◆有り得ない人々

芽生さま作




「有り得ない!!」
 ここは風林館高校2年F組の教室。一時間目の国語が終わった休み時間にゆかが大介とひろしに向かって叫んだ。あかねとさゆりはどうしたのかと訊きにゆかに近づいていった。
 風林館高校では2年にはクラス替えがなく、三年生になるときに理系と文系に分かれるためクラス替えが行われる。なのであのお騒がせの一年F組のメンバーは、そのまま二年F組に持ち上がった。

「ゆか、何が有り得ないの?」あかねが尋ねる。

「聞いてよ!大介ったら、あの雑誌、駅のゴミ箱からわざわざ拾ってきたんだって!」
 ゆかが大介とひろしの見ている雑誌を指差しながら叫んだ。その雑誌と言うのは、俗に言うエロ雑誌であった。

「本当、有り得ない!しかも女子のいるところで見てるなんて!やらしい!」
と、さゆり。

「本当、最低!結局、男って女だったら誰の裸でもいいのね。」
とあかね。

「それは違うぞ、あかね。俺らだって、本当は好きな子の裸が一番見たいんだぜ。でも見れないからこれで我慢してるんだ。」
と大介。

「んだ。んだ。なあ、乱馬、そうだよな。」
とひろしが乱馬の背中をたたく。

 乱馬は一時間目が始まってすぐ睡眠タイム。
 授業が終わっても寝ていたが背中をたたかれ、寝ぼけたまま、「お、おう。」と返事をして、そしてまた夢の中へ。
 そして、二時間目始まりのチャイムがなり、皆、席に戻った。

…えー、そうなの?乱馬もそうなの…
 あかねは心の中で乱馬に訊いていた。
 あかねの頭の中では大介のさっきの言葉、『好きな子の裸が一番見たい』から公式ができてしまった。
 
 裸が見たい=好き
 裸が見たくない=好きでない


…去年、おばさまとブラジャー買いに行ったとき、私が試着中に乱馬入ってきて言ったわよね、小さい胸しまえ、見たくないって。それって、それって、私のこと好きでないっていうこと?そうなの乱馬?…
 隣の乱馬を横目で見たが、幸せそうに寝ていた。

 あかねは、そんなこと直接乱馬に訊けるわけがなく、一日悶々としていた。
 帰りも、乱馬はシャンプーたちに追いかけられ別々に帰った。、





「えー、有り得ない!」
 あかねがテレビを見ながら叫んだ。

「そうねー。乱馬君じゃ有り得ないわね。」
となびきがうなずきながら言った。

 テレビでは、友人数人にお願いしてミュージカル仕立てにしたプロポーズをした男についてのビデオが流れていた。
 男が主役でプロポーズしたい彼女との出会いからをミュージカルにして、彼女の前で演じ、最後に指輪を彼女に差出し、プロポーズするという内容だった。

「なんで、乱馬がそこで出てくるのよ?!そういうことじゃなくて、あんなプロポーズする人、私だったら絶対恥ずかしくてお断りよ!」

「じゃあ、あかねはどんなプロポーズいいの?」
 なびきは訊きながら、メモ帳を取り出す。

「そうねー。」
と言ってあかねは両ひじをこたつにつけ、両手でほっぺを支え考え込んだ。
 頭の中には乱馬が浮かび、ぶんぶんと首を振って消す。

「“一生、君の作る味噌汁を食べたい。” とか、言われて見たいかな。」
と、あかねがうっとり言う。

「それこそ有り得ないでしょ!誰があんたの作った味噌汁なんか食べたがるのよ!」
となびきが手をひらひらさせて言う。

「ひっどーい!お姉ちゃん。じゃあお姉ちゃんはどんなプロポーズがいいの?」

「そうね、 “一生、君に貢がせてください。” かな。」

 それこそ有り得ないでしょ、とあかねは思ったが、口にはしなかった。




 テレビの中でも、司会者とゲストの女性アイドルがプロポーズについて話していた。司会者がアイドルの女の子に同じ質問をしていた。
「私は、シンプルなのがいいな。 “あなたを一生大切にします” みたいな。」
 あかねたちと同年代のかわいいアイドルは言った。

