◇戦場の息吹
  6TH MISSION 理想と現実の狭間
武蔵さま作


「これより早乙女乱馬大佐の審問会を開廷する。」
乱馬はあかねを軍部に入れた事、そして逃がした事で軍法会議に掛けられていた。
容疑はスパイ行為。上層部の連中の目が光る中、乱馬は目を瞑って言われるがままに聞いていた。


「ハッポウ軍のアーマーパイロットと関係があったのは本当か!?」
乱馬は返事をして頷いた。どうせ否定した所で無駄である事は判りきっていたのだ。
「ではスパイであるという事を認めるのだな?」
乱馬は目を開き、サフランを半ば睨み付けるように言った。
「それは違います。あいつは悪い奴じゃない。家族を人質に取られてやむを得ず戦争に参加しただけだです!」
乱馬の言葉にガヤガヤと騒ぎ出す法廷。その中には父、玄馬の姿もあった。親子だからということであっても、軍の中では甘えは許されない。その事を乱馬は重々承知しているので、父親に助けを求めるという事は一切しなかった。
「ではスパイ容疑を否認するのだな。」
「はい。 敵味方に別れても全ての人間が悪いわけではない。きっと分かり合える人もいます。戦いだけが全ての問題を解決するというのは間違いだと思います!」
乱馬の言葉が終わると、サフランは口を歪ませて笑い出した。いや、サフランだけでなく、法廷の殆どの人が乱馬の言動を嘲笑するように笑い出した。しかし、乱馬はそんなことも気にせず、言葉を続けた。
「甘い考えだという事は自分でもわかっています。だが、これは俺の信念だ!誰も殺さず、敵と味方の争いを無くしたいと考えている。」
段々と敬語がなくなっていく乱馬。サフランは笑うのを止め、乱馬に訊ねた。
「だから女スパイも躊躇いもせずに本部に招き入れたというのか?いや、色香に心を奪われたと言った方が良かったか?」
バカにするようなサフランの言葉に、また上層部が笑い出す。乱馬は呆れて普段の調子に戻って言った。


「はっ!あいつに色気なんてもんがあるわけねーだろ。」
乱馬の言葉に法廷は静まり返った。
「早乙女大佐!貴様、サフラン元帥になんという口の聞き方を・・・!」
上層階級の人へ敬意をはらう事は軍において最も重要な事である。口の聞き方一つでも十分反逆の可能性はある。乱馬もそれを分からなくは無かったが、感情を押さえる事はできなかった。
「よい。余はそんなこと気にしてはおらん。だが乱馬、色香ではないとするとやはり富に目が眩んだということか?」
サフランは騒ぎ立てる他の者を黙らせると、再び乱馬に質問した。
「はあ?」
乱馬は訳がわからんといった表情をした。しかしサフランは自信ありげに答えた。
「余が気付かないとでも思ったか?貴様の髪を結ぶその紐、一見ただの紐のように見えるが、それは紛れも無く天道家に代々伝わる『龍の髭』であろう。」
乱馬はサフランに言われたように自分の髪を結っていた紐に目をやった。宇宙であかねと初めて会った時に貰ったものだ。
「これか?この紐がそんなに価値があるってのか?」
「ああ、あるとも。大陸一つ安々と買えてしまう程の価値がな。」
ハーブの言葉にまた騒ぎ出す法廷。これは乱馬が敵国に買収されたととられても仕方のない事であった。
「へっ、これにどんな価値があろうと俺には関係ねーよ。ただ、あいつとの思い出の品だ。」
「・・・・まあよかろう。処分は後に報告する。それまでは謹慎処分を下す。これにて閉廷!」
閉廷を申告されたのに、誰も席を立とうとはしない。乱馬は上層部を睨み付け、法廷を後にした。


「良牙、ムース!」
扉が開くと、そこには自分の部隊の仲間の姿があった。
「よお、こっぴどく搾られたようだな。」
まだ怒りがおさまらない乱馬を見兼ねて良牙が笑って言った。
「おめーら、なんでここに・・・?」
「なーに、あかねさんとの関係で俺達も事情聴取ってとこだな。」
法廷で誰も席を立たない理由がわかった乱馬。二人の前で頭を下げて言った。
「すまねぇ!俺のとばっちりを受けておめーらまで・・・」
「気にする事はないだ。おら達とて天道あかねとバンドを組んだ事は後悔してはおらん。」
「そうだぜ。それよりおまえは早く部屋に戻って休んでろよ。昨日から寝て無いんだろ?」
あかねの事が気掛かりで眠れなかった乱馬の事は二人が誰よりも知っていた。乱馬を気遣うと、二人はそのまま法廷に向かった。
「どこかで聞いた名だとは思っておったが、まさか宇宙で乱馬が言った『あかね』だとは気付かなかったの〜。」
「ああ。だが一番辛いのはあいつだ。俺達で力になってやろうぜ。」
乱馬が部屋に向かうのを見送った二人はそのまま扉を開けて法廷に入った。




