◇1/2の約束 後編
武蔵さま作


物心つくころから、俺は親父と修行の旅に出ていた。同じ場所に暫く居座ることなんか殆どなかった。当然、仲良くなる友達も少なかった。
中学の時、少しだけ学校に通った。男子校だった。まだ異性に対して全く興味や知識なんかなかった。女なんて、どいつも一緒だと思ってた。気まぐれで、わがままで、俺の気持ちなんか理解しようともしない。俺が夢中になれるのは武道だけだった。
呪泉郷に行った。着いてすぐに呪われた。人一倍女について知らなかった俺が、人一倍女について知ることになった。
日本に着いてすぐ、許婚の話を聞かされた。親父の奴、俺が逃げると思って土壇場まで言い出さなかった。結局気絶させられて、気がつけば天道道場の入り口だった。
そして、あかねと出会った。
天道家で過ごすのは居心地よかった。こんなに長く同じ場所に居座ったのは初めてかもしれない。というのも親父が楽できるからだと思う。普段だったら食い逃げやら何やらでその場にいられなくなるからだ。俺としても、あかねと過ごせるのは楽しかった。ここに来てから色んな出会いがあった。
気がつけば、あかねを守ることで一生懸命だった。今までは自分のために強くなっていたのに、いつの間にか目的が変わっていた。だけど、それでいいんだって思えた。
おふくろにも会えたし、本当の家族の温もりなんか初めてだ。今ではすげぇ感謝してる。みんなと一緒にいれることが・・・



男には絶対負けたくなかった。みんな自分勝手で、あたしの気持ちなんか無視してる。実際あたしは負けなかった。どんなに大勢の男子が一斉に掛ってきても全部返り討ちにできた。そんなあたしが、同い年の女の子に負けた。悔しかった。だけどもっと悔しかったのはその女の子が実は男だったことだ。絶対負けたくない相手に負けたのだ。今まで自分が信じてきたものが裏切られた気分になった。
お父さんが道場を継がせたかったらしい。うちは男の子に恵まれなかった。暫くして、お母さんが亡くなった。当時幼かったあたしは、寂しそうなお父さんを見ているのが辛かった。あたしも悲しかった。かすみお姉ちゃんやなびきお姉ちゃんだって同じ気持ちだったはずだ。だからあたしは強くなるべく、お父さんに無理を言って武道の道に入った。
武の道には男も女も関係ない。そう思っていたのに・・・・
乱馬が来てから大分経った。気がつけば、守られてばかりいるあたしがいた。でも、不思議と悔しくなかった。それ以上に嬉しいと思うようになった。
料理や裁縫、お洒落なんて全く興味なかった。なのに、気がつけば色んなことをしている自分がいた。
みんな、乱馬が来てから変わった。今はとっても感謝している。新しい家族に・・・


―――道場―――

乱馬とあかねは道場で笑い合っていた。まさかまたしても声が重なるとは思わなかったのだ。それも同じセリフを。
「じゃあな〜に、あんたも同じことで悩んでたの?」
「ああ、そうだよ。まさかあかねもだったとは・・」
そしてまたお互いにクスクスと笑い出す。いつものようにまた自然になれたのがよかった。
「もう、ホントはこういう事、男のあんたから言うべきでしょうが。」
「だ、だから俺から言うつもりだったんでぃ!」
想いが通じた今、二人を隔てるものは何もなかった・・・かのように見えた。

「だから、そうやってウジウジしてるのが男らしくないのよ!」
「おめぇが女らしくねーからそういう気分になれなかったんだよ!」
いつの間にかいつもの喧嘩に発展していた。
「この意気地なし!」
「なにぃ〜〜!!」
売り言葉に買い言葉、乱馬は思わずそのままあかねの両肩を掴んでしまった。お互いに距離が近かったので、そのまま至近距離で見詰め合う形になってしまった。
「わ、悪ぃ・・・・」
謝ってその場を離れようとする乱馬。両想いだというのに、そういう乱馬の態度にあかねはカチンときた。
「そういうところが意気地なしだって言うのよ!」
「あ、あんだと〜〜!!だったら見せてやろうじゃねぇか!」
一旦話した手を再びあかねの肩に置く乱馬。そしてそのままあかねに顔を近づけていった。

ビクッ!

あかねの肩が一瞬震えた。乱馬はキスの一歩手前で止まって呟いた。
「おめぇだって覚悟できてねーだろ。」
ムッとするあかね。お互いにムードもなにもあったものではなかった。
「そんなことないわよ!」
ギュっと目を瞑り、再び同じ態度に出るあかね。乱馬も覚悟を決め、今度は止まらなかった。
ガチッ!!

