◇妖狐 再び! 後編
武蔵さま作


 コックリさんをやって倒れたという事件が起きてから三日が過ぎた。その間、結希は姿を見せずにいた。
 朔夜も居場所を知らず、連絡も取れない状態でいた。朔夜が言うには妖気の匂いはこの町から消えてはいないので少なくともどこかにいる事だけは確かであった。
「結希の奴が帰ってきたらちょっと探りを入れてみっから風林館高校で起きた事は結希や朔夜には黙っててくれよ。」
 乱馬はそう言って結希を捜しに出かけた。あかねはその間朔夜に結希の事を色々聞いていた。
「ねえ、朔夜ちゃん。結希君って里ではどんな人なの?」
 気心が知れた仲とはいえ、あかねは結希の事をまだよく知らないのだ。そもそも獣人族という種族すら知らなかったのだから無理もない。
 朔夜は突然の質問を不思議に思ったがすぐに考えてあかねに答えた。
「そうね〜、性格は乱馬君に似てるわね。あと、獣人族の長というにはちょっと頼り無いかな。」
 乱馬との性格の共通点はあかねも知っていたが頼り無いという朔夜の言葉を疑問に思った。
「どうして?結希君、凄く強いじゃない。」
「確かに強いには強いんだけど、非情になりきれないのよ。優しすぎるってところがちょっとね・・・私達の里では人間って結構嫌われてるのよ。人狼(ワーウルフ)や雪男みたいな 同じ境遇に陥った種族の者の話、聞いた事あるでしょ?あれだって人間が彼らを悪いものだって決めつけて銀の銃弾で殺したり、群れをなして追い詰めたりした事が昔とはいえあったことは事実よ。必ずしも全ての人間がそういうわけではないってわかってはいるんだけど、人間って自分達とは異なるものを恐れて排除しようとする。今まで私達も酷い目にあってきたの。」
 あかねはその話を聞いていて切なくなってきた。結希達が隠れ里に住んでいるのは人間との接触を極力避ける為であったのだ。慰めの言葉も見つからず、何を言っていいのやらわからなくなったあかねだが、その気持ちだけは朔夜に伝わっていた。
「そんな顔しないでよ。少なくとも私や結希は人間って好きだよ。こうしてあかねちゃんや乱馬君と接する事ができるし。でも結希は族長っていう立場で人間と接してるからちょっと里では反感があるんだ。人間との接触を避けながらも人間の今の文化を学んで勉強してるからね。もうちょっと里の仲間の気持ちも考えてもらいたいわ。」
 朔夜が横目であかねを見ると、あかねはまだ浮かない顔をしている。朔夜はちょっと困ったが話題を切り替えた。
「そういえばあいつ、この前里に帰る前に水を被っちゃってさ、女の姿のまま里に入っちゃったのよ。そうしたら仲間から一斉に交際申し込まれちゃったのよ。あの時のゆうきの困った顔、今思い出しても笑えるわよ。」
 朔夜の話を想像したあかねは思わず笑みを浮かべた。乱馬も女の姿の時は苦労していたという事を結希の姿と重ね合わせたのだ。
「やっと笑ってくれた。」
 朔夜の言葉にあかねは朔夜が自分を気遣ってくれた事に気が付いた。
「ごめんね。ちょっと辛気くさい話になっちゃって。」
 申し訳なさそうに言う朔夜にあかねは首を振った。
「ううん、こっちが聞きたいって言い出したんだもの。朔夜ちゃんが謝る事ないわ。」
「そうだ!あかねちゃん、私と手合わせしない?」
 まだ少し吹っ切れていないあかねに朔夜は提案した。
「えっ?別にいいけど朔夜ちゃんって武術をやってるの?」
「もちろんよ。結希と一緒に武術を競いあってたからね。スピードじゃ結希にだって負けないわよ。」



