◇星の銀河(後編)
みのりんさま作


 ……前編あらすじ……
 E組・F組の女子による上演が決定された『ベルサイユのバラ』。作者はその作品に明るくないので、無視!(←おいっ!)
 それに対し、『星の銀貨』で、主役の“少女”役に抜擢された乱馬。
 荒れ狂う彼の心境に、なびきの策謀が迫る!



 放課後、なびきはこっそりと二年生の教室が並ぶ階に降り立った。
 A組は何かをダンボールで組み立てている。B組、C組は空っぽ。D組は美術でもないのに写生大会をやっていた。
 だが、なびきの目的は、もちろんそんな連中ではない。
 あかね達E組F組の女子達が、F組の廊下まで出張って練習をしているのに対し、E組の男性陣は全てのカーテンを下ろしていた。
「あ、お姉ちゃん!」
 呼びかける声は、あかねのものだった。
「劇の練習?」
「うん。」
 にこやかに、あかねは答える。
「衣装係の子が今度の練習までに、衣装仕上げてくれるって。」
「ふ〜ん。ところで、あんた達の男子、何やってるわけ?」
 あかねとなびきが立つ場所は、ちょうどE組の前である。
「さあ。」
「……さあって、あんた気になんないの?」
 呆れるようになびきが言うと、あかねは持っていた台本を指差す。
「だって、あたし達これの練習で一生懸命だもん。」
 分かったと、なびきは頷く。そして、耳を壁に近づける。
「お姉ちゃん、何やってるの?」
 尋ねるあかねに、口元に人差し指をあて、なびきは制する。
「おかしい……何も聞こえない……」
 ドアの取っ手を掴み、なびきはゆっくりと扉を開ける。
 扉の向こうには…………誰もいなかった。
「ちっ!」
 なびきは舌を打った。
「どうしたの、お姉ちゃん。」
 その様子を不思議そうに、あかねが見つめる。
「昨日の乱馬くんの様子、あんた覚えてない?」
 あかねは考え込むようにして、
「そう言えば、何かおかしかったわよね。食事した後、すぐに『寝る。』って部屋にこもっちゃったし……」
「でしょ。あんたが乱馬くんに、『今度の文化祭で何をやるか?』って、訊いた時からじゃない。」
 ニヤリとなびきは笑みを浮かべる。
「だから、絶対何かある!そう思わない。」
 言い寄るなびきに、あかねも何となく興味が沸いてきた。
「うん。行ってみよっか。でも、どこ探す?」
「そうね。とりあえず、体育館行ってみよっか。」
 体育館で、なびきとあかね姉妹が見たのは、三年生の有志による演劇『不思議の国のアリス』の練習風景。
「E組にいなかったし……後は視聴覚室かしら。」
 なびきに付いて、あかねも走る。
 『視聴覚室』と書かれている部屋の前に立つ、二人。
「声が聞こえるわね。」
 なびきが耳をそばだてると、男の声が聞こえた。
「開けてみる?」
 あかねの言うのに、なびきは頷き、ガラッと扉を開ける。
 一斉に裸体の男子の視線の、集中砲火を受けた。
「ギャ――――ッ!」
 一人が騒ぎ出すと、他の連中も続けて声を上げた。
「ごめんなさいっ!」
 慌ててなびきとあかねは逃げた。
「……そう言えば、ラグビー部が更衣室代わりに使ってるって言ってたっけ。」
「お姉ちゃん、そうゆーことは、早く思い出してよっ!」
「仕方無いじゃない!今まで忘れてたんだから!」
 結局、なびきは乱馬達を探し出すことはできなかった。
 実はE組の坂本先生は、音楽の教鞭をふっていたのである。
 すなわち、E組とF組男子は“音楽室”で練習をしていた。