「あいつら、どんな事言われてんだろ・・・」
乱馬は誰もいない部屋でベッドに仰向けになって考えていた。
「あかね・・・」
不意に名を呟く乱馬。思い立ったように腕のネリマーのスイッチを入れ、操作をした。すると何も無い空間に映像が映し出され、乱馬達のバンドの様子が映り出した。その中心には乱馬の横で楽しそうに歌うあかねの姿があった。
「ディスク、入れっぱなしだったな。そういや別れ際にあかねに渡したディスク、あいつ見てるかな?」
ハッポウ軍に戻ったあかねの事を考えながら、乱馬は良牙とムースの帰りを待った。



−−−ハッポウ軍−−−

「乱馬・・・」
同時刻、乱馬と同じようにベッドで仰向けになりながらディスクを見ていたあかね。するとドアにノックの音がした。
「どうぞ。開いてますよ。」
あかねが答えると、ドアが自動で横にスライドし、中から一人の女性が入ってきた。
「なに見てんの、あかね?」
「なびきお姉ちゃん!な、なんでもないっ!」
慌ててモニターを消すあかね。なびきは勝手にあかねの隣に腰を降ろした。
「どうしてここへ?勝手に会う事は禁止されてるのに・・・・」
「大した事ないわよ。九能ちゃんを使ってちょっと暇つぶしに。それにしても元気ないわね。帰ってきてからずっとよ。機体のテストでも失敗はするし、お父さんやかすみお姉ちゃんも心配してたわよ。」
妹を心配するように優しく訊ねるなびき。
「うん。」
しかしあかねは相変わらず気落ちしたように俯いていた。
「はは〜ん、さては連絡が取れなくなってた時に何かあったわね。そのネリマーに秘密があると見た!」
言うが早いか、なびきはあかねの腕からネリマーを取り外し、スイッチを入れた。まさに神業であるその速さにあかねは対応できなかった。


「へ〜、あんた音楽なんて聞くんだ。それにしても良い曲ね。歌声と曲が完全に合ってるわ。でもこの声・・・・」
なびきはモニターに目をやる。そこには今自分の隣にいる妹の姿があった。
「あ、あかね!?なんで・・・っていうかここって敵の本部じゃない!?」
動揺するなびき。あかねはなびきの口を押さえて静かにするように言った。
「静かにしてよ!聞こえたらどうするのよ!」
なびきは申し訳なさそうに頷くと、暫く考えていた。だが、あかねがどういう状況であったか大体理解できたのか、笑いながらあかねに訊ねた。
「で、相手は誰?少なくとも東風先生じゃないわよね。あんた憧れてただけだし・・・」
「な、なに言ってるのよ!」
今度はあかねが動揺し、なびきの言葉を聞かないようにした。しかしなびきの口は止まらず、あかねは無視をする事に決めた。
「そういや、宇宙から帰ってきた時も同じような感じだったわね。という事は宇宙で九能ちゃんがあったっていう人に間違いなさそうね。となると、この人かな・・・?」
モニターの中の一人を指すなびき。それは紛れも無くエレキギターを演奏する乱馬の姿であった。あかねはピクリと反応したが、自分は一切関係ないという素振りを見せた。しかしあかねの反応をなびきは見逃さなかった。
「なるほどね。この人か・・・お父さんとお姉ちゃんに見せてこよっと。」
ディスクの入ったネリマーを持って部屋から出ようとするなびき。さすがにこれは無視を決め込むわけにもいかず、あかねは慌ててなびきを引き止めた。
「じゃ、理由を話してくれるわね?」
完全にしてやられたと諦めるあかね。自分が音信不通になった間の出来事を全てなびきに話した。


