◇答えはそこにあった その2
みのりんさま作


四、一日の始まり、そして


 午前六時三十分。ちょうどに、拓也は目を覚ました。
 そして見上げた天井がいつもと違うことに気がついた。
 「あれ……僕……」一瞬、ここがどこだか分からない。
 ぐーがー。
 隣で、乱馬が眠っているのに気がついて、ああそうかと、思い出した。
「ここは天道さんちだったっけ。」
 まだ眠りを続けようとする、頭を振る。低血圧な身体を持つと、こういう時不便だ。
 のっそりと起き上がり、大きく欠伸を一つ。目をこすり、もう一度大きな欠伸をして、洗面所へ向かった。
 とりあえず、そこにある石鹸を泡立たせ、顔全体に塗りつける。
 何度か水で顔をすすぎ、きれいになったところで、置いてあるタオルで顔を拭き、持参したくしで、頭をとく。
 台所を通り過ぎると、コトコトと音がする。誰かが朝食の準備をしているんだろう。
 拓也はふと立ち止まり、顔を出そうかと思ったが、タンクトップにトランクスという、己の身なりを見て、ちゃんと着替えてからにしようと思い直す。
 部屋に帰っても、まだ乱馬はぐっすりと寝ていた。
 その邪魔をしないように、拓也は服を着る。今度のは、もちろんカールヘルムのピンクのテリアのプリントシャツに、黒のズボンで、朝の支度は整った。
 部屋を出ると、まずかすみに出くわした。
「あ、おはよう。」
「おはよう。」
 ニコリと笑顔で、エプロン姿のかすみが言う。可愛いヒヨコのアップリケ付きのフリルのエプロン。とてもよく似合っている。
 その手に、新聞を持っていた。どうやら、玄関から朝刊を取ってきたらしい。
 未だにボンヤリとした頭で、不機嫌そうな顔をしている拓也とは大違いだ。
「朝食の手伝い……」
「ええ、大丈夫。早乙女のおば様と先にやっているから。」
「あ、そう。」
 拍子抜けて、拓也はがっかりした。けれど、それには気づかず、かすみは居間へ入って行く。
「ああ。ごくろうさん。」
 早雲は、当然のように朝刊を受け取り、お茶を片手に、一面を見始める。
「おはようございます。」
 続いて入った拓也が、声を出した。
「ああ。おはよう。」
 朝刊から目を離し、早雲は拓也を見た。
「良く眠れたかい?」
「あ、はい。おかげさまで。」
 そして、再び早雲の目は、新聞にいった。
 テレビは民放の情報番組が流れている。ちょうどニュースで、お盆の帰省ラッシュがどうこうと、毎年恒例の交通情報をやっていた。
 『民族、大移動』、そんな言葉が頭に浮かぶ。
 わざわざ、そんな期間に田舎へ帰る人の気がしれない。拓也は、そう思った。
 しかし、祖父母が生きていたら、やはり、この『民族大移動』の中の一員になっていたかもしれないとも考える。彼の父の実家は、九州なのであった。
 また一つ大きな欠伸をしそうになって、慌てて口を手で覆った。
 今度はのどかが居間へ、茶碗と湯飲みと箸を乗せたお盆を持って入って来た。
「あら、拓也さん。おはよう。」
 微笑むのどかに対し、欠伸を噛み殺したままの拓也は慌てる。
「おっ、おはよう……」
 のどかはちゃぶ台の上にそれらを置き、再び台所へ向かう。
 夏休みに入った朝は、とてものどかで、さわやかだった。拓馬の気持ちを除いては。
 
