◇笑顔の君が好きだから 
武蔵さま作


 風林館高校に、今年もまた卒業の時期が近付いてきた。今年度卒業するのは乱馬達であった。去年はなびき、九能等が卒業し、現在は大学生になっている。
 そんな平穏の日々ではあったが『早乙女乱馬 ○○疑惑事件』は突如起こった。

−−−3年F組−−−

「もうすぐ卒業だね〜。」
 休み時間、あかねはさゆり、ゆかを含んだ 女友達と一緒に輪を作って話をしていた。
 この高校、校長がいい加減なので校長の仕事を生徒はあまり見る事がない。真面目に取り組んでいるのは風紀に関する頭髪検査、不要物、不純異性交遊についてだけである。その為クラス替えは存在せず、1年F組からエスカレート制でどのクラスもそのまま3年へとなっていったのであった。
「そういえばあかねと乱馬君、卒業したら結婚するの?」
 さゆりのいきなりの質問にあかねは椅子から落ちそうになった。
「ちょ、ちょっと!誰がそんな事言ったの///?」
 赤面しながら少し困った様子のあかね。
「誰がって、結構噂になってるわよ。この高校じゃ、他の学年の人達も噂しているぐらいだしね。知らないのは当の本人達ぐらいじゃない?」
 よもや自分の知らない所でそんな噂が校内中に広がっているとはあかねは気付かなかった。そして気付かなかった自分を責めるように顔を覆ってしまった。
「で、結局乱馬君とはどこまで進んでいるわけ?」
 あかねの態度にも気にせず、今度はゆかが質問する。その場にいる女子達はあかねが真っ赤になって否定するものだとばかり思っていた。しかし、あかねの態度は違っていた。
「別に、これといって変わった事はないよ。1年の時からずーーっと同じ!」
 乱馬が嫌いになったわけではない。寧ろ好きという気持ちは1年の頃よりも大きい。だが、家族の邪魔の事もあるが、乱馬とは何の進展もないままズルズルと喧嘩したりなどの関係を引きずってきたのだ。
 あかね自身、恋人関係になってしまったら今までとはどこか変わってしまうんじゃないか、言いたい事が言い合える今のままがいいと思っていた為、少し乱馬への気持ちにどこかブレーキをかけていた。
 ワクワクと恋に関する話をしていた女子達であったが、何時の間にか悩み事相談になっていた。
「それで、乱馬君は何も言ってこないの?」
「うん、最近じゃ一緒に帰る事もないし・・・」
 乱馬は最近、東風先生の接骨技術を学ぶ為に小乃接骨院で玄馬共々バイトをしている。本人曰く、『武道家たるもの何時いかなる時でも己の身体を労るのは当然である。』だそうだ。
「これはもしかすると・・・アレかもね。」
「うん、アレだと思うよ。」
 さゆりの目がキラリと光り、一言言うと周りの女子達もそれに応えるように頷いて言った。
「何よアレって?」
 あかね一人だけがわからないといった様子であった。
「わからないの、あかね?乱馬君って絶対あっち系の人よ!」
 あっち系、それは世間一般的にアブノーマルを指す。
 ようやく意味が飲み込めたあかねは唖然として口を開けていた。
「そう考えると全て辻褄が合うわ。乱馬君、女になる体質のせいで女に目覚めちゃったのよ!!」
 どこからかマイクを取り出し、教室に響き渡るような声で叫ぶさゆり。幸い乱馬は購買へパンを買いに行っていた。
「そういえば乱馬君の周りっていい男が結構揃ってるもんね。格闘と称して実は禁断の恋に胸踊らせていたりして・・・・」
 事実、良牙とムースはそれなりに女子に人気があった。それぞれ方向音痴、ド近眼という悪い部分もあるが、良牙やムースには風林館高校の女子から何度も告白されているのをあかねも見ている。もちろん2人とも想い人がいる為断っていたが・・・
「ちょ、ちょっと待ってよ!乱馬に限ってそんな事あるはずが・・・」
 あかねの言葉を制すようにゆかがあかねを指差した。
「あかね、今までに乱馬君のそういった男好きの疑惑を証明するものがあかねの周りに一度もなかったと言える?」
 ゆかの言葉を聞いた途端、あかねには鮮明に甦る記憶があった。
 良牙の許婚と称しデートを邪魔した事、妹として良牙の家にいたこと、そして何より恋の釣り竿のせいとはいえ、良牙と抱き合っていた事。これらの事があかねを悩ませた。
「さらに!重要な証人もいるのよ!ひろし、大介。ちょっとこっちに来て!」
 乱馬とともに帰ってきたひろしと大介をさゆりはベストタイミングで呼び寄せた。
 そして今までの話の経緯を話し、2人に証言を求めた。もはや探偵になりきっているようだ。
「確かに、俺達は風邪をひいた九能先輩の胸に飛び込んでいった乱馬を見た。そしてあいつはその後俺達にまで・・・・」
 青ざめた顔で話すひろし。大介も思い出してしまったらしく青くなっていた。男子2人を含めた女子の集団の目線が乱馬に集結する。その眼差しは軽蔑と哀れみに溢れていた。
 その視線に気付いた乱馬は焼きそばパンを吹き出してしまった。
「な、何なんだよおまえら!」
 ただならぬ気配にさすがの乱馬も驚いたようだ。
「別に、何でもないわよ。」
 にこやかに笑う女子達と男子2人。無理した笑いはどう見ても何でもないようには見えない。
「そういえば右京やシャンプーからも離れているような・・・」
「やっぱりね。どうりで今日休んだ右京の事も何とも思わないわけだ。」
 またひたすら頷く女子の集団。
「あかね、あんたも実は乱馬君の事好きじゃないのかもしれないわよ。吊り橋効果って知ってる?」
「吊り橋効果?なにそれ?」
 あかねは突然自分の乱馬への想いを否定され、さゆりの言いたい事がわからなかった。
「よく『この橋を渡り終えた頃、2人は相思相愛の仲に』って言うでしょ?あれって橋の恐怖心から来る
 心臓の鼓動を恋のときめきだと勘違いしてしまうらしいの。他にも人間の本能で自分が危険な目にあった時、種族維持の為近くにいる異性に恋をするというのがあるのよ。あかねも心当たりがあるんじゃない?」
 またもや自分におきた過去の出来事を回想するあかね。その中では確かにパンスト太郎を初めとして攫われた事は何度もある。そしてその度乱馬に助け出され、ときめいた気持ちがあった。しかし、それがもし、さゆりの言う通りとなると・・・あかねは暫く考え込んでしまった。
「例えもし愛情があったとしてもそれは家族に対する愛情と同じで恋愛感情とは別物よ。あかね、乱馬君と一緒に暮らしているから恋人じゃなくて家族として定義されてるんじゃない?」
 女子達の言葉があかねを悩ませる。あかねは認めたくない気持ちともしかしたらそうかもしれないという気持ちが入り交じって混乱していた。
「私、乱馬に直接聞いてくる!」
 あかねは乱馬に聞くという結論に至り、立ち上がったが女子達に止められた。
「バカね、そんな事しても否定するに決まってるじゃない!ここは一つ良い考えがあるわ!」
 さゆりは女子達の中から報道部を見つけ、今の出来事を新聞に書くように命じた。
「これで乱馬君の反応をみれば本当かどうかわかるわよ!」
 それはいい案だとばかりに周りの女子達が無気味な笑みを浮かべる。もはや乱馬の人権はなかった。
 昼休みの一時、教室内で女子達の周りだけは無気味なオーラが漂っていた。


