◆Let it be
Kobayashiさま作


 Millennium Year(ミレニアム・イヤー)の2000年。
1000年に一度しかやってこない、まさに記念すべき年である。
また、2000年は20世紀の締めくくりの年でもある。
2つの時代の区切りが重なるというのも、記念すべきことでもあるだろう。
また、そういう年を体験できるというのも、運命といえることなのかもしれない。
そのMillennium Year(ミレニアム・イヤー)もあと残りわずかとなってきたそんな時期のことだった。
 終業式終了直後における風林館高校2年A組の教室。
教室内はざわざわとしていた。
話題は明日からはじまる冬休みのことでもちきりだった。
クリスマスイヴには誰と過ごすだの、年末はスキーにいくだの、好きなアーティストのカウントダウンライヴに行くだのという話が各方面で飛び交っていた。
 天道あかねも例外でなく、ゆかやさゆりたちと冬休みの過ごし方を話し合っていた。
「あたしは冬休みはこれといって予定もないから暇なのよねー。なんかつまんないなあ」とゆかがつまらなさそうにつぶやいた。
さゆりが「あたしもよ。何をしようか考えてるんだけど、これといってないのよね」と
これまたつまらなさそうに同調する。
 「あかねは何か予定はあるの?」とさゆりが彼女にたずねた。
「えっ、あたし。あたしは……」と答えようとすると、間髪入れずにゆかがささやいた。
「もちろん、早乙女クンとイヴ過ごすんでしょ。いいわよねー、彼氏のいる人は」
あかねはハトが豆鉄砲を食らったような表情で「ちょ、ちょっと待ってよ。誰があんなヤツと」と少しムキになった。
 そのとき、教室のドアががらりとあけられて担任の先生がはいってきた。
「さあさあ、ホームルームはじめるぞ」の声に、皆は渋々といった感じで着席した。
「今からプリントを何枚か配るから、しっかり見ておくようにな」と先生はプリントを
配り始めた。
プリントには冬休みの課題などが書かれているが、量は夏休み時と比べて多くはない。
冬休みは夏休みと違って、2週間くらいしかないのだから。
全員にすべてのプリントがいきわたったところで、先生が話をはじめた。
 「えー。冬休みについてのことだが、休みだからといってダラダラとした生活にならないように。そうなるとシャレにならんぞ。それから……」
15分後に先生の話は終わり、ホームルームは終了した。
クラスのみんなは、終了と同時に教室の外へ飛び出していった。
 あかねは帰り支度をすると、乱馬と連れだって、校庭へ出た。
雲ひとつない冬晴れの青空が広がっている。
今年の冬は、比較的暖かいとウェザーキャスターがいつだったか言っていた。
そうはいっても朝方は冷える。朝起きるのが苦痛になってくる。
朝方も冷えていたが、今は割と暖かくなっていた。
 あかねは歩きながら、乱馬に話しかけた。
「ねえ乱馬。あんたまた背が伸びたんじゃない?」と先程の違和感のひとつをたずねた。
「んっ、そうか?あんまし実感はねえけどなあ。たしか、180.7くらいかな」
「へえ、また伸びたのね。最近稽古とか一生懸命やってるし、牛乳もたくさん飲んでるし。まだまだ伸びると思うわよ」とあかねは笑いながら言った。
「まあな。でも、コバほどじゃないけどよ。あいつ俺よりでかいもん」
と乱馬も笑いながらあかねに言った。
 あかねはコバ少年を思い出して、うなずいた。
確かに彼は乱馬より背丈が大きかった。
彼と乱馬の身長差は少なくとも10センチ以上ある。
今の乱馬の身長を聞くかぎり、コバ少年の身長は少なくとも190センチ以上だ。
だから彼にはじめて会った時、やたらに大きく感じたのもうなずける。
 家に帰ると、ちょうど昼食ができていて家族が一同に会していた。
乱馬とあかねの帰りをまっていたようである。なびきは十数分前に帰っていた。
かばんは居間の隅において、食卓について昼食を取った。
 昼食後、部屋に戻ったあかねは椅子に腰掛けて文庫本を手に取った。
彼女は時間があれば、本を読んだ。少し前までは2学期末テストなどで少々慌ただしかったのだが、最近になって時間がたっぷりとできたため、なかなか読み進めることができなかった本を読むことができるようになった。
 チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」
ディケンズはイギリス生まれの作家。他に「オリヴァー・トゥイスト」「二都物語」などがある。社会の不正や矛盾を批判し、虐げられた人々の哀歓を描いた国民的作家である。
この本は、いつだったか姉のなびきが買ったもので、彼女が読み終わったときにもらったものであった。彼女はそれをしばらく(1時間ほどであろうか)読んでいた。
 乱馬の方はというと、道場で黙々と稽古に励んでいた。
彼の格闘技の腕前は、格闘家である父から教え込まれたとあって郡を抜いていた。
ケンカにおいても何人かが束になってかかってきても、一瞬にして片付けてしまう。
彼が本気になって怒ったことを考えると、たぶんケガではすまないだろう。
そのくらい彼の実力というのはすごいのである。
彼もまた(1時間ほどであろうか)黙々と稽古に励んでいた。
 彼は稽古を終えてから、前もって沸かしておいてもらった風呂に飛び込んだ。
風呂で汗を流して、体と頭を洗えば気分も爽快になる。その後は風呂あがりに飲むと
格別に美味い牛乳が冷蔵庫で乱馬が風呂からあがるのを今か、今かと待ちかまえている。
 彼は風呂からあがると、体をふき、服を着て、牛乳を飲んだ。
白く冷たい液体が彼の喉を通り抜ける。某清涼飲料水のCMではないが、思わず「くうー」と言ってしまう。彼はそれを飲むと、居間へといった。あかねがテレビを見ていた。
 と、そこへなびきがにゅっと顔を出した。
