◇武士道と修羅道  8
武蔵さま作



其之捌 『武技』



「氣を集中させてみろ」
 禅馬が一言乱馬に言った。
「え…」
 一瞬戸惑った乱馬だが、言われるがまま掌に氣を集中させてみた。すると丹田から四肢に渡り気が巡り始めるが、気持ちの悪い感覚に包まれ、氣は霧消してしまった。
「なんだ…この感覚…!何で…」
 禅馬は険しい顔をし、暫く間を空けてから簡潔に答えた。
「暴走が次の段階に入ったからだ」
「次の段階?」
「左様。小僧が氣を使えなかったのは闘争本能が内なる鬼に喰われていたからだ。十分な氣を蓄えたのだろう、奴は安定期に入り自我を持った。故に一時的に小僧は氣を使えなくなっていたが、今ではチャクラ…言い換えれば霊力中枢を彼奴の意識下に乗っ取られたと言う事だ。氣を蓄えた鬼は次の段階、即ち肉体を手に入れる準備をしておるということだ」
「………」


 沈黙が続く。肉体を手に入れるという事、それは乱馬の身体が乗っ取られ、代わりに鬼が出るということの他ならない。
「爺さん…あんた状況は変わらないって言ってたな。説明してくれよ」
 乱馬の言葉を待っていたのか、禅馬は懐から一冊の本を取り出すと、乱馬の眼の前に置いた。
「『闇払い・天之書』?」
 随分古ぼけたその本の表紙には辛うじて読めると言うほどの昔の字で書かれていた。
「その本に全ての事が書かれている。と言っても恐らく読めぬだろう」
 そういうと禅馬はその本を読み出した。分かりやすいように現代訳で読まれたその書物は想像を絶するほど突飛な物であった。
「……まるで夢物語だな」
「そう思うのも無理はない、だがこれは事実だ。実際に今起きている事もまた事実。それは当の本人である小僧が一番わかっておるだろう」
 それは、きっと学者に見せたとしたら笑って済まされてしまうような内容、しかし当人たちにとっては笑って済ませることなど出来ない内容であった。
「これを書いた人物は二人。名は早乙女 斬魔(さおとめ ざんま)、そしてその妻、沙耶(さや)。早乙女家の先祖に当たる。後半は沙耶による筆だが、それは―――」
 禅馬の言葉が一瞬途切れる。それは沙耶による文でわかったが、最初に文を書いていた斬魔が二度と筆を執ることはなかったということを表していた。
 
「わしら早乙女の血には修羅がいる、それは斬魔の血が原因だと言われておるが、その『修羅』が表に出てくる事、『鬼人化』と伝わるその症状が今回の例にも当てはまる」
 そこまで言うと、禅馬は一瞬悲しそうな顔をした。
「わしは一度…暴走して時雨を殺しかけた…」
「「えっ!??」」
 禅馬の突然の告白に、乱馬達は驚愕した。
「意識が乗っ取られ、気が付いた時には傷ついた時雨が目の前にいた。幸い命に別状はなかったものの、外傷は酷いものだった。わしはそれから暫く独りで山に篭った。時雨を危険な目に遭わせてしまう恐怖、何よりも自分が時雨に手をかけたことが許せなかった。全て鬼人化がもたらした惨状だ。この早乙女の血を引くもので、鬼人化の被害は実はそう多くはない。血の濃さも影響しているだろうが、氣が使えなくなったのを機に武術から身を引いた者、修羅を恐れて自ら命を絶った者、武術に対し強さを求めることをせずに修羅が現れなかった者、それこそ多種多様におる」


「だけど…爺さんは…」
 禅馬はどの例にも当てはまらない。すると禅馬は言葉を遮って言った。
「わしは修羅に戦いを挑んだのさ。今まで誰も試みようとしなかった事にな。幼少の頃より鬼人化のことは知っておったからな。肉体を鍛え上げ、屈強な身体を手に入れた。しかしそれでも五体満足ではいられなかった。左目を失い、瀕死の状態に陥った。一時的に修羅の力を得るのもその副産物というわけだ」

