◇あかね行方不明事件?  前編
みのりんさま作


1.忘れた手紙

 そう、それはちょうどあかねが部屋の掃除をしていた時だった。
「あ、これ……」
 少し色あせたオレンジ色のノートが、机の奥から出てきた。
 『にっきちょう』とつたない字で書かれている。
「懐かしい〜。」
 それは小学校一年生だったあかねが、毎日書いていた絵日記だった。
 ゆっくりと、一枚一枚めくっていく。
 書き綴られた思い出は、何か温かいものを心に抱かせる。
「あれ?」
 日記帳から、ヒラリと一枚の紙が落ちてきた。
 拾い上げたその紙には、色んなクレヨンで描かれた地図と、字が書いてあった。
『じゅうねんこのあたしえ。
 かならず、よっちゃんとあたしのたからものをみつけてね。
              てんどうあかね。』
 椅子に座り、あかねは頭を右、左に傾けながら考えた。
 ――よっちゃん……よっちゃん……誰だろ……
 描かれた場所からすると、どうやら隣町らしい。
 額に手をやりながら、あかねは考え込む
 しばらくすると、、天啓があかねに下りた。
「あっ、そうだ!これお父さんと一緒に、隣町に行った時に……」
 父早雲が何の用事で行ったか、それまでは思い出せなかったが、洋子という少女と仲良くなって、一緒に“何か”を埋めたのだ。
「行ってみよう!」
 思い立ったら、いても立ってもいられなくなったのだった。

「あかねー!あかねー!」
 かすみが声を上げて呼ぶが、あかねは姿を現さなかった。
「どうしたのかしら……」
 手を頬にあてて、かすみは首を傾けた。
 湯気が立ち上るうどんを前に、ちゃぶ台の前で皆はあかねを待っていた。
「あかねがお昼時間になっても、何の連絡もよこさないなんて……」
 廊下を早雲は右往左往する。それと一緒になって、玄馬パンダも『アワアワ……』という看板を上げながら、ウロウロし始めた。
「玄関に、こんな紙が落ちてたわよ。」
 なびきがガラッと茶の間の襖を開ける。
「何だ……」
 集まっていた一同が、その紙を覗きこむ。
「『じゅうねんごのあたしえ』って、これあかねが自分に宛てた、手紙じゃねえか。」
 乱馬が言うと、「そうみたいね。」となびきも頷く。
「“たからもの”って何かしら……」
 呟くようにのどかが言う。
 玄馬パンダが看板を出す。
『う〜む。あかねくんは、そこに向かったんじゃないだろうか。』
「……あかねぇ……」
 涙目で早雲は、あかねの名を呼ぶ。
「…………皆、心配しすぎじゃねえのか。」
 ボソッと乱馬が呟いた時だ。
 ズサッ!
 乱馬の真横に、いきなり日本刀が刺さった。 
「げっ!」
 思わず乱馬の顔色が、真っ青になる。
「乱馬。許婚として、あかねちゃんを探して来なさい!」
 険しい顔つきで、のどかが乱馬に命じた。
 のけぞりながら乱馬は頷く。
「……はい。」
 
 グルルルル…………
 乱馬は腹を押さえた。
 昼飯抜きで追い出されたのだ。腹が鳴って仕方がない。
 たよりは下の方に描いてある、地図のみである。
 『K駅』という駅名から考えると、どうやら隣町らしいことはわかる。
 そこから真っ直ぐ伸びた太い線上に『須磨公園』と描かれている。
「とにかく、行ってみるか。」
 一息ついて、隣町目指して乱馬は走り始めた。



2.ちっさな探偵登場?!

