◇白紙の未来 2
武蔵さま作


−−−未来世界の半年前−−−

「あ〜、どうしよう。」
公園で乱馬は良牙とムースに相談事をしていた。
「早く覚悟決めちまえよ。大体なんで俺達より遅いんだよ。本来ならおまえが一番にならなきゃダメだろ。」
「まったくだ。おら達とてようやく結婚したというのに・・・」
良牙とムースは既に結婚していた。良牙達は純情故に良牙が結婚の話を切り出す事がなかなかできず、三ヶ月前にようやく結婚することができた。ムースは先月である。乱馬がまだ結婚しないので彼の奥さんは諦めないでいたのだ。しかしムースに押し切られ、ようやく結婚した。乱馬は既婚者である二人に相談していた事はずばり、あかねへのプロポーズである。
「んなこと言っても・・・」
この六年間相変わらず優柔不断の乱馬に良牙は呆れて言った。
「おまえ、あかねさんが何で結婚しないかわかってるのか?おまえと許婚だから他の人と結婚しないわけじゃない。おまえが許婚だからおまえからのプロポーズを待ってるんじゃねーか。」
良牙の言葉に乱馬は少し安心したが、また手をもじもじとさせて頭を抱えてしまった。


「だけどもし断られたら・・・・」
また逆戻りの乱馬。良牙はそれでも根気強く励ました。
「何言ってんだそんなこと。ムースを見ろ!シャンプーにあそこまで扱き使われ、疎まれ、蔑まれ、虐げられながらもここまでやってきたじゃないか!」
「良牙・・・あまり嬉しくないぞ。むしろ悲しくなってくるだ。」
眼鏡がいつもより光っているのは恐らくその下の瞳に水が溜まっているからであろう。しかしそんなムースも涙を拭い、乱馬を励ました。
「まったく、なさけないぞ。おらはシャンプーにもう既に何万回とプロポーズしたというのに・・・それがたった一回のプロポーズに戸惑いおって・・・」
10万回目のプロポーズ。それが成功したムースだからこそ言える台詞だ。恐らく彼意外にこの言葉の重みを知る者はいないであろう。
「そ、そうだな。よし!俺はあかねにプロポーズするぜ!」
「そうだ!当たって挫けろ!」
「・・・」「・・・」
ムースの言葉に乱馬の意気込みは消沈した。
「挫けてどうすんだよ!それを言うなら『当たって砕けろ』だろ?まあ、ホントに砕けても困るが・・・」
遂に決意を固めた乱馬は二人にお礼を言ってその場から駆け足で去っていった。


「なんなのよ、大事な話って。」
乱馬はあかねを道場に呼び出し、気を静める為に正座してそれを迎えた。しかしいざ本人を目の前にすると心音は激しくなる一方であった。
「そ、そこに座って聞いてくれ。」
平静を装い、乱馬はあかねと向かい合う形になった。あかねは乱馬の様子が変だという事は気がついていたが、黙って言われた通りに座った。
「実はだな・・・」
乱馬が話を切り出す。本人達は気付いていないが、実はその道場の周りには天道家を始め、良牙やらムースやら様々な人が集まっていた。なびきの持つ高性能の集音機によって内部の会話はばっちり拾われていた。
「その・・・良い天気だな!」
取り敢えず最初のきっかけを攫もうとする乱馬。しかし道場の隙間から見える空は曇っていた。
「天気の話をするつもりならご勝手に!それだけなら私もう行くわよ?」
立ち上がろうとするあかねの腕を掴み、乱馬はなんとか行かせないようにした。
「真剣な話なんだ。だからおめーも真面目に答えろよ!」
乱馬の真剣な面持ちにあかねは気圧されながらも頷いた。
「俺、水をかぶると女に変身するっていう体質だろ?だから・・・」
「だから?」
「だから、その・・・誰か俺を本気で好きになってくれるやつはいないかな〜と。」
一気に告白はせずに、間接的に言う事であかねの気持ちを知ろうとする乱馬。しかしあかねは平然と答えた。
「無理じゃない?」
殆ど即答で答えられた乱馬はショックを受けた。脳内では乱馬はあかねにストレートを喰らってダウンしている。
「無理?」
「そ。だってシャンプー達なら大丈夫だっただろうけど、結局みんな、それぞれ結婚しちゃったしね。よほどの物好きじゃない限り無理無理。」
乱馬、ダウン!ただ今脳内でレフェリーがカウントをとっております。立てるでしょうか!?
「だ、だけど案外近くにそのよほどの物好きがいる可能性は・・・」
「断じてない!」
乱馬再びダウン!KO!
本当にその場に倒れてしまう乱馬。その光景を哀れんでみる輩が数人、道場の外で溜息をついた。
「乱馬の奴、今頃脳内じゃTKO(テクニカルノックアウト)だぜ。」
「いや、むしろ想いを伝えておらんぶん乱馬の不戦敗じゃな。」
「しっ!まだ動こうとしているわ!」
なびきが集音機に意識を集中させる。乱馬は辛うじて体勢を立て直し、あかねの手を握って言った。
「俺と、結婚してくれ!」
「・・・・」
「・・・・」「・・・・」「・・・・」
静まり返る道場内と外。暫く動かなかったあかねは心配そうな顔で乱馬の額に手を当てた。
「熱なんかねーよ!おめー、まさか冗談だとでも思ってんのか?」
乱馬の言葉に驚くあかね。口を開けたまま頬がどんどん朱に染まっていく。乱馬に見られないように慌てて顔を伏せるが、乱馬はそうはさせまいと強制的に自分の方を向かせた。
「やっぱこんな変な体質の男、嫌か?」
乱馬の言葉にあかねは首を横に振りながら答えた。
「ううん、嬉しい。」
その瞬間、道場の外で歓声が上がった。彼等は早速結婚式の準備に取り掛かった。
「あいつら・・・聞いてやがったのか!」
歓声を上げて道場内に入り、テキパキと仕事をこなしてく練馬区の人々に唖然としながら乱馬は気になった事を訊ねた。
「でもおめー、さっき俺を好きになるやつはいねーって・・・」
「バカ!あれは『私以外に』そんな物好きはいないってことよ!」

