◇お互いの想い   乱馬の場合
武蔵さま作


−−−天道道場−−−

「何かここんとこ、みんなうまくやってんな。」
俺はこの数日間で起こった出来事を考えていた。道場にはただ1人、俺だけが考え事をしていた為、誰にも邪魔される事なく思う存分考えに集中することができた。
「ムースはシャンプーと両想いになったし、良牙とウっちゃんは何か良い雰囲気だし。」
なんか俺だけ疎外されてる感じがするな。ウっちゃんとシャンプーがいつものように俺を追っかけて来なくなってからあかねとの距離も縮まるかと思ったんだけどな。いつもとあまり変わんねぇし。
いや、むしろ冷たい気もする。ムースとの決闘のときだって『どうせシャンプーを取られたくないからムースの決闘をうけるんでしょ。あたしは絶対に行かないから!』とか言って結局決闘の場には来てくれなかった。
俺達、もう2年になるんだよな。あと数日で春休みも終わっちまうし・・・
そういえばこの1年間いろんな事があったな。良牙にシャンプー、小太刀にウッちゃん九能にムースにコロンの婆さんに八宝斉の爺。数えるだけでキリがねえ。それにしてもあかねは結構さらわれてたよな。パンスト太郎があかねをさらってった事もあったし、麒麟のやつも勘違いとはいえあかねをマジに嫁にしようとしてたし、あとは桃磨のガキにも目をつけられてたっけ。なんであんなにさらわれるんだ?やっぱ結構かわいいから・・・・/////っとこんな赤くなってるとこ誰かに見られちゃたまんねぇな。
「『かわいくねぇ』・・・・か・・・」
なんで俺って思った事とは反対の事言っちまうんだろう。言っちまったら喧嘩になる、嫌われるってわかってんのに・・・・
「やっぱここは一つ本当の俺の想いをあかねに言わなきゃな。」
あかねに文句を言われるより、あかねを誰かに取られちまうほうが俺は耐えられない。だったら俺の方から先に言ってしまえば少なくとも誰かにあかねを取られる事はない。よし!完璧だ。
「よし!いくぜあかね!・・・の前に練習を・・・」
なんか良い言葉ねぇかな。こうあかねの心をガシッと掴み取るような・・・う〜〜〜ん・・・
「俺はおまえが好きだ!」
う〜ん、なんか足りねぇ気がする。
「愛してるぜ!」
いや、これは率直すぎる。だめだ、もうヤケだ!最初の言葉でキメるぜ。
早速俺はあかねを道場に呼び出した。
「何よ、改まって話があるなんて・・・」
ふっ、俺の一言に顔を赤らめるあかねの姿が浮かぶぜ。・・・とその前に。
俺は道場の入り口の戸を思いっきり開けた。そこには天道家の顔ぶれがあった。
「や、やっほー乱馬君。私達に構わずあかねと積もる話でも・・・」
引きつった笑いをしながら俺に言う早雲おじさん。ハイそうですかという訳にはいかない。
「聞き耳立ててんじゃねぇーー!」
邪魔者は消えた。ということは道場にいるのは俺とあかねの2人だけ・・・いや、当たり前の事なんだけど。
「あかね!俺は・・・」
うわ〜、緊張してきた。っていうかなんて言うんだっけ?頭ん中真っ白だぜ。
「俺は・・・その、だから・・・え〜っと・・・」
「何よ!言いたい事があるんなら男らしくはっきり言いなさいよ!」
「わ、わかってるよ!」
そうだ!言うんだ。俺はあかねが・・・
「俺は、おまえが・・・好きだ!!!」
言っちまった。もう後戻りは出来ねぇ。あかねの反応は・・・・・
「あっそ。用はそれだけ?それじゃあたし、用があるから。じゃあね。」
「・・・・・・・・・・」
なんだよ、その素っ気無い態度。せっかく俺が勇気を出して行ったってのに・・・照れてんのか?いやそんな感じじゃなかったな。まさか!俺の事、嫌いなんじゃ・・・
もしかして好かれてるって思ってたのは俺の気のせいなのか?何かと俺に接してくれてたのは親の決めた許婚だったから仕方なくやっていたことなのか?
なんか今までの出来事が夢だったように崩れ去っちまった。あかねはこんな変身体質の俺に同情してただけなんだ。それを俺の勘違いで・・・・・
「もう、ここにはいれねぇな。旅にでもでるか・・・」
明日の朝早く、ここを出よう。ここにいるのはもう辛い。
「乱馬く〜ん。夕食の仕度ができたわよ〜。」
かすみさんの声だ。俺にとっては天道家で最後の飯かな。
階段を降りる俺。やはり足取りは重い。
「乱馬君、なんだか元気ないわね。あかねとなんかあったの?」
なびきが俺に聞いてくる。ああ、あったとも。とびきり気が重くなる事がな。
「別になんにもねぇよ。」
本当は辛さでまいっちまいそうだがそんなこと言える訳がない。
「ごちそうさま。」
案の定、俺の食欲はなかった。
「あら、もういいの?乱馬君、具合でも悪いの?」
かすみさんが心配して聞いてくる。いつもなら俺が結構喰うから不思議に思ったんだろう。
「いえ、別になんでもありません。俺、今日はもう寝ますんで。」
「寝るって言ってもまだ7時よ。」
「少し気分が悪くて・・・」
「そう、それじゃ後でお薬持って行くから。」
かすみさんにはいつも世話になってばかりだな。最後の最後まで。だけど決心が着いた。みんなが寝静まった頃、ここを出て行こう。


