◇サンタクロースの花火 前編
Maiさま作


邪神が変貌した夜の物語――


「ねえ、お兄ちゃん、お父さんとお母さんは、今年のクリスマスも夜遅いのかなあ……」
「うん……でも、大丈夫だよ。きっと早く帰ってきてくれるよ」
「今年もサンタさん、くるかなあ……」
「お父さんのパンツ、ベランダに出しておこうか。去年はサンタさん喜んでくれてたし」
「それよりも、去年みたいに、お母さんのストッキング出しておこうよ」
「そうだね」

都内に林立する高層マンション群の一つに、太郎と花子の兄妹が住む部屋がある。
小学二年生の兄太郎と、来年幼稚園を卒園する妹花子は、クリスマスの夕方、両親の帰りを今や遅しと待ち構えていた。
単身赴任によって二年ほど離れて暮らしていた父親が帰ってきて初めてのクリスマス。
家族水入らずの時が過ごせると、最初は両親もいろいろと予定をたてていたのだが、そういう時に限って仕事が入ってしまうのである。しかも『急を要する重要な』という名目付きで……
結局、クリスマスの団らんは絶望的となり、両親は子供たちに、なるべく早く帰るからと告げてはいたが、内心では、ごめんねと何度も謝りながら職場へと出かけていった。
そんな両親の気持ちを察してか、太郎も花子も、いつも二人で遊ぶテレビゲームそっちのけで、パーティーの飾り作りに没頭し、帰ってからの両親の負担を少しでも減らそうと奮闘していた。
いつの間にか外はすっかり暗くなっており、締め切った窓の外からは、同じマンションに住む人々の、和やかな歌声や歓声が聞こえている。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さん遅いね……」
「…うん……」
妹の一言に、太郎も急に不安げな表情になった。
なるべく早く帰るからという両親の言葉を信じたかったが、訪れが早い冬の夜が、二人の兄妹を心細くさせた。
とりわけ太郎の動揺は激しかった。父さんと母さんが帰るまで、自分が花子の面倒を見なければと気合いを入れていただけに、これだけ両親の帰りが遅くなり、それを花子に指摘されると、太郎にもどうしようもない寂しさが沸きあがってしまう。さらに、窓際に聞こえる周辺住民の楽しそうな笑い声が拍車をかけ、このまま両親が家に帰ってこないかもしれないという、ありもしない事を考えるほどだった。
しかし、太郎ももう小学二年生だ。そんな考えを紛らわすための方法も、少しは身につけている。
こんな時は、テレビを見るに限る。そろそろ犬夜叉のスペシャルが始まるころだ。
「ねえ花子、犬夜叉見よう。そろそろ始まるよ」
太郎の言葉に、花子の顔がパッと輝いた。二人は大の犬夜叉ファンなのだ。
「うんっ!」
太郎は花子の手を取り、台所をあとにした。

十一月上旬に降った雪は、それ以降に東京に舞い降りることはなかったが、十二月に入って急激に気温が低下し、クリスマス目前の二十日には、大陸から流れてきたこの年一番の寒さとも言われる寒波が冬の日本列島を直撃し、列島は凍りつくような寒さに見舞われた。
とりわけ日本海側や北日本地方の寒さは強烈で、夜間に出歩こうものなら手足の霜焼けを覚悟しておかなければならないくらいの極寒状態となっていた。
東京もまた、例年にない寒さに包まれ、都心でもコートは必需品となり、道行く人々がコートの襟をしっかりと締めて寒さを防ごうと努力する光景が目に付いた。防寒具の売れ行きもピークを見せ、中でも携帯カイロの需要は頂点を極め、より長く、より持ちやすく、より安全に暖かさを保つことができるカイロを提供しようと、各社が新商品の製造販売に躍起になっていた。
警察は恒例の歳末特別警戒態勢の調整に入り、年末年始の安全の強化への取り組みを始めていた。