「修羅に…勝てたんですか!?」
 まだ希望はある。そのことにあかねは飛びついた。禅馬は黙って頷いた。あかねの顔が安堵に包まれる前に禅馬は言葉を紡いだ。
「それは理性も何もない修羅であったからだ。小僧はその先へと進んだ。理性を持った修羅『羅刹』と名乗ったあの鬼は別物だ。先祖の斬魔も羅刹に殺されたも同然。まさか封印が解けてこの時代に甦ろうとはな…」
 
 先祖の斬魔がいかに優れた武術家であったことは書物からも読み取れた。その斬魔の血が薄くなろうとも、修羅が消える事はないのだ。そして羅刹も時代を超えてその血の中に身を潜めていたのだ。封印の効果が解けるほどに長い間…


「…武術など、本来ならば必要のないものなのかもしれんな」
 突然の禅馬の呟きに、乱馬は首を傾げた。
「小さな刃物があれば、例え小童と言えども簡単に人を殺める事もできる。小さな石礫でさえ、当たり所が悪ければ死に至る事もある。それほどまでに人は脆くもある」

 禅馬の言葉は、まるで自分の歩んできた人生を否定するかのような口調であった。
「それでも……」
「ん?」
 そんな禅馬に、これ以上言葉を言わせてはならないような気がして、乱馬は言った。
「それでも、事実俺たちは武術の世界に身を投じてきた。なら、そこには意味があるさ。俺だって、闘いの先に何があるのか未だ見出す事はできない。だけど、今までの闘いの中、得てきたものは何よりも大事だと…そう思ってる」
 そんな乱馬の言葉を黙って聞いていた禅馬はふと口元を綻ばせた。
「そうか…」
 そう言ってその場を去っていった禅馬はどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。



 その後、変化は急激に訪れた。
「乱馬…」
 あかねが乱馬を起こそうと、その身体を揺すった。先日の一件以来、二人の態度は余所余所しいが、それでもあかねは乱馬の力になろうと努力していた。
「…ん、朝か…」
 乱馬が眠たそうに目を擦りながら上体を起こす。しかし、目を開くと周囲は暗闇に包まれていた。なにせ電気など一切ない山奥である。真夜中では行灯なしでは歩く事すら困難なほど闇に包まれる。
「…なんだよ、まだ真夜中じゃねぇか。爺さんが呼んでるのか?」
 大きな欠伸をしてあかねがいるであろう方向を向く。
「はいはい、バカな事言ってないでさっさと起きなさいよ」
 そういうとあかねは立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
「まあ、いいや。とりあえず灯りくれ」
 こう真っ暗では着替える事すらままならない。乱馬はあかねに火を貰おうとした。ただ、それだけのことであった。
「………え?」
 驚いたようなあかねの声が聞こえた。
「何驚いてるんだよ、ただ灯りをくれって言っただけじゃ――――」
 そこまで言って乱馬は気付いた。今は本当に深夜なのだろうかと。身体は充分睡眠をとったように疲れは残っていない。そしてなにより、あかねがこの暗闇の中、一切の光を持たずに乱馬を起こしにきて、再び帰っていく様に違和感を覚えた。
「乱馬……あんた、目が―――」
 あかねの恐る恐るという震えた声が聞こえた。

(見えないのか…)
 
 あかねの言動から自分の視力が失われたことに気付いた乱馬は言葉を失った。
「待ってて!すぐにみんなを呼んでくる!」
 そう言うとあかねは部屋から飛び出していった。残された乱馬はどこか冷静に自分の身体の変化を受け止めていた。



 部屋の中、乱馬はされるがままに禅馬に触診された。静寂が事の深刻さを物語っており、その場にいた皆は誰も言葉を発しなかった。
 暫くして、禅馬が深く溜息をつくと、時雨の方へ向き直った。
「恐らく無駄だとは思うが、『癒し手』を頼む」
 時雨は黙って頷くと、座ったままの乱馬の正面に座り、右手を乱馬の眼前に翳(かざ)した。すると、時雨の掌から淡い青色の燐光が放たれ、乱馬の目を覆った。

(なんだ、コレ…あったけぇな)