 さて、勝手の分からない隣町である。
 どうしたものかと思いつつ、乱馬は地図を見ながら『須磨公園』に入って行った。
「ちょっと、あなた。どーしてくれるの!」
 下から怒鳴り声が聞こえたので、その声がする方を乱馬は見た。
 すると、背まで届く長い髪。その髪をピンクのリボンで少しだけ両サイドにくくり、ピンクのポシェットを肩からかけた、赤いワンピース姿の女の子が、プンプンと両手を組んで立っていた。
「なっ……」
 どう反応していいのか、分からない乱馬が戸惑っていると、女の子は乱馬の足を指差す。
 その通りに足元に目を向けると、こんもりとした土の山のちょうど真ん中を、乱馬が踏みつけていた。
「私の大切な、蝶々のお墓っ!」
「えっと……」
 乱馬は後ろ頭をかきながら考えた。
「あっ、ごめんな。」
 慌ててその足をどけて、とりあえずその辺の土をかき集め、山を元通りにしてやった。
「じゃあ、おれ急ぐから……」
「ねぇ。あなた、宝物探しているの?」
 いつの間にか、“あかねの手紙”を持って、女の子は聞く。
「あ、いや。その持ち主を探しているんだ。」
 ふ〜ん。と、女の子は考え込むように、首を傾げる。
 そして、乱馬には信じられない言葉を女の子は言った。
「私、探偵なの。」
「はぃ……?」
「ずばりと、その持ち主を見つけ出してあげましょう!」
 ビシッと女の子は乱馬に向かって、人差し指を突き出した。
「…………いえ、間に合っているんで」と言って、乱馬は女の子から逃げ出そうとした。
 ところが、ガシッ!っと強い力で、しっかり女の子は乱馬のズボンを掴んでいた。
「名探偵、裕美(ゆみ)ちゃんにおまかせよ!」
 純粋な子供の言葉ほど、迷惑なものはないかもしれない。
 乱馬は思わず頭が痛くなった。
「まずは、そーね。似顔絵の作成ね。」
「はぁ……」
 女の子はポシェットの中から、小さな“おえかきちょう”と書かれた紙の束を取り出した。
 そして表紙をめくり、またポシェットから、クレヨンを取り出した。
 黒いクレヨンを握り締め、真剣な顔で裕美ちゃんは言った。
「うんと、その人の特徴は?」
 『お前なんかに付き合う暇ねえ。』と、乱馬は言いたかった。
 キラキラと輝く、自分を見つめる女の子のまなざし。
 ――言えねえ……
 ガクッと、肩を落としながら、乱馬は言った。
「顔は……卵形かな。」
 ふむふむと頷き、裕美ちゃんは黒から肌色のクレヨンに持ち替え、大きく卵のような絵を描く。
「髪は、おかっぱ……」
 すると、青いクレヨンで、頭のてっぺんらしいところに、裕美ちゃんは大きな楕円形を描いた。
「な、何だそれ?」
「だって、“カッパ”なんでしょ。」
「…………プッ。」
 思わず乱馬はふき出した。
 腹を抱えて笑い出すと、なかなか止まらない。
「なんなのよぉ!」
 口をとがらして、裕美ちゃんは言った。
「わ、悪ぃ。」
 なんとか笑いを止めて、適当に目、鼻、口の形を言った。
 その通り裕美ちゃんは描き描きする。
「できた!」
 裕美ちゃんの描いた絵を見て、乱馬は再びふき出しそうになるのを必死でこらえた。
 それは人間ですらない、あかねの顔だった。なにせ、小さな子供の描くものだから仕方がない。
「あなたは私の助手の、“ワトソンくん”ね。」
「あ、ああ。」
 ――何だそりゃ。
 そう思いつつも、乱馬は頷いてやった。
「私は、そーね。“ミス・マーブル”とでも呼んで。」
「“裕美ちゃん”じゃ、ねえのか?」
 そうツッコミを入れると、裕美ちゃんは大きく胸を張った。
「ワトソンくん。あなたは私の助手なのよ。口答えしないで!」
 パコッと、裕美ちゃんは乱馬を殴った。
 蚊よりも痛くないパンチをくらいながら、乱馬は「はいはい。」と答えてやった。
「『はい。』は、一回でよろしい!」と、また殴る。
「はい。」
「じゃーワトソンくん。女の子探しに出発!」
 勢い良く、裕美ちゃんは拳を上げた。
 こうして、あかね捜索が開始された。

