◇サンタクロースの花火 後編
Maiさま作


去年のクリスマスは比較的稼げたと思う。
しかし今年はどうしたことか、空き巣家業も不景気の波にのまれているようだ。
さっきから手頃なマンションのポストを覗いてみても、軒並みポストは空っぽである。
さらに、マンションの窓にはすべて明かりが灯っており、驚くほど一家団らんの空気が漂っている。
もうだめだ、今年はこのマンションで終わりにしようと、望みをかけてやってきたが、悲しいことにこのマンションも全室明かりが灯っている。
肩をがっくりと落としながらも、とりあえずポストだけでも見ておこうと、そのマンションの入り口へと足を向けた。
マンション一棟分の部屋のポストが、入り口に集まり、げた箱のような形で並んでいる。
やはりどの部屋もポストは空っぽだ……と思っていたが、一部屋だけ、ポストに夕刊がささったままになっていた。一瞬で目がそのポストに向く。
奇跡だった。
夕刊がささったままということは、少なくとも夕方あたりからこの部屋の住人は入り口を通っていない事になる。そして、今日は平日。つまり、この部屋に今いるのは、大人ではなく、子供である可能性が高い。
これなら、少し手こずるかもしれないが、それほど大きな問題ではない。
男の目が光り、部屋の番号を確認した。014号室。
今夜の標的はここだ。

「ねえ、八宝斉のおじいちゃんどこ行ったのかしら」
クリスマス・イブの夜、とりあえず居候として天道家に居座る老人の不在に気づいたあかねが、隣に座る乱馬に声をかけた。
しかし、乱馬はそれに答えない。不審に思うあかねが彼の方を見ると、乱馬は首をうなだれて眠りこけていた。
クリスマスドラマスペシャルと題して、今秋に人気を博したドラマの長尺版を二人で見ていたのだが、それが退屈だったのかもしれない。やはり、乱馬にはラブストーリーは向かないのだろうか。
しかし、いくら退屈だからといって、そこまで気持ちよさそうに眠らなくてもいいのではないか。そう思いながら、あかねは乱馬の寝顔を覗き見た。
広間に二人で隣り合って座り、のんびりとイブを過ごす乱馬とあかね。それを許すはずがない連中がいるのは確かだが、予想外にもそれぞれに相手ができたのか、相手の存在が噂されない小太刀が塀の外を駆け抜けていった以外は、乱馬が完全に夢うつつの状態になるほど、去年に比べて今年のイブは静かだった。
ま、いいか…ドラマが終わってからでも時間はあるんだし、あとでゆっくりと二人きりの時間を過ごそう。
そう思うあかねの肩に、バランスを崩した乱馬の肩がもたれかかってきた。
思わず顔を赤くして彼の方を振り向いた。
目と鼻の先に乱馬の顔があった。彼はあまりにも気持ちよさそうな寝顔を浮かべていた。
そんな彼の表情に、あかねもほほえみを浮かべ、自分も体重を彼にあずけ、首を傾ける乱馬と肩を寄せ合った。
この時点で、八宝斉はどこに?という言葉は、すでに彼女の中から消え去っていた。

「げへへへへ、酒じゃ、もっと酒を持ってこーい」
太郎と花子の兄妹が住むマンションの"014号室"では、"サンタさん"が箸で皿回しを二人に披露しながら酒を要求していた。
数ヶ月ぶりの再会だったが、サンタさんは自分たちのことをちゃんと覚えていてくれたようだ。
ベランダの手すりにトリモチを塗るという古典的な方法だったが、今年もサンタさんを捕まえることができた。
そして、サンタさんは今年も自分たちと一緒になって遊んでくれている。
やっぱりサンタさんはとても楽しい人だ。いま見せてくれている皿回しをはじめ、サンタさんの芸は去年とほとんど同じ芸だが、その面白さはちっとも変わっていない。
だが、去年と違って、太郎には気がかりなことが一つだけあった。
それは、ベランダの仕掛けにサンタさんがかかった時のことなのだが、サンタさんが肩に提げていた袋は、去年に比べてかなりしぼんでいた。
それはつまり、中身が詰まっていないことを意味することになる。太郎はそれに気づき、もしかしたら、サンタさんは今年はプレゼントをくれないのではないか、そう思っていた。
「ねえ、サンタさん」
おもむろに太郎は切り出した。
「今年はどうしてそんなに袋が小さいのですか?」
さりげなく聞いたつもりだったが、まだ小学の低学年である太郎にそんな器用なことができるわけでもなく、いきなり本題を質問してしまった。
サンタさんは、特にその質問に大きな反応を見せるでもなく、力なげにがっくりと肩を落とした。
テレビで今年は景気が悪いと言っていたが、やはりサンタさんもその不景気で苦しんでいるのだろうか。