その二週間後、乱馬とあかねの結婚式は天道道場で行われた。
「じゃあ乱馬君、あかねを抱えてこっち向いて。」
なびきは照れながらもその通りにする二人の写真を撮っていた。
二人は皆に心から祝福されながら幸せを感じていた。そう、この直後に起こる事態が来るまでは・・・
「それでは指輪の交換です。」
乱馬があかねの指に指輪をはめようとした時、あかねの身体が乱馬の胸に預けられた。
「おいおい、どうしたんだよ。」
あかねが戯(ふざ)けていると思った乱馬は笑いながらあかねの肩を掴んだ。するとそれと同時にあかねの膝がガクリと折れ、その場に力なく倒れ込んでしまった。
「あ・・かね・・・?」
突然起きた事に騒ぎ出す人々。乱馬は目の前で起こった事がわからなく、ただ呆然とあかねを見た。しかし意識がハッキリしてくると、あかねに声を掛けた。
「あかね!あかね!しっかりしろ!どうしたんだよ・・・」
その時、東風があかねの元へ駆け付け、頻りに話し掛けたり脈を診たりなど手を尽くしていた。
「これは・・・マズイかもしれない。急いで救急車を!」
「東風先生!どうなってんだ?あかねはどうしたっていうんだ!?」
取り乱す乱馬を落ち着かせながら東風は言い難そうに口を開いた。
「僕の専門外だからね、ハッキリとした事は言えないけど、恐らく身体の内部に変調があると考えられる。レントゲンを撮ればハッキリすると思うんだが・・・」
「そんな・・・」
暫くして、救急車が道場に到着した。乱馬は本当はあかねを背負ってすぐにでも病院に行きたかったのだが、下手に動かすと危険だと言う東風の指示に従って待っていた。
ウエディングドレス姿のまま、あかねは病院に運ばれた。その横で乱馬はあかねの顔を心配そうに見守りながら付き添っていた。


「あかねの様子はどうなんですか?」
「今はなんとも言えません。」
あれから二週間。面会謝絶となったあかねの病室。乱馬は蹴破ってでも病室に入ろうとしたのだが、東風に止められ医師の元へ案内された。
「原因はわからないのですが、自律神経がどんどん崩壊している。症状は何時頃から?」
「最初に倒れたのは今から五年前です。」
乱馬は思い当たる事を話した。その時も大騒ぎになったので印象が強かったのだ。しかし、その時はただの過労ということで休ませただけであった。しかしよく頻繁にそういうことが起きたので乱馬も不安には思っていた。だが、あかねは頑張り過ぎることがあるということは家族の誰もが知っていたし、本人も大した事はないと言うのであまり深く追求はしなかったのだ。
「あかねは治りますか?」
「え、ええ。安静にしていれば新しい神経も造られますし・・・」
医師が答えると東風は黙っていた口を開いた。
「本当の事を教えてもらえませんか?ここにいる乱馬君ももう薄らと気付いている事です。ならば本当の事を聞かせてもらえばそれなりに対処できます。」
東風の重みのある言葉に圧倒されたのか、医師は重い口を開いた。
「残念ながら今の医療技術では治療する事は不可能です。」
医師の言葉を聞いた乱馬は絶望した。
「そんな・・・やっと・・・やっと結婚したんだぜ?俺達・・・」
乱馬はそのまま部屋を飛び出して、猫飯店に向かった。