 その二日後、校内新聞の一面にはデカデカと乱馬の事が記されていた。
『早乙女乱馬の本性!それは練馬区一の男色家だった。』
 見出しを初め、なんと良牙やムースの写真までもが掲載されていた。記事内容から察するに、主にさゆりとゆか、そして乱馬を深く知る人物としてひろしと大介が関係しているようだった。
 掲示板に貼られたその新聞を見て、乱馬とあかねは唖然としていた。
「なになに、早乙女乱馬の許婚、天道あかねは語る。『乱馬がこんな人だったなんて夢にも思わなかった。』ですって!私、そんな事言ってないのに!」
 乱馬に変に誤解されたくないと思ったあかねは乱馬の方を向いて否定しようとした。しかし乱馬の様子が変な事に気付いた。
「乱馬・・・?」
 乱馬はじーーっとその新聞を見ていたのだ。てっきり怒りだすのだと思っていたあかねは拍子抜けしてしまった。
「やれやれ、みんなやっと俺の本当の姿に気付いた訳か。だけど練馬区一ってのは間違ってんな。日本一、いや世界一に直しておこう!わはははは!」
 乱馬はどこからか油性ペンを取り出すと新聞を訂正し始めた。それを見たあかねはもちろんのこと、その周辺に居た生徒達は一斉に乱馬から離れていった。
「なんなんだ、一体・・・」
 その場に残された乱馬は独りポツンと新聞の前に立っていた。


