◇GONE
ケイさま作



大型の台風十八号は北北東へと進路を変えながらゆっくりと北上する見込みです。
お出かけの皆様は強風にご注意下さい・・・。
つけっぱなしのテレビから台風の接近の情報が流れている。
もう夏も終わったと言うのに、発達した台風が日本の上空をゆっくりと歩んでいる。
轟々とした風が吹き付ける。空は濃いグレーに覆われ、太陽はその光の一筋さえ与えない。
「やな・・天気だな・・・。」
稽古を区切り、道場の前に立って、どんよりとした空を見上げながら乱馬がつぶやいた。
日が射さないと空気までもが灰色に見える。
だが、彼の心を曇らせている物はそれだけではない。
夏休み明け、始業式の話題の定番。

「乱馬、この夏休みあかねとなんかあったのか?」

(なんもねえよ。)

「なんもなかった?冗談だろ?おまえら許婚じゃないのか?」

(親が勝手に決めたことだ。)

「なあ、本当にあかねって乱馬のこと好きなのか?」

(・・・しらねえよ。)

「もしもそうじゃないなら・・・、ちょっとあかねかわいそうかもな。」

(どうして?)

「だってそうだろ?親に突然そんなこと押し付けられてさ。好きでもないんなら苦痛なだけじゃないか?)

頭をよぎる友人の言葉。そして自分との押し問答がひたすら続いていた。
夏の終わりの物悲しい天気は乱馬の心に重石をかける。
考えてみれば・・・疑問。思考はひたすら同じところを低迷しつづけ、そして辿り着く。

     「わからない・・・・」

誰よりも自分があかねを理解っている。そんな事を勝手に思っていた。
でも、それは違うかもしれない・・・。ひょっとしたらあかねは耐えているのかもしれない。
想いが形にならない不安。想いが言葉にならない不安。そんなものが乱馬を包んでいた。

「・・・好きな者同士なら、いつも一緒に居たいと思うもんだけどな。」

友人の言葉が頭をよぎる。
わからない。いつも一緒に居るのだ。はじめてあったときから変わらない、乱馬の居場所。
居心地のいい空間。周囲からの冷やかしはあったもののそこは乱馬にとって一番居心地のいい場所だ。
だが、それはあかねも一緒なのか?そんな疑問が頭を渦巻く。
そんなことは本人しかわからない。
乱馬自身の中でついに認識した感情。・・認めざるを得なかった感情。 
それを認めたときから得体の知れない不安が胸にこびりついている。

空からは大粒の雨が落ち始めた。
台風のもたらした雨は急激に勢いを増し、乱馬の体を容赦なく打ちつける。
雨に打たれた彼の体は、精悍な男から、女へと変化を遂げた。
だが、そんな事は気にならない、いや、今は気にする気にもなれない。
雨はなおも勢いを増し、乱馬の体を打ち続ける。
乱馬は眼の辺りを腕でぐっとこすると、もう一度空へ向き直った。
ほんの数年前までは自分がこんなことを考えるようになるとは思いもしなかった。
今だって、きっと心の何処かでは認めたくない。
でも、その気持ち以上に巨大な感情が乱馬の心を支配している。
昨日までは気にも止めなかった。しかし、考えてみれば当然のこと。
自分以外の人の気持ちは決して解からないのだ。
どれほど解かったつもりでも。どれほど信じたつもりでも。

「なにやってるのよ!!乱馬、びしょぬれじゃない。」
乱馬の後ろから声が響いた。
「もう・・・こんな雨の中ぼーっと突っ立ってるから・・・風邪引くわよ。」
そういってあかねは持っている傘を少し持ち替えて乱馬の上にかざした。
「ああ・・・ありがとよ。」
乱馬は気のない返事をする。
「ほら、早く家、入るわよ。」
そういってあかねは家へ向かって歩き出す。乱馬はその歩みに合わせて、傘の下を歩く。
体が近づく。左の肩があかねに触れている。
道場の前から玄関までのほんの数メートルの道。
それは瞬く間に過ぎ去った。

「ほら、乱馬タオル!!」
乱馬に頭からお湯をかけてから、あかねは乱馬にタオルを手渡した。
「お、サンキュー。」
乱馬はタオルを受け取り、わしわしと頭の水を拭った。
そしてタオルを降ろすと濡れた右肩を拭うあかねが目に入った。
(あいつ・・・。自分が濡れるのに俺を傘に入れてくれたのか?)
乱馬の頭に数分前の記憶が蘇った。あかねの持っていた傘は小さめだった。
いくら女の姿で普段より体が小さいといっても、あれに二人の体を全て収めるのは難しい。
(俺なんてどうせビショぬれだったのに・・・)
「ほら、乱馬はやく着替えてきなよ。風邪引くわよ。」
そう言ってあかねは乱馬の方へ向き直った。
目が合う。聞きたい・・・。胸の中で高鳴る疑問。

(おまえは俺の許婚でいいのか?)

