◆冬将軍がやってきた
マルボロシガーさま作


「天気予報をお伝えします。明日も、この原因不明の寒気の影響により、全国的に寒さが続き、ところによっては吹雪となるでしょう。
防寒対策を忘れずに・・・」
「かーっ、まだ続くのかよ?この寒さ。」
と、言った乱馬は、ストーブの前で丸くなっている。どうやら、ここが彼の部屋代わりになっているらしい。
「ちょっと乱馬。ストーブ独り占めしないでくれる?でも、ほんとどうしちゃったのかしら、まだ十一月なのに・・・」
あかねが心配そうにそう言った。
一週間ほど前から、日本全土は突然、一足早い真冬の中に時間を先送りして飛ばされたような寒さになっていた。
ところが、これは日本に限ったことではなく、世界中が同じ状況に陥っていた。
ロシアやカナダなど元々寒い地域から、アフリカやアマゾンの年がら年中蒸し風呂のようなところまで、全て、である。
気象学者たちは、異常気象がどうとか何とか言っているが、それで風邪にかかった人を元気にできるわけではない。
そして、ここにも、さっきからやかましく鼻をすすっている男が約一名・・・
「グスッ、そのことなんだがねえ〜。何でも、グスッ、冬将軍という妖怪のしわざらしくてのお〜。へ、へっくしょん!!!」
と、おぼつかない口調で言ったあと、ズルズル〜と情けない騒音を立てて鼻をかんだ玄馬。
「冬将軍?」
一斉に声が上がった。そして、
「冬将軍って、妖怪の名前だったのか?」
と、乱馬が言った。
「詳しい話を聞かせてくれんかね、早乙女くん。」
早雲にうながされて、玄馬がおっくうそうに口を開いた。
「うむ、冬将軍というのは、もともと冬の寒さを司る妖怪であるのだよ。そのおかげで、われわれはさまざまな恩恵を受けていたのだ。
だが、今回のように冬のない地方にまでその影響を与える、というのは聞いたことがない。ひょっとすると、これは、奴が悪意を持ってやっていることかもしれん。」
すかさず乱馬が、
「でも、何だって俺たちを困らせるんだ?」
と、聞いた。
「そこでだ、乱馬。お前が冬将軍に会って、その真意を確かめるのだ。」
「親父は来ねーのかよ?」
「ん?わしはこの通り・・・ごほっ、ごほっ、あ〜頭が痛い。死にそうだよ、天道君助けて〜。」
と、わざとらしく玄馬が言うのをみんなは冷めた目で見つめていた。
「ちっ、仕方ねーな。まあ、風邪ひいてなくても親父じゃ役に立ちそうにないけどな。」
という乱馬の言葉には、誰もが心の中で納得していたのはいうまでもない。
「ところで、親父・・・」
乱馬は、本当に具合が悪いのか、息子にコケにされても突っかかってこない父親に向かって言った。
「冬将軍って、どこにいるんだ?」
その場に沈黙が走る。
「・・・・・あ」
玄馬は、「知らない」という言葉の代わりにそう言った。
「て〜め〜え〜は〜」
と、言った後も病人に鞭打つように罵る乱馬。
結局、全く無駄に終わってしまった会話に、一同からはため息しか漏れなかった。
だが、その時、

ドサッ

という何かが倒れる音が門の方から聞こえてきた。
「あら、どうしたのかしら。」
かすみがそう言うと、
「俺が見てくる。」
「あたしも行く。」
と、言って、乱馬とあかねが立っていった。
すると、たくさんの荷物をかかえた少年が、その荷物の下敷きになるようにして倒れている。
「良牙!」
「良牙くん!」
そして、その体を抱き起こそうとする二人。
「うわっ、何だこりゃ!!」
「良牙くんの体、冷たい・・・」
良牙の体は、ただ寒さにやられたというわけでないことが明らかなほど、それこそ氷のように冷たくなっていた。
「冬将軍だ・・・・・」
「え・・・」
「そうだ、間違いねえ!おい、あかね!こいつのことは頼む!」
あかねが返事をしようとした時には、もう乱馬は走り出していた。


