◆幸せの花
マルボロシガーさま作


「ちょいと、そこの道行くお嬢さん。」
帰り道の途中、突然、お年寄りの声がした。
横を向くと、道端で物売りをしているおじいさんがいる。
大きな笠をかぶり、白いひげは伸びっぱなしで、傍目にもかなり怪しい。
「あんたじゃよ、あんた。」
と、おじいさんが言ったので、
あたし?
と、思いながら自分を指差した。
老人は二度うんうんと頷いて私に言った。
「どうじゃ、見ていかんかね?」
が、私はすぐさま、
「結構です。」
と、すでに家に向かいながら、その誘いを断った。
「ああ、待ちなされ。」
おじいさんは、それでしつこく私に呼びかける。
「お嬢ちゃんは幸せかね?」
「はあ?」
突然の質問に困惑する私をよそに、物売りは話を続けた。
「ここに、幸福を呼ぶ花の苗があるんじゃよ。どうじゃ、幸せになりたくないかね?」
それは、なりたいけど・・・
「お嬢ちゃんは運がいい!今ならたったの一本500円にしとくよ。」
うーん、それくらいだったら騙されたと思って買ってみようかな・・・・
結局、300円まで値切って二本買うことにした
その際、おじいさんはこんな事を言っていた。
「いくら、幸福を呼ぶ花といっても、心をこめて育てることを怠っちゃいかんぞ。
ただで幸せをもらおうなどという輩のもとでは、花を咲かせることはないからのう・・・」



と、いうわけでその苗を植木鉢に入れたのだが、花の栽培ということに慣れていない私。
大体、何の花をつけるのかもわかっていない。
不器用な私のことだから、自分一人でやると、大変なことになってしまうだろう。
だから、お花に詳しいかすみおねえちゃんにアドバイスを聞いた。
おねえちゃんが言うには、昼間は風通しのいい窓際で、直射日光を当てないようにカーテン越しに置き、
夜は冷え込むので、部屋の中に移動させなきゃいけないらしい。
水やりは、夕方にすると寒さで傷んでしまうかもしれないので、朝にすることになっている。
しかし、それでもやっぱり失敗することもある。
水はたっぷりあげた方がいいよねと思い、根元にコップいっぱいの水をあげていると、
「あかね、根元にはそんなに水はあげなくてもいいのよ。一度あげたら一週間は大丈夫よ。」
と、おねえちゃんに言われた。
一日分は、葉っぱに霧吹きで吹きかける程度でいいらしい。
それから、稽古に夢中で、鉢を窓際にほったらかしていたこともあった。
そんな時は、おねえちゃんが、私の部屋のドアの隣にある丸いすの上に移しておいてくれた。
そうして、茎もだいぶ伸びてきたころ、青天の霹靂、その事件は起こった。
張本人はやっぱり・・・私のガサツな許婚、乱馬だった。


夕食の時間、私の目の前ではもはや見慣れた光景が繰り広げられている。
「おいっ、おやじ!その卵焼きは俺のだろーが!」
「何を言う乱馬。先に箸をつけたのはわしだ!」
「そういう問題じゃねえっ!」
は〜・・・もう勝手にしてよね。お父さんやおねえちゃんたちも同じ気持ちなのか、傍観を決め込んでいるようだ。
と、その時、食い意地の塊のような父子の前を小さな黒い影が通り過ぎた。
「にゃはは〜もーらった!」
「あーーー!!お師匠さまーーー!!」
「じじい、てめえ返しやがれっ!」
「こっこまーでおーいでー」
と、言いながら廊下に出て行くおじいちゃんを乱馬とおじさまが追いかける。
「ほーんと、あんなのが三人も居候にいられちゃたまんないわよ。まー誰かさんはいてくれなくちゃ困るって思ってるんだろうけどねー。
ねっ、あかね?」
なんてことをニヤニヤ笑いながら話すなびきおねえちゃん。この人の性格には、時々腹がたってくる。
だから、精一杯平然とした顔をし、よく通る声でこう言った。
「別に、こっちも迷惑してるのよ。」
「ふーん。」
それだけ言うと、食卓は急に静かになった。家族四人が黙々と箸を進める。
しかし、平穏な時も長くは続かなかった。

ガターン!!

