◇武士道と修羅道 2
武蔵さま作



其之弐 『狂気』


 シュッ!

 暗い闇の中、空を切る音が聞こえた。
 相手の顔は見えない。闘っている理由も知らない。
 声を出すことさえできない…ただ、感覚だけが伝わってくる。
(これは夢だ…そして俺はこの夢を知っている…)
 『明晰夢』夢だと認識できる夢である。
 攻撃が繰り出される。相手もそれを避ける。
(ダメだ!攻撃しちゃいけない!)
 しかし、乱馬の意思とは裏腹に、鋭い攻撃が相手を狙い続ける。力の篭った容赦ない攻撃が―――
(やめてくれ!もう、あいつの―――あんな顔で見られるのはイヤだ!)
 脳裏に一人の女性の顔が浮かぶ。その顔は、ただ恐怖に歪んでいた。


 鋭い突きが相手に突き出された。しかし、相手はそれを紙一重で避け、攻撃に転じた。
 
 ドス!

 重い一撃が乱馬の腹部にめり込んだ。その反動で体がくの字に曲がった。
(え…?)
 何かが違う。そう感じた乱馬だが、すぐさま防御の姿勢を取ろうとした。だが相手は一瞬の躊躇いを逃さず、これを好機とばかりにすかさず同じ場所に打撃を叩き込んだ。
一撃、二撃、三撃―――鋭くも重い攻撃が乱馬を攻め立てた。
(ぐ…はぁ…)
 血が噴出す。自分の骨が軋んでいるのがわかる。体が冷たくなっていくのも、そして…心臓の鼓動が弱まっていくのもわかった。
 しかし、相手は攻撃の手を緩めない。何度も何度も乱馬の体を打ち続けた。そう、まるで乱馬を殺すように―――


 意識を失うように、乱馬の体が前方に倒れていく。その瞬間、光が相手の顔を照らした。
そこに見えたのは……恐ろしいほどの笑みを浮かべた自分の顔であった……

「うわーーーーー!!!」


 目を開ける。そこには先ほどの暗い世界とは打って変わり、明るい朝の世界があった。
「夢……だよな?」
 昨日と同じ、生々しい感覚が乱馬に付きまとっている。あまりにも『夢』で済ませられないほどの現実感。しかし自分は生きている。ましてや自分が2人いるなど有り得ない。だが、この形容し難い感覚を振り払うことなどできなかった。
「くっ、なんだってんだよ。こんな夢ばかり…」
 昨日は『自分が自分を殺す夢』そして今日は『自分が自分に殺される夢』を見た。2つの夢は同じであったが、乱馬の意識がそれぞれ被害者、加害者の双方にあったのが問題であった。
「ちょっと……またなの?」
 昨日と同じくあかねが心配した様子で部屋に入ってきた。乱馬はゆっくりとあかねに視線を向けた。
「大丈夫、乱馬?」
 心配そうに乱馬に近寄るあかね。一瞬、乱馬の意識がブレた。
「!!」
 気がつくと乱馬は反射的にあかねを突き飛ばしていた。
「来るなっ!!」
 怖いくらいの形相であかねを突き飛ばした乱馬はそのままあかねの顔を見るまもなく外へと駆け出していった。
「痛た…もう、なんなのよ…」
 残されたあかねは乱馬の行動に不思議さと不安を感じた。


(俺はさっき何を考えた!?)

 外に出た乱馬は公園で頭を抱えて考え込んだ。先程あかねが近づいたとき、乱馬は恐ろしい感情が浮かんだのだ。

(俺が…あかねに対して……!?)

 乱馬の脳裏に浮かんだこと、それは血肉に飢えた獣のような感覚であった。あかねを見た瞬間に真っ赤な血がイメージされた。理性が強く働いたおかげでなんとか切り抜けられたが、本能にも近い衝動が強かった場合の事を想像した乱馬は身を震わせた。

(嫌だ…怖ぇよ…)

 じわりと涙が溢れてきた。突然弱くなった自分の体、そして強烈なほどの凶暴な感情。乱馬は自分自身がわからなくなって不安に陥っていた。そしてそれにも勝る自分自身への恐怖を感じていた。

(誰か……助けてくれよ…)


