◇TRICK   回答編
みのりんさま作


「まず。論ずるべき点は、“観測された現象が全てではない”ということだね。」
「はぁ……」
 あかねは生返事をする。
「君の視野に入っているのは、例えるなら、軌道上を周回している静止衛星と同じで、日本列島を眺めているのと変わらない。現象xに対し、あらゆる観点でとらでとらえるために、まず日本から世界へ目を向けないと……」
「ちょっと、講義を受けに来た学生じゃないんだから。」
 蘭子が拓也に待ったをかけた。
「もっと簡潔に、分かりやすく話をしましょうよ。」
「あ、ゴメン。つい……」
 拓也は頭を下げた。
 大学の先生に何かを尋ねると、こんな風に話が長くなってしまうらしい。
「……そうだな、ねえ。そのさゆりちゃんだっけ。どうして、あかねちゃんから時計を取り上げたんだい?」
「どうしてって……」
 あかねは拓也を見ながら、首を傾げた。
「君は“ある洗脳”が施されていたことに、気づくべきだよ。」
 あかねは、見開いた目を瞬く。
「“ミステリィ・ツアー”自体がフェイクだったら?さゆりちゃんも、サクラの一人だったら?これで全部説明つくと思うけどね。」
「なるほど、全員がサクラだったら、音楽室の音の正体は、重低音対応のウォークマンのヴォリュームを上げたとか……」
「素直に考えるとそうなるね。誰も中に入ったわけじゃないし、あかねちゃんは後ずさったんだから、音の発生源は特定できない。」
 笑顔を見せる拓也に対し、あかねは難しい顔をして、頭を働かせ始めた。
「じゃあ、トイレの写真は?」
「これ元光画部部長の神谷先輩から、教えてもらったんだけど。」
 拓也は両手の親指と人差し指を合わせ、ファインダのようにして、左目を閉じ、そこから右目で覗きこむようにあかねを見る。
「“二重写し”っていうテクニックなんだよ。例えば……」
 拓也は手をゆらりと上げ、『うらめし〜』とでも言いそうな、ポーズをとった。
「この状態の僕を“被写体A”とする。それで、あかねちゃんがいないこの部屋を“被写体B”とする。」
 そして拓也は人差し指を立てる。
「インスタント・カメラって、その場で焼き付けるから、心霊現象が起こったって信憑性が高くみえるじゃない。ところが、どっこい。コイツで起こる一番多い現象として知られるのは、“光漏れ”。そうなると、撮った写真に変な光の染みがついちゃうんだ。」
 そう言いながら、拓也はカメラの蓋を開ける仕草をする。
「一度フイルムをセットした後、蓋を開けた時に起こる現象だよ。人為的にやれば、簡単に“不可思議な写真”が撮れる。」
 「へ〜。」と、蘭子は言う。
「ま、詳しい説明はおいといて、その応用。“被写体A”に向かってシャッタを切るのと同時に、蓋を開けるスイッチを押すんだ。そうすると、“被写体Aが写ったフイルム”が現像されない状態で、カメラに残る。そのまま、カメラを暗室に持って行き、少しズレちゃっているフイルムをきちんとセットし直す。」
 今度は右手で、拓也はカメラの中にフィルムを押しこむ動作をする。
「そして、再びカートリッジに入れる。その中に“遮光カード”というフイルム買ったらカートリッジの蓋として最初に乗っているやつか、あるいは“一度使ったフイルム”を一枚入れる。」
「どうして?」
 あかねの問いに、拓也は続けた。
「そうしなきゃ再び蓋を閉めた時に、“被写体Aを写したフイルム”が外に出るんだ。それで“被写体B”を写せば、“半透明の被写体A”と“被写体B”を合成した“心霊写真”の出来上がり。」
「何よそれ……じゃあ、次は“謎の少女”ね。」
「うん。本当にあれは恐かった。」
 あかねが武者震いすると、拓也は小さく笑った。
「簡単に出来る化学の実験だよ。冬場、毛糸のセータと、ドアのノブとで起きる現象は何でしょう?」
「静電気!」
 蘭子がすぐに答える。拓也はニンマリと口を歪めた。
「正解。これ、冬場の湿度の低い日でないとやりにくいんだけど、“ドーナツ型の蛍光灯”と“ポリプロピレン製の紐”、“粘着テープ”と“カーペット”を用意する。」
 顎に手をやりながら、拓也はあかねを見る。
「そして、紐を蛍光灯に隙間なく巻き付けるんだ。カーペットの上にそれを置き、蛍光灯の内側に手を入れてグルグルまわせば、青白く光る。」
 実際に拓也は、カーペットに向け、右手の人差し指を宙に浮かせ、グルグルと回して見せた。
「最近のカーペットって、切り取ることができる製品もあるから……」
「ちょっと、待ってそれじゃあ……あの少女はカツラで化けた誰かってこと?」
 あかねが言うと、蘭子も声を上げた。
「全員が消えたのは、示し合わせて教室に隠れたってことかしら。」
 「うん。」と拓也は頷く。
「光源が、ロウソクたったの一本。“謎の少女”に目を惹きつけさせれば、錯乱状態に陥ったあかねちゃんの頭には、みんなが息を潜めて隠れているという考えにはいかないんじゃない。」
「次は“幻の一年Z組”……」
 蘭子が首をひねると、拓也が答えた。
「最初から、そこだけ見上げるように言っときゃいいんだよ。そうすれば、細工するのは簡単だろうね。」
 ――そう言えば、教室のネームプレートを見たのは…………さゆりに言われたからだ。
「それはそうと、あかねちゃん。何かいらない紙はない?」
 あかねは机の上にあった、古い行事について書かれていたプリントを拓也に渡す。
 すると、拓也は紙をグチャグチャに丸め、それをていねいに広げた。
「鏡のタネは、これだと思うけど。」
 それを拓也はあかねに渡しながら言う。
「これが、鏡とどういう…………あ――――――っ!」
 あかねは大きな声を上げた。
「そうだよ、アルミ箔による光の乱反射。鏡には、アルミ箔が巻いてあったんだろうね。」
「ちょうど、あたしが階段に向かったのと同時に鐘が鳴ったのも……」
「タイミングを合わせて、ラジカセで鳴らせばいい。」
 今度は蘭子が訊いた。
「じゃあ最後の“バン”っていう音は……」
「クラッカの音じゃない。“ミステリィ・ツアー大成功”を祝しての。けれど、あかねちゃんが走って家に帰っちゃったもんだから、きっとみんな慌てただろうね。」

