◇replace その6
なな(高野連)さま作


肌寒さを感じ、薄目を開く。
周りは一面の霧。視界は限られている・・・。

乱馬はここが、夢の中か否かの判断に少々時間がかかった。
それは、あまりのリアリティさが乱馬の思考を「現実」のものにしていた。
しかし、己の姿を見て、「夢」のような気がした。
それは、真の姿へ戻っていたから・・・。

「俺・・・、元の姿に・・・。」
呆然と言う言葉に感情はなく、ただただ、今の状況を自分に言い聞かせるかのように、ボソと口が開いた程度。


数分後、突然乱馬はなにを思ったのか、走り出した。

濃い霧の中、足元も見えないその状況で、乱馬は走りつづけた。
しかし、この空間には果てがなく、いつまでも平面な地面を蹴り、前へ前へと付き進んだ。

いつしか、乱馬の方が果ててきて、その場にしゃがみ込んだ。
必然、乱馬の息は上がっていて、肩で息をし、なんとかこの状況からの奪出を考えた。
でも、考えても考えても、今の状況すらわからず、なぜ、下の姿に戻ったのかもわからず、疲れ、精魂つきた乱馬はその場に大の字になって寝転んだ。

周りの霧が優しく乱馬を包み、一時的だが、乱馬は安らぎを感じた。
肌寒さがたまに傷だが、ふわっとした霧に飲み込まれそうな感覚になった。

「あかね・・・」

口を開けただけだったはずが、なぜか、「あかね」と言っていた。

すると、この言葉が合言葉だったかのように、今まで濃かった霧が一斉に晴れていく。
完全に晴れると、そこは砂漠のオアシス内だった。

乱馬は小さな泉の横に座っていた。
このオアシスは泉が中心にあって、その縁から半径5m程の小さなオアシス。
少ないが、小さな木々も立っていた。

「な゛?」

乱馬はいきなり、砂漠のど真ん中にいるこの状況に大驚き。
またしても、思考はシャットダウンするはめになった。


砂漠はたいそう暑いようで、遠くの方があまりの暑さに霞んで見える程。
このオアシスの中だけが乱馬の居所だった。

「どっすんかな? なんか、とんでもねぇとこにいるよな、俺。」
見渡す限りの金色の砂。照りつける真っ赤な太陽。その間を雲1つない真っ青な空がつづいている。
「にしても、こりゃほんとに夢なのか?」
乱馬はなんだか実世界のような気がしてならなかった。
そのくらい、太陽の光が眩しくって、乱馬は、頭をひねることしかできなかった。




――――

一方、らんまの姿のままのあかねが、姉・かすみとの電話を終えて、乱馬の母・のどかの到着を待っていた。
隣には寝ている乱馬。
まさかこの乱馬が今、パラレル・ワールド状態にいるとはつゆ知らずに、寝顔を見ていた。

「なんで、入れ替わっちゃったんだろうね? らんま・・・」
あかねは寝ている乱馬の手を蒲団から出し、両手で握ってみた。
「ほんとに、死んじゃったのかな?・・・お父さんになんて言ったらいいんだろう・・・」
頬を乱馬の手に持ってくる。なんとなく、そうせずにはいられなかった。
「おばさま、きっと驚くわよね? 乱馬があたしになっちゃったなんて・・・。なんか顔向け出来ないよ・・・。」
涙が一粒頬を伝い、乱馬の手に落ちた。
かすかに乱馬の手が動いて、あかねは慌てて乱馬の手を離し蒲団の中に閉まった。
「あたしが乱馬なんてね・・・。おばさま、どう思うのかな・・・」
蒲団に頬杖をつき、はぁ、と一つため息をはくと、あかねもまた眠ってしまった。






――――
「どうすっかねー」
その頃、乱馬はあのオアシスにいた。
ここから出ようとも考えたが、この先に待ってる灼熱の砂の海を見ていると、どうも足が進まない。
泉は湧き水のようで、そこの方で砂が湧き乱れているのが見えた。
すると、
「ん? 急須??」
その湧き出てるところからいきなり金色の急須のようなものが出てきた。
不思議に思った乱馬は泉のそこのそれを引き抜いた。

「やっぱ、急須?」
それにしてはやけにえの長い急須だった。そしてふたもずいぶん小ぶりなものだ。
「なんだ?なんで急須が?」

砂漠のど真ん中のオアシスの泉から金色の急須。

乱馬は、しばらく不思議そうにみつめていたが、
「水筒がわりか?」
などといい、水を急須いっぱいに入れた。
「お!ビンゴ!!」
水はすっかり入って、穴もない様子。なかなか仕組みがあるらしく、逆さにしても水は出てこなかった。
「でも、水、でてこなきゃ、使えねーじゃねーかよ!」
そう言って放り投げる。
カラン
小さくぶつかった音をたて、急須は茂みの中に消えた。