「それ、いいじゃない。私も一生大切にされたいな。」とあかねがうっとり言った。

「今も乱馬君に大切にされているじゃない?」と、なびき。

「だから、どうして乱馬が出てくるのよ! もう!私、先にお風呂はいるからね!」

“はー・・・。いいな、プロポーズ。私もいつかプロポーズされるのかな…”
 あかねは将来を夢見て、お風呂場に向かった。
 脱衣所であかねがトレーナーを脱いだ途端に乱馬が飛び込んできた。そして、扉を開けられないように手で押さえ震えていたが、後ろに殺気を感じ振り向いた。

「乱馬!何、入ってきてるのよ!」
 両手で胸を押さえながらあかねが怒鳴った。

 乱馬はあかねの姿を見て、顔を赤らめて言った。
「し、仕方ないだろ、ね、猫が来てるんだから。お、おまえも早く服着ろ、見たくねー。」
 と、あかねから視線をはずす。

 あかねの頭にまたあの公式が浮かんだ。

 見たくない=好きでない

「ごめんね、つまんない体で。もうあんたには一生見せないから。もう私のこと本当に大切にしてくれる人にしか見せない!
乱馬の馬鹿!」
あかねは脱いだトレーナーをまた着て、洗濯かごで乱馬をぶん殴り、震える声で叫んだ。

“一生?一生ってなんだよ。” 
 乱馬は 『一生見せない』の言葉に動揺したが、出てきた言葉は、
「いってーな。そんな凶暴女誰も大切になんかできるか!」
 だった。心の中では『俺以外に』と続いたが声にはならない。

「一生、かけて探すわ!私だけを大切にしてくれる人!乱馬も胸の大きい子を探せばいいわ!」
 扉をぴっしゃっと閉めて、あかねは脱衣所を出て行った。幸い猫はもういなかった。



“あかねの馬鹿。一生見せないってどういうことでい?人の気も知らねーで……。俺以上に誰がおめーを大切にできるんだよ。…”
 乱馬はため息をついた。



「乱馬の馬鹿馬鹿馬鹿!」部屋に戻った途端に涙があふれてきた。
“乱馬は私のことはなんとも思ってない…。なんでこんなに涙がとまらないなんだろう?私の片思いだったんだ…。”

 あかねはしばらくうずくまって泣いていた。が、だんだん乱馬に対して怒りがこみ上げてきた。
“絶対、乱馬よりいい人見つけてやる!やさしくて、私のことを大切にしてくれる人。乱馬より強くて私のこといつも守ってくれる人。私って結構危険な目に会ってるのよね。何度もさらわれているし。パンスト太郎でしょ、ハーブの手下に担がれて運ばれて捨てられたときもあったわよね。そうそう、中国に連れてかれたときもあったっけ。パスポートもなしで、有り得ないわよね。でも、いつも乱馬が助けて…。そう、いつも乱馬が助けに来てくれて、私が怪我がないようにいつもいつも守ってくれて…・。” 
 また、涙が溢れ出してきた。

“どうして、どうして、私のこと好きでもないのに、いつも守ってくれるの?私が許婚だから?お父さんがこわいから?一緒に住んでてもう家族みたいだから?妹みたいに思っているのかな・・・・。”

 あかねはぐちぐちといろいろ考えていたが、結局、『自分は乱馬のことが好き”にたどりついてしまう。そして、胸が大きくなれば振り向いてもらえるかも、胸を大きくする努力をしよう!』という結論に達した。

 次の朝からあかねは乱馬とは口を聞かなかった。乱馬も、あかねが勝手に怒っていて自分が悪いとは全く思っていない。そのうち仲直りできるだろうと、思っていた。家族もよくあるけんかだと思い、気にもとめてないようだった。
 でも、この冷戦状態が一週間も続くとさすがに乱馬も家族も気にし始めてきた。

 その間のあかねはまず、本屋に行って、豊胸の特集の載っている雑誌を見つけ、体操を実践。
“本当にこの体操、効果があるのかしら?豊胸手術ってあるけど、さすがに体にメスを入れるのは嫌よね。この豊胸エステっていうのに行ってみようかな。でも、何!この値段! はー・・・・、まずはバイトかな。”
 雑誌の特集を見ながらため息をついた。


