◆STUDY IS PLESANT
ケイさま作


「だから、そのXの座標はね・・。D=の判別式に入れると・・座標がでるの・・そうそう・・違うわよ、それは点と直線の距離の公式だってば・・。」
あかねの部屋から、カリカリとシャープペンの走る音が鳴っている。あかねは一通り説明をまくし立てると、一つ息をついた。
「う〜〜ん・・だから、Xの値は・・・。」
乱馬のペンの動きが止まった。
「違うってば!!だから、何回も教えたでしょ?だからこの公式に・・・。」
あかねが少し口をとがらせる。
「だから、わからねえもんはわかんねえんだよ!!大体、こんな公式覚えたってなんの役にもたたねえだろ。」
「少なくとも、明後日のテストでは役に立つわよ。せめて、赤点とらないくらいには頑張りなさいよ!!」
あかねはまた語気を荒げた。
明後日は高校一年総決算とも言える期末テスト。ここでうっかりひどい点でも取ろうものなら、最悪、落第の恐れすらある。
だが、乱馬の勉強は全くもって、はかどっていない。
(だから、√a2乗+b2乗=・・・・。あ〜〜わかんねえ!!)
確かにさっき見た覚えのある公式。しかし、なんの公式だったか、どう使う公式だったかまるで記憶は不明瞭だ。
(え・・・と、だから・・・こうなって・・)
だが、その頼りない記憶の糸を手繰り寄せながら、白い紙に記号を書き並べていく。
「あかね!これでいいだろ?」
「出来たの?見せてみて。」
乱馬はあかねに解答を手渡した。
「へへへ。流石にそれは合ってるだろ?」
乱馬は目線をあかねに送りながら言った。
「・・・乱馬、本当に真面目にやってるの?全然あってないわよ。」
あかねは深いため息を一つついた。
「げ・・。マジかよ・・。」
二人の間に不穏な空気が流れる。
「あたしの手には負えないわ。お姉ちゃんに教えてもらおうか?」
「なびきか・・。あいつは二年だしな。ちょっと後が怖いけど。」
確かに、金銭の請求を受ける可能性は否めないが、背に腹は替えられない。
なにより、なびきは二年生の中でも常にトップ10には入るほどの優等生なのだ。



「そうねえ、まずは公式を全部書き出してみて。本当はこういう方法はあんまり良くないんだけど・・。原理まで覚える時間はないでしょ?」
上機嫌のためか、それともただのきまぐれか、なびきはあっさりと乱馬に勉強を教える事を了解した。
「おう・・たしか・・。」
乱馬はまた、記憶を辿りながら覚えている限りの公式を白紙に書き出していく。
「乱馬君・・。全部間違ってるわよ。」
なびきはやれやれという顔をすると、紙にテスト範囲の公式全てを書き出した。
「これが正解。」
乱馬の書いたものと見比べると、公式の細部がかなり異なっている。
だが、その小さな間違いは代入の段階で取り返しのつかないミスになるのは確実なのだ。
「とりあえず、これを全部覚えなさい。そうすれば基本題は大体解けるはず。赤点は免れられるわよ。」
なびきはさらりと言った。
「げっ!これを全部?」
「当たり前よ。乱馬。」
冗談じゃないという顔をした乱馬にあかねが口をとがらせた。
「それじゃあ、例題やってみましょうか。」
なびきは一番簡単と思われる問題を参考書から書き出した。


「信じられない・・・。」
なびきは乱馬の解答に目を通すやいなや愕然とした表情をみせた。
その答えはまるで正しくない、いや、惜しくもない、というか、正解への道筋にかすってすらいないのだ。
「そんなこと言ったってよ・・。わかんねえもんは仕方ねえだろ。」
乱馬がぼそっと呟く。どうやら、本当に数学は苦手らしい。
「これは荒療治が必要ね。」
なびきはそういうと、にやっと笑いを浮かべた。
(げっ!!またなんかとんでもないこと思いついたんじゃねえだろうな・・。)
乱馬に嫌な予感が走った。
「あかね、乱馬君の進級のために協力出来るわね?」
なびきは、あかねに目線を送るとそう言った。
「え・・うん。」
あかねは、質問の真意がつかめないながらも、同意の答えを送った。
「走らない馬を走らせる方法は昔から決まってるわ。鼻先にニンジンを吊るせばいいのよ。」
「はあ?」
乱馬はまるで分からないという顔をした。
「もし乱馬君が、数学のテストで60点以上取れたら、あかねのキスをプレゼント!!」
「ええええ!!ちょっとお姉ちゃん、なにを・・」
あっけに取られる乱馬と、赤面して、なびきにくってかかるあかね。
「あーら。嫌なら私のキスでもいいけど?」
なびきはまたにやっと笑った。あかねは言葉に詰まった。
「え・・それは・・。」
「キマリね。乱馬君、頑張るのよ。」
なびきがそう言ったとき、突然勢いよくドアが開いた。