−−−深夜−−−

さて、書き置きは残したし、荷物も全部持った。親父とおふくろは・・・ここにいた方がいいな。
「お世話になりました。」
小さな声で礼を言う。あかねの部屋は既に真っ暗になっていた。
「じゃあな・・・・・・・あかね。」
俺は天道家を去った。
「これからどうすっかな。修行でもして気分を落ち着かせるかな。」
そういえば良牙のやつ、たしか富士の樹海で修行してたって言ってたな。俺もそこらへんで修行でもするかな。ちょうど富士山にも登ってみたかったし。しかしここからどうやって静岡まで行くかだな。電車はないし、金も少ないからな。やっぱ走って行くか!」
走り出す俺。車もあまり走ってねぇから気楽に行ける。知り合いに見つかる事もないだろう。


−−−二日後−−−

「や、やっと着いた。以外と遠いもんだな。良牙のやつだったら日本全国津々浦々迷いまくってるから一週間はかかっただろう。」
というよりも行き過ぎてしまった。やっぱ真夜中じゃ富士山は見えなかったからな。ここは元、清水市というらしい。清水エスパルスで有名な所だ。今は静岡市と合併してしまったらしく、名前は静岡市になっていた。
そんなことより俺はもう体力の限界だった。二日間なにも飲まず喰わずで来たからだ。
「腹、減った・・・・」
俺の意識はそこで途絶えた。


「ここは・・・・?」
俺が目を覚ました時、そこはどこかの家の中だった。
「おっ、気が着いたか。」
俺の目の前に現れたのは見知らぬおっさんだった。
「あんた、俺の家の前で倒れてたから家の中に運んで介抱してたんだ。」
どうやら俺が倒れていたのはこの人の家の前らしい。
『ぐぅぅ〜〜』
俺の腹から空腹の合図が出た。
「おっと、まずは腹ごしらえでもするか!兄ちゃん、着いてきな。」
俺はこの家で飯をごちそうになり、いろいろと話をした。
「ふ〜ん、富士で修行ね。この時代で武道を営んでいるとは、今時の若いもんにしちゃ珍しい。」
あかねの事は口には出せなかった。言えばまた辛くなっちまう。とりあえず俺は明るくふるまっていた。
「じゃ、ちょっくら明日、俺の仕事を手伝ってくれねぇか?明後日、富士に用事があるからついでに送ってってやるからよ。」
おっさんの提案を俺は引き受けた。別に富士へ行くのに急いでる訳じゃねえし、天道家の事を忘れる事ができるんだったら何でも良かった。
「別に構いませんよ。俺で良かったら一宿一飯の礼はさせてもらいます。」
「よしっ!んじゃあ今日はもう休んでおけ。まだ昼だがそこらへんを見物するもよし、家にいて寝るもよし。兄ちゃんの好きにしな。」
おっさんが仕事に行った後、俺は特にする事もないので外をブラブラ歩いていた。都会には程遠いが田舎という感じではない。だが、心無しか落ち着いた。今までいた環境とは違うからかもしれねぇ。今までいた所よりも暖かく、雪など滅多に降らないらしい。その点では修行がしやすくて助かったな。
その後俺は町を少し廻っておっさんの家に戻った。
「おう、兄ちゃん!戻ってきたか。まだちょっと早いが夕飯にするぞ。明日は早いからな。」
まだ夕方だったが俺はおっさんと飯を喰った。
「そういやあんた、名前は何だ?」
俺とおっさんは喰いながら話をしていると、おっさんが突如俺の名を聞いてきた。そういえば名前、言ってなかったな。
「早乙女乱馬です。」
「乱馬か・・・いい名だ。俺は猪熊 寅雄(いのくま とらお)、43歳独身だ。」
なんて強そうな名前なんだ・・・たしかに毛むくじゃらで強そうだ。
それから俺とおやっさん(←本人の希望でそう呼ぶことに)はいろいろと身の上話をして時間をつぶした。