−−−道場−−−

「それじゃ、いくわよ!」
 あかねの右手を開いて前に出し、左手は握った状態で腰にあてるという基本的な構えに対し、朔夜は腰を落としながら両手を軽く前に出すという独特な構えをとった。
「やぁーーー!」
 あかねの突きが間合いを一瞬にして詰めて繰り出された。あかねは確実に捉えたと思った朔夜の姿は一瞬にしてあかねの背後に回った。
「まだまだ!」
 瞬時に後ろ回し蹴りに切り替えたあかね。しかしその蹴りも空を切った。
(凄いスピードだわ。まるで本当の獣と闘っているみたいだわ。まずは動きを止めないと・・・)
 あかねが少し考えたその瞬間を狙って朔夜の攻撃が繰り出される。その空気を切る鋭い音を聞いたあかねはすぐさま体を屈ませて躱す。
「これなら!」
 あかねは朔夜に向かって走り、大振りの足払いをしかけた。当然それを見切っている朔夜は宙に身を翻す。
 しかしその足払いはあかねのフェイクであった。朔夜が身を反転させている間にあかねは足払いを繰り出した粗の足で道場の床を蹴って朔夜に突進した。
「雷鳴開脚蹴り!」
 着地する直前の朔夜の身体をあかねの蹴りの2連撃がヒットした。
「やるわね。それなら私も本気で行くわよ!」
 ダメージを受けた朔夜は長い髪を結んでいた紐を解いた。その瞬間、ポニーテールでなくなったその髪は黒から銀色になり、瞳は深い青色に変化した。これはまさしく以前結希が乱馬と闘った時に見せた本当の姿である。その凄まじいほどの妖気に気押されそうになりつつもあかねは相手が本気だという事に少なからず喜びを感じていた。手を抜いた試合など楽しくもなんともない。だからこそ手合わせするのならばお互い本気でやるのが武道家としての礼儀である。
 稽古では無くなり試合と化したこの勝負はもはや誰にも止める事はできなかった。
「水激波っ!」
 気合と共に 朔夜の掌から水の塊ができる。朔夜はその水をあかねに向かって飛ばした。液状のままとはいえ凝縮された水圧弾にあかねの防御は吹き飛ばされた。弾かれて軌道の変わった弾は道場の天井を突き抜けて行った。
「なんて威力なの!でも私だってこの数年間遊んでたわけじゃない!」
 再び繰り出された水圧弾に向かってあかねは双掌で受け止めた。
 呪泉洞での出来事以来、あかねは一層修行に励み強くなった。その為、乱馬にはまだ勝てないが気のコントロールをうまくできるようになっていた。
(離れていれば狙い撃ちされる。ここは一気に間合いを詰めて攻撃しなきゃ!)
 繰り出される水圧弾を躱しつつ、一気に間合いをつめるあかね。次の弾が補充される前に間合いに入った
 あかねは攻撃を繰り出した。しかし獣人型となった朔夜のスピードは更に速く、難無く躱されてしまった。
「危なかった〜。」
 間合いをとって呟く朔夜。お互いに運動量が激しい為、僅かな時間でも体力を根こそぎ奪い取られてしまう。しかし獣の性質を持つ朔夜の方が体力的には利がある事を悟ったあかねは一気に勝負に出る事にした。
「破ーーーー!」
 あかねの掌から気弾が放出される。乱馬の猛虎高飛車に似ているが、あかねの気弾は小さい分スピードがあった。気弾は朔夜の水圧弾とぶつかるとその場で停滞した。すぐにあかいを詰めた。しかしその瞬間、2つの停滞していた弾が相殺され、その時に生じた衝撃波によってあかねと朔夜はお互い反対側に吹き飛ばされてしまった。受け身も取れずに道場の壁に激突すると思った2人だが、背中を受け止められた。
 あかねが振り向くとそこには乱馬の姿が、そして朔夜の後ろには結希の姿があった。
「乱馬・・・・いつからそこに?」
 力を使い果たしたあかねは気を保ちながら乱馬に尋ねた。
「朔夜が変身した時からずっといたぜ。それに中々いい試合だったぜ。また一段と腕を上げたな。」
 乱馬の笑いを見た瞬間、気が弛んだのかあかねはそのまま意識を失ってしまった。
「まさかおまえがその姿で苦戦するとはな・・・以前闘った時よりも腕を上げてるぜ。」
「ほんとね。スピードで上回っても見かけによらず攻撃力は高いわね。稽古のつもりが本気になっちゃったわ。」
 朔夜はなんとか意識を保っているがそのダメージは大きく、立っているのもやっとである。
 手から白い光を出し、精神を落ち着かせる朔夜。少しの間そうしていると顔色は良くなっていった。自分で治療できる所が他の獣人より優れていたのですぐにあかねの前に駆け寄った。
「ちょっと失礼。乱馬君はそのままあかねちゃんを抱えてて。」
 朔夜は意識を失っているあかねの横に来ると同じように手から光を放ち、あかねの身体に当てた。たちまちあかねの身体の擦り傷や切り傷はなくなり、あかねからは規則的な寝息が聞こえてきた。
「これでよしと。起こすのも悪いし後は乱馬君に任せるわ。」
「そうだな。お邪魔虫は消えるとしますか。」
 道場から姿を消す結希と朔夜。乱馬としては結希に聞きたい事があったのだが眠っているあかねを抱えている為軽はずみな行動をとる事はできなかった。
「ったく、しょうがねぇな。汗かいたままの状態で部屋に連れてって寝かす事はできねーし、かといってこのままじゃ風邪引いちまうし・・・」
 乱馬はこの状況をなんとかしようと考えた。朔夜がいれば着替えやらなにやらやってもらえれば乱馬としても助かる。とりあえず乱馬はあかねを起こさないように道場の端に寝かせ、自分のチャイナ服の上を脱いで道着の上からあかねに着させた。