 その日は授業にならなかった。乱馬はいつも通り眠っていたが、その周りでは生徒が隣や前後の席の人と色々話していたからだ。
「知ってた?乱馬君、あの新聞を見て否定するどころか喜んでたんだって〜!」
「それどころか自分で世界一って書き直したらしいぜ!」
 3年F組の教室はおろか、授業中にも関わらず、あらゆる学年やクラスの生徒達が眠っている乱馬を見ては噂していた。
 いつもの通り昼食の時間が近付いてきて、乱馬が目を覚まし、周りの生徒達の視線を感じつつも乱馬は不思議に思うどころか誇らし気に思っているようだった。
「ひろし、大介!購買に行くか?」
 乱馬の誘いにいつもは乗るひろしと大介であるがさすがに今日はそういう訳には行かなかった。
「いや、俺達今日は弁当なんだ。」
「そう、そしてこれからもな。」
 苦笑いをしながらさり気なく断るひろしと大介。彼らの本心としては自分達が関わったら新聞にオホモダチ扱いされてしまう事を恐れたからであった。
「そっか、それじゃあ仕方ねぇな。」
 乱馬が購買部に行くといつもは混雑している人込みが乱馬が近付いた途端、道を開けるように一瞬にして引いた。その時も乱馬は誇らし気であった。
「へへ、何だか悪ーな。おばちゃ〜ん、焼きそばパンとカレーパンくれよ!」
「あいよ、あんたも色々と大変だけど、頑張りなよ!」
 乱馬はお金を渡してパンを受け取るとそのまま屋上へ行った。
 いつもはひろしや大介と一緒に食べているので独りで食べていると屋上が広く感じられた。
「ん?なんだ?」
 特にする事もないので周りを見回していたら、F組の教室内ではクラス全員が集まっていた。その中には許婚のあかねの姿もあった。
「なに話てんだ?」
 乱馬は気になり、屋上から気付かれないように教室の外の窓の上に張り付いた。
「まさか乱馬がな〜。」
「あかね可哀想!」
 自分の事を言われているのは理解したが、何故あかねまで関係しているのかがわからなかった。
(俺、何かあかねにしたっけかな?)
 その内容を詳しく知る為に、乱馬は開いている窓から逆さまの状態で覗いた。
「あいつの変態ぶりは体質だけだと思ってたのに・・・」
 あかねの言葉に乱馬はカッとなった。よく話の内容はわからないが、いきなり変態扱いされては黙ってはいられない。
「くぉら!誰が変態だ、誰が!」
 声のする方を見てみんなは驚いた。窓から逆さまの乱馬の首がこちらを睨んでいたのだ。
「乱馬!いつからそこに!?」
 乱馬はクルッと体を反転させて教室内に下り立った。
「ついさっきだよ。人の事噂してりゃ、いきなり変態扱いしやがって!」
 ずかずかとあかねの方に歩いて行く乱馬。あかねはそれに気押されそうになったが反論した。
「だって乱馬、男の人が好きなんでしょ!?」
 クラス中の生徒が頷きながら乱馬を見た。
「は?」
 生徒達の予想に反し、乱馬は理解していないような顔をしていた。
「とぼけたって無駄よ!今日の新聞だって、自分で認めた上に訂正までしてたじゃない!」
 あかねの目には薄らと涙が浮かんでいた。あかね自身、認める事が辛かったのであろう。
「ちょっと待て、何言ってんだ?あの行為のどこが変態だってんだ!」
 乱馬は困惑と怒りが混ざったような感じで言った。
「だって新聞の男色家っていうのを・・・はっ!」
 あかねはなにかに気付いたようであった。クラスの生徒もあかねの方を向いた。
「乱馬・・・あんた、『男色家』の意味、知ってるよね?」
 恐る恐る聞くあかねに乱馬は自信あり気に言った。
「んなこと知ってらー!『色男』って意味だろ?」
 乱馬の解答にクラスが一瞬静まり返った。
「違ったか?じゃあ『男らしい』って意味か?」
 顎に手を当てて考える乱馬。あかねは呆れて言った。
「確かに色男と字は似てるけど、意味は全然違うのよ!いい、『男色家』っていうのはね。同性愛者の事よ!」
 あかねは人指し指を乱馬に向けながら言った。
「なに〜〜〜!!」
 ようやく意味が飲み込めた乱馬。どうやら乱馬は勘違いをしていたらしい。
「何が悲しゅうて俺が衆道に走らにゃならんのだ〜〜!!」
 両手で頭を抑えながら叫ぶ乱馬。先ほどの購買のおばちゃんの言葉の真意が今ようやくわかった。
「ということは俺は勘違いしていて、そのうえ自分で自分の恥を誇示していたのかーー!!」
 乱馬は今朝自分が言った事、そして自分のした行為を思い出していた。その苦悩する姿は他の誰の目から見ても気の毒であった。
「ってことは乱馬はアブノーマルじゃないのか?」
「ったりめーだろ!」
 大介の疑問を当然否定する乱馬。
「でも、あれだけみんなに避けられたら不思議に思うのが普通でしょ?どうして疑問に思わなかったの?」
 乱馬はみんなが避けるのを見ると誇らし気にいたのを気になっていたゆかは乱馬に尋ねた。
「あれは、俺の偉大さにみんなが遠慮してるもんだと・・・」
 今さらながら自分のしていた事が逆に自分の首を絞めているものだとわかる乱馬。
「まったく、人騒がせなんだから。大体あんたがいろんな男の人に抱きつくから悪いのよ。得に良牙君とか・・・」
「だから、あれはシャンプーの肉マンのせいだろ!それに良牙の事は釣り竿のせいだ。」
「じゃあ、女装して良牙君の邪魔したり、妹だってウソついたりしたのは?」
「それは・・・・」
 言葉に詰まってしまう乱馬。あかねは気付いていないかもしれないが、少なからず良牙は当時、あかねに対し、恋心を抱いていた。だからこそヤキモチを妬いていたなどとは口が避けても言えない。
 黙っている乱馬を追求しようとするあかねだが、大方心中を察したクラスメートによって止められた。
「ま、何はともあれ一件落着。私達が作った新聞の効果で乱馬君が普通だってわかったことだし。めでたし、めでたし。」
 さゆりが事を終わらせようとしたがそうはいかなかった。
「おい!あの記事、おまえらが作ったのか?」
 さゆりの背後から低く、重みのある声が響く。
「もとを正せばあの新聞がこの問題の発端なんじゃねぇのか?」
 項垂れている為前髪で目は隠れているが、恐らくその目は冷たい視線を発しているだろう。
「あの新聞のせいで結構噂が広がったんだ。どうしてくれるんだ?」
 乱馬をホ○と断定して書いた新聞。その目的は乱馬の反応を見て乱馬は正常か異常かというのを調べるものであった為、実際にその結果の後の事はさゆりたちは考えていなかった。
「は、はははは。な、なんなら乱馬君は正常だったっていう記事を書こうか?ねぇ、ゆか?」
 クラス中が引きつった笑いをする中、乱馬の気持ちだけは晴れ晴れとしないものであった。
 例え『早乙女乱馬 ○○疑惑事件』の新聞は間違いだったという新聞をだしても、大半の生徒は信じないであろう。
 乱馬は気が沈んだ状態のまま、教室を去っていった。
「あ〜、ありゃーそうとう心に傷がついた状態だな。」
 ひろしは去り行く乱馬の背を見つめながら言った。