「乱馬、風呂〜沸いたぜ。」
おやっさんに促されて一番風呂をもらう俺。なんだか悪い気になってきた。ここまでしてもらって申し訳ない。俺は感謝して風呂に入った。
「あちちち、ちょっと熱いな。」
こっちの人たちはこのぐらいの温度で入るのかもしれねーが、ちょっとこれは熱すぎる。俺は水で水温を少し減らそうと、蛇口に手を伸ばした。
「冷てーー!」
頭上からの冷水に俺は驚かされた。どうもシャワーになってたらしい。まあ、確認しなかった俺も悪いんだけど・・・
「どうした、乱馬!」
俺の声を聞きつけて、おやっさんが駆けつけてきた。
「いや、なんでもない。ただ水に驚いただけだよ。」
その時俺は気づいた。風呂場で反響する高くなった自分の声と、おやっさんが口をパクパクさせている事に。
「らんま・・・おめ〜女だったのか?」
いい終えるや否や、おやっさんはその場に仰向けで倒れてしまった。
俺は訳がわからなかったが、取り敢えず、湯をかぶって男の姿に戻ると、おやっさんを起こした。
その後は大変だった。なにしろ自分の変身体質の事は食事のとき言ったのに、おやっさんは信じてなかったからな。それにしてもおやっさんが女に免疫がないことには驚いた。だから独身だったんだな。と妙に納得しているうちに俺は風呂から出て眠りについた。


―――早朝―――

「おう、乱馬!起きろぃ!」
おやっさんの声で俺は起こされた。眠い目を擦りながら時計を見ると、まだ4時であった。確かに朝早いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
「早速魚を仕入れに行くぞ。」
朝から元気なおやっさんに連れられ、俺は仕事を手伝わされた。


