Feel like doing 後編
武蔵さま作


−−−翌朝−−−

「乱馬ーー、遅刻するわよーー!」
 いつもの通り、まだ眠りこけている乱馬をあかねは起こした。
「んあ?もうそんな時間か?」
 寝ぼけ半分で布団から起きる乱馬。隣で鼾をかいているパンダを軽く蹴って起こすと、そのまま居間に向かった。
 朝食の仕度は既に出来ており、いつものように急いで完食し、鞄を持ってあかねと共に学校へ向かった。
 乱馬には昨日の記憶がない為、実際にはいつものようにあかねとは距離をとって登校していた。あかねにはそれが少し辛かったが、何事もないように振舞っていた。


 授業中、相変わらず勉強がそんなに好きではない乱馬は日課のように授業の大半を眠りで費やしていた。
 そんな様子をあかねは呆れて見ていた。
「いつもの・・・乱馬よね。」
 脳裏を駆け巡る不安を打ち消すように乱馬の寝顔を見るあかね。昨夜の記憶がフラッシュバックのように思い起こされる。しかし、今は安心している為か、昨日の出来事が悪い夢でも見ていたような感覚になっていた。
 午前の授業が終わり、乱馬の腹時計が正確に時を刻んだのか、ずっと眠りっぱなしであった乱馬がようやく目覚めた。
「ふあ〜ぁ。もう飯か。」
 大きく伸びをして昼食をどうしようかと考える乱馬。そこへあかねが包みを持ってやってきた。
「乱馬、今日は私が作ってきたの。」
 満面の笑みを見せて笑うあかね。それに対して乱馬は引き攣った笑いを見せた。クラスの皆も同情に満ちた顔をし、乱馬の返答を待った。
「悪ぃけどおめーの作ったもん喰う気にはなれねーよ。」
 真っ向からあかねの料理を拒否する乱馬。あかねは乱馬を見据えて言った。
「昨日、料理を手伝ってくれたお礼なのに・・・大体昨日は私の料理、おいしいって言って食べてくれたじゃない!」
 あかねの言葉にクラスの皆が騒ぎ立てる。
「乱馬があかねの料理をおいしいって・・・」
「乱馬があかねの料理を・・・・」
「乱馬が(以下同文)」
 よほど混乱しているのだろう。あかね本人が目の前にいるのに取り乱すクラスメイト。乱馬は昨日の記憶がない為、困惑した表情であった。
「俺が?おまえの料理を?・・・・冗談だろ?」
 記憶がないのではっきりとした事は言えない乱馬は何度も思い起こそうとした。
「大体俺はおまえの事を・・・・」
 乱馬はそこまで言って口を押さえた。しかし出てしまった言葉はどうしようもない。あかねにははっきり聞こえていた。
「やっぱり・・・・避けてたんだ。」
「い、いや・・・その・・・」
 口籠ってしまう乱馬、俯くあかね。賑やかな昼の時間は沈黙に包まれた。何も返答がない事であかねが乱馬の方を向くと、乱馬は呆然とした表情であかねを見ていた。正しくはどこか焦点の合ってない感じである。
「乱・・・馬?」
 様子がおかしいと思ったあかねが乱馬に声を掛けた瞬間、壁が減り込んで中からシャンプーが現れた。
「ニーハオ、乱馬!私、乱馬の為に肉マン作てきたね。」
 シャンプーの登場に、今まで黙って一部始終を見ていた右京が口を出した。
「何言うてんねん!そっちがその気ならうちかて・・・・」
 右京はそのままどこからかお好み焼きの機具を取り出し、瞬時にお好み焼きを作り上げた。
「乱ちゃ〜ん。うちのお好み焼き、どや?」
「何言うか!私の肉マンの方が美味しいね!」
 口論になるシャンプーと右京。いつの間にか小太刀まで乱入して騒動を始めている。
「こうなったら乱ちゃんに直接選んでもらおうやないか!」
「それは良い考えね。」
「乱馬様、この者達に気兼ねする事なく迷わず私の料理をお選びください。」
 ずずいと乱馬の前に料理を差し出す三人。おかしかった乱馬は徐々に生気を取り戻したが呟くように言葉を発した。
「俺、あかねの飯が喰いたい。」
 乱馬の一言にまたもや周りの空気が凍りついたように止まった。
「ら、乱ちゃん熱でもあるんとちゃう?」
 心配しながら乱馬の様子を伺う右京。しかし乱馬は至って正常だと言わんばかりに右京達に微笑むと、呆然とするあかねから弁当の包みを受け取った。
「ムグムグ・・・結構味付けもしっかりしていて旨いな。この調子なら俺なしでも大丈夫そうだ。」
 乱馬のその様子をその場にいた人達は奇怪なものを見るような顔つきで凝視していた。
「ごちそうさまっと!」
 弁当を食べ終えた時点で皆は正気に戻った。
「た、確かにあかねの料理を喰った・・・」
「そればかりか褒めてたぞ。」
 ガヤガヤと騒ぎ出す教室。三人娘も正気を取り戻した。
「悪いな、ウっちゃん、シャンプー、小太刀。おめー達が俺の為に一生懸命になってくれるのはありがたいが、俺にはあかねしかいないんだ。」
 三人は何を言われたかさえわからなかった。しかし、正気を取り戻すと、何も言わずに教室から去っていった。
「乱馬のやつ、なんか変だぞ。」
 皆も乱馬の異常に気付き始めていた。しかし、それ以上にあかねの顔色の悪さに注意を引き付けられた。
「あかね、あんた顔真っ青よ!」
 あかねは昨日の出来事をはっきりと思い出していた。優しかった乱馬が急変したことがあかねの脳裏を駆け巡った。
「あかね、大丈夫か!?」
 乱馬はあかねに近付いたが、あかねは拒絶の意志を示した。何かを感じ取った乱馬はそれ以上近付こうとはせず、ただあかねが保健室に運ばれるのを悲し気な瞳で見つめていた。



