◇武士道と修羅道 7 
武蔵さま作



其之漆  『羅刹』


「はははっ、見ろよ。あの爺の焦った顔」
 暗闇の空間に浮かぶ紅い瞳の乱馬。
「てめぇ!やめろっ!」
 叫び続ける乱馬。
 二人の乱馬の目の前には、巨大なスクリーンのように主観視点で見た映像が映し出されていた。そこには禅馬がこちらに向かって鋭い攻撃を仕掛けている映像、そして禅馬に対して攻撃を仕掛けている映像であった。
「今すぐ止めねーと、ぶっ殺すぞ!」
 乱馬は必死に抵抗するが、紅い瞳の乱馬は残酷な笑みを浮かべて言った。
「吼えるなよ。無様に見えるぜ。それに俺が身体を操っているわけじゃない。まだ俺には力が足りないんだからな」
 嘲るように、そして最後は残念そうに赤い瞳の乱馬は言った。
「じゃあ何で俺の意志とは無関係に動いているんだよ!?」
「あれは暴走の次の段階さ。俺が力を解き放った――ただそれだけさ。次第に自我が芽生える。そして力が満ちたとき、俺は外へ解放される」
 悦びに満ちた笑顔を浮かべ、紅い瞳の乱馬は言った。しかしその瞬間、乱馬は直感的に悟った。こいつを外に出してはいけないと。理屈ではない、ただ確実に恐ろしい事が起きると肌で感じたのだ。
「外へ出て……俺の身体を使って……何をする気だ!?」
 聞いてはいけない。そんな考えが乱馬の脳裏に走ったが、乱馬は聞かずに入られなかった。
「簡単さ……」
 乱馬の問いに紅い瞳の乱馬はこれ以上にないほど歓びを表現した。
「殺戮さ!あらゆるものを破壊し、血と肉を欲する。俺を封じたやつらの一族も一人残らず葬ってやるのさ!」
 乱馬は恐怖で身が凍りついた。この場に居たくない。そんな気さえした。



 ドンッ!ドンッ!ドンッ!
 気砲の激しい撃ち合いが始まった。乱馬と禅馬の気砲によって、周囲の地形は跡形もなく消し飛んだ。すでに元の地形は失われていた。
「むぅ、このままでは埒が明かん。やはり意識を断ち切るしか方法はないか」
 お互いに凄まじいダメージを受けながらも、集気(収気)法によって回復していくため、周囲への影響は甚大でありながらも、当人達には傷はなかった。
「すごい……あの状態の乱馬と互角に闘ってる……」
 それどころではないとわかっていつつも感嘆の声を漏らすあかね。それほどまでに禅馬の力は圧倒的であった。しかしあかねにも悟る事ができた。このままではどちらかが死んでしまうと。
 その直後だった。
「時雨……いざというときは頼むぞ!」
 禅馬が一声かけると、右目の眼帯を放り投げた。刀の鍔でできたその眼帯は、地に落ちると金属音を轟かせた。と同時に禅馬が苦しむように呻いた。

「う……ぐ……おぉおおおお!!」

 顔を上げた禅馬に時雨を除いたあかね達は驚愕した。隠されていた禅馬の右目は、まるで暴走状態にある目の前の乱馬と同様に瞳が赤くなっていた。
「そんな・・・お爺さんまで暴走を!?」
 あかねの期待が絶望に変わったと思った瞬間、時雨がそれを制した。
「大丈夫ですよ。あの人は力を制御できるからしっかりと意識を保っています。問題はそう長く続かないということですけど」
 このような状況だというのに落ち着きを忘れない時雨に、あかねは見習うように心を落ち着かせ、手を組んで乱馬の無事を祈った。