10時になった。魚の仕入れでは素人の俺にはわからないことばかりだった。しかしここからの販売では俺も本腰入れて手伝うことになっていた。
場所は清水港に設置されてる『エスパルスドリームプラザ』である。中には食材、ゲームセンター、映画館などいろいろなものがある。サッカーとはなんの関係もないように思えるが、そこは言わない約束らしい。俺とおやっさんがやるのは1階での魚の販売である。
「よーし、おまえが販売業にむいてるかどうか俺が見極めてやろう。」
おやっさんは調子のいい事を言っているが、俺としては格闘家であって販売業には適役とはいえない。
「へい、らっしゃい!」
おやっさんは両手を擦り合わせながら客を招いている。近所の人達に好かれているのか、馴染みの客は愛想よく魚を買っていってくれる。客の注文にあわせ、その場で魚をさばいたりするのが良い印象を持つようだ。となると俺はあの方法で売るとするか。
魚を冷やすための氷水があった。ちと冷てーがそんなこと言ってられねー。
勢いよく水をかぶる俺。周りの人やおやっさんは驚いていた。
「いらっしゃ〜い。おいしいお魚ですよ〜。」
乾いたタオルで濡れた髪を拭きながら俺は客に声をかけた。たちまち群がる男客。俺の色仕掛けもまだまだ捨てたもんじゃねーぜ。あかねとは大違い・・・・
「・・・・」
そこまで考えて思考が停止した。あかねの事を忘れるために修行しにきたのに・・・まだまだ未練が残ってるな。
昼を過ぎると段々と男の客は少なくなってきた。ま、こういった買い物はほとんど女ばかりだから無理もない。俺は今度は作戦変更して男の姿に戻った。
「いらっしゃい!」
「あら、見ない顔ね。ひょっとして新しいバイトの人?」
「え、ええ。まあそんなところです。」
おばさん達が同じ質問を繰り返す。その度に俺は同じ返答を返していった。
暫くすると、なんだか少し離れたところが騒がしい。おやっさんも気になっているようだ。
「こんにちは。○○局のものですが、ちょっとよろしいでしょうか?」
テレビ局だ。どうも清水での名産などの紹介をする番組らしい。カメラが近づいてきて俺に質問してきた。
「お若いですね。お父さんの手伝いですか?」
俺とおやっさんを比べて尋ねる女の人。おやっさんはこういうの苦手らしいから俺が代わって質問に答える役になった。
「いや、父子ってわけじゃ・・・」
「じゃあバイトですか?見たところまだ高校生ぐらいだけど、もうすぐ春休みも終わるけど学校の方は大丈夫ですか?」
なんでこんなに質問ばっかすんのかな?正直答えるのも面倒になってきた。その後もある程度質問に答えていたら、そのままテレビ局の連中は去っていった。
その後は休憩時間におやっさんがどこかの店に俺を連れて行き、俺に合う服を選んでくれた。チャイナ服は目立つらしい。金まで払ってもらって本当に申し訳なさとありがたさが伝わってきた。うちのスチャラカ親父とはえらい違いだ。


「ふい〜、疲れた〜。」
「おう、お疲れさん!」
結局終わったのは夜九時。俺以外に手伝いの人はいないというから、いつもはおやっさん一人でこの仕事をこなしていると思うと、なんか尊敬すらしてしまう。
「それじゃあ明日はいよいよ富士だな。また朝早いから今日はゆっくり疲れをとってぐっすり眠るんだな。」
まだ出会って一日だけど、おやっさんの良さはよくわかった。俺はおやっさんの言葉に甘えて、一足先に風呂に入り、眠りについた。


―――翌朝―――

「おうぃ、そろそろ行くぞ。準備はいいか?」
おやっさんが声をかけてくれたときには俺はもう支度はできていた。
トラックの荷台に乗りながら、俺は富士へ向かった。こうやっておやっさんと出会えたことを思うと、なんだか道を間違ったことも良かった事に思えた。
「乱馬、着いたぜ。」
背中越しにおやっさんの声が聞こえる。俺は道着の入った荷物を持ち、荷台から飛び降りた。
「おめー、修行とか言ってたけど、本当は何か理由があんだろ?」
おやっさんの鋭い質問に俺は黙ってしまった。
「ま、俺は聞かないようにするけど・・・取り敢えず、おめーが新しく道を切り開いていける事を願ってるぜ。困ったことがあったらいつでもあの家に来な。」
ここまで親身になって力になってくれるおやっさんに、俺は不覚にも涙が溢れてきた。おやっさんにバレないように背を向けたが、どうもバレバレだったらしい。
「男ならビシッとして上を見ろ!」
おやっさんの言葉に励まされ、俺は道を振り返らずに歩いていった。
10分ぐらい歩いたときだろうか、なにやら人が集まっている場所に遭遇した。テレビ局も集まってきている。場所は青木ヶ原樹海である。
「何かあったんですか?」
俺が尋ねてみると、やじうまのおばさんが親切に教えてくれた。話によると、一週間ぐらい前の夜、突然大きな光が現れたかと思うと、木々を薙ぎ倒して巨大な道ができたとの事だ。数日の調査によると、発生源のあたりからは人の足跡が樹海を彷徨うように、行ったり来たりしていたらしい。
「・・・・良牙だな。」
俺は瞬時に閃いた。しかし、地元の人達によると、宇宙人が地球の調査をしていたということになっていた。まあ一晩でこんなものが現れたらそう思うのも無理はない。
「取り敢えず向かうとするか。」
俺の当初の目的の為、俺は樹海に入ろうとした。するとテレビ局やら警察に止められてしまった。
「危険ですからこれ以上前に出ないでください。」
んなこと言ったって、俺はこの先に用事があんだよ。言ったところで聞く耳持つやつはいないだろう。俺は取り押さえようとする警官を難なく躱すと、そのまま樹海に入っていった。