 日が落ち始めた頃、あかねは目を覚ました。ふと横を見るとこの寒い中、ランニングシャツ一枚で胡座(あぐら)をかいたまま眠っている乱馬の姿があった。すぐに自分が着せられていたチャイナ服に気がつき、乱馬に着せた。
「おっ、やっと起きたか。」
 声のした方を見ると道場の入り口で結希と朔夜がいるのが見えた。その結希の言葉によって乱馬の目も覚めた。
「結希か、ちょうどいい。話があるんだ。」
 起きたばかりの眠た気な顔から真剣な顔に変わった乱馬にただならぬ気配を感じて結希も真剣になった。
「何だ?話って・・」
 結希と朔夜はそのまま道場に入ってきて、乱馬の向かいに座った。
「おめーこの三日間どこにいたんだ?」
 乱馬の質問を聞いて結希の顔には明らかに動揺があった。
「い、いや〜実は近所のうどん屋できつねうどんをたくさん喰ってたら金が足りなくてね。三日間仕事で足りない分を働いてたんだ。はははは。」
 こうまでバレバレの嘘も珍しいが、乱馬は敢えてその嘘を気付かないふりをした。
「そっか、じゃあその間風林館高校には来なかったのか?」
 またもや驚きを体現する結希。
「そ、そんなわけないだろ?俺はうどん屋でバイトしてたんだから・・・」
 この結希の言葉で乱馬は確信した。目撃者がいる以上、結希の証言は嘘となったのである。しかも嘘をついている事を見抜いた朔夜が冷ややかな目で結希に言った。
「尻尾・・・出てるわよ。」
「え゛?」
 慌てて自分の腰元を見る結希。そこにはズボンからひょっこりと尾が出ていた。
「あんたって動揺するとすぐに尻尾が出るのよね。」
 いい加減ごまかす結希に痺れをきらした乱馬が本音を言った。
「本当の事言ってもらおうじゃねーか!一体この三日間風林館高校で何してやがったんだ?いま話題になってる事件と何か関係あるんじゃねーのか?」
 乱馬にはもはや隠し通せないと思った結希は諦めて話だした。
「俺、仲間を捜してるって言っただろ?でもそいつの妖気がこの町に来た瞬間途絶えちまって困ってたんだ。だから一応心当たりがある所を捜そうと思ってたらある場所に目がいってな。」
「そこが風林館高校だったってわけだ。でも何で風林館高校なんだ?」
 結希の仲間が学校なんかにいるわけないと思っていた乱馬は不思議に思った。なぜならもし結希の仲間が学校にいるのならすぐに妖気で気付いたはずである。だから風林館高校は関係ないと思っていたのだ。
「実は風林館高校が俺達獣人が誕生した場所なんだ。」
 結希の言葉に驚く乱馬とあかね。
「もう今じゃ女子更衣室になっちまってるけど、昔はあそこに和風男溺泉があったんだ。俺の親父、結構名の知れた妖狐だったんだけど、その泉に落ちてから半分人間として暮らして人間と夫婦になり、生まれた赤子が俺だってわけだ。」
 以前その和風男溺泉をめぐって騒ぎを起こした張本人である乱馬が一番この事には驚いたかもしれない。
「で、でもそれは悪さするキツネに困って坊さんがやった事だろ?だったらキツネだけが被害にあったんじゃ・・・」
 乱馬の話しに結希は少し驚きを見せたが話を続けた。
「なんだ、知ってるのか。でも現実はそんなに甘くはないぜ。キツネだけが泉に落ちるなんてそんな都合のいい話があるもんか。あの村は結構動物がいたからな・・・それこそ妖怪の巣窟さ。朔夜の親父、狸焔の親父も落ちたからな。その後、戦や戦火を逃れる為に俺達は移住していって今は富士の山頂付近に隠れ里を作って住んでるってわけだ。どうだ?驚いただろ。」
 何故そこで威張るのかはわからないが結希はそこまで話すと胸を張って笑った。
「で、結局風林館高校で何してやがったんだ?」
 裏話ばかりで本題に入れないので乱馬は急かした。
「そうだった。三日前に俺が立ち寄った時、何か妖気とは違う変な感じがしたんだ。様子見の為にキツネの姿になって校内に侵入してたら1人の女子生徒が俺の姿見て倒れそうになったんだ。慌てて人間の姿になって支えたんだけどそのまま気を失っちゃって・・・」
「なるほど、それで噂になっちゃったんだ。」
 あかねは女子生徒の証言に辻褄があうことがわかると相槌を打った。
「じゃあ今回の事件はおめーじゃねーんだな?コックリさんっていうもんだからてっきりキツネのおめーが犯人かと思ったぜ。」
 結希が犯人ではないという事に安心した乱馬は笑いながら言った。
「別にコックリさんはキツネだけとは限らねーぜ。コックリさんとは『孤』『狗』『狸』から成り立ってる。つまり妖力を持った狐や狗、狸ならそのコックリさんを利用して相手の『氣』則ち人間の生命エネルギーの『霊気』を奪い取る事ができる。たぶん被害にあった女の子達は霊気を奪われたんだろう。肉体は生きているが精神力がいつまで持つか・・・・」
 深刻な空気に包まれる道場。その沈黙を破るように乱馬が言った。
「ってことは犯人は・・・」
 乱馬が疑問に思うのを朔夜が遮って言った。
「犯人は狸焔君だって言いたいのね。」
 朔夜の断定的な言葉に結希は重々しく頷いた。
「ああ、俺とおまえと狸焔でそういった呪術的な事には均衡を保っていたんだがな・・・どうやら狸焔に何かあったみたいだ。匂いがしねーのもその為かもしれねえ。」
 結希は考え込んだが結論が出たらしく立ち上がっていった。
「今夜は満月だ。俺の妖力が一番高い日だが逆に言えば狸焔にとっても同じ事。俺達の問題に乱馬を巻き込むわけにはいかねぇ。今夜は俺が直接行くぜ。」
 結希がそのまま後ろを振り向くと乱馬は結希の肩に手をおいて止めた。
「もう半ば巻き込まれてるだろ?だったら俺も協力するぜ。なんにせよ早くおまえともう一度闘いてーしな。」
 振り返る結希の顔は感動した顔だった。
「すまねーな。」
 そんな2人のやり取りを見た朔夜は懐からタロットカードを取り出して言った。
「じゃあ2人の運勢を占ってあげる。2人ともどれか一枚引いて。」
「こいつの占いは妖力を使ってやる予知能力があるやつだから結構当たるぜ。乱馬も占ってみろよ。」
 そう言って乱馬と結希は床に並べられたカードを一枚引く。しかしその絵柄は・・・
「俺、『吊られた男』だ・・・・」
 結希はそう言って朔夜にカードを見せた。
「俺は『死神』だった・・・」
 乱馬も朔夜にカードを見せる。しかしその絵柄の禍々しさからどう見ても悪くしか見れなかった。
「え、え〜〜っと・・・・と、とってもいいことが2人に起こります。」
 2人から目を逸らして言う朔夜。明らかに嘘である。そんな朔夜を見てあかねは思った。
(獣人族の人達って嘘が下手みたい。乱馬も同じだけど・・・)
「確か『吊られた男』は犠牲を意味してたな。『死神』は死、もしくは意外な変化だったと思ったけど・・・どちらにせよいいことなさそうだな。」
 後味が悪そうに今夜の決心が揺るぐ結希。乱馬も戸惑っていた。
「わ、私の占いって当たらないって評判なのよ。あまり気にしない方がいいわよ。」
 先ほどとは正反対の評価。もはや慰めにもならなかった。
「私も行く!」
 あかねはついていこうとしたが乱馬に止められた。
「いや、今回は危ねーからおめーは残ってろ。」
 先ほどの朔夜との試合でまだ十分な気が回復していないあかねの事を乱馬は察していたのだ。乱馬にはわかっていると言う事を知ったあかねはおとなしく引き下がった。
「朔夜には三種の神器の為についてきてもらわねーとな。」
「三種の神器ってテレビと冷蔵庫と洗濯機の事か?そんなのが役に立つのか?」
 乱馬が言った言葉にその場の空気が凍り付いた。
「バカね、それは戦後の電化製品の異名でしょ!三種の神器ってのは天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)のことよ。でも結希君達が三種の神器と関係があるの?」
 神器との結びつきが気になるあかね。結希は説明し辛いのか簡潔に答えた。
「本来は俺達妖怪の先祖が造った物だ。今回みたいな事件には必要不可欠だな。それぞれ神器には役目があって俺が『払う者』朔夜が『護る者』そして狸焔が『封ずる者』だ。それにしてもまさかあいつに神器を使う事になるとはな・・・」
 普通に言う結希の隠された本心を察した乱馬は言った。
「そろそろ行くとするか。」

