◇monologue and dialogue scene.4
マルボロシガーさま作


「お前、人間って聞いたことあるか?」
人間、にんげん、ニンゲン・・・・・
「お前のとこにも二人来ただろ?」
ああ、あのおじさんたちのことか。
「あのおひげとめがねのおじさんたちのことを人間っていうの?」
「まあ、あいつらに限ったことじゃなくて、俺の星にはああいう姿形のやつらがゴマンといる。そいつらのことを人間というんだ」
「いいなあ。それなら話相手に困らないね」
「それで、だ」
乱馬は私の言葉を無視して続けました。
「ある日、確か一年二ヶ月と四日前だったかな、人間の代表者、つまりお前が会ったあの二人が俺にこう言ったんだ。『君が月といいなずけになって私たちが月に行くときの仲介役になってくれないか?』ってね」
何がなんだかわからない私は、ただ黙ってその話を聞いていました。
「つまりこういうことだ。あいつらは今、数が増えすぎてこれ以上おれのところだけじゃ暮らしていけねえ。そこで、お前のところに目をつけた」
そう喋っているときの乱馬の声には何の感情もこもっていないように聞こえました。
でも、私にはなんとなく、乱馬があえて淡々と話しているように思えたのです。
「おれとお前をいいなずけにして、おれの口から人間が月に住みたいってことを伝えさせればお前も納得すると思ったんだろうな、あいつらは。それに、もうそのときにはおれたちのいいなずけの仲は決められてたんだ」

ああ、そうだったんだ。
だから、私なんかが彼といいなずけになれたんだ。
「乱馬は・・・・・どう思ってるの・・・?」
私はいろんな負の感情で泣きそうになるのをこらえて言いました。
「・・・これはお前が決めることだ。おれは人間たちが、これが地球全体のためだ、って言ったから引き受けたんだ。だけど・・・」
「違う!そうじゃなくて・・・」
「何だよ?」
「乱馬は、私のことどう思ってるの・・・?」
そう言ったにもかかわらず、臆病な私は、乱馬の答えを聞くのが怖いと思いました。
耳を塞いでいたほうが不幸にならずに済むかもしれないと思いました。
でも、精一杯の勇気を振り絞ってその言葉に耳を傾けました。

「あかねは・・・おれのいいなずけだよ。おれのともだちが決めたいいなずけだ」

「そう・・・・・」
すると、さっきまで目の中に溜め込んでいた涙がとめどなく流れました。
私の心の堤防が崩れ去った瞬間です。
乱馬が、こんな私に声を掛けるでもなく、ただそのまなざしを私に向けているのをかすむ視界の向こうに感じました。
何分、何十分もの間、私たちはただ黙っていました。

ねえ乱馬、どうして何も言ってくれないの?
あなたの心遣いが苦しい。
ひとこと、「人間の頼みを聞いてやってくれ」と言ってくれればどんなに楽になるだろう?

「わかったわ。この話、受けさせていただきます」
長い静寂のあと、毅然とした態度で私は言いました。
「本当にいいのか?人間が住むってのはお前にとっても大変なことなんだぞ?」
「いい」
はっきり答えた私ですが、本心は、乱馬の気持ち以外のことはどうでもいいのかもしれません。
「それと・・・ごめんなさい、今日はもう一人にして」
「・・・・・わかった」
乱馬は悲しそうな顔をして帰っていきました。
私だって、こんなお別れをしたくはありません。
だけど、これ以上乱馬に泣き顔を見られたくなかったんです。
自分の弱さを知られたくない。
嫌われたくない。
乱馬のことが、好きだから。

その日、私の体のくぼみには大きな水たまりができました。


それから少し経って、おひげのおじさんとめがねのおじさんが訪ねてきました。
私が彼らを自分の星に迎えることを認めると、二人とも本当に嬉しそうでした。
「ありがとう、礼を言うよ。あかねくん」
と、めがねのおじさんが言いました。
「きっと乱馬君が私たちの誠意を伝えてくれたんだよ」
「いや〜良かったねえ、天道君」
「いやはや、まったくだよ早乙女君」
「・・・・」
そのとき、私の心の中にはいろんなものがうずまいていました。
でも、それを表に出すべきではないと思ったのです。
「ところで、乱馬君とはうまくやってるかね?」
おひげのおじさんにそう聞かれました。
「ええ・・・はい」
「そうか。それは良かった」
「彼、とっても元気ですよ」
私がそう言うと、おじさんは眉をひそめました。
「その、乱馬君のことなんだが・・・」
「何ですか?」
「言いづらいんだが・・・当分の間、彼が君に会いにくることはないと思うんだ」
「え・・・?」
私は、突然、頭をガンッと叩かれたような思いがしました。
「というのも、乱馬君はいま眠りについているんだ。もっとも、われわれが無理を言ってそうしてもらったんだがね」
「どういうことですか?」
「うむ。君はさっき彼のことを元気だと言ったが、実は疲れているんだよ。そこで、私たちが月への移動を始めるのを機に、彼の長年の苦労をねぎらおうというわけなんだ」
私は黙ってそれらの言葉の意味を考えていました。
出した答えは、乱馬と話せないということは、乱馬に対するやるせない想いを抱いたまま暮らさないといけないということです。
そんなことはきっと耐えられないと思います。
そのとき、落胆している私に、おじさんがそっと何かを置きました。
それは今まで見たこともないものです。
「これは?」
「それはね、乱馬君の声が聞ける機械なんだ」
「乱馬の?」
「ああ。言うなれば言玉のようなようなものだな。その中に乱馬君からの伝言が入っているはずだ」
すると、おじさんはそのキカイの出っ張りを指差して言いました。
「わかる?これがスイッチだ。これを押せばいいから」
「あの、今から聞いてもいいですか?」
「もちろんだよ。それじゃあ私たちはお邪魔だから、あっちに行くよ、早乙女君」
気を利かせてくれたおじさんたちは、離れたところでおしゃべりを始めました。

乱馬の伝言・・・いったい何だろう。
私はいろいろな想像を働かせました。
しかし、それは実際にその内容を知ることに対するある種の恐怖、その裏返しだったのかもしれません。

覚悟を決め、私はそのスイッチを押しました。



つづく




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