◇ネリマールクエスト 最終章
武蔵さま作


 凄まじい爆音とともに熱気が渦巻いた。火薬の匂いが立ち込める中、あかねは瞑っていた目を開けた。
「あれ、生きてる・・・・」
 自分が無傷である事を不思議に思っているあかねだったが目の前の光景に目を疑った。
 乱馬が身を呈してあかねを庇っていたのだ。両手を広げ、あかねの前に立ち、少しでも八宝大華輪からの被害を減らそうとしたのであろう。神具であった剣と盾は亀裂が入り、もはや使い物にならない状態であった。
「乱馬!」
 乱馬のもとに駆け寄るあかね。煤を被って黒くなったその身体からは生気が感じられない。砕けた鎧の下から見える武道着に手を当てたが心臓の鼓動すら聞こえない状態であった。
「乱・・・馬・・・」
 あかねが手を離すとそのままあかねの方に倒れてくる乱馬。その事はもはや乱馬が死んだ事を意味していた。
「うそ・・でしょ。冗談なんかやめてよ。」
 止めどなくあかねの瞳から涙が溢れだした。
「むだじゃ。わしの八宝大華輪を受けたんじゃ。命はもうないじゃろう。原形を止めただけでも奇跡というもんじゃ。」
 自分の勝利を確信した八宝斉をあかねは睨みながら言った。
「まだ・・・・間に合うわ!」
 あかねは杖を持ち、呪文を唱え始めた。今までと違い、大気が震え、周りの空気すら風となってあかねを包んだ。
「時の精霊よ、我に従いて今、流れし時を止めよ!タイムストップ!」
 あかねが詠唱した途端、周りに聞こえていた風の音や、八宝斉の動きが止まった。あかねが少しの時間を止めたのであった。
「今のうちに・・・」
 あかねは乱馬を背負い、八宝斉から離れた。城の瓦礫の近くにちょうど八宝斉から死角になる場所を見つけるとそこに隠れ、乱馬を仰向けに寝かせた。
「お婆さんから教わったあの呪文なら・・・」
 あかねは修行中にコロンから教わった法術を思い出していた。
『よいか、あかね。今から教える術は相手との信頼が大切じゃ。相手と気持ちが通じ合っていなければできない所がこの術の欠点でもある。今の御主等ではちと不安があるがこの先、ハッピーと闘いもしもの事もあるじゃろう。覚えておくと良い。よいな、相手を想う気持ちが大切じゃぞ!』
「相手を想う気持ち・・・」
 コロンの言った事を復唱しながらあかねは乱馬を見た。時間を止めている為、乱馬の身体はまだ細胞の壊死を進行させずに留めている状態である。だが、時間を長く止めている事はできず、さらには八宝斉に見つかっては無駄に終わってしまう。決意を固めたあかねは詠唱し始めた。
「万物を司る生命の精霊よ。今その力を持ちて我が愛する者の失われし命を与えよ。」
 あかねが詠唱している最中、止めた時間が元に戻ろうとしていた。しかしあかねの詠唱は時間がかかるらしく、まだ終わらない。
「・・・・何が間に合うじゃ!乱馬はもう死んだんじゃ・・・ってどこに行きおった。」
 八宝斉は時が止められていた事を知らず、突如消えたあかねと乱馬の姿を捜していた。
「リザレクション!!」
 少し離れたところであかねの声とその場を覆う眩しい光を見た八宝斉。巨大化した状態で近付いていく。
「お願い!目を覚まして!」
 詠唱を終え、乱馬の唇に自分の唇を重ねたあかね。これで呪文は完成だったはずだが、乱馬は目を閉じたままだった。
「失敗・・・なの・・・?」
 想いが通じ合わなければできないと言うコロンの言葉を思い出し、自分の法術が失敗した事を悟るあかね。
「げははは、見つけたぞ!こんな所に隠れておったか!」
 見上げると八宝斉はあかねを見下ろすように眼前に立っていた。あかねはもはや動けない状態であった為、覚悟して目を閉じた。
「ぐえぇーー!」
 突然苦しみ出す八宝斉の声にあかねは不思議に思い、目を開いた。するとそこには巨大な八宝斉の腹部に打撃を加えている乱馬の姿があった。
「バカな、わしの八宝大華輪をくらって生きているはずがない!」
 乱馬は攻撃を当てた反動であかねの目の前に下り立つ。
「乱馬・・・!!」
 生き返った喜びで乱馬に抱きつくあかね。乱馬もあかねを強く抱き締めた。
「悪いな、ちょっと寝過ごしたみてぇだぜ。」
「バカ!失敗したと思ったじゃない!」
 抱き合う2人。しかし八宝斉はまだ倒されていない為、まだ終わってはいないのだ。しかし乱馬の武器には亀裂が入り、あかねの杖の宝玉は乱馬を復活させた際に粉々に砕けてしまったのだ。
「さて、どうすっかな。こんな武器じゃ何もできねぇしな。」
 乱馬は自分の壊れた剣と盾を見ながら言った。
「生き返ったところで武器がなければ何もできまい!何度でもあの世に送ってくれるわ!」
 八宝斉が八宝大華輪を作ろうとした瞬間、乱馬の腕輪が光り4つのアイテムが目の前に現れた。
「これは、四聖獣のアイテム!」
 四つのアイテムは閃光を放ち、消えてしまった。
「驚かせおって、これで終わりじゃ!」
 八宝大華輪が落とされる。乱馬は一か八か盾で防ごうとした。
『ドッカーーン』
 爆撃音が響き、砂煙りが舞い上がる。しかし砂煙りの中から八宝斉が見た者は無傷で立っている乱馬とあかねであった。
 壊れたはずの乱馬の盾は形を変え、八宝斉の攻撃を簡単に防いでしまったのだ。
「まさか、これは玄武甲!?」
 盾の形状に驚きながら右手の剣を見ると剣からは今までにない力を感じた。
「白虎牙の力か!」
 壊れた神具にはそれぞれのアイテムが宿り、さらなる力を持たせたのであった。あかねの杖の先端には青龍玉がはめられていて、魔力が比べ物にならないほどに増幅されていて、背には朱雀翼があった。
「そんなバカな!わしの・・・わしの八宝大華輪が・・」
 唖然とする八宝斉の隙をつき、あかねは宙に飛び立ち詠唱する。乱馬も意識を集中させ、刀身を出した。
 いままでとは違う攻撃に戸惑う八宝斉。
「あかね、俺に水をくれ!」
 乱馬の意図を読んだあかねはすぐさま力を抑えて乱馬に水を降り注いだ。たちまち女に変化するらんま。
「爺!これを見ろ!」
 胸を大きく開く乱馬。楽京斉に使った技である。
「おおっ!スウィート!」
 八宝斉の巨大化が解け、小さくなった八宝斉は乱馬に飛びつこうとする。
「いまだ、あかね!」
「複合魔法、フレイムウォーター!」
 水と炎が混じり、お湯になって乱馬に降り注ぐ。女から男に変わった乱馬に八宝斉はさっと飛び退いた。
 そこをたちまちあかねの魔法が襲い掛かる。
「トルネードサイクロン!」
「何をこしゃくな!八宝大華輪!」
 竜巻きを八宝大華輪の爆風で吹き飛ばす八宝斉。それを見た乱馬は何かを思い付いた。
「今ならあの技ができるかもしれねぇ!」
 闘気を全開にまで高め、大剣となった剣を下から振り上げるように斬った。
「飛竜昇天破!」
 八宝大華輪の爆風に加えてあかねの魔術による竜巻き。それを利用した乱馬の上昇気流による竜巻きで八宝斉はとんでもない威力のカウンターを受けてしまった。
「ぎょええーー!!」
 小さくなった八宝斉にこの威力はきつかったらしく、上空に吹き飛ばされた後、気絶して落ちてきた。