という音が二階から聞こえてきた。
大方、取っ組み合いをしていて誰かが転んだんだろう。
だが、それ以降はそれまでの騒ぎがピタッとやんだ。
不審に思った私だが、すぐに頭の中に、ある状況が思い浮かんだ。
「まさか・・・・・」
そして、居間を飛び出して、階段を駆け上がると、さっきまで大暴れしていた三人が真っ青になって立ち尽くしている。
私を見て、ますますその顔がひきつるのがはっきりとわかった。
「あ、あかねちゃん・・・」
と、閻魔様を前にしたかのような声でおじいちゃんが言った。
その足下には、おじいちゃんとあまり変わらない大きさのものが横向きに倒れている。
その中にあったものは、枝が折れたり葉がつぶれたりしていた。
「誰がやったの・・・?」
私の低い声に男達が震え上がる。
三人まとめてぶっとばしてもいいけれど、今はそんな気分じゃない。
そして、おじいちゃんとおじさまが、恐る恐る乱馬を指差した。
「なっ!!おめーらだって悪いんじゃねーか!!人の食いもんを・・・」

バチン!

私は、乱馬がいい終わらないうちに、その頬をひっぱたいていた。
そして、倒れた植木鉢を直そうとしていると、乱馬もそれを手伝おうとしている。
「触んないでよ!」
と、言って乱馬を見ると、その顔がゆがんでいる。
そんなに強くたたいたのかな・・・?
「あ、あかね。泣いてる・・・のか?」
「え?」
私はあわてて涙をぬぐった。
「あっち行ってって言ってるでしょ!」
と、言っても聞かず、乱馬は最後まで私のすることを手伝っていた。
「何よ、今さら・・・」



「乱馬、ちょっと来てくれる?」
それから一時間くらい経って、私は乱馬を部屋に呼んだ。
「な、何だよ・・・」
と、気まずそうに言う乱馬。少しは反省してるみたい。
部屋に入ると、私はイスに座った。
いつもなら、乱馬は私のベッドに腰掛けるのだけど、今日は立ったまま向かい合っている。
ちょうど、職員室で、先生と生徒が話すような状態になる。
そして、悪さをやらかしてうつむいている生徒、早乙女乱馬に向かって言った。
「今日のことなんだけど・・・」
乱馬がちらっと私の目を見たことを確認し、そのまま続けた。
「責任取ってくれる?」
私のその言葉にも、乱馬は特に動揺した様子はなかった。
そして、この部屋に入って初めて彼が口を開いた。
「わかった。で、何すりゃいいんだ?」
と、やけに真剣な顔をして言うので、私の中に、ちょっとからかってみよう、といういたずら心が顔を出した。
「んー、そうだなー。私の気が済むまで夕食抜き、なんてどう?」
「・・・・」
「ついでに私の分の宿題もやってもらうからね。」
と、言うと乱馬が弱々しく反論した。
「あのよぉ・・・他のことにしてくんねえか?」
ふふっ。私の思った通りの反応だ。そうだよね、乱馬には無理だよね。
じゃあ、そろそろ本題と行きますか。
「じゃあ、こういうのはどう?あの花をまた、私と一緒に育て直すの。」
「へっ?」
間の抜けた顔をする乱馬。作戦は大成功だ。
「ちょうど二本あることだし。」
「ちょ、ちょっと待てよ!あれはもうダメになっちまったんじゃ・・・」
「うん。それがね、かすみおねえちゃんに聞いたら、病気になった訳じゃないからそのまま育てても大丈夫、だって。」
と、言うと人が変わったように乱馬がまくしたてた。
「て、てめー、そういうのはもっと早く言えよ、バカ!!」
「何よその言い草、自分のした事は棚に上げるワケ?で、やるの?やらないの?」
「わーかったよ!やりゃーいいんだろーが!」
というわけで、私と乱馬の共同作業が始まった。