「あーかーねっ。らーんま君っ。」とニコニコしながら近づいてきた。
「な、何だよ。なびき」と乱馬は彼女の笑顔にちょっとあとずさりした。
あかねも、なんとなく変な感じだった。
「あんたたちに、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントよ」と一枚の封筒を差し出した。
二人は怪訝な面持ちでなびきを見つめた。
「さあ、中をあけてみてごらんなさい」と彼女は二人をうながす。
二人は彼女のいわれるがままに封筒をあけてみた。そこには二枚の紙切れが入っていた。
表に何か印刷されている。それに目を走らせていたあかねの顔がパッと輝いた。
「これって明日のサッカー日韓戦のチケットじゃない!お姉ちゃん、どうしたの!?」
彼女は笑顔をくずさず「あ。言っておくけど、あたしからじゃないわよ」という。
「じゃあ、誰からなんだよ」と乱馬がたずねる。
「さあ、誰でしょう。あんたたちがよーく知っている人からのプレゼントよ」と彼女は謎めかした言葉を残して自室へと戻っていった。
二人は1分ほど考え込んだが、次の瞬間に二人の頭にとってもよく知っている少年の顔が浮かんだ。
「あかね」「うん、あの人からね」と顔を見合わせてうなずきあった。
不意に乱馬が「あれっ、この紙はなんだ?」とチケットと一緒に同封されていた折りたたまれた紙をひらいた。
 
 ――乱馬君、あかねちゃんへ。
君たちがサッカー好きだということを、なびきから聞いたので
サッカーの日本代表と韓国代表の試合のチケットを君たちに送ります。
チケットにも書いてあるとおり、明日の夜7時から国立競技場で
行われます。ぜひ、お誘いあわせの上来てください。
メンバーは僕となびきと僕の友人、そのガールフレンド、そして君たちの6人です。
詳しいことは、きょう中になびきに言っておくので、彼女から聞いてください。
では、待っています。

                           KOBAより

 彼らはそれを見ると、顔を見合わせて「絶対行こう!」と言いあった。
国立競技場の前に立って微笑みかけているいるコバ少年を思い出しながら。
 その夜(時間はだいたい9時過ぎだろうか)、いつもより早めの入浴をすませた
なびきは自室のパソコン(デスクトップ型)を立ち上げてインターネットに接続すると、チャットルームにアクセスした。
学校で、コバ少年が「あしたのサッカーのことだけど、詳しいことはパソコンのチャットで話そうよ」と言っていたからである。
 そこはコバ少年の友人が管理するチャットで、彼と彼女はよくそこに出入りしていた。
あらかじめ時間は指定しておいて、その時間に会して会話するのである。
ちなみに管理人はその時間には不在であった。アクセスしたのは二人だけ。
彼女がアクセスしたとき、彼はすこし前(1分くらい前に)に入室していた。
――さあ、はじめようか。準備はOK?――
とコバ少年が画面に打ち出す。
――いいわよ――
それを見た彼女が打ち出した。
準備がととのったところで、二人はパソコンの画面に会話を並べはじめた。
――明日の件だけど。書くもの用意してね――
と彼は何時にどこへ集合かを画面に打ち出した。
それを見た彼女は、そばにあったメモ帳にそれを記した。
――いいわよ。乱馬君とあかねにもつたえておくわね――
――よろしく頼むよ。それにしてもあの二人って本当に仲がいいんだね――
――まったくね(笑)。なんか見てて微笑ましくなっちゃうのよね。口ではなんだかんだ言っているけど、本当は相手のことを大切に思ってるから――
――けっこうお似合いだよね。これからの進展が楽しみだな――
――そうね。コバ君、これから二人のことお願いね――
――君にも色々と協力してもらうけど。いいかな?――
――ええ、喜んで!!(^0^)――
彼は素直な気持ちを素直にパソコンのキーにのせた。
――ありがとう、君は本当に優しいんだね――
なびきは頬をほんのり赤く染めて、面映ゆい思いを抱きながら、彼の言葉が嬉しかった。
彼女は、彼のまじめで優しいところが大好きなのだった。
――明日は勝てるといいわね――
――ああ。前回は負けているから、今回は絶対に勝ってもらわなきゃ!――
――はりきってるのね。ところで、もちろん「アレ」は着てくわよね?――
――もちろん!――
――「アレ」がないと困るわよね(笑)――
――うん(笑)。それじゃあ、また明日会おう――
――おやすみなさい、コバ君――
――おやすみ――
と、彼が送信して、会話は終了した。
 彼女はパソコンの電源を切ると、部屋を出て居間に向かった。
居間には乱馬とあかねの姿があったので、彼女は二人に時間と集合場所がかかれた
メモを見せた。二人はそれに目をとおして理解した(あかねは電話のそばにおいてあった
メモを持ってきて書いておき、ポケットにしまった)。
二人は、遠足の準備をする子供のようにウキウキとしていた。
 翌朝、あかねは目がさめた。枕もとの時計を見たら、8時10分を過ぎていた。
いつもより寝坊をしてしまった。いつもならば遅刻なので大慌てになってしまうが、もう冬休みに入ったので慌てる必要はまったくない。
むしろ、のんびりとできるから余裕を持って一日を過ごすことができる。
そのためかどうか、彼女も慌てることはなかった。
 居間へ行くと、かすみが朝食の準備をしていた。
いつもならば30分前なのだが、彼女もいつもより寝坊したのか、遅かった。
 そのとき、後ろからポンポンと肩をたたかれたので振り返ると乱馬が立っていた。
「おい、朝稽古は?」というので、彼女はあっと気がついて「ごめん、すっかり忘れてた!」
乱馬は「おいおい、きのう約束したじゃねえか。自分から言いだしたんだろ?」