「終わったな・・・」
「ええ、今度こそ本当に・・・」
 日は沈み始め、夕日が二人を照らす。しかし乱馬には一つ疑問があった。
「なあ、俺、なんで生き返ったんだ?復活の呪文なんて聞いた事ねぇぞ?」
「私、召喚獣の様子見てくるね。」
 あかねは乱馬にキスした事を思い出し、赤くなってしまった。幸い夕日に照らされていた為、乱馬にはバレる事はなかったが恥ずかしさのあまり適当な言い訳をつけて行ってしまった。
「あ、おいっ!待てよ!」
 乱馬は引き止めようとしたがあかねは既に遠くへ行ってしまった。
「ちっ、しゃーねーな。そういや爺に呪いの事聞かなきゃな。」
 落ちて気絶している八宝斉に往復ビンタをくらわせ無理矢理起こす乱馬。
「おいっ、爺!早く俺の呪い解きやがれ!」
「知らんもんは知らんと言っておるじゃろ!」
 頑に知らないと言い張る八宝斉。乱馬もさすがに平静ではいられなかった。
「てめぇ、この期に及んでまだシラをきるつもりか!」
 乱馬が八宝斉に剣を向けた瞬間、八宝斉はポンと相鎚を打った。
「おおっ、そう言えば昔特殊な魔法水を玄馬にやったがあやつ、うっかり自分と生まれたばかりの息子に零してしまったと言っておった。そのことじゃないのか?」
「は?」
 八宝斉の言った事にやっと真相がわかった乱馬。父、玄馬はその魔法水をなんらかの形で自分と乱馬にかけてしまったのだ。そして変化した自分の姿と娘になった自分の息子を見て取り乱したのである。王妃は常に男らしく生きる事を望んでいる。しかし自分のせいで大切な跡取りが女になってしまうという不祥事を起こしたのが自分であるという事に恐怖心と焦燥の念に駆られた玄馬はこの魔法水の元の持ち主、すなわち八宝斉の呪いのせいだと乱馬には説明したのであった。
「そうか・・・そういう事だったのか。あのくそ親父!!」
 帰った時の玄馬に対する怒りを胸に、乱馬は 剣を震わせた。
「ほ〜れみぃ、じゃからわしは知らんと言っておったじゃろ!それなのにこんな生い先短い哀れな年寄りによってたかって攻撃しおって・・・」
 少なくともあと百年は生きそうな、しかもまったく哀れに感じない八宝斉。乱馬は八宝斉の言う事は尽く無視した。
「で、その魔法水の効果はどうすれば解けるんだ?」
「知らん。その魔法水は今のジュセン大陸になる前の中国の呪泉郷という場所から伝わった物で、今はもうないんじゃ。もし治すのであれば男溺泉と呼ばれる魔法水が必要じゃが、今はもうないじゃろう。ま、乱馬の女姿もなかなか良いではないか!」
 慰めの言葉になっていない八宝斉。乱馬は治す方法がないと言う事に呆然としていた。
「それじゃ、俺は一体何の為にここまで・・・これじゃ前世と同じじゃねぇか!」
 ガクッと膝をつきその場に項垂れる乱馬。ただ静かに時は過ぎていった。



