◇羽衣伝説
武蔵さま作


昔、駿河の国(現在の静岡県)三保に小さな村があった。その村人達は決して裕福ではなかったが海や山などに恵まれ、生きて行くには十分であった。
しかしそんな村から少し離れた所に一つの小さな家があった。そこに住んでいるのは1人の少年、と言ってもこの時代では十分成人であるが、髪を後ろで結んだ端正な顔だちの男がいた。その男は生まれて間もなく母を失い、父も数年前に他界してしまった為、他人とどう接したら良いのかわからなかった。その為、友人をはじめ村人に対して多少口が悪いという事もあったが村人は彼の経緯、そして本当の気持ちを知っていた為気持ちよく接してくれていた。村で一緒に住もうという友人からの提案もあったが住み慣れた土地、そして思い出のある家を離れる訳にはいかないということで彼は海岸近くの小さな家で暮らしていた。

−−−村−−−

「ふう、今日は大漁だな。なあ乱馬?」
「ああ。いつもこんな楽な日が続いてくれるといいんだが。」
日が暮れ出した頃、2人の若者が漁での収穫を持って村にやってきた。2人が来たのを見かけると村人達は家から飛び出すように駆け付けて来た。
「おかえり、乱馬に良牙。今日は大漁だね。」
村の若い娘達が声をかける。その他もたくさんの人達が2人を出迎えてくれた。
「ほら、早く持ってかねぇと無くなっちまうぜ!」
良牙が周囲の村人に声をかける。この2人が主に漁で獲物を捕ってくる。そして無料で村人達に配るのである。村人にとっては海の幸を得られるにはこの2人なしでは無理である。複雑な海流の為彼ら以外の者が漁に出れば確実に命を落とすのである。乱馬と良牙以外の者は山での食料調達などをしている。だからこの村にとって乱馬と良牙の存在は欠かせないものである。
「さて、俺の取り分は取ったし帰るとするかな。」
乱馬が村から離れた家に住んでいる少年であり、良牙こそ乱馬の唯一無二の親友である。
「なら、送ってくぜ。」
良牙が乱馬に言うと乱馬はそれを制止した。
「冗談言うなよ。良牙に送ってもらったらその後おめぇ自身が帰れなくなっちまうだろうが。それにまだ夫婦になって間もないんだろ。早く帰ってあかりちゃんを安心させてやれよ。」
この良牙という男は極度の方向音痴の為村から出る時は必ず乱馬と行動する事をなんと村の掟として定められている。結婚はしていて心の広く、優しい娘と夫婦になったばかりである。
「ま、そんなわけでじゃあな。また三日後来るからよ。」
乱馬は魚、木の実、野菜などの入った篭を担ぎ自分の家へと帰って行った。
「まったく、あいつももっと村に溶け込んでくれればな・・・」
去って行く友人の背を見つめながら良牙が呟いた。


「良牙の奴、幸せそうな顔しやがって。」
乱馬は先ほどの良牙の赤くなった顔を思い出して笑みを浮かべた。
「夫婦か・・・・ま、俺には縁のない話か。」
乱馬は頭に浮かんだ事をすぐに振り払った。乱馬とてその顔立ち、体格から村中の若い娘達が寄ってくる程の人気である。しかし当の乱馬には色恋沙汰に興味がないのか全く相手にして来なかった。と言うよりもどう対処して良いかわからなかったのである。その為村中では誰が乱馬を射止める事ができるかで女同
士の争いが絶えない程である。
「んっ?なんだありゃ!?」
松原を歩く乱馬の目の前には風に吹かれながら飛んでくる不思議な物体があった。その物体は乱馬の手元
に下り立った。
「なんだこれは?直衣みてぇだが絹でもないし・・・一体なんでこんなところに?」
その衣はどこか神々しく、うっすらと光を放っていた。
「まあいいや。町で売れば結構な値がつくだろう。」
乱馬は篭の中に衣を入れると家に帰って行った。