「な、爺さんの瞳が……!」
 自分の身体を通して目の前の光景を見ている意識体の乱馬は禅馬の変貌に驚いた。自分がどのような姿になっているかはわからないが、話では聞かされていたため、禅馬の目の色がどのような状態であるかある程度理解できた。
「ちっ、あのクソ爺、まさか修羅にならずに力を制御できるとはな……こりゃ思惑が外れたな。」
 紅い瞳の乱馬が悔しそうに呟く。眼の前の映像では禅馬が今までとは比較にならない程の巨大な気砲を両手に集中させていた。
「お、おい……まさかあんなバカでかい気砲を俺の身体に撃ち込むつもりか!?死んじまったらどうすんだよ!」
 もはや紅い瞳の乱馬への敵意よりも、眼の前の生死の問題のほうが重要になってしまった乱馬は必死になんとかしようとした。
「あ〜、こりゃ死んだかもな。よほど俺を外に出したくないらしいな。覚醒さえできればあの程度ならなんとか掻き消せたのにな」
「お、おいっ!」
 禅馬の敵意を見る限り、紅い瞳の乱馬の言っている事があながち冗談ではない事がわかった。暴走に関しては頑なに否定していた禅馬。武術を諦めさせるために脅迫までしてきたほどだ。乱馬を助けるという保証はない。それどころかこの紅い瞳の乱馬と一緒に葬り去ろうという可能性の方が高かった。
「しゃ〜ね〜な。もう少しだってのに、俺もここでくたばっちまうのも嫌だしな。力を使っちまうがやむを得まい」
 そういって紅い瞳の乱馬は両手から赤い光を発した。すると、肉体の方の乱馬に僅かながら影響が出た。そしてその瞬間、禅馬の手から巨大な気砲が放たれた。直撃の瞬間、赤い瞳の乱馬は言った。
「力を全て防御に回した。これで死ぬ事だけは免れたぜ。ま、おかげで俺はまた力を蓄えなきゃならなくなったがな」
「おまえ……」
「さっさと身体に戻りな。言っておくが次に会うときはその身体、俺がもらうぜ!」
 自分を庇ってくれた。そんな考えも赤い瞳の乱馬の今の言葉によって乱馬は考えを撃ち払った。
「おまえは一体……何者なんだ?」
 段々と遠ざかる乱馬は最後に訊ねるように赤い瞳の乱馬に言った。
「『羅刹』そう呼んでくれればいい。ま、精々強くなって俺を期待はずれさせないことだな。あばよ」
 その言葉を聞き終えた瞬間、乱馬の眼の前に光が宿った。光を認識できた瞬間、四肢に凄まじいほどの激痛が走った。
「ぐあっ!」
 痛みで身体を動かす度に絶え間ない激痛が乱馬を襲った。息をするのもつらいほどの苦しさに乱馬はどうすることもできなかった。
「げほっ!」
 むせ込むように喀血し、競り上がってくる嘔吐感覚をなんとか耐えようとするが、我慢できずに吐き出した。その吐瀉物は吐血だけでなりたっていた。
「乱馬、乱馬!」
 遠くから声が聞こえる。しかし乱馬の眼の前はすでに赤い色で塞がれており、意識を保つ事ができないでいた。
「時雨っ!」
 声と同時に時雨の相掌から光が渡り、乱馬の全身を伝って行った。と同時に、乱馬の苦しみは緩和され、呼吸は穏やかになっていった。



 その後、乱馬が目を覚ましたのは二日後のことであった。目を覚ました乱馬は虚ろな瞳で自分の両手を見ていた。
「乱馬……」
 あかねが恐る恐る乱馬に話しかけた。
「あかねか……」
 表情どおりの気のない返事で乱馬はあかねを見た。
「身体の調子はどう?」
 あかねの言葉に従うように、乱馬は手を閉じたり開いたり、腕を回したりした。
「どこも痛くねぇ。まるで怪我なんか最初からしてなかったみたいだ」
 しかし乱馬は驚いた様子すら見せず、ただ何かを思いつめているかのようであった。あかねはなんとか乱馬の意識をこちらに向けようと話を続けた。
「そう、よかった。時雨さんの気功の治療らしいよ。あたしも時雨さんに教わろうかな?そうすれば乱馬が怪我した時なんて役に立っちゃうよ。な〜んて―――」
 冗談めかして言うあかねの言葉にも、乱馬は何も答えなかった。