「わはははは!!その賭け乗ったぞ天道あかね!!」

「げっ!!九能?」
「あらー九能ちゃん。遊びに来てたの忘れてたわ。」
なびきはまるで悪びれるそぶりはない。
「天道あかねのキス!!欲しい!!欲しいぞ!!」
九能はいつもの通りのハイテンションだ。迷惑極まりない。
「うーん、じゃあ、得点で勝負しましょうか。九能ちゃんと乱馬君、数学のテストの点が高い方にあかねのキスをプレゼント。」
「ちょっとお姉ちゃん!!勝手に・・・」
あかねの声は九能に遮られた。
「わはははは。了解した!!明後日を楽しみにしていてくれ!!」
そういうと、嵐のように九能は去っていった。
「おねえちゃん!!勝手にそんなこと決めて!!どうするのよ?」
あかねは語気を荒げて言った。
「あら、乱馬君が勝てば問題ないじゃない。」
「そうじゃなくって!!」
あかねがもう一度声を張り上げると、なびきはさっと踵を返した。
「それじゃあ、頑張ってね乱馬君。負けたら大変よ。」
そういうと、なびきはさっさと引き上げていってしまった。


「どうするのよ、乱馬?」
あっけに取られていたあかねがやっと口を開いた。
「どうするって・・・。」
乱馬はまだ、状況の整理も出来ていない。
だいたい、何でこんなテストが、そんな大勝負にならなければならないのか。
「じゃあ、乱馬はあたしと九能先輩をキスさせたいわけ?」
あかねの怒りの矛先は何時の間にか乱馬にすりかわってしまった。
「だれもそんなこと言ってねえだろ!!」
売り言葉に買い言葉。乱馬もつい、語気を荒げてしまう。
「じゃあ、九能先輩に勝てるの?」
「そんなのわかんねえよ。なんだ、あかねは俺にキスしてえのか?」
さらにケンカはヒートアップしていく。
「なによ!!せっかく人が勉強教えてあげようと思ってるのに!!」
「けっこうだ。あかねになんぞ教わらなくても九能のヤツにくらい勝ってやるぜ!!」
もちろん、この言葉に根拠や自信などあるはずもない。
「乱馬のばかぁ!!」
ぱーんと言う音が思い切りひびいた。
続いて、椅子が猛烈な勢いで乱馬に向かって宙を舞った。その衝撃で、乱馬は部屋の外へはじき出された。
「だあああ!!!痛ってえ!!この凶暴女!!」
だが、乱馬が悪態をつく前に、あかねの部屋のドアは強烈な音を立てて閉じられた。
「ちぇっ。なびきに乗せられやがって・・。」
乱馬は一言呟くと、あかねの部屋を後にした。




「ったく・・。厄介なことになっちまったなぁ。」
乱馬は頭から水をかぶるとそう呟いた。
(敵を知り、己を知ればなんとやらだからな。九能のヤツがどれくらいできるか調べねえとな。)
らんまはひょいと、九能宅の塀を飛び越えると、すうっと息を吸い込んだ。
(仕方ねえか・・。)

「九能せんぱ〜い!!九能せんぱ〜い!!いらっしゃいませんかぁ?」

九能の家は今時珍しい純和風の豪邸だ。しかも、家主達の性格を映し出すかのようなひねくれた仕掛けに満ち溢れている。
へたに動きまわって、サスケや小太刀に見つかったり、カラクリに引っかかるよりはまだこちらの方がましというものだ。
(こうすればあのヤローすぐ来るはず!!)
らんまは身構えた。

「会いたかったぞ!!おさげの女!!」

       ばきっ!!