「なるほど。それにしても巡り会った人が実は自分の許婚だったなんて、運命かもね。」
「お、お姉ちゃん!」
からかうなびきに対し、真っ赤になって怒り出すあかね。なびきは冗談だと言ってあかねを落ち着かせた。
「それじゃ、私はそろそろ行くわね。お父さんの手伝いしなきゃいけないから。」
なびきは最後にあかねを元気づけて部屋から出ていった。あかねはなびきが本当は自分を心配してきてくれたのだと理解し、なびきに感謝した。
父、早雲は技術者、長女かすみは救護班、次女なびきは父の手伝いと作戦指揮、そしてあかねはテストパイロット。もはや天道家はハッポウ軍にとって必要不可欠な存在であった。八宝斉に協力し、戦争が終決すれば、人質を解放するという約束は正直疑わしいけれど、あかねにはその約束を信じるしかなかった。



「お父さん!」
「あかね!ここには来てはいかんとあれほど・・・」
あかねは格納庫へ早雲に会いにやってきた。早雲はあかねの姿を見るや否や、注意をした。
「いいの。ちゃんと自分の機体の調子を見る事にしてるだけだから。それよりどうなの私の機体。」
「ああ、山にめり込んでいたのを回収したが、損傷は激しい。すまなかったな。私の不注意だ。機体の限界稼動域にミスがあった。それにしてもよく無事に脱出できたな。」
早雲は申し訳なさそうに頭を下げ、気になっていたのかあかねに脱出した後の事を訊いた。
「ジュセン軍のパイロットに助けられたの。」
「まさか、捕虜に?」
「違うわ。ジュセン軍の早乙女司令官の息子、早乙女乱馬大佐に助けられて保護してもらったの。」
あかねの言葉に耳を傾けていた早雲は仕事していた手を止めてあかねの肩を掴んで尋ねた。
「ら、乱馬君にあったのか?ということは早乙女君にも・・・そうか。」
早雲は乱馬と玄馬の事を聞いて、あかねが無事に帰ってこれた理由を知った。
「ええ。いろいろ教えてもらったわよ。許婚の事とか・・・」
あかねの冷たい表情から早雲は何かを感じ取ったのか、ダラダラと汗をかいてあかねに弁解しようとした。
「いや、それはだな。死んだ母さんと相談して決めた事であって・・・」
慌てふためく早雲にあかねは笑い出して落ち着かせた。
「ふふふ、いいわよ。別に怒ってるわけじゃないんだから・・・ただ、できれば相談して欲しかったな。」
「あかね・・・」
「あっ、それから東風先生にも会ったのよ。相変わらずかすみお姉ちゃんの事心配して取り乱してた。」
その後、あかねは久々に父との会話を楽しんだ。戦場という現実で、久々の家族の感覚を得ることができた。



−−−ジュセン軍−−−

「ふぅ〜、疲れたな。」
「ああ、そうじゃな。」
パイロットスーツを着たままの良牙とムースが部屋に戻ってきた。部屋には乱馬がつまらないといったようにベッドで仰向けになっていた。
「よお、お疲れ。どうだった?」
審問会から一ヶ月。乱馬は出撃停止になっている為、第一アーマー小隊は一時解散し、良牙とムースは別の中隊の世話になっている。
「別に、大した事ないさ。だが隊長の指示が悪すぎる。もっと効率良く動いて欲しいもんだぜ!」
「まったくだ。早くこの小隊に戻りたいだ。」
同時に溜息をつく二人に、乱馬は上体を起こして二人に向き直った。
「しかたねーさ。俺は謹慎処分だし、まあおめーらならこの先、どの部隊でもやっていけるさ。」
乱馬の言葉になにか引っ掛かりを感じた良牙は冗談半分に訊いた。
「おいおい、それじゃまるで謹慎処分が解けた後も俺達と小隊を組めないような言い方じゃねーか。」
「そ、そうだな。悪い悪い。」
笑ってその場を誤魔化す乱馬。しかし良牙とムースは外見では乱馬に合わせて笑っていたが、心の中では乱馬の心意を感じ取っていた。