 本番当日。
 ――せめて女になりゃ……
 こっそり男子更衣室を抜け出した乱馬は、運動場の水道に向かった。 
 ところが、どの蛇口をひねっても、水は出ない。
「え?!」
 ふと気づくと、その水道には“断水”と書かれていた。
「安心しろ、乱馬。」
 ほくそ笑む大介が側に寄って来た、乱馬は怪訝な顔を向ける。
「お湯なら、“全員”が用意している。」
 寄って来たひろしの手には、しっかりと魔法瓶が握られている。
「ぜ、全員って?」
 嫌な予感を感じながら後ずさり、乱馬が問う。
「もちろん、E組、F組の男子全員だ。」
 乱馬はズッコケた。
 追い討ちをかけるように、ひろしも言った。
「坂本先生が教えているクラスの生徒及び、調理室、職員室など、ありとあらゆる場所に置かれている魔法瓶に、あつ〜いお湯を用意してある。」
「何で…………」
 すると、ひろしと大介は互いを見合い、ニヤリと顔を歪める。
「決まっているだろ。“対乱馬用”だ。」
「当然だが、今度の舞台、お前が“女”で出場できなくさせるためさ。」
「うぎゃ―――――!」
 頭を抱え込む乱馬を、ズルズルとひろしと大介は、男子更衣室目指して引っ張って行く。

 舞台用メイクをほどこされ、乱馬は頭から黒い布をかぶらされた。
 そして、監督、音響及び照明係など、役を与えられなかった幸運な男子生徒と、黒子に囲まれ、舞台の袖へと移動した。
「二年E組F組の男子の皆さん、準備はいいですか?」
 司会の女生徒が、乱馬達黒ずくめの集団に呼びかける。
「OKです!」
 威勢よく答えたの、監督の佐伯である。
 俯きつつ、歯を食いしばりながら、乱馬は佐伯を呪った。
 ――一生恨んでやる!


「それでは、二年E組F組男子合同による、『星の銀河』です。」
 キラキラと光る、どデカイ星をガムテープで貼りつけた、黒いワンピース姿の男子生徒が舞台を走りまくる。
 観客席から、どよめきが沸き起こった。
「それは、輝く星の下での奇跡の物語です。」
 スピーカから、男子生徒の言葉が流れた。
「あ、あれはE組の遠藤だ!」
「うそ……うちのクラスの結城くんじゃない……」
 観客席からのでかい声が、乱馬の耳に入った。
 ちなみに観客席の配列は、父兄席を両サイドに、三年、二年、一年の順で並んでいた。
 乱馬が舞台の袖からチラリとその父兄席を見ると、最前列にのどかに玄馬、早雲とかすみの順で座っているのが見えた。
「年貢の納め時だな。」
 そう大介が呟く声が聞こえる。
 まず、間違い無くバレルだろう。
 真っ青の顔から石と化する乱馬の背を、佐伯が押した。
「出番だ!行けっ!!」
 よろっとコケそうになるのを、何のとか踏ん張る乱馬。
 その場所は、舞台の丁度ど真ん中。
 前列の父兄席で、家人一同の顔色が変わるのを、乱馬は見てしまった。
「――台詞だ。台詞。」
 後ろで囁く佐伯の声に、乱馬は目を瞑った。
「嗚呼、何て素敵な日なのかしら!」
 手提げを宙に向けて、掲げる。
「お母様のおつかいも終わったし、これからゆっくりと散歩でもしながら帰りましょう!」
「F組の早乙女だ――!」
 どこかの男子生徒に、ズバリ言い当てられてしまった。
「あいつ、女装の趣味があるとは思っていたが、まさかこんな舞台でやるとはな……」
 ――嗚呼、おれ……何やっているんだろう……
 泣きたくなるのをこらえるのが、必死だった。
「ほら、スキップ!スキップ!」
 佐伯の指示に、ついに乱馬は切れた。
 ――え〜い!ままなれ!!
 白い帽子に白いカーディガンを羽織り、青いぺチユコートとワンピースを揺らし、前を向きながら軽やかなステップを踏む。
 すると背景の裏にいた生徒が、背景を横に動かし、とある村外れの背景に変わる。
 よろよろと腹を押さえながら、ピンク色を基調としたスカート姿の“村娘その一”が現れた。
「あぁ〜ん……」
 その様子は、表現するのもおぞましい。
 乱馬の視野に、あちこちで指差すのが見えた。
「どうしたんですか?」
 “村娘その一”に向かって、乱馬は駆け寄る。
「お腹が空いて、死にそうなの。」
 腹を押さえながら、“村娘その一”は乱馬に言う。
「あら、じゃあこのパンを……」
 と言いながら、乱馬はパンを手提げから取り出し…………食った。
「……パン……」
「あら、ごめんなさい。お腹が空いていたもんだから食べちゃった。」
 それを聞き、バタリと“村娘その1”が倒れる。
「こんな所にいると、風邪引きますよ……私のカーディガンをあげましょう。」
 そう言って、真っ白なカーディガンを“村娘その一”の顔にかぶせる。
 乱馬が両手を合わせて祈るポーズをとると、ドッと笑いが起こった。
「え――っと……“脚本の吉井くん”行っちゃっていいですか?」
 乱馬が叫ぶと、観客席両サイドの頭上の廊下から、垂れ幕が下りてくる。
 それには大きく、『行ってよし!』と書かれている。
「そういうわけで“村娘その1”、さよ〜なら!」
 乱馬は幕の右袖へ向かって、スキップする。
 すると残された“村娘その一”が、ジタバタともがき始めた。
「私、まだ生きてま〜す!」
 すかさず乱馬が舞台に戻って来る。その手には焼きそばパンが握られていた。
 乱馬がそのパンを、おもむろに掲げながら言う。
「このパンは、“安心、安全。健やかな育成をモットーとする購買部”の提供です。」
「う〜む。スポンサまで付けるとはやるわね。」
 なびきが唸りながら言った。
「パン頂戴!」
 “村娘その一”が息を絶え絶えに言うと、乱馬はパンを下に下ろす。
「あげない!」
 “村娘その1”が完全に動かなくなる。
「次、いってみよう!」
 乱馬が右拳を振り上げると、いったん全ての照明が落ちた。