「もうっ、元気出しなさいよ。」
「うるせぇ!どうせ俺の気持ちなんかわかってねぇくせに!」
 事が終わり、帰り支度をしている乱馬とあかね。乱馬はいまだ立ち直れずにいた為、あかねはなんとか励まそうとしていた。
「その体質に助けられた事だってあるでしょ?」
「まあ、たしかにジョケツ族の時は助かったし、他にも色々あったけど・・・だけどそれとこれとは別だ。」
 何時まで経っても割り切ろうとしない乱馬にあかねは困ってしまった。
「八宝斉のお爺さんはどうするの?結果的にあまり悪い人じゃなさそうだけど・・・」
「何言ってんだよ。こいつのせいで国民がえらい迷惑してんだ。それに俺を 一度殺しやがって・・・って。そういやさっきの答え聞いてなかったな。なんで俺生き返ったんだ?」
 せっかくうやむやにした事を思い出させてしまったあかねは適当に言い繕った。
「そ、それはお婆さんにもらったアイテムと私の回復呪文のおかげよ。」
 本当は乱馬自身、復活呪文の事は知っていたのだが、その成功する条件を知っていた為、自分とあかねではあり得ないのではないかと思っていたのだ。しかし僅かに残った唇の感触を感じてあかねに聞いたのだ。
「ま、そういう事にしておくか!」
 乱馬はあかねに聞こえないほどの声で呟いた。
「えっ?何か言った?」
「いいや、何にも。爺は召喚獣に頼んで魔界にでも連れてかせるか。」
 あかねの法術によって傷が癒えたパンスト太郎。乱馬の頼みを聞いて八宝斉を連れていく事を承諾した。
「そういやおめぇ、どんな名前がいいんだ?」
 乱馬が聞くとパンスト太郎は紙に何かを書いて乱馬達に見せた。そこに書かれた文字、それは・・・
「か、かっこいい太郎?ホントにそれでいいのか?」
 内心ダサイと思っている乱馬に対し、その名がいいと頷くパンスト改めかっこいい太郎。
「じゃ、じゃあ、本人の望む通りに改名しましょうか。」
 あかねもこの名を選ぶ召喚獣のセンスがわからないようである。
「いやじゃいやじゃ、何でわしが魔界に行かなきゃならんのじゃ!」
 かっこいい太郎に掴まれながら泣いて叫ぶ八宝斉。
「あのな、魔界には下着はもちろん可愛い娘たちがたっくさんいるぞ。」
 八宝斉を言い包める方便だとわかっているものの、見事に八宝斉は騙された。
「ほ、ホントか?ウソだったら泣くぞ!おまえの父ちゃんにいいつけてやっかんな!」
 本当に情けない姿の八宝斉。この姿から誰が大魔王八宝斉と呼べようか。
 地が再び割れ、魔界への扉が開いた。
 かっこいい太郎は八宝斉を連れて魔界へと帰っていった。
「さて、俺達も帰るとすっか!」
「うん!」
 ユニサスを呼び、海を渡る乱馬とあかね。目指すはネリマール大陸である。