「本当にごめん!」と謝るあかねをしょうがないなという言葉で許した。
「さ、メシにしようぜ」と二人は朝食の席についた。
家族がそろって、賑やかな会話と美味しそうな料理が食卓を彩った。
 朝食後は思い思いに過ごせる時間。冬休みにはいったから、それはたっぷりとある。
乱馬は天気が良いので、散歩にでかけたようだ。空は青く、雲ひとつない。
サッカーを観戦するならこういう日に観戦したいものね、とあかねは思っていた。
だから、キックオフが19時であることを非常に残念に思った。
青い空の下、超満員に膨れ上がったスタジアムで、ひとつのボールを追いかけて躍動する日本代表選手を思い浮かべながら。
 彼女は部屋で「クリスマス・キャロル」の続きを読んでいた。おもしろいので毎日少しずつでも読まずにはいられなかった。
読書のみならず、何かに熱中しているときは時間を忘れることがある。
彼女も例外でなく、本は一気に読み進んで、219ページにおよぶ文庫本もあと70ページ近くとなっていた。
 時計をふと見ると10時30分を過ぎていた。
彼女もあまりの天気の良さに触発されたのか、散歩に出ようと思った。
靴をはいて外へ出ると、冷たい風で少し寒さは感じるものの、天気は抜群に良かった。
「ううーん、良い天気ね」の言葉とともに、大きく伸びをして歩き出した。
「あっ、きょうは雑誌の発売日だっけ。本屋に行こうっと」と本屋に向けて歩き出した。
 本屋はウィークデーの午前中とあって、客はまばらであった。
しかし、もう冬休みがはじまっているのだろうか学生らしき人が何人か見うけられた。
まあ、彼女の学校も冬休みにはいったのだから何の問題もない。
 入り口を左に折れると、週刊誌のコーナーである。
今回もセンセーショナルなまでの見出しで芸能人のゴシップが取り上げられている。
が、彼女は興味がなかったので、それには目をくれずにスポーツ関係の雑誌コーナーへと
足をむけた。最新号のサッカー雑誌を一冊とって携えると、今度は文庫本の方へと足を向ける。
何冊か手にとってみたが、「クリスマス・キャロル」をまだ読み終えてないことに気がついたので、文庫本はまた今度でもいいかなと思い、買うのはやめた。
ディケンズのあとは何を読もうか。そうね、サガンの「やさしい関係」にしようかしら。
なんてことを考えながら、レジへと向かった。
「悲しみよ こんにちは」を読んでから、すっかりサガンを気に入った彼女だった。
本屋は驚くほど静かだった。休日はたくさんの人でにぎわうことを思えば、ウィークデーの午前中の静けさにもうなずける。また、外も歩いている人はまばらで静かであった。
こういう静かな雰囲気もいいわね、とも彼女は感じていた。
 本の代金を支払って出たときに、彼女は何か飲みたいなと思った。
そのとき、前に乱馬とコバ少年とで行ったコーヒーショップが思い浮かんだ。
あそこに行ってみよう、と思ったときに彼女の足はその方向に向けられた。
 そこを訪れたのは二回目だった。彼女ははじめてきたとき、すぐに気に入った。
注文は「ブレンド」。会計を済ませて、今度はカウンターの席ではなく、店の中央にある大きなテーブルの席に座った。
彼女は砂糖とミルクをいれて一口すすると、先程買ったサッカー雑誌を読み始めた。
きょう行われる日本と韓国戦の特集が組まれている。
彼女は不意に店の時計を見た。時刻は11時20分をさしていた。
そして「キックオフまであと7時間40分ね」と小声でつぶやいた。
テレビでの生中継も決まっている。
しかし、彼女はテレビの前ではなくて国立競技場のスタンドで観戦するのだ。
彼女にとっては、はじめてナマで見るサッカー。しかも代表戦。相手は韓国。
楽しみでないはずがない。彼女は高ぶる気持ちを抑制し、コーヒーを飲みながら雑誌に見入っていた。区切りの良いところまで読むと、雑誌を閉じた。
コーヒーカップはちょうどカラになっていた。
 何気なく顔を上げると、ななめ前になびきが座っていた。
「なびきお姉ちゃん。いつ来たの?」と彼女が少し驚きながらたずねると、なびきは
表情をかえることなく「さっきからいたわよ。気づかなかったの?」
「でもどうしてここに」とあかね。
「ここ、あたしもよく来るの。コバ君もよく来るわよ。でも、今は来てないみたね。来てるかなーと思ってきてみたんだけど」となびきはまわりを見まわしながら言った。
「あたしはそろそろ行くけど。寄るところあるから」と立ちあがった。
「どこへ行くの?」「この近くにあるスーパー」「あ、あたしも寄って行く」
と、二人はコーヒーショップをでてスーパーへと向かった。
 スーパーの入り口の前へいくと、向こうからこれだけ大きければ群集の中にいたとしても一発でわかるであろうと思われる少年が歩いてきた。
「あっ、コバ君」となびきが声をかけると、「よお」と二人の方を向いた。
「あれっ、きょうは姉妹そろって何をやってんだ?」
「うん、そこで会ったから買い物に付き合ってもらおうと思って」となびきは答える。
「あかねちゃん、乱馬くんはどうしたんだい?」と彼があかねにたずねた。
「えっと、なんか散歩に出ちゃったみたいで」と彼女は答えた。
「さてはこの天気に触発されたな」と空を見上げてニヤッと笑った。
「乱馬、見かけませんでした?」とあかねはたずねる。
「さあ、僕は見かけなかったよ。遠くへいっちゃったのかな?」と彼。
 と、そのとき。なびきがあかねの肩をポンポンとたたいて、なにか耳打ちした。
あかねはそれを聞くと、彼の方を見てうんとうなずいた。
彼はきょとんとして彼女たちのやりとりを見ていた。
なびきが目を細めて甘えるような声で彼に言った。
「ねえー、コバ君はこれから時間はある?」
彼は腕時計をちらっと見て「ん、時間はたっぷりあるけど」と怪訝そうな顔を向けてきた。
