◆ETERNAL DREAM
みのりんさま作




 ――素直じゃないから。
 あかねは、今日も学校から一人、家路に向かう。
 語るまでもないだろう。
 右京にシャンプー、小太刀まで参加して、乱馬争奪戦をおっぱじめたのである。
 さっさとそれに見切りをつけて、あかねは帰った。
 それでもあかねの心の中は、まるで雷雨が訪れる前の空のよう。
 ――あいつは、一体何を考えてるんだろう?
 面と向かって聞けるもんじゃない。
「キャッホ――!」
 ドンと肩を叩かれて、あかねは驚いた。
 さっき別れたはずの乱馬が女装して、駅前のHデパートの袋を持ち、あかねの前に立っていたからだ。
「久しぶり、あかねちゃん。」
「え、あ……ひょっとして、蘭子ちゃん?」
 コクリと蘭子は頷く。
「今日、うちの学校、創立記念日でお休みだったの。だから、ついつい遠征しちゃった。」
 ぺっと蘭子は舌を出す。
 Hデパートの袋はいっぱいに膨らんでいた。
 そう言えば、Hデパートは、系列の某球団の優勝記念セール中だった。
「ここまでこなきゃ、H系列のお店無いんだから、嫌ンなっちゃう。」
 バタバタ袋を蘭子は揺らしながら言った。
「あっ、そこの喫茶店でお茶しない?おごってあげる!ちょうど、バイト代が手に入ったばっかなんだ。」
「え……あ……」

 とんとん拍子に、あかねは蘭子によって、『ポップン・クリック』という喫茶店に向かわされた。
 ウエイトレスに案内され、二人は向き合ってテーブルに座る。
「私はホット・コーヒー。あかねちゃんは何がいい?」
 差し出されたメニューに目を向け、慌ててあかねは言った。
「えっと、紅茶。ホットで。」
「かしこまりました。」
 ウエイトレスが奥に引っ込むと、蘭子はあかねに訊いた。
「ねえあかねちゃん。『ETERNAL DREAM』って知ってる?」
「エターナル・ドリーム?」
「今度のうちの文化祭のステージで、その主役に抜擢されたんだ。」
 えへんと、蘭子は胸をそらせる。
「へー。どんな物語なの?」
 あかねが訊くと、蘭子は人差し指を頬に当てる。 
「『昔、とある城にお姫さまがいた。』って言ったら、ありきたりの物語の冒頭になっちゃうかな。」
 小さく蘭子は笑う。

 大きな湖のほとり、青年――クロウド――に寄り添いながら歩く姫の姿があった。
『ねえ、私と約束してくれる?』
『ん?』
 ゆっくりと姫――レイディア――はクロウドの手に、自らの手を乗せる。
『決して、私に寂しい思いをさせないで。』
 クロウドは微笑みながら頷いた。
『分かった。約束するよ。』

「けれど、その誓いは脆くも敗れるの。戦略結婚ってやつで、無理やりお姫さまは嫁がされることになった。でも、何も知らないクロウドは、必死でレイディアを探し求めていた。」
 そこで、蘭子は話しを止める。
「で、どうなったの?」
 あかねが先を促すが、蘭子はニヤリと笑って、あかねに問いかける。
「どうなったと思う?」
「……どうって……」
 首を傾けるが、あかねには分からない。
「一番、結婚相手を刺し殺した。」
 そう言いながら、蘭子は人差し指を立てた。
「え?」
「二番、姫は結婚を棒に振って、青年の元に戻った。」
 次にゆっくり中指を上げる。
「三番、ひっそりと青年出会った姫は青年と二人で心中した。」
 そう言いつつ、今度は薬指を立てた。
「四番、大人しく父の言うことを聞き、姫は諦めた。」
 そして小指を立てる。
「五番、何もしなかった。さあ、ど〜れだ?」
 パッと両手を広げて小首を傾げながら、蘭子は言った。
 すると、ウエイトレスがやって来て、ホット・コーヒーと紅茶をテーブルの上に置いた。
 ――一番は無いだろうな。……三番だと“ロミオとジュリエット”だし……
「二番かな?」
 すると蘭子は、大きく首を横に振った。
「答え、五番の何もしなかった、よ。」
「え。」
 蘭子は再び、ゆっくりと紅茶を啜って言った。
「ここがこの物語のメインなんだけどね。お姫さまはずっと青年の名前を呼びつづけていた。そして、結婚式を翌日に控えたある日――」

