◆Sing for you 
ケイさま作


重い防音扉。宇宙船の扉のような古びたレバーを押し上げて。
煙草の煙と音に満ちた空間。ボロボロの階段を下り、ポスターがところ狭しと貼られた、洞窟のような通路を進んで。
重く分厚い扉を開ける。音と光の空間。溢れる程の少年少女が手を掲げ、ステージに向かって叫ぶ。
観客は足を踏み鳴らし、手を叩き、ステージから高らかに観客の海へ飛び込んでいく。Mosh and Diveの世界。
光を浴びて、ギターが眩しい程に煌く。真っ赤なフライングV。耳を劈くようなドラムビート。
低音が響き渡るベースライン。魂を削り出す叫び声。汗を煌かせながらボーカリストがマイクスタンドを蹴り飛ばす。
そこはうねりの空間。誰もが一つになり、音楽の河を流れる。それはみんな不完全で荒削り。
ライブハウスは今夜も入り口を開けている。明るいネオンの街の片隅。洞窟のような佇まいで。


「うわっ、何だよこの音!」
耳を劈く轟音に、乱馬は思わず声を上げた。
だが、その声はあかねにも、真横のケイスケにも全く届かなかった。
「凄い音ね。耳がおかしくなりそう」
あかねが呟いた。
「間に合ったみたいだな!」
ケイスケがステージの脇に向かって手を振った。真っ赤なギターを持った男がそれに答えて手を振返した。
「これから、あいつらの演奏が始まるんだ!」
ケイスケが叫んだ。
「え?聞こえねえよ!」
「いいからステージ見てろ!」
ステージの照明が一度落とされ、再び灯された。赤い照明の中、先ほどまで演奏していたバンドは消え、代わりに真っ赤なフライングVを持った男がマイクスタンドの前に佇んでいた。
そして、ベースを持った男も、ドラムの男も別人に切り変わっていることに乱馬は気づいた。
「今日も集まってくれてアリガトウ!さあ、行くぜえ!!」
真っ赤なギターを持った男が叫んだ。ドラムビートが鳴り響く。
ベースが低音を刻み出した。それにつれて、観客の中にうねりが生まれつつあった、
ギターの攻撃的なソロが響いた。高音が息もつかせぬスピードで掻き鳴らされた。
次第に、50人入れば満杯のライブハウスに巨大な熱気が渦を巻き始めた。

『Get the liberty!』

ギターを持った男が叫んだ。それに呼応するように、観客達も叫び声を上げた。
マイクスタンドを蹴り上げ、男は歌詞を追い始めた。轟音に飲まれて、その言葉は半分も乱馬の耳には届かなかったが、
胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのが理解できた。それは、全ての観客も同様のようだった。
一曲目が終わり、割れんばかりの拍手をドラムロールが打ち消した。

『Tell me! What you wont be!how・・・・・♪』

攻撃的なビートが響き渡った。ギターの旋律も際限の無い加速を続けている。
胸の奥から搾り出すようなボーカルが、音の風のように吹き荒れた。
観客のうねりは最高潮に達し、乱馬もあかねもその流れに飲まれた。
突然に、ギターの旋律が穏やかになり、単音の旋律がゆっくりと流れ出した。
そして、一瞬の無音の後、ボーカルが叫んだ。

『DIVE! let's dive! さあ飛び込めえッ!行くぜ!「Black fly」!』

引き絞られた弓を放つように、観客達達が沸きあがった。
ギターは加速の極地にたどり着き、観客達は次々にステージに昇り、人の海に飛び込んだ。

『Black fly is my super hero. across the Carfornia sky YEAH!・・・♪』

「俺も行くぜ!」
ケイスケが人の波を縫って、ステージに躍り上がり、観客の海に飛び込んだ。
「俺もだ!」
乱馬も走り出した。思考などもう一つも残っていなかった。ただ、渦の中に溶けていたかった。

『Sun is rizeing another morning.this is feel better.New friend; they are with me. when look around・・・♪』