次の瞬間、彼はすべてを悟ったのか「わかったよ。手伝ってやるよ」と笑っていった。
「さすがコバ君!たよりになるわ。ありがと」となびきは最高の笑顔を彼に向けた。
コバ少年もつられて照れくさそうに笑った。
3人は連れ立って店内にはいっていった。
 まずは、飲み物のコーナーに行ってみた。
と、そこでばったりと乱馬と出会った。
「あれえっ、乱馬」とはあかね。
乱馬は不意に声をかけられたのか驚いた。「おおっ、何だ。あかねか」
「何だ、じゃないわよ。何やってんの?」
「何って、喉が乾いたからジュースでも買おうと思って」と彼はいった。
「あっそう。ちょうど良かったわ。あんたにも手伝ってもらうわよ、買い物」
「おいおい、何で俺が手伝わなきゃいけないんだよ」と乱馬は不満げな表情。
「つべこべ言わないの。とにかく来て、こっち」とあかねは乱馬の手を引っ張って行った。
彼らのやりとりを見ていたコバ少年となびきは「本当に仲がいいね」「まったくね」と、顔を見合わせてくすくすと笑った。
「お姉ちゃん達、何やってんの。早く来てよ」とせかすので「はいはい、わかったわかった」(二人とも同時に言った)と笑いながら、手招きする彼女の方へと向かった。
 あかねとなびきの二人は次々と菓子をカゴに入れていく。
「コバ君、それ入れて」「うん、これも?」「そう」
「乱馬、これとこれと…あ、それもお願い」とあかねも乱馬に指図する。
二人はなびきとあかねの行動を見て、少々唖然としていた。
だが、彼女たちの指図に従ってお菓子をつぎつぎと入れていった。
 お昼時ということもあってか、そのスーパーはお客がけっこう入っていった。
クリスマスセールも手伝って、その賑やかさはひとしおである。
次は先程の飲み物コーナーに行って、ジュースをカゴにいれた。
お菓子類の入ったカゴはあかねとなびきがそれぞれ2つずつ。飲み物類の入ったカゴは
乱馬とコバ少年がこれも二つずつ持った。
レジで精算をすませて(お金はあかねとなびきが払った。どうやら乱馬とコバ少年の仕事は荷物持ちらしい)、お菓子や飲み物類をたっぷりと詰め込んで、4人は紙袋をひとつずつ持って店を出た。
 店の近くのベンチに腰をおろした。コバ少年がジュースでもおごるよと言ったからである。彼はそれぞれ注文を受けると、自販機で注文どおりにジュースを買い求めた。
乱馬はコーラ、あかねはグレープジュース、なびきはカフェオレ、コバ少年がコーヒーのブラックである。「しっかし、二人ともたっくさん買ったね」とコーヒーを一口すすって、紙袋を見たコバ少年が感心しながら言う。
「だって、安売りしてたんだもん。こういう時に買っておかないと損するのよ」となびき。
すると乱馬が「前にも誰かさんがそんなことを言った覚えがあるぞ。たっくさん買ってきたことあったよな」と言うと、あかねがギクッとした。
コバ少年は乱馬の言動とあかねのしぐさを見逃さなかった。
「と、いいますと。乱馬君」
「実は、前にあったときの帰りにあかねが同じようにスーパーで菓子をたくさん買ったんだな。きょうはその時の二倍くらいの量だぜ」と乱馬は言った。
「こんなに買っちまって、お二人さん。体のことは大丈夫かね?」と乱馬がニヤニヤしながら続ける。乱馬が何を言わんとしているのか理解できた二人は「よけいなお世話よ!!」とムキになった。それを見たコバ少年が「ハハハハハ……」と声をあげて笑い出した。
あとの三人も(うち二人は最初顔をひきつらせていたのだけれども)笑い出した。
「そいじゃ、飲み終わったし。もうすぐ昼だから行こうか。コバも家まで運んでくれないか?」というとコバ少年は右手の親指をたててみせた。そのとき、彼の小指にされている銀色の指輪が太陽の光にあたって、キラッと輝いた。
 家に着くと、彼らはドスンと荷物をおいてただいまの挨拶をした。
出てきたのは、あかねとなびきの父である早雲と長姉、かすみだ。
「おお、おかえり」と早雲は出迎えた。
「あらあら。あなたたち、お菓子をまたこんなにいっぱい買ってきちゃって。きのうあたしもたっくさん買ってきたのに。しまってある場所、いっぱいになっちゃうわねえ」
「しかも今まで買ってきたお菓子には何にも手をつけてないでしょ。すんごい量だわ。これからは食べきっちゃってから買いなさいね。しばらくお菓子や飲み物は買ってきちゃだめよ。あたしもきょう、こんなにたまってきちゃったと気づいたの。あたしも色々買いすぎちゃったみたい」と苦笑いとともに忠告した。実際、彼らの家には膨大な量のお菓子がたまっており、それは地震が来ても十分に生き延びれるであろうくらいの量であった。
 乱馬とコバ少年が「あーあ、やっちゃった」(これがほとんど同時だった)といった。
次の瞬間、玄関は爆笑の渦につつまれた。
その中で乱馬はこんなことも前にあったよなあと思っていた。
 そのとき、早雲とコバ少年の視線がぶつかりあった。
視線のあった二人以外は黙りこんだ。なんだかちょっと違う雰囲気が玄関を包んだ。
早雲は「何だね、君は」と言い出すのかと思いきや、彼の顔をまじまじと見た。
「あれっ……。どこかで見たような顔だなと思ったら、小林君かね?」といった。
「ええ、ご無沙汰しています。天道さん」と彼は笑顔で言った。
「やはり、小林君か。いやあ、こんなに大きくなっちゃったんだなあ」
と早雲は彼をまじまじと見上げて言った。
かすみも驚いた様子で「ええっ、そうなの?うっそー、すっごく背が伸びたのねえ」
コバ少年は「ええ、牛乳ばっかし飲んでいたもので。まだ伸びていますよ。20歳までに
何センチになることやら。ギネスにのったらどうしようかと思ってるんですけど」
と最後は笑顔で冗談めかした。
早雲とかすみ、なびきは声をあげて笑った。乱馬とあかねは何がなんだかわからない。
