◇1/2の約束 前編
武蔵さま作


あいつと初めて会ったのは玄関と居間を繋ぐ廊下だった。
だけどホントの姿で会ったのは・・・・・風呂場だった。しかもお互い全裸で・・・・
今思えば最悪なファーストコンタクトだ。
普通ありえないことだったから戸惑った。冷静な判断すらできなかった。その直後からすぐに反発し合った。まるで磁石の同極のように・・・・


気が付いたら好きになっていた。思えば初めて会ったあの日から、惹かれ始めていたのかもしれない。
でもお互い素直になれなかった。理由はいろいろあるけど、やっぱり性格だと思う。お互いに意地を張るから・・・・・お互い恋に不器用だから・・・・・


あいつは異性からモテていた。ライバルも多かった。ヤキモチを妬いた事なんか数え切れないほどだ。
どちらかが先に想いを告げれば、関係は早くに変わっていたのかもしれない。
でも・・・・・・
それはこっちが負けるようでなんか嫌だった。負けず嫌いの自分、素直になれない自分が腹立たしかった。


あいつといると楽しい。他の人といるのとは何かが違った。ありのままの自分を出せた。いつものように喧嘩して、仲直りして、一緒に買い物に行ったり、笑い合ったり・・・・・記憶を辿ると、いつもあいつがそこにいる。


自分達は恵まれている。両家の親に認められているから。
『許婚』を勝手に決められたのには、最初は腹が立った。しかし今ではそれが嬉しい。
他の人よりも優位な立場にあるから・・・・・
だけどあいつが自分以外の異性と一緒にいるとすごく不安になる。胸が苦しくなる。


それでも素直になれないのは・・・・・恐れているのかもしれない。今までのこの関係を崩してしまうことが・・・・
居候として同居しているという点だけ普通の友達とはちょっと違った。
友達以上、恋人未満って感じだった。あいつの気持ちもなんとなく気付いてたけど、今までのように喧嘩とかできないんじゃないか、そう考えると気持ちにブレーキがかかってしまった。

一体・・・・・どうすればいいんだろう・・・・

『To be, or not to be, That is the question.』



―――天道家―――

「あかねー、乱馬く〜ん、ご飯よ〜。」
いつもの朝、かすみのおっとりとした声が二階に響いた。
「「あっ・・・!!」」
部屋から出てきた乱馬とあかねが廊下で鉢合わせした。いつもの事だけど、いつもと違っていた。
「お、おはよ。」
「あ、ああ。」
ぎこちない態度で二人は挨拶した。
「し、下に行こうか。」
「う、うん・・・」

お互い極力普通に話そうとしているのだろうが、態度に出過ぎている。
このままの関係ではいけない。もうワンステップ先に進もうと昨夜考えていたのだ。勿論お互いに同じことを考えていたとは微塵も思っていなかったのだ。
それでいて結果的に顔を合わすと赤面しているのだから全く意味がなかった。


朝食を食べ終えた乱馬は、町をぶらついていた。決意したもののあまり良い案は浮かばなかったからだ。
「う〜〜ん、どうする・・・・」
乱馬が暫く歩いていると、反対側からオカモチを下げたムースがやってきた。
「よっ、ムース。」
乱馬が声をかけるとムースは気づいたように乱馬に近寄った。
「なんじゃ、乱馬ではないか。相変わらずヒマそうじゃの〜。」

ミシッ

ムースの顔面に蹴りが入った。どうも一言余計であったらしい。
「で、何してんだ?」
「ふん、見てわからんか?出前の帰りじゃ。おまえなんぞと違ってオラは急がしいだ。」

ゴスッ

今度はムースの顔面にパンチが入った。またまた一言余計であったらしい。
「ふっ、これしきの痛み、今のオラにはちっとも効かんだ。今のオラにはシャンプーの愛の加護がついておるからな!」

足型と拳の痕をつけながらもムースは高らかに笑った。乱馬はそのことで思いついたことがあり、ムースに訊ねた。
「なあ、ちょっと時間あるか?」
「ん、なんじゃ?オラとシャンプーの仲を聞きたいだか?」
本人は惚気のつもりだったらしいが、乱馬は真剣な面持ちで頷いた。
「なにやら訳ありのようじゃのぅ・・・オラで良かったら話してみるだ。」