 午前七時。ちゃぶ台を前に、乱馬を除いた三家族が勢揃いしていた。
「また、乱馬、寝坊しているの!」怒った口調で言ったのは、あかねだ。
「ま、いつものことでしょ。ほっときなさいよ。」
 いさめるというより、呆れてなびきは言った。
「でも、夏休みだからって、毎日毎日、朝寝坊して良いわけないじゃない。こうして、拓也くんもいるんだし。」
 みんなの視線が、拓也に集中する。乱馬と瓜二つの彼。
「えっと、その……」けれど彼は、乱馬じゃない。顔を赤くして、気恥ずかしそうにしている。
「あたし、起こしに行ってくる!」
 と、あかねはスタッと立ち上がり、乱馬の部屋の方へ向かって歩いていった。
 すぐに、上から罵声が聞こえてくる。
「てめえ、なにしやがる!」
 女の子の声だ。まだボンヤリしている拓也は、どうして女の子の声なんだろう、という疑問が浮かぶ。確か横に寝ていたのは、男の子だったはずだ。
「起きない、あんたが悪いの!ほら、さっさと、居間へ行く!」
 ドタバタと、上の方から音が聞こえる。
 らんまを連れたあかねが、上から降りて来た。
「さ、早く。」
「ったく、うるせえな。」
 不機嫌丸出しの顔で、ドスンと腰を落とす。
 「おはよう、らんまくん。」のほほんと、早雲が言うと、「おはようございます。」と愛想無く、乱馬は返した。
『いただきます。』
 皆が手を合わせて合唱する。
 ご飯に味噌汁、玉子焼きとたくわん、焼いたししゃもと、典型的?な、和食である。
 パクパク、食欲だけはおうせいらしく、乱馬はあっという間に一杯目のご飯を平らげた。
「おかわり!」
 食の細い拓也とは大違い。かきこむように、食べるらんまは、すぐに三杯目のおかわりと、食べまくっている。
 ボケッとそのさまを見ながら、思わず箸が止まってしまう拓也だった。
 すると、「拓也ぁ、なーにやっているの?」と、蘭子が睨みつけてきた。
「え、あ、別に……」
 拓也は再び箸を動かす。けれど、豪快ならんまの食べ方と比べれば、もの凄くゆっくりとしている。
 「ごちそうさま。」と、拓也が言い終わった時には、すでに乱馬は食べ終わり、「食後の軽い稽古してくる。」と、道場の方に向かっていた。
 テレビの情報番組も、つまらない、『山々の滝巡り』などというのを始めている。
 片付けの手伝いをすませ、拓也は再び、乱馬の部屋へ帰って行った。
 小さい机の上に、今回一番重たかった荷物の、ラップトップ型のパソコンを立ち上げる。
 マックOSが起動し、ワープロをダブルクリック。ファイルメニューを選択し、とあるファイルを指定する。脈々と流れる文字の羅列をスキップし、最後のところまで移動させる。
「さてと」軽く背伸びをして、リュックから紙の束を取り出し、キーボードに向かう。
 しばらく、拓也が液晶の画面と格闘していると、「なにやってるんだ?」と、声が真後ろからかけられた。
「うへっ!」
 気配もなく、いきなり声をかけられたものだから、拓也はビクッと心臓が止まったような気がした。
 拓也が振り返った時、らんまは不思議そうに、液晶画面と、横に置かれていた紙を見ていた。
「ああ、これね。学校で使うんだ。」
「学校で?変わったことしてるな。」
「あ。うん。」
 愛想笑いをした拓也を横目に、らんまは着替えを取り出した。 
「んじゃ、おれ、シャワー行って来るんで。」
「いってらっしゃい。」 
 軽く手を振ってから、再び、液晶画面に目を戻し、拓也は黙々と作業を続け始めた。


五、夏だ!プールだ!さあ行こう!

 昼は夏定番のそうめんだった。玉子焼きに、ハムにキュウリに、色とりどりの食材が並ぶ。それをそれぞれ好き勝手に取り合って、めんをすする。
「ねえ、みんなで、プールに行かない?」そう提案したのは、あかねだった。
「プール?」
「そ。今日、すっごく暑いじゃない。だから、冷たいお水で身体流そうよ!」
 じーっとあかねを見ながら、なびきが返した。
「って、アンタ泳げないくせに……」
「いいじゃない。行きたいから行くの。」胸の前で、両手を握りこぶしにして、あかねは言う。
「私、パス。今日は午後から友達と約束があるの。」しっしと、手を振りながら、なびきは言った。
「もぉ、なびきお姉ちゃんはいいよ。乱馬、あんたはついていってくれるよね。」
 嫌そうな顔で、「おれもパス」っと、乱馬は答えた。
「じゃあ……」あかねは、蘭子と拓也の方へ、視線を走らせる。
「あ、いいわよ。何がおきてもいいように、水着もちゃーんと用意してきたの。拓也のもあるわよ。」
「蘭子、お前やけに荷物が多いと思ったら、そんなものまで用意してきたのか。」
 呆れたように言う拓也に、「あら。前に言ったじゃない。『何事にも、用意周到でいろ』って。」と、いかにも鼻を高くさせて、蘭子は言った。
「ああ、確かにそう言ったけど……」
「じゃあ、決定ね。あかねちゃん、私と拓也で、プールに行きましょ。」
 ギュッと、あかねの手を掴みながら、蘭子が言った。
 のどかが、拓也を見ながら心配そうに言う。
「いいの?」
 チョット考え、そして柔和な顔で、拓也は答えた。
「ああ……うん。せっかくの休みだし、息抜きもいいかも。」
 そんな流れで、三人のプール行きが決定した。

