◆幻想(まぼろし)
Kobayashiさま作


 夏といえば何を思い浮かべるか、という質問をすると「海水浴」「キャンプ」などといった
答えが返ってくる。ほかにも「夏休み」(まあ学生がほとんどだろう)がある。
その中に入っていてもおかしくない答えがひとつある。それは何かといえば、「祭り」なのではないか。
夏に行われる祭りは全国で数多い。大小関係なしにあわせると、その数はかなりの数だ。
浴衣、屋台、盆踊り、神輿など日本、いわば和の伝統に相応しいものがメインとなるのである。
日本人は和の伝統に陶酔し、それを大切にして、次の時代へと語り継いでいくのだろう。
そんな祭りの季節がやってきた。


 お盆を過ぎて、夏休みも終盤にさしかかった時のこと。乱馬とあかねの住むところでも、毎年恒例となっている縁日の日がやってきた。天道家でも、その日は夕方になると少し慌しげになった。
「かすみお姉ちゃーん、あたしの浴衣出して」
と末っ子のあかねが長女のかすみに言う。
「はいはい、これね」
と出すと、彼女は部屋に持っていって着た。
着終わると、髪を入念にとかし、それが終わると、二階から降りてきて居間に戻ってきた。
居間にはすでに着終わっていた次女のなびき長女のかすみ、父の早雲、乱馬の父の玄馬が待っていた。
「あれ、乱馬くんは?」
となびきが言うとその直後
「もういくのかー?」
といいながら、おさげ髪の少年が降りてきた。これで全員集合。玄関から出た。その際、鍵はかすみがかけた。
夕方になると、昼間の暑さは和らいでくる。涼しい風も吹いてくるので、少しホッとする。
あかねが
「今年の祭りはバンドがやるんだってね」
といえば、なびきが
「ああ、あたしのクラスのね。たしか3曲くらいやるって言っていたわ」
とあかねに言う。
「ねえ、乱馬は見に行くわよね?」
と隣にいる少年に話し掛けた。
乱馬は
「あ?ああ」
と中途半端な返事をした。と言っている間に祭りの場所である神社についた。
屋台が何軒も並んでいる。「お好み焼き」「たこ焼き」「焼きそば」「大判焼き」「たい焼き」その場で焼いているから、空腹なら生唾がわいてくる。
乱馬は空腹だったから、
「うひょう、焼きそば食うぞ!」
と、さっそく屋台に飛び込んだ。
「んもう、乱馬ったら」とあかねは半分呆れ顔で見ていた。
彼女も、わたあめとたこ焼きを食べて、お面も買うことにした。
屋台のおじさんが
「お嬢ちゃん、どれにするのかい?」
と聞くと、彼女は
「じゃあ、さくらちゃんのお面を」
と少女のお面を指差した。
人気アニメ「カードキャプターさくら」の主人公である。彼女はコミックも全巻そろえていた。
そこへ
「あーかーねっ」
と肩をたたかれたので振り向くとクラスメートのゆかとさゆりがいた。
「あっ、ゆかにさゆりじゃない!久しぶりねえ」
と彼女は笑顔を向けた。
「ねえ、乱馬クンも来てるんでしょ?」
とゆかは言った。
あかねは
「来ているけど…ああだから」
と横を向いた。
ゆかとさゆりもつられて横を見ると、屋台をまわっている少年の姿があった。やはり腹が減っていれば食い気に走ってしまうのか。
さゆりは
「あ、そうそう。バンドそろそろはじまるらしいから見にいこっか」
と、あとの2人を促して、奥へと入っていった。

 バンドのステージは雑然としていた。後ろの方にはギターが並んでおり、どれも高そうに見えた。
席はガラガラで前のほうがあいていたので彼女たちは前のほうに座ることにした。
演奏するメンバーが
音を出している。最終チェックである。彼らはなんとなくハイな気分ではないだろうか。隣にはなびきも友達と座っていたが、あかねはさほど気にしなかった。

 席もだんだん埋まってきたところで「こんばんは!」の一声ではじまった。
まずはメンバーの紹介がある。パートと名前を真ん中の少年が、ユーモアを交え紹介した。時折、ツッコミがはいると客席からはドッと笑いが起こった。
さて、紹介が終わった後はいよいよ演奏である。
「1曲目はオリジナルです。どうぞ」
の直後、エレキギターの派手な音が響いた。そして、もう1本のエレキギター、ベース、ドラムが続く。
MCをやった真ん中の少年は本来、パートがアコースティックギターなのだが、エレキも弾くらしい。弾いているのは1956年製のFenderのストラトキャスターだ。なかなかクリーンな音に定評のあるギターである。
右の彼より背の高い少年は、1958年製のGibsonのレスポール・スタンダードを弾いている。ストラトと違って音が太く、歪みのある音である。この音に虜になったギターリストは多い。
左のベースを持っている少年は、Fenderのジャズベースだ。
レスポールの少年は鮮やかな指使いでリードし、ストラトの少年はバッキングとして16ビートを刻み、ベースの少年は、良い低音を出している。演奏が終わると、観客は拍手喝采だった。
「ありがとうございます!」
と今度はレスポールの少年が言う。彼は、そのあとギターを持ち替えた。今度は1956年製のレスポール・ゴールドトップである。
少しの間の後、ストラトの少年はアコースティックギターに持ちかえた。MartinのD−18である。Martinのギターは乾いた音がとても心地良い。その少年は、後ろの方を見て言いだした。
「うーん。2曲目はお祭りに来ているお父さん方のためにね、THE BEATLESのLet it beをやりたいと思います。では聴いてください」
と演奏がはじまった。
この曲はイントロのピアノの音が印象的な曲である。1970年に発表され、この曲を最後にBEATLESは解散してしまうのだが。演奏が終了したら、後ろで聴いていた何人かの3,40代の人たちはスタンディング・オベーションだった。よほどうれしかったのだろう。
あかねは友達と最前列で聴いていると、ふと何かが目の前をとおった気がした。
「あれっ、ホタル?」
と素っ頓狂な声をあげた。その声が、レスポールの少年に聞こえた。
「ええっ、ホタル。どこに?」
と彼もあたりを見まわした。観客も少しざわついていた。
「あれ、いなくなってしまったみたいね。でもホタルって幻想的でいいよね。天使も幸せな気分になれるけど、ホタルもね……」
とレスポールの少年は言う。再びギターを持ち替えた。先ほど使っていた1958年製のレスポールである。
「じゃあ、最後はオリジナルでいこう。曲名は幻想‐Illusion‐です。聴いてください。」
といって演奏に入った。リードボーカルはレスポールの少年である。詩がなかなかタイトルに似つかわしく幻想的である。
星はいくつも流れ去る時間(とき)を紡ぎ巡り会うため あなたのすべてを愛の歌で飾りたい
音楽も気持ち良い。間奏のギターソロのあと、3人の絶妙なハーモニーが印象的だった。