 よるの風林館高校は静けさが漂いただ不気味な感覚を乱馬達に与えていた。
「おっ、タヌキだ。なんでこんな所に・・・」
 校舎の影から姿を見せた一匹のタヌキに乱馬は不思議そうな顔をした。しかしそのタヌキから発せられた邪気によって乱馬は険しい顔になった。
「乱馬!そいつが狸焔だ!」
 結希が叫ぶのと同時にタヌキは人の姿になった。
「狐月か・・・何をしにきたんだ?」
 凄まじい邪気を放ちながらも穏やかな顔で言う狸焔。
「おまえ、コックリさんをやった女子生徒の霊気を奪ったな。それにおまえから感じるその邪気、妖気とは全く違う。一体どうしたってんだ、狸焔!」
 怒りを露にしながら人型から獣人型に姿を変える結希。九つの尾は妖気の上昇に流されて逆立っていた。
「そうよ、狸焔君!あなた、そんな事するような人じゃなかったわ!」
 朔夜も声を荒げたが狸焔は黙っていた。
「よく事情はわかんねーが女子生徒を元に戻さねーんだったらこっちも力ずくで行かせてもらうぜ!」
 乱馬はいつでも闘えるように構えをとった。すると狸焔は笑い出した。
「ちょうどいい。今の俺は最強だ。狐月、獣人族の長はこの俺だ!」
 結希と朔夜同様に狸焔の姿も変化した。一瞬暗闇が光に包まれたかと思うとそこからは姿を変えた狸焔が現れた。髪の色はそのままだったが腰元まで伸び目は深い緑色に、そして結希や朔夜と同じ白い布のような服で身体を覆っていた。狸焔はそのまま右足を勢いよく地面に振り下ろした。たちまち地割れが乱馬達を襲う。
「くっ!」
 一斉に跳ぶ三人。着地と同時に三人は一斉攻撃を仕掛けた。
「火中天津甘栗拳!」「烈破雷神拳!」「水激波!」
 朔夜の遠距離攻撃に続いて乱馬と結希の連続突きが狸焔の体に繰り出される。無数の打撃が狸焔の体に打込まれるが狸焔は避けようとも受けようともしなかった。
「実に滑稽だ。この程度とは笑わせてくれる。」
 結希はその時何かに気付いたらしく、乱馬に耳打ちした。
「多分狸焔は邪気によって変わっちまったんだ。あいつが力に溺れたのもその強大な邪気のせいだ。ただ疑問なのはそんな強い邪気がこの町の一体どこから・・・・」
 考える乱馬と結希の脳裏に浮かんだのは一人の小柄な老人であった。
「やっぱりあの爺が原因か!」
「だがそうだとわかれば対処はできる。当初の目的通り天群雲剣、通称草薙の剣であいつを斬ればいい。」
 結希の考えに乱馬は少し考えながら言った。
「だけどそんなことしたらおめーの仲間を殺す事になるんじゃ・・・」
「大丈夫だ。言っただろ、俺は『払う者』だって。草薙の剣は殺す為の武器じゃなく、生かす為の神器だ。」
 殺す事はないと言う事に安心した乱馬は狸焔の足止めをするべく結希や朔夜と再び攻撃を仕掛けた。
「水翔波!」
 朔夜が手を振り上げると先ほど狸焔が割った地面から水が吹き出てきた。狸焔は水圧で宙に押し上げられた。そこを乱馬と結希の攻撃が襲った。
「飛竜昇天破!」「豪破風神脚!」
 乱馬の上方への竜巻きと結希の横への竜巻きが合わさり、ちょうど十字の竜巻きが狸焔を襲った。躱す事のできない攻撃に対し、狸焔は巨大な気の塊を竜巻きの内部から放出し、竜巻きを分散させてしまった。
「これならどうだ!」
 結希は狸焔の頭上に飛び上がった。そして右手が光ると同時に妖気でできた剣がでてきた。その剣を振り下ろす結希。それで狸焔の中の邪気を払い、勝負はつくはずだった。しかし狸焔は紙一重で剣撃を躱すと同時に同じように右手から勾玉を取り出した。
「しまった!」
 結希が狸焔の方を向いた瞬間、勾玉から発せられた光に結希は弾き飛ばされてしまった。そのまま校舎の壁にぶつかりそうになった結希を受け止めたのは朔夜ともう一人、あかねの姿があった。
「あかね!なんで・・・」
 乱馬が驚いているとあかねは顔をしかめて言った。
「ごめん、だけど私だけ何もしないで残る事なんてできなかったの。」
 あかねの姿を見た乱馬は驚きの他に、どこか安心したような笑みを浮かべていた。
「来ちまったもんはしょうがねぇ!足引っ張んじゃねーぞ。」
 動けなくなった結希を寝かせると、乱馬とあかね、朔夜は攻撃を仕掛けて行った。


