◇乱馬とあかねの大学生活 (受験編)
武蔵さま作


「くそっ!俺には無理だ!」
乱馬は今世紀最大の敵と闘っていた。恐らく乱馬にとって、この敵は今まで出会った中で最強の敵であった。その敵とは・・・
「乱馬〜、進んでる〜?」
あかねは自分の部屋に入ると、机の上で頭を抱えている乱馬に声をかけた。
「ダメだ。さっぱりわかんねー。」
そう、乱馬が闘っていたのは勉強であった。そもそも何故乱馬が勉強するはめになったかは一週間前に遡(さかのぼ)る。


―――一週間前―――

「ハロー、エブリバディ!」
全校朝礼で風林館高校の生徒たちは体育館に集合していた。新学期が始まってもう一週間が経過した。乱馬達、元一年F組はもう三年生になっていた。だからこそ、朝礼だというのに、教科書類を持ちながら移動している生徒も多かった。しかし当の受験生である三年生にとっては、この朝礼は迷惑なものであった。ただでさえ勉強疲れでイライラしているのに、この校長の人をバカにしたような口調と態度はそれだけで不愉快な気分にさせる事においては十分な効果を発揮していた。
「ったく!なんだって言うんだ?朝礼なら校内放送で十分じゃないか!?」
受験生たちの不満が集う中、校長は笑いながら聞こえていない振りをした。
とにかく、この校長は生徒の嫌がることが大好きなのだ。真夏の朝礼ならば校庭で行っていただろう。
「実は、ユー達に、ビッグなお知らせがありマース。」
HAHAHAHA〜HA〜!とまたしても人をバカにしたような笑いをしながら校長は笑った。
ザワザワと騒ぎ出す生徒達。校長がこの言葉を言って良い事があったことなど一度も無いのだ。
「これを見なサ〜イ!」
校長が紐を引っ張ると、壇上の上から巨大な幕が下りてきた。そこには巨大な建物のような図が描かれていた。
「ミーは今年、新しい大学を設立しました。その名も『風林館大学』デ〜ス。」
シーン
静まり返る体育館。誰もが興味ないといった様子である。というのも実際にこの年までには普通、行きたい大学は既に決めてあるのだ。さらに本音を言えば、ただでさえこの風林館高校で酷い目に遭わされている生徒が、その系列にある大学に行くことを望むわけが無かった。
「あほらし。」
「帰ろ帰ろ。」
ぞろぞろと生徒が一人、また一人と体育館から去ろうとしていた。しかしそれを呼び止めるように校長は言った。
「OH!待ちなサ〜イこの大学は新設されたばかりなので、まだ学部もありまセ〜ン。だからこそ、ユー達が望む学部や学科を次々と入れていくことができマ〜ス。」
ピタリと生徒達の足が止まる。この受験戦争の中、自分の希望する学部にいけることは難しい。何故なら滑り止めとして他の学部も一通り受けておくからだ。
「更に!ユー達風林館高校の生徒ならば、校内入試として人より早く大学合格できマ〜ス。」
ドタドタドタ!
その言葉を聴いて一斉に生徒達が戻ってくる。三年生だけでなく、この話は二年や一年にも魅力的な話であった。
「推薦は取り入れてるんですか?」
「学費は?」
「入学金は?」
様々な質問が飛び交う中、校長は生徒を静かにさせるように落ち着けというジェスチャーを行った。
「場所は?」
しかし一人の生徒のその質問に対しては、サングラスをキラリト光らせて堂々と答えた。
「残念ながらまだ教えるわけには行きまセ〜ン。バーット、少し離れた場所にありマ〜ス。」
校長の言葉にまたもやざわつく生徒達。
「どこだろ?関西かな?」
「いや、北海道かもよ?」
「九州だったりして・・」
結局、校長は何も教えずに朝礼を終えた。生徒達は教室に戻るなり活気付いていた。



