◆空飛ぶ魚と灰になったほうき星
マルボロシガーさま作


「よってらっしゃいみてらっしゃい
 どうぞどうぞさあどうぞ
 いつぞやいろいろこのたびはまた
 まあまあひとつまあひとつ
 なにぶんよろしくみてらっしゃい
 なにのほうはいづれなにしてそのせつゆっくりさあどうぞ」

町をあげての祭りににぎわう中でひときわ威勢のいい名物おじさんのかけ声が響き、道行く人々にどっと笑いが溢れた。
風船を小さな手に抱えるように持った子ども。頭をぺんぺん叩かれながらその子を肩車する父親。木陰のベンチに座って寄り添いながら語り合う老夫婦。見せ物や歌を披露するグループ。ボランティア作業に追われ忙しく駆け回る主婦。じゃれあいふざけあうカップル。
通りはさながら人間万華鏡の様相を呈しているが、みな一様に表情は明るく活気に満ち満ちている。

「えー、ただいまより早食い競争を開始いたしまーす。出場エントリーされている方はお集まりください」
「どうかみなさん、恵まれない人に愛の募金をお願いしまあす。ああ、ありがとうございます、ありがとうございます」
「・・・かくして我々は断固として憲法改正に反対し、政府の愚策には決して屈しない覚悟である」

そして、かのお二人もこの中を歩いていた。
いつものごとく、行くだの行かないだのすったもんだがあったあげく、あかねが乱馬を引っ張ってきた。
「はあ〜。俺、なんだか眠くなってきちまったよ」
「何言ってんのよ。お昼まで寝てたくせに」
「腹も減った・・・」
「もう、しょうがないわね」
大のお祭り好きのあかねににしてみればこのわいわいとした雰囲気に溶け込むだけでも楽しいものなのだが、乱馬はどうも退屈らしい。
「・・・ん、いい匂いがどっかから・・・」
乱馬が鼻をくんくんさせて言った。
見ると、いちょうの木のそばに屋台が出ていて、白い湯気が風に揺られながら立ち昇っていた。
「あかね! メシ食っていこうぜ、な?」
「あんたねえ・・・・・・まあいいわ、あたしも食べたくなっちゃった」
「よしよし、そうこなくっちゃ! そうだと思ったぜ。さすが寸胴おん・・・」
乱馬の顔にもはやお約束の衝撃が走った。

「すいませーん、チャーハン二つー」
乱馬が注文すると、即席カウンターの向こうに立っていた少女の耳がぴくっとはねた。
「あいやー、乱馬。会いに来てくれたあるか?」
「でえっ、シャンプー?」
すかさずシャンプーが乱馬に抱きついた。当然、あかねは面白くない。
「ちょっと! 何やってんのよ!」
怒鳴りつけるあかねをシャンプーが鼻であしらった。
「ふふん、今からあかねなんかにはできっこないおいしいおいしいチャーハンを乱馬のために作るね。お前は指くわえて見てるよろし!」
「なんですって〜」

「乱ちゃーん」
すると今度は、右京がいつものようにヘラをかついでやってきた。
さっきまで使っていたのか、そのヘラにはお好み焼きの具やらソースやらが残っていた。
「う、うっちゃん・・・」
「水くさいわあ、乱ちゃん。うちにゆーてくれればいつでも好きなだけご馳走したるのに」
「何しに来た! 乱馬は私のチャーハンを頼んだね!」
「やかましい! そんなんたまたまや、たまたま!」
バカバカしい言い合いにウンザリしたあかねが叫んだ。
「やめなさいよ、もう!」
右京がすぐに言い返す。
「なんや、乱ちゃんを独り占めにしようったってそうはいかんであかねちゃん!」
「そんなこと言ってないでしょ!」
女の戦いに気圧されながら乱馬が一人つぶやいた。
「あの・・・もう誰でもいいからなんかちょうだい・・・」

「ほーっほっほっほっ」
聞き覚えのある声。乱馬は悪寒がした。
このままこの場にいたのではどうなるかは火を見るより明らかだ。
「走るぞ! あかねっ!」
乱馬はあかねの手を引いてあっという間に逃げ出した。
青空からひらひらと舞い降りる黒バラが残る二人の視界を塞いでいた。
「乱馬? どこに行ったね!」
「あかん、うまくまかれてしもうた」
そのころになって、ようやく小太刀が地上に降り立った。
「乱馬さま、そのような女どもの料理よりも私がご用意いたしましたこの最高級クリームブリュレをお召し上がり下さいな・・・」
が、受け取ってくれるはずの相手がいない。
「小太刀! お前なら乱ちゃんたちが走っていくのが見えたやろ?」
「何を言うのです! いったい乱馬さまをどこに隠したのですか? 早くお出しなさい!」
「そっちこそ何言うね! 悪いのはお前ある!」
こうなればもう、乱馬を取り逃がしたフラストレーションをそれぞれに当り散らすしかなかった。