―――商店街―――

「チッ、あのガキどもいやがらねーな」
「アニキー、もうよしやしょうよ。あいつら、強かったし…」
「バカヤロウ!あんなガキにびびってちゃ、参出井(くどいようだが、サ○デーと読んではいけない)組の恥だろうが!」
「だけど、参出井組っていっても実際は俺達3人しかいないし…」
「それにその胸に隠してある銃だってモデルガンだし…」
 昨日乱馬とあかねに手痛い目に遭わされたチンピラA・B・Cであった。
「うるせー、うるせー!てめぇらは黙ってついてこい!」
 偉そうなAに続いて長身のBとガタイのいいCはやれやれと言った様子でついて行った。

「あの〜、スミマセン、人を尋ねたいのデスガ――」
「あぁん?てめぇ、誰にモノ尋ねてんだ?」
 イライラしているところに声を掛けられたチンピラAは顔を歪ませて声の主の方に振り返った。
「Sorry,だけどオレ、とてもとても困っテル」
 金髪で蒼目の外国人であろうその声の主はまだ若い青年であった。
「あっ…てめぇは――!!」
 驚いたように青年を見るチンピラA・B・C。しかし青年は怪訝そうな顔で首を傾けた。
「どうかシマシタカ?」
「『どうかシマシタカ?』じゃねーぞ!ようやく見つけたぞてめぇ!」
「そうだそうだ!髪の色変えりゃバレないとでも思ったのか?」
 そのまま青年の金髪を掴むA。青年は痛がって謝った。
「oh,なにがあったかわからないがスミマセン。オレ、何かシタカ?」
「あくまでシラ切るつもりか。俺の顔、よもや忘れたわけじゃあるめぇ!」
 言われるがままにチンピラの顔を覗き込む青年。そして思いついたように相槌を打った。
「オ〜ウ!I know!オレ、オマエ達知ってマ〜ス!」
「ふん、思い出したようだな。」
「Yes!オマエ達ジャパニーズマフィア『ヤクザ』だな。『忍法タタミガエシ』で銃弾をも跳ね返すと言われた――」
 ずっこけるチンピラ達。しかし青年は目を輝かせて何か期待に満ちた様子でいた。
「見せてくれ!『忍法タタミガエシ』ヲ!」
「このヤロウ!」
 ついにキレたチンピラは青年を囲った。
「ムム、オレをどうするつもりダ!?」
「知れたこと!ぶっ殺してやる!」
 それぞれ懐から武器を取り出すチンピラ。青年はそんな様子に怯える事もなく不敵な笑みを見せた。
「フッ、オレも本気を出す時が来たようダ。」
「へっ、強がってられるのも今のうちだ!今日は昨日みたいに逃がさねーからな!」
 周りを囲まれた青年は気を静めるように、息を深く吸い込んだ。
そして―――

「タスケテーーー!殺サレルーーー!オマワリサ〜〜ン!」

 大声で叫びだした。騒ぎを聞きつけた人々が何事かと集まってきた。
「ば、ばかやろう!なんて卑怯な奴だ!」
「アニキ、ヤバイですよ。マッポが来ました!」
「仕方ねー。ずらかるぞ!」
 作戦勝ちというところか、青年の策にチンピラは逃げて行った。
「フッ、大したことなかったな」
 そのまま青年は何事もなかったかのように人に道を尋ね始めた。


―――天道家―――

「もう、乱馬のやつ、どこまで行ったんだろう……」
 もう昼になるというのに乱馬が朝飛び出したきり帰ってこないことにあかねは心配していた。
「なんか様子変だったし―――」
 家の前の通りを元気なく歩いていたあかねはキョロキョロしている不審な人影を発見した。夏の強い日差しのせいで眩しかったが、あかねは確信した。
「乱馬っ!」
 あかねはそう叫ぶと人影に向かって駆けていった。
「どこ行ってたのよ!心配させないでよね!」
 そのまま視線を顔に移すあかね。その表情は朝見た顔と打って変わって驚いた表情であった。しかし、それよりも目についたのは瞳の色であった。
「ちょ、ちょっと何よその目―――」
 覗き込むあかね。その視線の先にはライトブルーの瞳があった。そして日差しのせいで眩しく思えた髪はブロンドであった。
「Wow!プリティーガール!オレのこと知ってるノ?」
「はぁ?何言ってんの、あんた。まさかそんなわざわざ変装までしてあたしを騙そうっての?」
 あかねは少し苛立った様子で答えた。人に心配させておいてその上自分をバカにしたような態度に感じられたからだ。