 次の授業が終わり、乱馬は保健室へとゆっくり歩いていった。
『トントン』
 保健室のドアをノックすると、中から保健の先生の声が聞こえた。
「どうぞ。」
 承諾を得て中に入る乱馬。先生は乱馬の姿を見ると笑いながら言った。
「あら、早乙女君。天道さんなら今ベッドで眠っているわよ。私、これから職員会議でここを空けるけど、心配ならここで待っているといいわ。」
 先生なりに気を遣ってくれたのであろう。乱馬の暗い表情を見て何かあると感じた先生は、そのまま乱馬を残して保健室を出ていった。
 椅子に座って呆然とする乱馬。ベッドと部屋の間にはカーテンがひいてあり、あかねの様子を見る事もできなかった。
「う・・う〜ん。先生?」
 あかねの声が聞こえた。人の気配を感じ取ったのか、カーテンの向こうに見える人影に話し掛けた。
「あかね・・・」
 突如聞こえた乱馬の声に肩をピクリと揺らすあかね。
「ら、乱馬・・・・。先生は・・・?」
 動揺するあかねの声。乱馬は俯きながら答えた。
「職員会議だってさ。」
「そ、そう・・・」
 少しの間沈黙が流れたが、乱馬の方から口を開いた。
「あかね・・・そのままでいいから聞いてくれ。」
 静かな、それでいて悲し気な声が乱馬から発せられた。あかねはそれには答えず、顔の見えない乱馬の声だけを聞き取った。
「昨日の事・・・だけどさ。」
 話を切り出す乱馬にまたしても怯えたような表情になるあかね。
「昨日、抱き締めた事・・・やっぱ迷惑だったか?」
 乱馬の言葉であかねは怯えた表情からわけがわからないといった表情に変わった。
「あの後、頭痛がまたきて倒れちまったからあかねの表情を見る事できなかったけど、やっぱ嫌だったんだな。ごめんな、俺、気付かなくて・・・」
 そこまで乱馬が言うと、あかねはハッとしてカーテンを捲った。
「あんた、覚えてないの?」
今 度は乱馬が要領を得ない顔をした。その顔を見たあかねは大体の事がわかってきた。しかし確信を得る為に乱馬に言った。
「今日の帰り、東風先生の所に行こう。やっぱ診てもらった方が良い。」
 乱馬は相変わらず首を傾げていたが、あかねの言う事に頷いた。