 ベッドのかけ布団に顔をうずめるレイディア。
『クロウド……クロウド……クロウド……私、明日結婚式をあげるの。そしたら、もう二度と貴方に逢うことができくなるの……』
 涙を浮かべながら、窓辺で月を見つめるレイディア。
『私、寂しい。貴方に会いたい。』

「ふ〜ん。」
 あかねが頷くと、蘭子はコーヒーを一口啜る。
「その願いは天にきき入れられる――」

 朝もやの中、クロウドがレイディアの前に現れる。
『クロウド……』
 泣きながら笑みを浮かべるレイディアを、クロウドは抱きしめた。
『もう、離さない。そうだ、寂しくないように、僕と一緒に永遠に夢を見続けよう。』
 レイディアが頷くと、二人はゆっくりと唇を重ね合う。

 軽いノックとともに、女中がレイディアの部屋に入って来る。
「姫さま、朝食の支度が……姫さま?!」
 慌てて女中がレイディアの元に駆け寄るが、時はすでに遅し、その身体は氷のように冷たかった。

「――後から分かった話では、青年も時を同じくして事切れていた。」
「悲恋ものね……」
 紅茶を啜りながらあかねは言った。
 ――そういえば、乱馬と“ロミオとジュリエット”をやったっけ。結局、メチャクチャになったけど……
 あかねがぼんやりと考えていると、突然蘭子が尋ねた。
「ねえ、あかねちゃん。あかねちゃんが“レイディアの立場”だったらどうする?」
 紅茶のカップをソーサに戻しながら、あかねは考える。
「え、あたしだったら……」
 ――分からない。
 そんなあかねの様子を察してか、蘭子は軽く肩をすくめた。
「拓也にも聞いたの。何て答えたと思う?」
「さあ……」


 ――冴草家リビング――
 スケッチブックを机に置いて、コスモスの写真を見ながら、4Bの鉛筆で拓也は絵を描いていた。
「ねえ、拓也だったらどうする?」
「え?」
 拓也は手を止め、蘭子を見た。
 少し考えるように首を傾けて、拓也は言う。
「そうだね……僕だったら、まずその城に“遠隔操作できる爆弾”を仕掛けるな。」
「…………はい?」
「でもって腰にも爆弾を巻きつけて、ランプ片手にして、王を相手に“誠意ある説得”を試みる。」
 ――誠意って……
 笑顔の拓也を見ながら、蘭子は思わず呆れてしまった。
「でもって決裂してもしなくても、城に仕掛けた爆弾の遠隔着火装置……まあ、リモコンだな。それを持ち逃げし、“切り札”にする。」
「結婚相手を連れて逃げないの?」
 今度は、拓也が呆れた顔をする。
「そんな奴、足手まといになるのに決まっているだろ。だから、追っ手の最初の一団に向けて蹴りつけるさ。んで、そいつらがひるんだ隙に、腰の爆弾を着火しつつ放り投げ、牽制しながら青年の家に行くんだ。」
「……それって、すでに“童話”じゃないし……」
 蘭子のツッコミを無視して、拓也は続ける。
「青年の家に駆け込んだと思わせておいて、実は裏口から逃げ出す。それで追っ手が青年の家に取り囲み、突入する瞬間まで身を隠す。そうして残った爆弾まとめてぶつけてやれば、皆まとめて片付くだろう。」
「片付くって……」
「最後の仕上げとして、自らの城にも放火する。これを忘れちゃいかんな。」
 うんうんと何度も拓也は頷く。
「痛み分けで、結婚なんか無かったことになるだろ、多分。」
「ちょっと待って!」
 額に人差し指と中指を当てながら、蘭子は言った。だが、拓也はおかまいなしにガッツポーズをする。
「これで作戦はパーフェクト!後は二人仲良く、隠遁生活を始めればよし。そ〜だ、傘張りの内職でも……」
「……傘張りって、あ〜た。廃れまくった、浪人じゃあるまいし……それに、これは“童話”だってーのっ!」