「痛いではないか。」

事故防衛本能か、はたまた極度の嫌悪感のなせる業か、あるいは日ごろの条件反射か。
らんまは、唐突にあらわれた九能を思い切り蹴り飛ばしたのである。
「ごめんなさい、九能先輩。びっくりしちゃて・・。」
らんまは引きつった顔を慌てて取り繕って続けた。
「わたし、今日は九能先輩にお願いがあるの。」
「わはは、心配するなおさげの女。交際ならいつでも大歓迎だ。」
「そうじゃね・・・そうじゃないの。じつはわたし・・、大好きな九能先輩の成績が知りたいの!!」
こみ上げてくる苛立ちと本音を押さえつけながららんまは言った。
「成績!!わはは、お安い御用だ。ちょっと待っていたまえ。」
そう言うと、九能は本宅から紙の束を持ってきた。
「見せて見せて!!」
らんまは、九能から紙の束をもぎとると、最も新しいと思われる得点通知表を開いた。
(えっと数学・・数学は・・げっ!!62点?)
「うむ。前回のテストだな。平均点が35くらいだったから、まあまあの出来といえるだろうな。」
愕然とするらんまをよそに、九能が解説した。
(これは・・やべえ!!)
乱馬の前回の点数は見事な赤点だった。
ちなみに、赤点とは強化にもよるが、大抵の学校では、三十点以下、または、平均点の半分以下と定められている。
風林館高校では後者だ。要するに、前回の乱馬のテストは見るに耐えない結果だったということである。
(こうしちゃいられねえ!!早く勉強しねえと!!)
「それでは、うちでお茶でも飲もうではないか。おさげの女。・・・お下げの女?」
九能がもう一度見回した時には、すでにらんまの姿はなかった。
「どこだぁ!!お下げの女〜!!」
九能の叫び声が走り去るらんまの背後でこだましていた。





「どうしたんだ乱馬?そんなにやつれて。」
無情にも、テストの日は予定通りやって来た。
「おう・・。この二日寝てねえもんだからな・・そんなにひでえか。」
乱馬は参考書に目を走らせながら答えた。
「ひでえぞ。目の下にすげえクマできてる。大丈夫か?」
日ごろ、健康すぎるほど健康な乱馬のやつれ具合に、ひろし達も驚きを隠せない。
「ちょっと、あかね。乱馬君どうしたの?ひどいやつれようじゃない。なにかあったの?」
乱馬の様子に気づいたさゆり達もが、あかねに尋ねた。
「さぁ・・。徹夜で勉強でもしてたんじゃない。」
あかねは軽く言葉を流した。
実は、この二日間の乱馬の猛勉強は知ってはいたものの、ケンカの手前、どうにも乱馬に近寄れなかったのだ。
(あの様子だと、必死で勉強はしてたみたいだけど・・大丈夫かなぁ・・。)
あかねはわき目も振らず参考書を読む乱馬に目線を送った。
(もし、乱馬が九能先輩に勝ったら・・。)
そこまで考えて、あかねは赤面した。
(なに考えてんのよ・・あたし。)
あわててあかねは、頭の中からその考えを追い出した。
(さっ!!集中集中!!)
あかねも、参考書を開き、目を通し始めた。
「なんだ乱馬、勉強してきたのかよ。」
クラスメートの声が、否応なしにあかねの耳に飛び込んできた。
テストの前、高校生の行動は大きく二つに分かれる。
まず、一つはテストに備えて参考書に目を通したり、最後の抵抗をしたりする者たち。
そして、全てをあきらめ、ただひたすらにはしゃぐヤツら。
こいつらは、最後のひとあがきをする人たちから見ると非常に迷惑極まりない。
だが、前回の乱馬はこちらに属していたのは周知の事実である。
「ああ。今回はな。」
乱馬は取り付くしまもなく、目線を参考書へ送ったまま答えた。
「なんだよ〜、乱馬まで赤点から逃げるのかよ〜?一緒に補習しようぜ〜。」
クラスメートはしつこく乱馬にからむ。
「やっかましい!!俺が今回テストで負けるとキスが・・!!」
乱馬は、そこまで声を張り上げると、あわてて口を塞いだ。
「えっ?キス?」
クラスメートはあっけに取られている。
「あのバカ・・。」
あかねはひどく赤面しながらそう呟いた。
「おーい、おまえら席戻れ〜。テスト始めるぞ〜!!」
担任の声で、賑やかだったクラスは、急に静寂と緊張に包まれた。
「一時限目は数学。制限時間は110分だ。不正のないようにな。」
一斉に静まった教室の中にペンを走らせる音がひびき始めた。




「テスト返すぞ〜。呼ばれたものは取りにくるように。」
翌日、担任がテストの束を配り始めると、乱馬とあかねに緊張が走った。
「阿部・・井上・・池田・・〜・・駒谷・・早乙女〜・・・」
乱馬は、テストを受け取ると、おそるおそる、点数に目を走らせた。
「早乙女、今回は良く頑張ったな。」
担任が教壇から乱馬を見下ろしながら言った。
「よし!!」
乱馬の顔がかすかにほころんだ。




