◇武士道と修羅道   番外編 『斬魔伝』
武蔵さま作


其之壱 『斬魔』


 沙耶、おまえが眼を醒ますとき、俺はいないはずだ。黙って行くことを許して欲しい。眼を覚ましたらおまえはすぐに此処から離れ、俺の事は忘れてくれ。
 この書物は俺が闇払いの一族と鬼に関して記したものだ。沙耶の判断で処分してくれて構わない。

 じゃあな。沙耶と過ごした日々、中々楽しかったぜ。
                               斬魔




「逃がすな!絶対に生かして返してはならん!」
「討ち取ったものには褒美を取らす、なんとしてでも仕留めるのだ!」
 土砂降りの雨の中、雨音に負けないくらいの大きな音で山中に兵の足音が響く。その数およそ三千は超えるという人の数。彼らの追っている敵、それはたった一人の少年であった。
 
「………」
 木の上で少年は兵たちが過ぎ去るのを隠れながら伺っていた。しかしその数が数である。殆どこの山に逃げ場はないほど包囲されている。さすがにこの人数相手では勝ち目はない。かと云ってこのまま隠れていてはいずれ見つかってしまう。
 少年が考えていると、すぐ近くで異様な気配を感じた。すぐにその方向を見ると、そこには人とはかけ離れたおぞましい姿の妖怪がいた。その姿形はまるで蜘蛛のようだが、顔は人のものであった。人面蜘蛛と呼ばれる妖怪だ。人面蜘蛛は糸で釣り下がった状態から少年の姿を見つけるとニタリと笑い、叫んだ。
「いたぞーー、鬼斬りがいたぞーーっ!」
 兵の中には雇われた妖怪も数百匹いた。妖怪の中では少年の名を知らないものはいないと言うほど知れ渡っておるが、いずれも怨恨などの悪い印象しかない。
「ちぃっ」
 少年は舌打ちをすると、木から飛び降り、そして着地と同時に駆け出した。するとその瞬間、少年の黒い瞳が燃えるような緋色に変化した。
「はあぁぁぁぁぁ!」
 斬り掛かろうとする兵に向かって拳を振るう少年。すると拳から閃光が発せられ、兵の胴に炸裂した。まるで火薬を使ったかのように、爆音と共に兵は遥か後方に吹き飛んだ。しかし、周囲の兵は多少怯みはしたものの、すぐに体勢を立て直し、僅かに距離を置いた。近付かなければ大丈夫と判断したのだろう。丸腰の少年に対し、十分すぎる程に距離を取り、四方を囲む。そして一斉に斬り掛かった。しかし次の瞬間、少年を囲む兵たちは次々と倒れていった。その中心にいた少年の手には先ほどまではなかった光の刀が握られていた。
 
 ピーーーッ!

 笛の様な甲高い音が少年の近くで鳴った。音の発せられた方を見ると、先ほどの人面蜘蛛が応援を呼んだ様だ。人面蜘蛛は音を発した直後、少年に向かって糸を吐き出した。しかし、その動作を読んでいたのか、彼は糸を薙ぎ払うと同時に、光の刀の両端を両手でしっかりと掴み、そのまま引き伸ばした。すると、光はそのまま引っ張られた方向へ伸び、そこには湾曲した弓の形が出来上がっていた。弦や矢まで全て光で構成されたその弓を少年は引き絞った。すると、光の矢の先端に炎が点った。
「この野郎!」
 叫ぶと同時に矢が放たれる。その矢はまさしく光の如き速さで人面蜘蛛を貫いた。と同時に人面蜘蛛の体が燃え上がった。
「ぐぎゃーーーーーーっ!!」
 人外の叫びを上げながら地に落ちて転げまわる人面蜘蛛。火達磨と称するに相応しく、その姿はもはや炎の塊であった。やがて炎は周囲の木々に燃え移り、山火事を引き起こした。さすがに炎に行く手を遮られ、三千もの兵達も迂闊に追うことはできなくなっていた。しかし、土砂降りの天候の影響のせいか、一部鎮火した場所から次々と兵が動き出したため、多少の足止めにしかならなかった。
「誰ぞ、弓を持てぃ!」
 弓兵が目標である少年に向かって矢を射る。その無数の矢は放物線を描きながら次々と放たれていった。少年には盾のようなものはない。手甲でいくつかの矢を打ち落としたり回避行動を取りながら逃げていく。
 グサッ!
 少年の腕に一本の矢が突き刺さる。一人の武将が放った矢が躱しきれずに少年を捕らえたのだ。
 焼けるような痛みに一瞬少年の足が止まる。その機を待っていたかのように、少年の体に数本の矢が突き刺さった。
 「先の矢は我ぞ!」
 止めを刺そうと兵達が駆け寄ってくる。少年は傷を負いながらも必死で逃げた。崖に追い込まれた少年は他の逃げ道を探すも見つからず、来た道を引き返そうとしたその時だ。一歩踏み出した場所が一気に崩れだした。雨でぬかるんだ土砂が一気に崩れたのだ。
「うわああああああああっ!」
 少年は滑り落ちるように崖下へ落ち、そのまま川の中へ落ちた。

