◇SUMMER TRIVE (前編)
ケイさま作


じりじりじりじりじりじり・・・・・・・・・・・・・・
「あっちー!!」
さんさんと降り注ぐ陽射しに耐えかね、乱馬が叫んだ。
どうやら、時間はまだ早朝。それもすずめのさえずりが聞こえ始めるくらいの時間だ。この時間でこれだけの暑さと言うことは
今日はきっと恐ろしく暑くなることだろう。
「くそ親父・・・カーテン蹴っ飛ばしやがって・・・」
どうやら、玄馬がカーテンを蹴り飛ばしたため、直射日光が真っ直ぐ乱馬へと降り注いでいたようだ。すぐ横で玄馬とのどかが幸せそうに眠っている。
「乱馬・・・男らしく育ったのね・・・」
またのどか母さんのお決まりの寝言だ。成長した乱馬とあえてさぞ嬉しかったのだろう。再会から一年が経過した今でも時折寝言で言っている。
それを聞くたびに、乱馬は何処と無くくすぐったい気持ちになるのだった。
もう乱馬の目は完全に覚めてしまった。もう寝直そうにも眠れないだろう。それに今日は日曜なのだ。早起きして健康的に過ごすのも悪くない。
乱馬はそう思い、とりあえず着替えて外に出てみることにした。真夏の心地よい陽射しが肌に当たる。
まだ早朝のため、気温はさほど高くなく、一日で一番爽快な時間かもしれない。乱馬はそんなことを考えながら天道家の玄関をくぐった。
もちろん別に何処に行こうという気もないのだが、少しぶらぶらと歩こうと思っているようだ。
「んっ?あれは・・・」
そんな彼の目に入ったのは早朝ランニング中のあかねだった。流石にまじめな天道家三女。日々鍛錬を怠ってはいない。
「よっ。あかね。」
乱馬はあかねに気づかれないよう後ろに走りより、声をかけた。
「えっ?乱馬?何してるの?こんな時間に」
あかねは一瞬驚いたあと乱馬に質問してきた。まあ、それもそうだろう。なにせ、彼は休日は昼まで寝るのがお決まりなのだから。
「ああ。ちょっと目が醒めちゃってな。散歩でもしようかと思ってたとこ」
「ふうん・・めずらしいこともあるもんね。」
すこしだけとげのある言い回しであかねが言った。
「あかねはまだ早朝ランニングやってたのか?」
「当たり前よ。どこかの寝坊さんとと違うもの。」
あかねはそういうとくすっと笑った。
「俺は寝起きが悪いからな。朝は弱いんだ・・・」
つられて乱馬も笑った。
「ところで乱馬今日海行くの知ってる?」
唐突にあかねが言った。
「うみぃ?初耳だぞ?」
「やっぱり・・・昨日の夜お父さん達が勝手に決めたから。乱馬もう寝てたもの」
そういえば・・・乱馬の脳裏による遅くまで何かごそごそやっていた玄馬の姿が浮かんだ。
「親父の奴・・昨日の夜なんかやってると思ったら・・・」
きっと今日の朝突然教えて驚かそうとでも思ってたのだろう。意図的に隠されていたようだ。
「だから、準備しといたほうがいいわよ。」
「そうだな・・。」
「それと、ポットにお湯を入れて持ってたほうがいいかもね。」
「・・へ?なんで?お湯くらい海でも用意できるんじゃねえか?」
乱馬が聞き返した。
「普段ならそれでもいいんだけど・・・。今日は九能先輩が来るらしいから・・」
かなり困ったことをさらりとあかねが言った。
「げ・・・。あいつが?」
「そう。お姉ちゃんが運転手兼、スポンサーとして呼んだらしいわ。」
九能はなびきにいいように使われてるようだ。もっとも、彼の性格上そのことには気づきもしないだろうが・・・
「だから、お湯用意しておかないと、いろいろ危ないんじゃない?」
「確かに・・」
乱馬の脳裏にスイカ島の悪夢が蘇った。あの記憶は未だに夢に見るほどの恐怖を乱馬に与えている。
「わかった。用意しとくぜ。」
「それじゃあ、また後でね。」
そう言ってあかねは汗を拭いながら、家の中へと入っていった。
「海か・・・。」
期待と不安が入り混じった気持ちが乱馬の中を抜けていった。