「シャンプー!婆さんはいるか?」
コロンならば何とかしてくれるかもしれない。そう思った乱馬はコロンを捜した。しかしシャンプーの話ではコロンは現在中国に帰国しており、不在であるとのことだった。シャンプーは手紙で今の状態を知らせるとのことだが返事は何時になるかわからない。中国に行けば済むのだがコロンはどこかに用事があって女傑族にはいないらしい。それと同時に乱馬はあかねの傍についていてあげたかった。
「あかね、危ないのか?」
式であかねが目の前で倒れるのを見たシャンプーは不安な様子で訊ねた。
「ああ。」
ただ一言乱馬は頷くと、そのまま再び病院に向かった。
東風の計らいがあったのか、あかねの病室は面会謝絶の札が外され、入れるようになっていた。
「あかね・・・」
声を掛ける乱馬は口に酸素吸入器を当てて眠っているあかねを見下ろした。
すぐ側の機械からは心臓の鼓動が規則的に表示されていた。それを見て、乱馬はあかねが少なくとも今は生きている事を実感した。しかしそれも長くは続かないということを知ってしまった為、安心する事などできなかった。医者の話ではもって後一年。しかも自律神経の崩壊により、どんどん記憶を無くしていく可能性も有るという事だ。
原因はわかった。レントゲンを撮り、精密検査をしている内にある事実がわかったのだ。あかねの身体は一度、仮死状態に陥った事がある。それも普通では考えられない事だ。それは五年以上前の事である。呪泉洞での戦いであかねの体内の水分は一瞬にして蒸発した。乾燥した人形のようになったあかねは乱馬の手によって再び元の姿に戻る事が出来た。しかし一時とはいえ、あかねの身体は一度死んだも同然なのだ。元に戻ったと思われた体内では少しずつ、だが確実にあかねの体内は蝕まれていったのだ。そしてその徴候が現れたのがその年、あかねが倒れた事から始まる。


「あかね・・・ごめん。俺の所為だ!俺がおまえを巻き込んだ・・・」
ベッドの傍らで乱馬は目を瞑ってひたすらあかねに謝り続けた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。乱馬は何時の間にか眠ってしまっていた。目を覚ましたのはもう日が傾き始めた頃、病院内のアナウンスで呼び出されたのだ。
【早乙女乱馬様。コロン様よりお電話です。至急・・・】
アナウンスが言葉を終える前に、乱馬は急いで病室から抜け出し、電話を取りに向かった。
「もしもし、婆さんか!?」
乱馬は一気に捲し立てた。どうやらコロンはまだ日本にはおらず、ちょうどシャンプーに電話した所、事情を聞いて急いで国際電話で乱馬がいるであろう病院に電話したのだ。
「話は聞いておる。あかねが倒れたそうじゃな。」
「ああ。原因は・・・]
乱馬が重々しく口を開こうとするのを悟ったのか、コロンはそれを制して言った。
「わかっておる。みなまで言うな。原因がわかっておるならば対処の仕方もあろう。明日呪泉郷のガイドに直接会って話を聞いてくる。どうも電話だと話せない事らしいのでな。」
「あ、ありがてぇ!」
乱馬は希望がまだあるとわかり、感謝の念でいっぱいになった。


翌日、乱馬は電話の前で待機し続けた。コロンからいつ連絡が来るかわからないのだ。ただひたすら必死になって食事さえとらずに待ち続けた。そしてようやくコロンからの電話が来た。
「婿殿・・・いや、乱馬よ。嬉しい知らせと残念な知らせがある。」
もうシャンプーの婿ではない事がわかったコロンは言い直し、暗い声で乱馬に言った。
「なんだ?どんな些細な事でもいい。頼む!教えてくれ!」
「ふむ。まずは良い知らせじゃ。あかねの治療法がわかった。」
コロンの一言に乱馬は目を輝かせた。
「本当か!?」
「うむ。恐らくあかねの体内は爆発的な連鎖で精神と肉体が崩壊し続けておるはずじゃ。しかし幸か不幸か、あかねが落ちたという泉、つまりは茜溺泉が治療のカギとなるはずじゃ。茜溺泉ができたのはあかねが人形化する前の健全な状態を維持されているからじゃ。茜溺泉さえあればあかねは治る事ができる。」
「だ、だったら早く茜溺泉を送ってくれよ!」
乱馬の焦る気持ちを知り、コロンは言葉を曇らせた。
「それが悪い知らせじゃ。残念ながら・・・・茜溺泉はもうない。」
乱馬はショックのあまり、受話器をそのまま落としそうになった。しかしコロンの言葉を聞き逃さない為にもなんとか意識をしっかり持った。
「わしもできる限り他の治療法を捜してみる。もしかしたら・・・・いや、憶測で話をするのはやめておこう。わしは半年ほど日本に行く事はできん。それまでの治療法の一つとして簡単な方法がある。」
乱馬は藁にも縋る思いでその治療法を聞き出した。