−−−乱馬の家−−−

家についた乱馬は食料を食料置き場に入れると疲れの為、そのまま仰向けに寝転がり深い眠りに入った。


数時間経った頃、乱馬は人の気配で目が覚めた。辺りはもう暗く、家の中は真っ暗であった。
乱馬は火を灯し、入り口の方に近付いた。するとそこには裸の若い女性が乱馬に気付き驚きの表情を見せた。驚いたのは乱馬もである。何度か村人が様子を見に来た事はあったが裸の訪問者は初めてであった。
「なっ、な・・・・・」
乱馬が言葉を発せずにいると女の方から叫び声と平手打ちが同時に起こった。
「きゃーーーーーーー!!」
響き渡る大声。そして強烈な攻撃。乱馬はその場に倒れ込んだ。しかしすぐに立ち上がり女に尋ねた。
「なんだおまえは?人の家に勝手に入り込んだあげく叫び声を上げて俺を殴り倒しやがって。」
乱馬が怒るのも当然である。裸体を見てしまったという事に罪悪感は感じてもそれは不可抗力であり この場合、乱馬は悪い事はしていない。
「ここ、空家じゃなかったの?」
体を手で覆い隠しながら女は座り込んで言った。
「んなわけねぇだろ。なんでこんな所に空家があんだよ!」
女を直視できない為か背を向けて話す乱馬。言葉は乱暴ではあるが内心では動悸が治まらないようである。
「だって村から離れてるし・・・って、とにかく何か着るものをちょうだい。」
乱馬が見ていないからといっていつまでも裸でいるわけにはいかないので女は乱馬に衣服の要求をした。
乱馬は女を見ないように黙って奥へと行き、後ろ向きのままで女に衣服を投げた。
「ありがとう。黙って家に入った事はお詫びするわ。だけど裸見られた事は許さないんだから!」
男物ではあるが着る物を着た女は乱馬に怒りを露にした。
「あのなー、好きで見たわけじゃねーよ。というよりなんであんたは裸なんだ?」
当然と言えば当然である。乱馬にとっては家に入った事よりも、着る物を捜していた事よりもなにより裸だった事がなによりの疑問であったのである。
乱馬の問いに女は真面目な顔になって言った。
「驚かないで聞いて欲しいんだけど・・・実は私、天からやってきた天女なの。」
女の真剣な顔に乱馬は黙っていたが、自分の事を天女と言う女に対し、乱馬は驚くどころか笑い出した。
「わははは、真面目な顔して何を言い出すのかと思えば・・・・天女だって・・・」
乱馬が爆笑する一方女は先ほどのまま真剣な表情だった。
「なにが可笑しいのよ!天女は本当にいるのよ!」
「仮にいたとしても、おめぇみたいにガサツで乱暴な奴が天女なわけ・・・・」
乱馬は最後の言葉を発する前に女の凄まじい威力の蹴りによって空高く飛ばされた。