「そういやあかねさんからは『お守り』もらったのか?」
唐突な良牙の言葉に乱馬は慌て出す。
「ば、ばかやろう!誰があいつから・・・」
『お守り』とは乱馬達がまだ士官学校にいた頃、上官から教えてもらったことだ。自分の想い人からの接吻をもらえば、確実に生還できるという一種の冗談であった。
もちろん本当にそうとは限らないが、気持ちを落ち着かせるには効果のあるおまじないであった。
「ま、そうだろうな。俺たちにお守りなんて必要ないもんな。」
確かにエースパイロット並みの操縦をする彼らにとってはあまり必要のないものではあるが、特に良牙とムースは深いため息をついてガッカリした様子を見せた。
やはり本音を言えばお守りが欲しいのであろう。しかし、あかりはそういったことには疎く、シャンプーは絶対に乱馬以外とはしそうにない。確率で言えばほぼゼロである。
「「「はあ〜〜〜。」」」
三者三様別々の意味のため息をつき、お互いに会話を交わすこともなく自分のベッドに潜り込んだ。
「なあ、乱馬。」
不意に良牙が声をかけてくる。部屋は真っ暗ではあるが、乱馬は良牙の方を見ながら返事をした。
「なんだ?」
「この戦争が終わったら、国から慰労金が貰えるんだろ?」
「まあ、勝てばな。」
負けたら金どころではない。下手をすれば命すら危ういのだ。
「俺達が負けるわけないだろ?それでだ、国から慰労金を貰ったら、俺達でバンド組んで仕事しないか?」
良牙の提案に乱馬とムースは考え込んだ。確かに戦争が終われば軍人を初め、戦争に関わった人には慰労金が支給される。特にエースパイロットならば桁は遥かに跳ね上がるが、それでも三人の金を合わせれば、小さいながらもビルぐらいは建てられるであろう。
「そうだな。それも・・・悪くねーな。」
ムースも乱馬に同意していた。しかし乱馬の答えが沈んだような声になったのを、良牙とムースは聞き逃さなかった。そう、戦争が終わっても、再びあかねと一緒に演奏することは二度とないのだから・・・
「さて、明日は早い。そろそろ寝るか。」
気丈に振舞う乱馬の言葉に、三人は就寝することにした。



―――翌朝―――

【第一アーマー小隊、第一アーマー小隊。早乙女司令官がお呼びです。至急司令室に集まってください。繰返します。第一アーマー小隊・・・】
早朝、乱馬達はアナウンスによって目を覚ました。乱馬が謹慎して以来、第一アーマー小隊が呼び出される事などなかった。久々の呼び出しに焦って着替える乱馬。良牙とムースは既に着替え終わっていた。乱馬が着替えるのを待ち、三人が司令室に向かうとき、通路でたくさんのパイロット達の目が乱馬に注がれた。その目からは決して好意は感じられなかった。寧ろ煙たがる様な嫌な視線であった。


「けっ、敵国のスパイが・・・!」
一人のパイロットが内なる思いを口に出した。その瞬間、良牙とムースがそのパイロットの襟首を掴みあげた。
「言葉遣いに気をつけろよ。乱馬は貴様なんぞより階級がずっと上なんだぜ?」
「大体、乱馬がスパイのわけなかろう。乱馬はな・・・」
今にも殴りかかりそうな二人を、乱馬は宥(なだ)め、手を放させた。
「もういい。気にするな。それより早く行かないと、親父の説教が始まるぜ?」
乱馬は軽く笑うと、良牙とムースを顎で促(うなが)して通路を歩いていった。
「なんで黙ってたんだよ?いつものおまえなら俺達より先に殴ってたはずだぜ?」
「うむ。なぜそうも落ち着いておるのじゃ?」
いつもの乱馬の性格上ありえない行動に、二人は戸惑いを感じていた。
「別に、周りがどう思おうが俺には関係ねーだろ?それに言われた本人よりもおまえらの方が怒ってどうすんだよ。」
丸くなったというのだろうか、乱馬の穏やかな反応に、二人は呆気に取られた。