「くそっ!ダメか!」
 あれから数十分間、頻りに攻撃するものの、狸焔は一向に倒れる様子は見せなかった。乱馬だけでなく、あかねや朔夜も傷付いて倒れてしまった。
「乱馬・・・」
 結希が立ち上がって乱馬に話し掛けてきた。しかしその姿は獣人型ではなく、人型であった。
「八坂瓊勾玉の力で本来の姿に戻れなくなっちまった。妖気も封じられた。もはや成す術はないのか・・・」
 結希同様、乱馬も勾玉の力によって闘気を封じられてしまったのだ。
「これで終わりだ。何か最後に言い残す事はあるか?」
 狸焔が乱馬達を見下しながら言った。それに対し乱馬は強気なまま狸焔に向かって言った。
「ああ。一言だけ許婚に言いたい事があるぜ。」
 乱馬は諦めたのかゆっくりとあかねの方へ向かって言った。
「あかね、俺・・・ずっと前から言いたい事があったんだ。」
 狸焔は少し離れたところで力を溜めていた。あかねは乱馬の言わんとしている事が最後の言葉になるかもしれないと思い、黙って聞こうとした。結希も同じように朔夜に話をしていた。しかし結希はある事に気がついて乱馬に向かって叫んだ。
「乱馬!まだ・・・策は残ってた!」
 乱馬も結希の言葉に反応し、結希に近付いた。
「どうすんだ!?もう時間もねーぞ!」
 焦る乱馬の右手を無言でとった結希はその手を額の妖玉に触れさせた。
「こうすんだよ!」
 結希の言葉と同時に夥しい妖気が乱馬の体内に入って行く。乱馬はその電気が体内を通過するような激しい振動に体を揺らした。
「これで・・・終わりだ。」
 乱馬と結希の行為をみた狸焔は溜めていた邪気の塊を一気に乱馬達に向かって投げつけた。
ドカーーーーーーン!!
 激しい爆発音と共に校舎の半分が抉れてしまった。後はただ静けさと砂煙りが漂っていた。
「勝った・・・狐月に勝ったぞ!!これで俺が獣人族の長だ!」
 喜びに満ちた顔で高笑いをする狸焔。しかし砂煙りの中から気弾が飛んできたのを察知するとすぐにその気弾を躱した。
「まだ、生きていたか。おまえもしぶといな、狐月。」
 砂煙りの中からは長髪の影が見えていた。そこから感じる凄まじい妖気に狸焔は圧倒されながらも構えを崩さなかった。徐々に煙りが失せていき、影の姿がはっきりしていった。
「貴様!狐月ではない!?」
 狸焔が驚いたように、そこにいるのは黒い長髪に結希達と同じ服を纏った乱馬の姿であった。乱馬は結希から妖力を借りたのだ。そして変化と同時に狸焔の放った一撃を逸らし、みんなを護ったのだ。
「身体に・・・力が湧いてくる。これならいけるぜ!」
 乱馬が狸焔に向かって走る。そのスピードは獣のような速さであり、あかねも肉眼では捉えきれないほどのスピードであった。
「遅い!」
 狸焔の懐に瞬時に移動した乱馬は右手から闘気と妖気の混合弾を打ち込んだ。
「俺と結希の二人分の力、くらいやがれ!」
 猛烈な突きのラッシュが狸焔を殴打する。怯んだ狸焔に巨大な気弾を瞬時に撃つなど、容赦ない攻撃に狸焔は恐れながらも乱馬との距離をとった。
「ならばもう一度その力、封じてやる!」
 またもや勾玉を出し、光を放つ狸焔。その瞬間、朔夜がその光に向かって手を差し出した。その手からは大きな鏡が出現し、勾玉の光をそのまま狸焔に跳ね返した。
「バカな・・・この俺が・・・」
 自分の攻撃によって獣人の力を封じられた狸焔はたちまち人型に戻った。
「これで、終わりだ!」
 宙に飛んだ乱馬は結希がやったように右手から剣を取り出し、頭上から振り降ろした。
「ぐああああ!!」
 閃光と共に狸焔の体内から黒い邪気が放たれた。そのまま狸焔は意識を失い、戦いに終止符が打たれた。