最後のギターソロが始まった。際限ない加速の果てのスピード。光のような音が次々に生み出された。

『Moon is shining, Another fighting.You should know.You could know.....♪』

曲が終わりに近づき、ベースとドラムのビートが少しづつ緩んでいく。

『Wow Flying in the sky.Fly away high away....♪』

赤いギターを高らかに掲げ、ボーカルが絶唱した。音の津波が駆け抜けていく。

『Wow wow Black Fly・・・・・・・・・・・・♪』

最後のビートが止まり、一瞬の静寂が響いた。
誰もが一度大きく息をつき、その一瞬の後、地鳴りのような拍手が響き渡った。

『アリガトウ!』

バンドのメンバー達が一斉に叫んだ。再び観客は沸きあがった。
アンコールを求める拍手が鳴り響いた。しかし、バンドはその願いに答えることなくステージを降りた。
「あれ?おかしいな、あいつらがアンコールに応えないなんて」
ケイスケが不思議そうな表情を浮かべていた。
「まあいいや。楽屋、行こうぜ」
「え?いいのか?いきなり行って。俺達知り合いじゃないぞ?」
乱馬はあかねに目線を向けながら言った。
「あれ?おまえ気づいてないの?ま、仕方無いか」
「どういうことだ?」
乱馬は訪ねたが、ケイスケはそれには応えず、人の波を縫って楽屋に向かって歩き出した。