 暗闇の中、目の前に光が広がると共に、乱馬は安堵感に包まれた。
「やはり効果はないようね」
 時雨の言葉と共に光は失われ、乱馬はハッと我に返った。
「お婆さん、今のは?」
 あかねは恐る恐る尋ねた。
「『癒し手』と言って気功治療の一つですよ。乱馬の体を治したのもこの技ね。集気法の応用で、周囲の氣を体内に取り込み、私の掌を通して他者へ与えるものよ。乱馬にも収気法が使えれば良いのだけど、今この子は氣が上手く使えないものだから、外部からの治療を試みたのだけれど……結果は見ての通りね」
 落胆した時雨がその場を立つと、代わって再度禅馬が乱馬の眼前に座った。
「小僧…今何か見えたか?」
 問い詰める禅馬に対し、乱馬は首を横に振った。
「いや、視力は回復してねぇ。ただ、婆さんが目の前で何かをした時、温かい光が目の前に広がって―――」
「それでいい」
 乱馬の言葉を遮り、禅馬は言った。
「肉眼で見えずとも、小僧は時雨の氣を感じた。氣を感じれるようならばまだ手はある。先の闘いで羅刹は力を使い果たした。まだ時間はある」
 突然禅馬は乱馬を担ぎ上げた。
「なっ!?」
 突然担がれた乱馬は慌てた。猫のように襟元を掴まれたと思った次の瞬間、丸太のように太い腕で腰元をガッチリ抱え込まれたからだ。光もなく暗闇の中体が宙に浮く感覚に慣れず、乱馬は子供のように手足をジタバタさせた。
「おいっ!いきなり何すんでぃっ!」
「暫く小僧と共に籠る。留守は任せた」
 乱馬の言葉は聞かず、言うや否や禅馬は乱馬を担いだまま外へ行ってしまった。


「え…あの…」
 あかねは去っていく禅馬と残った時雨を交互に見遣って狼狽した。
「悪いようにはしないから、あの人を信じて待ちましょう」
 待つことしかできないのか、と時雨の言葉にあかねは暫く俯いていたが、顔を上げて時雨を見据えて言った。
「お婆さん、私も強くなりたい!待っているだけなんて嫌です!」
 真っ直ぐなあかねの瞳から強い意志を感じ取り、時雨はふと微笑んだ。
(あの子はとても良い相手を見つけましたね…)