それは簡単な事であった。それは乱馬達があかねの手を取って『氣』を送る事である。しかしその方法とて万全ではなかった。あかねの一年という限られた命を少しだけ伸ばす事ができるというだけのことだ。
だが乱馬はその間にあかねの治療法がわかるかもしれないということで毎日あかねに会いにきては手を握って気を送り込んだ。乱馬が疲れた時は良牙やムース、シャンプーなど、武道に縁のあった人達が交互にきては気を送り込んでいった。そのためあってか、一ヶ月ほどしてあかねが目を開いた。ずっと昏睡状態が続くと思っていた医者は驚いていた。
「乱・・・馬・・・」
か細い声で呼ぶあかねの声が聞こえた。乱馬はそのままあかねに近付いて声を聞き取ろうとした。
「乱・・馬・・ごめんね・・・」
微かに聞き取れたあかねの声。乱馬は思わず涙が溢れそうになるのを堪えた。
「バカやろう。謝らなきゃいけねーのは俺の方だ。俺の所為で・・・」
乱馬が自分を責めるように言うと、あかねは乱馬の手に自分の手をそっと重ねて首をゆっくり横に振った。
「本当はね・・・ずっと・・・前から・・わかってたんだ。自分の・・身体が・・おかしい・・こと・・・」
絞り出すように必死で言葉を紡ぐあかね。乱馬は耐えられずにあかねの手を強く握り返して答えた。
「もういい、今はゆっくり休め。ここにいてやるから。」
乱馬の言葉に安心したのか、あかねは微笑むと、そのまま再び眠りに入っていった。


「ちくしょー!」
天道家の庭で乱馬は拳を地に突き立てた。左手には出来の悪いブランデーが握られている。20歳をこえてからというもの、乱馬は一度たりとも酒は口にしなかった。武道家たる者常に意識を保ち、酒に溺れることはしないと決めたからである。もともと酒に強いわけではないので、玄馬と早雲の酌にも付き合うことがなかった。
しかしあかねが倒れてからというもの、乱馬は眠れない日々が続いた。いくら探しても治療法は見つからず、酒の力を借りなければ眠ることすら出来ないでいるのだ。
「くそーー!」
自分の不甲斐無さを呪いながら乱馬はひたすら拳を打ち続けた。基礎もなにもできていない、ただ力任せに殴るので、拳からは皮膚が裂けて出血していた。そして次の瞬間、血まみれの手で思いきり拳を叩きつけようとした。この打ち方で力いっぱい殴れば、間違いなく拳の骨は砕け、皮膚を突き破って出てしまうであろう。あと地面まで数センチというところでその拳は別の手によって止められた。酔った顔でその手の主を見上げる乱馬。それは義理の父、早雲であった。
「乱馬君、やめなさい。」
「おじさん・・・」
長年呼び続けたために未だ義父さんとは言えずにいる乱馬は早雲の顔を見ながら酒を口に含んだ。
「ゲホッ、ゲホッ!」
アルコール度数40度以上の強い酒である。飲みなれていない乱馬は喉が焼けるように熱くなり、思わず咽返った。
「怪我をしている状態で酒など飲んではいかん。かすみ、手を診てやってくれ。」
夜中に乱馬の声がしたので起きてきたのであろう。その場にはあかね以外の天道家全員が揃っていた。そしてそこには東風の姿もあった。かすみと結婚した東風は診療所を天道家の道場隅の敷地に移した。門下生の治療をすぐに行えるからだ。乱馬はかすみに連れられて診療所に入った。