「おー!良く来たなケイスケ!それに乱馬達も来てくれたのか!」
真っ赤な髪の男が、言った。さっきまで赤いギターを弾きながら歌っていた男だ。
「へ?なんで俺の名前知ってんだ?」
乱馬がそう言うと、控え室のバンドメンバー達は一斉に笑い出した。
ライトオレンジの髪を刈り込んだ男や、ブラウンの長い髪をヘアバンドで纏めた男も声を殺して笑っていた。
さっきまでドラムを叩いていた男だ。ケイスケも腹を抱えて笑っていた。
「あ、あなたひょっとして!」
あかねが、驚きの声をあげた。
「やっと気づいてくれた?クラスメイトだよ、俺。まぁ、学校の時とは髪の色が全然違うけどさ」
「え?どういうことだ?
乱馬が尋ね返した。
「多分、コイツは元々顔覚えちゃいないんじゃねえか?」
ケイスケは笑いを押し殺しながら乱馬に言った。
「クラスメイトの顔くらい覚えときなさいよ」
「まあ、こいつらは学校ではあんまり目立たないからなぁ」
口をとがらせたあかねに、ケイスケがフォローを入れた。
「ついでに言えば、ベースもドラムもクラスメイトだよ」
ケイスケがそう言うと、
「あかねさんまで気づいてくれないのは悲しいなぁ」
と、ベースの男が口を挟んだ。オレンジの髪に汗の粒が光っていた。
「もう、同じクラスになって二ヶ月以上経つのにねえ」
ドラムの男は苦笑いを浮かべた。
「そんじゃ、自己紹介でもしますか。俺がさっきまでギター弾いてた陽司。ヨウって呼んでくれ」
赤い髪を掻きあげながら、ヨウは笑った。
「俺はドラムの元樹。みんなはモっちゃんって呼ぶよ。あんまり気に入ってないあだなだけどさ」
元樹が、ブラウンの頭を掻きながら苦笑すると、バンドメンバー達は一斉に笑った。
「俺がベースの総一郎。みんなはソウって呼ぶ。よろしくね」
そう言いながら、総一郎はベースを少し打ち鳴らした。低音が楽屋に響いた。
「思い出したか?乱馬?」
「いや、全然・・」
ケイスケは処置なし、といった顔で苦笑すると、また楽屋に笑いが起きた。
「そういや、珍しいな。おまえらがアンコールに応えないなんてさ」
ケイスケが思い出したように言うと、ヨウは少し苦い顔になり、ズボンの裾を捲った。
「まぁ、見てくれよ。途中で、調子に乗ってダイブした時だな。足、やっちゃってさ。立ってられなかったんだよ」
陽司はそう言うと、足首を二三度動かすと、苦痛に顔を歪めた。
その足首は、通常の倍程に腫れあがり、その怪我が決っして軽くはないことを伺わせた。
「ヒビは、いってるな」
乱馬が呟いた。武道をやっている人間にとって怪我はつきものだ。自然、詳しくなる道理である。
「やっぱそうか。捻挫にしちゃ腫れすぎると思ったよ。・・ってことは俺、今日の打ち上げ出れないの?」
泣きそうな顔で陽司が言った。
「当然だな。病院直行。ちなみに、会費は帰ってこないぞ。予約の時に払い込んでるからな」
ソウが言うと、陽司はがっくりとうなだれた。祝い事の好きな男なのだろう。
「いいって、病院なんか明日行けば。俺は打ち上げ出るぞ!」
開き直ったように、ヨウは叫んだ。
「ほー。じゃあ、ちょっと歩いてみろ」
総一郎に促されて、ヨウは歩こうと立ち上がったが、一歩も進まないうちによろけて倒れた。
当たり前だ。ヒビどころか完全に折れていてもおかしくはない腫れようなのだ。
「ちきしょー!ダメか!」
「当然だな。病院行くぞ」
元樹も冷静に言った。
「あー、勿体無いことしたなぁ。いいよ、タクシー呼ぶからさ。おまえら打ち上げやっててくれ。金もったいないからさ」
「とりあえず、ヨウは病院行くとして・・うわー、参ったな。モっちゃんのドラムも運ぶのに」
総一郎は巨大な荷物をみながら苦笑した。
「備え付けの使えばよかったな。まぁ、音にこだわるから仕方ないけどさ」
元樹もそう言ってドラムのケースを二三度叩いた。
ドラムの金具以外の部分は持ち込みだったのだ。大抵は備え付けのものを使うのだが、こだわりが裏目にでた格好だ。
「とりあえず、俺はヨウを病院まで送ってくるよ。先にドラム運べるだけ運んどいてくれ」
元樹がそう言うと、
「どんだけ運べるかねえ」
と、総一郎は膨大な量の荷物を前に肩を落とした。
「あの、手伝おうか?」
あかねがおずおずと申し出ると、メンバー達は笑い出した。
「いや、ありがたいけれど、女の子には無理だよ。大丈夫だよ、俺の家は近いからさ。二往復すればいいだけだよ」
総一郎がそう言うと、乱馬は
「知らないってのは幸せだよな」
と、ぼそりと呟いた。
「まあ、見ててよ」
と、あかねは言うと、一番大きなドラムのケースを軽々と持ち上げた。大の男でもやっと持ち上げられるくらいの重さだ。
「うそ・・」
メンバー達は一斉に言葉を失った。あかねは、学校では人気の美少女なのだ。
「怪力女だからな。・・よっと」
乱馬もひょい、とケースを両手に持ち上げた。こちらも普通は一人一つ持つのが精一杯の重さである。
「安心して病院行けるわ」
陽司がなかば呆れたように呟いた。
「とっとと、病院済ませようぜ。早く終われば打ち上げ出れるだろ」
元樹がそう言うと、陽司は、そうだな、と呟いた。
「そうだ。このお礼ってわけでもないけどさ、乱馬もあかねさんも打ち上げ出ないか?ケイスケも」
「悪い、俺はこのあと用があるんだ」
陽司の誘いにケイスケは残念そうに言った。
「乱馬はどうだ?チケットの売上あるし、金はいいからさ」
「行くぜ。折角だしな、あかねも行くだろ?」
陽司の誘いに乱馬は軽く応じた。あかねも少し気後れした様子だったが、
「乱馬が行くならいくわ」
と、応じた。
「OK。そんじゃ、ソウと行っててくれ。俺はヨウを送ったらすぐ行くからさ。ヨウも来るなっつっても多分来るだろうし」
元樹がそう言うと、陽司は「絶対行くぜ」と呟いた。