 「あかね、ほら覚えてないか。前に、お母さんとよく遊びにきていた」と早雲はいった。
あかねは彼の顔をまじまじと見ていたが、ようやく思い出したらしく「えっ。あの…。なんか見覚えのある人だなと思っていたんだけど…」と言った。
「僕もね、あかねちゃんをはじめて見たときに、なんとなく見覚えのある娘だなあと思ってたんだよね。やっぱしそうだったというわけだね」と微笑みながら言った。
早雲は「さあさあ、あがって。お茶でも飲んでいきなさい」と彼を家の中に招き入れた。
コバ少年の母と天道家三姉妹の母が幼いころからの無二の親友だった。
そのため、天道夫人がまだ元気だったころ、彼の母と彼はよく遊びに来ていたようだ。
彼は仏壇でお参りをすると、居間に来てお茶を飲みながら、早雲とかすみ(コバ少年の隣りにはなびきが座っていた)話をした。互いの近況を報告しあったりした。
 不意に「お昼はどうするのかね」と早雲はいった。
「そうですね、どうしましょう。母はなんかの集まりで出かけているので、金を渡されて
勝手に食べなさいといわれていますけど」
「だったら、家で食べていかないか」と早雲は言う。
「えっ、そんな。気をつかっていただかなくても……」と彼は遠慮しかけた。
早雲は「そんな遠慮することはないのだよ。久しぶりに会ったんだからね、何かもてなさなきゃ。店屋物でもとろうかね」と言った。
そのとき「やった!」と後ろで声があがった。声の主は乱馬である。
「あらら、それを期待していた人が若干1名いたようですね」とコバ少年がいうと
その場が爆笑の渦につつまれた。
続けて「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」と彼はもてなしを受けることにした。
と、いうわけで食事をしたのだが、頼んだ品物はというと彼、なびき、あかね、乱馬が全部同じものだった。今夜、日本代表の試合を観に行くので縁起を担いでなのだろうか、カツ丼であった。
 昼食後もお茶を飲みながら話は続いた。早雲と彼は久しぶりに再会したとあって、話は尽きることはなかった。なびきも時折話に加わった。
なびきと彼は同い年ということもあるし、クラスが小学校から今までずっと一緒だったこともあるのだろうか、互いのことは知りすぎるくらい知っていた。
 不意に彼が「あっ、もうこんな時間か。そろそろ僕はこれで」と立ちあがった。
「そうか。お母さんによろしく言っておいてね」と
早雲は彼にそう言付けた。
彼は「ええ、母も近いうちに墓参りに行くって言っていました。伝えておきますよ」
そして、昼食をご馳走になったお礼と別れの挨拶をして、彼は去っていった。
 彼が去った後、早雲が言った。「お前たちは今夜サッカーを見に行くそうだな」
「いいでしょ、お父さん」とあかねが彼に許可を求める。
「試合は何時からだ、そして何時に終わるんだ、誰といくんだね?」と早雲が続けてたずねた。あかねにかわってなびきが時間と誰と行くのかを答えた。
「うん、まあいいだろう。でも、終わったら寄り道せずに帰ってくること。それが条件だぞ」と早雲はゴーサインを出した。
天道家では特に門限は決められてはいないが、あまり遅くなるとそれ相応の罰がある。
彼女らはそれを良く心得ていた。
三人はそれぞれ部屋に戻って、今夜のための準備をはじめた。
 午後5時10分前、準備ができた三人は居間に集合した。
なびきが言う。「集合時間、場所はいい?寒くない格好はした?」とたずねる。
二人はほとんど同時に答えた。「OKです」
「よし、準備は完璧ね。帰りは混むからはぐれないように。もしそうなったら探さずに駅に向かうこと。そこで落ち合うようにするわ、いいわね」と彼女は言う。
そして、かすみの用意したサンドウィッチやバナナ、みかんを適当に食べて、日本茶を飲んだ。玄関はかすみが送り出した。
「気をつけてね。なんかあったら必ず連絡なさいね」
三人は靴をはいて外出した。
 国立競技場へ向かう途中の電車の中は、仕事がえりのビジネスマンや制服を着た学生で
混んでいた。携帯電話で会話する人、読書をする人、たわいのないお喋りに興じる人。
 国立競技場に近い駅で降りると、時間は5時50分を過ぎていた。まだキックオフまでの時間は70分近くあった。
彼らははぐれないようにくっついて歩いた。街にはクリスマスツリーの放つイルミネーションと街灯の光があふれていた。まだクリスマスまでには4日ほどあったが、一足早いクリスマス気分を味わうには格好の良いものであろう。
国立競技場の近くに来ると、それぞれが日本代表のユニホームをまとったり、メガホンやビックフラッグを持って応援に向かう人達の姿が見えた。
彼らはそれを横目で見ながら、集合場所へと足を早めた。
集合場所につくと、彼女が「ここよ」と二人をとめた。
まだコバ少年や友人やそのガールフレンドは来ていないらしい。
集合時間まではまだ少しあるようだった。三人はすこし待つことにした。
 5分ほどたったころだろうか。「おーい」という声に振り向くと、背の高い少年が息をはずませてやってきた。
「ごめんね、待った?」と彼は言う。なびきが「あたしたちも今来たところなのよ」
あとはコバ少年の友人とそのガールフレンドだが、彼によれば「もうすぐ来るはずなんだけど」
 と、そのとき。「ごめん、みんな待ったか?」と声がして、そっちの方に振り向くと少年と少女が立っていた。それを見たあかねがすっとんきょうな声をあげた。
「あれっ、涼子じゃない。もしかして……」
その少女は、あかねのクラスメートだった(当然、乱馬のクラスメートでもある)。
長い髪の毛と、くりくりっとした大きな目が特徴のかわいい女の子だ。
きょうは長い髪をポニーテールにしてきたようだ。
隣りにいるのは、彼女のボーイフレンド。コバ少年の友人でもある。