―――公園―――

公園に着いた二人はベンチに腰を下ろした。乱馬の浮かない顔を見てムースは何かに思い当たったようで言葉を発した。
「その様子から察するに、天道あかねとのことじゃな?」
突然的を突かれた乱馬は驚いた表情でムースを見た。
「なんで・・・」
なんでわかった?そう続けようとした乱馬の言葉を遮る様にムースは呟いた。
「もう結構長い付き合いじゃ。おまえがその表情の時、大抵は天道あかね絡みじゃからのぅ。」
「バレバレってことか・・・」
乱馬は気恥ずかしそうに頭を掻き、改めてムースに疑問に思っていることを訊いた。
「おまえさ、シャンプーにいつも好きだって言ってたよな?んで、いつもシャンプーに断られて・・・」
乱馬は少し言葉を濁した。ムースを気の毒に思ったのもあるが、シャンプーが断る理由にはいつも自分が関係していたからである。
「で、そん時の気持ち・・・どうだったんだ?」
ムースは当時のこと、と言ってもまだそんなに年月は経っていないが、シャンプーに求愛し続けた時のことを思い出していた。
「無論、ショックじゃった。気持ちが届かないこのもどかしさ、自分が惨めに思えただ。」声のトーンが格段に下がったのがわかる。乱馬は言葉に詰まりながら困惑した。
「じゃが、諦めなかったからこそ今のオラ達があるだ。」
ムースは今シャンプーと共にいる。店で働かされ、以前と変わらないようにも見えるが、少しずつ変化はあるようだ。
「大方、天道あかねに想いを伝えられずに困っている。といったところじゃろう。」

ギクッ

鋭い言葉に身を震わす乱馬。以前のような勘違いばかりのムースはいなかった。そこには念願叶った幸せに落ち着いた鋭いムースの姿があった。

答えない乱馬をムースはビン底メガネで黙って見つめていた。沈黙が続き、とうとう乱馬が居た堪れなくなって叫んだ。
「だーーっ!そうだよ、おめぇの言うとおりだよ!」
「ふっ、やはりな。」
してやったりとムースのメガネがキラリと光った。乱馬は敗北感に似たようなものを感じ、テンションが下がった状態で言葉を続けた。
「でもよ〜、自身がねーんだよ・・・十中八九、あいつも俺と同じ気持ちだって思うんだが、万が一違ったらって思うと気持ちにブレーキが掛かっちまってな・・・」
「結局今までズルズルと引きずってきたというわけか。」
またもやムースにダメ押しされて言葉を濁す乱馬。
「だってそうだろ?もし上手くいかなかったら俺は一体これからどうしろってんだよ・・・」
乱馬はそのまま頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。見かねたムースは立ち上がって言った。
「まったく、おかしな奴じゃの〜、上手くいくことよりも悪いほうばかり考えおって・・・第一まだ何も伝えておらんではないか。言葉にしなければ伝わらないことだってあるんじゃぞ。こういう事は男であるおまえから言うべきじゃ!」
ムースの言葉にしゃがんだ姿勢のままムースを見上げる乱馬。
「さて、そろそろ戻らねばシャンプーが心配する。では再見!次会うときはいい顔を期待しておるぞ!」
そう言うとムースは近くの家の屋根に飛び上がり、猫飯店に向かって去っていった。
「ムース・・・・・」
残った乱馬はムースの言葉を自分の中で反芻した。

『言葉にしなければ伝わらないことだってあるんじゃぞ。こういう事は男であるおまえから言うべきじゃ!』

「いよぉ〜〜〜し!やってやるぜ!・・・・・・・・・・の前に練習を・・・」
湧き上がった闘志は一瞬で萎み、乱馬は公園の木に向かってひたすら告白し続けた。
「好きだぜ、あかね!」「ずっと前から好きだった!」「おまえを愛してる!」

ヒソヒソヒソ・・・・

直向(ひたむき)に努力する彼に、世間の目は冷たかった。


―――猫飯店―――

乱馬が天道家を出てから数分後、あかねはモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすように近所を散歩していた。
「はぁ〜〜、どうしよう・・・」
ふと目に付いたのは猫飯店。朝食を食べ終えたばかりであるから空腹感はなかったが、あかねは自然と足を運んだ。

「アイヤー、いらっしゃい〜。って・・・あかね。何しに来たか?乱馬ならいないぞ?」
出迎えたのはシャンプーであった。
「いいわよ、別に。乱馬が目当てで来た訳じゃないもの。」
というよりも、普段家でいつも顔を合わせるのだ。むしろ乱馬がいないと思ってここに来たのだ。
「ふ〜ん、そか。では何か食べるか?」
シャンプーはそういうとメニューを持ってきたが、あかねはそれを断った。
「結構よ。朝食食べたばかりだから。」
あかねの言葉を聞いたシャンプーは少し不機嫌そうな顔になって言った。
「ではおまえ、何しに来たか?」
「ちょっとね・・・話をしたくって。時間ある?」
少し悪びれた様子であかねは訊ねた。
「悪いが私、忙しい・・・と言いたいところだが何か訳ありのようだな。今はまだ朝。客も少ない。ムースに出前行かせているし、曾婆ちゃんに任せれば多少時間取れる。それでもよいか?」
「それだけでも十分よ。」
シャンプーの気遣いにあかねは嬉しそうに笑うと、店の奥にシャンプーと共に入っていった。


