◆HOT MAN
ケイさま作


「はくしょんっ!!」
初冬の寒空にくしゃみが響き渡った。
吹きすさぶ風はすでに冷たく、木々は紅葉の彩りを終え、薄茶色の絨毯を地面いっぱいに敷き詰めている。
「さみい・・・。」
その寒空の下、道着一枚で修行に勤しんでいるのは勿論乱馬だ。
どんどんと寒くなるこの季節。格闘技を嗜むものにはかなり辛いシーズンだ。
なぜかっていうと、道場ってのはそりゃあもう寒い。
おまけに寒さのせいで畳が固くなって、投げられても痛いし、足も痛くなる。
「・・ったく、親父の奴、なーにが「寒いから今日の修行は休んで炬燵でみかんでも食うことにする」だ。おまけにパンダの格好のままゴロゴロしやがって・・。」
乱馬はぶつぶつと呟きながらも一通りの稽古を終えた。
「うー・・・さむい・・・。」
普段なら多少なりとも動けば身体は温まるのだが、今日の寒さはその限界を超えているらしい。
すっかり手も足もこごえてしまっている。
「家に戻って・・風呂にでも入って暖まるかな・・。」
乱馬がそんなことを呟いた瞬間、不意に後ろからばしゃりと水が浴びせられた。
乱馬の身体は男から女へとお約束の変化を遂げる。
「うわっ!!!冷てえ!!」
「乱馬よ!!どうせ修行するなら女の姿の方が嬉しいぞ〜〜!!」
こんな事をするのは一人しか居ない。邪悪妖怪八宝斎の仕業である。
そしてその妖怪はそのまま乱馬に抱きついてきた。
「おう!!すいーと!!」
そしてそのまま乱馬の胸にほおずりする。
「・・・寒いじゃねえか!!このくそじじい!!」
ぶん!!と乱馬の腕が空を切った。
「甘いの〜。乱馬!!」
八宝斎は乱馬の拳をやすやすとかわし、乱馬を挑発する。
        
      ぷっつん

乱馬の頭の中でそんな音がした。
「待ちやがれこのじじい!!」
「待てといわれて待つ奴はおらんわい!!」
恐ろしいスピードで屋根の上やら塀の上やらを走り回る二人。
乱馬も頭に血が上ってすっかり寒さなど忘却の彼方へ去ってしまったらしい。
だが、さすがは妖怪。数分後、ついに乱馬は八宝斎を見失ってしまった。
「ぜぇ・・ぜぇ・・ぜぇ・・ちきしょー、あのじじい・・。」
息せき切らせて乱馬がへたり込む。
「ぜーぜー・・ゴホン・・ゴホン・・。」
唐突に乱馬はむせ返った。
同時に寒気と頭痛が身体を突き抜ける。
「やべえ・・風邪引いたかな。」
絶え間なく出てくる咳。頭の中で鳴り響く頭痛。そして眩暈。体のふしぶしも痛む。
完璧な風邪だ。
「早く帰ろう・・。」
そう呟くと乱馬は家へと帰ることにした。
「なんじゃ?乱馬の奴め、もうあきらめおったのか?・・つまらんのお・・。」
八宝斎はそんな事を言いながら乱馬に駆け寄る。
「どうしたんじゃ?乱馬?もう諦めるのか?ほれほれ、捕まえてみい。」
ちょろちょろと八宝斎が乱馬にちょっかいをかける。
「うるせえこのじじい!!風邪引いちまったじゃねえか・・。ったく・・。」
「まあそう言うでない。・・そうじゃ!!せめてもの詫びにこれを着けてやろう!!」
八宝斎はもう一度乱馬に走り寄ると、何処から取り出したかおもむろにブラジャーを乱馬に巻きつけた。
「こんのじじい・・・。こーしてやらあ!!」
びりびりびり・・。風に乗って飛んでいくブラジャーの切れ端。
「き・・貴様!!わしのせめてもの心遣いを!!」
「うるせー・・。げほげほげほ・・・・。俺は帰るぜ・・。」