「鬼斬り、討ち取ったり!」
 少年へ矢を放った武将が勝どきを上げた。そこへ大将が駆けてきた。
「よくぞやった。さすがは九能家の手練れ、見事な腕前であった。他の者は川下へ行け。亡骸を確かめるのだ!」
 兵達がぞろぞろと引き揚げていく中、武将は一人残り、少年が落ちていった川を一瞥して呟いた。

「鬼斬り……この世に災いと動乱を生む者か……」




「がはっ!」
 川から這い上がった少年は、口から水を吐いて呻いた。大分流されたのか、周囲の景色は見たこともない場所であった。とはいえ、生きていたのが奇跡なくらいである。少年はそのままなんとか立ち上がると、よろめきながら人気のある場所へ向かった。
 ブシュッ!
 体に突き刺さった矢を抜くと、そこから血が吹き出た。矢についている返しによって傷口が開いたのだ。しかし放っておけば肉が締まり、矢が抜けなくなってしまう。少年は苦痛に耐えながらも全ての矢を抜いた。しかし、傷口からは血が止め処なく流れていった。
「クッ…収気法は使えないか…」
 なんとか傷を癒そうとしても、思うようにいかず、少年は近くの茂みに身を隠した。少年の名は広く知れ渡っている。きっと生きている事を知られたら確実に追手がやってくるだろう。まずは怪我を癒さねばならないと思った少年は道の向こうにあるものを発見した。それは駕籠であった。男二人が前後で駕籠を運んでいる。恐らく駕籠の中には身分の高い者がいるのだろう。そう確信した少年は道で倒れた。少しの時間を置いて、少年の思惑通りに駕籠を運んだ男達は、道の真ん中で倒れている彼を見つけると、駕籠を一旦置いて近寄ってきた。その瞬間である。
「グフッ!」
 二人の男はその場に倒れた。少年が素早く当身を食らわせたのだ。少年はそのまま駕籠に近付くと、荒い呼吸を整えながら言った。
「命までは取らない。大人しく金品を全てこちらによこせ」
 すると簾が捲くられ、金の代わりに中から人が出てきた。
「…女か。まあいい、とにかく金になりそうなものは置いていくんだ」
 中から出てきたのは巫女であった。緋袴に身を包み、腰元まで伸びた長い黒髪を先端で結わえたその少女は、少年とは大差ない年でありながら、巫女は凛とした態度のまま答えた。
「ふむ、盗賊か…金目の物と申しても、私は何も持ってはおらぬ。あるとすれば今着ているこの装束のみ。ならば、引剥(ひはぎ)でもする気か?」
 少女は少年を恐れるどころか、やってみろと言わんばかりに両腕を大きく広げた。
 これには少年も面食らった。強盗紛いの事は今回が初めてではあるが、さすがにこんな事態は想定外であった。装束を見れば素材は悪くはなく、売ればそこそこの金にはなるだろう。しかし自分の利益のために無抵抗の人の衣服を引っぺがす、などという下衆な行為を少年は望んではいない。ましてや、相手は自分と年が近そうな女人であるから尚更である。


「どうした?やらんのか?」
 少女は笑みさえ浮かべて少年に促した。少年の行為を嘲笑っているのではない。例え他の強盗が同じような行為をし、なんの躊躇いもなく彼女の衣服を奪う事になったとしても、この少女は決して臆する事はないであろう。しかし、小女の眼の前の少年にはまだ良心が残っている。それを感じ取る事ができ、自然と笑みが表れたのだ。