「おいっ、どうする?俺進路変更しようかな?」
「たしかに、おいしい話ではあるよな?」
こういった話は三年F組でも同じことであった。
「あかね、あんたはどうするの?」
「えっ。」
さゆりがあかねに話しかけてきた。当のあかねとしては正直言って進路に迷っていた。武道家としては理学療法などの医療関係に進みたいとも思った。そうすれば今天道家の敷地に新しく設立した小乃接骨院で、自分の姉と義兄を助けることができるのではないかと思っていたのだ。しかし女らしくしたいため、栄養学を学び、料理も勉強したいとも思っていた。そこにくると、風林館大学の話はまさしく打って付けの好条件であった。学部による定員の上限はない。学びたい科目を複数学ぶことができ、さらに聞くところによればかなり広い敷地に設立したらしい。
「私、風林館大学にしようかな?」
願っても無い好条件にあかねの心は揺らいでいた。
天道道場では乱馬の活躍を聞き、門下生が数十人いた。この風林館高校の後輩の中にも門下生はかなりいる。しかし師範である早雲と玄馬がいるので、師範代の乱馬とあかねはお飾りみたいなものであった。さらにはなびきと九能が交際し始め、金には余裕があった。なびき自身、大学生でありながら株で結構設けている。
とまあこんなことで金に困ってはいない。経済的余裕もあるのであかねは大学を受けることに遠慮する必要は無かった。となると問題は乱馬である。
「乱馬はどうするの?」
道場の経営も問題ない。小乃接骨院もかすみと東風でやっていけているので、人手が足りないということもない。ということは卒業した後、乱馬がどうするかは決まっていないのだ。あかねとしては乱馬と一緒に大学に行きたいと思っている。だけど乱馬の性格を知っているので、彼が承知するはずが無いということもわかっていた。
「俺か?俺はそうだなぁ・・・ま、道場の手伝いでもするさ。そんで時間があったら修行を兼ねて山へでも・・・」
聞き耳を立てていたクラスメイトもそれが無難だと思った。



「乱馬、あなたもその大学にあかねちゃんと一緒に行きなさい。」
天道家に帰ってきた後、何気ない話題として風林館大学の話をしたのが乱馬の進路の大きな分かれ道であった。のどかが乱馬に大学へ行くよう薦めてきたのだ。
「今の世の中、何があるかわからないから、大学ぐらいは出ておいたほうがいいわ。」
確かに、と考え込む乱馬。この道場が潰れたら将来乱馬は生活に困ることはわかりきっている。もしその時に妻や子供がいたら、一家で路頭に迷う可能性だってあるのだ。
「しかしいいわね〜。もう一年早ければ私だってそこの大学にいったかもしれないのに・・・」
なびきは経済学の大学に進んでいた。なびきにとってもやはり風林館大学は魅力的であった。
「この際だからさ、乱馬君も大学行ったら?校内入試が利用できるんだったらその結果を見てからでも遅くないし・・・」
結局乱馬は大学へ進路を向けて勉強する羽目になり、最初の場面に至るのだ。