「は〜、どうしたらいいんだ。もうすぐ卒業だってーのに。」
 結局乱馬はその後の授業には出ずにそのままエスケープした。トボトボと川沿いを歩く乱馬。さすがにいつものようにフェンスの上を歩く気分ではなかった。
「おや?どうしたんだい乱馬君?」
 無意識のうちに小乃接骨院に辿り着いた乱馬はそこの医院の東風によって話し掛けられた。
「東風先生・・・」
 乱馬の重く沈んだ空気を察知して東風は言葉を続けた。
「どうやら学校で何か嫌な事でもあったみたいだね。今日のバイトはやめておくかい?」
 乱馬を気遣った東風だが、乱馬は首を振った。
「いや、バイトはやります。何かやってないと落ち着かないもんで・・・」
 乱馬の話す一言一言が重々しく感じられ、東風は乱馬に尋ねた。
「一体学校で何があったんだい?僕で良ければ相談に乗るよ。」
 この二年間で乱馬にとって東風は良き相談相手になっていた。父である玄馬にはない自分への思いやり、誰にでも優しく接することができ、町内での信頼も厚い。そしてなによりあかねが最初に好きになった人である。乱馬にとっては頼れる人、兄的存在になっていた。
「実は・・・・」
 乱馬はその日、学校であった事を東風に話した。
「なるほどね。でも乱馬君の気が沈んでるのは学校の生徒に誤解されたからじゃないだろう?あかねちゃんには誤解されたくなかったって事だろう。だったら良い方法があるよ。」
 東風の言葉に、俯いていた乱馬は顔を上げた。
「君がここでバイトしてくれてるのはあかねちゃんに何か買ってあげるんだろ?だったら早くプレゼントしちゃえばすぐに仲直りできるよ。」
 確かにそうすれば仲直りできると乱馬は思った。しかしすぐに考えてしまった。あかねへのプレゼントを買う為にバイトをしているのだが実際のところそのプレゼントを買うほどの金は貯まっていない。
 乱馬の考え事を見透かしたように東風が言った。
「お金に困ってるんだろ?僕で良ければ少し貸せるんだけど・・・」
 東風の提案を乱馬は丁重に断った。こういうものは極力自分の得た金で買いたいものだと思ったからだ。
 しかしこのままでは買えるものも買えないので困っていた乱馬はふと東風の持つ新聞に目がいった。
「東風先生、これ・・・」
 乱馬が指したのは新聞の宝くじの覧であった。
「ああ、これか。君と確か景気づけに買ったよね。残念だけど僕は当たらなかったよ。君は?」
 乱馬は自分がまだ結果を見ていない事を告げた。
「そうか、じゃあ当たってるといいね。僕はこれから往診に行くよ。今日のところはやっぱりバイトは止めておいた方がいいね。」
 東風と別れると乱馬は猛スピードで天道家へ向かった。