知りたい。でも聞きたくない。
怖い。いままでどんな強敵と向かい合ってもこんなことはなかった。
口の中が乾く。言葉が紡げない。
「なに乱馬ぼーっとしてるの?」
乱馬の様子をあかねは不思議に思ったようだ。
「・・・あっ、いや・・」
「どうしたの?なんかおかしいわよ、今日の乱馬。」
怪訝な顔であかねが聞き返す。
「・・い・・いや・・・ちょっと聞きてえんだけどさ・・・」
言葉はどうしてもしどろもどろになる。思考がまとまらない。
「なに?」
あかねはまっすぐに乱馬を見る。乱馬はその目線がすこし眩しかった。
「・・なぁ・・おまえ、親に突然・・その、許婚とか決められていやじゃねえのか?」
あかねの表情はすこし曇る。
「ねえ、乱馬はいやなの?」
あかねが逆に聞き返した。
真っ直ぐな視線が乱馬を射抜く。
そんな筈はない。嫌いならこんなに苦しくなんかない。
言葉にならない。

(乱馬は嫌なの?)

同じ言葉が頭の中でリピートする。
そんなわけはねえと叫びたい。口が動かない。
「嫌・・・なの?」
しびれを切らしたあかねが聞き直す。
「・・そんなわけねえ!!」
ついに本当の気持ちが堰を切った。
長い間溜めこみ続けた感情。溢れ出した感情は水門をこじ開け、濁流のようにほとばしる。
「嫌だったら・・楽だった。」
一度堰を切った言葉は止まるはずもない。
「あかねがどう思ってるか、不安なんだ。あかねが俺との許婚が嫌だったらって思うと・・・」

     「ばか・・・」

やわらかな声が誰も居ない部屋に響いた。
ふわりと艶やかな黒髪が乱馬の顔にかかる。全身に暖かなぬくもりが流れた。
「ばかなんだから・・・そんなはずないじゃない・・」
あかねは乱馬を強く抱きしめた。そして・・・乱馬もそれに応えた。
雨音は二人を包むBGMをかき鳴らしつづけている。





台風十八号は昨夜のうちに温帯低気圧となって、北北東方面へ通過しました。
東京付近はは暴風圏から外れ、さわやかな秋晴れの一日となるでしょう・・・
朝のあわただしい朝食時にテレビは今日の天気予報を告げている。
「いやー乱馬君、あかね、すまなかったね。昨日のうちに旅行から帰るつもりだったんだが、台風で道が通行止めになってね。
昨日の夜は大丈夫だったかい?」
「なにいってんのお父さん。なんも謝ることないわよ。乱馬君と二人の夜を楽しんだんでしょ?ね、あかね?」
「なに言ってるのよおねえちゃん・・・。」
あかねは真っ赤になっている。
「あっ!!もうこんな時間!!ほら、乱馬はやく!!遅刻するわよ!!」
「わかってるよ!!・・・ハクションっ!!風邪引いたかな・・」
乱馬は一つくしゃみをすると、食べかけのパンを口に押し込んだ。
「ほら、乱馬急いで!!」
「おう!!」
今日も変わりない朝がきた。昨日の大雨が嘘のように空は晴れ渡り、さわやかな風が吹いている。
普段となにも変わらず、二人は学校へ走る。
昨日とは少しだけ違う距離で・・・.

                        
    SUMMER HAS GONE 
  
        BUT NEXT SEASONS WILL HOLD THERE LOVE ・・・・








作者さまより

また書いちゃいました・・・。ゴメンナサイ・・・。
今回は何を書きたかったかって言うと、「弱気な乱馬」が書きたかったんです(笑)
なんてゆーか・・・その、男心ってやつです。僕は水をかけても女にはなれませんので女心はわかりません(ぉ)
不安ですよねえ、人の気持ちは読めませんから。普段強気な乱馬もこんなことを思うときがあるんじゃないかなーなんて。
でも、乱馬がどう思おうとあかねの気持ちはいつでも乱馬にあると思いますけどね。
それと、こないだ過ぎ去った台風と・・。合わさったらこんなふうになりました。
夏から秋へと移り変わる物悲しさをなんとなく出せていたら、と思います。
成功か失敗かは解かりませんが読んでもらえると嬉しいです。

・・・それと英文は自信ないです。多分・・意味は通ってると思うんですが・・。
間違ってたらご愛嬌ってことで・・・ダメですか?


「好き」という確信がなくても二人の間には固い絆があると思います。
でも、確信が持てない分、どうしても臆病になったり猜疑心が沸いたり・・・
素直になれない気持ち。誰にでもある恋の悩みなのかもしれません。

「嫌だったら・・・楽だった。」
乱馬が吐いた言葉。名言だと思います。
心にぐっときたのは私だけではないでしょう。
(一之瀬けいこ)



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