 次に照明が舞台を照らした時、“老婆その一”が三枚の座布団の上に座っていた。
 スキップをしながら登場した乱馬が、「あっ。」と声をあげ、“老婆その一”の横で止まる。
「何をしているんですか?」
 乱馬が問いかけると、“老婆その一”は耳に手を持って、聞き返す。
「へ〜?」
「何をしているんですか?」
 やや声を上げながら乱馬が言うと、“老婆その一”は再び耳に手をやる。
「へ〜?」
 その様子を両手を組みながら見つめていた乱馬が、左側を向き右手を口にもっていって言う。
「山岡く〜ん!座布団、全部持っていって!!」
「はい、かしこまりました!」
 颯爽と、赤い晴れ着姿のF組山岡が、笑顔で登場する。
「軽快な音楽で皆さまの幸せを運ぶ、山岡で〜す!外で我が“軽音楽部”はライブやります。よろしく!」
 “老婆その一”を思いっきり突き飛ばし、山岡は座布団を抱えて左側へと消えた。ちなみにその座布団をよく見ると、“○天”のロゴ入りと念の入れようだ。
「仕方ないわね……」
 乱馬はワンピースのポケットから、ハンカチを取り出す。
 それを使って腕、足と拭いまくる。
「本日限りの一品!私の体液付きのハンカチをプレゼント!」
「入らん!」
 “老婆その一”は手を振りまくる。
「持って行ってもらわないと、私が困るの!」
 乱馬が“老婆その一”に向かって、ハンカチを押しつける。
「入らないって!」
「ふふふ……今回だけの秘密兵器!」
 乱馬が指差しながら言うと、観客席の上の廊下に、スポットライトが当たる。
「あっ、佐渡さん!」
 一人の少女がそこに立っていた。呆然と立ち尽くしながら。
 “老婆その一”は、大きな口を開けて動かなくなった。
 実は“老婆その一”のガール・フレンドを、E組・F組の男子が、こっそり誘っていたのである。もちろん本人には内緒。
「さて、固まってるところで。」
 すかさず乱馬はその手を取り、ハンカチをくくりつける。
 そこで、また全ての照明が落とされた。
 ……一悶着あったらしいが、そんなことは関係無く、劇は続く。


