◆1987
マルボロシガーさま


待ちに待った春を迎えた。厳しい冬を生き抜いた樹々は春の訪れとともに芽をふくらませ、今にも咲き乱れんとしている。
ここはとある山中。人里離れたこの場所が珍しく、二人の男の「気」に満ちている。
一人は稽古着に身を包んだ中年の男、そしてもう一人はチャイナ服におさげ髪という一風変わった風貌の少年である。
早乙女玄馬、乱馬父子は日本各地を修行に回っている無差別格闘早乙女流の初代とその二代目。
大自然を流れる急流の中に向かい合った男たちの姿はまさに水と一体となっている。もし、この水という巨大な怪物に真っ向から立ち向か
おうものなら、無駄な力が入って、バランスを失い、たちまちその激流に飲み込まれてしまうだろう。
だが、数々の苦難を乗り越えてきた彼らは、その中に自らを同化させる術を知っているのだ。
二人の肉体、気がぶつかりあう。
「あちゃちゃー!!」
「たあっ!!」


「のう、乱馬。」
水に濡れた体を拭きながら玄馬が言った。
「何だ?」
息子の乱馬は乱れたおさげを整えている。
「近々、中国へ渡ろうと考えているのだが。」
「ふーん。」
「嫌とは言わせんぞ。」
「別にいいけどよ。泳いで行くとか無茶言い出すんじゃねーだろうな?」
「たわけ!武道家たるもの進んで困難の中に身を置き、己を鍛錬するもの!父はお前をそんな軟弱に育てた覚えはない!」
「はいはい、素直に金がないって言えばいいじゃねーか。で、何しに行くんだ?」
と乱馬は言い、稽古後の体操を始めた。
「うむ。何でも呪泉郷という伝説の修行場があるらしくてな。我ら父子も無差別格闘を極めるため、さらなる修行を積もうというわけだ。」
と、玄馬が話すのを聞くと、片足を頭の高さまで上げ柔軟運動をしていたのをやめて、今度は乱馬から話しかけた。
「ところでよ・・・」
「どうした乱馬、怖気づいたか?」
「バカ、そんなんじゃねえよ。その・・・・俺、学校とか行かなくてもいいのか?」
と、乱馬が問いかけると、玄馬はすっかりその事を忘れていたらしく、手をポンと一叩きして言った。」
「おお、おお、そうだった。なに、心配するでない。中国から帰ってきたら、わしらは、、わしが以前、苦楽を共にした親友の家に居候させていただくことになっておる。お前はそこから学校に通えばよい。そうそう、その家のお嬢さんとお前は・・・」
と言いかけたところで、玄馬は口を塞いだ。
「は?お嬢さんが何だって?」
「あ、いや、何でもない。気にするな。」
「何だよ。気色悪い奴だな・・・。まあ、俺に学校の勉強なんか性に合わねえけどな。」
「バカ者。文武両道を成し遂げてこそ真の武道家である!」
「ほー、じゃあ親父の頭からするとその真の武道家とやらには程遠いな?」
「こ、こやつ、親をバカにしおって・・・・」


太陽はすでに一日の役目を終え、西の空にその顔を鼻の頭くらいまで隠しかかっている。
「そろそろ行くか、乱馬。」
「おう。」
「よいか、乱馬。これまでに数々の修行者が呪泉郷を訪れては、不幸のうちに立ち去っていったという。覚悟はよいな?」
「へっ。望むところだぜ。」
乱馬は不敵に目を輝かせて言った。
かくして、二人の男は遠く中国大陸へ向け旅立っていったのである。




一方、こちらはとある町の道場一家。
その庭で、一人の少女が瓦を積み上げている。そして、
「はっ!!」
というかけ声とともに少女が拳を振り下ろすと、ガシャーン、という音をたてて全ての瓦が真っ二つになった。
少女の名は天道あかね。この天道道場の気の強い末娘である。
「おはよう、あかね。今日も早いのね。」
と、穏やかに声をかけるのは長女のかすみ。
「おはよう、かすみおねえちゃん。」
「新学期早々よくやるわねー。高校生になったんだから女っ気の一つでも出したらどうなの?」
と、あきれ加減に言い放つのは次女のなびき。
「うるさいわねー。ほっといてよ。」
「いやいや、それでこそわが道場の跡取り娘だ。あかね。」
と、妙に感心しているヒゲ面の中年が三人の娘の父親、早雲である。
「そうよねー。道場のことはあかねに任せて、あたしは早いうちにここを出てっちゃおうかなー。」
と、冗談半分になびきが言うと、
「ちょ、ちょっと、なびき・・・・」
と、大の大人がオロオロしている。
こんなわけで天道家の一日が始まった。
そして今日は、あかねの入学式の日なのである。