 あかねはまず、ファストフード店で働いたが、一日でクビ。お持ち帰りのハンバーガーやポテトを上手く袋に入れられなくて袋を破りまくってしまったのだ。
 次のバイト先はコンビニ。でもそこでも1日でクビ。お弁当を温めるレンジを爆発させてしまったのだ。気を利かせて缶コーヒーをもっと温かくしようとしたのだ。
 でも次のバイトでは『一日でクビ』ではなかった。宅配の仕事だ。荷物の仕分けやトラックに積み込む仕事だ。あかねは力には自信があり、重い荷物もらくらく持ち上げることができたので、天職だった。時給もよかった。宅配会社のトレードマークは猫だったので乱馬も近づかないだろうと思った。週に三日そこで働くことになった。


 乱馬はあかねと口もきかず、帰りも一緒でない日が続くとだんだん心配になってきていた。
“あかねの奴いつまで怒っているんだ?俺、そんな怒らせるようなこと言ったか?”

 あかねはバイトのことはゆかとさゆりにしか話してなかった。お金の欲しい理由が理由だけに家族には知られたくなかった。だからゆかにお願いして、週三日バイトの日はゆかの家で勉強していることにしてもらっている。その日もゆかと勉強するからと、ゆかと一緒に帰るが途中からバイト先に向かった。

 乱馬はその日こっそりあかねのあとをつけた。なんとか話ができないかとゆかの家からの帰り道を待ち伏せしようと思ったのだ。だが、ゆかの家にいくはずが、あかねはゆかに手を振って、「バイバイ、また明日ね。」と言っている。
“あかねの奴、どこに行くんだ?”
 と乱馬は不審に思いながら、あとをつけると、あかねは宅配の会社の倉庫のようなところに入っていった。

「あかねちゃん、待ってたよ!」
「あかねちゃん、今日もかわいいね!」
 と男たちが声をかける中、あかねは笑顔で答え、宅配便の制服に着替えるために更衣室に入っていった。
 あかねは容姿もかわいいし、性格も悪くないから、たちまちおじさん、お兄さんたちのアイドルになっていたのだ。


“あかねのやろー、自分のこと大切にする人を探すっていってたけど、そーいうことか。手っ取り早く男ばっかのとこにもぐりこんだってことか。ちやほやされて、いい気になりやがって。連れ戻してやる!”
 乱馬が倉庫の方に向かおうとしたとき、
「乱馬ー。こんなとこで会えるなんて!私とデートするね。」
 と、シャンプーに見つかってしまい、また追いかけごっこがはじまってしまった。

 乱馬はシャンプーをなんとか振り切り家に帰ったときはもう夕食は終わっていた。かすみにあかねの居場所を聞き、自分の部屋にいると聞くと部屋に直行した。

「あかね、入るぞ!」乱馬は返事も聞かずに入っていった。

「ら、乱馬!何よ!勝手に入らないでよ!!」
 あかねはダンベルを使って豊満体操を一生懸命していたところだった。

 乱馬はあかねをにらみつけた。とてもこわい顔で真剣だったので、あかねはダンベルを投げようとしたがひるんでしまった。

「な、何よ?」

「おめーのこと大切にしてくれる奴は見つかったか?」

「・・・・・見つかったわよ。」あかねはうつむいて答えた。

“え?!”
 乱馬の心が一瞬にして重くなった。

「誰だよ?!言えよ!」
 乱馬はあかねの腕を強く掴んだ。  
「い、痛いよ。乱馬。」

「ご、ごめん・・・・。誰だよ、宅配の奴か?」     
「な…“なんでバイトのこと知ってるのよ?”」

「いいから!宅配の奴なのか?」            
「違うわよ。」

「俺の知っている奴か?良牙か?」            
「良牙君にはあかりちゃんがいるでしょ!」
 
「九能先輩か?」                   
「有り得ない!」
 
“そ、そうだよな。じゃあ誰なんだよ。あかねを俺より大切にできる奴って。まさか・・・・”
「・・・・東風先生?」
 声が少しうわずる。

「違うわよ。」
 あかねは、“それはあんたよ”って言えば、乱馬は、“そうだよな、やっぱり俺だよな”と言ってふんぞり返って威張るに違いないと思った。
 でも、言わないとこの場は収まらない、乱馬の真剣な目をみたら、ごまかしは効かないと思った。あかねはどうしようかと乱馬から顔をそらすと、机の上に手鏡が見えた。あかねがその手鏡をひったくると乱馬に見せた。

