◇SUMMER TRIVE  後編
ケイさま作


じゅうじゅうとバーベキューの焼ける音が響いている。すっかり日も傾き、大分海は薄暗くなりかけている。
一行は、今夜は「海の家 猫」に泊まることに決め、少し遅めの夕食をとっていた。
「ムース!!見張りをサボったバツじゃ!!おのれは今夜は夕飯抜きじゃ!!」
どうやら、ムースは海の見張りをほっぽらかして、昼間中遊びほうけていたらしい。
つい先程帰ってきて、コロン婆さんに大目玉を食わされている。
「おらは昨日までまじめに見張りをしてただ!!一日くらいやすんだっていいじゃろう!!」
「まあまあ二人とも落ち着いて。いいじゃないですか、ムース君も昨日までしっかりやっていたんだから。」
早雲が二人に割って入り、仲裁している。
「なんちゅう人使いの荒いばばあじゃ・・・」
ムースは一言呟いた。
「くそおやじ!!それは俺の肉だ!!」
「さもしいぞ乱馬!!たかが肉の一つや二つで!!」
「だったら俺の肉返しやがれ!!」
いつものとおり早乙女親子がドタバタやっている。
「てやーーーー!!」
その少し向こうでは、九能がなびきにいわれるままにスイカを木刀で切っている。一太刀で食べごろサイズにに切る技と、
見事な切り口はスイカ修行の賜物だろう。
「あら、すごいですねえ。」
「見物人がいないのが残念だわ・・」
かすみは素直に感心しているが、なびきはこの芸を金に出来ないのが口惜しいようだ。
「はぁ・・」
あかねは周囲を見渡して、小さくため息をついた。今日は結局乱馬は海に入らなかった。そのためあかねも乱馬に付き合って海に入らずにすごしてしまったのだ。
「せっかく、新しい水着持ってきてたのにな・・・」
今日のために用意した新しい水着は、バックの中で眠ったままで、結局日の目を見ることは無かった。
もっとも、乱馬が泳がないのに、自分だけ泳ぐ気など全くしなかったのだが。
「おい、早乙女乱馬。ちょっと話しがあるだ。」
玄馬と肉の奪い合いをしていた乱馬にムースが声をかけた。珍しく真剣な顔をしている。
「なんだよ?」
「協力してやるから協力せい!!」
小声でムースは意味不明な事を言い出した。
「は?何に協力しろってんだ?」
「おらは今夜シャンプーと二人きりになりたいだ。じゃが、そのためにはおまえが邪魔なんじゃ。おまえだってあかねといっしょに今夜を過ごしたいじゃろ?
そのために、今夜シャンプーがおまえを誘いに来る前にあかねを連れてどこかに行ってほしいだ」
「な・・・なんで俺があんな可愛くねー女と・・」
乱馬は思わず赤面する。
「乱馬、本音で話すだ。おらはシャンプーがすきじゃ。おまえはあかねが好きなんじゃろう?違うか?」
「・・・そりゃあ・・・好きだ・・。」
ムースの真っ直ぐなまなざしに圧倒され、遂に乱馬も本音を漏らした。
「じゃあ、しっかり頼むだ。」
そういってムースはまたシャンプーのほうへ戻っていった。
「・・・・・・・。」
実は乱馬は、ムースに言われるまでも無くあかねと今夜一緒に過ごしたいと思っていた。別に何か下心が・・・無いわけでもないが
とにかく昼間は回りに人がいすぎてろくに話しも出来なかったのだ。せめてゆっくりと話しがしたかった。
普段は何かとすれ違っていても、きっとここでなら・・乱馬はそんな淡い期待を胸に描いていた。
そんな乱馬の葛藤をよそに、夜は更けて行く。時計も二時を回って、先程までのドンチャン騒ぎも収まり、だれもが眠りについた。そう、数人を除いては。
乱馬たち一行は、海の家の、普段は客が入る畳の部屋を借りて寝ることにした。シャンプーとコロン婆さんは管理人用の部屋で眠りについている。
ちなみにムースはシャンプーに管理人室を追い出され、乱馬達とおなじへやで寝ている。
「そろそろかな・・・」
まわりが大方寝静まったのを確認して、乱馬は忍び足であかねの方へ向かった。
「おい・・・あかね。おきてるか?」
乱馬の心臓が早鐘を打ち始めた。
「・・・乱馬も眠れないの?」
「ああ。ちょっと出ないか?」
乱馬はあかねを連れて、砂浜のほうへ出た。満月とまではいかないが、だいぶ丸みを帯びた月が夜中の海を優しく照らしている。
「・・・むっ!!早乙女乱馬!!抜け駆けは許せ・むぐぅ・・」
「だめよ九能ちゃん。愛し合う二人の邪魔したら・・・。」
なびきが乱馬達の後を追おうとした九能の口を抑えた。
「ふぁなへえ!!ふぇんほうははへははふぁふふぁい!!(離せ!!天道あかねが危ない!!)」
「もう・・聞き分けが無いわね・・」
どすっ!!
なびきの右正拳突きが九能に決まった。九能は声もあげずにその場に倒れこんで気を失ってしまった。
流石になびきも天道道場の娘だということかもしれない。
「あーあ・・すぐそばにこんなにいい女がいるってのに、なんで気づかないかな?九能ちゃん・・・」
なびきの呟いた台詞に気づいたものは一人もいなかった。