「はあ、はあ、はあ」
息も絶え絶え二人は暴風域から脱出した。
「なんであんたのためにこんなに走んなきゃなんないのよっ!」
「しょーがねーだろ。ほっといたら何されるかわかったもんじゃねえし」
「だからってねえ・・・」
「なんだよ」
あかねがぷいっと乱馬に背を向けて歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ」
乱馬が後ろについた。
「帰る。走って汗かいちゃったし」
「ふーん、じゃあ俺もそうするかな」
「お風呂はあたしが先よ」
「わかった、わかったよ」

遠くのほうから子どもたちの、わっしょいわっしょいという声がかすかに聞こえ、それがだんだんと大きくなった。
「おらーはてーんかーのますらーおだー、わっしょいわっしょいわっしょい
 いまーにりっぱなますらーおだー、わっしょいわっしょいわっしょい
 とーちゃんかーちゃんまってーろよー、わっしょいわっしょいわっしょい」
二人をお神輿が追い抜いていく。
あかねが目を輝かせて言った。
「あたし、お神輿に乗ったことあるよ」
「へえ」
「乱馬は?」
「ねえな。担いだこともない」
「そう。でもああいうのっていいよね」
「そうだな。元気があって」
「うん」
空はだんだん赤みを帯び、もくもくとした手を伸ばせば届きそうな雲の隙間から夕暮れ時の陽光がいっぱいに放たれていた。



シャワーを浴びた乱馬が浴室から出てくると、あかねは縁側で夕涼みをしていた。
「寒くねえか?」
「あ、乱馬。こっちにおいでよ、気持ちいいよ」
仕方なしに、という顔をしながら乱馬はあかねの隣でごろんと横になった。
風呂上がりの火照った体に夜風がひんやりと当たった。
ぼーっとのぼせ上がった頭さえも一瞬できゅっと冴えるように乱馬は感じた。
「・・・・・」
しばらくお互い黙ったままだった。
気まずいわけではない。こうしていることが心地良かったからだ。
乱馬とあかねのそばをパンダ姿の玄馬や金策に励むなびきが通り過ぎていった。
(のんびりして気持ちいい・・・。それに、なんだか安心する・・・)
風が雲を押し流し、青白い月がおぼろに現れるのをあかねは見ていた。
(乱馬がそばにいるから・・・かな・・・)
「あかね」
突然声をかけられ、あかねは思わず跳び上がりそうになった。
「な、なに?」
「どうしたんだよ、顔赤いぞ?」
「な、なんでもないわよ」
「見ろよ。あそこだけまだ空が明るいぜ」
乱馬が指差した方向にあかねが目を向けると、確かにそこだけ塗り残されたキャンバスのようだった。
「不思議ね・・・」
「きっと今ごろあそこで魚がピチピチ飛び回ってるんだぜ」
子どもっぽい乱馬の言葉にあかねは声を上げて笑った。
「笑うなっ!」
そう言いつつ、乱馬も心の中ではしまったと思っているようだった。
(ふふっ、かわいい)
訳もなくにこにこしてしまうあかねだが、それを止めようとはしなかった。
(ったく、俺としたことが・・・)
ふと乱馬があかねを見ると、目が合った。可愛らしく微笑んだ顔にうっすらと影がかかっていた。乱馬はどきっとしてすぐに目を逸らした。
(なあ、あかね・・・)
乱馬が心の中で隣に佇む少女に囁いた。
(お前とこんなにもしみじみする奴なんて・・・俺以外には世界中のどこにもいないんだぜ・・・)

西の空に星が流れた。
乱馬とあかねは目を閉じてすやすやと寝息をたてていた。
音も立てずに流れ行くそのほうき星は、世界の誰からも願いをかけられることなく燃え尽きていった。








名前が変わったからと言って何が変わるわけでもありませんが、ふんどししめて頑張ります。ギアはローからセカンドへ。


 頂きました〜改名第一号作品!!
 改名されてますますエンジン音も軽快に・・・

 子供の頃見上げた空の輝きを思い出します。御輿も一度だけ大阪の下町で担ぎました。まだ、大阪市内に市電やトロリーバスが走っていた、内風呂などなく、銭湯へ通っていた古い良き時代の思い出。
 日常の空間にふつんと広がった祭りの風景。奥行きがある作品ありがとうございました。
(一之瀬けいこ)


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