「私のことを大切にしてくれる人はこの人よ!」

 乱馬は意味がわからず自分が映っている鏡をみた。そうして、不思議そうにしている自分の顔を見て、「お、俺?」と、つぶやくと、あかねが唸るような声で話し始めた。

「そいつは私のことなんとも思ってないし、ひどい事ばかり言うのに、私のことをいつも絶対守ってくれるの。私のことすごっく大切にしてくれてるの。でも、そいつは・・・胸の大きい人が好きで、私の片思いよ。だから、私、ちょっとでも胸を大きくしようと、バイトしてお金を貯めて・・・・・。」

 後から後から本音が出てしまい、はずかしさからか涙も出て、ふんぞり返っているだろう思った乱馬を見ることもできなかった。
 でも、乱馬はふんぞり返ってはいなかった。ふんぞり返るどころか、うずくまって、腕を目にあてて、泣いているようだった。
"俺だったんだ、よかった。やっぱり、俺だよな。俺しかいねーよな。”
 と、ほっとして、泣けてきたのだった。

「乱馬?」
 あかねが驚いて口を開く。
「乱馬、泣いてるの?」

「泣いてねーよ。おまえが馬鹿すぎて呆れてんだよ。誰が俺がでかい胸が好きって言ったんだよ?」

「だって、乱馬いつも私の胸、見たくないって言うじゃない!小さいからでしょ?!」

「おめー、俺、男だぞ。そんなの見てたら、お、おめーのこと、お、襲っちまうかもしれないんだぞ。」

「!!?  あ、あんたにそんな度胸あるわけないでしょ!」

「おまえ、そんなこと言ってたら、本当に襲うぞ!」

「えー、いいわよ。あんたにそんな度胸あるわけないから。」

 乱馬はあかねに近づいて、肩に手をおく。

「目、閉じろよ」 あかねは目をぎゅうと閉じた。。

 でも、乱馬はここで噴出した。
「前にもこういうことあったよな?」

 あかねも思い出した。女になった乱馬が三千院にキスをされて、いじけてたときだ。

“あのときの乱馬は、こういうことは本当に好きな相手とするもので・・・・。俺はおめーが嫌でなければかまわない・・・って言っていた。そうだった、あのときも乱馬はわたしのことを大切に扱ってくれてたんだ。スケート対決では”あかねは俺の許婚だ”って言ってくれたんだった。”

 あかねは乱馬をやさしい眼差しで見つめた。

「あのときも、今も俺の気持ちは変わってねー。今回はあかねも か、かまわないだろ?」
と、乱馬の顔が近づいてきた。

“こういうことは本当に好きな相手とするもの。” 
 あかねは目を閉じた。が、両手で乱馬を制した。

「あー、ちょっと待って! 確かあのときは・・・。」

「な゛! なんだよ?」

 あかねは人差し指を口にあてて、静かにと乱馬に目で伝え、もう片方の手でドアを指差す。

 乱馬はさっと、ドアの横に行き、ドアを開けた。
 すると、早雲、なびき、パンダ、かすみまでが倒れこんできた。

「有り得ねー!おめーら、毎回毎回!」

「本当に有り得ないわよね。うちの家族って。」 
 あかねが噴出した。

「あんたたちの方が有り得ないでしょ。好き合っているのにいつもけんかばっかりで。」
となびき。

「そうだよ、お父さんたちはおまえたちがけんかの仲直りをしたか心配で、心配で。」
と早雲。

「パフォ、パフォ。
 とパンダ。

「乱馬君、ご飯まだでしょ?」
とかすみ。

「もう!みんなもう出てって!」
と、あかね。

 全員がぞろぞろと出て行ったが、最後に出て行こうとした乱馬が振り向いて言った。

「バイトやめろよ! 前にも言ったろ、今のままのあかねがいいって・・・。」
 それだけ言うと、耳まで真っ赤にして部屋を出て行った。

 あかねは頬がゆるむのを感じた。幸せな気持ちでいっぱいだった。
 乱馬がここにきてからいろんな有り得ない事が起こった。でも乱馬と一緒なら、どんな有り得ない事が起きても大丈夫と思った。






一之瀬的戯言
 こんな風景も、乱馬とあかねなら有り得るかも…と私は思ったのでありました。





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