「危うく俺まで天まで昇っちまう所だったぜ。で、その天女さんがどうして裸で、何の目的で俺の家に入ったんだ?」
完璧に納得したわけではないが乱馬は女が天女だということに同意した。人間離れしたあの力などを見て同意せざるを得なかったということもある。まあ、生きいている乱馬も乱馬で凄い所はあるが。
「実は先程、仲間達と一緒に下界に降りてこの近くの海で水浴びをしていたの。ところが私の羽衣が風で飛ばされてしまったからずっと捜していたの。あの羽衣がないと天界に帰る事が出来ないの。」
「それでとにかく着る物を捜して空家だと思った俺の家に入ったと。」
「ええ。仲間達は先に天界に帰ってしまったから私も早く羽衣を見つけて帰らなければ・・・・」
乱馬は話を聞いていたが突然脳裏に先ほどの事が思い浮かんだ。松原を歩いていた時飛ばされてきた物。
もしやあれが羽衣だったのではないかと思ったのだ。だとすればあの神々しさも、またあの場に飛ばされ
てきたのかも全部筋が通る。
「ちょっ、ちょっと待ってろ!」
乱馬は急いで部屋の奥へ行き、食料庫を覗いた。
「えーっとたしか篭に一緒に入れたから・・・・ここかな?」
乱馬は必死になって捜したがどうしても見つからない。仕方無しに天女のいる部屋に戻った。
「どうしよう、地上じゃ誰1人知ってる人はいないし、あれが無いと私・・・・」
女は泣き出してしまった。乱馬はそれを見て心が痛むのを感じ女に言った。
「その羽衣が見つかるまでここにいたらいい。俺も捜してやるから。俺は村に行ったり漁に出たりしてっからこの家を好きなように使ってもいいし・・・」
(それにその方が羽衣が見つかった時すぐに渡せるもんな。)
乱馬も両親が他界してからというもの孤独感を覚える事はあった。しかし強がりな性格な為決して人には
弱さを見せずに生きてきたのである。といっても本音は自分が羽衣を無くしてしまったという罪悪感と見つかった時に即座に渡す事ができるという安堵感によるものだった。
「本当に、ここにいていいの?」
「ああ。俺の名前は乱馬。おめぇの名は?」
「私はあかね。よろしく、乱馬。」
微笑むあかね。一瞬乱馬はその笑顔に戸惑いを感じた。
「どうしたの?」
顔を赤くしてこちらを見ている乱馬をあかねは不思議に思って聞いた。
「いや、さっきから怒った顔と泣いた顔しか見てなかったもんで・・・その・・笑ってれば可愛いと・・・」
今度はあかねの顔が赤くなった。
お互いに沈黙が続いていたが乱馬の腹の音でその沈黙は絶たれた。
『ぐぅ〜〜』
「そういや帰ってきてから何も喰ってなかったな。」
乱馬が腹を押さえながら立ち上がった。するとあかねも立ち上がって言った。
「料理なら私が作ってあげるよ。これからお世話になるんだし、そのくらいしなくちゃ。」
あかねは奥へ行き、食材を手にすると調理に取りかかった。
乱馬としては普段から料理は苦手ではないが自分の作ったものと他人が作ったものとでは味が多いに違う為、結構期待していた。
「はいっ、お待ちどうさま!」
あかねの置いた料理、それは少なくとも料理には見えなかった。焼き魚はどう見ても中まで火が通っていないし、味噌汁は味噌が溶けずに浮いている。更にはその味噌汁には少なくとも数種類のしかも大漁の味噌が入っている事がわかる。
「見た目は悪いけど味は大丈夫。」
あかねの笑顔を見て安心したのか乱馬は見た目の悪さを気にせず一口料理を食べた。
「!!!」
本来の美味しい料理ならば、口の中に広がる程よい食感と壮絶なる旨味。そして鼻腔に伝わる芳醇な香りというのが定番である。しかしあかねの料理に乱馬が感じた物は口の中に広がる苦々しく表現できない程の不味さ。そして鼻腔を突く毒々しい香りと言う方がよい。
一口で固まる乱馬。もはや石化寸前である。そんな乱馬を見ても何一つ笑顔を変えずにあかねは言った。
「どう?おいしいでしょ。」
「て、天界の味は凄いな。地上の人達とは全く違う味で俺みたいな一般人には理解し難い。」
乱馬は天界の人達は皆この料理を食べているのだと思い言葉を慎重に選んだ。
「私にも一口ちょうだい。」
あかねは乱馬の表現が理解できない為か、それとも自分の料理の味が知りたい為か。何にせよあかね自身自分の料理を口に運んだ。そしてその結果は乱馬同様苦しむ程の味であった。
「なにこれ〜、全然美味しくできてない!」
この言葉を聞き乱馬は天界の人達がこういう物を食べてはいないという事を理解した。
「やっぱこれ失敗作か!まったく。天界の人達はこんなおっそろしく不味いもん毎日食べてんのかと思っちまったぜ。」
乱馬から出てきた本音。それを聞きあかねは体を震わせた。
「何よ!だったら最初から不味いなら不味いって言えばいいじゃない!」
「それを言うならおまえだって味見ぐらいしろよ!」
「・・・・・乱馬のバカ!!」
あかねは家を飛び出した。
「けっ、勝手にしろい!」
腕組みをして入り口に背を向ける乱馬。しかしその表情からは動揺が伺える。