「ふむ、幸い骨に異常はなさそうだ。」
淡々とした声で東風が呟く。皮膚の上からガーゼと包帯を巻き、治療を終えた東風は、酒を再び飲もうとしている乱馬からビンを取り上げた。
「なに・・・すんだよ。」
もはや呂律(ろれつ)がまわっていない口調で乱馬が呟く。
「乱馬君、君の辛さはわかる。だけどこんなことしてればあかねちゃんは悲しむだけだよ。」
「東風先生・・・俺の・・・俺のせいなんだ・・・」
治療したばかりの右拳を再び強く握る乱馬。傷口が開いて白い包帯から赤い血が滲み上がってきたのがわかった。
「情けないな。君みたいな男に大事な娘を任せたと思うと・・・」
傍に立っていた早雲が見兼ねて口を開いた。
「おじさん・・・」
「君だけが辛いとでも思っているのかね?辛いのは君だけじゃない!ここにいる全員、それにあかねと親しかった誰もが辛いんだ。」
乱馬はその時、早雲の目に涙が浮かんでいるのがわかった。
「酒を飲んであかねが治るのならどんどん飲んでくれ。暴れてあかねが治るのならすきなだけ暴れるがいい。でもそんなことじゃあかねは治らない。君にはあかねの励みになるという大切なことがあるだろう。残念ながら父である私でもない、君にしか出来ないことだ。」
早雲はそう言い残すとそのまま去っていってしまった。乱馬はその言葉を深く心に刻み、自分のした行為がどれほど愚かだったか悟った。


あかねが目を覚ましてから数ヶ月。あかねは普通に話す事ができるようになっていた。しかし相変わらず顔面蒼白で決して普通の状態だとは言えなかった。乱馬達はありとあらゆる治療法を探したが結局全て無駄に終わった。もう半年経つというのにコロンからの連絡は一切なかった。しかしそれでも乱馬は絶望せずに必死に何とかしようと努めた。
「調子はどうだ?」
「乱馬・・・ええ、大分良いわ。」
今日もいつものように早くからやってきた夫に目を向けると、あかねは僅かながら上体を起こした。
「いいから寝てろよ。今日はアルバムを持ってきたんだ。」
なびきが持たせてくれたアルバム。殆どがなびきの撮ったものである。家族で内緒でこっそりデートした時から結婚までの様々な表情の写真である。乱馬は少しでもあかねの励みになるように楽しそうに写真を見ながら思い出話しをした。
「そういや、こんときは大変だったな。」
あかねもいろいろ思い出し、クスクスと笑った。しかしアルバムを半分くらいまで見ていくと、そこで写真は途切れていた。あかねの顔からはふっと笑みが消え、悲し気な表情で乱馬に言った。
「私、もう長くないんでしょ?」
あかねの言葉に乱馬は血の気が失せる思いだった。しかし励まそうと答えるその口調は震えてしまって上手く発する事ができなかった。
「いいのよ。自分の身体は自分が一番よくわかってる。だからもう・・・・」
段々と声が弱くなっていくあかねに乱馬は声を振り絞って怒鳴った。
「ふざけんな!俺が絶対死なせない。俺が頑張っておめーが頑張らないでどうすんだ!?それとも俺の奥さんはそんなに弱い人間だったのかな?」
最後は悪ふざけを言うと、あかねは頬を膨らませて怒ったような素振りを見せた。
「むっ、そんな事ないわよ!こうなったら頑張ってやろうじゃないの!」
「そうだ、その意気だ!これでおまえが治ったら・・・このアルバムの続きをいっぱい撮ろうぜ。」
乱馬はそのままアルバムを持ち、病室を後にした。しかしあかねにはああ言った手前、乱馬にあかねを治療する方法を見つける事は不可能であった。壁を強く叩き、自分の無力さを呪いながら乱馬は待ち合い室を通り過ぎようとした。
「荒れておるな、乱馬。」
待ち合い室に座っていたのは小柄な老婆の姿であった。杖を担ぐと、老婆は乱馬の元へゆっくりと近付いていった。
「婆さん・・・帰ってきたのか。」
乱馬の表情にはもはや喜びの色などなかった。頼みの綱の茜溺泉はもうないのだ。
「婆さん、何とかならねーのか?」
乱馬は人目も憚らず悲痛な声をあげてコロンに縋った。
コロンは心底可哀想に思い、袖口から何かを取り出した。
コロンの取り出したものにより、乱馬は過去にやってきた。そう、茜溺泉を手に入れる為に・・・



つづく




作者さまより

私自身、暗い話は苦手なのですが、設定上書いてしまいました。
第三話で詳しく記載しますが、呪泉の水についての自分なりの解釈を原作に影響や矛盾しないように書きます。若干ややこしくなりますが、納得いかない点もあるやもしれません。


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