「確かここに入れたと思ったんだけど・・・」
 天道家に着いた乱馬は自分の部屋でバッグの中を捜していた。
「あった!」
 乱馬が手にとったのは10枚の宝くじ。新聞と照らし合わせて番号を確かめていく。
(この際少しの金額でも必要なんだ。どれか当たってくんねぇかな?)
 1枚、そしてまた1枚とはずれのくじが増えていく。最後の1枚を手に取って確かめる乱馬。
「はぁ〜、やっぱダメかな?」
 諦めた表情で新聞の番号を見ていく乱馬。すると諦めの表情は驚きの表情へ、そして喜びへと変わっていった。
「やったーー!当たってる!え〜と、これはいくらだ・・・・」
 見事当選した乱馬はその金額の表を見た。
「ひゃ、百万円ーーー!?」
 自分でも信じられないぐらいに驚いた乱馬だが慌てて自分の口を塞いだ。この事がバレたらこの金を奪おうとする輩が出てくるからだ。少なくとも玄馬、八宝斉、そして要注意人物のなびきである。
 乱馬はくじを懐へ入れると周りに注意しながら部屋を出た。八宝斉は修行と称して下着収集へ、玄馬は町内会長となった早雲の付き合いで出かけている。なびきは大学にいるはずである。
 乱馬は韋駄天の如く迅速に銀行へ向かった。


