◆包み込むように
ケイさま作


「乱馬のバカ!!」
あかねの怒声が雨空に響いた。
約束の場所に乱馬が来ないのだ。それも、彼から誘ったデート。
だが、時間は約束の時間をゆうに1時間は過ぎている。
しとしとと落ちる雨が傘にその行く手を遮られ、あかねの足元に力なく落ちた。
(もうこんな時間じゃない・・・)
空の色も、徐々に濃くなり、はしる車もライトを点灯し始める。

「帰ろ・・・。」
あかねはぽつりと呟いて、踵を返した。
帰り道はひどく長くて寒い。
待ち合わせ場所の何とも知れないオブジェが、雨の雫を受けて悲しげに泣いていた。


「あら、あかねちゃんお帰りなさい。」
家に帰り着いたあかねをかすみが出迎えた。
「ただいま・・。おねえちゃん、乱馬知らない?」
あかねは尋ねた。一発ひっぱたいてやろうと思っていた。
「あかねちゃん・・。やっぱり乱馬君と約束してたのね?乱馬君、うわごとでぶつぶつ呟いてたから・・」
かすみは静かに言った。
「うわごとって・・、乱馬どうしたの?」
あかねは聞き返す。
「乱馬君、どこかに出かけようとして、玄関で倒れたのよ。熱が40度以上あったから・・」
「えっ!!今はどうなの?」
あかねはあわてて聞き返す。その声からは明らかに動揺がうかがえた。
「今はおばさまがそばについて看病してるけど・・。熱は下がらないみたい。」
「そう・・・。」
あかねはかすみの言葉に気のない返事を返した。

(乱馬の具合、そんなに悪いのかな?)
自分の部屋に帰ったあかねは頬杖をつきながらそんなことを考えていた。
先刻までは、ただ約束をすっぽかされた腹立たしさだけが心を支配していたが、今は違う。
ただ純粋に乱馬が気になる。心配で仕方がない。
今すぐ様子を見に行きたい。
でも、乱馬にはのどかがつきっぱなしだ。あかねの性格上、様子も見に行けない。
(まぁ・・。乱馬の事だから心配ないだろうけど・・。)
とりあえずそう考えてみる。だが、心は落ちつかない。

(心配・・・だな・・・。)

結局そうだ。心配なんだ。
自分の半身が苦しんでいるような、何時の間にか芽生えた・・感情。

「あかねちゃん!!乱馬来ていないかしら?」
あかねの思考はのどかの声に打ち切られた。
「え・・・来てないですけど。どうしたんですか?」
唐突な問いに、思わずあかねは聴き返す。
「乱馬、ちょっと目を離した間にどこかに消えちゃって・・・。まだ熱も下がってないのに・・・」
のどかは狼狽を隠せない。
「あかねちゃん、あの子の行き先に心当たりないかしら・・。」
「え・・・まさか・・。」
あかねの脳裏を一抹の不安がよぎった。まさか・・・。
「乱馬、多分熱にうかされてるんだと思うの。あの子に限って心配ないと思うけど・・・。でも・・」
あかねの不安は確信へと変わった。
(乱馬、約束の場所へ行ったんだ・・。あたしが家にいるかくらい確認していけばいいのに・・。)
「おばさま・・。わたし、乱馬の居場所に心当たりあります。」
「本当?あかねちゃん。何処なの?」
のどかの表情がにわかに明るくなる。
あかねはのどかに一部始終を話した。
今日は乱馬とデートの約束があったこと。一時間ほど待ったが、待ちきれず帰ってきたこと。
「そうだったの・・・。そんな日に熱出すなんて、間の悪い子ね。」
「私、迎えに行ってきます。それにそんな熱が出てるのにこんな雨の中、出歩いたら・・・」
あかねの言葉は悲鳴に近かった。
「そうね。それなら私の出る幕じゃないわね。あかねちゃん。よろしくお願いね。」
のどかは静かに微笑んだ。
「はいっ!!」

あかねは玄関から走り出した。
案の定、玄関に乱馬の靴は見当たらない。やはり、予想はあたっているようだ。
約束の公園のオブジェの前まであかねはわき目もふらず走った。
踏みつけた水溜りのせいで、靴の中に少しばかり水が入った。
九月の冷たい雨。
(乱馬、雨に当っただろうな・・。お湯・・持ってくればよかったかな。)
そんなことが頭をよぎる。
気がつくと、目の前にオブジェは見えていた。
そして、オブジェによしかかる傘を差した人影がひとつ。
すっかり日が落ちてしまった公園の中にたち尽くしていた。