「な〜に声を荒げてんだよ?」

 ふと少し離れた場所から声が聞こえた。あかねが振り返ると、そこには乱馬の姿があった。
「えっ―――?」
 驚いたように乱馬の姿を見つめるあかね。自分は真夏の蜃気楼でも見ているのだろうかと思っていると、乱馬の方から近づいてきた。
「悪かったな。ちょっと考え事してたんだ……って―――」
 言葉を発しながらあかねに近づいていった乱馬は閉口した。あかねの後ろに立っている姿に見覚えがあったからだ。

「……俺?」「……オレ?」

 同時に声が重なった。目の前の人物も驚いたように目を見開いていたからだ。
「えっと…あの…その…」
 混乱したあかねが乱馬と青年を交互に見る。しかしその場にいる乱馬と乱馬そっくりの青年もわけがわからぬといった様子であった。
「おまえ…誰だ?」
 状況を整理するのに時間を費やしたが、乱馬が思ったことを口に出して事は運んだ。
「オレはクリストファー・バーン。イギリスからやってきまシタ。」
 多少片言ながらも、クリストファーと名乗る青年は答えた。一つずつ整理していくように乱馬は質問を続けた。
「でだ、何で俺と同じ顔をしてるんだ?」
「Oh,それはオレもわからない。だけどオレの母はジャパニーズなんだ。だからニホンジンの血が入ってる」
 言われてみれば髪と瞳の色以外は確かに東洋系の顔立ちをしていた。
「なるほどな……で、おめーは何しに日本に来たんだ?」
「ニホンに来たのは人探しのためだ。オレの爺ちゃんもジャパニーズで、爺ちゃんの生まれ故郷を見てみたかっタ。それと、後は人捜しの為に来タ」
「へ〜、クリストファーさん、わざわざ一人でここまで来たんだ。すごいわね〜」
 感心したようにあかねが呟く。するとクリストファーは笑いながら言った。
「クリスでいいヨ。えーーっと―――」
 困ったようにクリスが顔を顰めた。あかねはその意味がわかったように笑顔で言った。
「あ、あたしはあかね。さっきは間違えてごめんなさい。それからこっちが―――」
 紹介しようとするあかねの言葉を遮るように乱馬が言葉を挟んだ。
「…乱馬だ。」
「ヨロシク、ランマ、アカネ!」
 友好的に握手を差し出すクリス。あかねは喜んで握手に応じたが、乱馬は何か気にくわない様子であった。


「立ち話もなんだし、うちに来ない?すぐそこだけど」
 こんなにも乱馬に似ているクリスをみんなにも紹介してやろうと思ったあかねは彼を天道家に誘った。しかしクリスは丁寧にそれを断った。
「Sorry,オレ、人捜しの途中なんダ。見つけないと帰れナイ」
 申し訳なさそうに呟くクリス。あかねは残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直した。乱馬は興味ないといったように一瞥しただけであった。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないね。捜してる人見つかるといいね。もし見つかったら帰る前にうちに寄ってってね」
 優しく手を握るあかね。クリスは目を潤ませながら感動していた。
「アカネ、とてもいい人。オレ絶対見つけるよ。とても変わった名前の人だからダイジョブ。See you again!」
 立ち去ろうとするクリスに、黙っていた乱馬が口を開いた。
「待てよ、捜してる奴、なんていう奴だ?」
「??」
 突然の乱馬の言葉にクリスは戸惑った。自分はあまり好かれてはいないと感じていたからだ。あかねも多少驚きを見せたようで乱馬に訊ねた。
「どうしたのよ、急に。さっきまでクリスさんに対して不機嫌そうだったのに……」
「別に。早く見つかれば早く国に帰れるだろ」
「なんか、厄介払いみたいね……」
 あかねは呆れたようだが乱馬の本心はわかっていた。異国から遠路はるばる一人旅してきたのだ。そんな中で人を捜すのは大変であろうと乱馬も判断したのだ。それにクリスに対して不機嫌になることの方が変だと思ったのであろう。
「ランマ、ありがとう。二人とも、親切だナ」
「けっ、別に大したことじゃねーよ」
 クリスにも乱馬の本心がわかったらしく、素直にお礼を言ってきた。乱馬は照れ隠しにそっぽを向いた。
「で、その捜してる奴の名前は?」
 聞いても乱馬達が知っているのは同級生くらいであろうが、それぞれの世代の親や知り合いがいるので少しは協力できるつもりでいた。
「とても変わった名前って言ってたが…」
 そして少し間をおいてクリスは言った。