「何か夢みてーだな。」
 懐に百万円入れて歩く乱馬。頭の中ではもはや金の使い道を考えている。
 宝くじの高額当選者に配られる小さな手帳のようなもの、金の使い方を考えるようなものだが、乱馬はそれを見ながら考えていた。
「とりあえず皆が帰ってくる前に天道家に戻るとすっか。」
 天道家に着いた乱馬は部屋で金の仕分けをしていた。
「とりあえず半分はかすみさんに渡すとするか。」
 この天道家、門下生が1人もいないので当然収入はゼロ。固定収入のない早雲。嫁入り前の娘が3人。そして無職で大喰らいの居候が3人いるのである。なびきの裏商売や早雲、玄馬の度々ある武道家としての妖怪退治やら力仕事での報酬、そしてかすみの遣繰りがなければまさに火の車である天道家の家計は存在しな
いのである。 乱馬なりにも天道家の事を心配していたのだ。
 乱馬が金を渡すとかすみは驚いて遠慮していたが、乱馬の気遣いを無駄にしてはいけないと思いなんとか受け取ってくれた。
「さ〜て、後は借金でも返しに行くか!」
 乱馬は最初にピコレットの家に行った。借金である十万円に付け加え、利子を含めて倍額返そうとしたのだが、以前ピコレットがおかしくなった時に天道家の世話になったという事で利子の金額は払わなくてもよいという事になった。
 続いて猫飯店やうっちゃんへのツケを払った。この二年以上食べ続けた分なので相当な額だった。当人達は払わなくてもいいと言うのだが乱馬は返せる時に返すということで今までの支払いを済ませた。ちなみに右京はこの三日間風邪で寝込んでいた為、乱馬の噂については何も知らない。
「さて、残った金とバイト代注ぎ込んで目的の物でも買うとするか。」
 乱馬は噂の事も忘れて商店街へ向かった。


−−−翌日−−−

 あかねとは多少気まずいが誤解していた事をあかねが謝ってきた為仲直りできた。しかしそれと同時にプレゼントを渡すきっかけが無くなってしまっていた事に乱馬は困惑した。
(ま、卒業した後でもいっか。)
 あかねと仲直りできた事に満足感を覚えた乱馬は当初の目的を後回しにした。
 学校では相変わらず乱馬を変な目で見る人もいたが、昨日の事に罪悪感を感じたF組の生徒達によって誤解が少しづつ解かれていった。しかし中にはそんなことお構い無しに乱馬を苦しめようとする奴もいた。
 『HAHAHAHA〜HA。3年F組、早乙女乱馬!ミーは不純異性交遊は認めませんと言いました。バ〜ット、不純同性交遊も認めませ〜ん。』
 昼休み、校内放送を使って話す校長。乱馬は教室を出た瞬間、猛烈な速さで放送室に向かった。教室を出てから放送室まで階段やら廊下を渡るその時間は僅か20秒足らずである。
『可哀想な事に我が校では同性愛者は卒業させないという残酷な校則が・・・・・』
 バンッ!
 校長の言葉を遮って、放送室のドアが勢いよく開けられる音がした。それと同時に乱馬が殺気を漲らせて校長を睨んでいた。
『てめー、何いい加減な事抜かしてやがる!』
 F組の皆は乱馬が教室を去った後すぐに離れた放送室から乱馬の声が聞こえてきたのに驚いていた。
『大体あれは誤解だって言ってんだろうが!』
 放送室で流される乱馬の声、乱馬自信校長へ怒りをぶつけるあまり、マイクのスイッチがオンになっている事に気が付いていなかった。だからこそその場での校長とのやり取りは全校生徒に聞かれていた。
『では、ユーは至って正常だというのですか〜?』
『あったりめーだろ!あれは俺が勘違いしてたんだ。そうでもなきゃだれが男なんかと!』
 教室には声しか聞こえないがF組を初め、乱馬をよく知る人物ならばその放送室で乱馬がどのような顔をしているかなどがわかる。
『では、ユーの許婚のミス天道の事はどう思ってるので〜すか?』
 校長の言葉の後に暫くの沈黙が続いた。
 楽しく騒ぎ立てる昼食の時間の教室は静まり返り、特にF組は放送スピーカーの近くに集まっていた。
「あかね、何してんのよ!早くあんたもこっち来なさいよ!」
 自分の事を言われているので恥ずかしさの為か皆とは離れて食事をとっているあかねにさゆりは話し掛けた。
『どうせ答えれば不純異性交遊だって事になるんだろ。』
『OH〜、ミーは生徒想いで〜す。絶対にそんな事はしませ〜ん。』
 校長の言葉を信じた訳ではないが乱馬は口を開いた。
『俺は・・・・』
 全校が緊張した空気に包まれる。
『あかねの事・・・・・・ん!?そのランプ、まさかマイクのスイッチ入ってるんじゃ・・・』
 やっとマイクのスイッチに気が付いた乱馬。と同時に今までの会話が筒抜けだった事に焦った。
『オーウ、ミーとしたことがうっかりしてま〜した。アイムソーリー。』
 全く悪びれない様子で笑う校長を校外にぶっ飛ばす乱馬。
 教室に戻った時は再び気まずい沈黙が続いた。さすがにクラスの人も冷やかす事はできなかった。