―――1ヵ月後―――

「破!せいっ!」
俺は岩や木を相手に見立てて修行していた。樹海の中は日光の光を遮るので、昼でも薄暗く感じた。この一ヶ月、俺は自給自足で生活していた。時に富士山に登って登山者から食料を分けてもらったり、食べられるキノコや木の実と交換したりしていた。だがそろそろそれも限界だ。そろそろ町へ行って食料を集めなきゃな。幸い金には困っていない。おやっさんがこっそり俺の荷物の中に、金の入った封筒を入れてくれたのだ。本当に何から何まで至れり尽くせりで申し訳なかった。
「髪も伸びてきたな・・・」
そう思った瞬間、俺のおさげを結んでいる紐が切れた。
「あちゃ〜、もうこの紐も寿命か?」
なにやら不吉な感じもしたが、食料と一緒に髪を止める紐を買おうということにし、俺は町に向かった。
「さすがにこの格好だと目立つな。」
俺は今着ている道着を脱ぐと、荷物から服を取り出した。チャイナ服は気に入っているが、それでも地元ではないので目立ってしまう。俺はおやっさんが買ってくれた服に着替えた。帽子をかぶり、日差しが強いので俺はおやっさんがファッションだといってくれたサングラスをかけた。なんだか自分が自分じゃないような気もしたが、俺はその格好で樹海を抜けた。
一時間ぐらいあるいただろうか、なにしろコンパスもきかないし迷いやすい道だ。どれぐらい歩いたかさえ見当もつかない。取り敢えず食品店を探して歩いていると、大きな荷物を背負った一人の女に出会った。セミロングぐらいの髪を後ろで結んで眼鏡をかけた女だ。その女は俺の姿を見つけると、声をかけてきた。
「すみません、ちょっと道を訊ねたいんですが・・・」
そういわれて俺は困った。俺の答えられる範囲なんてたかが知れている。
「すいません、俺、地元に住んでるわけじゃないんで・・・」
俺が頭を下げると、女は心底困ったようであった。ちょっと悪い気もして、俺は女に声をかけた。
「俺、これからちょっと町の方へ行くから一緒に来ないか?そうすりゃ道も聞けるし・・・」
俺がそう言うと、女は嬉しそうな顔になった。というわけで、僅かな時間ながらも俺と女は行動を共にした。
「大きな荷物ですね。登山者ですか?」
女は俺に尋ねてくる。俺は『修行です』などとは言えず、適当に話を合わせた。女もどうやら登山者らしい。体は華奢に見えたが、しっかり鍛えてあるのがわかった。しかし、どうもこの女と歩いていると、あかねを思い出してしまう。声や言動が似ているので、その後は俺が黙っていると、女も自然と会話がなくなった。
「この辺だな。」
段々と人が多くなってきたので、俺は女と別れることになった。俺が女とは別方向に行こうとすると、突然呼び止められた。
「あの、これ・・・連れてきてもらったお礼です。」
女は俺に一枚の紙切れを渡すと、そのまま去っていった。
「温泉旅館宿泊券?」
紙にはそう書いてあった。ここは静岡県。熱海・伊豆の温泉は結構有名だ。このチケットはそういった温泉旅館に無料で一泊できるらしい。
「最近野宿ばっかだったからたまには温泉浸かってのんびりするのもいいな。」
俺は有難く頂戴し、その温泉旅館に向かった。結構距離はあるけれど、この調子なら今晩あたりに着きそうだ。修行の一環として俺は歩いて旅館に向かうことにした。



