◇Feel like doing 前編
武蔵さま作


−−−天道家・居候の部屋−−−

乱馬の頭に痛みが走る。僅かな間だが激痛が襲い掛かる。
「くっ、またか・・・」
乱馬は顔を顰め、頭を押さえながら呟いた。
最近乱馬は時折起こる激しい頭痛に悩まされていた。長い間続くわけではなくほんの数秒にしか満たない程度なのだが、その痛みは尋常ではなかった。
「なんだってんだ!まるで頭を砕かれそうだぜ。」
少しの間歯を食いしばり、ひたすら痛みに耐える乱馬。徐々に痛みが薄れていくと同時に乱馬の顔から険しさが遠のいていった。
「東風先生に見てもらおうかな。」
立ち上がろうとすると廊下からあかねの声が響いた。
「乱馬、ちょっといい?」
「ああ。」
乱馬が返事をすると戸が静かに開けられ、あかねが中に入ってきた。
「あのさ・・・・」
あかねが話し掛けてきた瞬間、また乱馬に激しい頭痛が走った。
「くっ!」
また頭を押さえて痛みに耐える乱馬。あかねは驚いた表情で乱馬を見ていた。
「またなの?」
徐々に落ち着きを取り戻す乱馬を見てあかねが優しい言葉を投げかけた。
「熱は・・・・」
あかねは自分の額に手を当て、もう片方を乱馬の額に当てた。
「ないみたいね。」
あかねの手が額に触れた事が判ると乱馬は少し動揺し、あかねから離れた。
「なによ、その態度!心配してあげてんのに!」
あかねが怒り出しそうになるのがわかった乱馬は話を逸らせた。
「それよりなんだよ。何か用でもあんのか?」
当初の目的を思い出したあかねは相槌を打って乱馬に言った。
「そうそう、今度出来た駅前のフルーツパーラーでね、今話題のスーパーデラックスパフェっていうのがあるんだけど、一緒に行かない?」
あかねからのいわゆるデートのお誘いである。しかし乱馬は首を横に振り断った。
「悪い、また今度な。」
「そ、そう。」
乱馬の言葉に少し残念そうな表情をしてあかねは乱馬の部屋を出ていった。
「はぁ、ダメだな、俺は・・・」
あかねが出ていった後、乱馬は天井を見ながら呟いた。


「残念だったわね、乱馬君をデートに誘えなくて。」
ベッドに腰掛けているあかねに声をかけたのは姉のなびきだった。ノックもせずにあかねの部屋に入り、そのままあかねの隣に腰を掛けた。
「お姉ちゃん!べ、別にデートってわけじゃ・・・」
突然入ってきた姉に、あかねは自分が気落ちした顔を見られたのではないかと焦っていた。
「そう?それにしてもあのパフェ好きの乱馬君がね〜。そういえばあんた達、何かあったの?乱馬君、あかねの事最近避けてるみたいだけど・・・」
先程の乱馬との会話を全て聞かれていた事を知ったあかねは呆れて溜息をついた。と同時に切ない顔になった。
「別に、何にもないけど・・・」
あかねも気付いていた。最近、乱馬はあかねと学校へ行く事もせず、話し掛けても来ない。常に道場で稽古に励み、あかねが話し掛けても頷くだけ、もしくは先程のように二言返事で終わってしまっていた。
「ふぅ。」
もう一度深い溜息をつくあかねを見たなびきは少し元気づけようとあかねの肩をポンポンと叩き、笑いながらいった。
「心配しなくても良いわよ。私に任せなさい!」
なびきは自分の胸をドンと叩くとそのまま去っていってしまった。
暫くして、あかねの部屋にノックの音が響いた。
「誰?」
あかねが訊ねるとドアの向こうから乱馬の声がした。
「俺だけど・・・」
「ど、どうぞ。」
あかねは少し緊張しながら乱馬を部屋に通した。
「どうしたの?」
私に任せなさいと言った以上、なびきが何かしたのであろう。あかねにもわかっていたが何も知らないふりをして乱馬に訪ねた。
「いや、なびきがおまえと話をしろって・・・」
そのまま乱馬は口籠ってしまった。話をしろと言ったはいいがお互いに何も言えず、部屋は沈黙に包まれた。
「ず、頭痛の方は大丈夫なの?」
取り敢えずあかねが口を開いた。こんなことぐらいしか話題がないのが悲しいがどうにも沈黙には耐えられなかったのだ。
「ああ、いまのところは大丈夫だ。」
再び沈黙が訪れる。あかねはいよいよ本題に入った。
「乱馬、もしかして私の事避けてる?」
あかねの問いに乱馬は一瞬肩をピクリと動かした。明らかにあかねの問いに動揺しているようだ。
「別に避けてるわけじゃ・・・」
あかねと顔を合わせないようにしている乱馬の態度にあかねは段々と切なさと怒りが入り交じったような表情をした。
「うそ!今だって私を見ようとしてないじゃない!」
声を荒げるあかねに驚いて乱馬はあかねを見た。その目からはうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「あかね・・・俺は・・・」
乱馬が何かを言おうとした時、またしても頭痛が乱馬を襲った。しかしその痛みは今までの比ではなく乱馬は頭を抱えながらその場に踞(うずくま)ってしまった。
「う・・・ぐ・・」
 あまりの痛みに思わず乱馬は苦しみの声を漏らした。その尋常ではない様子を見て、あかねは急いで乱馬に駆け寄った。
「乱馬!大丈夫!?誰か・・・誰か来てーー!」
 薄れ行く意識の中で乱馬が最後に見たものは、あかねの叫びを聞き付けてやってきた天道家一同の姿であった。