「結希、やったぜ。狸焔をやっつけたぜ。」
 乱馬は結希を揺する。結希はうっすらと目を開け、乱馬に笑いかけた。
「そうか・・・だが俺はもうダメだ。妖気の全てを乱馬に託したからな・・・」
 力無くしたように乱馬に言う結希。あかねも結希の言葉に涙が溢れた。
「おいっ、なに弱気な事言ってんだよ。俺と再戦するんだろ?だったら早く元気になれよ。」
 乱馬の励ましに対しても結希は目を開ける事もせず、ただ呟くだけだった。
「約束してくれ。必ずあかねと一緒になって幸せになると・・・それだけが唯一心残りなんだ。」
「わかった。約束してやる。だから目を開けろよ!結希!」
 結希の手を取って悲痛な声をあげる乱馬。乱馬の握るその手は力を無くし乱馬の手から地に落ちた。
 乱馬が呆然としていると朔夜が隣に座り、結希の手を取った。
「な〜にバカな事やってんのよ。なくなった妖気はこうして私が送ってやればいい事でしょ。」
 そう言って朔夜は結希に妖気を送った。たちまち結希の顔色が良くなっていった。
「いや〜、一時はどうなるかと思ったぜ。」
 先ほどの死にかけの表情が嘘みたいに生き生きとしていく。しかし身体が動かないらしく、倒れたままだった。その元気な表情に乱馬とあかねは同時に思った。
((ま、また騙された・・・・))
 特に乱馬はあかねの前で結婚宣言をしてしまった以上、石化するほど思考が停止していた。
「あれ、ここは・・?俺は一体何を・・・」
 後ろの方で狸焔が目を覚ます。しかし乱馬達の姿を見ると警戒した。
「お、おまえらは人間じゃないか!狐月に何をした!」
 自分が今までやった事など忘れ、乱馬達を責め立てる狸焔に結希と朔夜はこれまでの経緯を話した。
「そうだったのか、悪い事をした。しかしあの爺さんとんでもねー邪気だったぜ。俺の力でも封じられないほどの邪気を持ってたからな。でも俺が封じられなかったって事はまた爺さんに邪気が戻るってことか・・・」
 狸焔が話していると乱馬が急に力が抜けたように腰を落とす。
「あれ、力が入らねぇ。どうしちまったんだ?」
 長髪になった髪を下にして乱馬は仰向けに倒れた。
「仕方ないさ。人間が急に妖気を使ったんだ。普通なら死んじまうかもしれねーからな。」
 隣で倒れたままの結希が説明する。朝日が昇ってきたので帰る事になった一同。あかねと朔夜はちょっと顔を赤らめながらもお互いの許婚の手を取ると自分の背に背負った。
「「お、おいっ!何すんだよ。」」
 全く同じタイミングで話す乱馬と結希。それに対し、あかねと朔夜も同じように答えた。
「「だってあんた動けないんでしょ!?」」
「男が女に背負ってもらうなんて・・・・・」
「かっこわりーよな。」
 顔を見合わせて話す乱馬と結希。その瞬間、二人に水が降り注がれる。
「「女同士ならいいでしょ。」」
 乱馬にとってはこんなことは二回目である。少し照れながらも二人は素直におぶってもらった。
「悪いな、俺の体調が万全なら二人ともおぶってやれるのに・・・」
 狸焔が申し訳なさそうに言うが、乱馬と結希、あかねと朔夜には寧ろちょっとした嬉しさがあった。


