◇replace その4
なな(高野連)さま作


『一度 死んだ』
頭の中で何度もこだまする。もう何回くらい響いているだろう?

「はぁ」
もう今はため息しか出せない。
流す涙は枯れてしまったようだった。

小さく俯くあたしの瞳の前に、濃紺の少し大きめのズボンが見えた。
腕の方に目をやると、半そでの赤い袖ぐり、胸の辺りには自分のものより少し大きく感じる胸と、赤い布を止める黄色い紐のようなフック。
紛れもなく、乱馬のスタイル。
目覚めたときは低かった声が、今では少し甲高い声になっていた。

あたしは改めて、今いる部屋の中をぐるりと見回した。

あたしの目の前には、首からタオルを下げ後ろ向きの制服姿のあたし。でも中は乱馬。
下を向き、手は小さく握りこぶしを作り、肩が少し震えていた。
今、背中しか見えないけど、どういう表情かは想像がついた。

そんな乱馬の前には腕を組み、真剣に悩んでいる東風先生。

先生にはなぜか入れ替わったことを知られても構わないと思った。東風先生なら、きっとあたしたちのこと理解してくれるだろうし、助けてくれそうな気がする。だからここに来た。

・・・でも説明してくれたのは乱馬で、あたしは泣いてばっか。
だって、先生の顔を見ていたら、絶えていたもの(つっかえ棒)が一気に外れて、止めることができなかった。
泣かずにはいられなかった。

そして、あたしの後ろの窓の横に立っている良牙君。
唯一の目撃者。
彼のお陰で、あたしたちのこの状況の原因がわかったのだから。
でも良牙君は、原因を語ってから、押し黙ったように下を向きてただ立っていた。

そんなみんなを見ていたら、また目頭が熱くなっていった。

『ダメ!泣いちゃダメ。泣いたら、乱馬やみんなに迷惑かけ、ちゃう・・ないちゃ だめ』
かすかに声が出たかもしれない。
止めようと必死に堪えていた涙が一筋流れていった。

さっきの声に乱馬が気が付いたみたい。
背中を見ていたあたしの瞳にあたしが写った。

お互い思わず目が合う。
「ごめん」
小さくだけどそう聞こえた。乱馬の声。・・・だけどあたしの声・・・・・
あたしは溜まらず大きな声で
「あやまらないで!!これはどっちも悪くない、から、あやまらないで・・・」
と叫んだ。でも最後の方は涙声とシンクロしていた。

下を向き、零れそうになる涙に必死に対抗する。

すると目の前にタオルが見えた。

「いいよ、泣け。・・堪えなくて、いいよ。無理、するな。」

あたしの声。
でも乱馬の口調。

もう頭は十分混乱してた。
その声は、乱馬の声に確かに聞こえた。今のあたしには。

あたしは溜まらず乱馬(あたし)の胸に飛び込んで泣いた。
夢中で飛び込み、必死に体にしがみ付いた。

『死んじゃったの? あたしたち。・・・だからこうなっちゃったの?
 誰か答えて?
 もう戻れないの?
 あたしに。本来の姿に・・・。無理なの? ねぇ、乱馬!?
 ・・・もうあたし、あなたの顔、鏡でしか見れないの?
 ・・それとも、この姿で死ぬのを待つの? ・・・いや! 死にたくない。まだ死にたくないよ・・・・。
 もう一度、本当の乱馬を見るまでは、・・・あたしの気持ち伝えるまでは死にたくない。
 ―お母さん、わかんないよぅ―。』

そんなことを考えながらあたしはあたしの肩の辺りで泣いた。
彼の襟ぐりあたりを必死に掴んで、大泣きしていた。
その間、乱馬はあたしを、静かに、優しく、包むように抱きしめてくれた。


――――――

『死んでしまったのかもしれない・・・』
そう思うと、今にも地面が崩れ落ちて、一人だけ、地の底に落とされて、二度とここへ、帰って来れないっといった恐怖が魂に宿っているようだ。

今、俺の腕の中には小さな女が一人、俺の胸で泣いている。
見た目は変身後の俺の姿、でも中はあかね。今、俺がいるこの体の持ち主。
さっきも泣いたのに、留まるとこを知らない彼女の涙。
いつもは強気で、素直じゃなくて、凶暴で、不器用な彼女は、“死”という恐怖を涙にして伝えている様な気がした。

腕の中で何か振動として俺の皮膚を伝って脳に届いた。
「死にたくない」 と。

その振動と同じことを思っていた。俺も死にたくない。

死にたくない、この状態で。あかねの体では死にたくない。
じゃないと彼女の笑顔がもう見れない。
―俺の大好きなあいつの笑顔。
もし、死ぬんだったら、彼女に見取られたい。彼女の顔だけを心に刻んで。
それと、あかねが死ぬのは絶対嫌だ。俺の命に代えてもあいつだけは守りたい。
でもこの状態だと、2つの体、両方を守らないと。いつもみたいに“捨て身”はできない。
だって、それはこれは俺ではなくあかねの体(もの)だから。

にしてもこの状態、死ぬ、にしては思いっきり中途半端だ。

手を繋いでたから魂がそこを通って入れ替わったのか?