 乱馬が目を覚ましたのは翌日であった。乱馬は小乃接骨院に運び込まれ、丸一日気を失っていたのだ。
「ここは・・・?」
 目を覚ました乱馬の目の前にはあかねの姿があった。どうやら一日中乱馬の看病をしていたらしい。
「小乃接骨院よ。急に倒れるから心配したんだから!」
 安心するあかねを見て乱馬は優しく笑いかけて言った。
「あかね、心配掛けてすまねぇ。俺は大丈夫だから・・・」
 いつもより素直な乱馬に東風、あかねを初め、その場に駆け付けた天道家の人達も驚いた。
 更に乱馬は目の前にいるあかねの手をとって優し気な顔で微笑んだのだ。
 あかねは突然の事に口をパクパク魚のように動かしていた。早雲と玄馬はその握られた手と乱馬の顔を交互に見比べていた。
「わっ、あわわわ!」
 我に返ったあかねは慌てて乱馬の手を振り解き、飛び退いて乱馬と距離をとった。
「東風先生、乱馬は退院できるんでしょうか?」
 のどかの問いに東風は躊躇いながらも言葉を続けた。
「う〜ん、そうですね。外傷はないようですし、2、3日入院しても構わないんですが乱馬君なら大丈夫でしょう。」
 乱馬の退院を告げる東風の横になびきがやってきてそっと耳打ちをした。
「外部に問題がなくてもあの乱馬君の様子、内部に問題があるんじゃない?」
 なびきの言葉を否定できずに東風は苦笑いをしていた。しかし、早雲、玄馬にとっては都合が良いらしく退院する事には大いに賛成した。
「乱馬、何か食べたいものはある?」
 帰り道、乱馬の体を気遣ってのどかが乱馬に尋ねた。
「そうだな。あかねの料理が食べたいかな。」
 その一言で乱馬以外の人達はピタリと足を止め、驚いたように乱馬の方を見ていた。
「乱馬、やっぱり東風先生の所に行ってしっかり診てもらえ!」
 乱馬の肩を掴み、ガクガクと揺さぶる玄馬に乱馬は普段見せないような笑顔を向けて言った。
「大丈夫だよ。俺も手伝うからさ。」
 その笑顔を見て何を言っても無駄だと判断したのか、玄馬は肩を竦めた。あかねは乱馬がおかしいと思いつつも、自分の料理が食べたいと言う乱馬に嬉しさ半分で動揺していた。