 次にスポットライトで、舞台の右袖が照らされると、キャミソール姿で“村娘その三”が現れる。
「嗚呼、寒い。寒い。凍えそうだわ。」
 両手を両肩に乗せ、“村娘その三”は震えだす。
「“村娘その三か。」
 すると反対側から乱馬が登場する。そして観客席を指差した。
「おっ、オットセイ!」
「寒!」
「というわけで、今回の公開ネタどうぞ!」
 乱馬と“村娘その三”が引っ込み、お囃子が聞こえてくる。

 チャンカ、チャンカ、チャン……
 照明が一気に灯り、“村娘その二”、“老婆その二”が舞台の両端から現れる。
「こんにちは。“村娘その二”です。」
「こんにちはです。“老婆その二”です。」
 そして二人は声を合わせる。
『二人合わせて“ツインズ”です!』
 サッとそれに合わせて『ツインズ』と書かれた垂れ幕が下りる。
「というわけで、何話そうか?」
「何話すって、何か話すんでっかか?」
 素早く“村娘その二”の軽いチョップが、“老婆その二”にあてられる。
「ちゃんと決めとけ!」
「それはあんたも同罪やろ!」
 すると、もみ手をしながら“村娘その二”が言う。
「まあ世の中、色々な人がおります。」
「色々な人?例えば何やろ?」
「そうですね。とりあえず“監督”というのはどうですか?」
 “老婆その二”は大きく手を上げて言った。
「監督でっか?」
「え〜本作の監督E組の佐伯を始めとしまして、世界の北○武、井筒○幸 、海外でしたら、ス○ィー○ン・スピ○バー○、『ロー○・オブ・ザ・○ング』の “ピー○・ジャ○ソン”、『ハ○ー・○ッター』のクリ○・コロ○バス 」
「おいおい、世界の監督と、“うちの佐伯”を一緒しちゃあかんやろ。」
 “老婆その二”が舞台袖にいる佐伯を指差しながら言う。
「そうですね。“1マクロのウイルス”と“銀河系”ぐらいの差がありますもんね。」
 “村娘“その二”は右手をOKマークにしてから、両手をめいっぱい広げる。
「電子顕微鏡から、天体望遠鏡……随分と差があんね。」
 大きく頷きながら“老婆その二”は答えた。
「まあ、それはさておき……」
 “村娘その二”が何か言おうとするのを遮る。
「あ……」
“老婆その二”が手日差しで観客席の方を見ながら、突然明後日の方角を指差す。
「ほらほら、あそこで溺れとる子供が!」
「それは“プールの監督”!」
 “老婆その二”は右手を顎に当てながら言う。
「う〜ん。それはやね……ファジィでですね。これは、どうでもいいと思うんですね。」
「そりゃあ、元野球の監督!」
「『アニョハセヨ〜』。」
 そう言いながら“老婆その二”は手を振る。
「それは韓国。ちょっと厳しいぞ!」
「ええんや。これで終わりやから。」
 すると“村娘その二”も頷く。
『というわけで、お粗末!』
 チャンカ、チャンカ、チャン……
 再びお囃子が流れる。
 そして、舞台を去って行こうとする二人。

「ちょっと待って下さい。」
 乱馬が現れて、右手を振りながら、それを引き止める。
「はい。何でしょう?」
「貴方達に何かを渡さないと、この物語は成立しないので、何か持って行ってください。」
 二人は乱馬の周りを回りながら、ジロジロと見る。
「持って行くって。」
「ねえ。」
「とりあえず、“村娘その二”には、この帽子を――」
 乱馬は“村娘その二”の手に、被っていた帽子を握らせる。
「“老婆その二”には、この手提げをあげましょう。」
「ありがとう、はた迷惑な“少女”よ!」
 “村娘その二”が言うと、“老婆その二”も手を振る。
「それでは、さらばや!」
 去って行く二人を見送る乱馬。
 そうして照明は再び落とされた。