「乱馬のバカ!!」
あかねは泣きながら砂浜を歩いていた。しばらく経つと歩き疲れたのかあかねは砂浜に座り込んで空を見上げた。
「羽衣があったらすぐに天界に帰る事ができるのに・・・お父さんやお姉ちゃん達、心配してるだろうな。」
地上からは決して見える事のない天の国。あかねは夜空に浮かぶ星を見ながら自分の家族の事を思っていた。
「大体、右京や小太刀もなんで私を置いてくかな?一緒に羽衣捜してくれればいいのに!」
あかねは今度は仲間達の事を思い出していた。あかねの羽衣がないとわかった時、小太刀は真先にあかねを見下したような笑いをして天に帰っていった。右京は心残りだったが天での商売の時間も迫っているという事で帰ってしまったのだ。あかねはすぐに追い付くといったのだが肝心の羽衣が紛失してしまった為帰るに帰れないのだ。
「どうしよう。この地じゃ頼れる人がいない。乱馬とは喧嘩して出てきちゃったし・・・」
あかねは乱馬の名を口に出した時、乱馬の姿が思い浮かんだ。自分の家に住ませてくれるといった時。私利私欲の為ではなく、あかねの為に羽衣を捜してくれると言った時。そんな情景があかねの脳裏に思い起こされた。
(乱馬、どうしてるだろう。やっぱり怒ってるよね、あんな言い方して出てきちゃったら。)
あかねは不安に押し潰されそうになりながらもと来た道を小走りで帰っていった。
乱馬の家に着くとあかねは入り口の戸を少しだけ開けて中を覗いた。
「!!」
火が灯してあった為、家の中はよく見えた。そこにいたのは仰向けで苦しんでいる乱馬だった。
「乱馬!どうしたの?しっかりして!」
あかねは急いで駆け寄り乱馬を揺さぶった。乱馬の口からは尾の付いた魚の骨が飛び出していた。
まさかと思いあかねは振り返って自分の作った料理を見た。予想通り食卓の上には綺麗に食べ尽くされた食器だけが置いてあった。
「乱馬・・・・」
不味いと言っていた自分の料理を残さず食べてくれた乱馬に対し嬉しさと喜びが溢れるあかね。しかし当の乱馬はぐったりとしている為、あかねは必死になって看病した。


−−−翌朝−−−

「ここは・・・?」
乱馬が目を覚ますと外は明るく、家の中まで光が差していた。腹部の重みに違和感を感じた乱馬は首だけを起こした。そこには手を枕にした状態で乱馬に突っ伏して寝ているあかねがいた。
あかねを見た時に額から冷たく湿った手拭いが落ち、乱馬はあかねが看病してくれたことに気が付いた。
あかねが寝ている為上半身を起こす事が出来ないので乱馬は暫く仰向けの状態で天井を眺めていた。昨夜の料理の件での体の調子はもはや完全回復したようである。
「う〜〜ん、ふぁ〜〜。」
あかねが眠たそうに起き、伸びをしたのを確認すると乱馬はようやく上半身を起こした。
「お、おはよう。」
昨夜の一件を気にしているのか乱馬の挨拶はどこかぎこちない。
「乱馬!いつから起きてたの?体はもう大丈夫?」
あかねは眠そうだった目を開いて乱馬に尋ねた。
「ああ、もう大丈夫だ。体調ももどったしそろそろ行かないとな。」
「えっ、行くってどこに?」
あかねの疑問は当然だった。乱馬の行事予定では後二日は漁には出ないはずである。
「ちょっと村にな。俺の親友の良牙の手伝いをしに行くんだ。あいつ、夫婦になってから何かと大変だからな。あかね、おまえも来るか?」
「えっ、いいの?」
「あたりまえだろ。じゃあおふくろが使ってた衣服があったからそれに着替えてこいよ。」
乱馬は箱の中から女物の服を数着取り出した。なにしろ面影のない母の唯一の形見なのだ。乱馬にとっては大切な物であろう。
あかねは奥へ行き、着替えてきた。村へ行く事、それはあかねにとって羽衣の手掛かりを掴む為であった。
しかし当の羽衣は自分の住んでいる乱馬の家にあろうとは知る由もなかった。