「俺はまた暫く旅をする事にする。狸焔と朔夜は里に帰ってくれ。」
 天道家の門の前で結希達と別れる事になった。結希は朔夜と狸焔を里へ帰し、自分は旅にでるつもりだった。
「私も行くわ!またあかねちゃんと闘いたいし・・・その為にも修行しなきゃ!」
「何言ってんだよ、狐月に朔夜さんまで・・・里は誰が統率するんだよ!」
 結希と朔夜の決定事項に反対する狸焔。
「おまえがやればいいだろ。なんなら乱馬でも・・・」
 突然話を振られる乱馬。まだ妖力が残っているのか髪や服は結希達と一緒であった。
「俺は行かねーよ。天道家でやることがあるんだからな。」
「そっか、じゃあまた来るぜ。そん時こそ本気で闘おうぜ。」
 そう言って結希達は去っていった。姿が見えなくなると、あかねは思い出したように乱馬に尋ねた。
「そういえば私にずっと前から言いたかった事があるって言ってたけど・・・」
 乱馬も思い出し、冷や汗が出てきた。もうダメだと思ったからこそ心の内に秘めた想いを言おうと思っていたのだが、結果的に何とかなってしまったので焦ったのである。
「べ、別になんでもねーよ。」
 目を逸らしながら逃げる乱馬。あかねは乱馬を追いかけて行った。
「ねえ、何なのよ!教えなさいよ!」

