◇星の銀河(前編)
みのりんさま作


 ――秋だ。
 風林館高校の文化祭の開催も間近に迫ったある日、E組の教室で、F組合同の演劇の稽古が行われていた。
「もし……そこへ行く娘さん。」
 老婆のかつらを被り、腰をかがめて歩く生徒が、主役に向かって声をかけた。
「嗚呼、寒い。寒い。凍えそうだわ。」
「……む、む、む…………」
「カ――ット!ったく、主役がそれじゃ、舞台が意味ねえだろ!」
 主役は勢いつけて、かつらを床に叩きつけた。
「だからっ!おれは嫌だっつ――の!」
 青いぺチユコートに白いドレス姿の乱馬が叫んだ。
 今回は、“男”の姿である。
「乱馬、そうは言うがお前は“主役”だぞ。」
 そう言いながら、親友のひろしが老婆の姿で言い寄る。
「そうだ!おれなんか“星その三”なのに、こんなざまだぞ!!」
 大介は黒いワンピース姿で、乱馬に迫る。
「頼む、怖えから寄るな!」
『お互いさまだ!』
 ひろしと大介は揃って叫んだ。

 何ゆえこんな現象が起こっているか、それはおよそ二週間前のことだ。
 E組とF組の女子が結託して、「私達は“宝塚のようなカッコイイ舞台がやりたい!」と言い出したのである。
 それで残された男子一同は、どうしようか話し合いの場が、E組の教室で行なわれた。
 毎年恒例で、クラス別に文化祭の出し物について、審査が行なわれるのである。
 それぞれ、適当に出し物が並べられた。
 そこで、ウケ狙いらしいとある男子生徒が言った。
「女共が舞台をやるなら、こっちも対抗してやろうぜ!」
 ――そんなもの、通るわけねえだろ。
 と考えた乱馬が甘かった。彼を除くほぼ全員が、賛成の手を挙げたのだ。
 出し物は童話『星の銀貨』に決定。
 さて、主役の“少女”を誰にするか、投票によって決められることになった。
 関係無いと、手の甲に顎を乗せて、乱馬はボーっと外を見ていた。
「それでは結果発表します。“主役の少女”、F組の早乙女乱馬くん。」
「え……」
 ズルッと乱馬は顎が手から離れた。
「早乙女乱馬くん。」
「うっ。」
「早乙女乱馬くん。」
「な……」
「早乙女くん……」
「ぬわ……」
「早乙女くん…………」
 読み上げられるたびに、棒が一本一本と追加され、正の字ができあがる。
「…………早乙女くん。無記名一票。と言うわけで“主役は早乙女乱馬くん”に決定しました。」
 パチパチと拍手が沸き起こる。
 ガタッと大きな音をさせて、乱馬は立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ!どうして、おれなんだよ!!」
「だって、お前、女装得意だろ?」
 当然と教壇に立つ、文化祭実行委員の男子生徒が言う。
「んな……得意なわけねえっ!」
 顔を真っ赤にして、乱馬が叫ぶと、横に座っていた男子が、一枚の写真を乱馬に向けた。そこには、女装した女らんまの顔がしっかり写っている。
「おれも持ってるぜ!」
 そう言って、斜め後ろの男子生徒も、らんまの女装姿の写真を出して見せた。
「何だよ、一体……」
「なびき先輩から買った。」
「おれも……」
「おれも……」
 次々と出される写真に、乱馬は絶句するしかなかった。
 乱馬の脳裏に、指を差して笑うあかねとなびき。そして、「男らしくないわ……」と日本刀を振り回すのどかの顔がよぎった。
 思わず逃げ出そうと、窓のサンに手をかけ……
「早乙女。」
 後ろからかけられた声は、E組の男性教諭、坂本のものである。
 ピタッと乱馬の動きが止まる。
「これが、何だか分かるか?」
 紐で閉じられた『出席簿』と表紙に書かれているものを、坂本先生は乱馬に見せる。
 そして、出席簿をパラパラとめくる。
「お前の欄、チェックがいっぱい入っているんだが、これがどういう意味か分かるか?」
 ニヤリと笑う坂本先生の笑みが、乱馬の目には悪魔の笑みに映る。
「今逃げ出したら、確実に来年も“一年生”だ。いいのか、お前。」
 乱馬は青い顔をして固まった。
 ――うっ……
 ガクッと乱馬は首をもたげる。
「…………分かりました。やりぁーいいんだろ!やりぁーっ!」
「分かればよい。」
 といった経緯で、乱馬は“少女役”をやることになった。


 そもそも『星の銀貨』という話はどういうものか、ここで軽く触れておこう。
 手提げにパンを持ち歩く少女がいた。そして、少女の行く先々で色々と困っている人がいた。
 親切な少女はパンを与え、靴に上着を与え続けた。……最後には何もかもを少女は失ってしまう。
 それでも少女は幸せだった。自分一人が幸せであるより、周りの皆が幸せになることを願ったからだ。
 空を見上げた少女に、奇跡が起こる。
 瞬く星々が銀貨となり、少女の手に集まるのだ。