「…………というわけよ。」
「なるほど、頭痛くなるわね。」
「でしょ。」
 蘭子は大きく溜息を吐いた。
「じゃあ、貴方だったらどうするの?」
 あかねの問いに、蘭子はキョトントする。
「私?そうね……私だったら、手っ取り早く“女中A”を身代わりに立てるでしょ。で、マシンガンを装備!後、グリネードランチャとバズーカもついでに用意しよ。それで……」

 ここで少し想像してみよう。
 蘭子の言う“お姫さま”とやらを……


「失礼します。お夕食の準備が整いましたので…………あれ。」
 ガラリと扉が開けられるが、そこにはレイディアの姿は無い。
 一瞬、呆然と立ちつくした女中の口に、手が素早くあてられる。
「……?!」
 後ろ手で手を掴まれ、慌てた女中が後ろを向くと、そこには小さく笑みを浮かべるレイディアがいた。
「……悪く思わないでね。」
 バタリとレイディアの手刀で倒される女中。
 その服と自分のドレスとを、レイディアは着がえる。もちろん女中に自分のドレスを着せることも忘れない。
 ベッドのシーツを歯で食いちぎり、レイディアは女中の口にさるぐつわをかませ、手を縛る。
「さてと……」
 そう言いながら、レイディアは城の武器庫を探し始める。

「大変です、キング。Dブロックに侵入者が!」
「何だと。すぐに捕らえよ!射殺しても構わぬ!!」
「了解!」
 召使らしき男は、出入り口の扉付近にあるディスプレイのスイッチを入れ、叫ぶ。
「至急、侵入者を捕らえよ!場合によっては殺しても構わない!!」
 一人玉座に座る王が、目を瞑る。
「……我が城に侵入するとは……生かすわけにはゆかぬ!」
 シュ―――ル!
 巨大なバズーカの弾が、炸裂するとともに、王の前の扉がぶち破られる。
 だが、幸いにも王が手動で玉座の周りにせり上げた、透明なファイア・ウォールを張り巡らせた後だった。
 ドドドドドドドドドド!!
 勢い良くマシンガンが吼え、薬莢が飛び跳ねる。
「何事だ……」
 玉座から王は立ち上がり、前を見据える。
 そこには迷彩柄の防弾チョッキに、グリネードランチャとバズーカ砲を背負い、マシンガンを構え、不敵な笑みを浮かべるレイディアが――
「ハーイ、ミスター!悪いけど、私と貴方の息子との結婚、取りやめさせてもらうわ!!」