−−−放課後−−−

「早く!」
「おい、待ってくれよ!」
 急ぎながら東風の元へ向かうあかねを追い掛ける乱馬。そんな二人の前にまたもや三人娘が現れた。
「乱ちゃん!やっぱりうちら納得でけへんわ!」
「まったくね。頭ぶつけたのと違うか?」
「天道あかねに妙な薬でも飲まされてしまったのですか?」
 さすがに最後の小太刀の言葉にあかねはムッとした。
「そんなことするのはあんただけでしょうが!」
 険悪な雰囲気が漂う中、旅帰りの良牙が偶然通りかかった。
「あ、あかねさんっ!」
 近付こうとするや否や、その圧倒的な重みで近付くのを躊躇ってしまった。
「い、一体どういう事だ・・・?あれは右京達・・・ということは乱馬が原因だな!」
 直感ではあるが一瞬にして理解した良牙は乱馬の元へ近付いた。
「くぉら、乱馬!貴様はあかねさんという許婚がいながら・・・」
 あかね達は睨み合っていて全く良牙には気づいていなかった。
「おい、聞いているのか!?」
 乱馬の胸ぐらを掴んで前後に激しく揺する良牙。乱馬は首をガクガク揺らしてはいるものの、全く応えようとはしない。
「この野郎、人をバカにしやがって!」
 拳を握って乱馬に振りかぶる良牙。すると乱馬は途端に目の焦点が戻り、良牙のパンチを片手で止めて撥ね除けた。
 急に乱馬が動いたものだから良牙はその場にバランスを崩してしまった。その時、ようやくあかね達は良牙の存在と乱馬の行動に気がついた。
「やれやれ、出ていられる時間が少なすぎるぜ。」
 突如意味深な言葉を呟く乱馬。良牙は体勢を立て直しながら、乱馬に違和感を感じた。
「おまえ・・・乱馬だよな?」
 思わず良牙か訊ねたが乱馬は笑いながらいった。
「他に誰に見えるってんだ?それよりおまえ、なんで俺を殴ろうとしてたんだ?」
 乱馬の様子は怒っているというわけではなく、ただ状況を知ろうとしているようであった。
「だから!あかねさんがいるのにあいつらと・・・」
 シャンプー達を指差す良牙。乱馬は状況を理解したらしく、頷いた。
「なるほどな。じゃあハッキリしてやるよ。『俺はあかねにしか興味がない』どうだ?これで満足しただろう。」
 乱馬は口を歪ませて笑い出した。いつものような笑いではなく、嘲笑といった方が適切な笑いかたであった。
 良牙としては普段自分が主張している事をこうもハッキリと肯定されると自分の仄かに抱いたあかねへの恋心が否定されたような感覚に陥り、そのまま頭を抱えてどこかへ走り出していった。
「ら、乱ちゃん・・・」
 声をかけようとした右京を始め、シャンプーと小太刀が乱馬に近付く。乱馬は呼ばれた方に振りかえり、冷たく言い放った。
「なんだよ、まだいたのか?言っただろ。悪いが俺はあかねにしか興味がない。」
 さすがに学校での時といい、現在といい、ハッキリと乱馬に言われた三人娘はショックの為、乱馬がおかしいということに疑問を抱かずに悲し気な顔でその場からいなくなった。
「さて、邪魔者もいなくなった事だし・・・」
 乱馬があかねの方を向くと、既にあかねは遠くの方に駆け出していた。あかね自身、乱馬のこの時の状態がどんなに危険か身を持って知っていたからだ。
「ちっ、時間が限られてるっていうのに・・・まあいい。手はいくらでもあるんだ。」
 今までした事のないような無気味な笑顔を浮かべ、乱馬はあかねの後を追いかけていった。