−−−村−−−

「おいっ、ありゃあ一体誰だ?」
「おやまあ、えらい別嬪さんだね。」
村では乱馬が連れてきたあかねのことで騒がれていた。村娘は乱馬の隣にいる事を妬んだり羨ましがったり、諦めたりなど様々であった。そこへ良牙がやってきた。
「よお乱馬、来てくれたの・・・・ってそのお嬢さんは一体誰だ?」
「私の名はあかねといいます。訳あって乱馬の所に一緒に住ませてもらっています。」
あかねの言葉に良牙は驚いた。両手を頭の後ろに置き口を開け、雷が落ちたかの如くその場に 膝をついた。
「そんなバカな!乱馬にこんな美人が・・・」
ただでさえ乱馬は村の人、特に村娘には全く関心を持っていなかった乱馬がこうして若い娘を、しかも容姿端麗な人を連れて来るという事が良牙には衝撃が大きかった。
「おめぇにはあかりちゃんがいるだろうが!だいたい俺とあかねはそんな仲じゃ・・・」
「そうだ!俺には結ばれたばかりのあかりちゃんがいるんだ!」
乱馬の言葉を遮り、良牙は気合を入れて立ち上がった。
「乱馬、手伝ってくれるんだよな?早く行こうぜ!それにあかねさんとの関係について聞かなきゃならねーことはたくさんあるんだからな。」
怖い笑みを浮かべ乱馬の肩に手を置く良牙。乱馬は苦笑いしていたが何をいってもダメだと諦めたのか呆れたような溜め息をついた。
「じゃあ俺は良牙の家に行くからあかねは村の中でもまわってろよ。半刻ぐらいで戻る。」
「わかった。その時またここに戻って来るから。」
乱馬は良牙の家に行き、あかねは村の中を見てまわった。魚を干している人、子供のはしゃぎまわる姿など全てあかねにとって初めて見る物ばかりであった。暫くすると辺りをキョロキョロしながら歩いている見た事のある人物があかねの目に入った。良牙である。
「どうしたんですか?」
あかねの言葉にハッと気がつく良牙。
「いや、実は木材が必要なんで取りにいったら迷っちまって。」
生まれつきなのか遺伝なのか、良牙は生まれ育った村の中でさえ迷ってしまうのだ。
良牙は持っていた木材を椅子代わりにしてあかねと座った。
「あかねさんは、その・・・乱馬の事どう想ってるんだ?」
良牙が急に真剣な顔になってあかねを見据えるように言った。急な質問にあかねは戸惑ってしまう。
「ど、どうって・・・口は悪いけど、優しい所もあるいい人よ。」
「そうか。じゃあ乱馬と夫婦になるつもりはないか?」
「えっ!!!」
突然の良牙の言葉。それはからかっているわけでもなく冗談でもない。真顔で真剣だという事はあかねにもわかった。だが何故突然良牙がそんな事を言うのかがわからなかった。
「あいつ、両親を亡くしてから村の連中とはあまり関わりを持とうとしないんだ。生まれてから親父さんに育てられたから礼儀もしらないし、口は悪いしってことで何だか皆と距離を置くようになった。もちろんこの村の人達だってそんなことは気にしないで今みたいに付き合っているけど、やっぱりどこか深く関わろうとしないんだ。」
乱馬の事を一番良くわかっている良牙は少し切な気な顔で話した。
「だから家も村とは離れた所にあるの?」