「あ〜、難しすぎてわかんねーよ。」
「ちょっと、まだ20分しか経ってないわよ。もう少ししたら私が見てあげるから頑張りなさいよ。」
あかねは机の横にコーヒーを置くと、そのままベッドに腰掛けた。
「わーったよ。ったく、しょうがねーなー。」
乱馬は教科書を手に取り、再び勉強し始めた
「えーっと、地震とは具体的にどんな現象か?」
乱馬は問題を読み上げると、そのまま頭を抱えた。しかし、すぐに閃いた顔になり、答えをノートに書き込んだ。あかねもその自信に興味を引かれ、横から覗き込んだ。
乱馬の回答
「地震とは、地面が揺れる現象である。」
・・・間違ってはいない。だがあまりにも単純な答えにあかねはその場にコケてしまった。
「あんたね〜、こんな答えで正解になるわけないじゃない!」
「じゃあ、おめーならなんて答えるんだよ?」
乱馬は助けを求めるようにあかねに訊いた。
「そうね〜、『マントル内に起こる急激な変動のせいで生ずる地殻の弾性波動により、地面が揺れる現象』かな?プレートについても記した方がもっといいかも。」
乱馬は呆然としていた。しかしあかねにもう一度同じ事を言ってもらうと、すぐさまその答えをノートに書き込んだ。
「あーーっ!あんた、答えを写しちゃどうしようもないじゃない!?」
あかねは怒って乱馬を叱った。そして結局自分も手伝うしかないと思い、教科書を持った。
「じゃあ私が問題を言うから答えをノートに書いて。そしたら私が採点するから。」
「OK!」
いい返事と共に、あかねが問題を読み始める。
「何故夕日は赤く見えるのか?」
またもや乱馬は机に突っ伏してしまった。そして先程同様、急に閃いて答えをノートに書いた。
乱馬の回答パート2
「それは夕日が赤いからである。もし夕日が青かったり白かったりしたらおかしい。だから夕日は赤い。」
あかねは泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「乱馬、あんた大学は諦めた方がいいみたい。」
「なんだよ!?完璧な回答だろ?」
「どこがよ!?今時小学生でもこんなこと書かないわよ!」
もういいやとばかりにあかねは乱馬に答えを教えた。
「これは、太陽と地球の距離が離れ、多くの光が電離層を通過できないけれど、赤い光の成分は波長が長いから拡散せずに通過してくるからなのよ。」
あかねはわかりやすく教えたつもりであった。しかし乱馬は混乱してついに、勉強を放棄した。
「あーっ!もうわけわかんねーよ。マントルだとかプレートだとか電離層だの波長だの。んなこと覚えたって将来なんの役にも立たねーぜ。」
まるで勉強嫌いの不良の言い訳みたいに乱馬は言うと、そのまま部屋から出て行こうとした。
「ちょっと!すぐに諦めないでよ。今度は英語やろうよ。」
あかねは何とか乱馬を引きとめようと、教科を変えて出題することにした。
乱馬は渋々承諾して、椅子に座った。
最初は簡単な単語から出して行き、その後は難しい単語を混ぜていった。乱馬ははじめのうちはわからずにいたが、段々と慣れてきたのか、一度覚えた単語は忘れなかった。ひな子の授業をサボっていた結果がこうなっていたのだ。
あかねは問題を出しながら、学校での乱馬の言葉を思い出していた。
『俺か?俺はそうだなぁ・・・ま、道場の手伝いでもするさ。そんで時間があったら修行を兼ねて山へでも・・・』
少なくとも乱馬の言葉の中に自分の事はひとつたりとも無かった。18歳になれば結婚もできる。あかねとしては、結婚は早いと思ったが、それでも自分に対して、なにかしら意思を表してくれてもいいのではないかと思っていたのだ。
「それじゃあ、『insensible』は?」
「えっと、『鈍感な』だっけ。」
「正解。じゃあ次、『fool』」
「『愚か者』」
「調子いいわね。じゃあ『careless』」
「・・・・『粗忽』」
「それに『person』を追加すると?」
「・・・『粗忽者』・・・」
段々とあかねの問いに覇気が無くなっていく乱馬。あかねは気にせずに問題を続けようとした。
「じゃあ、次は・・・」
「ちょっと待て!」
あかねの言葉を遮る乱馬。どうも先程から釈然としないことがあるのだ。
「・・・何が言いたいんだ?」
「・・・別に・・・」
故意か偶然かはわからないが、あかねは乱馬に対する不満を英単語に出していたのだ。
結局勉強は乱馬とあかねの喧嘩でお開きとなってしまった。