「着いたぞ」
 禅馬が乱馬を連れてきたのは家から少し離れた場所にある洞窟であった。声の反響から、乱馬は広さを感じ取った。それは自然で出来たものとは思えぬくらい広々としていた。禅馬はまるで荷物を降ろすように乱馬を放り投げた。
 ドスンッ
 乱馬は尻餅をつき、痛みに顔を歪ませた。
「痛ってぇな!危ねぇじゃねーか!」
 食って掛かる乱馬に禅馬は呆れたように呟いた。
「これしきの事で受け身も取れんとは…やはり玄馬の倅というわけか」
 乱馬の額に青筋が浮かぶ。『玄馬の息子』という言葉は乱馬にとって『オカマ』『女々しい』に匹敵する程屈辱であった。
「あのスチャラカ親父と一緒にすんじゃねーーー!」
 視力のない乱馬は暗闇の中、声のする方に殴り掛かった。しかし拳は空を切り、その勢いで乱馬は顔から転倒した。
「視力に頼っておるからそうなるのじゃ。視力を失ったことは寧ろ好都合かもしれん。ほれ、わしを捉えてみろ」
 直後、禅馬の気配が消えた。今までは霧のように靄がかって禅馬の体格が見えていたが、乱馬にとっては突然一人になったかの如く感じた。体から闘気を消す海千拳と同じ理論である。ならば音で相手の位置を捉えようとするも一切の音がない。立ち止まって息を潜めている可能性も否定できないが、禅馬の力量ではその必要はないことから乱馬は更に集中力を高めた。
「精神を研ぎ澄ませ。周囲に気を配れ。五感に頼るな」
 矢継ぎ早に禅馬の声が飛び交う。洞窟内で声が反響する為声の発生源が特定し辛く、乱馬は闇雲に拳を振り回した。
「まだ聴覚に頼っておる証拠だ」
 背後から禅馬の声が耳元に囁かれる。明らかに挑発しているのがわかると、乱馬は振り返り様に火中天津甘栗拳を繰り出した。しかしそれはまるで見えない壁に阻まれたように直撃したという感覚は得られなかった。ひょっとして壁にでも当たったかと錯覚したが、それならば壁を砕く感覚、もしくは拳に多少なりとも痛みを感じたはずである。乱馬は以前も同じ事があったと思いだした。
「これは…クリスと同じ―――」
「拳に氣を纏わせ、あらゆる摩擦を無効化し、常に最速で繰り出す。早乙女流古武術『閃迅』という技だ。移動もこの応用で行うため、足音はせず、小僧は先ほどからわしの動きを捉えられないのだ」
 困惑する乱馬を余所に、禅馬は技の仕組みを解説した。
「もう一度言う。聴覚に頼るな。よく見ろ」
「そんなこと言ったって視力が―――」
「心の眼で見ろと云っておるのだ!」
 乱馬の言葉を遮り、禅馬は叫んだ。乱馬は息を呑み、瞼を閉じた。どうせ視力はないのだ、目を瞑って更に意識を集中させた。
「心を無にせよ。意識を深く潜らせよ。暗闇の中光を見出せ」
(心を無に……意識を深く潜らせる……暗闇の中光を…)
 禅馬の言葉を反芻するように乱馬は静かに意識を己の深い場所へ誘った。
 ヒュンッ
 眼前を白い光が横切ったのが見えた。すると顔は動かしていないのにその光が背後に回るのを感じた。無数の線のような光が乱馬の周囲を回っているのがわかる。今までのように漠然と気配を感じるのではない、明らかに線の一本一本を捉えるかのようにそして本来見えぬはずの背後の光までを乱馬は捉えていた。やがて線同士が繋がっていき、一つの巨躯を象(かたど)った。
(これは…爺さん!?)
「でやぁああ!」
 乱馬は振り向き様、光に向かって拳を繰り出した。
 パシッ
 拳は決定打には至らず、禅馬によって防がれてしまったが、紛れもなく禅馬を捉えているという事を証明した。
「ふむ、中々筋がいい。確かに玄馬とは違うようだな」
 乱馬はほっと安堵した。しかし―――
「では次だ。休んでいる暇などないぞ」
 突然掴まれた拳をそのまま引かれ、乱馬はバランスを崩した。次の瞬間、腹部に軽い衝撃を覚えると共に乱馬は遥か後方に飛ばされた。軽く触れられた程度である為、痛みは一切ない。しかしそれでもまるで竜巻に巻き込まれたかの如く禅馬との距離はみるみる開いていった。
「うぁああっ!」
 乱馬の体が錐揉(きりも)みしながら宙を舞う。とてつもなく広い洞窟である為、乱馬は壁にぶつかることなく飛ばされ続けた。
「ヤバい、着地しようにも上下左右がわからねぇ!」
 本来であれば視覚を頼りに簡単に着地できるが、今の乱馬は暗闇に包まれている。いや、例え視覚が正常であったとしても、この広く暗い洞窟では大した補助にはならなかっただろう。僅かに重力に体が引かれるのを感じ、乱馬は体を捻(ひね)らせて自身の回転を止めた。残るは落下だ。どのくらいの高さ飛んだのかが見当もつかない。乱馬は体を強張らせた。
(衝撃に耐えろ、体が触れたその瞬間に氣をその場所に集中させるんだ!)
 自身に言い聞かせるように乱馬は思った。
 背中に受ける空気の壁を感じながら乱馬は体が回転しないよう体勢を立て直す。そして足先が地に触れるか触れないかその刹那。
「破っ!」
 足先に一点集中し、乱馬は踏ん張った。
 ズガガガガガ
 地面を足裏で抉りながら乱馬は後退した。
 やがて地面を抉る音は止み、乱馬は立ち止まった。
(はぁっ、はぁっ……ダメージは…ないな)
 乱馬は己の体を確認するように体を軽く動かした。
 ヒタッ ヒタッ
「どうだ?視覚に頼らず感覚に身を任せる。少しずつ分かってきたか?」
 足音と共に禅馬が現れた。
「己が気を周囲に張り巡らせ、相手の位置を感じ取る。気配とは呼んで字の如く『氣』を『配』ることにある。今までも気配は感じ取れていたとは思うがそれは視覚を補う為のものに過ぎん。視覚に頼らず氣のみを感知することができれば索敵範囲も自ずと広がっていくだろう」
 禅馬の声がすぐ近くまで聞こえた。乱馬は息を整えつつ禅馬の言葉に耳を傾けた。
(氣を周囲へ向ける。気を配る…気配)
 己の意識に刻むように乱馬は心の中で繰り返した。