「じゃああかねは野菜を切ってくれよ。」
「う、うん。」
 台所で二人して料理を作るその様は新婚みたいであった。天道家一同も納得したわけではないが、取り敢えず二人を見守る事にした。
 野菜を切ろうとするあかねは包丁を持った右手と左手を顔の前で交差して息を吸い、吐き出すと共に両手首を腰元まで下げた。空手の息吹と呼ばれる呼吸法である。料理を作るには全く関係のない事であるが、
あかねは気を引き締めて臨む為に敢えてそれを行った。そして次の瞬間!
「はーーーっ!」
右手を勢いよく振り上げ、まな板の上にある野菜目掛けて一気に包丁を振り降ろした。するとまな板のキャベツの玉は真っ二つに、更にはまな板にまで包丁が突き刺さった。以前乱子(らんま)と料理対決をした時にもその加減を知らぬ包丁捌きにまな板を切った事もあったが、今回も全く学習せずに力一杯野菜に向かって包丁を打ち付けた。
「待った。」
 見兼ねた乱馬があかねの隣に来ると優しく指示した。
「別に挌闘じゃないんだからそんなに力む事はない。それに包丁を前後に動かして切る事が大事だ。」
 普段見る事のない乱馬の優しさにあかねは頬を紅潮させながらも素直に聞いた。いつもなら乱馬のバカにする口調で喧嘩になるのだが今回はそういった事はなかった。
「いいか、こうするんだ。」
「!!」
 あかねは一瞬何が起きたか判らなかった。突如自分の手の上に重なるように乱馬の手が添えられたのだ。
 後ろから抱き締めるようにあかねを包みながらあかねの手と一緒に包丁を取り、ゆっくりと野菜を切ってあかねに教えていた。あかねはもはや何が起きているのかわからない程気が動転していた。
「やっぱり変だわ。」
 居間からその様子を見ていた天道家一同は集まって乱馬の様子について議論していた。
「だが仲が良いというのは我々としても願ったりだし・・・」
「そうそう。それにいつもみたいに喧嘩にならなくていいじゃないか。」
 早雲と玄馬は乱馬がおかしくなった事を喜び、別に対して問題にしていないようだ。だがなびきとしては面白くなかった。
「でも、確かに仲が良いけどあれじゃいつもの乱馬とは別人のような気も・・・」
 のどかとしては喜んでいいのかわからない複雑な気持ちであった。

「できた!」
 料理は完成し、食卓の上に夕食が並べられた。盛り付けがまだまだな為、見た目には多少難があるがパクパクと箸で料理を平らげていく乱馬を見て、皆も安心して料理に手を付けた。
「時に乱馬、おまえも素直になった事だし、そろそろあかね君との祝言を考えてはどうだ?」
 酒が入り、酔っぱらった玄馬は上機嫌のまま早雲と肩を組んで乱馬に話し掛けた。
 冗談である事は誰もが承知しているのだが、乱馬は少し考えた後、にこやかに笑って言った。
「そうだな、あかねさえよければ俺はいつでも構わないよ。」
 その瞬間、周りの空気が凍りついたように止まった。酔っぱらっていた早雲と玄馬までも唖然として酔いが覚めてしまったようだ。
「天道君、こ、ここまでくるとなんだか無気味だね。」
「そうだね、早乙女君。やはりここは東風先生に診てもらうべきだと・・・」
 さすがの早雲と玄馬も深刻な問題だと感じ始め、明日乱馬をもう一度東風先生の所へ連れていく事にした。



