◇白紙の未来 1
武蔵さま作


「調子はどうだ?」
男性が病院のベッドに寝ている女性に声を掛ける。
「ええ、大分良いわ。」
女性は笑顔で答える。しかし顔色は悪く、誰の目から見てもウソをついているという事がわかる。しかし彼女なりに気を遣っている事を知っていた男は黙って微笑んだ。
「婆さん、何とかならねーのか?」
男は病室を出て、待ち合い室にいた小柄な老婆に話し掛けた。
「方法はある。これを持っていくがよい。」
老婆はそういって小さな手鏡を渡した。
「これは・・・確か前に割れたはずじゃ・・・」
「中国にそれを作った者の子孫がいてな。今でも鏡を扱っているというので直してもらった。これの為に半年かかってしまっての。同じ物は作れんというのでこれが現在に残っている最後の物じゃ。」
「ありがとう、婆さん。」
男はそのまま病室に戻り、女になにやら説明していた。
「というわけだ。俺が戻るまでゆっくり休んでろよ。」
女は男の方を向くと優しく微笑んだ。
「気をつけてね。もし、ダメだったとしても私の事は気にしないでいいから・・・あなたの方がムチャしないか心配だわ。」
力なく笑う女性の手を優しく握り、男はそのまま唇を重ねた。
「それじゃ、行ってくる!」