「第一アーマー小隊、参りました。」
「うむ、入れ。」
中から玄馬の声が聞こえ、乱馬達は部屋の中に敬礼して入った。
「失礼します。」
中には椅子に座ったままの玄馬と、その隣に立つ東風の姿があった。
「本日おまえ達を呼び出したのは他でもない。ハッポウ軍との戦いもいよいよ最終決戦に入るであろう。わし達の考えでは恐らく、次に奴らが攻撃を仕掛けてきた時、それが最後の戦いになるであろうと判断しておる。」
「それで今度の戦いでは僕と早乙女司令官も出撃することにしたんだ。」
乱馬達は驚いて目を見開いた。東風の機体の戦いは見たことはないが、腕はそうとうたつという噂は聞いている。さらに以前のエース機である玄馬が参戦するとなると、ジュセン軍の総力は遥かに駆け上がるのだ。と同時に、玄馬と東風が最近格納庫にいるのをみかける理由がわかった。
「それで次回の任務は君達なしではできない作戦なんだ。」
「俺達が?」
「うむ。このことは機密だが、実はハッポウ軍から亡命してきた兵士がおってな。そいつが亡命する際、ハッポウ軍の開発技術者、つまり天道君から伝言を預かってきたそうだ。信憑性はあるずだ。情報によれば二週間後、ハッポウ軍が総攻撃をかける。その時『グルメ』、『ジョーカー』、『パンスト』の三機も出撃するらしい。」
この三機の名が出てきたとき、乱馬達三人の表情は険しくなった。というのも、この三機はパイロットが九能よりも階級が下ではあるものの、機体性能では九能に劣らないほどである。実際、ジュセン軍もこの三機に殆ど邪魔されてきたといっても過言ではない。最近要注意人物として知られた九能親子よりも以前にチェックされていた人物が、そのパイロット、ピコレット少佐、キング大尉、太郎中佐である。
「ちっ、あいつらか。」
乱馬達は顔を顰めた。ハッポウ軍は階級に拘(かかわ)らず、実力さえ認めてもらえばすぐにでも専用アーマーが作られる。以前乱馬達も闘ったこともあるが、当時は量産型機体であったため、退けるのがやっとであった。


「ちょうどいい。前回の借りを返さねーとな。」
乱馬が拳を握ると、東風が言いにくそうに言葉を発した。
「それが問題なんだ。実は僕達の機体はまだ整備が完全じゃないんだ。だから出撃するまでには大分時間がかかる。それまでの敵の攻撃を防ぐ役目を君達にやってもらいたいんだが・・・乱馬君。君の謹慎はまだ解かれていない。しかも処罰がまだとなると・・・今度の戦いに参戦できるかがわからないんだ。」
乱馬は東風の言いたいことがわかった。
「だから・・・最悪の場合、良牙君とムース君に任せることになる。この事を君に知っておいて欲しいと思ったんだ。」
申し訳なさそうに言う東風に、乱馬は笑って答えた。
「気にすんなよ、東風先生。かすみさんだっけ?助け出せるといいな。」
乱馬は自分の発した言葉とあかねを重ね合わせた。東風が悪いわけではない。その事は乱馬もわかっている。ただ自分の無力さを感じていたのだ。



あれから一ヶ月、玄馬達の読み通り、ジュセン軍とハッポウ軍の戦いは最終段階を迎えた。両軍とも最終決戦に向けて機体や武器を整備してこの決着を着けるべく、戦いの中に身を投じた。東風の予想通り、乱馬はこの戦いにおいても謹慎であった。理由は明白である。スパイ容疑をかけられている中、この最後を迎える大事な決戦において裏切られてはたまらないと本部が判断したからである。
「良牙とムースは出撃したか・・・・」
部屋の中、乱馬は溜息をつきながら呟いた。しかし黙っているのも性に合わないので、乱馬は本部内をうろついていた。
「ウっちゃん。」
乱馬はオペレータールームに入ると、右京に話しかけた。シャンプーやあかりは既に良牙とムースのパートナーとして出撃しているので気軽に話せるのは右京だけであった。
「乱ちゃん・・・やっぱり出撃でけへんかったんか。」
「ああ。」
暫く沈黙が続いたが、右京の方から乱馬に質問してきた。
「なあ、乱ちゃん。あのあかねちゃんの事どう思っとるん?」
いつになく気落ちしたような幼馴染の声に乱馬は戸惑ったが、呟くように答えた。
「戦争がなかったら・・・違う出会い方をしてたのかもな。俺さ、こういった恋愛感情には疎いけど、なんかあいつといると楽しいんだ。自分の感情を素直に出せるようで・・・」
右京は乱馬の言葉に俯いたが、また言葉を続けた。
「好きなんか?あかねちゃんの事・・・」
乱馬は右京の後姿を見ながら少し間を空けて静かに言った。
「・・・ああ、好きだ。」
右京はオペレーターの仕事中にも拘らず、通信レシーバーを外すと、乱馬の方を向き直ってニッコリ微笑んだ。
「そか。ほなら今乱ちゃんがすべき事はわかっとるん?」
「え?」
突然の言葉に乱馬は戸惑った。謹慎中の自分に何ができるのだろうかと考えていたからだ。
「早う戦場に駆けつけなアカンのとちゃう?早よせんと、あかねちゃん、死んでまうやもしれへん。乱ちゃんだけが助けだせるんやで?」
「でも・・・」
乱馬は躊躇っていた。謹慎中の上に、さらに軍の命令を逆らうとなると、待っているのは恐ろしい刑罰である。
「うちはなんも見てへんし、乱ちゃんがここに来たことも知らん。せやから早よ行き!」
右京の言葉に後押しされるように、乱馬の決意は固まった。
「サンキュー、ウっちゃん!」
乱馬はもう迷うことなく格納庫へ向かった。
「はぁ・・・うちもアホやな。せっかくのチャンスをふいにして・・・・ま、乱ちゃんのためを思うたらしゃーないか。」
残された右京は、一人呟いた。しかしその顔は晴れ晴れとした顔であった。