「プールって、どこまで行くの?」
 ピンクハウスのかかとのある白いサンダルに、青いペチュコートに、首周りが四角く開いた襟なしのスクエアネックの白いブラウスを着て、真っ白な日傘をさした蘭子が、あかねに問う。
「駅の近くにあるの。歩くけど、そんなに遠くないの。」
「ふ〜ん。」
 蘭子は透明なビニル製の手提げカバンに、バスタオルと水着を入れている。に対して、黄色いワンピースに白い帽子を被ったあかねの方は、やたらと大きな緑のバックを持っている。
 ――一体、中に何が入っているんだろう?
 後ろから青い小さなリュックを背負って歩く拓也は思った。
 しばらく、とりとめの無い話をしながら歩いていると、チリリンっと、自転車のベルの音が響いてきた。
「ニーハオ、乱馬!」と、前から自転車に乗った中国娘が現れた。
 そして、自転車から飛び降り、拓也に抱きつく。
「私と、デートする、よろし!」
「ちょ、ちょっと……」慌てる拓也に対し、険悪な表情で蘭子が言った。
「うちの拓也に、何するんですか?!」
「お、女的らんま?!あれ、乱馬、いつおさげ切ったか?」
 あかねは、吐息を一つ。
「シャンプー、おあいにくさま。彼は乱馬じゃないわ。乱馬のいとこなの。」
 目を瞬かせ、改めて、シャンプーは拓也の顔を見つめる。
「ホントに乱馬、違うあるか?」
 当惑の表情のまま、拓也を見、シャンプーは問いかけた。
「えっと、そうです。僕は、冴草拓也という者です。」
 シャンプーは、その手を拓也から離した。
「じゃあ、そういうことで。」
 パッと、拓也の腕をとり、蘭子はそそくさと歩き始めた。
「じゃあね。シャンプー。」
 あかねも、軽く手を振り、蘭子達の後に続いた。
 ただ一人、ポツンと取り残されたシャンプーは、呆然とその後ろ姿を見送っていた。