その結果、乱馬といっしょにいる時間が、少しだけ増えた。
お互いが忘れないように、水をあげるのも何するのも一緒。
乱馬は、交代でやればいいじゃねーか、って言ってたけど。
今、私はその花を・・・といってもまだ花を咲かせた訳じゃないけど眺めている。
乱馬は・・・ベッドで猫みたいにゴロゴロしている。
その、猫乱馬に、
「ねえ、乱馬。」
と、話し掛けた。そしたら彼は、
「んあ?」
と、寝転んだまま答えた。私は続けた。
「あのおじいさんの言ったこと信じる?」
「あー、あの幸せを招く、とかいうやつ?」
「うん。」
「さあ、どうだかな・・・」
「何よ、はっきりしないんだから。」
「お前はどうなんだよ?」
「えっ・・・」
ちょっと期待してる・・・何て言えない。ロマンのかけらもないこの男にバカにされるに決まってる。
「わ、私は綺麗な花が咲けばそれでいいわよ。」
「ふーん。」
その後、それは芽を出し、つぼみとなり、開花を待つばかりとなった。
そして、花の苗を買ってから数ヶ月が経ったある日の朝。
「咲いてる・・・きれい・・・」
透き通るように白い花。それも、二つが同時に咲いている。
早く乱馬にも見せたいと思った私はすぐに彼を呼びに行った。
「へえ、たいしたもんじゃねえか。」
と、嬉しそうに乱馬は言ってくれた。その柔らかな表情に私も嬉しくなる。
でも、そういえばこの花・・・
「ねえ乱馬。この花今までに見たことない?」
「ん?そうか?」
うーん、そうだ、かすみおねえちゃんに聞いてみよう。
「これは胡蝶蘭ね。うふふっ、きれいに咲いて良かったわね、あかね、乱馬くん。今日はご馳走にしますからね。」
と、言っておねえちゃんはやりかけの掃除を再開した。
胡蝶蘭、それがその花の正体だった。
その後の夕食、何やら勝手に盛り上がっている。
「それでは、乱馬とあかねくんの愛の結晶を祝って、かんぱ〜い!!」
「何言ってんだよ!」「何言ってるのよ!」
運悪くその声がピッタリ重なったのにかこつけて、それぞれの父親はますます暴走し始めた。
「いやあ〜こんなに仲良くなっちゃって・・・この分なら、孫の顔を見るのもそう遠くはないかもしれんなあ、天道君!」
「あかね、お父さんは嬉しいよお〜。」
と、言って泣き出す始末。こうなったら手がつけられないので、私たちはさっさとその場を抜け出した。
「乱馬。お花見ていかない?」
と、聞いたら、
「ああ。」
と、言ってついてきてくれた。
ベッドに並んで座り、黙って胡蝶蘭の花を見つめる私と乱馬。
その、心地よい沈黙を先に破ったのは、乱馬だった。
「どう?幸せになった?」
この質問に、私はいたって素直に答えた。
「うん。」
「そうか・・・良かったな・・・」
「乱馬は?」
「俺も、幸せ・・・かな。」
という、乱馬らしくないセリフに笑ってしまいそうになった。
でも、続けて乱馬が言った、
「俺の幸せっていうのは、その・・・この花からもらった幸せっていうんじゃなくて・・・お前と一緒にこの花の面倒を見てきたことも
全部ひっくるめて幸せっていうか・・・」
という言葉に、胸が熱くなり、幸せが何倍にも膨れ上がった。
それは、私も全く同じ気持ちだった。
そして、顔を耳まで真っ赤にして座っているこの人に、もっと近づきたい、触れたい、と思った。
ゆっくりと手を近づける。
もうちょっとで触れる、というところで、一瞬その動きを止めた。
だけど、心を決めて、乱馬の手をにぎった。
乱馬はちょっと驚いたように手を引こうとしたが、私は逃がさない。
すると、乱馬も私の手をにぎり返してくれた。私より、少しだけ強く。
その手は、体の熱が全て集まってるんじゃないか、と思うくらい温かかった。
完全に私の神経がそっちにいっている中、乱馬は言った。
「この花、大事にしような。」
「うん・・・」
結局、私はおじいさんに騙されてたのかな・・・とも思ってたけど、そんなことはもうどうでもよかった。
乱馬、私たちのこの幸せの花、ずっと、ずっと大切にしようね。









素敵な乱あ作品です。
幸せの花は天道家でずっと大切に育てられたのでしょうね。

私はどうも草花を育てるのは苦手です。枯らしの名人というか。
なのではびこる植物の管理は全てガーデナーの旦那に任せています(笑
(一之瀬けいこ)




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