−−−リョーガの街−−−

「帰ってこれたな。」
「なんか大変だったね。そういえばこれ、返すね。」
 あかねはそう言ってユニサスの召喚具を乱馬に返そうとした。あかね自身、朱雀翼のおかげで好きな時に翼を広げて飛べるのだ。ユニサスは乱馬に必要だと思ったのだ。
「いいよ、あかねにやる。俺が持ってたって使えねーしな。」
 平穏な日々を取り戻せた事にホッと一息つく二人。しかし二人には問題があった。八宝斉を倒すという共通の目的を終えた今、目的を果たした二人は当然別れなければならない。
「あかねは・・・これからどうするんだ?」
「私は、天道王国に戻るわ。乱馬は・・・どうするの?」
「俺も・・・早乙女王国に戻る。それで・・・」
 乱馬にはあかねに伝えたい想いがあった。それはあかねを王女として迎える事であった。
「俺の国に来ないか?」
 言い切った言葉。あかねはそれに承諾してくれると思った。しかしあかねは首を横に振った。
「ごめん。それはできないの。」
 あかねは王女であり、乱馬を剣士だと思っている。剣士との結婚を世間は許さないであろう。父と姉達にまで迷惑が行く事になる。そう思ったのだが、ふと気がついた。父、早雲は世間に八宝斉を倒した者をあかねの結婚相手として認めると言ったのだ。という事は乱馬があかねの国に来て、自分が王女だと名乗れば全てうまくいくと考えたのだ。
「乱馬!あなた、私の国に来てくれないかな?」
 今度はあかねの提案である。もちろんそれは先ほど乱馬が言った意味、結婚の事だととれる。だが乱馬も天道王国に行けない訳があった。
「俺も、ダメなんだ。」
 乱馬は早乙女王国のたった一人の跡継ぎである。あかねを紋章術師と思っているからこそあかねを迎え入れるのはともかく自分から天道王国に行く事は出来ないのである。駆け落ちという手もあるがそれは乱馬を信頼している国民を裏切る事になってしまう。
(俺が王家の血を引いてなければ・・・あかねが天道王国の血筋を引いていたら・・・)
(私が王家の血を引いてなければ・・・乱馬が早乙女王国の血筋を引いていたら・・・)
 二人が考える事は一緒であった。どちらかが先に自分の本当の正体を言えば、問題なく解決するだろう。
 しかしお互いにウソをついてきた為、騙されたと思った相手の顔を見るのは辛かったのであった。
「俺は・・・!」「私は・・・!」
 同時に叫ぶ乱馬とあかね。しかし身分を考えて黙ってしまう。
((言ってしまったらもう後戻りはできなくなる。だったらいっそ何も言わずに去る方がいい。))
 伝えたくても伝えられない想い。この事が二人を苦しめていた。
「やっぱり・・・なんでもねぇ。」
「私も・・・」
 復活呪文が成功した理由。それはお互いに愛し合っているという事実があり、その為お互いの気持ちはわかっていた。
「それじゃ、元気でな・・・」
「うん、乱馬も・・・」
 早乙女、天道の両国を結ぶリョーガの街。二人は自分の国へ向かって去って行った。