やっと目的の階に着いた。六階に上がっただけで予想外に体力を奪われてしまった。
息を整えながら、目当ての014号室を探す。
階段に向かって手前から数字が増えていっている。ということは、014号室は一番突き当たりとのようだ。
ふところから空き巣の七つ道具のピッキングキットを取り出し、侵入が迅速に進むように備える。
このクリスマス最初で最後の標的に向かって、はやる気持ちを抑えながら男は歩き出した。

「すまんのう、今年は去年のようにプレゼントを用意できんかったんじゃ、許してくれ」
八宝斉は、あくまで自分はサンタなんだと言い聞かせ、可能な限りサンタを演じきってみせるとばかりに芝居を続けた。
子供たちはがっかりした表情を見せたが、太郎という少年はすぐに、あの純情な笑顔を取り戻した。
「しょうがないよ、花子、サンタさんも大変なんだから」
太郎は妹の花子という幼女に話した。
「今年もサンタさんが来てくれて、また僕たちと遊んでくれたんだから、それがプレゼントなんだよ」
どうやらこの太郎少年、見た目とは裏腹に、しっかり者のようだ。
確か小学二年生と聞いたが、今どきの小学生はこれほどまでにできた精神をもっているのだろうか。あかねちゃん以外の事にはまったくもって自分勝手な乱馬とは大違いだ。
もしかしたら、この少年は、自分がサンタでないことを知っているのではと、八宝斉は思った。
これは早めに切り上げて、この場を去るのがいいのかもしれない。
「のう、お主ら、ワシはもう帰る事にするぞ」
いきなり切り出したのがまずかったのか、これ見よがしに花子が悲しそうな顔になった。
「来年こそはプレゼントを持ってきてやる、約束じゃ」
そう言うと、八宝斉は急ぐようにベランダから外へと飛び出した。
地面に着地するまでの間、自分の中で何かが狂い始めているような感覚に襲われた。
自発的に自分がサンタを演じようとしたことがそれだ。なぜ自分がそうしようと思ったのか。
子供の夢を壊してはいけないから……
考えるだけでもおぞましい考えが自分の中に生まれつつあるのは確かだったが、八宝斉のプライドがそれを認識するのを邪魔していた。

サンタさんがベランダから出て行ったのと同じ時に、玄関のドアが開く音が聞こえた。
父さんか母さんが帰ってきたと思ったが、それを期待する太郎と花子の前に現れたのは、二人が見たこともない男だった。しかもその男は自分たちを見るなり勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべた。
「めりー、くりすまーす」
男が低い声でそうつぶやきながら、身に付けたジャンパーの懐からロープを取り出した。
と、いきなり男が自分たちを脅かそうとして大きな声を出した。
「ガオーー!!」
見たこともない男の突然の咆哮に、怯えきった花子が鳴き声混じりに男の声よりも大きな悲鳴をあげた。

地面に着地するのと同じタイミングで、開けたままにされた窓から花子の悲鳴が聞こえてきた。
八宝斉は思わす声のした方を振り向く。
気がつけば、再び太郎と花子がいた部屋のベランダに飛び上がっていた。
手すりにはまだトリモチが塗られているので、直接ベランダに降り立った。
八宝斉の目に飛び込んできたのは、手にロープを持って今にも二人に襲いかかろうとしている男の姿だった。
花子の目には涙が浮かんでいる。
太郎は必死に花子を守ろうとしている。
"なぜか"八宝斉の右手は、自分の必殺武器を、しかもかなり大きいサイズのものを掴んでいた。

「おい」
やけに年をとったような声が背後から聞こえた。
この部屋にはこの二人しかいなかったはずだ。ジジイなんかいるわけがない。
空耳だと男は思い、手にしたロープを威嚇代わりにとばかりに、バシッと音を立てて引っ張った。
「聞こえんのか、お主は」
さっきと同じ声が聞こえた。空耳ではなかったのか。
男は不機嫌そうな顔で声のした方を振り向いた。
突然足元に強い衝撃を感じた。続いて手に何かを持たされたかと思うと、目の前の光景がマンションの一室から、満点の星空へと変わっていた。
自分がいたマンションの窓から放り出されたという事実を男が認識するのと、自分が手に掴まされたのが、バスケットボールほどの大きさの特大花火であるのを男が認識するのは、ほぼ同時だった。しかも、その花火の導火線にはすでに火が点いており、男が地面に落下する前に、導火線がすべてなくなり、中の火薬へと熱が伝わった。