「では次だ」
 乱馬の思考を中断させるように、禅馬はすぐに次の行動へ移った。息もつく暇もない突然の行動に、乱馬は素早く禅馬と距離を取った。
「考えてる時間なんてないぞ。早乙女の男ならば体で覚えろ」
 乱馬は意識を集中させた。視力のない乱馬が見たものは、只々眼前に広がる巨大な光の塊だった。
 為す術もなく、乱馬は禅馬の放った気砲によって後方へ飛ばされた。威力は抑えてあるのであろうが乱馬の肉体へのダメージは相当なものだった。
「そしてこれが閃迅とは真逆の技、大気を含め、あらゆる摩擦・振動を拳の周りに集約させ、熱を持たせる。それを氣と共に撃ち出し、相手の内部破壊を目的とした『煉獄』という技だ」
 禅馬の繰り出す拳は早いものではなかった。しかしまだ体勢を立て直していない乱馬は躱すことができず、腕を交差させて防御に徹した。
「無駄だ」
 拳が腕に触れた瞬間、乱馬の体は炎に包まれた。以前クリスと闘った際に乱馬が食らった技と同じではあるものの、威力は桁違いであった。

(殺…される…)

 修行と呼ぶには遥かにかけ離れた一方的な攻撃に、乱馬は己の死を意識した。その瞬間、乱馬は己の身体がざわつくのを感じた。
「……逃げるのか?」
 乱馬がまだ意識を保っているギリギリで、禅馬の声が洞窟内に響いた。
「…?」
 乱馬の瞳に鮮やかな緋色が灯ろうとすると同時に、意識が朦朧としてきた。しかし禅馬の言葉の意味を知ろうと、乱馬は意識を強く保とうとした。
「鬼人化すれば確かに強くはなれる。しかしそれは肉体のみであり、小僧の意志はそこにはない。目の前にある単純な強さに縋り付こうとする小僧の精神は、なんとも脆弱なものか。それを逃げと呼ばずになんと呼ぶ?」
「ウグ…アアァ」
 乱馬の緋色の瞳がまるで電灯のように明滅した。
「小僧…おまえは誰だ!?」
 まるで禅問答のような禅馬の問いに、乱馬は歯を食いしばった。
 心身ともにボロボロであり、地面にうつ伏せで這い蹲ったその姿は、お世辞にも格好良いものではなかった。
「俺は…逃げない。俺は闘うと決めた…抗うと決めた。俺は…俺は…」
 地面に爪を立て、ゆっくりではあるが自分の力で乱馬は立ち上がろうとした。膝が折れそうになるのを手で抑え込み、意識が飛びそうになるのを必死で耐え、吐き出しそうになる血を呑みこみながら乱馬は立ち上がり叫んだ。

「俺は…早乙女乱馬だ!」

 立ち上がった乱馬を見て、禅馬は僅かに笑みを浮かべた。乱馬の瞳には灯り始めた緋色は消え、その代わりにとても強い意志を秘めた瞳になっていた。
「今日はここで終いだ。今日はゆっくり休め」
 斬魔はそう言い残すとそのまま洞窟を去って行った。禅馬の気が遠くなって行くのを感じ、乱馬はそのまま意識を失って倒れた。



つづく





かなり前に投稿作品を頂いていながら、一之瀬の超個人的事情により、アップロードが遅くなってしまったことをお詫びします…続きもトントンとアップしていきますのでお楽しみに♪


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