「さーて、それじゃあ、二人とも結果を見せてもらおうかしら。」
乱馬とあかねが家に帰り着くと、そこにはすでに九能となびきの姿があった。
九能の手には採点を終えたテストが握られている。乱馬とあかねに、再び緊張が走った。
「わはは!!これでどうだ!!」
九能がテストを高らかにかかげた。
「へー。なかなかね。」
結果は68点。数学のテストとしてはかなりの出来だ。
「それじゃあ、乱馬君は?」
「これだぜ。」
そう言うと、乱馬は答案をなびきに差し出した。
「あらら・・・。」
「どうなのだ!!天道なびき!!」
九能がなびきから、答案をひったくった。
「・・・・・。どうやら僕は少々目が悪いらしいな。天道なびき、点数を読み上げてくれ。」
九能はそういうと、答案をなびきに返した。
「うん。それじゃあ発表します。乱馬君の点数は・・72点!!よってこの勝負乱馬君の勝ち!!」
「やったあ!!」
一番最初に喜びの声をあげたのはあかねだった。
「あっ・・。」
そしてあかねは、なびきと乱馬の目線に気づき、ひどく赤面した。
「うーん、これはびっくりね。おめでとう乱馬君。残念だったわね九能ちゃん。」
「・・・ふ・・ふふふ・・。こうなったら早乙女乱馬、おまえを亡き者に!!」
九能は木刀を抜くと、乱馬にむかってふりかぶった。
「往生際がわるいわよ。九能ちゃん。」
「ぐはっ!!なにをする・・天道・・な・・びき・・・。」
木刀を構えた九能のわき腹になびきの一撃が綺麗に炸裂して、九能はその場にどさっと倒れた。
「それじゃ、邪魔者は消えるわ。乱馬君、しっかり賞品受け取るのよ?」
そう言うと、なびきは九能の襟首を掴むと、ひきずってどこかへ行ってしまった。
「ちょっと、お姉ちゃんってば!!」
「お・・おいなびき!!」
二人きりになった部屋の中に、気まずい空気が流れた。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「あのっ・・」
「えっ?」
乱馬が言いかけた言葉を飲み込んだ。
「いや・・あかねが先でいいよ。」
「え・・うん。その・・おめでとう。」
「お・・おう。ありがと。」
乱馬が少しぎこちなくこたえた。
「それで・・」
「あ・・ああ。」
乱馬が一歩あかねへと歩み出た。少しづつ、二人の距離が縮んでいく。

パシャパシャパシャ!!

なにやら窓の方からシャッターを切る音が聞こえた。
乱馬とあかねは慌てて音の方向へ目線を送る。
「ちぇっ・・気づかれたか・・。」
大方の予想通り、そこにはカメラを抱えたなびきの姿があった。
「なびき!!てめ〜!!」
乱馬はそう言うがはやいか、なびきへ向かって走り出していく。
「これは、逃げるが勝ちね。」
なびきもつかまってなるものかと、窓にかけられたはしごを一気に駆け下りる。
「待て!!てめー!!ネガ渡しやがれ!!」
「いいじゃない!!まだ未遂だったんでしょ?」
乱馬も窓から飛び降りると、なびきを追いかけた。
「・・結局こうなるのね。」
あかねはそう呟くと、鬼ごっこを続ける二人をみながらくすっと笑った。
「ちきしょー!!なびきー!!」
乱馬の悲哀のこもった声が天道家の庭に響き渡っていた。








作者さまより

原作の雰囲気に近づけたつもりのドタバタものです。
なんていうか・・書いてて楽しかったです。自分で書いててニヤニヤしてたり(笑)
黙々とキーボード打ちながらニヤニヤ・・。うわー・・想像したくないです。
実を言うと、この作品は数学のテストが明日だという事実に対する現実逃避の賜物だったりします。
僕にもあかねちゃんのキスがあればなぁ・・(←まだ現実逃避)


ちなみに、数学の平均点はウチの高校に合わせました。
ウチは問題が結構むずかしめなので平均はこんなもんです。僕が前回ヒトケタ点数だったのも問題が難しかったからです。そうに違いないんです!!



 学生の領分は・・・勉学にあり。
 でも、こういうドタバタもまたありなのが学生時代。
 キスを巡るタイマン勝負・・・学生ならではの骨子(プロット)ですね。
 でも、乱馬くん…残念でした!
(一之瀬けいこ)



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