「「〜〜〜〜〜っ!!」」
勢い余ったのか、二人は歯を強く打ちつけて離れた。双方口元を手で覆っている。
「な、なにするのよ〜〜!」
「お、俺が知るか!」
意地を張っていた分、お互いに力んでしまったらしい。

プッ!

どちらともなく吹き出した。ムードなど関係ないキス。それなのに何故か心が落ち着いた。
「なんか、あたし達らしいね。こういうの。」
「かもな。」
気持ちが落ち着いたところで、仕切りなおしに移った。今度はリラックスできた分、ゆっくりと唇を重ねた。

キスの味は・・・・・血の味だった・・・

「う〜〜、なんか鉄の味がする〜〜。」
「まぁ、そりゃ勢いよく打ち付けたからな・・・」
最初の攻撃?があったせいか、少し口の中を切っていたようだ。ロマンチックのかけらもなかった。
だが、それ以上に自分達の意思で初めてキスをしたということが二人にとって嬉しかった。そして再びお互いに唇を重ねた。

10秒経過

(・・・・長いな)

30秒経過

(・・・・まだしてるのかな?)

1分経過

(これって、どのくらいしてればいいんだ?)

5分経過

「「・・・・っぷはぁ!・・・はぁっ!」」
呼吸を乱しながら離れる二人。鼻から呼吸することもせず、ただひたすら息を止めていたのだ。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・なんで・・・離れないんだよ!」
「はぁ・・・はぁ・・・そんなこと・・・あたしが知るわけないでしょ!」
普段なら無呼吸でも10分以上は耐えられる二人でも、さすがに行為が行為だけに長く持たなかった。
「なんで窒息と隣り合わせのキスしなきゃなんねーんだよ・・・」
「それはこっちのセリフよ・・・も〜〜、なんでこうなるのよ!」
別に邪魔が入ったわけでもないのにいつもと同じように上手くいかない二人であった。



それからほどなくして、乱馬は早雲に報告しに行った。内容は勿論あかねとのことだ。
話を伝えると、早雲はとても喜んだ。「めでたい、めでたい!」と連呼し、その日は玄馬と一緒にドンチャン騒ぎとなった。しかし、乱馬は浮かれない顔をしていた。


みんなが寝静まった頃、乱馬は一人で道場に来ていた。あかねと上手くいったのはよかったが、それ以上に不安があったからだ。

カタン

道場の入り口から音がした。乱馬が振り返るとそこには早雲が立っていた。
「おじさん・・・」
「眠れないのか?乱馬君。」
早雲はそのまま乱馬に近づきながら言った。どうやら酔いはもうないらしい。
「俺・・・不安なんだ。おじさんは俺のこと認めてくれてるけど、本当に俺があかねに相応しいのかって時々思うんだ。」
「ほう、どうしてだい?」
「だって俺、いつもあいつを泣かしてばかりいるし、喧嘩なんかしょっちゅうだし・・・」
「・・・・」
早雲は黙って乱馬の言葉を聞いていた。だが、やがて乱馬を諭すように口を開いた。
「本当はね、許婚の件迷ってたんだ。」
早雲の言葉に乱馬は血の気が引く思いがした。それはつまり早雲が乱馬は相応しくないと思っているのだと感じたからだ。
そんな乱馬の気持ちを察してか、早雲は言葉を続けた。
「だけどそれは君が天道家に来る前のことだよ。」
「えっ・・・?」
驚いたように聞き返す乱馬。早雲はそのまま天井を見つめながら語った。
「早乙女君とは唯一無二の親友だ。だから彼の子になら私の子も安心できるって思っていたんだ。だけど、そんなの、私の気持ちだ。大切なのは娘達だったからね。早乙女君達がこの家に来るのを心待ちにしていたのは本当だよ。だが、もし君がどうしようもない輩だったら許婚の件は白紙に戻すつもりだった。例え早乙女君との友情が壊れようともね。」
今度は乱馬が黙って早雲の話を聞いていた。
「あかねはね、強い子だよ。幼い頃に妻を亡くし、あの子は母親の愛情を十分に受けなかった。だが、私達のことを気遣い、それから人前では涙を見せなくなったんだ。それでも君が来てからというもの、あかねは素直に喜怒哀楽を表すようになったんだ。」