 ガラッ

 襖を開けて禅馬が顔を出した。
「小僧、眼を醒ましたか」
 以前乱馬が気を失った時のように声をかける禅馬だが、その口調は以前とは異なり、重かった。
「爺さん……」
 放心にも近かった乱馬は、禅馬の姿を認めると、初めて自分から意識を向けた。
「俺を……殺すつもりだったのか?」
 静かではあるが、重い雰囲気を漂わせた口調で乱馬は訊ねた。それに対し、禅馬も同じように答えた。
「確かに、殺しておれば全てが終わっていたのかも知れんな。だが、仮にもわしの孫ということだからな。情けはあったのかもしれん。あの時のわしには小僧の命を奪う事は念頭になかったわい。だが下手に手加減すればわしの方が危うかったのでな、瀕死の状態にさせてもらった。恐らくおまえの内なる鬼が力を使って身体を庇う事も予測してな。肉体と霊体が完全に切り離されていなければ時雨の気功ならば治せる。まあ、博打であったがな」
 その言葉を聞いてあかねは禅馬が言った言葉を思い出した。

『時雨……いざというときは頼むぞ!』

 あれは暴走状態に陥った自分が制御できなくなったことを想定したのではなく、乱馬の身体を気遣っての言葉なのだと理解した。
「お爺さん、そのことを先読みしてたんだ……」
 驚きの声を上げるあかね。全ては禅馬の台本通りに行われたようだ。


「別に、手加減なんかしなくてそのまま俺を殺せばよかったのによ。婆さんも婆さんだぜ。治療なんかしないでそのまま見殺しにすればよかったんだ。そうすれば―――」

 パァン!

 乱馬が言葉を続けるのを遮るように、乾いた音が部屋に響いた。頬を押さえた乱馬が顔の位置を戻すと眼の前には手を振り抜いたままのあかねの姿があった。その両目には涙が溜まっていた。
「今度……そんな事言ったら……本気で叩くわよ!」
 声を震わせながら言うあかねを乱馬は睨み付ける様に言った。
「何度でも言ってやるさ!俺なんかあの時死んでればよかったんだ!」

 パァン!!

 再び振り抜かれたあかねの手。あかねは本当に先ほどよりも力を入れて乱馬を叩いた。
「だったらあたしはあんたがやめるまで何度も何度も叩いてあげるわよ!自分が死ねば全てが終わると思ってるの!?甘えた事言わないで!悲劇のヒーローにでもなったつもり?死ぬ事で逃げてるだけじゃないの!」
 あかねは叫びながら乱馬の頬を何度も打った。乱馬はその度に顔を左右に揺さぶられたが、それでも決して避ける事はなかった。

「少しは……遺された人の気持ちを考えて生き抜く努力をしてみなさいよ!」

 あかねが思い切り手を振り上げたとき、乱馬はその手を掴んであかねを壁際まで押し付けた。
「だったら……おまえにはわかるのかよ!俺の気持ちが!自分の意思とは関係なしに大切な人達に敵意を向けて襲い掛かる俺の気持ちが……その光景をまるでガラスの向こうから見せつけられることしかできない俺の気持ちが……おまえにはわかるって言うのかよっ!?」


「二人とも、その辺にしておけ」
 お互いに感情的になって行動する乱馬とあかねを禅馬は諌めた。
「今後の事について話がある。わしの考えが正しければ……小僧、おまえが死んだところで状況は変わらぬかもしれんぞ。ならば嬢ちゃんの言う通り、最後まで足掻くべきだとわしも考えておる」
 その後は何も言わずに禅馬は去って行った。
 残された二人はその気まずさからか、顔を合わせる事もなくその場からいなくなった。


つづく




一之瀬の戯言
現時点(2015.1.30)の投稿はここまでとなっています…この先がめちゃくちゃ気になっていますが、坐して待ちます!
…らせつと打ち込んで「羅刹」と一発変換できる私のパソコンも何気に濃いよなあ…。
「羅刹」は一般的には「鬼」のことをさします。


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