「へぇーっくしょいぃ……!」
町を行き交う人々を尻目に、くしゃみをしながら住宅の屋根と屋根の間を器用に飛び、目当てのものを探す一人の小柄な老人の姿があった。
いや、小柄という言葉では済まされないかもしれない。その体系と形は、巷にあふれるギャグマンガにでも登場するかのような小さな体で、二頭身そのものである。
その老人――八宝斉の下着収集は、厳寒極まりない真冬でも行われている。そうでもしなければ、自分の生きがいがなくなってしまうような気がしてならないのである。
たとえ、冬であるために洗濯物が一つも軒下に下がっていないことを承知していても……
「はぁー……」
白いため息をたなびかせながら、八宝斉は近くの銭湯の煙突のてっぺんへと登った。軽やかではあるが、その足取りは重い。
今日の収穫は、見事にゼロ。これでもかとばかりに、どの家も窓を固く閉ざし、ベランダや軒下に掛かる標的は一つもない。
やはり期待した自分がバカだったのだろうか。だから冬は嫌いだ。
八宝斉の目の前には、郊外の高層マンション群が立ち並び、個々の部屋には明かりが灯っているものの、やはり期待できそうな部屋はひとつもない。
頭に巻いたドロボウマスクを取り払い、今日は帰ろうかと、八宝斉は体を天道道場のある方へと向けた。
だがその直後、その小さな体を敏感に反応させ、つい今しがた見ていた高層マンション群の中の一棟に視線を向けた。
数百メートル先にあるにもかかわらず、その姿ははっきりと見てとれた。
間違いなく目当ての女性下着だ。紫色のパンストが、冬の寒風になびいている。
「おおぉーっ!」
八宝斉の目が輝き、途端に元気づいた。ドロボウマスクを再び頭に巻き、夜空に飛び上がるように目標めがけて走り出した。

おとといだったか、クラスの友達にこう言われた。
「僕の家は煙突がないから、サンタさんは来れないと思うでしょ?実はサンタさんは……」
その先は聞きたくなかったが、自分でも気づき始めていることだけに、聞かざるを得ない事だった。
サンタさんはお父さんとお母さん……
実際に、太郎は見ていたのだ。
おととしのクリスマスの夜、太郎はがんばって目を開けていた。サンタさんの姿を一目見るために、布団をかぶり、寝たふりを続けてサンタさんが現れるのを待っていた。
しかし、部屋の入り口に誰かが現れたのを察知した瞬間、押し寄せてきた安心感から、太郎は一瞬で眠りの世界へと入っていってしまい、ここぞという場面で、サンタさんの姿を見逃してしまったのだ。
しかし、太郎の視界に入る父の足が、彼の脳裏にはっきりと記憶されていた。
無常な現実に残念がる太郎だったが、その悔しさが、彼を強攻手段へと導いた。
去年のクリスマスの夜、太郎は妹の花子の手助けで、サンタ捕獲装置とでも言うべき仕掛けをベランダに施した。
サンタさんが来るのを見るのではなく、サンタさんをこちらで捕まえてしまえばいいんだ、そうすれば、サンタさんの正体が分かるだけでなく、サンタさんとお話ができるじゃないか。そんな純粋な逆転の発想から生まれた、ある意味で恐ろしい行動だった。
サンタさんにどんな事を聞こうか、サンタさんはどんな顔をしているんだろうと、花子と胸を高鳴らせながら、太郎はサンタの出現を待った。
二人が予想したよりも早い時間に、サンタは現れた。
プレゼントを入れるための靴下の代わりに、母のパンストをベランダに掛けておき、サンタがそれに手を触れたら軒下に仕掛けた"いろんな物"が落下してサンタの動きを封じ、そのスキにサンタを網で捕らえるという作戦だったが、あまりにも予想通りにうまくいったことで、太郎と花子は大喜びした。
しかも、自分たちがまだ寝ていないのにもかかわらず、サンタは大きな風呂敷いっぱいに、プレゼントを詰め込んでいた。
サンタさんの体は二人が考えていたよりは小さく、絵本で見たような赤い服や帽子を身につけておらず、紫色の薄い布と、まるでドロボウのような帽子をかぶっていた。
結局、二人が考えていた通りだったのは、サンタがおじいさんであることだけだった。
しかしサンタさんは、仕事が忙しいにも気にせず、太郎と花子と一緒にご飯を食べ、いろんな楽しい芸を見せて遊んでくれた。その最中、サンタさんに会えたら言いたかった事――サンタさんの弟子になりたいという願いを伝えた。するとサンタは、プレゼントに書かれた場所に来れば弟子にしてやると言って、プレゼントのパンツを手渡すと、北の国へと帰っていった。
そして、今年の夏、夏休みを利用して、プレゼントに書かれた住所を探して花子と二人で冒険に出かけた。
そしてついに、サンタさんの居場所を突き止めたのだ!
サンタさんにも再会した。サンタさんはどういうわけか大勢の女の人に追いかけられていたが、自分たちの姿を見ると、約束をすぐに思い出してくれて、さっそくサンタの修行が始まった。
だが、その修行は実に厳しく、それについていけない自分たちに幻滅したのか、サンタさんは病気で倒れてしまった。
床に伏せるサンタさんを見ると、自分たちも悲しくなってしまい、このままいるのはサンタさんの迷惑になると思った太郎は、せめてものお詫びとばかりに、サンタさんが大好きだというパンツを差し出して、サンタさんの家を後にした。
サンタさんと一緒に暮らすお兄さんとお姉さんに連れられて帰り道を歩いていると、サンタさんが大きな花火を見せてくれた。いい子にしてたら、また来年もプレゼントやるからな、と言って……
そんな優しいサンタさんに、今年も会いたい。
そう思う太郎は、いま花子と一緒に、犬夜叉のアニメを見ていた。