 乱馬の噂も暫くたってすっかり誤解が解け、いよいよ卒業式が行われた。
 高校ともなれば人数が多い為1人1人卒業証書を渡すような事はせず、クラスで代表がまとめてもらうのであるが、この風林館高校の校長は生徒の嫌がる事が大好きなので長時間かけて1人1人卒業証書を渡す事になった。保護者の中には天道家の面々が座っていたが、そんな数時間もかける式に耐えられるはずもなく、早雲、玄馬を初めほとんどの生徒や保護者が眠っていた。
 数時間後、やっとF組の番が来た。校長に名を呼ばれた生徒が教壇の上に上がり、証書をもらって席にもどっていく。そんなことが延々と繰り返され、ついに乱馬の番が来た。
(はぁ〜あ、眠いな。さっさと終わらせてくれよ。)
 欠伸をして口を手で抑えていると自分の名を呼ばれた。急いで姿勢を正し、教壇に向かって歩いていった。
 学生服の一同の中、赤いチャイナ服はとても目立ち、天道家の人達もすぐに乱馬だとわかった。
「3年F組早乙女乱馬。」
「はい!」
 返事をして校長と向き合う乱馬。普通の生徒にはただ「おめでとうございま〜す。」と言って渡す証書だが、乱馬には何故か別の言葉が校長に言われた。
「ユーはとってもデンジャラスな生徒でした。ミーを敬う事もせず、許婚との不純異性交遊などミーをと
っても困らせま〜した。ユーがミーの愛する学校から消えてくれるのを心待ちにしてま〜した。」
 とても卒業式で言う台詞ではないことをベラベラ話す校長。しかし乱馬は考え事をしていたので全く聞いていなかった。
(この学校に来ていろいろあったな。あかねに会って、九能や良牙、いろんな奴等と会ったな。いよいよ卒業だけど、あんま変わった事はねーな。)
 乱馬は考えながら段々真顔になり、何か思いつめた様子になった。
(このままでいいのか?あかねに何も気持ちを伝えないで、このまま卒業しちまっていいんだろうか。全校生徒に誤解は解けたけど、だからと言ってあかねへの気持ちを伝えてない事には結局1年の頃と同じだ。)
 乱馬は目の前にあったマイクを掴むと同時に振り向いた。
 校長はまだ話していたのに急に乱馬にマイクを引ったくられ不思議な顔をしていた。
「WHAT?]
 突然の乱馬も行動に生徒や保護者は皆乱馬の方を向いた。
 乱馬は大きく息を吸い込み、そして言った。
「あかねーーー!俺は・・・おまえが好きだ!!」
 時間が一瞬止まった気がした。沈黙が続き、その体育館にいる全ての人が驚いた。
 少し間をおいて乱馬は再び喋り出した。
「ずっと言えなかった。今まで通りに喧嘩したりお互いに言い合える仲の方がいいって思ってたから。だけど俺は後悔したくねぇんだ。せめて高校を卒業する前に伝えたかった。今までずっと好きだった。そしてこれからもずっとだ!」
 乱馬の言葉が言い終えると、卒業生は一斉に立ち上がり歓声を上げた。今まで歯痒い関係を続けていた乱馬とあかねに対し、心からの祝福を与えたいと誰もが思ったからだ。あかねは驚きのあまり口を塞いだまま涙が溢れて止まらなかった。自分の気持ちを素直に出さない乱馬からの突然の、それも本心からの告白を聞けたからだ。
 あかねは周りの友人達に連れられて教壇に上がった。
「これ、受け取ってくれよ。」
 乱馬はポケットからあかねにプレゼントを渡した。あかねはその小さい包みを受け取り、丁寧に開けた。
「これ・・・・!!」
 開けられた包みからはとても綺麗な、それでいて美しい細工がなされた指輪があらわれた。
「最近一緒に帰れなくって悪かった。東風先生のところでバイトしてこれ買う金が必要だったんだ。運良く宝くじが当たったもんだから予定よりずっといいのが買えた。」
 少し照れくさそうに頬を掻く乱馬。あかねは嬉しさで胸がいっぱいだった。
「乱馬・・・私も乱馬の事、ずっと好きだった。これからもずっと好きでいるから!」
 そのままあかねは泣きながら乱馬の懐に顔を埋めてしまった。肩を震わせるあかねを乱馬は優しく抱いた。
「泣くなよ。前に言ったろ?笑うとかわいいって。」
 泣いているのはあかねだけではなかった。早雲、玄馬、のどか、かすみ、なびき、八宝斉、そして卒業生、
 保護者までもが涙を流した。
「幸せになれよー!おまえらーー!」
「この幸せもんがー!」
「別れたら俺達が許さねーからな!」
 次々に祝福の言葉が乱馬とあかねに投げかけられる。卒業式で別れを悲しむような寂しい気持ちは誰もがなくなり宴会のように騒ぎ立てた。
 そんな騒ぎも今の2人には聞こえていなかった。お互いに唇を重ね合い、幸せに包まれていた。
 2人の想い、それは・・・・