(なんだこの冷気は・・・今までの比じゃねえ。おそらく奴は近くに・・・)
空気そのものが身を切り裂いていくような感覚を覚えながら、乱馬は駆けていた。
体全体の痛覚がことごとく刺激を受ける。
その痛みに耐えながら、乱馬は商店街の通りにたどり着いた。
そこが、このただならぬ冷気の発信地だったのだ。
いつもは、人や車であふれ返る場所がひっそりと静まり返っている。
代わりに、およそこの場所に似つかわしくない影が、そこにはあった。
「てめえが冬将軍か!?」
と、乱馬が言うと、その影が振り返って乱馬に近づいてくる。
近づくにつれ、それは影ではなく、はっきりとした姿となる。
闇の中、真っ白に輝く馬が現れ、そしてその背には異様な容姿をしたものがまたがっていた。
馬体に届くほど長い銀髪、般若の面そのままの顔、そして、白銀の甲冑を身にまとっている。


「なんだ、貴様は・・・」
「おい!何があったか知らねーがてめえには迷惑してんだ!おとなしくしてやがれ!」
「ふん、愚かな人間の分際でこざかしいわ。」
「こっちは力ずくでもいいんだぜ。」
「どうしても私の邪魔をするつもりらしいな、ならば容赦せんぞ・・・」
と、言った冬将軍の手から氷の塊が現れ、乱馬に浴びせかせる。
「へっ、こんなもんもらうかよ!」
次々と飛んでくる攻撃をかわす乱馬。
「ほう。だが、その元気がどこまで続くかな?」
余裕たっぷりに冬将軍が言った。
そして、
(なんだ!?体がうまく動かねえ!)
と、思った矢先、鋭利な刃物と化した氷の破片が乱馬の体をかすめる。
「ぐっ・・・・・寒さで・・・体が・・・」
乱馬とて生身の人間。冷やされた体はその機能を弱めてしまう。
「ふっ、まだまだ楽になるには早いぞ。」
と、言った冬将軍の手が休まることはない。
(このままじゃラチがあかねえ・・・そうだ!これだけの冷気が集まっているんなら・・・)
「あれをやるしかねえ!」
そして、乱馬は螺旋のステップを踏み始めた。
「何だそれは?そうやって逃げ回ろうというのか?」
と、言って嘲け笑う冬将軍。
「笑ってられるのも今のうちだ・・・いくぜ!!飛竜昇天破ーーーーー!!!」
そう言った乱馬の体から竜巻が放たれた。
ゴオオオオ・・・・・
という轟音とともに冬将軍を飲み込んでいく・・・・・
と、思われたが、
「この程度の技で私を倒そうなどとは、あなどられたものだな・・・」
冬将軍の姿は未だ乱馬の前に立ちはだかっている。
甲冑が吹き飛び、その下に着込んでいた装束姿になっているだけで全くの無傷だ。
「飛竜昇天破が・・・効かない!?」
呆然と立ち尽くす乱馬。
(そうか・・・飛竜昇天破は、いくら氷の心を持って放ったとしても、熱い闘気を持った相手じゃなければ完全じゃねえ・・・)
「くそっ、どうすれば・・・」
冬将軍の闘気を引き出す方法を模索する乱馬だが、もちろん敵は待ってはくれない。
「だが、それならばこちらも全力で貴様を葬るとしよう!」
周囲の冷気が引き寄せられるように、冬将軍の体に集まっていく。
その時、
冬将軍の装束に、不自然な凹凸があるのが乱馬には見て取れた。
少なくとも、乱馬はそう思った。
(あいつ、まさか・・・・・?)
「食らうがいい!氷釈空裂弾!!」
という、冬将軍の叫びとともに、巨大な気が乱馬を襲った。
それは、周囲の全ての風景を一瞬にして凍りつかせるほどの力だった。
「く・・・・・」
乱馬もまたその力に屈しそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
「なかなか頑張るじゃないか、だが、今度こそとどめとさせてもらおう。」
と、言って二発目の氷釈空裂弾を冬将軍が撃とうとしたところ、
「ま、待て!!」
と、乱馬が待ったをかけた。
「何だ?」
冬将軍が悠然と乱馬を見下ろしながら聞いた。
「一言、一言でいいから言わせてくれ。」
と、乱馬は息を切らしながら懇願した。
「命乞いならもう遅いぞ。」
そう言って耳を傾ける冬将軍に向かって、乱馬が囁いた。
「おめー、胸、でかいんだな。」
「なっ・・・・・!」
「今だ!!」
冬将軍の白い肌に赤みが差したのを見て、乱馬が叫んだ。
「最大級、飛竜昇天破ーーーーー!!!」