 全て、拓也の推理通りだった。
 さゆり自身も、この“ミステリィ・ツアー”というイヴェントで、いっぱい食わされ、次のターゲットにあかねを選んだ。
 ところが、思った以上にあかねが驚き、騒いだせいで、引っ込みがつかなくなったとのこと。


「はい、今度は“貴方の心”を読んであげましょう。」
 拓也は赤い折り紙と青い折り紙をちゃぶ台の上に乗せ、立ったまま、あかねに向かって言った。
「心の中で、そう僕に向かって、テレパシィを送って!」
 手をあかねの方に向け、宙で何かを掴むような動作をする。
「分かった。あかねちゃん、君の思った方を指差してごらん。」
 あかねは赤い紙を指差した。
「それじゃ、立って。そこの棚の上に、僕が予言したものが置いてあります。」
 拓也が言うと、あかねは言われた通り、その紙を手に取り開く。
「あ、『赤』って書いてある!」
「おおっ!」
「すごいっ!」
 驚きに包まれる、ちゃぶ台に集まった天道家、早乙女家一同に向かい、得意満面の笑みを浮かべ、拓也は右手を胸にあてて、頭を下げる。
「ちょっと、待って。」
 目ざとく蘭子が、拓也の上着のポケットを指差す。
「そのポケットから見える、紙は何?」
「え……」
 拓也の顔色が、みるみる変わった。
「超単純なトリックね。“赤”だって言ったら、そこの紙を取らせる。“青”だったら、その紙を広げてみせる。そうすれば、最初から予言していたように見えるわよね。」
「うぐっ…………降参。」
 ガックリとうな垂れる拓也。
「何だ……」
「つまんないの。」
 皆は期待はずれ、という顔で見ていた。

 世の中の“ミスティ”と呼ばれるものは、大概“思い込み”と、仕掛けられた“トリック”によるものだという。








作者さまより
 どうでしょう?
 納得いかれましたでしょうか。
 実は私は一度だけ全国放送された、『安楽椅子探偵』のファンでもあります。前回は見逃した(無念)。

 “鏡のネタ”は実は“SEN企画”に投稿しようとしたネタで使おうと思ったのですが、PCの再セットアップ時にファイル消失(泣)。
 別世界へ……という野望も崩れ去りました。


 で、乱馬氏はどうしてたんでしょう(笑・・・あかねちゃんがトリックにかけられていたことを知った彼の行動を想像すると(以下略)
 彼が居なかったことがあかねちゃんには最大の不幸だったのかも。
 拓也くんのような役割は彼にはできそうにないし・・・蘭子ちゃん、相変わらず元気ですね。

 ドラマ・・・最近全く見てません。だいたい夜9時から11時にかけては、旦那子どもの送迎で運転していることが多い人なので、集中できません(あううう・・・
 今の車には液晶テレビないし。(前はあったけど、外したまま)。何が辛いって番組途中で電話で呼び出されるのが一番哀しい。
(一之瀬けいこ)


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