「はあっ、はあっ!」
 息を切らせながらあかねは小乃接骨院の前で止まった。緊張と恐怖心の為に、さすがのあかねも急激な運動によって疲れてしまったのだ。
「おーーい!あかねーー!」
 後ろから乱馬の声が聞こえてきた。反射的にビクッと肩を震わせるあかね。慌てて接骨院の中に入ろうとするあかねを乱馬は呼び止めた。
「待てよ、あかね。俺、なんかしたのか?」
 その様子は今まで通りの乱馬であった。あかねはその様子を見て安堵の息をつき、乱馬が来るのを待った。
「元にもどったのね。」
 ホッと一息ついて一緒に接骨院に入ろうとするあかね。しかし背筋に冷たいものが走り、慌てて振り向こうとした。しかしその時には既に遅く、後ろから乱馬に抱擁されていた。正しくは抱擁というよりは動けないように拘束されたと言った方が良い。
「だ、騙したのね!いつもの乱馬のふりして・・・・」
 あかねはなんとか乱馬の腕から逃れようと力を込めるが、乱馬の力にはビクともしなかった。
「なんとでもいいな。おまえはおとなしくしてればいいんだよ。」
 冷たく言う乱馬。あかねは抵抗しても無駄だと悟ったのか、暴れる事を止め、腕の力を抜いて言った。
「わかったわよ。あんたの好きにすればいいわ。」
 その言葉を聞いた乱馬は嫌な笑い方をしながらあかねを正面から向き直らせた。しかしその力の緩んだ瞬間、あかねの一撃が乱馬の顎にクリーンヒットした。脳を揺さぶられた乱馬は立つ事もおぼつかない様子であった。しかもそれがあかねの一撃である。立っている事はできないであろう。倒れながら乱馬はあかねを見て言った。
「だ、騙しやがったな・・・」
「ふん、お互い様よ!」
 あかねは強く言い放った。
「覚えてろよ・・・」
 そう言うと乱馬はそのまま地面に倒れ込んで気を失ってしまった。あかねは倒れた乱馬を担ぎ、東風の元へ運んでいった。


「う・・うう・・」
 乱馬が目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が見えた。
「やあ、お目覚めかい?」
「あ、東風先生。・・・・俺、なんでここに?くっ、頭がクラクラするぜ。なんか顎も痛いし・・・」
 混乱気味の乱馬を東風は落ち着かせながら言った。
「さてと、気分はどうだい?」
 屈託のない笑顔で訊ねる東風。乱馬は頭を押さえながら答えた。
「はあ、なんか学校の昼から記憶がないんだけど・・・俺って記憶障害でもあんのかな?」
 東風はそんな乱馬を見ながら苦笑して言った。
「いやあ、実はもっと酷いものでね。あかねちゃんも落ち着いたようだし、一緒に説明するよ。」
 乱馬は隣の椅子に腰掛けているあかねに気付き、慌てて言葉を選んだ。
「あ、だから避けてるとそういうのにはいろいろ理由があって・・・」
 どうやらまだ昼の事を言っているらしい。あかねは呆れながら言った。
「もう、今はいいから東風先生の話聞きなさいよ。」
 あかねの機嫌が悪いわけではないという事に安心した乱馬は東風の方に顔を向けた。
「実は、乱馬君は『精神分裂症』にかかっている可能性が非常に高い。」
「「『せいしんぶんれつしょう』?」」
 声をハモらせて乱馬とあかねが訊いた。
「簡単に言うと多重人格ってやつかな。」
「俺が多重人格?」
「やっぱり。」
 乱馬は驚いていたが、あかねには思い当たる節があったらしく、さほど驚きを見せなかった。
「いやあ、本当は最初の段階で気付くべきだったんだけど・・・」
 困ったように頬を掻きながら東風は続けた。
「本来この症状、人間がある一定の感情を抑制する事によって別の人格を作り上げてしまうんだ。ほら、よく虐待を受けた子供が、それから逃れる為に、自分の中で虐待を受けているのは自分じゃないって客観的に作りあげる人格の例は聞いた事あるだろ?これも同じ症状なんだ。」
 その後も東風の説明は続いた。治療法法は2つ。一つは精神科で薬をもらって治療する事。しかし、これは副作用があるらしい。もう一つは自分の精神が別の人格に打ち勝つ事である。
「悪い、ちょっと一人にさせてくれ。」
 乱馬は気落ちした様子で接骨院から去っていってしまった。
「実はあかねちゃんには伝えておかなきゃいけないことがあるんだ。」
 いつもの陽気な東風と違い、真面目な顔になったことに不安を感じたあかねは真剣に聞いた。
「今回のあかねちゃんの言っていた乱馬君の別の人格の事だけど、あまり突き放す事はしない方がいい。人間の性格の形成は精神にあるあらゆる人格の総合でできてる。だから分裂した乱馬君の人格を消したりしたら、今までの乱馬君じゃなくなってしまうんだ。」
 東風の言葉に不安を感じるあかね。少なくともあの嫌な感じの乱馬とも対峙しなければならない事があかねにとって辛かった。
「あの乱馬、なんていうか上手く表現できないけどザラザラしたような嫌な感じなんです。」
 あかねの不安を感じ取ったのか、東風はあかねの肩に優しく手を置いて言った。
「全ての乱馬君に共通しているのはあかねちゃんだよ。その乱馬君は独占欲が強いんだよ。全てはあかねちゃんにかかってる。乱馬君には酷だから言わなかったけれど、最悪の事態精神争いで負ければ人格は乗っ取られるし、相打ちなら精神崩壊で廃人になってしまうかもしれない。」
 あかねは自分へ責任が重くのしかかってくるようで居ても立ってもいられなくなり、接骨院から抜け出した。
「僕は、君なら乱馬君を元に戻せると信じているよ・・・」
 あかねが去った後、東風は呟いた。