心地よい波の音が二人を包みこんでいた。
『なんでこんなに安らぐんだろ?』
砂浜にあかねと並んで座りながら乱馬は思った。それが横に座るあかねのせいなのか、それとも波の音のお陰なのかは乱馬にはわからなかったが。
「・・・涼しいね。」
「ああ。そうだな・・」
優しい沈黙が二人を包んだ。ほのかに青い月の光があかねの顔を優しく照らしている。
「今日・・・泳げなくて残念だったね。」
「ん?べつにどうってことないさ。・・でも今度は九能なしでこようぜ。」
「そうね・・」
そういってあかねは少し笑った後、唐突に乱馬の肩に抱き着いてきた。
「あっあかね?どっどうしたんだ?」
あまりに突然のことに取り乱す乱馬。しかし、よくみるとあかねは震えている。
「乱馬・・・あれ・・何?」
ガタガタと震えながらあかねが指差した方向をみると、昼間に見た壊れた赤い鳥居の少し手前辺りを何人かが並んでこちらへ向かって歩いている。
「・・・っ!!七人ミサキか?やばい・・海の家へ戻ろう!!」
「ダメ・・・足が動かない!!」
あかねがそう言った瞬間、乱馬の足も凍りついたように動かなくなってしまった。
「な?!俺の足も動かねえ!!」
チャリンチャリンと杖条のなる音が近づいてきている。
「あかねに・・手は出させねえ!!」
そう言って乱馬はあかねを強く抱きしめた。だが、七人ミサキとの距離はもはや数メートルだ。
乱馬は精一杯の眼力でにらみ据えるが、全く意に介せず、ミサキはこちらへ向かって歩いてきている。
「乱馬・・・」
「うおお!!動けえ!!」
乱馬は己の動かぬ足を思いきり叩いたが、まるで動こうとはしない。
ついにミサキは乱馬とあかねの目の前にまで迫った。杓条ををかたてに、尼僧の衣を引きずりながら。
「きゃああああ!!」
ミサキの顔・・・いや、顔であった部分がはっきりと見える距離になった瞬間、あかねは絶叫した。
生きていた頃は女であったとおぼしい、ミサキの顔は既に、腐乱し、剥がれ落ちた顔の皮膚からは白骨が覗いている。
「あかね!!見るな!!」
乱馬があかねの顔を胸に抱きかかえた瞬間、先頭を歩いていたミサキの手はついにあかねの足をつかんだ。
「はなして!!!」
「あかねを離せぇ!!」
・・・・・・オマエヲ コロセバ ワレラハ カイホウサレル・・・・・・・・・・
ミサキが凄まじい力であかねを海に引き込もうとしている。そしてそれに耐えている間にも、一人、また一人と、
ミサキ達は乱馬たちの体をつかみ、海へと引きずっていく。
「やめろ!!俺はいい!!だからあかねをはなせええ!!」
・・・・・・オマエヲ コロセバ ワレラハ ラクニナル・・・・・・・・・
乱馬の悲痛な叫びもむなしく、あかねの体は半分海に入ってしまった。
・・・・・・モウスコシダ・・・モウスコシデオンナハシヌ・・・・・
「乱馬!!逃げて!!私を離せばきっと逃げられる・がぼっ・・・・!」
ついにあかねの顔も海に沈んでしまった。
「あかね〜・・がぼっ・・・・」
乱馬も海に沈められ始めた。
「苦しい・・・もうだめか・・・」
乱馬の意識にも、もやがかかり始めた。その直後だった。
『早乙女乱馬君!!もう諦めるのですか?それではあかねの夫たる資格はありませんね』
乱馬の頭の中に女性の声が直接響いた。
『それでは、あかねを不幸にするだけです。いっそここであかねとともに死したほうが幸福かもしれません』
「だれがあかねを不幸にするって?」
ぼやけた意識の中で、乱馬の意地がたぎり始めた。
『愛する人一人救えない男がどうやって人を幸せにするというのです!!』
「だれがあかねを救えないって!!」
ぼやけた意識が一気に正常に戻った。
「ふざけんな!!俺はあかねを守る!!例え何があっても!!」
さっきまで、あれほど動かなかった足が嘘のように動き始めた。乱馬は体を押さえつけるミサキを跳ね飛ばし、
「あかねを・・離せぇ!!」
叫びながらあかねの頭を抑えつけて殺そうとしているミサキを一蹴りのもとに吹き飛ばす。腐食した死体で出来たミサキの体はバラバラに砕けていく。
オノレ・・・・オノレ・・・オノレ・・オノレ・オノレオノレオノレオノレオノレエエエエエエエエエエ!!
ミサキの恨みの声が響いた。だが、そんな物は意に介せず、乱馬はあかねを海から引き上げ抱きしめる。
「あかね!!大丈夫か!!」
「おい・・あかねぇ!!」
乱馬がそう叫んだ瞬間、いっせいにミサキ達が乱馬に飛び掛かった。
「うるせえ!!邪魔だ!!」
ミサキ達は一瞬で撥ね飛ばされ、無残に砕け散り地面に転がった。
「・・げほっ!!げほっ!!」
あかねが呑みこんだ水を吐き出した。
「・・・乱馬。」
「あかね!!よかった・・・生きてて・・・」
『よくやってくれました。早乙女乱馬君。』
乱馬の頭にまた声が響いた。
「・・・お母さん?お母さんでしょ!?」
声はあかねの頭にも響いているようだ。
『乱馬君・・・あかねを・・・あかねをよろしくお願いします。」
「おかあさん!!ちょっと待って!!もっと話したい事があるの!!おねがい!!」
「あかねの母さん・・なのか?」
『あかねを・・・幸せにしてあげてください・・・』
その声を最後に、二人の頭に響いていた声はぴたりととまってしまった。
「・・・あかねの母さん、情けない俺に喝入れてくれたんだな・・・」
「私にも全部聞こえてたよ。乱馬の心の叫びも全部ね・・・」
「・・・約束・・しちゃったな。」
「どんな約束?」
少し意地悪な質問を、あかねは乱馬に投げつけた。
「・・・ずっと守るって約束だよ・・・」
二人の上を、月はずっと微笑みながら照らしていた。