―――第一格納庫―――

「親父と東風先生はもう出撃したみたいだな。」
乱馬は上層部に見つからないように隠れながら格納庫に辿り着いた。しかし問題があった。乱馬専用のアーマーである『飛竜』を起動させるためのキーは真之介が持っているのだ。
「こうなりゃ賭けてみるか。」
乱馬は隠れるのを止め、真之介の前に堂々と姿を現した。
「あれ、乱馬。おまえ謹慎中じゃなかったっけ?」
案の定、不思議に思った真之介が訊ねてきた。しかし乱馬は毅然とした態度で答えた。
「何言ってんだよ、もう謹慎処分は解けただろ?すぐに出撃するようにサフラン元帥に言われたんだ。相変わらず物忘れが激しいな。」
「そ、そうか。すまんな。」
真之介は乱馬の言葉を疑いもせず、起動キーを乱馬に渡した。
「あ、もう10分ぐらい待ってくれ。もう少しで整備が終わるから。」
乱馬はその間、見つからないようにコクピットで待つことにした。現在この第一格納庫にいるのは真之介だけであるのが幸いした。他の技術者達は、この最終決戦に向けて、兵器を作るのに忙しかったのだ。最終兵器『ヤマタノオロチ』。これにはサフラン元帥を初めとする上層部の連中が搭乗する。つまりはすぐ近くにサフラン達もいるのだ。
「この戦いが終われば、アーマーは廃棄処分になるんだよな。なんだか自分達の苦労が無駄に終わる感じがするぜ。」
真之介は呟きながら作業を始めた。しかし乱馬は焦りからか、苛立って無線で真之介に話しかけた。
「遅えーな。まだなのか!?」
「もう少しだ。今、おまえの旧型アーマーのブースターを追加してるんだ。こうすりゃ今までの倍は限界稼働時間が増えるんだ。」


その後も作業が終わるまでの数分間、真之介の説明を延々と聞かされながらも、ようやく整備が整った。
(これが最後の出撃だ。頼むぜ・・・相棒!)
乱馬はあかねにもらった竜の髭で髪を結ぶと、機体に向かって話しかけた。自分の命を守ってくれた云わば、分身のような存在の機体に乱馬は愛着を持っていた。そして乱馬の機体は時間を惜しむかのように出撃した。
友軍の識別コードを確認すると、乱馬はすぐさま良牙とムースの元へ向かった。
良牙とムースは先に出撃したにも拘わらず、あまり離れたところにはいなかったので、乱馬もすぐに追いつくことができた。
「乱馬!やっぱりおまえか。」
無線で良牙の声が聞こえてくる。乱馬はそうだと頷いた。
「おまえ、まさか命令違反したのか!?」
「・・・・ああ。」
乱馬は隠すこともせずに素直に答えた。
「俺は・・・あかねを助けに行く!」
乱馬がこの言葉を口にした瞬間である。良牙とムースの機体が乱馬に向いた。そして良牙の機体の持つ剣は乱馬の機体の首元へ。ムースの機体の持つ銃は乱馬の機体の頭部に当てられた。
「おまえら・・・!!」
乱馬が驚いていると二人は答えた。
「おまえがそのつもりなら・・・・俺達はおまえを通さない。」
「例えおまえの機体を破壊してでも阻止するだ。」
最後の戦いが始まろうとする今、事態は深刻になっていた。





つづく






作者さまより
 ここまで長編にする予定ではなかったのですが・・・・
 ヤマタノオロチも名前を使いたかったので出しました。一応次で完結させます。



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