−−−早乙女王国−−−
「乱馬王子が戻られたぞ!皆の衆、早速おもてなしをせい!」
 城に着くと大臣が大声を張り上げた。
「おおっ、帰ってきたか。心配させおってこのバカ息子!」
 乱馬をポカンと叩く国王玄馬。嬉しさの為か顔は笑っている。そんな玄馬に乱馬は炎の剣を出し、容赦なく振り下ろす。
「ぎゃーーー!!」
 火だるまになる国王。側近の者はすぐに水をかける。たちまちパンダになる玄馬。側近の者は玄馬と乱馬の体質を知っている為驚きはしないが他の者に見られては大変だと思い、すぐにお湯をかけた。
「な、なにをするか。もしや乱馬、おまえわしを亡き者にして王位を狙っておるな!それにしても何やら不思議な剣を出しおって。」
 焼け焦げた服を纏い、父の威厳だけは示そうとする玄馬。乱馬は無表情のまま言った。
「爺さんから話は聞いたぜ。俺のこの体質は親父のせいだってな。」
 口元は軽く笑っているが目は全く笑っていない。殺気すら感じられる。
「パフォパフォ。」
 玄馬は何時の間にかまたパンダになって王冠で遊んでいた。しかし背のプラカードには『ドキドキ このままではマズイ。なにか言い逃れる方法は・・・』と御丁寧に心の内が書き記されていた。
 その後はまたもや火だるま、もとい火パンダになった事は言うまでもない。


−−−数日後−−−

「乱馬よ。おまえ、帰ってきてからあまり食べておらんようじゃの。それにどこで買ったか知らんがペンダントをずっと眺めているばかりで。旅先で何かあったのか?」
 乱馬はここ数日ずっとあかねのことを考えていたのだ。しかし玄馬にこの事を言う訳にもいかず、適当に答えていた。
「別に、何でもねぇよ。ただ疲れただけさ。」
 乱馬はペンダントを懐にいれて答えた。
「ふむ、それならばいいのだが。そう言えばおまえの許婚の件だが・・・」
「許婚!?なんだそりゃ、聞いてねぇぞ!」
 玄馬の言葉に乱馬は過剰に反応した。
「はて、おまえが幼少の頃、話したはずだが・・・」
「んなもん覚えてる訳ねぇだろうが!詳しく話せよ!」
 小さい頃に言っておいて今さら思い出させる。ある意味詐欺に近い行為である。
「隣の国の天道王国、あそこの国王はおまえの知っておる通りわしの修行時代からの兄弟弟子でな。」
「八宝斉の爺の、だろ!」
 乱馬は八宝斉に弟子入りしたと言う時点で玄馬と早雲を軽蔑していた。
「うぐっ、まあとにかくわし等は自分の子を許婚としてお互いに結婚させる事を決めたんじゃ。じゃがあの八宝斉の悪事に困った天道君は八宝斉を倒す為におまえの許婚であった第三王女を八宝斉を倒した者と結婚させるというあの掟を公布したのじゃ。じゃが、誰も八宝斉を倒せなかったからおまえとの許婚の関係を戻したというわけじゃ。どうじゃ?国民に公表してはおらぬあの妖怪を倒した事はいずれ世間にわかる。なのにおまえが名乗り出なければ誰かが自分が八宝斉を倒したと言えば、その場で天道国の王女はその者と結婚せねばならないのだぞ。」
 玄馬の言う事も正論だと乱馬は思った。本来の目的は呪いを解く為に八宝斉を倒そうと決意した訳ではない。だから例え八宝斉に勝っても王女と結婚する気はなく、寧ろ、自由にしてあげられると思ったからだ。
 しかしその王女が実は自分の許婚であるとわかった以上どう足掻いても無駄だと悟った。
「政略結婚か・・・しかたねぇな。王女に会いにいってもいいけどよ、結婚は少し待ってくれねぇか?今はそんな気分じゃねぇんだ。それにこの体質じゃ破談になるかもしれねぇしな。」
 気持ちが吹っ切れていない乱馬にとって望まれぬ相手との結婚は辛いものであった。
「よし、ならば明日にでも天道王国に行くぞ!じゃが、おまえの理想の相手とはどんな人だ?」
「理想の相手・・・・か・・・」
 乱馬はあかねの姿を思い浮かべて言った。
「性格はかわいくねぇ、んでもって不器用で乱暴・・・」
 そこまで聞いて玄馬は少し呆れた。
「おまえ、変わった好みをしてるな。」
「それでもって優しさがあって魔術と法術の『スペルマスター』かな?」
 玄馬はその言葉を聞いて驚いた。魔術と法術を扱えるのはあかね意外にいないのだから当然だと乱馬は思ったが、玄馬の驚きは別な事であった。
「確か天道国の第一王女は法術を、第二王女は魔術を、第三王女はその両方を使えると聞いておったが・・・」
 玄馬の言葉に今度は乱馬が驚いた。すぐにあかねの姿が脳裏に浮かび、玄馬に近付いた。
「そ、そいつの名前、なんて言うんだ!早く教えろ親父!」
 玄馬の肩を掴んで激しく揺らす乱馬。玄馬は目が回りそうになって言った。
「よさんか、確か・・・あかね王女だったかな?」
 乱馬はその言葉を聞いて確信した。
(もし、あいつが俺と同じ理由で王家という事を隠していたとしたら・・・)
 乱馬はすぐさま窓から城の外へ飛び出した。