 着いた場所は区営のプール。
 大して広くもなく、狭くもなくという感じの大プールと、小さなお子様向けの小プールがあった。
 利用料が、二時間税込み三百円と格安なのも頷ける。ウォータ・スライダなんて、気の利いたものもなく、ただのプールだ。
 そんな中、相変わらずピンクハウスのフリル付きの水色のワンピースの水着を着た蘭子と、紺の無地のパンツをはいた拓也は、それぞれコイン・ロッカの鍵をくくった紐をブレスレットのようにして、あかねが来るのを待っていた。
「お待たせ。」
 そう言って現れたあかねの姿に、――一体、何をする気なんだろう?――と、思わず拓也は思ってしまった。
 シンプルなピンクのワンピースの水着、それはいい。
 浮きわに水中眼鏡、シュノーケル、水かきと完全装備であかねが現れたのであった。
「さ、泳ぎましょ。」
「あ、うん。」
 さすがの蘭子も、これには呆気にとられたようで、生返事を返した。
 やはり多いのは親子連れとカップル。そんな中で、あかねの格好は良く目立つ。プールについて来たことに、後悔し始める拓也だった。
 そんな中、軽く両手、両足とを運動して、三人はプールのふちに腰掛け、水を身体に浴びせて、プールに入る。
 ジャブン。
 炎天下の下、ややぬるめの水でも、心地よい。
 ここは拓也の腰までしかない浅い所。一番深いところでも、頭は出るだろうと目測する。
 バシャン、バシャン!
「ん?」
 目の前で、いきなり起こった水しぶきに、一体何が始まったのだろうと、拓也は思った。それを認識するのに、しばらく時間がかかった。
「ガハッ、ゴホッ!」
 ……あかねが、溺れていた。
「…………」
 サッと拓也があかねの手を取り、身体を水面から引き上げる。その場で立って、咳を繰り返すあかね。
「大丈夫?」半ば呆れて、拓也は聞いた。
「ケホッ……大丈夫。」
 拓也は何となく、乱馬となびきが、あかねと一緒にプールに行きたがらない理由がわかった。
「とにかく……そうだな。僕が手を引いてあげるから、とりあえず、浮く練習からする?」
 すると、あかねは素直に頷いた。
「うん。」
 ――可愛い。
 拓也はその表情を見て、思った。
 バシャバシャと大きく水しぶきを上げながら、人のいない空いた場所に先導する拓也の手を取り、あかねは泳いだ。
 自然と徐々に深い所に向かって行く。
 どれくらい経ったろう。重い水かきで、何度もバタ足をしていたあかねがピタッと止まった場所は、すでにあかねの足が届かない所だった。
「疲れた?」その問いかけをした彼の目測通り、頭だけは水から出ている。
「うん。」軽く頭を縦に振るあかね。
 なんとか浮いているあかねを、プールのへりまで寄せて、抱え上げて拓也は上に上げた。そして自分も上へと上がる。
「アツアツね。」いつの間にか側まで寄ってきていた蘭子が、不機嫌そうに言った。
「何が?」拓也は首を傾げながら言った。
 ハァハァと荒く息をするあかねと、拓也を無言で見つめてから、蘭子は「何でもない。」と言った。
 不穏な空気に一息入れようと、拓也は二人に声をかけた。
「喉、渇いたね。お茶持って来ようか?」
 ここは区営のプール。営利目的の物は全て禁止されている。従って、自動販売機も無い。
 拓也が天道家を出て行くときに、かすみに水筒を渡されていた。
「うん。」小さく頷くあかね。
「私も。」と、蘭子は声を上げた。
「じゃあ、取って来るから、待ってて。」
 何をそんなに蘭子を苛つかせるのだろう?一つ仮説が頭に浮かんだが、――まさかね――と、拓也は頭を振った。
 ――思春期は色々と難しいもんだ。そういうことにしておこう。
 自分のロッカまで行って、キーを差し込み、水筒と紙コップの入った袋を取り出す。ロッカから外へ戻ると、近くに大時計が立っていて、それを見上げると昼の二時半になっていた。
「ただいま。」そう言って、二人のもとに帰って来た拓也を出迎えたのは、二人の笑顔だった。クスクスと、何か笑いあっている。
 ホッとして、拓也は水筒の蓋を開ける。
「どうしたの?」と、拓也が聞くと、「男には、ひ・み・つ」と人差し指を立てて、蘭子が答えた。
「何だよ。気になるなぁ。」
「あなたには内緒なの。ごめんなさい。」あかねも笑いを堪えるように言った。
「ふ〜ん。」
 ――ま、蘭子の機嫌がなおったみたいだから、いっか。
 紙コップを取り出して、水筒のお茶を注ぐ。
「はい、あかねちゃん。蘭子。」
 『ありがとう。』二人は声を揃えて言った。
「『水際さわぎ済み』。」ポツリと、拓也が言った。
 「何?」キョトンとあかねは、拓也を見た。
「ああ、『捜査図見ずさ、嘘』。」蘭子が応じた。
「ほら回文よ。『しんぶんし』、『トマト』とか、あるじゃない。あれよ、あれ。」
「『みずぎわさわぎずみ』?『そうさずみずさうそ』あーっ、ホントだ。凄い!」
「んじゃ、もう一つ。『ループの里の土佐のプール』……失敗作だな、こりゃ。」
「図に乗るからよ。」バシッと蘭子は、拓也の背を叩いた。
「いてて。『痛いが仕方ない、鉈貸しが遺体』。」
 キョトンとして、蘭子は笑った。「とっさに思いついたにしては、上出来。」
「どうも。」
「あなた達、いつもそんなことしているの?」
 拓也は首を振る。「いや、たまに思いついた時にやるだけ。詩とか俳句みたいなもんさ。」
 すると、あかねは頭を傾かせ、「えーっと、『前橋に来た。木に芝、絵馬』。だめ?」
「全然、OK!凄いじゃない、あかねちゃん。」蘭子は手を叩いて、あかねを誉めた。
「『さていこうか、動いてさ』。」そう言って、拓也は立ち上がった。
「ブ〜ッ。濁点が入ってる。」蘭子の指摘に、頭をかいて拓也は、「いいだろ、少しぐらい。今日は調子悪い。」と、言って返した。
「大体、プールに来てまで、頭の体操する必要ないだろ。」
「言い出しっぺのくせに、よく言うわよ。」
 「…………」拓也は蘭子の頭に、軽くチョップを食らわす。
「痛いっ!訴えるわよ!」プンプンと睨みつける蘭子を無視して、拓也はあかねに言った。
「どうする。もうちょっと、水とたわむれる?それとも、そろそろ帰る?」
 大時計の針は、いつの間にか三時をさしていた。
「そうね。じゃあ、もう少しだけ、泳いでく。」そう言って、あかねも立ち上がった。
「だとさ。蘭子も一緒に行こうか。」
 拓也はあかねと蘭子を連れて、再び水の中に身体を投じた。
 バシャバシャ……。
 相変わらず、あかねは拓也に引っ張られ、何とか泳ぎながら前進する。
 その傍らを、すいすいと泳ぎながら、蘭子もついて行く。
 三時四十分。三人は区営プールを後にした。 