「だ〜、酷い目にあったぜ。」
俺が旅館に着く数十分前、突然の夕立に降られて俺はびしょ濡れの姿になった。静岡県は比較的暖かい場所なので、東京ほど肌寒くはなかったが、このままでいたら風邪をひいちまう。俺は駆け足で旅館にたどり着いたのだ。
「ようこそおいでくださいました。」
旅館の女将が出迎えてくれた。俺はチケットを見せて中に入ろうとしたが、女将は少し困惑した状態であった。
「申し訳ありませんが、ただいま満室でして、相部屋になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
恐らく先ほどの雨が原因であろう、しかし今更戻るのは気が引けるので、俺は承諾して部屋に通された。
「先ほど同室の女性に承諾を得ましたので、そちらの方に・・・」
「えっ、女の人!?」
俺は自分で言って気がついた。そう、俺は今は女の姿であったのだ。雨に降られてすっかり忘れてた。
「ええ、何か問題でも?」
「いや、別になんでもないです。」
不思議に思う女将をよそに、俺は室内に通された。
「それではごゆっくり。」
女将が去った後、部屋には俺と、もう一人女の人がいた。
「あの、よろしくおねがいします。」
俺は荷物を置いて同室の人に声をかけた。
「こちらこそ。」
笑顔を返すその女性は、見覚えがあった。俺がチケットをもらった女だ。どうやら交通手段を用いて俺より早く到着したのだろう。
あたりまえだが、女はさっきの男が俺だとは気付いていない。
「あら、あなたびしょ濡れじゃない。一緒にお風呂入らない?」
女の言葉に俺はビクッと肩を振るわせた。冗談じゃない!んなことしたらまるっきり変体扱いされてしまう。
「い、いえ。俺・・・私は後でゆっくりと浸からせてもらいますわ。ほほほほ。」
あからさまに不自然な態度だったが、女は首を傾げて風呂場へ向かった。と、その隙に、俺は机の上にあったお茶を頭からかけて男風呂へ向かった。


「ふ〜、気持ちよかった。」
俺は一風呂浴びていい気分だったが、この男の姿のままで帰ったらさすがにマズイ。仕方なしに俺は帰り際に冷水をかけて女になってから部屋に戻った。部屋に戻ると夕食の用意は整っており、おんなは浴衣を着て待っていた。
「あ、帰ってきた。お風呂入ってたの?それにしても浴場にはいなかったけど・・・」
不思議に思う女に俺は慌てて言い訳した。
「えっと、私、露天のほうに行ってたから。」
露天のほうは数箇所あり、しかも一部は混浴である。大半の女性はそこにはいかないので、俺はとっさにそう言った。
「そっか、それじゃ見なかったわけよね。」
女はそう言うと、料理を食べようといってきた。
「そう言えば自己紹介してなかったわね。あたしはあかね。天道あかねよ。あなたは?」
俺はその名を聞いて思わず咽返ってしまった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
心配そうに俺の顔を覗き込む女。よく見ると、今は眼鏡を外しており、髪を下ろした姿は紛れもなくあかねの姿であった。
(んなバカな!なんであかねが・・・・)
「は、はは・・・私、ちょっと用事思い出しちゃった。ちょっと失礼するわね。」
俺は慌ててその場から去ろうとした。すると後ろからあかねが呼び止めようとして何かに躓いた。
「危ねぇ!」
俺は急いで振り返ってあかねをキャッチした。どうもポットに躓いたらしい。相変わらずドジなやつだ。ホッと一息ついたのも束の間、俺の頭にポットが降ってきた。気がついたときには時既に遅し。
「熱ぃーー!!!」
俺は熱湯をかぶり、男へと変化を遂げていた。
「え・・・乱馬・・・・?」
あかねの驚いた表情が目の前に映る。もう隠せない。
「乱馬・・・乱馬!!」
その後は気まずかった。出て行った理由を問いただすあかね。それをごまかす俺で意見は平行線であった。とにかく俺は明日理由を話すと言って就寝することにした。しかし俺は心に決めていた。早朝、あかねが起きる前にこの宿を抜け出すと・・・