 が、数秒もせぬ間に照明が灯される。
「あっ、“村娘その三”を忘れるところだった。」
 舞台の中央に立つ乱馬に、“村娘その三”が駆け寄ってくる。
「私にも、何か頂戴。」
「頂戴って、あつかましい人ね。」
「え、だって、この物語は『貴方が何かを渡さなきゃ成立しない。』って、貴方自身が言ったじゃない。」
「はい?そんなこと言いましたっけ?」
 大げさに乱馬は首を傾げて見せる。
「言いました。今からおよそ一分前後に!」
「そうですか?ではVTRで確認してみましょう。」
 乱馬が言うと、背景が黒子によってどかされ、巨大なスクリーンが現れる。その両横に、乱馬達は立つ。舞台も必要な照明以外全て消された。
 ビデオカメラが動く音が聞こえ、乱馬“ツインズ”の二人のやり取りが、スクリーンに映し出された。
 そして、すぐに背景が戻され、照明が灯る。
「あ、言ってましたね。」
 乱馬は頷き、少し悩むポーズをとる。
「でも、貴方にあげるような品は……」
「その白いワンピース、も〜らいっ!」
 “村娘その三”があっという間に、乱馬の着ていたワンピースのチャックをはずし、それを脱がせる。
「あ〜れ〜」
 “村娘その三”の背に、いつの間にか、大きく『追い剥ぎ』という書いた紙が貼りつけられていた。
 照明が全て落ちる。


 幕に戻ろうとする乱馬の腕を、一人の男子生徒が掴む。
「何だ?」
 思わず問うた乱馬に、彼は笑顔で舞台の中央まで進ませる。
 そして、再び舞台に明かりが灯る。
「私は“幻の少女A”。突然ですが、ここで『古今東西ゲーム』をやりましょう。」
「ちょっと、タンマ。」
 確か乱馬が渡されたシナリオには、ここで“ラヴ・シーン”が入り、全て終わるはずであった。
「んなの聞いてねえぞ!」
 乱馬が言うと、垂れ幕が下りる。
 『これもシナリオのうち。』と書かれている。
「『古今東西ゲーム』とは、一つのテーマを決め、それについて互いに言い合うゲームです。」
「…………」
 突然な展開に、乱馬は思わず後ずさる。
「やらなきゃ、即“負け”だよ。」
 “幻の少女A”が言った、“負け”という言葉に、乱馬は即座に反応した。
「やるっ!」
「では、お題目はこれだっ!」
 “幻の少女A”が指差すと、さっと新たな垂れ幕が下りる。
 『植物の部位』と書かれている。
「古今東西!」
 パンと“幻の少女A”が手を叩く。
「花びら!」
 乱馬も手を叩き言う。
「茎!」
 パン!
「ガク!」
 パン!
「根っこ!」
 すると、嫌な笑みを“幻の少女A”は浮かべる。
「言いましたね。言いましたね。では登場してもらいましょう!“猫”です!!」
「うぎゃ――――――!」
 乱馬は思いっきり叫んだ。
 黒子に抱かれて、本物の猫が現れたからだ。
 『全て計算通りだ! by吉井』と書かれた垂れ幕が下りる。
「吉井のばっきゃろ―――――!」
 叫びながら逃げ回る乱馬が、慣れないハイヒールのせいでこけた。
 すると、そそくさと猫を抱いた黒子が舞台を立ち去る。
「この美しいハイヒールを、私は頂いていきます。それでは、皆さん、『アディオス』!」
 そそくさと“幻の少女A”は、ハイヒール片手に、手を振りながら舞台を去って行った。