早雲は乱馬に向き直り、真剣な表情で言った。
「あかねを宜しく頼む。これからは私の代わりに君があかねを守っていって欲しい。君は優しい人間だ。誰よりもあかねの事を考えてくれている。だからこそ、私は乱馬君にならあかねを頼めると思っている。」
「おじさん・・・」
「『娘を泣かしたら承知しない』なんてことは言わないよ。喧嘩しても構わない。だけど、それ以上にあかねを大切にしてやってくれ。」
一人の父親としての早雲の願いを乱馬は力強く頷いて応えた。
「俺、絶対あかねのこと幸せにします!」
乱馬の声を聞いて納得した早雲は頷き、右手を差し出した。
「では、男と男の約束だ。」
乱馬は頷いて早雲に右手を重ねた。



その後は、身辺整理を済ませた。あの時みたいに邪魔が入らないように。

―――空き地―――

「よう、良牙・・・」
「乱馬か・・・話は聞いているさ。」
結婚式を近々行うことになった乱馬は、旅から戻ってきた良牙と待ち合わせしていた。普段からどこにいるかわからない良牙に手紙で事を伝えることは不可能であったからだ。しかし、良牙は風の噂で既に乱馬とあかねの仲を知っていた。純粋にあかねを好いていた良牙にはハッキリと伝えるべきだと思い、乱馬も直に良牙に会いに来たのだ。
「別に、前々からわかっていたことだ。恨みごとを言うつもりはねーよ。だが・・・・」
良牙は乱馬を見据え、拳を握った。

「一発殴らせろ!」

言うが早いか、良牙は渾身の一撃で乱馬の頬に殴りつけた。いつものように空高く飛ばされるような一撃ではなく、地面に叩きつけるような一撃だった。突然の出来事に成す術もなく叩きつけられる乱馬。それほどまでに強烈な一撃だった。
「げほっ・・・りょ、良牙・・・」
咳き込みながら立つ乱馬。口の中を切ったらしく、鉄の味が口いっぱいに広がった。
「俺の気は済んだ。次はおまえの番だ。」
そういうと良牙は軽く笑った。乱馬にはすぐにわかった。良牙は自分の気持ちを諦めて乱馬に譲ったのだ。乱馬もそれに応えるべく、本気で良牙を殴りつけた。
鈍い音と同時に乱馬と同じように地面に突っ伏す良牙。そのまま立ち上がり、良牙は笑って言った。
「あかねさんを幸せにすると約束しろ!いいな!?」
「ああ。言われなくても約束するさ。」



―――結婚前夜―――

明日の結婚式を控えた乱馬とあかねは、道場に座っていた。
「いよいよ、明日ね。」
「ああ。そうだな。」
この場で想いを告げてからは何事も問題なく二人の仲は深まっていった。
「本当に、あたしでいいんだよね?」
不安になっているあかねの頭を軽くコツンと叩くと、乱馬は言った。
「ば〜か、今更何言ってんだよ。おまえ『が』いいんだよ。あかね以外との結婚なんて考えられねーよ。それより・・・」
今度は乱馬が落ち込んだようにあかねの顔を見た。
「おめーこそ、俺でいいのか?俺、こんな体質だし、格闘以外に誇れるものなんかないし・・・」
乱馬の体質は治っていなかった。呪泉郷は、変身能力を生かした犯罪を防止するべく、現在は完全封鎖されてしまっていた。よって、乱馬の体質は現状のままになってしまった。それが乱馬の最大の不安要素であったのだ。
「格闘以外にも乱馬はいっぱい良いところあるよ。それに、例え女になってもらんまは乱馬でしょ?何も変わらないよ。」
「あかね・・・」
家族のみんなは明日の準備に向けて忙しくしていたので今は既に眠っている。道場は華やかに飾られているが、今の時間は静まり返っていた。
「あたし、幸せだよ。乱馬・・・」
ポツリと呟くあかね。乱馬は穏やかな笑みで返した。
「まだまだ。これからもっと幸せにしてやるさ。約束するよ・・・」


「約束ってさ、一人だけじゃ成立しないんだよね。二人でやっと一つになれる。片方だけじゃ1/2なんだよね。」
「ん、そういやそうだな。」
急に話を変えたあかねに乱馬は戸惑いながらも同調した。
「あたし達の気持ちも、1/2だったんだよ。言葉にして、想いが通じて初めて1つになったんだって今なら思うよ。」
「そうだな。俺の場合は体も半分って感じだけどな。」
一つの体に二つの性別。乱馬は苦笑して言った。
「でも、関係ないよ。女になってもあたしが好きなのは乱馬だからね。乱馬は1/2でもいいのよ。らんま1/2ってね。」
「らんま1/2?なんだよ、そりゃ・・・」
「どっちであろうと、あたしがいれば1になれるってこと。」
乱馬は苦笑しながらも最高の笑みで応えた。
「んじゃ、これからもよろしくな。お互い1つでいるためにな。」