―――翌朝―――

「なあ、あいつらまた喧嘩したのかな?」
「いかにも不機嫌ですという態度がひしひしと伝わってくるな。」
「まあ、いつもの事だし、ここは私達が仲を取り持ってあげましょ。」
乱馬、あかねの親友が二人を気にかけて話していた。
「あ、そういえば風林館大学の偏差値ってどのくらいなんだ?」
生徒の一人が呟いたとき、ジャストタイミングで校長からのお知らせが校内放送で流された。
「発表しマ〜ス。風林館大学の偏差値はズバリ、60デース。」
どこかで盗聴でもされてるんじゃないかと思えるぐらいの抜群のタイミング。しかし生徒達は大騒ぎになった。
「60だと〜?ふざけんなよ!高すぎだ!」
校長のこの言葉に、半分の生徒が諦めた。
「バーット、落ち込むことはありまセ〜ン。生徒思いのミーは、特技さえあれば推薦も考えてマース。例えば、スポーツなど・・・」
今度は一気に歓声が上がる教室。しかし、校長の言葉はまだ続いた。
「しかーし、この推薦でもバカではダメデース。早乙女乱馬のようなバカでは確実に合格できまセーン。」
校長はここまで言うと放送を切ってしまった。結局のところ、最後の乱馬をバカにすると言う行為をやりたかっただけなのである。
さすがの乱馬も校内放送でバカにされたとあっては黙っていられなかった。
「やってくれんじゃねーか、あの校長。こうなったら意地でも合格してやろうじゃねーか!」
乱馬のやる気に火が点いた。昨日中断した勉強を一気にやり始める乱馬。そんな乱馬にひろしと大介は話しかけてきた。
「なあ、乱馬。おまえ、風林館大学受けるのか?」
「ああ。あの校長を見返してやらねーとな。」
「じゃあ、おまえの偏差値、今一体いくつなんだ?」
乱馬は一瞬固まったが、確認するべく、カバンからこの間やったばかりの全国模試の結果を取り出した。
「・・・38・・・」
静まり返る教室。みんなも聞くつもりは無かったのだが、聞こえてしまったものは仕方が無い。かといって慰める言葉も見つからず、ただ黙っていた。
「乱馬、悪いことは言わねー。諦めろ。」
「そうだな。おまえには無理だ。」
ひろしと大介が乱馬の肩に手を乗せる。早いうちに乱馬を諦めさせるのがせめてもの慰めである。
しかし、負けず嫌いの乱馬はここまで無理だと言われると逆に反発した。
「やれやれ、こうも負けず嫌いだとは・・・」
ひろしは呆れながらも、さゆりとゆかに目配せで合図した。その意味を理解したのか、二人はあかねに声をかけた。
「ねえ、せっかくだから乱馬君に勉強教えてあげたら?」
乱馬とあかねを仲直りさせようとする計画であった。あかねは首を振り、昨日もそれで喧嘩になったことを話した。しかしさゆりとゆかは強引に乱馬の元へ連れて行った。
「乱馬君。あかねが勉強教えてくれるって。」
「ちょうどいいじゃん、乱馬。教えてもらえよ。」
乱馬としては一人では勉強もわからないことばかりである。教えてもらえるのは助かるが、昨日の一件もあり、内心は複雑であった。しかし、ひろし、大介、さゆり、ゆかの4人も手伝うということで、なんとか勉強することになった。幸い受験生のために、今日一日はほとんどが自習である。6人は机を繋げて勉強に集中した。
「じゃあ、問題出すわよ。『rude』」
「『無作法な、失礼な』」
勉強の成果があってか難なく答える乱馬。しかし何故かあかねはニコニコ笑っていた。
「『abet』」
「『そそのかす』」
「『nonsense』」
「『非常識』」
「『molest』」
「『悩ませる、苦しめる』」
「『abnormal』」
「『異常な、変態』」
5つの英単語を答えた乱馬に、あかねは微笑みながら言った。
「すごいわね〜、早乙女君。全問正解よ。」
他人行儀で乱馬の名を呼ぶあかね。まわりの生徒も静まり返ってその様子を見ていた。
「気付いたか?」
「ええ。rude abet nonsense molest abnormal。全ての頭文字を取ると『ranma』になるわね。」
乱馬とあかねの隣で、4人の親友は小声で話し合っていた。すると、乱馬があかねに向かって話してきた。
「じゃあ、今度は俺が天道さんに問題を出すよ。」
乱馬も対抗してニコニコしながらあかねを苗字で呼んだ。まわりの空気は一瞬にして凍りついた。
「それじゃあ、『awkward』」
「『やっかいな、不器用な』」
「『killer』」
「『殺人者』」
「『awful』」
「『恐ろしい』」
「『not sexy』」
「『色気の無い』」
「『emotional』」
「『感情的な』」
乱馬もあかねに5つの英単語を出した。それは先程のあかねに対抗するものであったことは言うまでもない。
「今度は『akane』か。乱馬君もなかなかやるわね。」
4月の中旬。もう暖かくなる季節だと言うのに、三年F組の教室だけは凍えるような寒さであった。
「うふふふふふ。」
「あははははは。」
笑顔で笑いあう二人。その情景はまさに奇妙の一言につきる。
その後も、緊張した空気は緩むことなく過ぎていった。