 夕食後、あかねは乱馬を自分の部屋に呼んだ。
「ねえ、どうしちゃったのよ。あんたやっぱり変よ。」
 特に記憶障害があるわけでもなし、外傷もない、おかしくなったのは内面の性格であることをあかねは不思議に思った。
「あの時の頭痛と何か関係があるの?」
乱馬の態度に動揺しているあかねはとにかく気になる事を全て尋ねた。
「別に何もないさ。」
 何もないと言っている事自体既におかしいのだ。
「そんなわけないでしょ!いつもは私に構おうとさえしなかったじゃない!」
 段々とあかねの声が感情的になっていく。精神的に不安定になっているのだ。そんなあかねを見た乱馬は俯(うつむ)くあかねを抱き締めた。
「ごめん、あかねを避けてたのにはちゃんと理由があったんだ。それなのにこんなに不安にさせてたなんて・・・本当にごめん。」
 あかねは理由を聞きたかったが乱馬に優しい言葉をかけられ、今は俯く事しかできなかった。
 その直後、乱馬の体がビクッと震えた。抱き締められている状態のあかねにはその微かな振動ですら伝わってきた。
「乱馬?」
 ふと横を見ると片方の手で頭を押さえている。あかねは直感的にまた頭痛が始まったのだと思い、抱き締められている乱馬の腕から逃れ、乱馬の隣で心配そうに声を掛けた。
「ふぅ、やっと治まったか。」
 顔を上げた乱馬からは苦痛の色はなく、寧(むし)ろ何かを楽んでいるかのように思えた。
「大丈夫?乱馬。」
 手を差し伸べるあかね。乱馬はその手を取ると、自分の方にあかねを引き寄せた。
「あかねか。心配いらねーよ。」
 口調から元の乱馬に戻ったと思ったあかねは喜びの笑みを浮かべて乱馬の顔を見た。しかしあかねは背筋が凍るような嫌な感覚に襲われた。
 目の前にいる乱馬は色で表すのなら『黒』と表現するような感じを表していた。いつもの乱馬でもなく、また先程のような優しい乱馬とも違う、別の人間のようにさえ感じた。
「何だよ、どうしたんだ?」
 心配そうな口調の割りに乱馬の口元には笑みが表れていた。
「いや・・・来ないで・・・」
 あかねの口から無意識の内にでた言葉。それはあかねが直感的に乱馬を怖がっているのがわかった。
「何だ?震えてるじゃねーか。」
 あかねに近付く乱馬。あかねは反射的に後ろへ下がった。しか狭い部屋の中、逃げ切れるわけはない。ドンと壁にぶつかりあかねは後ろを見た。もう後がない事がわかると目の前にいる乱馬を見た。
「どうした?もう逃げないのか?」
 嘲笑うように乱馬があかねの両腕を取って押さえ付けた。
「いや・・・・」
 あかねは自分の身体から力が抜けていくのを感じた。そればかりか立つのもやっとであった。そのことが
 わかっていた乱馬は右手をあかねの腕から離し、あかねの顎に手を掛けた。
「あかね・・・」
 人指し指であかねの顎を少し上に向けると、乱馬は自分の顔を近付けていった。その瞬間・・・
「あかねー、お風呂湧いてるわよ・・・ってもしかして邪魔だった?」
 なびきがノックもせずにあかねの部屋の扉を開けた。その目の前にはもう数センチでキスしようとしている
乱馬とあかねの姿があったものだからなびきとしては邪魔してしまったと思った。
「別にあかねの目にゴミが入ったから見てやろうと思っただけだよ。」
 いつもなら慌てる乱馬が動揺せずに落ち着いている事を不思議に思ったなびき。乱馬はそのままなびきの横を素通りして去っていってしまった。
「ごめんね、あかね。でもなんだかんだでうまくいってんじゃん。」
 あかねに笑いかけるなびき。しかし床に膝をついているあかねの顔が酷く青ざめているのを見たなびきはあかねに急いで駆け寄った。
「ど、どうしたの?あかね!」
 普段はクールななびきもさすがに妹の異常事態に気を取り乱してしまった。
「お姉ちゃん。」
 あかねはなびきを見ると、そのまま抱きついて泣き出してしまった。
「乱馬君ね!」
 なびきは怒りを露にしながら乱馬の部屋に向かい、勢いよく戸を開けた。するとそこには乱馬が胡座をかいて座っていた。
「ちょっと、乱馬君!」
 背を向けていた乱馬は声のする方に顔を向けた。
「んっ?なびきか。どうした?」
「どうしたじゃないわよ!あんたあかねをあんなに怯えさせて!」
 普段見ないなびきの口調に圧倒されながらも乱馬は要領を得ない顔をした。
「ちょ、ちょっと待て!俺がいつあかねを怖がらせたっていうんだ?」
 慌てて否定する乱馬だがなびきの勢いはもう止まらない。
「すっとぼけんじゃないわよ!キスするにももうちょっとムードを考えなさい!あんなに強引にされたら怖がるに決まってるでしょ!」
 いつのまにか騒ぎを聞き付けた天道家の人々が乱馬の部屋に集まってきた。しかし乱馬は顔を赤らめながら手を左右に振り、否定した。
「お、俺があかねにキスしたってのか!?」
 ようやく落ち着いてきたなびきも乱馬のこの態度を見て首を傾げた。
「乱馬君、もしかして・・・」
「元に戻ったのね。」
 なびきの言葉を遮るようにのどかが乱馬に抱きついて言った。
「元にってなんの事だ?」
 どうやら乱馬には昨日からの記憶がないようである。とにかく元に戻った事を喜ぶ一同(早雲、玄馬を除く)。離れた所で様子を見ていたあかねも密かに喜んだ。
 しかしこれはまだ始まりに過ぎない事をまだ誰も知る由はなかった。

つづく






作者より
お蔵入りになっている自分の作品をちょっと手を加えて書きました。元のやつとは大分違ってしまいましたがこっちはこっちでいいかと思いました。
気が向いたら元のやつも投稿しようかな、と思っています。


 乱馬の豹変は一体全体、何だったのでしょう?
 このまま、事態が終わるとも思えず…。
 小悪魔的な乱馬も妖しい魅力があって、私は好きなのですが…。
(一之瀬けいこ)

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