−−−天道家−−−

「乱馬、入るわよ。」
 あれ以来、乱馬は自室に籠って出てこなかった。あかねは皆に事情を説明した後、乱馬と話をしようと声を掛けた。
「念のため訊くけどあんたはどの乱馬?」
 部屋には夜だというのに電気もついていない状態でとても暗かった。月明かりに薄らと障子越しに当たる月明かりに照らされて黒い影が浮かび上がっていた。それが乱馬だとわかっているあかねは気をしっかりと持って話し掛けた。
「ん、あかねか。『どの』って言われても答え辛いんだが・・・・まあ、普段の俺じゃない事は確かだな。」
 そう言い終えると、乱馬はまたあかねから目を離し溜息をついた。
「あっちの方の乱馬か。」
 いつもとは違う感じではあるが、あの嫌な感じはないのであかねは確信を持って部屋に入ると、電気をつけた。
「こんなところで何してるのよ。」
 急につけられた明かりを眩しそうに見ながら乱馬は落ち込んだ様子で言った。
「段々、意識が戻ってきたのかわからないけど、大方状況は理解できたよ。」
 あかねはこの乱馬が東風の言った事を理解しているのだとわかったが、冷静に聞いていた。
「俺は・・・いちゃいけないんだ。もちろん俺が消えるわけじゃなくて元に戻るだけだけど・・・なんかちょっと嫌な感じだな。」
「乱馬・・・」
 あかねは可哀想に思いながら乱馬の話を聞いた。
「俺の意識が強くなったのは本体の意識があかねと距離をおくようになってからなんだ。本当はあかねに優しくしたいって思った。だから抑制されて俺の人格が独立したんだと思う。」
 あかねはそこまで聞くと、乱馬の肩に手を置いて訴えるように訊ねた。
「ねえ、教えて!なんで乱馬は私を避けたの?私、何か酷い事でもしたの?」
 今にも泣きそうなあかねの顔を見た乱馬はそっとあかねの手を握り、優しく言った。
「その事は俺から言う事はできない。だけど俺があかねを好きだって言ったのは本体の意識があかねを好きだからだ。だから俺が好きなものはいつもの乱馬が好きだっていう事だ。」
 そう言うと乱馬はあかねの手をそっと解くと、笑いながら言った。
「俺、そろそろ戻るよ。嫌な感じのする人格には気をつけてくれよ。それと・・・さっき言った事、忘れないでくれよ。」
 一瞬、乱馬の姿がぼやけて見えたかと思うと、何かが乱馬の体内に吸い込まれていくのがあかねには見えた。
「待って!理由を教えてよ!」
 もう一度、乱馬の肩に手を置いて揺さぶるあかね。暫く乱馬は答えなかったが、急に手を掴まれた。しかも荒々しく、力強く握られたのだからあかねは驚いた。
「ふっ、教えてやるよ。いつもの俺はあかねと一緒にいたくて仕方なかったのさ。だからその欲求を抑制してあかねと距離をおいたり、必要以上に稽古して抑制を昇華してたんだよ。」
 無気味に笑う乱馬を見て、あかねは恐怖に顔を引き攣らせた。しかしここは負けまいと、気をしっかりと持ち、乱馬を睨み付けた。
「その点、俺は違う。好きなものには我慢なんかしねぇ。遠慮せずに力ずくで奪い取る。」
 あかねの両手首を力で自分に近付ける。あかねはそうはさせまいと身体を捻って蹴りを繰り出した。反射的に乱馬は右手を放してそれを受ける。その瞬間をあかねは自由になった左手で乱馬の頬を殴り飛ばした。
「ぐっ、上等じゃねーか!一つ人格が消えた分、長く出てられるからな。案外本体の方も消えちまってたりしてな?」
 さすがのあかねも最後の言葉には動揺せずにはいられなかった。無意識に手の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「また、俺を騙す気か?その手は喰わねーよ。」
「・・・・して・・・」
 乱馬が警戒していると、俯いたあかねが何かを呟いた。
「ん?何だよ!?」
 罠ではないと確信した乱馬はあかねに近付いて声を聞き取ろうとした。
「乱馬を返してよ!!」
 涙で溢れた目で乱馬を見るあかね。そんなあかねを乱馬は笑いながら無理矢理自分の方へ顔を向けた。
「いつもの乱馬はもういねーんだよ。」
 段々と近付いてくる乱馬の顔。あかねは覚悟して目を瞑った。
「ぐ・・・い、痛え!・・・頭が割れそうだ!!」
 恐る恐る目を開くとそこには頭を押さえて苦しがる乱馬がいた。それを見たあかねは乱馬が自分の中で葛藤しているのだとわかった。
(あかねに手を出すな!)
「黙れよ!あかねは・・・くっ・・・俺のもんだ!」
 苦しむ乱馬を見て、あかねは力強く叫んだ。
「乱馬!頑張って!」
 その言葉は苦しむ乱馬に向けられた言葉ではない。いつもの、今までの乱馬に向けられた激励であった。
「うわぁぁぁーー!!」
 乱馬が絶叫しその場に倒れる。あかねは恐る恐る近寄った。
「あかね・・・無事か・・?」
 いつもの乱馬に戻ったとわかったあかねは泣き顔のまま、嬉しそうに笑いながら頷いた。
「そっか・・・よかった。」
 そのまま乱馬は気を失ってしまった。