―――居間―――

「で、乱馬との事だな?」
居間に着くなり、シャンプーはあかねに対して質問してきた。突然の質問に戸惑うあかね。
「ちょ、ちょっと・・・あたし、まだ何も言ってないわよ!?」
「では違うのか?」
「いや、まあ・・・そうだけど・・・」
なにやらいつの間にかシャンプーのペースになっている事に焦るあかね。それでもシャンプーは止まらなかった。
「普通なら何かあったと考えるべきだが、最近のおまえ達見てまずそれない。とすると逆に何もないからこそ、どうにかしたい。違うか?」
まるで心の中を読まれているかのようにあかねの思っていることをスラスラと当てるシャンプーにあかねは驚愕した。
「す、すご〜〜い。どうしてわかるの?」
「私達、結構長い付き合いね。あかねの表情見るだけで大体わかるね。」
「そうね・・・なんだかんだであたし達、結構長い付き合いなのよね。」
あかねは今までを思い返した。普段乱馬のこととなると容赦なかったシャンプーだが、あかねが本当に困った時には手助けしてくれた頼もしい友人だ。

「だが、悩む必要あるのか?悔しいが、乱馬はあかねの事、好き思うぞ。」
「うん・・・そうだと良いけど、もし違ったらって思うと、怖くて聞けないの・・・」
気落ちするあかね。そんなあかねを見てシャンプーは叱咤激励した。
「何おかしなこと言てるか!大切なのはあかね自身の気持ちね!乱馬があかねを嫌いだたら、あかねも乱馬が嫌いなのか?」
「違う!そんなことない!もし乱馬があたしの事嫌ってても、あたしは・・・・!」
シャンプーの言葉に反してあかねは自分の思ったことを叫んだ。シャンプーはその言葉を聞いてにっこり笑った。
「ならそれでいいある。あかねが乱馬を好きか嫌いか。これが一番の問題ね。」
「シャンプー・・・」
「だったら早く、乱馬にそう言うね!」
「え?え・・・・?」
突然シャンプーがあかねに結論を言った。当然あかねは混乱してしまう。それができないからこうして相談に来てるのだ。
「乱馬は・・・・結構情けないね。男のくせに優柔不断なとこがある。あれだたらムースの方がよっぽど勇気あるね。『好き』の一言も言えない。だたらあかね、おまえから言うべきね!」
あかねは否定できなかった。確かに乱馬はイザというときにしどろもどろになって言葉に詰まってしまう。石化することなんか当たり前のことだ。一つの言葉を言い出すのに何時間も費やすこともある。それに比べて普段から気持ちをストレートに伝えているムースやシャンプーは遥かにマシに思えてしまう。
「言わずに後悔する方が言って後悔するよりも遥かに辛いね。女傑族の女。こういうときこそ頑張る。あかねも根性見せるね!」
シャンプーがあかねの肩を叩いて立ち上がると、店のほうからコロンの声が聞こえてきた。
「お〜い、シャンプー。すまんが手伝ってくれ。客が増えてきてわし一人では捌けん。」
「アイヤー、すぐ行くね。曾婆ちゃん。」
シャンプーはそのまま店の方へ歩いていき、最後にあかねに振り返って笑った。
「再見、あかね。今度はお腹空かせてくるね。美味しいラーメン御馳走するある。」
あかねは店を出るとき、シャンプーに心からお礼を言って猫飯店を跡にした。
「よ〜〜っし!頑張るぞ!」
いつの間にか、モヤモヤした気持ちはあかねの中からすっかり消えていた。



―――天道道場―――

「「あっ・・・・」」
道場にて、二人は鉢合わせした。乱馬はムースと別れてからそのまま外を通って道場に足を運んだ。あかねは一度帰宅してからすぐに渡り廊下を伝って道場に来たのだ。
二人とも、それぞれの想いに決着をつける前に気持ちを落ち着けようと道場にやってきたのだ。だが、当人たちの思惑が外れ、いきなり対面してしまう形になってしまった。
「よ、よう・・・」
「う、うん・・・」
今朝と同じくぎこちない挨拶。しかし、二人ともそれが精一杯であった。道場の端と端で立ち尽くす二人は端から見れば滑稽であった。やがて、どちらともなく道場の神棚の方へ歩いていき、少し離れた位置に座った。