「だあ!!暑苦しい!!親父!!早く人間に戻れ!!」
「九能ちゃん!!無事に家に着いてよ!!」
「ぱふぉ・・・ぱふぉぉ!!」
「なんかわき腹の辺りがずきずきするのだが・・・」
「あらあら大変ですね・・・」
悪夢のような一夜が明けた後は、昨日の出来事が夢のような、普段どおりのドタバタが帰ってきた。
昨夜、乱馬とミサキ達が闘った跡には、数人分の白骨が残っており、コロン婆さん達は警察に届けに言った。
恐らく、妖怪に襲われたなどとは誰も信じないだろうが、一夜にして海岸に現れた白骨に警官も首をかしげることだろう。
ちなみに、昨夜シャンプーを誘いに行ったムースの顔には、真っ赤な手跡がはっきり残っていた。
だが、ムースは誰が何を聞こうと手あとの理由については、口を貝のようにとじたまま何も語ろうとはしなかった。
どうやら、まだまだ乱馬とあかねのシャンプーに悩まされる日々は続くようである・・・。


                   SUMMER  TRIVE        END








作者さまより

またまた書いてしまいました・・。今回は、乱×あは当然なんですが、九能×なびきも入れちゃいました。
「七人ミサキ」は海で死んだ人妖怪化したものとされていて、誰かを引きずりこんで殺すまで、成仏することも、地獄に落ちる事も
できず、ただ海の上を漂うという可哀想な妖怪でもあります。他にも磯幽霊、船幽霊など、海に出る妖怪はたくさんいるので、
今年海でボート遊びをする人は底の抜けた柄杓を持っていくことを薦めます(笑)
あいかわらずの拙い出来ですが一読してもらえれば幸いです。


夏の小説・・・。
海ってロマンティックですが、怖いところもありますね。海の神秘。
ストーリー性の高い作品です。あかねを守るのに必死な乱馬が浮かんできます。
ちょっと怖い、でも、乱あが嬉しい作品です!
なお、長い作品だったので、独断により前後編に分けさせていただきました。




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