「おい、大丈夫か?」
冬将軍が目を覚ますと、そこには乱馬の顔があった。
「う・・・」
「へー、顔もキレーなんだな、お前。」
「えっ?」
般若の面がとれ、美しい女性の素顔があらわれていた。
「な、なんだ貴様、恩着せがましいことをしおって。」
と、自分を助けた乱馬に向かって、冬将軍は悪態をついた。
感情をあらわにする彼女を見てにこっと笑ったあと、乱馬が言った。
「なあ、なんでこんなことしたんだ?なんかわけがあるんだろ?」
「・・・・・」
そのまま押し黙っていた冬将軍だったが、意を決してゆっくりと口を開いた。
「私は、この地球のためを思っていたのだ。」
「地球のため?」
「ああ、今、地球が人間の手によって暖められている。彼らが文明を追い求めた結果だ。
そこで、私はもとの地球を取り戻そうと考えた。だが、人間憎さのあまり、彼らをこらしめようとやりすぎてしまったようだ・・・」
「そうか・・・その、すまねえな、悪者扱いにして。」
「いや、私情を持ち込んでしまった私が未熟だったのだ。」
そう話したあと、冬将軍は立ち上がって言った。
「では、行くとするか・・・また会う機会があるかもしれんな。」
それに対し、乱馬がいたずらっぽい笑みを浮かべながら、
「今度会う時は旦那も連れてきてくれよ!」
と、言った。
「う、うるさい!!!」
「へへっ、じゃーなーーー」
そして、彼女は、再び闇の中へ駆けていった。


次の日。
「うう〜〜寒みい〜〜。冬将軍のねえちゃん、反省してんのかあ?」
そう言いながら凍えている乱馬。
しかし、庭ではあかねが平然と稽古をしている。
「なんでおめーはそんなに元気なんだよ!」
「なんでって、別になんともないじゃない。ははーん、さてはあんた風邪ひいたな?」
すると、そこに寝込んでいたはずの良牙が現れた。
「良牙?お前平気なのか?」
「ふふ・・・俺はあかねさんの手厚い看病のおかげで完全復活だぜ。ああ〜優しかったなあ、あかねさん・・・・・」
「て、てめ〜〜〜」
続いて、玄馬も出てきた。
「あ、おやじ!どーだ、具合は?」
「それが・・・」
「どうした?どっか悪いのか?」
玄馬の体は小刻みに震えている。
しかし、顔を上げると、そこには満面の笑みがあった。
「風邪ひいてたなんてウソだよ〜ん。や〜い引っかかった〜」
そう、これは妖怪退治に乱馬一人で行かせたいがために弾いた玄馬の三味線だったのだ。
「なっ!?ブッ殺すぞ!!クソ親父!!」
と、言って、逃げ出す父を追いかける乱馬だったが、体がついていかない。
そして、結局自分一人が損な役回りをしていることに気づいたのだった。

「ぢぐじょぉぉぉ〜〜〜〜〜」




あとがき
格闘シーンって難しいですね・・・
まだまだ、勉強です。


一之瀬けいこ的コメント
文章で格闘シーンを描き出すのは本当に大変です!(実感)
効果音を前面に出すしぎると、文章の品格が損なわれてしまうし、だからと言って抜いてしまえば動きが止まり、臨場感はなかなか出ません。
いつも、試行錯誤しながら書いています。

でも、この乱馬君少し気の毒なような・・・



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