「さぁ!どーすっかなー・・・」
小さく伸びをしたとき、急須を投げた茂みから何かが乱馬目掛けて飛んできた。


「投げんな!バカヤロー!!!」
と、乱馬の目の前に小さな幽霊?のようなものがいた。
「な!?」
驚く乱馬、そしてその幽霊は乱馬の鼻頭を突きながら言った。
「われはランプの精である。」と。
乱馬は「急須じゃねーの?」とあっけらかんと言うと、
「無礼な!!あれはアラブに伝われし聖なるランプぞ!!」
と言ってさらに乱馬の鼻頭をゲシゲシと叩く。
「その急須の精霊だかなんだか知らんが一体なんだよ。」
乱馬が気を取り直して聞くと、
「お前のようなやつが次のご主人様・・・認めたくない・・・・・」
そう言って目頭を押さえ嘆く。
「な!なにが認めたくないだ!! つうかお前、なにもんだよ!!」
乱馬は精霊の猫掴みにした。
「我れは5000年も昔から伝わりし古き言霊の精霊。ランプをこすった方が我の主人となる。そしてお前は第682人目の主人なのだ。」
「俺がいつ急須をこすった?」
「急須ではない、ランプだ!!物覚えの悪いやつだ。さっきお主が投げたときだ! 最悪だ・・・」
こすった、こすってないでミニ争い。
「なんでお前が黄昏るんだよ!!つうか、だれも下僕なんざいらねーよ!」
「下僕なんぞに成り下がったことはない!ましてや貴様のようなやつ!!」
「さっきから貴様、貴様ってだったら、とっとと急須ん中戻れよ! んしたら全てが白紙になって両者ばん万歳じゃんか。」
「できるものならやってる。無理なのだ。そういう呪文がかかっている。我は3つの願いを聞き入れ実行し、成功を収めなければランプには帰られんのだ!!」
「!?なに!?願い事を叶えてくれるだと?」
「お主、自分の重要部分だけを聞いておるな・・・。さよう、お主は1度言ったことが分らぬのか?」
「ちげーよ、なんだよ、だったら早いとこ俺の元いた場所、東京に戻してくれよ。」
「我にも許容範囲というものがある。」
「できねーといいたいのかよ!!!」
「そうはいっとらん。」
「同じだー!!!!」

紹介が遅れたが、彼、ランプの精霊はジーニーである。
どこかのとかぶっているが気にしないでいただきたい。

それはさておき、このあと、乱馬とジーニーの言い争いは20分近く及んだ。
お互い、どうやらよほど相性が悪いらしく、しかも引かないのである。
すったもんだのすえ、とりあえず、この灼熱砂漠撤退のため、町の方へ行くということになった。

「んだったらはじめっから、ここ出るっていっとけや、このへぼ急須!!」
「なんだと、この青二才!」

このあと、2人はお互いを「急須」と「青二才」と呼び合ってみたり。実は意外に馬が合うようだ。


「おい、まさか“俺の願い”とやらで町に行くんじゃないだろうな?」
「ん?なんだ? だめか??」
「あたりまえだ!!」
「わがままなやつだ。しかたがない、奥の手を使うか」
「なんだよ、その“奥の手”って」
「これだ」
そういってランプをこすると、中からじゅうたんが1枚。
「なんか、どっかで聞いたような感じの展開のような・・・」

そう、まさに『アラビアン・ナイト』な状況、しかし、常人ならランプの精で気付くはず。
「気のせいだな・・・」
これでも気がつかない乱馬。
さすが、“ロミオとジュリエット”の設定を親子と間違えただけはある。(参照:8巻)
修行生活だった幼少時代がわかるようなわからないような乱馬の感覚。

「なんだよ、これ。」
「乗り物だ」
「はぁ?ただの布切れじゃんか」
「いや、合言葉のようなのを覚えさせると動く出す。なにか手短なやつを覚えさせるのだ。」
「俺が?」
「じゃなければ、説明などしない」
「・・・あぁ、じゃぁ。」
そういって指を鳴らす。
するといきなり、じゅうたんが生き物のように動き出す。
「な!」
「空飛ぶじゅうたんだ」
「ま、一応、見りゃわかるが」
擦り寄ってくる得体の知れない物体を手で少し払いながら言う。
「これが移動手段だ」
「これも“俺の願い”で出てきた物か?」
「いや、これは備え付けのものだ」
ぴき
「じゃ、さっきの回答はなんだったんだ?あぁ??」
「ま、いちいちうるさい。さっさと乗れ」

go!go!と行き勇むじゅうたん。出だしからトップスピード。
「こりゃ、俺のなのか?」
「我とそなたのだ」
「兼用かよ。つうかお前、実体ないんだろ?」
「浮遊は疲れる。地に付く生活が1番と我は考えておる。」
「はいはい。」

こうして、入れ変わって、悩んでいた自分なんて忘れてる乱馬。
夢だか、現実だかわからない世界でこの先、何かが待ち受けている予感めいた気持ちで空飛ぶじゅんたんに乗る乱馬。

「急須ぅ、いつ着くんだよ。」
「急須ではない、ランプだ、ランプ!!」

珍道中が待ち受けているのは確かだ。




つづく




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