−−−天道王国−−−

 同時刻、あかねも部屋に数日閉じこもり、心配した早雲があかねの部屋にやってきた。
「あかね。帰ってきてから元気がないじゃないか。ここのところ食事もろくにとっていないようだし、いつもペンダントなんぞ見てばかりで。なにか旅先であったのか?」
 心配する早雲だが、あかねの返事は素っ気無かった。ずっと乱馬の事が忘れられないのだが早雲には話せなかったのだ。
「別に、なんでもないわよ。」
 あかねはペンダントを懐にしまいながら言った。
「そうか。それならば良いが・・・そういえば一つ嬉しい知らせがあるぞ。昔話したが隣の国の早乙女王国の王子、おまえの許婚だがなんと八宝斉を倒したそうなんだよ。掟の件は廃止したがなにせ許婚がおまえの為に八宝斉を倒したとなれば会う事を断る訳にはいかん。」
 早雲の言葉にあかねは怒りを露にした。
「冗談じゃないわよ!なによその早乙女王国の王子は!私がある剣士と一緒に八宝斉を倒したのよ。大体八宝斉を倒したら結婚させる掟を止めたと思ったら今度は許婚ですって!いくら小さい時に言われたからって今さらそんなこと言われても困るわ!」
 あかねにはまだ乱馬の面影があった。乱馬同様吹っ切れていなかったのである。
「そうは言ってもあかね。かすみはトーフー大病院の院長と結婚し、なびきは数年前から行方知れずとはいえ九能家へ嫁ぎ、おまえは未だに嫁ぎ先が決まっていないではないか。私はそれが心配なんだよ。しんだ王妃になんと言ったら良いか。」
 情けなく涙で溢れた顔を近付ける早雲。あかねの怒りもさすがに薄れてしまった。さらに九能の事は今初めて知ったのだ。あかねはあえて九能と闘った事は言わなかった。早雲の心配する気持ちは本当であり、そして早乙女国の縁談を断る事は戦争に繋がるかもしれない。あかねはやむを得ず承諾した。
「そんなに泣かないでよ。わかったわよ、その人にはとにかく会う事にするわ。取り敢えずウソを正してね。でも結婚はもう少し、気持ちの整理がつくまで待ってくれない?」
 あかねの言葉に早雲の涙はピタリと止まった。
「本当だな。しかし早乙女国の王子もどういう訳か国王にしか八宝斉を倒した事を話さないんだよな。」
「そりゃそうでしょ。国民に言えば本当に倒した人が誰かわかっちゃう危険だってあるもの。」
 また機嫌が悪くなり始めたあかねを宥めるように早雲は話題を逸らした。
「あかね、おまえどんな人が好きなんだ?もし本当に想う人がいるならば私も今回の縁談は断ろうと思っ
ているんだ。」
 真面目な顔で早雲が言う。あかねは少し躊躇ったが乱馬を思い出した。
「私の理想は粗忽で、ちょっと口が悪くって・・・」
 あかねの言葉に早雲は呆れた。
「あかね、ちょっと見る目がないんじゃ・・・」
「それでも私を守ってくれる強い人。望むなら『剣煌』と『拳聖』の称号を持つ人かな?」
 あかねは笑いながら言った。乱馬以外にその人物はいないのだ。早雲の困る顔を想像していた。しかし早雲の顔は困るどころか驚いていた。
「確か、今話していた隣国の早乙女王国の王子、乱馬君が格闘剣士で二つの称号を持っていたような・・・」
 早雲の言葉にあかねは反応した。
「お父さん!今なんて言った?誰が称号を持ってるって?」
 あかねは早雲のヒゲを引っ張りながら言った。
「いたたたた、だ、だから隣国の早乙女王国の乱馬王子だよ!」
 あかねはその言葉で確信した。
(もし、あいつが私と同じ理由で王家である事を隠していたとしたら・・・)
 あかねは窓から外に向かって詠唱した。
 空からユニサスがやってきてあかねを乗せた。
「お願いPちゃん、城の外まで連れて行って!」
 ユニサスは一声鳴くとあかねを乗せて外へ飛び立った。