「ああ。村人も心配で時々見に行くんだがすぐに『大丈夫』ということで帰されてしまう。乱馬の家の中まで入れるのは村では俺一人だった。だけど君は今乱馬と一緒に住んでいる。実際、さっき乱馬と話したけどなんか昨日とは別人みたいだ。なんていうか明るい、昔の乱馬に戻ったみたいな気がするんだ。」
良牙はよほど嬉しいのか両拳を握り、口元に笑いを浮かべて話した。
「でも!それと夫婦とどういう関係があるんですか!」
あかねは声を張り上げて言った。乱馬が嫌いとかそういうわけではない。ただ自分は本当はこの地にいるべき人ではないのだ。
「しかし、乱馬の方は君に好意を寄せてはいると思うよ。あの乱馬が君の事ばかり話して、しかも文句ば
っかり言ってやがる。あんな乱馬を見るのは初めてだぜ!」「乱馬が私の事を?・・・・なっ、なんて言ってたんですか?」
「はは、怒らないで聞いてくれよ。『あいつの攻撃は恐ろしいほど威力がある。おまけに料理をさせりゃ究極の不味さを描く恐ろしいまでの不器用さ。ありゃ嫁の貰い手がねぇな。』だってさ。」
「あ、あいつーー!!」
目をつり上げ、拳を震わせるあかね。誰がどう見ても怒っているのがわかる。
「まあまあ、乱馬があんたと夫婦になってもいいってことがわかったろ?」
良牙の言葉をあかねは理解できなかった。乱馬が言ったのは自分を蔑はしても決して好意を寄せている類いの言葉は一言も言ってはいないのだ。
「『嫁の貰い手がない』ってことは『しょうがねえから俺が嫁に貰ってやる』って解釈できるって事さ。
あいつとは長年親友やっててこれぐらいのことはわかるのさ。」
あかねは先ほどまでの怒りが今度は恥ずかしさで耳まで赤くなり俯いてしまった。
「さて、そろそろ行くとするか。乱馬ももう待ってる事だし・・・・すみませんが家まで連れて行って下さい。」
乱馬について語った良牙。先ほどまでは格好良かったのだが今は少し情けない。
2人が戻って来ると村の入り口付近では何やらお祭りのような騒ぎがあった。
「なにかしら?」
あかねが近付くとその騒ぎの中心には乱馬がいた。困った様子で何かを必死に否定している様子だ。
「乱馬、一体これはなんなの?」
あかねが乱馬に近付いた瞬間、騒ぎは一層大きくなった。
「どうやら俺が嫁さんを連れてきたと村の連中が勘違いしたらしい。祝言の準備までしてやがる。お、俺はちゃんと違うって説明してたんだぞ。だけど・・・」
慌てふためく乱馬。あかねはそんな乱馬を見て少し吹き出してしまった。
「ふふっ。わかってるわよ。でもおさまりそうにないわねこの騒ぎ。ほんとに祝言挙げちゃおうか?」
「えっ!?」
一層あわてる乱馬。まさかあかねがこう言うとは夢にも思わなかったのだ。
「お、俺はおまえが嫌じゃないんだったら・・・・」
もはや乱馬の視点は遥か上を見ている。両手の人指し指を互いに突きあっている。完全に照れているのだ。
こうして2人は本当にその場で祝言を挙げてしまった。
「ふっ、うまくいったな。」
笑みを浮かべる良牙。全ては良牙の企みであったことを2人は知らない。