何分そうしていただろうか・・・・時計の無い道場ではただ外の音だけが無機質に響いていた。

「「あのさ!」」

どちらともなく話しかけた結果、声がハモった。
「あ、あかねからいいぞ。」
「ら、乱馬こそ・・・」
お互いに譲り合う。しかし、結果的にまたしても沈黙状態に戻ってしまった。

「「実は・・・!!」」
これではいけないと、またしてもどちらともなく言葉を発した結果、またハモってしまった。
「な、なに?」
「そ、そっちこそなんだよ?」
まるで小学生のようなやりとりだったが、今度はあかねがそのまま言葉を続けた。
「思い出すね。あんたと初めて会った時のこと・・・」
この道場には思い入れがたくさんあった。乱馬との出会いも印象深いものである。
「ああ。ここで手合わせしたんだよな・・・」
しみじみと初対面での出来事を思い出す二人。乱馬は思い出したように笑って言った。
「あの時おまえ、『本気は出さない』なんて言いながら結局最後は本気だったろ?道場の壁ぶち抜いたもんな。」
恥ずかしそうに慌てるあかね。
「だ、だってあの時は・・・・攻撃がちっとも当たらなかったんだもん!多少力入るわよ!それに、男には絶対負けたくなかったのに、同じ女の子に歯が立たないなんて悔しかったんだから!」
「で、結局男だったと・・・・」
そこまで言って乱馬は口を噤んだ。顔は段々と真っ赤に染まっていった。あかねは一瞬不思議そうな顔で乱馬を見たが、何かに思い当たったのか、同じように顔を赤く染めていった。風呂場でのファーストコンタクトに思い当たったのだ。

「な、なによ!?」
「な。なんだよ!?」

急に赤くなった理由をお互い気づいていないかのように振舞った。結果としてバレバレだったのだが、振り払うようにあかねは別の話題を切り出した。
「でも、あれから色々あったよね。いっぱい喧嘩して、同じ数だけ仲直りして。」
「いろんなやつと出会ったり、戦ったりもしたしな。」

二人はそのまま昔話に花を咲かせた。気がつけば最初のほうのキグシャクした感情は失せていた。最近のぎこちなさのせいで話すら満足にできなかった分を取り戻すように、どうでもいいことから当時の気持ちまで、色々なことを話した。

「乱馬、あたしが攫われたりした時、決まって助けてくれたよね。」
「まあな・・・」
「でも、それって・・・」
悲しそうに俯くあかね。乱馬は混乱しながらあかねに尋ねた。
「お、おい・・・・」
乱馬に不安を見せたことに戸惑いを感じたあかねは、そのまま気持ちをぶつけた。
「それって・・・責任感から?あたしの家に居候してるから、負目を感じて・・・」
「バカヤロウ!!」
あかねに最後まで言わさずに乱馬は怒声を浴びせた。あかねは驚いてそのまま硬直してしまう。
「俺はそんなつまんねぇ事考えて助けたりなんかしねぇ!そんな事考えてる暇あったら真っ先に助けに行くさ!おふくろやおじさんが捕まったって俺は助けに行く。(親父はわからねぇが・・・)だけど、おまえだけはそういう気持ちじゃねーんだ。おまえが捕まったとき、何にも考えられないくらいに辛くなっちまう・・・例え俺を犠牲にしてでも救い出さなきゃって思うんだよ!」
一気に捲くし立てて息切れをする乱馬。あかねは驚いた表情のまま、目から涙が溢れた。

「乱馬っ!」
乱馬の胸に飛び込み、そのまま体を預けるあかね。乱馬も座ったままの状態であかねを支えた。

今なら・・・素直に言える気がする・・・

お互いがそう感じた瞬間だった。

「好きだ!」「好きよ!」

広い道場で、二人の一言が同時に響き渡った。



つづく




作者より
最初の言葉は乱馬とあかねそれぞれ共通の想いを現したものです。風呂場でのファーストコンタクトって普通ではありえないことが結構印象深く残っています。
最初、良牙と右京を相談役に考えていましたが、たまにはいつも脇役であるムースを出そうと思い、途中で急遽変更いたしました。
とりあえず今は一日で前編後編書き上げた自分を褒めてやりたい気持ちです。今まではすぐに文章に詰まって放置が基本でしたのでw
久々に創作意欲が沸いた作品でした。



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