「ったく!かわいくねーな!」
学校の帰り道、乱馬は文句を言いながら石を蹴って天道家に向かっていた。数分前、あかねと一緒に下校していると、いつもの三人娘が乱馬を奪おうとやってきたのだ。相変わらずハッキリしない態度にムッとしたあかねは鞄で乱馬の頬を殴ると、そのまま走って帰ってしまったのだ。
「ったく、妬くならもうちっと可愛げのある態度とれってんだよ!」
イライラをぶつけるように蹴っていた石を思いきり蹴り飛ばした。すると目の前が光だした。一瞬眩しさに目を伏せる乱馬。するとそこから一人の男が現れた。そして・・・
「痛ーーーー!なんだ!?」
乱馬の蹴った石が男の頭部に音を立てて当たってしまった。
「す、すいません!俺、イライラしてて・・・でもあんた、一体どこから・・・」
乱馬が近寄って謝罪すると、男乱馬の顔を見て嬉しそうに笑った。そして乱馬の肩を軽く叩き懐かしそうに言った。
「おおっ!久し振りだな。元気だったか・・・っていっても元気だろうな。」
乱馬は目の前の男を見て不思議に思った。どこかで見ているような顔だが覚えがない。相手は久し振りだと言っているからにはどこかであっている事は確実だった。
「あの〜、どちらさまでしたっけ?」
恐る恐る尋ねる乱馬。しかし男は相変わらず笑っている。
「おいおい、冗談言ってんなよ。まあいい、とにかくちょっと付き合え。」
半ば強引に乱馬を連れてどこかへ連れていこうとする男。しかし乱馬は何故か断る気にもなれなかった。いや、例え断ろうとしても、その男の力を振り解くのは難しかった。
やってきたのは競馬場。もちろん乱馬は入った事すらない。
「おいおい、俺はまだ17だぞ。」
乱馬は入るのを拒否しようとしたが、男は口元に人指し指を立てて言った。
「大丈夫だよ。バレねーって。」
こそこそと連れられて入る乱馬。席に座りながら一緒に馬の行く末を見ている。
「よし、来たーーー!」
この男、先程から全部当たっている。初めは数万円だった金がもう今では500万円以上手に入れていた。
「やっぱ手っ取り早く金を稼ぐのはギャンブルだな。いや〜俺ってギャンブルに向いてなかったからこうも勝てるとなんか笑っちまうよな。」
とてもギャンブルに向いていないとは思えない勝ちっぷりに乱馬は唖然としていた。
「さて、いろいろ影響与えても困るし、そろそろ行くか。」
このままやれば何億と儲けそうなのに、男はそのまま乱馬を連れて競馬場を去った。
「ふう〜、あんま金には困ってねーけど、これだけありゃ十分だろ。ほれっ!」
男は一言呟くと、札束の一部を乱馬に手渡した。10万ぐらいある金に、乱馬は驚いて突き返そうとした。
「いいから、とっとけ。これからなびきに強請(ゆす)られるかもしれねーし、一人でいたとこを見るとあかねと喧嘩したんだろ?それで何か買ってやれよ。」
乱馬は混乱し始めてしまった。なぜこの男はそこまでお見通しなのだろうか?そんな疑問が乱馬を突き動かした。
「あんた、一体何者なんだ?」
乱馬の言葉に男は目を丸くさせた。しかし軽く溜息をついて言った。
「やれやれ、本当に気がついていなかったのか。」
男はそう言うと懐から財布を取り出し、中から何かを取り出した。
「身分証名として持ってきてよかったぜ。本当は必要ねーんだが・・・」
男が見せたのは世界挌闘大会のライセンスであった。しかし乱馬が驚いたのはそこに書かれていた名前である。
「早乙女・・・乱馬!?」
自分と同姓同名に驚いた乱馬はそのまま男の方を見た。髪はおさげではなくそのまま伸ばした状態であり、服はチャイナ服ではなく、一般的な服を着ていた。
「そ、俺は今から五年後の未来からきたおまえだ。」
男は自分の事を未来からきた乱馬だと言った。乱馬は訳がわからない様子であったが、落ち着きを取り戻すように指摘され、徐々に冷静になっていった。
「理由はあとで詳しく話す。取り敢えずおまえの親戚ということにしておいてくれ。親父とおふくろには俺から理由を話す。くれぐれも天道家の連中、特にあかねには気付かれないようにな。そうだな・・・名前は・・・巌馬(がんま)でいいか。いや、彈馬(だんま)の方がかっこいいかな・・・?」
名前にこだわる未来の乱馬(以下巌馬)に乱馬は適当に話しながら天道家に向かった。
天道家に入ると、取り敢えず混乱を避けるべく、玄馬とのどかを外へ呼び出し、簡単な説明をした。
「話せば長くなるが、つまりは親戚って事にしといてくれよ。」