祝宴は夜まで続き、乱馬とあかねは村を去った。帰り道、乱馬とあかねは2人寄り添うように帰った。
「なあ。俺と夫婦になった事、後悔してねぇか?おまえは天女なのに・・・・」
乱馬にとって今回の祝言で気掛かりだったのはあかねが自分とは違う天界の人だということであった。
「なーに言ってんのよ。だけどであってからまだ1日だってのにまさか夫婦になっちゃうなんてね。ちょっと気が早すぎたかな。」
少し考え込むあかね。だがすぐに乱馬の腕をしっかりと抱えながら言った。
「まあ、たった一日でもあんたの良さはわかってるから。だから祝言挙げた事、後悔なんかしてないよ。」
そんなあかねを見て暗闇でもわかるほど赤くなる乱馬。その後、家に着くまで何もはなせない状態であった。


−−−壱年後−−−

「早く!あんた産婆だろ、なんとかしてあかねを楽にしてくれよ!」
「わかっとるわい!湯と手拭いを用意せい!あかねさん、しっかり気を持つんじゃぞ。」
あかねは今、子供を産む寸前である。乱馬が急いで村から産婆を連れてきた為、あかねも安心して産む事ができるのだ。
「あかね!頑張れ!」
乱馬はあかねの手を取って必死に励ました。あかねもそれに答えるように辛く汗を流しながらも乱馬に笑いかけた。
緊迫した空気が張り詰める中、ようやく赤子が生まれた。
「ほりゃっ!元気な男の子じゃて。頑張ったのうあかねさん。乱馬!早う赤子を包む布でも持って来んか!」
「ったくあの婆ぁこき使いやがって!」
怒りの反面子供が生まれた喜びで顔は引きつっていた。
「え〜っと、布はこのへんか・・・」
乱馬が大きめの布を出した時、同時に何かが飛び出した。その物が放つ光は乱馬が以前見た事のある光であった。
「これは・・・あのときの羽衣!ってことはあかねの・・・」
乱馬は少し黙っていたそれを奥に隠すと布を持ってあかねのいる部屋に戻った。
「乱馬!見て、私達の子供よ。・・・どうしたの?」
あかねは喜んで布に包まった赤子を見せたが乱馬は先ほどの羽衣の一件で浮かない顔をしていた。それがあかねに心配させてしまったのだ。
「んっ、ああ、別になんでもねぇよ。それよりよく頑張ったな。」
「うん!」
互いに安心して笑いあう。赤子はおとなしくしている。
「こいつ、あかねの血を引いてるくせにおとなしいな。もっとあかねみたいに暴れるのかと思ったぜ。」
笑いながら赤子をあやす乱馬。すぐにあかねに赤子を取り上げられ吹っ飛ばされる。
いつものようにあかねをからかう乱馬だがどこか無理している事にあかねは気付いていた。


一週間が経ち、慌ただしかった子育てもようやく慣れてきた。あかねが子供を寝かしつけているとそこへ乱馬が深刻な顔をしてやってきた。
「あかね、大事な話がある。」
乱馬の切なそうな顔、重みのある苦し気な言葉にあかねは不安になった。
「何?話って。」
乱馬は一度部屋の奥へ行き、何かを持って戻ってきた。
「それは!!」
あかねは驚いた。乱馬が持っていたのは紛れもなく自分が無くした物、そして乱馬と一緒に住むきっかけ
となった羽衣であった。
「どうして・・・乱馬が・・・」
「一年前、あかねと会った日、俺が松原を歩いていたらこれが飛んで来たんだ。あかねに会って羽衣を捜しているって聞いた時、すぐにわかった。返そうと思ったけどそのとき、どこに置いたか忘れちまった。この間、子供が生まれた時これが出てきたんだ。だけどこの事を言ったらあかねはすぐに天界に帰っちま
うんだって思ったら言えなくなってた。だけどやっぱり、これはあかねに返すべきだと思った。だから・・・」
羽衣を抱えた状態で俯いて話す乱馬。いつもは気丈で見開いている瞳も、今は苦しさのあまり今にも目を開けているのも辛いように見える。
「乱馬・・・・」
そっと羽衣を手渡す乱馬。その足取りは重く、これを渡したらどうなるかがわかっているようだった。
「そっか、乱馬が持ってたのか。でも乱馬と過ごしたこの一年、楽しかったよ。子供の事、おねがいね。」
あかねは羽衣を纏うと家の外へ出た。乱馬もそれを見送るように付いていった。
「俺、おまえと過ごせてよかった。まあ、子供の事は心配せずに元気でやんな。」
「うん。それじゃあ・・・」
「天界に帰ったらその不器用とガサツな性格なおせよ!」
精一杯の強がりだという事はあかねにもわかった。あかねも辛いのだが我慢して笑顔で別れた。
あかねの身体が宙に浮き、空高く昇っていった。
「じゃあな・・・・あかね。」