 一時の平和がまた訪れた。しかしこの後、早乙女乱馬宛にうどん屋からきつねうどん、たぬきそば、肉うどん各10杯づつの合計金額18900円が請求される事、そして八宝斉が再び邪悪になって帰って来る事になろうとは知る由もなかった。








作者さまより

三種の神器を出してみましたが、実際は時代が違うとバレバレです。
乱馬やあかねと気が合うキャラなら良牙と気の合うキャラも出そうと考えていたのですが、その良牙を出し忘れました。


 武蔵さまのオリジナルキャラ、結希と狭夜のシリーズです。まさか、和風男溺泉へと引っ張られるとは思いませんでしたが。こういうオリジナルな原作解釈って大好きです。
 妖しげな(?)狐焔まで出てきて。乱馬たちの周りはお騒がせなキャラクターたちでいつもこうやって賑やかなのでしょう。

補足
「三種の神器」
 「日本書紀」の記では「三種宝物(みくさのたから)」と記されているのがいわゆる三種の神器と呼ばれています。
 記紀神話における三種の神器は「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」「八咫鏡(やくさのかがみ)」「八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)」をさします。剣・鏡・玉この三つを持って。天孫「ホノニニギノミコト」は葦原の中つ国に降臨したと言われています。
 後の世の様々な解釈から、剣は力、鏡は祭祀、玉は生命(生産)を暗にあらわしたものだとか、王たるものの三徳をあらわすだとか言われています。実質、古代社会の王の墳墓に副葬品としてこの三つの宝は外せないものだったことからもわかるように、権力者の呪力と引き離すことは出来ない宝物であったことだけは確かでしょう。

「きつね」と「たぬき」
 ちなみに麺類の「たぬき」も地方によって解釈はまちまちです。
 きつねうどんをそばにおきかえたものが「たぬき」というところがあれば、あんかけにしたきつねうどんをたぬきうどんと呼ぶところもあります(伏見稲荷近辺)。関東じゃあ、たしか揚げ玉入りのうどんが「たぬき」うどんだったような記憶が…。
 河内地方では「きつねうどん」は「信太(しのだ)」と呼んだり、「けつねうどん」と発音することも(笑
 皆様のお住まいのたぬきときつねの麺類はいかに?(こらこら)
(一之瀬けいこ)


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