「もういい…失せろ」
 成す術もなく、少年は諦めてその場にしゃがみこんだ。落胆したという気持ちの表れもあるだろう、少年は立つことすら苦痛になっていた。
「ふむ、怪我をしているのか。暫し待て」
 少女は袖口から貝殻を出すと、衣服が汚れる事も構わずに、少年の横へ座り込んだ。
「動くでないぞ」
 少女は貝の中にある薬を少年の傷口にそっと塗っていった。
「な、なにしやがるっ!」
 突然触れられた事に少年は驚いた。しかし、身体が思うように動かず、離れる事はできなかった。
「動くでないと言っておろうが。案ずるな、怪我の薬だ。じきに効いてくる」
 少年は訝しげな瞳で少女の行動を見ていた。何せ自分は追われる者である。この少女が敵であり、今介抱する様に見せかけて毒を塗られているかもしれない。そういった考えが少年の脳内を駆け巡った。しかし、ふと気が楽になった。
(どうせこのまま追われ続けるよりは、いっそのことここで…)
 そう思ったときだった。先程まで焼ける様な痛みを発していた身体から痛覚が薄れている事に気がついた。しかも傷口からは出血も治まっている。
「どうだ?大分楽になっただろう」
 傷口から声の主に移すと、少女は先程の凛とした態度ではなく、年相応の、それも満面の笑みを少年に向けていた。
「あ………す、すまない」
 一瞬言葉を失いかけた少年だが、誤魔化しながら先程の疑惑も含めて謝罪した。
「ふふふ、謝られても困る。こういう時は礼を言ってくれたほうが私としても嬉しいのだがな」
 少女は含み笑いをしながら言った。もう先程までの圧倒的な雰囲気はなく、同時に少年の敵意も消え去っていた。
「あ、ありが…とう」
 照れくさいのか、少年は目線を逸らしながら礼を言った。その様子を見て、少女はますます声を出して笑った。
「鬼の気配を感じたから一体どんな物の怪かと思ったが……まさか私と齢変わらずの人間であったとは。それも中々良い目をしている。差し支えなければ理由を聞かせてはもらえないだろうか。おまえ、名は?」
 少年を悪い者ではないとわかった少女は経緯を尋ねようとした。
「…斬魔―――皆は俺を『鬼斬り斬魔』と呼ぶ」
 少年の言葉を聞いて、少女は一瞬驚いた顔をした。そしてその一言だけで大体の経緯を察する事ができた。
「そうか…おまえが鬼斬りか…。成程、魔を斬りて『斬魔』か。ならば私も斬魔と呼ばせてもらおう」
 きっと名乗れば好い反応は得られないだろう、そう思っていた少年は拍子抜けした。きっと誰かに助けを求めて逃げ去るだろうと思っていたからだ。それほどまでに、『鬼斬り斬魔』という名は畏怖の意味で通っているのだ。なのに、眼の前の少女は自分が鬼斬りだと理解し、それでもなお笑顔を向けてくる。こんな反応は今までに一度たりともなかった。冗談とでも思っているのだろうか。斬魔は混乱してきた。


「私は沙耶。見ての通り巫女だ。と言ってもただの巫女ではないぞ。『鬼封じの巫女』だ。おまえも名は聞いた事あるだろう?」

 沙耶と名乗る少女の言葉に、斬魔は霧散しかけていた警戒心を再び身に纏った。
「おまえ…早乙女の巫女か!?」
 早乙女の巫女は代々『鬼封じ』と呼ばれる神通力に長けている家系であり、如何なる凶悪な妖魔でもこの力の前には赤子同然になってしまう。故に人々から『鬼封じの巫女』と称され、崇められてきた。無論妖魔にとっては天敵であり、斬魔にとっても例外ではない。
 鬼斬りの力、それは鬼となりて鬼を斬る。妖魔に通じるもののある斬魔にとっても天敵同然なのだ。