それから数ヵ月後。夏休みも終わり、いよいよ推薦を含めた校内入試が始まった。夏休みの間はかなり乱馬も苦労した。なんとかあかねと仲直りはしたものの、夏の暑さと苛立ちで何度も喧嘩になったのだ。それでも休みの間、絶えず親友達がやってきて、乱馬を支えながらの勉強に勤しんだ。夏休みの最中の模試の結果で驚かされたのは、乱馬の偏差値が50に近付いたことだ。みんなの教え方が良かったのもあるが、ここはやはり、本人の努力なしでは辿り着けなかった領域である。スポーツでの成績を考えれば、学力は若干多めに見てもらえるので、この試験は少なくとも乱馬にとって有利になった。
「さ〜て、いよいよ俺の本領発揮といくか。」
力を抜いて、乱馬は鉛筆を握った。テスト形式はマーク方式主体であるが、英語と国語と数学に至っては記述の試験もある。乱馬は完璧に文系なので、二科目選択で英、国を選択した。
「それでは・・・始め!」
試験開始の合図がなされる。試験会場は大教室。カンニングはできないように所々教員が配置されている。乱馬とあかね、その他友人とは席が離れているので少なくとも隙を見て教えあうなどという行為はできない。マークシートを見つめながら乱馬は小さく溜め息をついた。
(まじぃな。最初からわからねえ。)
いつものテストならば鉛筆を転がしたり、何らかの方法で簡単に書いてしまうのだが、今回はそんなことしていられない。乱馬は夏休みになびきから聞いた勉強法を思い出していた。


「私の場合は殆どわかるから問題ないけど、九能ちゃんは困ってたわね。」
「でも九能先輩だって結構有名大学に入ったんだろ?どうやって問題解いてたんだ?」
「そうね〜、後で聞いたら、番号の偶数をらんま君(おさげの女)、奇数をあかねとして置き換えたんだって。それで心の中でどちらかを選んでやったんだって。」
九能の勉強法は当てにならなかった。乱馬はその結果だけ気になったのでなびきに尋ねた。
「たしか『どちらも捨てがた〜い』とか叫んで両方に記入したらしいわよ。後は、乱馬君を想像して解答用紙を木刀で切り刻んだりとか・・・・」
乱馬は呆れてその場を去っていった。


「・・・・ろくでもないやり方だな。」
今更ながら思い出して乱馬は苦笑した。しかしすぐに現実に戻り、現在の状態を打破する考えをまとめようとした。
(だーーー!!もう駄目だーーー!!)
乱馬は諦めたのか、とにかく我武者羅(がむしゃら)に答案用紙に記入していった。


「お〜、灰になっとるな。」
「ああ、見事なまでに灰だな。」
全部の試験が終わる頃、乱馬は石化の状態から灰になっていた。
「で、テストのできは?」
ひろしの言葉に段々と生気を取り戻してきた乱馬は、暗い面持ちで答えた。
「・・・ダメだ。後半から自分が何を書いてるのかさえわからなくなっちまった。」
ひろしと大介はそんな乱馬を見て、やれやれと無言の状態で首を横に振った。