「打ち上げ会場はここだよ」
一通りの荷物を総一郎の家に運び終えて、乱馬、あかね、それに総一郎の三人は打ち上げ会場に向かった。
その頃には、すっかり空は暗くなっていた。
運んだ荷物はドラムセットに加えて、ベース、ギターと決して軽いものではなかったが、乱馬とあかねの力があれば軽いものだった。
「え?ここって?」
あかねが驚き顔で尋ねた。当然だ。そこは「LooSter」と看板のかかったショット・バーだったのだ。
「マスター、来たよ」
気後れする二人をよそに、総一郎は悠々とドアをくぐりカウンターに腰掛けた。
「来たか、悪ガキども」
見事な口髭を生やした、巨漢のマスターがグラスを磨きながら言った。
乱馬は多少気後れしながらも、店内に入り周囲を見渡した。巨大なアンプと、壁に所狭しと貼られたロック・アーティストのポスターが目に付いた。
カウンター席が6つと、テーブルが二つの狭い店内には、乱馬達以外の客は見当たらなかった。
最も目を引くのは、狭い店内を更に狭くするステージの存在だ。店の真ん中にあるステージには、巨大なドラムセットが備え付けてあった。
「珍しいな。いつもの悪ガキ三人組じゃないのか。随分可愛らしいお嬢さんまでいる。女っ気のないおまえらにしちゃ珍しいな」
マスターは豪放な笑いを浮かべながらそう言った。
「ヨウはライブで怪我してさ。モっちゃんと一緒に病院行ったよ。ま、とりあえずジントニックくれよ、マスター。あ、乱馬はどうする?ビール?」
「ビール?」
怪訝な顔であかねが尋ねた。
「あ、もらうぜ」
「だめよ!お酒なんて!」
頼みかけた乱馬をあかねが制した。
「ははは!お嬢ちゃんいいこというな!悪ガキ、お嬢ちゃんの言うとおりだ。今日は酒ナシだ。ま、当然のことなんだがな」
「マジかよ、マスター」
「ま、そう膨れるな。ホラ、ジントニックだ。ジン抜きだけどな」
マスターはそう言うと、また豪快に笑った。
「ちぇっ。素直にトニックウォーターって言えよ」
総一郎はぼやきながらマスターからグラスを受け取った。
「兄ちゃん達は何飲む?コーラフロートがお勧めだな。アイスは自家製だよ。お嬢ちゃんもそれでいいかな?」
「お、いいな。もらうぜ」
乱馬が言うと、あかねも、
「私もそれください」
と続けた。
「お、うまいぜコレ」
コーラの上に浮いたアイスクリームをパクつきながら、乱馬が言った。乱馬は甘いものに目が無いのだ。
「当たり前だよ。ウチの自家製だからな」
マスターは2m近い巨体を揺すって、また大きな声で笑った。
「さて、今日の演奏、どうだった?乱馬もあかねさんも来てくれるの初めてだよな?」
総一郎が少し照れ笑いを浮かべながら尋ねた。
「良かったぜ。凄い楽しいもんだな」
乱馬は素直に応えた。格闘以外でこれほど我を忘れて楽しめることはちょっと思い当たらなかった。
「楽しかったわ。凄い音だった」
あかねは、コーラフロートを掻き混ぜながら言った。
「そう言ってくれると嬉しいよ。ヨウ達にも言ってやってくれ。凄い喜ぶからさ」
総一郎はそう言うと、グラスを一息に干した。
「おーい、まだやってるよなー?」
そこに元樹が走り込んできた。息を切らしている。多分、走って来たのだろう。
「おう、モっちゃん、来たか。ヨウの奴どうよ?」
「ああ、それがな。あ、マスター、ジンバッグね」
元樹が注文すると、マスターはニヤっと笑ってグラスに液体を注いだ。
「あいつ、入院だよ。足首の剥離骨折。全治三ヶ月だってさ。二週間入院。あの野朗、痛いくせに痩せガマンしてたんだな」
「マジかよ、どうすんだ、夏祭りの演奏」
「参ったよな・・。キャンセルしかないないかなぁ」
総一郎が肩を落としていると、マスターは元樹の前にグラスを置いた。
それを一息飲んだ元樹は怪訝な顔をした。
「アレ?マスター。これただのジンジャーエールじゃん」
「馬鹿野朗、ジンバッグだ。ジン抜きだけどな。お嬢ちゃんの言う通りなんだよ。今日は酒ヌキだ、わかったか?悪ガキども」
「なんだよ、それ」
「いいから、ジンジャーエール飲んでろ。その代わり今日はタダだ。ヨウの奴も来れないみたいだしな。スペアリブ焼いたら食うか?」
「マジ?タダなの?ラッキー!乱馬もあかねさんも思いっきり食べろよ!このマスター、熊みたいな顔のワリに料理上手いんだよ」
「熊みたい、は余計だ。悪ガキ」
そう言うと、マスターは元樹の頭をこづいた。
その様子がまさに熊のようだったので、思わず乱馬もあかねも吹きだした。