その瞬間を目撃した人は少なくなかった。
隅田川花火大会のトリにでも打ち上げられるような巨大な花火が、クリスマスの夜を彩った。
のちの報道で、これは「サンタクロースの花火」と呼ばれることになる。

帰ってしまったと思っていたサンタさんが、ドロボウをやっつけてくれた。
太郎も花子も、震えながらもそれをしっかりと認識していた。
「あ、あの…サンタさん……?」
太郎はおずおずとサンタさんに話しかけた。サンタさんは、自分たちに向かって仁王立ちしている。しかもその表情は険しい。
まるで、自分がするべきではない、自分がしてはいけない事をしてしまったような、そんな表情だった。
「助けてくれて、ありがとう、ございます……」
「……」
「サンタさん、ありがとう……」
太郎と花子がそれぞれ感謝の気持ちを口にしたが、サンタさんは何も言わない。
「……お主ら……」
ようやくサンタさんが口を開いた。
「今宵の出来事、誰にも言うでないぞ」
「えっ……」
言葉の意味を聞こうとした太郎と花子だったが、それより早くサンタさんは部屋を出て行ってしまった。
太郎も花子もベランダに飛び出し、サンタさんを探したが、その姿を見つけることはできなかった。


「あれ、おじいちゃん、どこ行ってたの?」
あかねの言葉に、乱馬もつられて庭の方へ視線を向けた。
意外な光景に、乱馬もあかねも目を疑った。あの妖怪がこういう時間帯に帰ってくる場合、盗んだ下着が詰まった風呂敷を肩に乗せて、勝利の高笑いとともに自分の部屋へと駆けていくのだが、今夜に限って、八宝斉は手ぶらだった。たまに、下着集めがうまくいかず、しょげた表情で帰ってくることもあるが、そういう場合でも、八宝斉は顔にドロボウマスクをしているのだ。しかし、二人の目の前を歩く八宝斉の顔は、それすら着けていなかった。
しかも、あかねの呼びかけに振り向きもしない。これもまたありえない事だった。いつもなら、「あっかねちゅわあぁーん!」と、あかねの胸に飛びついてくるはずだし、乱馬もあかねもそれに備えて体勢を整えていたのだが、八宝斉は無言で庭を横切ると、自分の部屋へと姿を消した。
二人は警戒態勢を解き、不思議そうに互いの顔を見合わせた。
「どうしちゃったのかしら……?」
「俺に聞くなよ……」
「なんだか元気がないみたいだったけど……」
謎めいた八宝斉の様子に、乱馬もあかねも明確な解答を見つけることができない。
ふとテレビに視線を戻すと、番組と番組との合間に流れる短いニュースが流れていた。
『……ここ数年のクリスマスに犯行を重ねていた窃盗犯が、都内の路上で倒れているところを逮捕されました。この犯人は今夜も犯行に及んでいたらしく、犯人が倒れていた場所の近くに建つマンションの部屋に押し入り、中にいた二人の子供を拘束しようとしたところを、何者かが追い払ったということです。
この逮捕について、犯人が追い払われた部屋の子供は、
「サンタさんが悪い泥棒をやっつけてくれた」
と話しており、警察でもその証言の信憑性などを検討中だということです』

それは、邪神が変貌した夜の物語――







※Based on the story in Comics No.14 Part. 11「サンタクロースの弟子」

作者さまより

あとがき・なぜに今時分にサンタさんの話が……?と思われる方が多いと思います。筆者自身年末に完成させようと思っていたのですが、バイトやら大学の課題やらでなかなか制作に集中できない内に年も明け、気がつけばかなりの時間が経っていました……
とりあえず風薫シリーズの世界ではありますが、お読みになっても分かりますが乱あ度は皆無に等しいです。なにせ主役が主役なので……
かなり異色なメルヘンではありましたが、お読みくださった方ありがとうございました。


やるじゃないっ!八宝斎のおじいちゃん!
こういう作品もまた、奥が深くて読ませていただくのが楽しいです。
勿論、乱あ派バリバリ驀進の管理人ではありますが、それにこだわらなくても勿論OKです。
珠玉作品、童話もお待ちしています。
(だけど、乱あの仲を引き裂く結論の作品は、どうか、ご遠慮くださいませ・・・ぺこり!)
(一之瀬けいこ)



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