六、疑惑の目撃

「あっ。ね、ね、ちょっと寄り道して行かない?」
 そう言って、蘭子はカントリー調を模した、小さな喫茶店を指差した。
 『レストハウス・ヒラツカ』と、大きな看板が立っている。
「あかねちゃんとお友達記念に、乾杯しようよ。」
「……ん〜ま、いいけど。」財布の中身を気にしつつ、拓也は言った。
「でも、お金が……」
「大丈夫、あたしがおごっちゃう。一昨日、バイト先の給料日だったの。」
 そう言って半ば強引に、『レストハウス・ヒラツカ』へ、蘭子はあかねを引き連れて行った。
「いらっしゃいませ。」
 笑顔の店員に案内され、三人は手前の窓際のテーブルに腰かける。
 空調が丁度いい加減に設定されていて、店内は涼しい。
 氷水とエチケットタオルが置かれ、蘭子の隣に座ったあかねはメニューを見る。
「僕はコーヒー、ホットで。」二人と向かい合って、メニューなど見ず、さっさと拓也は注文した。
「ねえ、あかねちゃん、これなんかどう?」
「『ジャンボパフェ』?」
 メニューには、デカデカと大きな写真があった。
 この店オリジナルの人気商品と、うたい文句がついている。
「二人で仲良くつつきあいましょ。」ニコリと笑みながら、蘭子はあかねに言った。
「おごってもらうんだから、別に何でもいい。」
「では、ホットコーヒーが一つ、ジャンボパフェが一つで、よろしいですね。」
 店員が復唱する声に、「はい。」と、蘭子が代表して答えた。
 すぐにスプーンが置かれ、コーヒーが届けられた。拓也はブラックのままそれを飲む。
 そして、しばらく経って、『ジャンボパフェ』がテーブルに届けられた。
「デカッ!」思わず拓也は、口に出していた。
 それは、普通のパフェのカップの三倍はある。上に乗るフルーツの量も、また尋常じゃない。
「……拓也、手伝ってくれる?」蘭子は、キッと拓也を見て言った
「え?」テーブルに届けられたスプーンは三本。
「二人じゃとても、無理だから……」
「うん。」と、あかねも頷いた。
「分かった。」仕方ないなと思いながら、拓也は蘭子からスプーンを受け取り、とりあえず、パフェの上に乗っていたバナナを食す。