 『ずっと一緒に・・・』







作者さまより

ちょっとした誤解ネタです。実は私、本当に男色の事を色男だとつい最近まで思っていました。『柔道直線』を『衆道一直線』とも勘違いした事もありました。順序が逆なだけまたは一字違うだけでこうも意味が変わる単語があったとは・・・・恥をかきました。そしてその苦い経験を活かし乱馬を同じ目にさらにはそれ以上の酷い目にあわせる事によってできたのがこの話です。乱馬好きの方々、許して下さい。


 最初は、はらはらしながら読み進めさせていただきました。
「え〜っ?認めちゃうの?そりゃあないぜよ、乱馬君!」とな。
 色男と男色と・・・。「色好み的男」と「男好み的色」の違いなんでしょうね(笑・・・。色にはいろいろな意味がありまして、色男の色は容姿が美しいこと、男色の色は情欲を表すそうな。
 「衆道」に関しましては「月の華」を仕込むのに、そっち系に詳しい濃厚友人(主婦)を突付いて、いろいろと調べまわったので私も結構詳しいかも。(笑・・・蛮蛇でそのうちねっちり描くかもしれませんが・・・)
 乱馬くんってもしかしてそっち系というのは前々から言われてるようですね。恋の釣竿なんかその典型で。あかねちゃんが一瞬でも悩むのもわかるような(笑
 でも、ちゃんとおさまるところへおさまってめでたしめでたし・・・。
 楽しい作品ありがとうございました。
(一之瀬けいこ)

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