「う〜、眠れない。」
決意したはいいが、俺は隣にいるあかねを意識して眠れずにいた。というよりも何故こいつは男の俺が隣にいるというのにこうもぐっすり寝ていられるんだ?そういえば前にウっちゃんをごまかすために偽りの夫婦を演じたことがあったな。あの時も同じだったか。俺のこと、なんでもないと思ってるんだな。
「つまりは俺はそういう風に昔から思われてたってことか。」
自分でもまた気が重くなるのがわかる。やっぱり、俺はあかねと会ってはいけなかったんだ。
「う〜ん、Pちゃん・・・」
寝言を言いながらあかねが覗き込んでいた俺の頭を抱きしめる。
・・・またこのパターンかよ!
といいつつも、俺は自制心を保つことで必死だった。
(理性が・・・・吹き飛びそうだ・・・)
「明日は早い。少しでも睡眠をとっておこう。」
俺はあかねの手をそっと解くと、布団にもぐりこんだ。



―――翌日―――

・・・・・寝過ごした。おかしい。いくら寝るのが遅かったからといっても、ここまで寝坊するはずがない。なぜか酷い頭痛やら顔面もズキズキ痛む。ということは、あかねの寝相の悪さで攻撃を受けてしまったということか?いや、今となってはどうしようもない。問題は目の前にいるあかねからどうやって逃げるかだ。
「さぁ、理由を説明して頂戴!何で黙って家から出たの!?」
あかねは逃がさんとばかりに周りに気を張り詰めている。もはや退路は断たれた。絶体絶命、万事休す、気息奄々、前門の狼・後門の虎。俺は覚悟して全てを話すことにした。
「おまえ、俺のことどうも思ってないんだろ?告白したのに断られて・・・それで居た堪れなくなって・・・」
俺の言葉にあかねは何か考えるようにしていたが、何かを思い出したように答えた。
「まさか、あの道場での事?あれって嘘じゃなかったの!?」
心底驚いたように答えるあかね。無論、驚いたのは俺も一緒だ。
「ば、バカやろう!冗談でんなこと言えるか!」
信じらんねぇ。まさか冗談だと思われてたなんて・・・
「だって、あんたが言ったその日って4月1日よ?」
「は?だからなんだってんだ?」
意味がわかんねぇ。その事と俺の告白を冗談だと思うのとなんの関係があるんだってんだ?
「だって、4月1日っていったら『エイプリルフール』でしょ?」
「・・・・は?」
俺の思考は停止した。確かにそうだ。それなら納得できる。
「まさか、気がつかなかったの?」
「あったりめーだ!んなこと意識してられっか!」
声を荒げて怒ったが、はっきり言って恥ずかしい。つまりは俺の早とちりだったわけだ。
「呆れた。でも・・・・これで家に帰れるね。」
久々に見たあかねの笑顔。これは紛れもなく俺に向けられたものだ。俺は恥ずかしい反面、嬉しさがこみ上げてきた。


天道家への帰路、あかねが思いついたように俺に言った。
「そうだ。あの時の告白、もう一度言ってくれる?今は5月だから大丈夫。」
同じ台詞を言うのは正直気恥ずかしい。だけど、今度は大丈夫。そんな自身さえある。
「もう一度しか言わねーから良く聞けよ。俺は・・・・・」
俺たちはきっとこれからはうまくいくだろう。お互いが理解し合える限り・・・








作者さまより

『歌暦』の『今夜はエイプリル・フール』から思いついた話。今度は逆バージョンで、乱馬が気付かないということで思いつきました。
この話のせいで他の作品が四年間もお蔵入りになりました。この続きの話を考えているんですが、その前に、あかね編も考えています。乱馬の話だけは同時リンクではなく、少し後の話としています。結果的には良牙の最初とリンクしますが、あまり意味はなかったような気もします。あかねと乱馬、逢ったときに普通気付くだろ!というつっこみは考えないように。お互い普段の格好とは違っていたのでパッと見は別人に見えたということで・・・
補足
『麒麟』『桃磨』:映画のボスキャラ的存在
『エスパルスドリームプラザ』:マジであります。『エスパルス』『ちびまるこちゃん』など、清水名産(?)のようなものを展示してあります。
『猪熊 寅雄』:こんな人、実際にいません。


 告白の日くらい、チェックしないと、一生一大事が「四月馬鹿」になってしまうよ、乱馬君。
 と思わず突っ込んでしまった私です。
(実は、この作業をしながら「今夜はエイプリルフール」を聴いている私。
 やっぱり最後はハッピーエンドでなくっちゃ!
(一之瀬けいこ)


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