時は流れて12月。少し遅めに校内入試の結果が一人一人担任から報告された。あかね、さゆり、ゆかは文句なしの合格。ひろしと大介もなんとかギリギリで合格であった。残すは乱馬である。ひな子に呼ばれ、個室に呼ばれる乱馬は結果を聞く前から酷く落ち込んだ様子であった。
「早乙女君・・・・残念ね。」
ひな子の言葉に乱馬は苦笑した。自分でもその結果は当然だと思っていたからだ。
「いいよ、別に・・・合格するとは思ってなかったからな・・・」
言葉とは裏腹に、乱馬の言葉は酷く重かった。
「何を言ってるの?早乙女君、あなた合格してるわよ?」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげて、乱馬はひな子に訊ねた。
「合格って・・・だって今、残念って言ったじゃ・・・」
訳がわからんと言った表情の乱馬に、ひな子は合格通知の紙を見せて言った。
「残念って言ったのはもう遊べなくなるから残念ねって言ったのよ。」
乱馬は唖然としていたが、徐々に理解し始め、顔からは笑みが浮かんできた。大学へ行くということよりも、自分の努力が報われたということの嬉しさが強かったのだ。
「やったぜ!」
教室に戻った乱馬はクラスで思わずそう叫んだ。それと同時にクラスには乱馬が合格したことがわかった。
「マジかよ。乱馬が受かったのか?」
「くそーー、あの校長がいるから絶対受からないほうに賭けてたのに・・・」
多種多様な声があがる中、あかねは乱馬に近付いて言った。
「ま、これからもよろしくね。」
差し出された右手に、乱馬は照れながらも自分の右手を重ねた。


―――12月24日―――

風林館高校も冬休みに入るので、体育館では終業式が行われていた。
「なにーーーー!?オーストラリアだとーーー!?」
体育館に三年生の声が響き渡る。校長が風林館大学の所在を発表したのだ。しかしその場所がまさか海外であったとは誰も予想だにしなかったのだから驚くのも当然である。
「イエーース!だから、ミーは『少し離れた場所にある』と言ったはずデース。」
「離れすぎだ!!」
日本の南の位置にあるとはいえ、この距離を少しとは言わない。しかし保護者には予(あらかじ)め連絡を入れてあったらしい。(当然生徒には内緒ということで)
終業式の終了後、サンタクロースの格好をした校長は、推薦で風林館大学に入った生徒達にフクロにされていた。


―――天道家―――

「一緒の部屋だと〜〜〜!?」
天道家に帰った後も、乱馬は再び驚かされた。大学ではまだ寮が設置されていないため、住居を保護者が決めることになっていたのだ。その中で、乱馬とあかねが同室だというのだ。あかねは魚のように口をパクパクさせて声にならない訴えをしていた。
「だってその方が経済的に助かるんだってば。同室っていっても2LDKだから大丈夫だって。」
乱馬とあかねは抗議するも、既に4年契約で手続きは済ませてしまったらしい。かといって諦めれば住居はない。九能に頼るのだけは絶対に嫌であった二人は、結局諦めざるを得なかった。
卒業まであと約3ヶ月。そこから先は新しい地での新しい生活が始まる。
今日はクリスマス・イヴだというのに、乱馬とあかねの顔は決して晴れる事は無かった。



つづく?




作者さまより

かなり昔に書きたいと思っていて、お蔵入りになったネタでした。外国での二人の生活を描きたいと思っての序章として書いたのですが、つづきの話が全然まとまらず、つづきはあるのかないのかさえ私自身考えておりません。


 受験生を家族に抱えると、親はいろいろと大変です。金銭的にも精神的にも親は…(以下略)。
 
 乱馬とあかねのキャンパスは、オーストラリアですか…。どんな生活が待ち受けていますのやら。想像するのも楽しいような。
 一応シリーズになりそうということで、シリーズ単品として取り扱いさせていただきます。
(一之瀬けいこ)


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