 これが正当なストーリィだが、脚本を任された文芸部の吉井は思った。
 ――これでは面白くない!
 大幅に脚色が加えられ、何故か“ラヴシーン”まで追加されていた。
 脚本を斜め読みした、乱馬の第一声。
「おれ、やっぱ、下りる…………」
 ところが……
「これだと、衣装が大変だな。」
「姉貴の協力をあおぐか……」
 ――誰も聞いちゃいねえ!
 そう皆、やる気満々だった。
 その日帰宅する乱馬を、誰もが避けて通った。
「おれは男で女になる体質を持っているだけでおれは男なんで女なんか女なんか女なんか…………」
 ブツブツと一人呟く乱馬に、シャンプーですら恐ろしくて近づけなかったという。


「君の瞳に、星が見える。」
 相手役の男は、バレー部のエース・ストライカ、藤枝だった。乱馬より、頭が一個分背が高い。
 藤枝だけが、“唯一の男役”だった。
 ――嗚呼、何だこの気持ちの悪さは……
 引きつる顔を藤枝に向けつつ、脚本片手に必死で、乱馬は台詞を読み上げる。
「あ、あ、貴方の優しさに……私は…………」
「カ――――ット!乱馬、照れを捨てろ!もっと、こうやれ!!」
 本作品の監督、演劇部の佐伯が、自ら演技をした。
 見つめ合う藤枝と佐伯。
 その異様さは、周囲を惹きつける。
「貴方の優しさに、私は心が揺れてしまう。」
 そして、佐伯はゆっくりと瞳を閉じた。
 ――こ、これを衆人観衆の前でやれと…………
 乱馬は頭を抱えた。
 飛竜昇天波を八宝斉に放つため、女性用下着を着用した姿を写した写真を、皆の前で披露したことがある。
 しかし、これは別の意味で“人生の汚点”となることは、間違いないだろう。
「さあ、今度こそ、見事なラヴ・シーンをやれよ!皆、期待しているぞ!!」
 ――しなくていいっ!
 心の中で思いっきり叫びながら、乱馬は窓辺を見た。坂本先生が、しっかりと乱馬を見つめている。
 “落第”を盾に脅迫されては、逃げ出したくとも逃げることができない。
 ――うぐっ!
 “自分”を押さえ込みながら、仕方なく乱馬は演技を続けるのであった。


「ねえ、乱馬達は何をやるの?」
 何気ない調子で、あかねが夕食事に乱馬に問いかけた。
 ちなみに、乱馬達がやる『星の銀貨』については、E組・F組の男子の間で緘口令が敷かれ、文化祭まで超A級の機密扱いにされている。
 なびきですら、乱馬が“主役”で、しかも“女役”であることを知らない。
「さあな……」
 平静を装いながら、心臓は張り裂けそうな鼓動を打つ。
「あかね達は『ベルサイユのバラ』なのよね……」
 なびきがご飯を食べながら言う。
「うん。私が主役で、“オスカル”。」
 あかねは立ちあがり、芝居がかった口調で言う。
「嗚呼……愛しの“アンドレ”……」
「よっ、日本一!」
 意味の無い合いの手を、早雲があげる。
「お父さん、日本の話じゃないわよ。」
 かすみが言った。
「どんなものになるのか、楽しみね、貴方。」
 そうのどかが言うと、玄馬も笑顔で言った。
「わしらも、その舞台見に行くから、楽しみにしとるよ。」
「ブ――――――――――――――――ッ!」
 思いきり、乱馬が飲んでいたお茶を噴き出した。
「ちょっと汚いわよ!」
 ジト目で乱馬を見るあかね。
「わ、悪い……」
 のらりと乱馬は立ちあがった。
「乱馬、夕食まだ途中……」
 のどかが言うと、乱馬は右手を上げる。
「いい。もういっぱいになったから……」
 フラフラしつつ、乱馬は居間から去って行った。
「どうしたのかしら……」
 心配そうにのどかが、その後ろ姿を見送った。
 なびきはニヤリと笑みを浮かべた。
 ――これは、絶対何か裏がある!


 ――後編に続く!




 …………後編予告?!…………
 迫り来るなびきの陰!
 訪れる切腹の危機!!
 果たして乱馬は、皆に指差して笑われるのか?
 ――その前に、舞台の終結はあるのか?!
 とりあえず“コンニャクのアク抜き”でもして待て!(←某作家風。)





作者さまより
 某マンガで、「男ばかりの舞台」というものがあったので、これで一本書けるかな……と、凶悪な笑みを乱馬くんに向けてしまいました。
 念のためですが、「男ばかりの舞台」という「設定」を拝借しましたが、ネタはオリジナルです。


 男ばかりの舞台というのでつい、スマ×スマを連想してしまったアホな管理人です(苦笑
 おまけに妄想は鎖骨の嵐(やめいっ!!)

 ちなみにコンニャクは石灰分を抜くために、塩でもんでひと煮立ちさせてから料理に使います。これがコンニャクのアク抜きです。案外知らない人多いかも。(主婦な解説)



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