「ゲンマ・・・ゲンマ・サオトメっていう人だ。年は40代後半ぐらいだと聞いテル」

 唖然とする乱馬とあかね。知り合いどころか身内にいるから無理もない。
「どうした?オレ、変なこと言っタ?」
心配そうに訊ねるクリス。恐る恐るあかねが答えた。
「あのね、クリスさんの捜し人、乱馬のお父さんよ……」
 クリスの顔が驚きに満ちる。そして乱馬の顔を見た。
「ワオ、顔だけじゃなく、そんな接点もあったとはオドロキだね」
 派手なリアクションを取るクリス。しかし驚いているのは乱馬も一緒であった。



―――天道家―――

「うっわ、本当に乱馬君そっくりだ!」
「そっくりさんね〜」
 天道家は騒然となった。今まででてきた鏡のコピーとは違い、本当の意味でそっくりさんだったからだ。
「多少、顔に違いはあるけど、髪と瞳の色を除いたら区別つかないわよ」
 失礼とも思わずにジロジロとクリスの顔を覗き込むなびき。当のクリスは少々戸惑いながらも黙って座っていた。
「ふむふむ、鼻の高さと身長、筋肉量全てが乱馬君より上ね〜」
「けっ、似たようなもんだろ!」
自分と比較されて腹を立てる乱馬。
「あの〜、ゲンマさんハ?」
「親父ならおふくろと一緒に出かけたぜ。もうじき帰ってくると思うが―――」
 どこかクリスは落ち着かない様子でそわそわしていた。
「せっかくだから、待っている間家の中案内するわ」
 あかねはそういうとクリスを案内した。
 玄関を曲がって突き当たりを真っ直ぐ行った所でクリスは足を止めた。
「向こうは何?」
 渡り廊下の向こうにある道場に興味を示したクリスはあかねを呼び止めた。
「あ、そっちは道場よ。あたしの家、道場をやってるのよ。と言っても門下生は一人もいないけどね」
 威張れることではないのであかねは苦笑しながら答えた。
「見てイイ?」
「いいわよ」
 あかねはすぐさま道場に向かった。一歩足を踏み入れるとそこにはただ広い空間が広がっているだけであった。神棚と信条が掲げられているの以外には特に目立ったものはなかった。しかしクリスは物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回した。
「ここでゲンマさんは稽古しているノカ?」
 なにやら期待に満ちたような表情であったが、あかねは少し困ったように言った。
「ちょっと前まではうちのお父さんと一緒に稽古していたんだけど、最近じゃ二人して将棋ばっかり。今じゃあたしと乱馬くらいしかここを利用してないわ」
 ふと落ち着きのなかったクリスがおとなしくなった。
「あれ、なんて読むんだ?」
 彼が指したのは流派を掲げた紙であった。道場内での武道目標の一部だ。
「ああ、クリスさん、漢字読めないんだ。あれは無差別格闘流って読むのよ」
「ムサベツカクトウリュウ?流派か!」
「え、ええ…」
 突然声を荒げるクリスにあかねは戸惑いつつも返答した。
「じゃあ、やっぱりゲンマさんも教えてるのカイ?」
 何故か執拗に玄馬に拘るクリス。だがクリスにとっては日本で頼れるのは玄馬だけであるので、あかねは気にせず答えた。
「もとは早乙女のおじ様とうちのお父さんのお師匠様が作った流派だけど、今は分岐して二つに分かれてるわ。お父さんが『無差別格闘天道流』おじ様が『無差別格闘早乙女流』をそれぞれね。あたしはもちろん天道流だけど、乱馬が早乙女流。だからおじ様と稽古していたのは乱馬の方よ」

「……無差別格闘早乙女流―――」
 反芻するようにクリスは呟いた。その瞳には決意のようなものが見えた。


 暫くして、早雲、玄馬、のどかの三人が帰宅した。
「むむ!」
「なんとっ!」
「あらあら」
 三人はクリスを見て驚いた。クリスは話を要約し、これまでの経緯を簡単に話した。
「ふむぅ、それで早乙女君を訪ね、わざわざ日本へと来たわけか・・・」
「なるほど、して、わしに用とは?」
 クリスと玄馬は初対面らしい。クリスは玄馬を一方的に知っていたようだ。
「オレに…無差別格闘早乙女流の技を教えてクダサイ!」
 クリスの突然の申し出は、静かな天道家に響き渡った。



つづく




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