そんな風にも思った。

うだうだ考えているうちに、あかねがだいぶ落ち着き始めた。
でもまだ俺の胸元を必死に掴んでいる。

こんな素直に甘えてくるあかねは(非常に)珍しい。
俺も思わず抱きしめたけど、自分で自分を抱くのは非常に不思議な感覚で。だからそっと添えた感じで抱いていた。
これがもし、入れ替わっていなかったら、強く抱きしめてたと思う。

それに今は人前(といっても東風先生と良牙だけだけど)やはり恥かしい。しかも今は女同士だし・・・。

ふと良牙と目が合った。
良牙は俺を軽く睨んでいたが、形があかねだけあって、長時間は睨んでこない。
惚れた弱みだ!ざまーみろ!!
なんだか、良牙にはやたら負けたくない気分だった。
そしてこの状況が拍車をかけてるようだ。

後ろの東風先生は“考えてます!”っといった気が背中からズンズン伝わってくる。

すると不意に先生が「よし!!」っと意を決したように叫んだ。そして、
「あかねちゃん、乱馬くん! 今から古い書物を読んで、原因を究明するよ!! 2人とも、死なせないから。それに死んだって決め付けない! きっといい手立てがあるはずだよ! 大丈夫、きっと策があるよ!!」
と言って俺たちの近くにきて、肩を叩いた。

「東風先生・・・」
持つべきものは博学は知り合いだなぁ。っと呑気に思っていた。
でも、やっぱ先生頼ってよかった。
なんだか、死んでない。っといつもの前向きな思考が蘇ってきた。

あかねもこれを聞いて、
「はい」
と言って、タオルで顔を拭き笑顔で答えた。

俺の顔だけど、笑うとやっぱりあかねだ・・・と思った。
あの輝くような笑顔、俺には一生かかっても出来ない代物だ。

俺の顔だけどかわいいと思った。

今のところ、俺はこいつが笑っていてくれれば生きていける。そう思った。

涙は見たくない、そう心の中で呟いた。


「もしかしたら、中国や朝鮮の古書にあるかもしれない、それと日本神話や古事記や日本の書物も、あと天地創造やぁ・・あ、ギリシア神話ね・・・・」
先生の口からは書物・書物のオンパレード。
「・・・(等など)、いろいろ調べてみるよ、僕の知る限りで。 それはそうと、2人ともびしょ濡れだからうちでお風呂でも入りな、そうじゃないと、風邪ひいちゃうし。着替えは、僕のでよければ使って。ここ実家だし・・・」

先生は淡々と話していく。だが先生は忘れてしまったようだ。
2人が入れ替わってることを・・・・。

「「お、お、お、おふろぉぉぉ!!??」」


*****

「そういえば乱馬くんとあかねちゃん遅いわね・・・。雨・・大丈夫かしら?」
天道家の居間でお茶を注ぎながら呟くかすみ。
「え?! 乱馬くんたち傘持っていってないの? 朝天気予報で言ってたのにぃ。・・お姉ちゃんアイスいる?」
なびきが台所からアイスを持ってきていった。
「あら、ありがと、なびき。 ・・一度乱馬くん、帰って来たときに持っていくように言おうと思ったら・・・」
「はんぐ。・・・とっとといっちゃった訳だ。あかねがのことになると周りほんと見えないのね、乱馬くん。はぁごちそうさまさま。」
「シャク。なびき、からかっちゃだめよ、乱馬くん。いくら反応がおかしいからって。」
「・・お姉ちゃんって結構なこというよね・・・?」
「そうかしら?・・あ、なびき早く食べないと溶けちゃうわよ」
「あ、ほんと。シャクシャク。―おいしぃ♪イチゴミルク。」
「ほんとに・・・早く帰ってこないと溶けちゃうのに」
「・・・お姉ちゃん、残りは冷凍庫にいるわよ」
「あらぁ、やだぁ。でも早乙女のおじさまが」
「確実に狙ってるわ・・・」

「ぱぁぷぃぷー♪」『アイスー♪』(←パンダ)
「早乙女君、いやしいよ!」
「ぱぷうぅ!」『なにをぉ!』
「早乙女君・・・・」



つづく




作者さまより

書けん!試験期間だから!! と思っていたら、気分転換に書いてたらできてしまいました。(汗)

入れ替わりが“死”が原因で起こったのか、真剣に悩んでるところです。
初めにあかねの視点で書いて、次に乱馬という感じ。
んでもって東風先生がめっちゃ前向き好青年風になっちゃいました。(東風先生ファンの方、すいません。東風先生が前向きにならんと話が進まなかったんす。)でも最後に天然キャラたしてみました(汗)

最後は今までと違ってコメディタッチにしてみました。(微)
切羽詰る小乃接骨院と天道家のオチャラケさの微妙なギャップに挑戦。
この辺に今の私の心理状態が・・・。(己も切羽詰ってます。)


 色合いは作者さま指定のものでございます。あしからず。


Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.