「違ーーーう!それは砂糖じゃなくて塩だ!」
 天道家の台所ではあかねが料理に苦戦していた。乱馬は隣でアドバイスをしながら鬼教師のようにビシバシとあかねを猛特訓していた。
「それは醤油じゃなくて辣油だ!それは白ワインじゃなくてサラダ油だ!」
 許可なく調味料を追加しようとするあかねの手を菜箸でパシンと叩きながら乱馬は罵声を浴びせた。
「うう、あっちの乱馬の方が優しくてよかったよ〜。」
 厳しい乱馬の教えに泣き言を言うあかね。
「文句があったら口より手を動かせ!獅子は我が子を奈落の底へ突き落とし、這い上がってきたやつを更に突き落とす。まさにこの通りだ!!」
 それじゃ意味がないだろう。それに奈落の底じゃないだろう、それだったら這い上がってこれないぞ。と乱馬に言う事もできないあかねはただひたすら手を動かし続けた。
「よ〜し、んじゃこれが終わったら行くとするか!」
「行くってどこに?」
 その答えに乱馬は笑いながら答えた。
「駅前のフルーツパーラーにスーパーデラックスパフェ食べに、だろ?」
 乱馬の答えにあかねは笑顔を向けて頷いた。
「うんっ!」
 ちょっとした厄介事もあったものの、一歩距離が近付いた二人であった。


余談
 精神分裂症が治った乱馬は空白だった記憶が全て戻った。もちろんあかねの料理を学校で食べた事や、あかねに告白した事も覚えているので、学校で否定する事はできずに冷やかされていたのであった。








作者さまより

 精神分裂症・・・ウソです。もちろん病名はちゃんと存在しますが、その理由はある程度わかっているとはいえ、明確にされていないのだからと思い 、自分なりの解釈と実際の例を混ぜ合わせて作りました。
 信じないで下さい。っていうか悪い乱馬、鬼畜ですな。


 妖しげな乱馬だと思ったら、病気(?)が隠されていたのですね。
 人格が変化していても、根底にあるのは「あかねが好き」という気持ち。妖しげな乱馬も、恐らくは、その心が歪曲化したものだったのかもしれません。
 何はともあれ、事なきを得て、乱馬も元にもどってめでたし。少しは進展したのでしょうか?乱馬君(笑
(一之瀬けいこ)

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