間もなくして、こんがりと焼きあがったスペアリブがそれぞれの前に配られた。
「旨そうだな!」
乱馬はそう言うと、スペアリブに齧りついた。それは確かにスパイスが効いて旨かった。
マスターは当然のように、自分にも一本取り分けると、旨そうに齧りついていた。
「しかし、どうするよ?夏祭りの演奏。もう、チケットも売っちゃってるしなぁ」
「参ったな。返金なんてことになったら結構マズいぞ」
「だよなぁ・・」
元樹に言われて、総一郎はがっくりと肩を落とした。
「なんなんだ?夏祭りって?」
残ったスペアリブを頬張りながら、乱馬が尋ねた。
「ああ、来月夏祭りあるだろ?そのときライブステージが立つんだけどさ、そこで演奏する予定なんだよ」
スペアリブを頬張りながら、総一郎が応えた。
「でも、なぁ。ウチのバンドはヨウ一人でギターもボーカルもやってるから、あいつ抜けると演奏にならないんだよなぁ」
元樹はそう言うと、残ったジンジャーエールを一息で飲み干した。
「ギターはまぁ、知り合いに頼めるけど、ボーカルとなるとな。気心も知れてないと難しいし」
「だよなぁ」
総一郎はそう言うと、また肩を落とした。
「それは困るわね」
あかねが言った。確かに、陽司がいなければ、あの演奏は再現出来ないだろう。
「おい、悪ガキども!話はいいからとりあえず、演奏しろ」
唐突にマスターはそう言うと、カウンターから出て巨大なアンプに配線を繋ぎ、店の奥から磨き上げられたギターを出してきた。
木目調の美しいストラトギターだった。続いて、ベースとシールドもゴソゴソと取り出してきた。
「マスター。俺達ライブやってきたんだぜ?今日はいいよ」
「うるせえ。俺はギター弾きたいんだよ。いいから弾け。ほら、元樹、おまえはドラム叩け」
マスターは当然のように元樹を備え付けのドラムに座らせると、二三度ギターを掻き鳴らして音を調整した。
「そんじゃ、弾くか。でもボーカルいないとサマにならないな・・そうだ、乱馬歌わないか?」
「え?俺がか?」
「いいじゃない。乱馬、歌ったら?」
あかねも目を輝かせた。
「よし!歌ってやるぜ!」
そう言うと、乱馬は立ち上がり、マイクスタンドごとマイクを掴んだ。
正直な話、ライブを見て以来やってみたくて仕方がなかったのだ。
「何弾く?」
マスターが尋ねた。
「Queenがいいな。「Another one bite dust」はどう?乱馬も聞いたことくらいあるんじゃないか?」
そういうと、総一郎はメロディーラインをベースで刻んだ。
「聞いたことあるな。古い曲だよな」
乱馬は流行の音楽を聴くタイプではないが、往年の名曲は何故か耳に馴染みがあった。
「歌詞はあるぞ」
そう言うと、マスターはボロボロの歌詞カードを取り出すと、乱馬に渡した。
「思いっきりアレンジして、ギターを全体にかぶせるぞ。その方が歌いやすいだろ。音響も入れられないしな」
「OK!」
元樹と総一郎がそう言うと、ベースラインとドラムロールが一斉に鳴り響いた。
マスターのギターテクは凄まじいものだった。陽司もかなり上手い部類だが、それでも比較にならないほどの技術だった。