「乱馬!!用意は出来たか?」
「乱馬君急いで!!九能ちゃん来ちゃったわよ」
「わははは!!来てやったぞ天道あかね!!」
「あらあら。にぎやかですねえ。」
相変わらずのドタバタぶりで一日は始まった。一行は兎にも角にも用意を済ませ、九能の運転する車に乗り込んだ。
さすがは、金持ちのボンボンだけあって、わざわざランドクルーザーを用意してきたようだ。
のどか母さんの見送るなか、車は海へとひた走った。
「着いたぞ!!」
3時間ほど経ってビーチサイドの駐車場に車は止まった。
「九能ちゃん・・・あんた運転ヘタ過ぎ・・・・」
なびきが珍しくへたって言った。だが、なびきはまだ元気なほうだ。
道中の九能の運転はあまりにも危険極まりなかった。崖に落ちそうになること2回。追突寸前4回。バナナの皮でスピンすること3回(マリオカートか!!)
乗っている全員が走馬灯を見たほどだ。ちなみに、早雲と玄馬は早々に気を失いシートに倒れ伏している。
「はっはっは。今年免許をとったばかりだからな。だが安全運転は心がけているぞ。」
不愉快なほどに九能は元気だ。
「あいつの運転する車は二度と乗らねえ・・・」
車酔いで動けなくなったあかねを抱えながら、乱馬が呟いた。
「うーん・・うーん・・ぶつかる・・・・」
「ほら、お父さんしっかりして。」
まだ気を失っている早雲と玄馬をかすみが優しく介抱している。
「なんでお姉ちゃんそんな元気なのよ・・・」
なびきがやっとのことで立ち上がり聞いた。
「あら・・。そんなに大変だったのかしら?私出発した後すぐに眠っちゃったからわからないわ。」
「・・・・尊敬するわ・・」
流石は天道家の菩薩。神経の作りも並ではないらしい。
「とりあえず、海の家でも行こうぜ。そこなら休めるし。」
まだ立ち直れないあかねを抱えて乱馬が言った。
「はっはっは。海の家ならすぐそこにあるぞ。」
九能が能天気に応えた。