−−−リョーガの街−−−

 ユニサスは目立つのであかねは城の外へ出るとすぐに走って早乙女国に向かった。
 あの日、乱馬と初めてあった酒場の前に来ると、目の前の道から走ってくる一人の剣士の姿が目に入った。
 少し離れているがお互いの姿が確認できる位置に辿り着くと、二人はその場で立ち止まった。
「あかね!」「乱馬!」
 どちらともなく互いの名を呼び合い、駆け出した。距離が縮まるとあかねは乱馬の方に抱き着きに飛びついた。乱馬もあかねを受け止めるとそのまま抱き締めた。
「なんで、王女だって早く言ってくれなかったんだよ!」
 抱き締めたまま言う乱馬。嬉しさと恥ずかしさの為あかねの顔をまともに見れない様子であった。
「お互い様でしょ。」
 あかねはあかねで嬉しさのあまり涙が止まらなかった。
「俺、あかねが好きだ!一緒に旅しててずっと一緒に居たかった。」
「私も、乱馬が好き!ずっと一緒に居たい!」


 その数日後、早乙女王国と天道王国は一つになり、その中心には新しく王宮が建てられた。国民は乱馬とあかねの結婚を祝い、二人は幸せに暮らす事になった。

『このネリマール大陸 脅威に襲われ民苦しむ時 呪いをかけられし勇者 相反する力を持ちたる術師と共にあらわる その者達 光の剣と失われし技術の欠片を持ちて この世界を救うであろう』
 この言葉は国民によって伝説となり何年も伝えられたという。

 数年後、ツバサの館を出た九能は更に酷い連続交際魔となってなびきの元に戻り、国民をたいそう困らせた。

−−−魔界−−−

「まったく、何が下着じゃ!女の子じゃ!いい加減な事言いおって、覚えておれよ乱馬。それと、やっぱりおまえはパンスト太郎のほうが似合っておる。これからもパンスト太郎と名乗るが良い。最初におまえを呼び出したのはわしじゃから名付けの権利はわしにある。がはははは。」
 八宝斉は魔界でも好き勝手していた。その為魔界でもその人間離れした力で本当の魔王になってしまったのだ。
 八宝斉が魔界から出た時、この世は本当の地獄と化すであろう。








作者さまより

乱馬・・・・一旦死なせてしまいました。まあ結果的に生き返らせたんでよしとして下さい。
神愚の代用の四つのアイテム、実はこれは最初の初期設定でした。
乱馬は契約などせずにただアイテムを武器として使うという感じだったんです。
呪いの事も最初は八宝斉がやったことでしたが、私の権限において玄馬に罪を被ってもらいました。
九能は実はあかねの義兄さんであったということです。
普通ならばあった時に気付くだろうとツッコミは入れないで下さい。
あかねは男嫌いだったので姉の旦那にはあったことがなかったことにすれば全て合点がいきます。
この話のエンディングですが、絶対に多くの人は第一章で大方想像ついたと思います。乱馬とあかねの仲に対しては私自身、物足りなさを感じますが、それは別の話にしようと思います。
最後に言わせてもらえば私のインスピレーションで書いた話なのでノークレームでお願いいたします。
(気が向いたら続編でも・・・)


 ここに「ネリマールクエスト」の完結です。
 予想違わず、摩訶不思議ならんま的RPGワールドが展開していましたね。
 下手な感想文よりも、読後感を大切にしたいので、また新たな続編を是非にということで、あとがきに変えさせていただきます。
(一之瀬けいこ)


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