『Another one bite dust wow・・・♪』

乱馬の声が響き渡った。三人の演奏がますます熱を帯びた。
あかねは思わずその音と光景に見惚れた。
乱馬の力強い声は、歴史の隅に埋もれそうな古い曲に際限ない力を与えた。
数分は、まるで一瞬のように過ぎ去った。
「ふぅ。ありがとよ、悪ガキども!」
マスターはそういうと、ギターを壁に立てかけた」
「気持ちいいもんだな!思いっきり叫んだぜ!」
「あ、ああ」
半ば、放心したように総一郎が乱馬に応えた。
「なあ、モっちゃん・・」
「ああ、ソウも同じこと考えてるな」
「だよな」
「ああ、そうだ」
マスターがギターの片付けを終えて、カウンターに戻った時、総一郎と元樹の声が同時に店に響いた。
「乱馬!夏祭り、ボーカルやってくれ!」
その刹那、グラスの中の溶けかけた氷のカラン、と落ちる音が響き渡った。









作者さまより

遥か昔に、投稿しようと思って書きかけていた作品を焼き直しました。
季節が滅茶苦茶なのは、そのせいなので、許してください。高校三年生の夏休みを想定しています。
いや、一度乱馬にバンドやらせてみたかったんです。絶対、似合うだろうなぁ、と。飲酒シーンをギリギリで回避しつつ書き上げました(w
オリジナルキャラの、陽司、総一郎、元樹、そしてマスターの四人は、実在の知人をモデルにしました。狭い店内に無理やりドラムを置いて、
客に演奏を強要する、巨漢マスターの店「LooSter」も実は実在だったりします。
自分の日常や好きな空間に乱馬達を放り込んだ感じです。なので、書いていてとても楽しかったです。
オリキャラを勝手にクラスメートにしたりしてしまいましたが、そこはご勘弁のほどを。
今のところ、オリキャラばかりが動いていて、自分勝手に書きすぎな感じがしますが、許してください。
この先、良牙やムースも出してドタバタの展開になる予定ですので。お好きなハードロックでもかけながら読んでいただけば、少し楽しんでいただけるかもしれないです。
ところで、乱馬達のクラスメートの脇役、ケイスケ、であってましたよね・・?


 ちなみにらんま1/2のアニメシリーズに出てくるクラスメイトは「ひろし」と「大介」くんです。原作では名前の表記はありません。
 でも、それはそれ。他のオリジナルな名前をたくさん使っても良いのではないでしょうか?他にクラスメイトはたくさん居る筈です。
 新しいキャラクターと出会える、それがオリジナルキャラの楽しさでもあります。
 バンドシリーズとして展開していくのでしょうか。わくわくします。
 乱馬がリードボーカルかあ。似合ってますね。多分楽器は出来ないでしょうけれど、目立ちたがり屋だし、自己顕示欲強いし・・・。かっこいいし(笑
 楽器を自在に扱うには体力も要ります。か細い弦楽器一本にしても、そうなのです。
 あかねちゃんもドキドキしながら応援しそうですよね。全国デビューなんてことになったらどするんでしょう?天道道場と無差別格闘は・・・なーんてね。
(一之瀬けいこ)




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