「………………」
 あかねは沈黙した。
 当然これもダメである。
 そんな“童話”など、見たことも聞いたことも無い。
 つーか、“近代兵器”が登場した時点で、すでに“何か”が間違っている。
 ――蛙の子は蛙というわけか。
 思わず納得するあかねだった。
「全く、よく戦略結婚ってのに反対しないわよね。私だったら、父上を半殺しにしてでも、青年の元に行くけどね。」
 そんな蘭子とは対照的に、あかねは小さく息を吐いた。
「………………あたしは、分かんない。」
 そうあかねが呟くと、組んだ両腕の上に蘭子は顎を乗せた。
「う〜む。その顔、ズバリ恋の悩みと見た!私で役に立つとは思わないけど、話してみそ。少しは気が楽になるかもよ〜ん。」
 おどけるように蘭子が言うと、あかねは小さく首を振った。
「う、ん……でも、どうせ……いつものことだから…………」
「“いつものこと”で済ませちゃ、溜まったストレスちっとも発散されなくて、仕舞いには胃が痛くなっちゃうよ。」
 ニコッと蘭子は笑う。
「私とオフラインで会う機会なんか、滅多に無いんだから、ね。」
 そして蘭子はあかねの手を取った。
「大抵の物語って、“根底に何だかの教訓を含んでいる”場合が多いでしょ。私はこの『ETERNAL DREAM』の主役やってね、“何でも言わなきゃダメ”ってことが身にしみて感じたわ。」
「言わなきゃ、ダメ……」
「この物語の主人公ってね、大概の童話のお姫さまと同じで、ちっとも父親に反抗しないのよ。『はい、お父さま。』『分かりました、お父さま。』って、ね。今時、こんな娘がいるわけないってのよ。」
 蘭子はあかねから手を離した。そして、人差し指をあかねに向ける。
「まずは、相手に一発言いたいことを言う。後がどうなろうと、それはそれ。言わなきゃ通じないってこともあるんだから。」
 あかねが目を見開くと、蘭子は溜息を吐き、コーヒーを啜る。
「うちの拓也は鈍感の塊よ。下手すりゃ、三食抜いて部屋に篭るんだから…………いつだったかしら、休みだってのに、ちっとも拓也が帰って来なかったことがあったの。」
 あかねは話しを聞きながら、紅茶を啜った。
「それで気になって訊ねて行ったら、何と拓也が倒れてて、すぐに救急車呼んだわ。」
「え、大丈夫だったの?」
 思わずあかねの手が止まる。蘭子は顔をしかめながら頷く。
「理由はただの“栄養失調”。本人曰く、『蘭子と食事した後から、食べるの忘れてた。』って……全く、馬鹿な話よね。思いっきり病院の先生が怒ったわよ。『あんた、何を食べて生活しているんですか!』って……」
 蘭子は額に右手をあてて続けた。
「それから毎日訊くようになったわ。『食事はしたか?』、『ちゃんと食べてるか?』って。自己管理もできない、馬鹿のためにね。」
 フンと息を吐いて額から手を離し、蘭子は小さく笑みを浮かべた。
「ね、こんな話もあるのよ。まず、第一歩を踏み出さなきゃ。」
「……第一歩。」
 あかねが繰り返すと、蘭子は頷いた。
「そう、どっちが踏み出すか、そんな“ちっぽけなこと”気にしちゃダメよ。世の中、結果を出さなきゃ意味がないわ。頑張れ!」
 ウインクしながら拳を突き上げる蘭子を見て、ようやくあかねも笑顔になった。
「そうそう。笑顔が一番だよ。」
 伝票を手に取り、蘭子は立ちあがった。
「じゃ、私、そろそろ行くね。」
 軽く蘭子は、あかねの肩に手をあてる。
「少なくても私は、あかねちゃんを応援してる一人だから。」
「ありがとう。」
 右手を振ってあかねが言うと、蘭子も手を振り返した。


 ――結果を出さなきゃ意味が無い。  
 あかねの脳裏に、蘭子の言葉がよぎった。
 ふとあかねが前を向くと、いつものおさげ髪の後ろ姿があった。
 ――言って、みようかな…………
 彼はまだ、あかねには気がついていないようだ。あかねは歩みを早めた。そして、その背を叩く。
 乱馬は振りかえり、あかねと向き合う。
「ねえ。今、暇?」
 問いかけるあかねの瞳には、迷いはなかった。







 作者さまより
 某H球団の優勝セールとっくに終わってしまってますね(汗)。
 ……ま、いっか(←おい、おい)。

 あ、“私がレイディアの立場だったらどうするか?”ですか。
 そりゃ、油壺を探し出して、あちこちに撒き散らしながら、王の部屋に向かいます。
 それでランプ片手に“熱意ある説得”を試みる!(←おいっ!)ですかね……なんせ、この話の作者ですから……(苦笑)。
 ……戦略結婚をさせた父上は、“人の恋路を邪魔する奴は、馬にでも轢かれて……”って、我ながら考えがダークだ…………頭、冷やそう。



 某球団優勝セールどころか歳末大売出しも終わりそうな時期に掲載した邪悪な私でした。
 拓也、蘭子、この二人のシリーズも実に面白いです。
 オリジナルキャラクターを通して見る、乱馬とあかねの恋模様って、うきうきするのは私だけかなあ。

 なお、原作者、高橋留美子さんはH球団の大ファンであります。心強いぜ!
(一之瀬けいこ)


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