「このお地蔵さま。」
 裕美ちゃんは“あかねの手紙”を指しながら言う。
「おめえ、心当たりあるのか?」
「“おめえ”じゃなくって、“ミス・マーブル”!知ってるわよ。この通りの角の所にあるわ。」
 裕美ちゃんは真っ直ぐ前を歩き、止まる。
「行くわよ、ワトソンくん。」
 はぁ……と息をつきながら、乱馬はその後ろに続く。
 すると、ほどなくして地蔵が祭られているらしい祠の場所まで着いた。
「これがお地蔵さまでしょ。」
 裕美ちゃんは手に持っている“あかねの手紙”と地蔵とを見比べる。
「あ、この小学校って、向こうの通りにあるわよ。」
 指差す方角には、確かに学校らしき建物が建っていた。
 乱馬はそのまま向こう側へ渡ろうとした。
 すると、しっかりと裕美ちゃんがその足を止める。
「ダメよ!ワトソンくん。あっちの横断歩道で、信号が青になるまで待つの!」
 言われてみると、少し行った先に信号が立っている横断歩道があった。
「まったく、最近の若いもんは……」
 腰に手をやりながら、裕美ちゃんは言った。
「おめえなぁ……」
 半ば呆れながら乱馬が言うと、「“ミス・マーブル”って言ったでしょ!」と裕美ちゃんが殴る。
 人差し指と中指を額に当てて、乱馬は言った。
「……分かった。み、ミス・マーブル。」
「何?」
 ニッコリと裕美ちゃんは微笑む。
 その無邪気な顔に、乱馬は再び大きく溜息を吐いた。
「この小学校から、“マンモス・マンション”って知っているか?」
「もちろん。私、そこに住んでるんだもん!」
 裕美ちゃんは得意げに言った。
「はぁ……」
「あ、信号が青になった。行きましょ、ワトソンくん。」
 慌てて裕美ちゃんは走る。乱馬もそれに続いた。



3.仲間なんか、欲しくねえ……

「あ、裕美ちゃん。何してるでしゅか?」
 裕美ちゃんとそっくりな顔をした、これもまた小さな男の子がやって来た。手におもちゃの剣を持っている。
 でっかく『電光戦隊サンダー・ファイブ』とプリントされている緑のシャツに、水色の半ズボンをはいている。
「貴裕(たかひろ)、今は私、探偵なの。“ミス・マーブル”とお呼び!」
 裕美ちゃんは、貴裕と呼んだ男の子を頭を殴る。
「痛いでしゅ。」
 殴られた頭を押さえながら、貴裕くんは言った。
「知り合いか?」
 乱馬が尋ねると、「弟よ。」と裕美ちゃんは答えた。
 すると、貴裕くんは乱馬を指差しながら言った。
「ねえ、裕……ミシュ・マーブル。そのお兄ちゃんは?」
「私の助手のワトソンくん。」
「そうでしゅか。始めましてでしゅ。僕は山口貴裕と言うものでしゅ。」
 ペコリと貴裕くんは乱馬に向かって、お辞儀した。
「え、あ……どうもご丁寧に……」
 乱馬も貴裕くんに向かって、頭を下げ返した。
「そうだ!貴裕、あんたもついてきなさい。」
 命令口調で裕美ちゃんは、貴裕くんに言う。
「僕もでしゅか?」
 貴裕くんは、自分を指差しながら言った。
「あんたは……そーね。“山口少年”とでも名乗りなさい。」
「……山口少年?何でしゅか?」
 裕美ちゃんは言った。
「探偵の助手と言えば、“小林少年”でしょ。あんたは名字が“山口”だから、“山口少年”。」
「分かったでしゅ。」
「ちょっと待て……」
 頭を抱えながら、乱馬は言った。
「何?」
 裕美ちゃんは首を傾げながら問う。
「いや、だから……何で…………えっと、ミス・マーブルの弟までついてくんだよ!!」
「何で、ワトソンくん。」
 キョトンとして、裕美ちゃんは言った。
 その悪気の無さが、余計に乱馬の頭を痛くする。
 裕美ちゃんは貴裕くんに、あかねの手紙を見せて言った。
「この手紙の持ち主の……」
 ポシェットから“おえかきちょう”を取り出し、貴裕くんにあかねの似顔絵(?)を見せた。
「……女の子を探すの。」
 それを見た貴裕くんは、目を大きく見開く。
「こんな女の子、いるでしゅか?」
「いるの。それを探すのが、ミス・マーブル探偵団の使命なの!」
 拳を上げる裕美ちゃんに、貴裕くんも手を上げる。
 ――誰か……助けてくれ…………
 声にならない声を上げながら、乱馬は右手で顔を覆った。


後編へ続く




すいません。勝手に前後編に分けて掲載させていただきました。
(一之瀬けいこ)





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