「そう身構えるな。別段、おまえを退治しに来たわけではない」
 斬魔の様子から察したのか、沙耶は宥(たしな)めるように言った。
「と言っても、私は今からさる将軍の所へ行く途中であったのだがな。恐らくはおまえに関することであろうが、おまえを見て興が沸いた。駕籠などに乗って行きたくもない将軍の所へ行くよりも面白そうだ。斬魔、私と共に来い」
 突然の申し出に、斬魔は顔を顰めた。
「な、なんで俺がおまえと一緒に行かなきゃならねーんだよ」
 罠かも知れないという警戒心と、沙耶の突然の言動に混乱しながら、斬魔は探るように訊ねた。
「ふむ、断るか。ならば仕方がない…正式に将軍家へ向かい、話を伺ってくるとしよう。無論、将軍の命であるならば『いかなる妖魔』であろうと容赦せず退治することになろうがな」
 敢えて言葉を強調させると、沙耶は斬魔に視線を送りながら言った。
「ぐっ…」
 斬魔が言葉を失う様子を見て沙耶は続けた。
「こうしている間にも、追手がやってきそうであるし、私の到着が遅れるほどに誰ぞ捜しにくるやもしれん。今此処で『何者か』に連れ去られて行方が知れずとなれば、大層混乱するであろうなぁ」
 再び言葉の強調と同時に視線を斬魔に送る沙耶。間接的な言い回しではあるが、直接的に斬魔に訴えている沙耶の言葉に、斬魔は従うしかなかった。
「降参だ、一先ずあんたに従おう」
 手を上げて降参の意を示す斬魔に、沙耶は微笑んで言った。
「さて、では行こうぞ」


 斬魔は沙耶に肩を借りながら、近くの村に辿り着いた。
「おまえは暫しそこで待て」
 沙耶は斬魔を村の入り口にある岩に腰掛けさせると、そのまま一軒の家の前で立ち止まった。
「もし、どなたかおらぬか?」
 沙耶が戸口で声を張り上げると中から老婆が顔を出した。沙耶は老婆と言葉を交わすと、家の中に入っていった。


 暫くすると、簡素な小袖に身を包んだ沙耶が家の中から出てきた。手には何やら包みを持っている。
「待たせたな」
 簡潔に一言述べると、沙耶は手に持っていた包みを斬魔に手渡した。
「これは…?それにおまえのその格好…」
 斬魔は突如変わった沙耶の衣服に疑問を抱きつつも包みを受け取った。
「いつまでも巫女装束では目立つからな。着物を交換してきた。おまえもそんな血塗れの具足では己が追われていると言っておるようなものじゃぞ」
 沙耶の話を聞きながら斬魔が包みを開くと、そこには薄汚れたお世辞にも綺麗とはいえない薄汚れた筒袖があった。
「早ぅ着替えぬか」
 沙耶に促されて斬魔は困惑した。沙耶が村の入り口にて斬魔を待機させたのは人目に付くのを避けたためである。それを着替える為に屋根を借りようものならば騒然とするのは明白である。そんな斬魔の心中を察したように、沙耶は含むように笑った。
「なんじゃ?裸を見られるのが恥ずかしいのか?先刻、私の装束を差し出そうとしたときにも思うたが、おまえ、中々に初心じゃのぅ。ひょっとして女も知らぬと見えるが…」
 沙耶の言葉に斬魔は顔が熱くなっていくのを感じた。
「う、うるせー!」
 事実なだけに否定はできず、斬魔は衣服を抱えて草むらの奥へと隠れるように入っていった。その様子を見て更に沙耶はクスクスと笑い出した。


 暫くして、草むらから斬魔が姿を現した。
「ほう、中々良いではないか。では仕上げに―――」
 沙耶は斬魔の姿を鑑定するように見定めた後、自分の髪を結わえている髪紐を解くと、斬魔の背後に回った。
「お、おい!」
 突然髪を掴まれ、斬魔は焦って振り向こうとした。
「これ、そのまま前を向いておれ、上手く結えんではないか」
 沙耶は子供を諭すように言い放ち、そのまま斬魔の髪を結んでいった。


「これでよし。うむ、これならばそこらの村人と変わりあるまい」
 血塗れの武具を取り外し、紺色の筒袖に身を包んだその姿からは確かに戦場に駆ければ猛威を奮うと恐れられた鬼斬りの姿を垣間見る事はできなかった。
「……しかし、おまえ…意外と不器用だな」
 結わえられた髪に手で触れると、縛り方が乱雑で片側に寄ってしまっている。斬魔は一度紐を解くと、再度自分で髪を結わえた。


