェンスに掴まって、宙ぶらりんの状態になる乱馬。
 そこから戻る事など乱馬にとっては苦もなく出来る事だが、乱馬はその時驚くべき物を見た。
 乱馬の服を両手でしっかりと掴む白く細い小さな手。
「なにやってるのよ。」
 タイミングが良すぎた。本当にピッタリ合っていた。
 乱馬はあかねが素早く落ちる自分をを助けようとしたのに驚いた。
 あまりに反応が良くて乱馬が落ちるのを予測していたような感じさえ受ける。
「いつになく早いじゃねぇか。」
「身体が勝手に動いたのよ。」
 乱馬はサッとフェンスの上に戻る。
「そんな所歩くからよ。」
 そう言って前を歩くあかねを見ながら、思い出す。
 仲が良かった未来の自分達。コーヒーのカップを落としかけた自分。すかさず支えたあかね。
(なんだ、今の俺達もあれぐらい出来んじゃねぇか。)
 また、あかねもさっきの事で乱馬と同じ事を思い出していた。
(あたし達だって、加奈子さんと恭介さんみたいになれるかもしれないわよね。うん、可能性はあるわよ。)
『後少し、後少しでいいから素直になってみてよ。ちょっとずつでいいから。』
『も少し大人になるんだな。もっと素直になってみるとか。』
 それぞれが言われた言葉。
((素直になってみる、かぁ。))
「ねぇ、乱馬。ちょっと来て。」
 フェンスの上を歩く乱馬を招き寄せるあかね。乱馬は何か分からないが、とりあえずフェンスの上から降りてみる。
 少し躊躇った後、あかねは乱馬の腕に思い切ってしがみついた。
「あかねッ!?熱でもあんのか!?」
 恥ずかしさで声がひっくり返った。
「そうかもね。」
 火照る顔を隠すようにしながらあかねが答える。
「・・・道場の前までこのままな。」
「うん。」
 いつもやってみたいと思っていた事をやってみたあかね。
 暗にそれまで離れるなと言ってみた乱馬。
 どちらもまだまだ分かりにくくて、相手に気持ちは上手く伝わってないかもしれない。けれど少しだけ素直になってみる。


 今日は記念日。
 二人が素直になろうと努力し始めた日。それから―――未来の二人の結婚記念日。







恭介と加奈子は未来の乱馬とあかねでした。意外な展開?
喧嘩の口ぶりなどは、高校生の頃そのままに。でも、確かに結婚した分、仲良しさん度は増しているようではありますが。
(一之瀬けいこ)



Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.