 あかねは聴きながら、何気なく左をちらりと見たあかねは怪訝な顔をした。なびきが涙を流して
いるのである。視線の先を見るとレスポールを弾いている少年である。
どうしたのかな、何かあったのかな、という思いが頭をよぎった。彼女が涙を流すのはめったに見たことがないからである。
なびきの友達も怪訝そうな表情をして
「なびき、どうしたの。どっか痛いの?」
と声をかけていたが彼女は
「ううん、何でもないの」
と涙をぬぐって友達に笑って見せた。あかねも演奏に聞き入った。
演奏も終わりバンドのメンバー全員で「どうもありがとうございましたー!」
というと、観客席から大きな拍手が起こった。このあと「アンコール!」の声もあがったが、祭りの関係者が「時間の都合で無理がある」とのジェスチュアを見せると、レスポールの少年が
「うーん、ごめんなさい!ちょっと無理みたいです。きょうは本当にありがとうございました」
とあいさつをして、演奏は終了。
「よかったねー」
とさゆりがいえば、
「うん」とゆかもあかねもうなずいた。
最後の曲でのギターの音色が
耳に焼き付いて離れない。あの曲、あのギターの音をもう一度聴きたいな、とあかねは思っていた。
「あ、乱馬クンだ」
とさゆりがいったので、振り向くと
「おーい」と呼んでいる。
行くと乱馬が
「さっき、知らないおっさんが俺に言ったんだけどよ、この神社の裏手にホタルがいるらしいぜ」
と言う。あかねは
「ええっ、本当?ねえ、見に行ってみようよ」
と頼んだ。
「えー、でもみんな待ってんだぜ?」
と言ったが
「いいじゃない。ちょっとだけ」
と手をあわせると
「しゃあねえな。ちょっとだけだぞ」
と渋々、納得した。

 境内の横に、神社の裏手に行くことのできる細い道がある。2人はその道を歩いた。
「さっきバンド聴いているとき、ホタル見たの」
とあかねが乱馬に話し掛けると
「じゃあ、あのおっさんの言っていたことは本当かも知れねえな。半信半疑だったもん」
という。裏手には池があり、道はそこで終わっていた。
「あれ、いないわね。少し待ってみよっか」
と待つことにした。
5分くらいたったころだろうか、乱馬が
言い出した。
「なあ、みんな待っているし。出てこねえからそろそろひき返そっか」
あかねも残念な気分になっていたが、しょうがないわねとひき返すことにした。

 と、その時。ひとつの小さな光が池の周りの草むらから出てきた。
「ねえ、乱馬。ちょっと!」
と乱馬も振り返ったとき、小さな光がひとつ、またひとつと出てきた。ホタルである。何匹もでてきて
池のあたりが明るくなった。
その光景を見て、あかねは思わず
「綺麗…」
と感嘆の声をもらした。
乱馬も
「ああ…」
とうなずいた。しばらくその風景に見とれていた。
「乱馬…ありがとう」
とあかねは
彼の胸に顔をうずめた。乱馬は少し赤くなりながらも、あかねの肩を抱いた。陶酔への扉が開かれたのである。2人はしばらくそのままでいた。

 どのくらい経っただろうか。あかねが乱馬の胸から顔をあげて池の方を見ると、ホタルはいなかった。
「さ、帰ろうぜ」
と乱馬に言われ、もときた道を歩き出した。
境内にでると、みんなが待っていた。
「ずいぶん遅かったじゃないの。2人して、どこいってたのよ」
となびきが冷やかし気味にいった。
「べ、別にいいじゃねえか。か、関係ねえだろ!」
と乱馬が少々どもりながら言う。あかねはそれを見て
くすくす笑った。かすみが
「さ、みんなそろったから帰りましょ」
といい、家路についた。
道を歩きながら、あかねは夏休みの思い出がまたひとつ増えたことに感謝した。
 
 幻想の夏が往く たとえ夢で終わっても
 過ちをおそれずに その場所にたちどまらず
 言葉より目の前の 僕だけを今信じて
 いつまでも 離れない 強い絆求め合う




  Presented by Kobayashi



 蛍の光。一匹だけでも、美しく光ります。それが群生していると、星の如く、思わず見とれてしまいます。
 都会に暮らしているとなかなか、群生地にはおめにかかれませんが…。
 生駒はそこそこ田舎なので、まだ蛍が住む川原が残っているそうな…。なかなかそんな夜更けに蛍だけを見に出かけていくことができない、都会人の私ではありますが。
(一之瀬けいこ)



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