八宝斉はひとっ飛びでマンションの壁を駆け上がり、六階の目的の場所へと到達した。
自分の目に狂いはない。紫色のパンストが、自分を誘惑するかのように長い布地を揺らしている。痛みを感じるくらいの気温の中でなやましくゆらめくその姿は、年甲斐もなく八宝斉の胸を打った。
わけもなく、悲しげな空気が漂っている気がする。
「かわいそうに、ワシと一緒に来るか?」
そういって、パンストを手に取ろうと、八宝斉はベランダの手すりから離れようとした。
すると、足が凍りついたかのようにまったく動かなかった。バランスを崩し、前のめりに倒れそうになったが、足がベランダの手すりにくっついていて、ベランダの床に落下することもできない。
八宝斉の体は、表現のしようがない体勢でじたばたともがいた。

ベランダの方で音がする。
「ねえ、お兄ちゃん。ベランダで何か音がしない?」
花子にも聞こえているということは、空耳でないのは確かのようだ。
もしかしたら、今年もサンタさんが来てくれたのかもしれない。
興奮に胸を躍らせながら、太郎は花子の手を引き、ベランダのカーテンを引き空けた。

「ん?」
ベランダで体勢を整えようとする八宝斉は、急に目の前が明るくなったのに気づき、窓の方へ視線を向けた。
窓のカーテンが開かれており、そのすき間から小さな男の子と女の子がおそるおそる顔を覗かせていた。
どこか見覚えのある顔だが、詳しいことが脳裏によみがえってこない。
とにかくこの二人に助けを求めようと、八宝斉は声を上げた。
「おい、そこの二人、ワシを助けてくれ。足がくっついてしもうてとれないんじゃ」
すると、少年が窓を開け、ベランダでじたばたする八宝斉に歩み寄った。
「サンタさん?」
「な、なんじゃ?」
「やっぱり、サンタさんだ」
少年が何を言ってるのかまったく分からなかった。確かに今日はクリスマスで、天道家では乱馬のやつとあかねちゃんがいちゃいちゃしているのだろうが、自分がサンタなどと呼ばれるいわれがあるはずもない。
少年少女の勘違いかと思った八宝斉だったが、これと似たようなことがあったような気がした。
「おいで、花子。サンタさんだよ」
少年の呼びかけに、幼女もゆっくりとベランダへと現れた。自分の顔を見るなり、にっこりと微笑んだ。
「こんばんは、サンタさん」
幼女の微笑みで、八宝斉はすべてを思い出した。
自分に向けられる純粋な笑顔。
あの時の二人だった。
約五ヶ月ぶりの再会だった。




つづく


※Based on the story in Comics No.14 Part.11「サンタクロースの弟子」

作者さまより

今回のこのお話、自分が過去に創った作品の傾向からして、乱あはおそらく皆無の状態になると思います。二人を登場させると逆にやっかいになりそうですし……(汗)
さて、この話が展開する時分は言うまでもなくクリスマスですが、話のテーマはサンタさんということになってます。かなりベタな中身ですが、なんとか完結させますので、どうぞお付き合いくださいませ。



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