「――もう、嫌だ……」
 這いつくばったまま、心底そう思いながら、乱馬は言った。
 そうすると、舞台の照明が消え、スポットライトが乱馬一人を照らす。
「どうしたんですか。」
 もう一つ、舞台に向かってスポットライトが灯る。それは藤枝を照らしていた。
 藤枝の登場に、乱馬はホッと胸を…………
 ――なでおろせるかっ!
 あかねはもちろん、のどかに玄馬、早雲にかすみ、なびきもこの舞台を見ているのだ。
「君のような人が、こんな所で倒れているなんて。さあ、僕の手を取って。」
 ゆっくりと乱馬の前にひざまずき、藤枝は右手を差し出す。
 ――これをやったら、終わりだ!
「あ、ありがとうございます。」
 乱馬はその手を取り、立ちあがる。
「何も無い空だね。」
「月明かりさえない、暗い空です。」
「そうだね。」
「まるで私の今の心のよう。」
 ――マジで。
 しかし、藤枝の奴も顔が引きつりまくっている。
 同様に石化が始まりつつある、乱馬。
「早くしろ!時間がねえぞ!」
 幕の奥から、無責任な佐伯の声が聞こえる。チラリと乱馬が見やると、腕をグルグル廻していた。
「でも、君の瞳の中に、輝く星が見える。」
 ――何度聞いても、なんつークサイ台詞だ。
「…………貴方の優しさに、私は心が揺れてしまう。」
 乱馬は目を閉じる。
 おおっ!
 異様な盛り上がりが、観客席から沸き起こる。
 ――気分はロシアン・ルーレットだ。嗚呼、おれいつ逝っても、おかしくねえ。
「一つ、聞いていいかな。」
 ――うわっ!抱くな!近づくな!!
 硬直しながら、乱馬は目を開ける。
「……はい。」
 藤枝は懐から、小さな指輪を取り出す。
「この永遠に輝くダイヤモンドと、一時の時間。君ならどちらを選ぶ?」
 ――何がダイヤだ!元は百均のおもちゃだろ……って、現実逃避してる場合じゃなくって……
 背筋を走りぬける寒気に震えながら、乱馬は答えた。
「私は……一時の時間を選びます。」
「そうか。では、一緒に」
 ――おげぇ……だ、ダメだ。頭の中、真っ白に…………
 

 次に気がついた時、乱馬は保健室のベッドの上だった。
「早乙女くん、目が覚めた?」
「……はい。」
 まず彼が何を考えたか、それは言わずにおこう。
 次に思ったのは…………
「同じクラスの天道さん、待ってくれているけど……」
「――ぷっ、ふぁっ!!」
 溜まっていたものが、一気に吹き出てしまったらしい。
「乱馬……」
 衝立の向こうから、あかねが顔を出した。
「……あかね」
 乱馬が呼ぶと、あかねはプクっと顔を膨らせた。
「……え。」
 ポツリとあかねは言った。
「“最優秀主演女優賞”、おめでとう。」
「はい?」
 話によると、乱馬の舞台は大盛況で終わったらしい……
 そして『星の銀貨』は“最優秀賞”を受賞。さらに、乱馬個人で、“最優秀主演女優賞”をゲットしてしまった。
「乱馬、よくやったわね。」
 のどかにも、何故か誉められた。


 さてと、ここにおれの“負の遺産”を多少脚色して記したが、全部ひっくるめて、記憶から消し去ろうと思う。
 今すぐ!
 直ちに!! 
 明日のために、今日のことは振り返らずに進んで行くぜ!
 こんちくしょ――――――――っ!!

「乱馬くん、遠吠えうるさい。」
「ほっときましょう、なびきお姉ちゃん。」








作者さまより
 今回、この話を作成しまして、ドドッと疲れてしまいました。
 テンション上げまくりの自転車操業。
 『星の銀貨、風林館高校Ver.』のシナリオ作成、漫才……その場の勢いとノリ。
 道々ネタ探しをしながら電車に揺られ……何というものを作り始めたんだと、後悔の山しか残らなかったり……でした。

 
 とっても、可哀想な乱馬君でした。さすがのあかねちゃんも慰める言葉もなかったのではないでしょうか(大笑
 乱馬の遠吠えはいつまでも夜空へと響き渡っていたような・・・(近所迷惑だったろうなあ。さぞかし…)
 女乱馬だとアカデミー賞主演女優賞も夢じゃないのかも・・・。
(一之瀬けいこ)
 

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