のどかは信じられないといった様子であったが、玄馬は南蛮ミラーの存在を知っていた為、なんとか納得してもらえた。
「ということで少しこちらの厄介になるわしの兄の伯父の甥の祖父の孫の従兄弟の早乙女巌馬だ。」
「や、ややこしいな親・・・玄馬おじさん!え〜っと、御紹介に預かりました巌馬です。年は22で、現在武者修行の旅をしています。」
玄馬に紹介される巌馬は天道家の居間で自己紹介をした。天道家の一同は珍しそうに巌馬の顔を眺めていた。
「へ〜、乱馬君に似てるわね。どちらかというとおじさまより、おばさまの親戚って感じよね。」
なびきが鋭い事を言う。玄馬は余計なお世話だと言わんばかりにそっぽを向いていた。しかし、早乙女姓を名乗ったのだから仕方のない事である。
「あっ、これは俺が厄介になる分の生活料です。遠慮なくとっておいて下さい。」
生活的に困難である事を知っていた巌馬は先程競馬で手に入れた金の殆どを早雲に渡した。
「こ、こんな大金、受け取る事はできん!」
鞄に入った大金を見て早雲はかなり慌てた。しかし巌馬はそれをいろいろ言い包めて納めてもらう事にした。
「いや、世話になるからにはこのくらい・・・それに乱馬の許婚がいる家ですから、これは未来の二人の御祝儀代わりということで・・・」
巌馬の言葉に乱馬とあかねは真っ赤になってしまう。早雲は何を言っても無駄だとわかったらしく、そういう事ならとその金を受け取った。
「さて、では今夜から乱馬君にはあかねの部屋で寝てもらおうか。」
早雲の提案に乱馬とあかねは立ち上がって抗議した。
「なんでそうなるんだ!?」
「そうよ!こんなやつ、顔も見たくない!」
先程の喧嘩のせいもあるのだろうか、いつも以上に反発する二人。早雲はそれを嗜めるように言った。
「だが、このままだと巌馬君の寝る場所が・・・」
「そんなのじじいの部屋が空いてるじゃねーか!」
八宝斉は現在修行と称して下着ドロボーを行っている最中である。乱馬はその事を言いたかったのだが、玄馬にそれを止められた。
「いや、お師匠様は自分の部屋に他人が干渉する事を酷く嫌うお方だ。それにあんな部屋で巌馬を寝かすわけにはいかん。大方今日はあかね君とまた喧嘩したのであろう。お互いを知るいい機会だ。」
「そうそう、それに前にも二人で寝た事があったじゃないか。その時だって別に何ともなかったんだろ?」
段々とオヤジーズの企みにはまりそうになる乱馬とあかね。このままではいかんと反論を唱えた。
「だからってあかねと一緒の部屋にすることねーだろ!」
「あの時だって仕方無しにやったことなんだから!」
いつまで経っても平行線で交わる事のない意見に、遂に巌馬が口を開いた。
「そうか。乱馬の気持ちはよくわかった。つまりはあかねちゃんと一緒の部屋にいると理性を抑えられなくて何をするかわからないというんだな?」
「ばっ、バカやろう!んなわけあるかっ!こんな色気のねーやつに手なんか出すわけねーだろ!」
さすがに自分の事は自分がよく知っている為、巌馬にはどう言えば乱馬が挑発に乗るかわかっていた。それに続いてなびきもおもしろ半分に口を開いた。
「なるほど。あかねも、もし乱馬君に手を出されたら受け入れずにはいられないって事か。」
「なっ、んなわけないでしょ!?こんな度胸もない変態にそんなことできるわけないじゃない!」
さすがにあかねのことをよく知る姉、なびきである。あかねの予想通りの反応にニヤリと笑うと言った。
「じゃあ、二人とも問題ないわよね?」
完全に罠にはまってしまった二人。ここで否定すればそれは自分の負けを意味する。となると自分の意見を主張する方法は二人で同じ部屋で過ごす事である。
「くっ!」
乱馬はしてやられたと、悔しそうにしていた。そんな巌馬も少し可哀想に思ったのか、乱馬に向けて言った。
「まあ、世話になるのは二週間程だ。それまでの期間だから許してくれよ。いっそのこと正直な気持ちを言っちまえば楽になれるぞ。」
その言葉を聞いて乱馬は巌馬の胸ぐらを掴んで余計な事をと言わんばかりに激しく揺さぶった。
「てんめー、仮にも俺の気持ちわかるだろうが!今この時代の俺達の関係がどんなものなのか!」
小声で話す為、他の人には聞こえていない。同じように小声で巌馬は言った。
「だから、結婚までの時期を早めてやろうってんじゃねぇか。じゃねえと後々後悔する事に・・・・」
一瞬悲し気な表情を見せた巌馬に乱馬は驚いて手を放した。
「なんてな。冗談だよ。」
巌馬は戯(ふざ)けて見せたが、乱馬は本当は何かがあったのだと確信した。