「チェルノブイリ原発事故からまもなく一年となります。現在も周辺住民は避難を余儀なくされ・・・」
「じゃあ、お先に行ってきまーす。」
「あ、行ってらっしゃい、おねえちゃん。」
あかねがまだ朝のニュースを見ている最中、なびきは登校していった。入学式はお昼からなので、あかねには時間の余裕があるのだ。
そのまましばらくくつろいでいると、
「あかね、そろそろ制服に着替えてらっしゃい。」
と、かすみがうながした。
「はーい。」
と、返事をして、あかねは二階の部屋へと上っていった。
(この制服、変じゃないかなあ・・・ちょっとウエストがゆるいし、スカートも長いような・・・)
と、思いながら、居間に戻ったあかねを見て、かすみが言った。
「あら、よく似合ってるわよ、あかね。女の子らしくて。」
「女の子・・・・・らしい?」
「うん、とっても。ねえ、お父さん?」
と、かすみが新聞に目を通していた父に同意を求めた。
「うんうん。これでお前も立派な高校生だよ、あかね。」
「そ、そう・・・」
二人の言葉に気恥ずかしくなったあかねは、少しうつむいて照れた顔を隠した。
「じゃあ、準備も出来たことだし、そろそろ行きましょうか?」
「うん・・・」
こうして、かすみに付き添われ、初登校となる風林館高校へと向かった。


「まあ、懐かしいわ。」
「懐かしいなんて、おねえちゃんちょっと前まで毎日ここに通ってたじゃない。」
「でも、母校はいつ来ても懐かしく思うものよ。」
「へえ。」
などと、保護者でもある姉とたわいのない話をしていると、少しずつ、男子生徒の視線が自分に集まってくることに、あかねは気づいた。
「おい、あの髪の長い子・・・」
「あ、俺も、いいなって思ってたトコ。」
「お前、あの子の名前聞いてこいよ!」
と、いった会話がされているとは露知らないあかねは、
「何よ、人のことをジロジロ見て・・・」
と言い、しかめっ面をしていたのだが、
「あかねがかわいいからじゃない?」
という思いもしなかったかすみの一言で、顔をりんごのように真っ赤にしてしまった。
「そ、そんなわけないじゃない!」
「ふふっ。」
しかし、その後もあかねから周囲の注目が外されることはなかった。


「はぁーーっ!!やあーーっ!!」
家に帰り着いたあかねは、すぐに道場へと向かった。そして、いつにも増して激しい稽古に精を出している。
「男なんか・・・・大っ嫌い!!」
そう言いながらあかねは、空中に浮かんでいる、学校で自分を見ていた男たちの姿を次々となぎ倒していく。
稽古を終え、一息ついていたあかねだったが、窓から様子をうかがう人影があるのに気づいた。
「なびきおねえちゃん・・・」
「あんたって根っからの格闘好きで、男嫌いなのねえ。」
「そ、そうよっ。別にどうだっていいじゃない!」
「まあ、あんたも恋の一つでもすれば、少しは女らしくなるかしらね・・・」
「もう、用がないなら出てってよ!」
「はいはい・・・あ、そうだ、『ベストテン』見なくちゃ。今日はチェッカーズ出るかしら・・・」
そう言って、なびきが家の中へと入っていくのを見送ったあかねは、なびきに言われた言葉を思い返した。
あかねも恋を知らないわけではない。
小さいころからお世話になっていた町医者の東風先生に淡い恋心を抱いていたこともある。いや、今もそうなのかもしれない。
だが、彼にはもう好きな人がいる。それも、自分が良く知っている人。
だからこそ、かなわない、とあかねは思っていた。
「恋・・・・・かあ。」
(これから自分もそういう人と出会えるのかなあ?)
と、あかねは思いながら電気を消し、道場をあとにした。


天道家に、中国から一通の手紙が届くのは、この二ヵ月後のことである。








作者さまより

さて、私の投稿処女作となった「1987」ですが・・・・
もちろん、1987というのは「らんま」の連載が始まった年です。
私は、まだまだ鼻タレ小僧だったころです。
なぜ、タイトルに年号を持ってきたかと言うと、「らんま」の世界に時間の概念を持ち込みたかった、などという大それたものではなく、かといって「ベストテン」を出してみたかったというものでもありません。
ハッキリ言ってたいした意味はありません。
ただ、スマッシング・パンプキンズの「1979」や、ブルーハーツの「1985」というように、自分の好きなバンドの曲に年号が使われていたのでそれからとっただけです。
内容に関しては、変身体質になる前のいたって健全な乱馬と、女性としての自我が生まれ始めたあかねを描きました。
あえて、水の中で修行させたりしたのもそのためです。
今回、私が最も悔やんでいるのは、「恋の一つでもすれば女らしくなるかしら。」というなびきの言葉です
うーん、なんと陳腐でチープな言葉だろう。出来れば言わせたくなっかった、というのが私の本心です。


初投稿をいただくと、いつもわくわくします。
マルボロシガーさまも文章には大変こだわりが深いようで、どのような乱あを描き出されていくのか、毎回楽しみにしております。
1987年と言えば息子が一歳。そう子育て爆走中でした。
そうそう・・息子がお腹に居た時に原発事故があって・・・大変だったのを思い出しました。
(一之瀬けいこ)


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