 その様子を偶然目撃した人物がいた。
 永遠の迷子、良牙である。
 外から見ると、乱馬とあかねが仲良く、一つのパフェを食べている。そんな光景が目の前で行われているのた。愕然とする。
「……まさか、乱馬とあかねさんが……」
 良牙の目には、いちゃいちゃするカップルとしか、見えていない。
 高まる鼓動。何度息をのんだであろう。
 突入すべきか、見なかったことにするか……
 バシャ!
 向かい側の店の前で、水をまいていたのが、良牙に降りかかる。たちまち、黒い子豚に変身してしまう。

「あら、可愛い。」まず気がついたのは、蘭子だった。「硝子の向こうに、黒い子豚さんがいるの。」
 思わずそちらへ視線を向ける、拓也とあかね。
「あっ、Pちゃん!」あかねは慌てて外へ行った。
 黄色いバンダナを首に巻いた、黒い子豚を抱っこして、あかねは店内に戻って来る。
「あかねちゃんの知ってる子?」蘭子は、目を輝かせて言った。
「うん。あたしの飼っている『Pちゃん』って言うの。」
 そして、当のPちゃんは、不思議そうに拓也と蘭子を見ていた。
「ねえねえ、触ってもいい?」
「どうぞ。」あかねはPちゃんを蘭子に渡した。
 受け取った蘭子は、自分の膝にPちゃんをのせ、頭を撫ぜ撫ぜする。「きゃー、可愛い!」
「『Pちゃん』って、ひょっとして、“Pig”、『ピッグ』から取ったの?」
 拓也はパフェをつつきながら、言った。
「当たり。良く分かったわね。」
「いや、何となく……」実はついこの間、その英文字を見たからである。
「しっかし、中々手ごわいね。このパフェ。」
 ようやく、下から2層目のコーンフレークまで到達した。
「うん。思った以上に難関だわ。」あかねも同意する。
 もうぬるくなったコーヒーを、拓也は口に注ぐ。
「Pちゃんにも手伝ってもらいましょう。」
 そう言って、蘭子はコーンフレークの山をかきわけ、スプーンに少しのせて、Pちゃんの口元にもっていく。けれど、Pちゃんは口を開かない。
「あら、嫌いなのかしら……」蘭子は首を傾げて言った。
「豚は雑食性だから、何でも食べるはずだけど。」と拓也は言う。
 今度はあかねがコーンフレークを取って、Pちゃんの口元まで運んだ。
「はい、Pちゃん。」すると、Pちゃんはパクリと食べた。いかにも満足そうな顔をしている。
「飼い主には、かなわないか……」蘭子は残念そうに言った。そして、Pちゃんをあかねに返す。
「蘭子、とっとと食べろ。あんまり遅いと、皆心配するぞ。」
「分かってるわ。」半分やけになって、蘭子は口に運ぶ。そのスピードの早いこと早いこと。あっという間に、最下層のヨーグルトだけになっていた。
 彼女は“やせの大食い”というタイプ。拓也は呆れつつも、ヨーグルトにスプーンを差し込んで、自分の口に入れた。



つづく



作者さまより

 “一期一会”の方の『天道家見取り図』を参照させて頂きました。乱馬達は二階の空き部屋に居るという設定です。
 ちなみに、練馬区区営のプールってないようです。いくら検索かけても出ませんでした(^_^;)。料金等は“江東区のプール条例”から参照しました。
 “回文”、とっさに場を持たせるために考えましたが、そのためにやたらと時間費やしてしました。勿論、全部私オリジナルです。
 更に、も1つ。実は良牙の『牙』の字って、2003年8月現在、“名前”として役所に届けられないそうです。


「天道家見取り図」は、西村団長さまが「らんま一期一会」立ち上げ時にご好意で私に書き下ろしてくださった作品です。
 団長さまは御存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、「らんま1/2」OAVシリーズにお仕事として関わっていらっしゃった方です。
 甘栗さんやちゃちゃさん、ラムクラさんたちととあるチャット(三年ほど前にサイトごと閉鎖されました。)で遊んでいた頃には、いろいろな話を聞かせていただいて・・・その中で「天道家見取り図」を描いてさしあげます、と私に書いてくださったものなのです。
 利用してくださって嬉しいです。
(一之瀬けいこ)

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