「…で、これからどうすんだ―――って、何を脹れてんだ?」
「…別に…(せっかく手ずから結わえてやったというに…どうせ私は不器用じゃ!)」
 斬魔が沙耶の方を向くと、不機嫌を露に頬を膨らませた沙耶がいた。
「お、おい…」
 突然機嫌が悪くなった沙耶に対し、斬魔はどうして良いか分からず狼狽した。
「まあよい、特に目的地はないが、この土地から離れるに超したこと事はない。私もおまえも、逃亡中の身であるからな。しかしおまえの傷の具合から、あまり動けぬであろう。じゃから―――」
 斬魔の怪我の様子を気遣う沙耶の言葉を遮り、斬魔は言った。
「それなら心配いらねぇ。大分休んだし、薬の効果もあったみたいだ。今なら―――」
 斬魔は眼を瞑り、大きく息を吐いた。そのまま呼吸を止め、負傷した箇所を脳内で確認する。
「ふっ!」
 瞬間的に息を吸い込み、すぐに吐き出す。たったそれだけの動作ではあったが、身体の背部の傷はどんどん塞がっていった。
「ほぅ、すごいの。これも鬼斬りの力か?」
 傷が修復される様子を見て、沙耶は驚いた。
「ああ、正しくは《闇払い》という俺たち一族の技だ。鬼斬りの異名は俺個人に対する異名であって、戦を見てどこぞの兵士がつけた名に過ぎん。俺たち一族は体内に巡る『氣』の扱いに特化している。こんなのは序の口だ」
「ほう、便利な技よのぅ。しかし解せぬ。おまえ達鬼斬り―――いや、闇払いの一族は武芸に秀でた一族と聞く。大名に仕えて戦の場でや妖怪退治で世の平和を保っていたはず。それが何故追われる身となっているのじゃ?」
 沙耶は少し前の傷だらけの斬魔を思い浮かべた。傷は明らかに武具によるものであり、妖怪と闘って受けた傷ではないと瞬時に見抜いたのだ。
 斬魔は暫く口篭っていたが、溜め息混じりに語りだした。
「その戦ってのも、終わってみればなんてことはない。上の奴らの考えとしちゃ、次の脅威は過ぎた力を持った俺達《闇払い》だってことだ。散々毛嫌いしてた妖怪にまで助力を要請して俺達を殲滅にかかったんだ。妖怪側にしてもそうさ、奴らにとっちゃ俺達は仲間を幾度となく殺してきた仇だからな。それを依頼したのが協力を求めてる上の奴らだって、そんな簡単な事すら理解しちゃぁいねぇ。先日、武勲の功績を称えるから城まで来いと呼び出され、のこのこ行ったのが運の尽き。数千の兵士や妖怪に囲まれて全滅ってわけさ。たまたま面倒事が嫌いな俺は里に待機していたんだが、奴ら、とことん俺達を殲滅する目的だったらしい。里にまで押しかけてきて火を放ち、里の奴らは皆死んじまった…。」
 思い出すように語る斬魔の拳からは爪が皮膚を食い破り、血が地面に滴り落ちた。
「ま、俺は命からがら逃げ出すも負傷。身を隠すために金品を強奪しようと手近な駕籠を襲うも、物好きな変な巫女に誑かされて今に至るってわけだ」
 己の気を紛らわすためか、はたまた表情を曇らせた沙耶を宥めるためか、斬魔は冗談めかして言葉を追加した。
 ポスッ
 突如斬魔の頭が沙耶に抱えられた。
「大変な思いをしてきたのだな、おまえは…」
 トクン…トクンと薄手の着物越しに沙耶の胸の鼓動が斬魔に伝わってくる。思いがけぬ行動に斬魔は落ち着きを取り戻した。
「沙耶…」
「ん、なんじゃ?今は私の胸で甘えるが良い」
 沙耶は慈愛に満ちた表情で斬魔を抱きしめて言った。それに対して斬魔は思ったことを口に出した。

「…おまえ、寸胴だし胸ないな」

 直後、断末魔の悲鳴が周囲に轟いた。それが世から恐れられている鬼斬りの叫びだとは誰一人思うことはなかった。




つづく




一之瀬の戯言
斬魔は乱馬君で沙耶はあかねちゃんで、情景を脳内変換しながら読むと愉しいです♪


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