「あ、そうそう。紹介するね……」と涼子は彼を紹介した。名前は工藤という。
コバ少年とは小学校以来の友人であり、クラスも一緒になったことは多い。
コバ少年同様、サッカー好きでパソコンが趣味でもある。身長はコバ少年ほど大柄ではないけれど、乱馬とほとんど同じ位であった。この二人も互いのことは知りすぎるくらいに知っている仲である。
その友人は、愛嬌たっぷりの笑顔で乱馬とあかねに挨拶した。
「こいつはもみあげがデルピエロにそっくりなんだよ」とコバ少年が笑いながら言う。
「そうそう、デルピエロ工藤ってよんでもOK」彼の言葉に全員が大爆笑。
 デルピエロ(アレッサンドロ・デルピエロ)とはイタリアのユベントスに所属するFW(フォワード)である。イタリア代表でもあり、背番号10を背負うエース・ストライカーだ。
「今、何時?」とあかねがたずねると、コバ少年が「6時20分9秒」
「小林、じゃあみんなそろったからさ。そろそろ中にはいるか」
「うん、そうだな。そうしよう」と同調した。
「チケットは持ってきたかな。あれがないと、はいれないよ」
あかねはバックの中から一枚の封筒を取り出して見せた。
「ん、合格。大オッケー」と工藤少年が言って、全員を笑わせた。
 国立競技場はウィークデーのナイトゲームにもかかわらず、超満員に膨れ上がっていた。
特に20世紀最後の日韓戦とあって、観客も気持ちのいれ込み様が普段と違っていた。
あかねははじめて体験する超満員のスタジアムの雰囲気に少し興奮気味であった。
「最近は国立でビッグな試合が多かったから、超満員なのかもな。トヨタカップ、チャンピオンシップ、そして…日韓戦、か」とコバ少年がつぶやく。彼は暇さえあればサッカーを見にいっているらしく、超満員の観衆に驚いている様子はなかった。
彼らはセンターサークルの近くのスタンド最前列に6つ席をとってあった。
コバ少年、なびき、工藤少年、あかねのクラスメートの涼子、乱馬、あかねの順だ。
不思議なもので、カップルが三組できている。
そんなことは、まあいいだろう。
センターサークル付近にいるから、全体が見渡せて試合展開もよくわかる。
それぞれのゴール裏を見ると、熱狂的な応援団が陣取っているのがわかる。
「ニッポン!ニッポン!」「コリア!コリア!」
彼らは俗に「ウルトラ」と呼ばれる熱狂的な応援団だ。
ちなみにイタリアでは彼らのことを「ティフォーゾ」と呼んでいるそうだ。
 韓国の先発メンバーが発表された。名前を見ると、おなじみの選手もいる。
何人かは、Jリーグで活躍している選手だ。
乱馬やあかねたちは、わからない点を二人の少年にたずねると、わかりやすく丁寧に教えてくれた。
 日本のメンバー紹介は、男性のアナウンスで紹介された。
この日の注目はなんといってもローマで活躍する中田英寿であった。
彼の名がコールされると、スタジアムがワーッとゆれた。
10月にレバノンで行われたアジアカップでは出場を辞退したので、観客も代表での久々の勇姿に心を躍らせているのだろう。あかねと涼子も、黄色い声で「キャー、ヒデー!!」と歓声をあげた。
選手紹介が終わった瞬間、コバ、工藤両少年となびき、涼子が上着を脱ぎ出した。
何をやらかすのかと思いきや、現れたのは日本代表のレプリカユニフォームであった。
背番号は10(コバ)、7(工藤)、9(なびき)、8(涼子)である。
なびきの言っていた「アレ」とはこのことなのであった。
乱馬とあかねは、彼らのいれ込み様に唖然とした。
ちなみに、コバ少年は他にもたくさん(代表、クラブチーム問わず)のレプリカユニフォームを持っているらしい。彼のサッカー好きはものすごいことがわかるだろう。
彼は清水エスパルスの大ファンである。好きな選手はジネディヌ・ジダン(フランス代表&ユベントス)。先に記述したデルピエロと一緒のチームで、ポジションはMF(ミッドフィルダー)。なびきもエスパルスファン。好きな選手は中山雅史(ジュビロ磐田)。
乱馬もあかねもエスパルスファン。好きな選手は乱馬がFWの安永聡太郎、あかねがMFの沢登正朗(ともにエスパルス)。
その後、選手が入場して両国の国歌演奏。「君が代」は全員で合唱。
とくにコバ少年は、日本代表のワッペンのところに手をあてて、目をつぶり、大きめの声で歌っていた。
 何分かのちに、主審の笛の合図で前半の45分がキックオフ。
スタンドでは、ここぞとばかりにカメラのフラッシュがたかれた。
前半は韓国が押し気味に攻めていた。フォワードのチェ・ヨンスやイ・ドングらがゴールを脅かした。
しかし、日本も鉄壁のディフェンスで守り抜く。コーナーキックやゴール前でのフリーキックなどのピンチには、川口の名前をコールする。
前半を終了して、両チームとも得点はなく0-0で折り返した。
日韓戦独特の雰囲気と、一進一退のゲームに観客達は興奮の色をかくせなかった。
コバ少年が「この試合は1点勝負になると思う」といたって冷静に前半を振り返って、試合を分析した。全員が彼の言葉を確信していた。
彼の表情と分析にウソの文字はないようだ。
「聞くところによると、乱馬君とあかねちゃん。エスパルスファンだそうじゃないか」
とコバ少年が切り出した。すると、工藤少年が「おっ、いいじゃないの。エスパルスファン。俺っちもなんだけどね」となんともいえない顔をして、反応をしめした。
その後は、彼らも雑談をして行き詰まる展開の緊張感を緩和しようとした。
 「おっ、出てきたな。(後半が)はじまるぞ」と乱馬がいった。
ふとオーロラヴィジョンにある時計を見ると8時ちょっと過ぎをさしていた。
 後半の45分がキックオフ。
立ちあがりは韓国ペースだが、10分過ぎから日本がボールを支配する時間が長くなった。
司令塔の中田英を中心に、名波浩や中村俊輔、伊東輝悦らが積極的に攻撃参加。