「ふぅ・・・。やっと一息ついたわ・・」
ジュースの空き缶を片手にあかねが呟いた。
親父ペアもすっかり元気を取り戻し、海へと走っていった。なびきも九能と一緒に海ではしゃいでいる。
不思議なことに、真夏の炎天下の休日だと言うのに、海岸周辺には人っ子一人いないのだ。おまけに海の家の店員も見当たらない。
「乱馬は泳がないの?」
「・・・泳げると思うか?」
乱馬はあかねにぶっきらぼうに答えた。
「そうね。九能先輩いるもんね・・。」
「ああ。あいつの前でうっかり女になんてなっちまったら最悪だからな。」
乱馬がそう言った瞬間、
「いかんぞ!!天道あかね。折角海に来たのに泳がんとは!!」
おまけとばかりに乱馬を突き飛ばしながら、唐突に九能が海の家に飛び込んできた。
みし・・・・
「いってえな。先輩!!」
乱馬の怒りの蹴りが九能に炸裂する。
「なにをする!」
九能は水着を着ていても、当然のように何処からとも無く木刀を取り出す。
「やるか!!センパイ!!」
「望むところだ!早乙女乱馬!!」
お約束の激突が始まった。九能の剣も、スイカ修行を経てかなりパワーアップしている。
「ちょっと!!やめなさいよ二人とも!!」
あかねがさけんだ。だがここまで熱くなった二人の耳に、そんな声など届くはずもない。
「でやーーーー」
「たたたたたたたた!!」
「おぬしら!!店を壊すのはやめんか!!!」
コロン婆さんの怒声が響いた。その直後、九能と乱馬はコロン婆さんの杖の一撃で地面に叩き伏せられてしまった。
「へ?ば・・ばーさん?」
すっ転ばされた態勢のまま呆けたように乱馬が言った。ちなみに九能はのびてしまっている。
「おばあさん?なんでこんな所に?」
あかねも驚きを隠せない。
「おぬしら店名を見なかったのか?」
慌てて乱馬とあかねは店の外に走り出て、店名を確かめた。「海の家 猫」
「なるほど・・・って猫飯店はどうしたんだよ?!」
「うむ。夏場は中華の売上が落ちるでの。夏休みの時期は海の家で一稼ぎさせてもらっとるのじゃよ」
「ちょっとまって・・・ってことは・・」
あかねのいやな予感は見事的中した。
「乱馬!!私に会いにわざわざ海に来たのだな?」
「やっぱり・・・」
案の定、厨房から飛び出してきたシャンプーが乱馬に飛びついた。
「わざわざ海まで逢いに来くるなんて、やっぱり乱馬、私を愛してるあるね。」
「ぐーぜんだ!!ぐーぜん!!」
あかねの冷たい視線を突き刺さるほどに感じながら、乱馬は慌てて弁解した。
「まあ、仲が良くていいわね!!」
あかねの顔は笑っているが目は決して笑ってはいない。
「なにいってんだよ!!やきもちも度が過ぎるとかわいくねーぞ!!」
「だれがあんたなんかにやきもちやくってのよ!!勝手にシャンプーと遊んでればいいじゃない!!」
「あかねの言うとおりある。私と遊ぶね。」
「はい、そこまでじゃ!!痴話喧嘩はいったん休んでワシの話しを聞け!!」
「ん?なんだよ婆さん。話しって?」
神妙な顔でコロンが続けた。
「うむ。おぬしらここへ来る途中に、海辺を見てきたか?」
「ああ。みてきたぜ。それがどうしたんだ?」
「変に思わなかったか?」
「いや、別に何も思わなかったけど・・・」
「ひょっとして、人が誰もいないってことですか?」
あかねが口を挟んだ。
「そうじゃ。今、この辺りの海は誰も泳いではならないことになっておる。」
「なんで?化け物でもでるってか?」
乱馬の軽い調子の言葉に、コロン婆さんは一息ため息をついた後
「そうじゃ。」
と応えた。
「化け物ぉ?」
乱馬が信じられないと言う具合に聞いた。
「この海には七人ミサキがでるんじゃ。」
「それって、海で死んだ人の浮かばれない霊が集まって出来るって言うあれですか?」
わりと怪談話に詳しいあかねが訊いた。
「ほお、良く知っておるのう。七人ミサキは人を海に引きずりこんで殺そうとする危険な妖怪じゃからのう。
ここでは数十年前に数人がそやつの手にかかり溺れ死んだそうじゃ、高名な霊能者の手によって封印されてたんじゃが・・」
そこまで言って、コロンはふうっと一息ついた。
「あのとおりじゃ。」
そう言って、海のほうを指差した。海の中の大岩の上に、どうやら赤い鳥居だったとおぼしい柱が二本立っている。
だが、肝心の鳥居の部分はぽっきりと折れてしまっているようで、柱の根元だけが惨めな様相を晒している。
「先日の大波でやられたようじゃ。もっともかなり古い物だったから仕方ないかもしれんが。」
「封印が解けた・・・ってわけか。」
「そのとおりじゃ。」
「たまたま海の家をやっていたワシが退治を請け負ったわけじゃ。何も知らずに海に入る間抜けな輩を止める仕事もあるがの。」
「え!!ちょっと待って!!お姉ちゃんたち海に入ってるわよ!!」
「あ!!そういえば!!」
乱馬とあかねは大慌てで海へ走った。
「おねーちゃん!!おとうさん!!」
「どうしたの?あかねに乱馬くん。そんなにあわてて。」
「あ・・お姉ちゃん!!よかった!」
そう言ってあかねはなびきに抱きついた。
「ちょっとどうしたってのよあかね?」
「どうしたんだ?あかね」
「あかね、どうしたの?」
海から上がってきた早雲とかすみも心配そうに声をかけた。
「それが・・・・」
乱馬が事の次第を説明した。
「七人ミサキぃ?!」
「はい。だから、この海はあぶないらしいです。」
すっとんきょうな声をあげた早雲に乱馬が応えた。
「でも乱馬くん。七人ミサキっていったらかなり狂暴な妖怪でしょ?でも私達ぜんぜん襲われなかったわよ?」
なびきが言った。
「そうなんじゃよ。」
唐突に、コロン婆さんが話しに割り込んだ。
「わしらも退治するためにこの数日ずっと海を見張っておるが、一度も見つけられないんじゃよ。ひょっとしたら
封印の話し自体が作り話なのかもしれん。このとおり、全く妖気も感じないじゃろ?」
乱馬は武道家としての感覚を研ぎ澄ませてみた。古来より、妖怪退治は武道家の仕事とされるように、武道を極めた人間は
自然と、超感覚的な霊感を身につけることができる。勿論生半可な修行では無理ではあるが・・。
「なにも嫌な感じはないぜ。」
そう言って乱馬は辺りを見まわしてみた。さんさんと照りつける太陽。うっては返す波。妖怪が出るには少々場違いだ。
「わしもじゃ。」
玄馬が言った。
「うむ。わしもこの数日ずっと張り込んではいるが、一度も妖気のかけらも感じん。明日いっぱい見張って何も出ないようなら
海に人を入れても良いと管理組合に伝えに行こうとおもっておる。今日一日は貸しきりだと思って海で遊んでも良いじゃろ。」
「そうだな。もし現れたってこの面子なら逆に退治しちゃうぜ」
「わははは!!悪の妖怪め!!刀の錆にしてくれる!!」
いつの間にやら立ち直った九能が雄たけびを上げた。
「よろしく頼むわよ。九能ちゃん」
「わははは任せておけ!!」
「けっ・・調子のいい・・・」
「乱馬もよろしく頼むわよ。」
憎まれ口を叩く乱馬にあかねが言った。
「ん?そうだな。かすみさんはか弱いからな。しっかり守らないと」
相変わらず、乱馬は素直でない。彼の性格上「俺が守ってやるぜ」なんて口が裂けても言えないのだ。
「あんた、大事な人を一人忘れてない?」
「ん?なびきか?あいつは九能に任せとけば・・・」
「もっと身近で大事な人を忘れてないかしら?」
少々あかねの言葉は怒気を含んでいる。
「うーん・・・もう一人は妖怪より強いから大丈夫だろ!!」
この台詞の直後、ブロックをも砕くあかねの正拳突きが乱馬に炸裂したことはいうまでもない。
この後、めいめいは海で遊びつづけたが、七人ミサキが現れることは無かった。



つづく




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