「まだ、怒ってんのかよ。」
「別に!怒ってなんかないわよ!」
乱馬はあかねの部屋にいた。お互い意識している為か、あかねはベッドの上に、乱馬は全く正反対の壁に背をつけて向かい合っていた。乱馬は相変わらず不機嫌なあかねの様子を確かめるべく、いつものように尋ねてみた。しかしあかねは怒っていないと言いながらその返答には怒気が混じっていた。
「怒ってんじゃねーか。大体俺は悪くねー!あいつらが勝手に・・・」
「あんたがハッキリしてればこんなことにはならないでしょうが!」
また喧嘩が始まりそうになったが、お互いに沈黙する事でそれ以上事が大きくならないようにした。
乱馬は巌馬が渡してくれた挌闘の本を、あかねは料理の本を見て沈黙に耐えていた。しかし時折二人はチラチラと相手の様子を伺っていた。
チッチッチッチ
時計の秒針を刻む音が静かな部屋に響き渡る。一時間ぐらいその状態が続いた時である。
「あーー!もうっ、私、お風呂入ってくる!」
沈黙に耐えかねたあかねは着替えを持って部屋から出ていった。乱馬もようやく張り詰めたその場から解放され、あかねが戻るまでの間自分の部屋に戻る事にした。
「おう乱馬、ついにギブアップか?」
巌馬が面白そうに笑って話し掛けてきた。
「んなんじゃねーよ!」
乱馬は不機嫌なまま答えた。気がつくと巌馬を囲んで玄馬とのどかが楽しそうに話をしていた。
「ちょうどいい。早乙女家が揃ったところで、おまえも見るか?」
巌馬が見せてきたのは一冊のアルバムであった。乱馬は怪訝そうにそのアルバムを開いた。中にはたくさんの写真が貼ってあった。
「未来の写真だ。いやぁ、ちょうどあかねの病室に置いてあったのをそのまま持ってきちまったみたいだからな。」
巌馬の言葉に乱馬は反応した。
「病室・・・?おいっ、どういうことだ?」
巌馬は口を滑らしたとばかりに慌てて口を掌で押さえた。玄馬とのどかもその態度に笑いを止め、巌馬に尋ねようとした。しかし巌馬はそれ以上その事について話そうとはしなかった。
「明日・・・理由を話す。」
ただそれだけ呟いた。乱馬もそれ以上は追求しないようにしてアルバムの続きを見た。写真には乱馬とあかねが幸せそうに写っていた。デートやら結婚式など、どれも幸せそうであった。あかねの髪は今よりももう少し長く、そして綺麗であった。写真の二人の顔はとても活き活きとしていた。黒いスーツの乱馬がウエディングドレスを着たあかねを抱え、そのまま少し照れながらも写真の方へ笑いかける写真があった。
(俺、あかねと結婚すんだな。)
これからの未来を教えられたようで乱馬は頬を紅潮させた。しかし次を開いてみるとそこには何も写真が貼られていなかった。写真が結婚式以降の写真がない事や、アルバムの半分も貼られていない事に乱馬は何故か嫌な思いを廻(めぐ)らせた。