「乱馬・・・。」
あかねはその人影に後ろから呼びかけた。
雨の粒はただ二人の間に落ち続ける。
「あかね!!良かった。もう帰っちゃったと思ったぜ。」
乱馬は少し笑っていった。
(あ・・思ったより元気みたい。)
あかねはそう思った。
「ゲホッ・・ゲホゲホッ・・・」
「乱馬!!ちょっと大丈夫?」
あかねはあわてて乱馬の背中をさする。
「ごめんな・・・。約束の時間に遅れちゃって。行こうと思ったら急にフラフラっときてな。目を覚ましたらベットに寝てたんだ。」
乱馬はもうしわけなさそうに言った。
「・・・。」
「おいあかね・・。そんな怒ってんのかよ?」
黙りこくってしまったあかねにすこし慌てて乱馬が聞く。
「・・・・ばか。」
小さくあかねが言った。
「ばか!!ばか!!ばか!!あんたねえ!!自分がどれだけ熱あるかわかってるの?せっかくおねえちゃんとおばさまがベットに運んでくれたんだから
そのまんま寝てなさいよ!!肺炎でもおこしたらどうするのよ!!」
あかねは涙声でまくしたてた。
「え・・。そんなに俺、熱ないぜ。ちょっとだるいだけだよ。」
「なに言ってんのよ!!」
そういうと、あかねは乱馬の額に手を当てた。
「あ・・・手が冷たくて気持ちいいな。」
乱馬がぽつっと言った。
「ばか!!あたしの手が冷たいんじゃなくてあんたが熱いのよ!!ほら!!」
そう言ってあかねは乱馬の額にじぶんのひたいを押し付けた。
「おっおい・・」
「なに照れてんのよ・・・」
乱馬の顔が紅潮する。もちろん原因は熱だけではない。
「ほら!!これでわかったでしょ!!さあ、帰るわよ!!」
「ああ。あっ・・ちょっと・・。」
「どうしたってのよ・・。」
「・・・これ・・。」
そういって乱馬は小さな花束を差し出した。
「・・・・。」
「おい、なんか言ってくれよ・・・。照れちまうだろ・・。」
「ありがとう・・・。」
あかねが小さく微笑んだ。

「そういや、おまえ傘さしてないだろ!!」
乱馬はあかねの全身がびしょぬれなのに気づいた。
「あ・・・あわてて走ってきたから・・」
「しゃあねえな・・。ほら、入れよ」
そういって乱馬は傘をあかねのうえにかかげた。雨粒が傘の端から滴る。
「うん、ありがとう・・・。」
「寒くないか?あかね。」
家に向かって少し歩いたところで、乱馬があかねに聞いた。
「うん・・・少し・・。」
あかねは普段着のままだ。
「よし!!ほら!」
そういって乱馬は着ていた上着をあかねにかけた。
「ちょっとあんた・・。熱あるのに・・。」
ティーシャツ一枚になった乱馬をみかねてあかねが言った。
「いいから着てろ!!・・・おまえまで風邪引いたらおじさんたちに合わす顔がねえだろ。」
「そんなのいいから、乱馬が着てなさいよ!!」
「いいんだよ!!・・・おれが・・おれがそうしたいんだから!!」
「・・・しかたないわね。」
あかねは悪戯っぽく笑うと乱馬の右腕に抱きついた。
「おっ・・おい!!」
突然のことに乱馬は少し取り乱す。
「いいでしょ。あたしがそうしたいんだから・・・」
雨の道に二人の足音がこだまし続けた。


「あかねちゃん・・。乱馬はの様子はどう?」
のどかがあかねに聞いた。いつのまにか乱馬の看病の役目はあかねのものになったらしい。
「はい。大分熱も下がったみたいで。ぐっすり眠ってます。」
「そう。よかったわ。」
「はい。乱馬ならきっとすぐよくなると思います。」
あかねはさっきまで乱馬の頭にのっていた濡れタオルをしぼっている。
「そうそう。あかねちゃん・・この花束どうしたの?」
「あっ・・それは・・。」
あかねは少し赤面した。
「ふふっ・・。あの子も少しは気が利いたこと出来るようになったみたいね。花瓶にいけてあかねちゃんの部屋に置いとくわ。」
「はいっ!!」
あかねがいとおしそうに抱きしめた花束の花びらから雨の雫が一滴落ちた。







作者さまより
突発のネタです・・・。また乱あのラブラブ短編になってしまいました(笑)
最近、すごく好きなんですよね。書いてて楽しいですこの二人は。けいこさんの影響なのは間違いないなぁ。
あいかわらず上達しない自分が悲しいです。もっと上手く書けるようになりたい・・。
とにかく、がんばって書きましたので読んでもらえるとうれしいです。

ちなみに題名はMISIAの曲より。僕の小説の題名は全部曲名です(笑)


 セプテンバーレイン♪・・・9月の雨って結構好きなんです。私。
 それにしても・・乱馬くんやるねえ・・・積極的だ。
(一之瀬けいこ)





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