中田英のパスが幾度となく、相手陣内を走り抜けた。「ヒデゴー、ヒデゴー、ヒデゴッゴッゴッ、ヒデゴー」とサポーターは日本の司令塔に声援を送る。フォワードの高原、城も貪欲にゴールを狙うも、なかなかボールはゴールに入ってはくれない。今度は城に声援だ。「ジョー・ショージ!!」と元気に声援を送った。コバ少年は前半と変わらず、厳しい表情で試合を見つめていた。残り時間は刻々と少なくなっていく。「1点勝負になる」という彼の分析も現実味を帯びてきた。
 均衡が破れたのは、後半43分のことだった。
もっともゴールへの執着心が強かったチェ・ヨンスが日本陣内深くドリブルで切り込んだ。
そのボールが森岡によってカットされ、日本のカウンター攻撃の始点となった。
森岡からパスを受けた伊東がドリブルで攻めあがる。中央には中田が待っている。
それを確認した伊東はセンターサークル付近から山なりのボールを中田に送った。
中田は前線に城を確認すると、彼へ得意のスルーパス。
しかし、それは相手ディフェンダーにカットされてしまった。
だが、日本は落胆することなく攻撃への執念を燃やす。
右サイドにいた伊東がドリブルしてきた相手ディフェンダーからボールを奪うと素早く中田にパス。中田はドリブルで切り込み、相手ディフェンダーをひきつけておいてゴールライン際から強引なクロスをあげた。中央には城が待っていた。
彼は躊躇することなく1メートル79センチの長身を生かして強烈なヘディング。
ボールはゴールの右隅上に突き刺さった。
中田にしか出せないパスと城にしかできないゴール。まさに以心伝心としか言いようのないゴールだった。一瞬の静寂のあと、観客は狂喜の叫び声をあげた。
 ゴールが決まった瞬間、6人は一斉に立ちあがった。
あまりに嬉しかったのか「やったー!」とあかねは隣りにいた乱馬に抱きついてしまった。
乱馬も興奮していたのか、彼女が抱きついてきたのはあまり気にならなかった。
コバ少年は、こぶしをつくって振り上げ、雄叫びをあげていた。
「ゴ――――ル!ただいまの得点は、背番号9。ジョー・ショージ!!」とアナウンスされた。
観客はさらに沸いた。サポーターからは「ジョー・ショージコール」が沸き起こった。
残り時間は2分。勝利まではもうすぐである。
 しかし、ここからが油断してはいけない。
キックオフ直後、韓国の怒涛の波状攻撃がはじまった。
全員が日本のゴールに襲いかかる。チェ・ヨンス、イ・ドングらがシュートの雨あられ。
日本も川口を中心とした堅い守りをみせるのであるが、韓国の攻撃はホースから放たれる水のようにとどまることを知らない。
 後半45分を経過、ロスタイムは5分と発表された。後半はファールが多かったためであろう。特に中田へは顕著であった。彼にファウルを与えた選手の中にイエローカードをもらっていた選手もいた。彼をやりたい放題にしてしまうと、惨敗を喫してしまうことにもなりかねない。さらには、城のゴールをアシストしている。マークも今まで以上に厳しい。彼にはイエローカード、あるいはレッドカード(退場を意味する。一試合の出場停止)を覚悟してボールを奪いにいく。
コバ少年が腕時計に目をやる回数が増えていった。表情は厳しさを増してきた。
 50分も半分を過ぎたころ、試合終了を告げる笛が高らかに響いた。
安堵と歓声が拍手とともに国立競技場を包んだ。
コバ少年が工藤少年と視線があったとき、厳しい表情は一転して笑顔になった。
「勝ったなあ、韓国に」と工藤少年。
「うん、今まで以上にハードだったね。カツ丼食っといてよかった」とコバ少年。
全員が爆笑になった。
「さあ、帰ろうか。はぐれないようにね」とうながして、6人は客のごった返す中へと歩いていった。
 出口からたくさんの人が家路をたどるべく歩いていて、その多くは駅の方向だ。
これだけ人がいれば、はぐれてもおかしくない。そう考えた乱馬は、あかねの手をぎゅっと握った。突然、ひとまわり大きな手が彼女の手をつつんだ。ドキッとした彼女は、彼の顔を見た。彼は「はぐれないように、手をつなごう」とさりげなく言った。
彼女は少し頬を赤らめて「うん」と彼の言葉に従った。
後ろでは、コバ少年となびきが二人のやりとりを微笑ましげに見つめていた。
 電車は混んでいて、すし詰め状態であった。しかし降りる駅に近づくと、客はまばらになって座れる席も出てきた。
降りると、汗をかいていたことに気づいた。厚着とすし詰め状態の列車を考えればわかることであろう。二人は「家へ帰ったら、熱い風呂に入ろう」と顔を見合わせて言った。
改札口の上にある時計をひょいと見上げると、10時を少しまわっていた。
彼女は小声で「乱馬、少しはや歩きでお願い。遅くなっちゃうと…ね」と言った。
「あ、そうか。じゃあそうしよう」と彼女の申し出を受け入れた。
彼も天道家の掟なるものを理解しているようである。
 二人は歩いて、家の近くの公園にさしかかったとき、中に入った。
この公園の中を突っ切れば、家までは目と鼻の先である。
手をつなぎながら歩いていると、ふと彼女は立ち止まった。
乱馬は「ん?どうした、あかね」と訝しげにたずねる。
彼女は乱馬の顔をみると、彼にぴたっとくっついて、腕に自分の腕をからめた。
「乱馬ってあったかいんだね。家までこうしていって歩いていい?」
乱馬の方も断る理由はなかったし、なによりこうしていたほうがあったかい。
「いいよ」の言葉を合図に、二人は再び歩き出した。
ふと、あかねが乱馬に言った。「ねえ乱馬。サンタっていると思う?」
「サンタねえ。そういえばしばらく忘れてたな。小さいころはいると信じてたけど。今はそんなのどうでも良くなっちまった」と空を見上げながら言った。