「ふぁ〜あ。眠い。」
風呂に入り、ナルト柄のパジャマに着替えた乱馬はあかねの部屋の前で立ち止まった。そう、これから乱馬はあかねの部屋で寝るのだ!しかしそれが妙に緊張させられ、入る事が躊躇われた。取り敢えず乱馬はあかねの部屋の戸をノックした。
「どうぞ。」
乱馬だとわかっている為か、あかねは感情のこもっていない声で応えた。
「は、入るぜ。」
乱馬はそう言って中に入る。平常心を保とうとしているが、心臓の鼓動は激しく、自分の心音があかねに聞こえてしまうのではと思う程であった。
それから30分。相変わらず二人は黙ったまま距離を保っていた。しかし乱馬は突然立ち上がると、机の横の窓の方へ向かった。
「やっぱ俺、屋根か木の上で寝るわ。」
以前右京のお好み焼きソース事件で偽り夫婦を演じた時、乱馬がとった行動と同じような事を考えたのだ。あの時ならばあかねもそこまでしては可哀想だと思い、そこまでしなくてもよいという言葉を発した。しかし今は喧嘩中。あかねは乱馬に容赦はなかった。
「どうぞ、ご勝手に。その方が私も助かるわよ。」
あかねの言い方に乱馬はムッとしたが、あかねの方を向かずにそのまま窓を開けて飛び出そうとした。しかし次の瞬間!
ガラガラ・・・・・ピシャ!ガチャリ。
窓を開けたと思いきや、物凄い勢いで窓を閉め、凄まじい早さでカギを掛けた。そしてすぐさまあかねに飛び掛かって背後から抱き締めた。
「ちょっ!なにすんのよ!」
突然の行動に当然の事ながら驚くあかね。背後の乱馬の顔を睨み付けようとすると乱馬の様子がおかしい事に気がついた。身体はガタガタと震え、歯はガチガチと鳴らしている。目は涙でウルウルとしていてあかねを掴む手に力が篭っている。
「な、何なのよ一体!」
要領を得ないあかねは乱馬の方に向かって言った。乱馬は相変わらずガタガタ震えていたが、窓の方を指差して答えた。
「ね、猫ーー!猫が屋根に〜!!」
あかねが窓の方を見ると、確かに月明かりに照らされて猫のシルエットが映し出されている。鳴き声も聞こえている。おそらくなびきが餌をバラ撒いて猫を誘き寄せたのであろう。乱馬は情けなくも失神寸前であった。
カリカリ
窓を爪で引っ掻くような音が聞こえてきた。
「ひぃっ!」
乱馬はあかねを掴む手に力を込めた。
「ピー、プギー!」
この独特な鳴き声は猫ではない。
「なんでぇ、P助か!」
安心してあかねを掴む手から力が失せる。どうやら猫はもういないようだと安心した。乱馬から解放されたあかねはそのまま窓のカギを外して開いた。途端に一匹の小さい黒ブタがあかねに飛びつく。
「Pちゃん!どこ行ってたのよ。」
Pちゃんはあかねの腕に抱えられながら乱馬の方をキッと睨んだ。乱馬にも何が言いたいかわかっていた。
「ピーッ!ピッピッ!(乱馬、何故貴様があかねさんの部屋にいるんだ!?)」
「うるせーなー!成り行き上仕方ねーんだよ!」
ブタ語が理解できるとは思えぬ乱馬だが、大方意味はわかっていたのだろう。しかしあかねはブタに喧嘩腰になる乱馬を見て呆れていた。
暫く睨み合っていた一人と一匹だが、あかねは乱馬を無視するようにPちゃんを抱き締めた。
「あんなやつ、気にしない方が良いわよ。Pちゃん。」
Pちゃんは抱き締められたまま、ついでにあかねの肌に顔を擦り寄せると、乱馬の方を向いてニヤリと笑った。
「あーーっ!・・・てんめぇ、俺を挑発してんのか!?」
「ちょっと!小ブタに妬くなんてみっともないわよ。」
乱馬はいっその事ブタの正体をバラしてやろうかと思ったが、折角ここまで隠してきた事なのでなかなか言えずにいた。悔しそうにブタを睨んでいると、開きっぱなしであった窓から何かが乱馬の懐に飛び込んだ。反射的にそれを抱える乱馬。目線をブタから自分の腕に抱えているものに移す。そこには白と黒の混じった猫がいた。
「ふぎゃーー!猫やだ猫やだ猫やだ猫やだーーーー!!」
乱馬は天井高く猫を放り投げると、自分はあかねの部屋を走り回った。
「ちょっと、暴れないでよ!」
乱馬の行動に退避しつつ、あかねは落ち着かせようと試みた。
「乱馬!」
名前を呼ばれて立ち止まる乱馬。落ち着きを取り戻そうとした瞬間、さきほど高く投げた猫が着地して乱馬の顔に飛び掛かった。
「●×◇※▲!!!」
声にならない叫びでその場に昏倒する乱馬。猫はそのまま窓から出ていってしまったが、乱馬には異変が起きていた。
「フーーッ!」
猫化していた。乱馬は目の前にいるあかねの懐に抱えられていたPちゃんを本能的に敵だと察知した。
「フーーーッ!」「プギーーーッ!」
睨み合う獣と獣もどき。果たして勝つのはどちらか・・・などと黙っているあかねではない。少なくとも今の乱馬が暴れればこの部屋はたちまち滅茶苦茶になってしまうだろうとわかっていたのだ。
「おいでおいで。」
Pちゃんをベッドの上に置くと、あかねは腰掛けて膝の上に招き寄せた。
「ニャーー。」
嬉しそうにあかねの膝の上に乗り丸くなる乱馬。Pちゃんはその様子を涙目で見ていた。時々乱馬と目があってはお互い睨み付けていた。
「こーら、喧嘩しないの。・・・あ〜あ、もう眠いんだけどな。まっいいか、今の乱馬は何も悪くないんだし・・・」
乱馬の頭を撫でながら、あかねはいつしか眠りについていた。