あかねが帰ってからさらにニ週間が過ぎた。あかねが去ってからの乱馬は何をやるにも必死になっていた。
そうでもしないとあかねのことを思い出してしまうからであろう。働きながら子を育て、村へ行ったり漁に出たり。その姿はあまりにも痛々しく、村人は何度も辞めさせようとした。しかしそれでも乱馬は働き
続けた。
夜になり、あたりが静まり返る。乱馬は子を連れて家に帰った。簡単な食事を終え、就寝したが赤子の泣き声で起きてしまった。
「やれやれ、何泣いてやがんだ。男なら泣くんじゃねぇよ。」
それでも泣き止まない赤子を抱き、乱馬は泣き止むようにあやした。
「おまえ、母ちゃんがいなくて泣いてんのか?・・・・・俺と同じだな。」
乱馬はあかねが来た日々を思い出した。今まで家に帰ると独りだった乱馬にはじめて本音を言い合えた相手。不器用ではあったが優しさを持ち合わせていた女性。そして互いの思いが通じて夫婦となった妻。
「あ・・・かね・・・」
涙が止めどなく溢れ出し、声をあげて泣く乱馬。子供を抱えながらその切なさをぶつける先がなくただ涙を流すだけであった。
「な〜に泣いてんのよ。子供と一緒に泣くなんて。」
突然の声に振り向き、入り口を見る乱馬。暗くてよく見えないがその声には聞き覚えがあった。
「あ、あかね・・・・」
赤子を置き声の主に近付く乱馬。
「私がいなくて寂しかったとか?」
紛れもなくそこにいたのは天界に帰ったはずのあかねであった。あかねは冗談半分に乱馬に言った。
「ああ。おまえがいない事がこんなにも辛いなんて・・・」
てっきり『んなわけねぇだろ』と強がるものだと思っていたあかねは意外な乱馬の本音に驚いてしまった。
「どうしてここに・・・」
乱馬の言葉が言い終えないうちにあかねは話し始めた。
「お父さんやお姉ちゃん、それから友達にお別れを言ってきた。私には乱馬がいないとダメなんだって言って。そしたらお父さん達、黙って許してくれたの。ただ羽衣は天の国ものだから持ち出す事は出来ないって。地上まで送ってもらったの。」
あかねの言う事は天界にはもう戻る事は出来ないという事なのだ。
「もう・・どこにも行かないでくれよ。」
あかねを抱き寄せ切なさに押し潰されそうになりながら話す乱馬。
「わかってる。これからずっと乱馬の傍にいるよ。」
一人の若者と天女が結ばれた一つの出来事。彼らがこの先どうなったか、それは彼らだけが知っている。








作者さまより

中国の『捜神記』をもとに日本に伝えられたこの『羽衣伝説』実は似たような話がたくさんあってそれぞれ違った内容です。場所も三保の松原が舞台とされていますが他の地方でも同じようなところがあります。なんとヨーロッパにも十数点あるらしいです。

基本的にこの話、男が羽衣を返す条件として天女を妻とする半ば脅しのようなものが多いです。しかも最終的には天女が天に帰ってしまう、または羽衣を役人に取られてしまい、夫がそれを取り返すべく旅に出るが妻は数年後夫は死んだと思い家を出る。その後夫が死にかけで帰った時には誰もいない。仕方無しに羽衣を土の中に埋めて隠してそのまま死んでしまうなどと基本的にはハッピーエンドにはなりません。
僕はそういった話よりハッピーエンドの方がいいのでちょっと最後を変えました。乱馬もさすがに羽衣を隠すようなマネはしないだろうという事で設定も変えてしまいました。


 天女は巫女に通じるものがありまして、水と深い係わり合いがあると言われています。巫女は川で禊をしますし、天女伝説には必ず水というものが介在します。
 実は一之瀬、古代パラレルを一本仕込むのに、学生時代に読み漁った論文や本をいくつか読み返しております。その中に「水の女」という折口信夫氏が昭和二年に書かれた論文があり、羽衣伝説についても触れられていました。それを
読み返したところなのでつい作品にのめりこんでしまいました。
 羽衣伝説も一種の「異種婚姻譚」らしいです。
 「異種婚姻譚」の性質上、男と女は子孫を作りそれを現世に残して別れて終わるのパターンなのですが、ハッピーエンドになったのが嬉しいです。
 私も一本、羽衣伝説から端を発した「月の氷」という作品を一本書いていますが(R指定のため呪泉洞にはありません。)、やっぱり二人を引き裂くことはできませんでした(笑
 あかねちゃんの天の羽衣コスプレ・・・妄想が弾けそうです。
(一之瀬けいこ)

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