「あたしはいると思うわ。きっとこの世界のどこかに。もしかしたら案外近くにいるかもよ」とあかね。「んっ、近くにいるって?」と乱馬がたずねる。
「それはね…」「それは…?」「やっぱ教えてあげない」とあかねはぺロッと舌を出した。
「意地悪だなあ。教えてくれたっていいじゃねえか」と乱馬はちょっと頬をふくらませた。
「まあ、いいか。そのうちわかるだろ」「そうね」と二人は家のほうへと向かった。
答えをあせる必要などない。なすがままにまかせればいつの日かきっとわかるだろう。
家に帰ると、玄関では「お帰りなさい、寒かったでしょう。日本が勝ってよかったわね」とかすみは笑顔で出迎えてくれた。「かすみお姉ちゃん、お風呂は?」とあかね。
「今ね、なびきが入ってるの。あの娘もちょっと前に帰ってきてね。もうちょっと待っててね。お茶でも飲んでなさい」二人は彼女の言葉にしたがって居間に行くと、お茶をいれてくれた。冷え切った体に温かいお茶が、乾いた土地に水が注がれるようにしみこんだ。
テレビのニュースはスポーツコーナーだった。もちろん彼らが見に行った日韓戦である。しばらく見ていると、風呂から上がったなびきが顔を出した。
考え事でもしていたのだろうか、いつもよりだいぶ長く風呂に入ってたようで顔が少し赤くなっている。
彼女は熱いお茶をいれてもらって、それを飲むと「あたし疲れちゃったから、もう寝るわ」とそそくさと自室へ引っ込んだ。
 あかねも風呂へ入った。熱い風呂が、寒さと疲れを和らげてくれた。
このあとはベットにもぐりこめば、心地よい眠りに落ちることができるだろう。
頭と体と顔を洗い、もう一度湯船につかった。10分ほどのち、彼女は風呂から出た。
居間にいる乱馬に「お風呂でたから。入っていいわよ」と声をかけて、自室へ戻った。
ベットに身を横たえると、「クリスマス・キャロル」の続きを読んだ。
何ページか読むと、眠気をおぼえたので明かりを消した。
彼女は、20世紀もあと数十日という日に、忘れられない思い出がまたできたことに満足して心地よい眠りに落ちた。








作者さまより

こんにちは、Kobayashiです。
「乱×あ・コバくんシリーズ」の3作目。
サッカーの日韓戦があることを思い出したので、それを題材にとりました。日韓戦は12月20日に国立で行われます。ここにあげた選手は、僕の独断で選ばせていただきました。なので実際のものとは異なる場合がありますので、ご了承ください。
テレビで生中継が予定されていますので、サッカーに興味のある方は、ぜひ見ましょう。
僕も観戦します(もちろんテレビでね。なぜならばチケットがとれなかったので)。
 それから、コバ少年に関してですが、彼のことはなびきのクラスメイトという以外は
謎、ということにしようかと思っていました。そうすると色々と面倒なことがでてくることがわかったので、プロフィールを作成したわけです。
彼となびきは、小説にも記述してあるとおりに母親同士がすごく仲が良かったこと、同い年ということもあって、つきあいはかなり長いようです。悪い言い方にも聞こえるかもしれませんが、腐れ縁というやつでしょうか。仲はとても良く、お互いのことは知りすぎているくらいに知っているせいか、性格は良く理解しており、異性ではあるけれど気軽に自分をさらけ出せる仲のようです。
 そして今回もオリキャラが二人新しく登場。
まずは、コバ少年の親友の工藤少年。名前の由来は、巨人の工藤投手から。
血液型はO型、誕生日は11月9日生まれのさそり座。
コバ少年と同じく、サッカー、パソコン、ギターが趣味。
彼もエスパルスファン。
好きな選手はルイス・フィーゴ(ポルトガル代表&レアル・マドリード)。
 そして彼のガールフレンドであり、あかね・乱馬のクラスメイトである涼子ちゃん。
長くきれいな髪とくりくりっとした大きな目が特徴。
普段は髪をおろしていますが、時々リボンでポニーテールにすることもあります。
血液型はA型、誕生日は9月29日生まれのてんびん座です。
趣味はサッカー観戦、読書、イラストを描くことなど。お気に入りのマンガは「カードキャプターさくら」「怪盗セイント・テール」だそうです。
エスパルスファンで好きな選手は中田英寿(日本代表&A.Sローマ)。
この二人も、また機会があったら話に登場させたいと思っています。
なので、プロフィールもつけておきました。以後、お見知りおきを。
 それから、全員が清水エスパルスの大ファンだということにしたのは、作者が熱狂的な
清水エスパルスのファンだったから。生まれも育ちも静岡県。サッカーにはうるさい。
 今回は欲張って色々と詰め込んでしまいました。
そういうわけで、いかがでした?
それではみなさん、また次回にお会いしましょう。さようなら。

 Presented by Kobayashi


 コバくんシリーズ。
 個人的にはこういうオリジナリティー豊かなキャラクターが活躍するらんま的小説も凄く好きなんで勝手にシリーズ化させていただいております。
 次はどんなのかな?こんなのかな?と投稿を待つのもまた一興でございます。

 Jリーグが発足してから、ますます盛んになってきたサッカー。
 私の世代は、何と言っても「釜本選手」が日本的サッカーヒーローなんですけどね・・・(古いぞ!)
 ウインタースポーツ賑やかしこの頃。ワールドカップも目が離せず。サッカーは年がら年中熱いです。

 「怪盗セイントテイル」・・・実はコミック全巻揃ってたりして・・・本放送を全録したビデオもあります。劣化しかかってますが。
 らんまにはまる前、芽美ちゃんも描いて遊んでたことがあった・・・というのは内緒です。娘が好きだったマンガだったもので…。



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