翌朝、あかねが目を覚ますと乱馬はあかねの隣に蹲(うずくま)って寝ている。あかねがベッドから抜け出そうとすると無意識なのか、乱馬から手が伸びてあかねの腰に手を回して抱きつく。
「ちょ、ちょっと・・・放してよ。」
まだ猫化しているかもしれないので起こす事は躊躇われたが小声で囁きかけるあかね。しかし乱馬は目を覚まさない。
「あかねーー、・・・お邪魔だったかしら?」
なびきがノックもなしにあかねの部屋に入る。目の前の状況を見てからかってみるが、あかねがどうも必死な様子である事に気がつく。
「手伝ってよ、お姉ちゃん。乱馬が昨日猫化しちゃって・・・」
「ふ〜ん、せっかくだからもう少しゆっくりしてれば?乱馬君起こすのもかわいそうだし・・・」
あかねを掴んで幸せそうに眠る乱馬を見てなびきは笑った。しかしあかねの方は怒っている。まるで誰のせいでこんなことになったかを指摘するように。
「わ、わかったわよ。私が乱馬君の手を外すからあんたは力が弛んだらすぐに離れなさい。」
なびきの助けもあってなんとか抜け出すあかね。二人はそのまま居間に向かった。
「おはようございます。」
あかねが巌馬に挨拶をする。巌馬もそれに応えて挨拶を返した。
「おはよう!昨日はよく眠れたかい?」
あかねは首を横に振る。ドタバタ騒ぎで安心して睡眠を取る事ができなかったのだから当然だ。
その後は食卓に朝食が並べられ、腹時計で目が覚めた乱馬が降りてきたところで住人が揃った。
「昨日の事、覚えてねーんだけど・・・」
「そりゃそうでしょ。あんた猫化したんだから・・・」
空白の記憶を埋める会話。どうやらあかねは昨日の事はもう怒っていないらしい。猫という言葉に乱馬と巌馬は反応した。
「巌馬さんって22歳でしたよね。結婚とかなさっていらっしゃるんですか?」
あかねは巌馬に質問をする。どうやら少し気になっているようだという事は乱馬にもわかっていた。
「ああ。半年前にね。俺達、なかなか素直になれなくて結婚するまでに6年もかかっちまった。」
「ってことは16の時には既にお互い好き合っていたと・・・奥さんの名前は?」
なびきがメモを取りながらいろいろ尋ねてくる。
「あか・・・じゃなくてたかね。仙道たかねです。それが何か?」
口を滑らしそうになった巌馬はあわてて思いついた名を答えた。
「ふむふむ、早乙女巌馬に仙道たかねか。まるでどっかのお二人に似た名前よね。」
鋭いなびきに巌馬は冷や汗が背筋を伝った。
(もしかして、もうバレてる?)
不安な気持ちが漂う中、なんとか朝食の時間は終わった。
「さて、ちょっと二人で話そうか。」
巌馬は昨日の事を話すべく、乱馬を公園に誘った。乱馬は何の事かすぐにわかったのでそのまま素直についていった。


「さて、何から話そうかな・・・まずは結婚する時からかな。」
「大丈夫なのかよ?もし皆が潜んでたら・・・」
いつものように天道家の一同が隠れているかもしれないと思うと乱馬は気が気ではなかった。
「それは問題ない。親父とおふくろに皆を止めるように言ってあるから。」
安心した乱馬に、巌馬は少し前の話をした。



つづく





作者さまより

少し前にネタが尽きて書かないでいたものです。乱馬が二人だと説明にいちいち分けて書くのも面倒だと思い、名前だけオリジナルにさせてもらいました。


 未来から飛び込んで来た、お騒がせ男。乱馬。彼は何をしに過去へと辿ってきたのか。
 巌馬、こと乱馬から話される「経緯とは?」。
(一之瀬けいこ)


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