―――1年後―――

「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・」
息切れが酷くなりながらも、乱馬は急いでいた。動悸は激しく、心臓の鼓動が耳元で鳴っているかのようにうるさく響いた。
今まで全速力であった乱馬だが、建物の中に入ると走ってられなかった。それでもなお、急ぎ足で目的の場所に向かった。
ここは病院。乱馬はあかねのいる部屋に向かった。途中で、怖いくらいの形相で急ぐ乱馬に看護婦が注意してきた。
「病院内では走らないでください!」
恐らく婦長であろう、厳しそうな女性に乱馬はそのままの形相で答えた。
「早歩きです!!!」
そして一歩も止まらずにほぼ一般人の走りと同じほどのスピードで駆けていった。行き交う人々は驚きの目で乱馬を見ていた。だが、乱馬は決して止まることはなかった。

バンッ!

勢いよくドアが開け放たれる。そこにいたのは・・・・

「あら、乱馬。やっと来たわね。」
元気そうなあかねの姿であった。そしてあかねが胸に抱いているのは、生まれて間もない赤子の姿であった。
「あかね・・・・よくやったな!」
あかねの元に近寄る乱馬。天道家のみんなが乱馬のために道を開けた。
「オギャーー、オギャーー!」
威勢よく泣き出す赤ん坊。それをあやす様にあかねが軽く体を揺すった。
「ほ〜ら、よしよし〜。パパが来てくれたわよ〜。」
そういうと、あかねは赤子を乱馬に抱かせた。
「・・・・・・小さいな・・・」
ボソリと乱馬が呟いた。あかねは笑って答えた。
「あたりまえでしょ。生まれたばかりなんだから。これから大きくなるのよ。」
赤ん坊は乱馬を父と認識し、次第に泣き止んだ。そして手を乱馬の方へ動かした。
「お、おい・・・動いてるぞ!!」
さすがにあかねも呆れていった。
「生きてるんだからあたりまえでしょう。全く、少しは落ち着きなさいよ。」
「そ、そうだな・・・」
どうも気が動転しているらしい乱馬に呆れつつも、乱馬とあかねに気遣って天道家一同は病室を跡にした。
ふと、赤子が乱馬の指をギュッと握った。
「う・・・・」
「ど、どうしたの?」
突然俯く乱馬に驚くあかね。しかし乱馬は次第に声を押し殺しながら泣き出した。
「うう・・・・俺の・・・子ども・・・」
目じりから涙が頬を伝って流れた。初めて見る乱馬にあかねは驚いてしまった。
「ば、ばか・・・何泣いてんのよ!」
「うるせーー!泣いてなんかねーよ!そういうおまえこそ泣いてんじゃねぇか!」
あかねもついついもらい泣きしてしまったようだ。
赤子を前にして泣き出す二人。つられて赤子も再び泣き出した。


「あらあら・・・親子揃って泣き出すなんて・・・・写真撮っとこ。」
「仲良しさんね〜。」
「初孫だ・・・・」
「乱馬が生まれた時を思い出すわ〜。」
「まったく、男のくせに人前で泣くとは我が息子ながら嘆かわしい。」
ドアの隙間から覗いていた天道家の人々は、微笑ましくその光景を眺めていた。


約束は果たされる。お互いに望む数だけ。
いつか一つになるためなら、それまでは半分でも構わない。
1/2の約束だから








作者さまより
『らんま1/2』を振り返ってみての私の思い入れが入っています。
やはり、乱馬は男と女であってこそ1/2というタイトルに合っていると思い、原作のなりそでならぬ展開を尊重し、体質維持させました。
今回は最初の出会いから最後までを自分なりに解釈しました。結婚式なんかは他の作品でよく使うのであえて今回は省きました。今回は1/2ということに重点をおいてみました。少しでも共感してくだされば幸いです。


 「らんま1/2」という作品らしい二人の行く末、ありがとうございました。プロポーズもそれ以降の流れも、このような未来を原作で読んでみたかったと思うファンの方も多いのではないでしょうか?
 それにしても…ファーストキッスの長いこと。
 あんたら、窒息するつもりか?…いや、武道家の二人のことですから、キスの間中、息もしなかったのではないかと、馬鹿なことを考えながら読んでおりました。だって、有り得そうじゃないですか、この二人なら。
 二分の一に分かたれた約束も、二つあわせれば一つに…。そういうのがとても乱馬とあかねらしく、思います。
(一之瀬けいこ)



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