乱馬が帰るのを見届けた八宝斎は邪な企みを考えていた。
「・・・そうじゃ!!」
どうやら何か思いついたらしい。
八宝斎は何処かへ向かって走り出した。
辿り着いた先は「猫飯店」店内ではムースが大量の洗い物をブツブツ言いながら洗っていた。
「この季節の洗い物はこたえるだ・・。」
真っ赤になった手をさすりながらムースは作業を続けている。
「おい、おぬし!!ムースとかいったかの?」
八宝斎がムースに話し掛けた。
「・・・さるのミイラ?」
「誰が猿のミイラじゃ!!よく見んかい!!」
八宝斎がポカリとムースをどついた。ムースはグリグリメガネをかけてじ〜っと八宝斎を見る。
「・・・天道家の妖怪じじいか?おらになんの用じゃ。」
「うむ。おぬし,しか乱馬を倒したがっておったな?今がチャンスじゃぞ。乱馬の奴風邪をひいてよわっておるからのう。」
邪悪な笑みを浮かべて八宝斎が言った。
「なに?それはまことだか?」
「うむ。乱馬の奴,敬老の精神がわかっとらんようだからのう。懲らしめてやってほしいんじゃよ。」
「わかった!!おらに任せるだ!!」
そう言うが早いか、ムースは天道家に向かって走り出した。
「コラ!!ムースどこにいくか!!仕事サボるゆるさない!!」
シャンプーの怒声が響いた。一瞬ムースはビクッとしてから振り返った。
「くっ・・これも早乙女をたおすため、引いてはシャンプーの幸せのためじゃ!!ゆるすだ!!」
そう言うとムースは再び走り出していった。
「何言ってるか!!まつよろし!!」
シャンプーもムースを追って走り出した。
「くっくっく・・・。おもしろくなりそうじゃ。」
八宝斎はニヤニヤと笑うとまた何処ぞへ走り出した。
「あやつはこれで十分じゃな・・。」
八宝斎は何処から取り出したか、弓矢をつがえると、大きな屋敷の窓に向かって打ち放った。
パリンと音をたてて窓が割れ、中に矢文が打ち込まれた。
「むっ!!矢文?果たし状か?」
矢が打ち込まれた先に居たのは九能だ。
「むっ!!むむむむむむ・・・これは!・・・今行くぞ!!天道あかね!!わはははははは!!」
そう叫ぶと九能も天道家に向かって走り出した。
勿論竹刀を携えて。
「何の騒ぎですか?お兄様。」
九能が走り出したワンテンポ後にやってきたのは小太刀だった。
そして、床に落ちていた一枚の紙を拾い上げた。
「こ・・これは!!」

       乱馬風邪引いてるよ

とだけ書きなぐってあった。
「これが本当ならば介抱に行かなければ!!待っていてくださいね乱馬さま!!お〜ほっほっほっほ!!」
黒バラ吹雪を撒き散らしながら小太刀までもが天道家へと走り出した。


「う〜・・頭痛い・・。」
八宝斎が災難の種を撒き散らしている頃、乱馬は家で寝込んでいた。
日ごろ強靭な体を自慢にしている人間は一旦風邪を引くと非常にひどくなることが多い。
「・・・体温計がない・・、風邪薬もか・・。」
しかもこういうときに限って玄馬の姿も見当たらない。
普段そうそうは風邪を引かない乱馬に風邪薬や体温計のありかなど分かるはずも無い。
「・・ったく・・。どこにあんだよ・・。」
「乱馬、なに探してるの?」
ごそごそと戸棚を探す乱馬に唐突にあかねが後ろからこえをかけた。
「お!あかね。いいところに来た。風邪薬と体温計のあるところ教えてくれよ。」
「風邪薬?乱馬風邪引いたの?・・・なんとやらは風邪引かないって言うけどね。」
「うるせえな・・。げほげほっ・・。」
「ちょっと待って・・。確かこのへんに・・・。」
そういってあかねは別の戸棚を開けた。やはり乱馬は見当違いな場所を探していたらしい。
「・・・ほらこれ。結構効くわよ。」
そういってあかねは黄色い錠剤の入ったビンを差し出した。
よくテレビで見かける商品名だ。おまけに○○○○ゴールドなどといかにもな宣伝文句が振ってある。
「俺は・・糖衣の方が・・。」
「子供みたいな事言わないでのみなさいよ!」
「はいはい・・うっ・・苦い・・。」
そう言いながら乱馬は錠剤を喉の奥へ流し込んだ。
「あとは早く寝たほうがいいわよ。」
「ああ・・そうするか・・・・」
乱馬がそう言った瞬間天道家に叫び声が響いた。
「早乙女乱馬!!覚悟するだ!!」
ひゅん!!と空気を切り裂く音がなり、ムースの暗器が乱馬めがけて宙を舞った。
「うわっ!!・・・なんだムース!!いきなり・・。」
「ふっふっふ・・・、早乙女乱馬。今日こそお前を倒すだ!!・・・これでもくらえい!!」
目にもとまらぬ早さでムースの暗器が空を切った。そして、壁という壁に暗器が突き刺さる。
「てめー!!上等だ!!かかってきやがれ!!」
乱馬も応戦に入った。だが、いかんせん弱った身体ではまるでムースの動きについていけない。
「わっはっは!!あのじじいのいうこともたまにはきいてみるもんじゃな!!動きが遅いだぞ!!乱馬!!
これでシャンプーはおらのもんじゃ!!・・覚悟!!!!・・・・・・・・・ぎゃああ!!」
ムースがとどめを決めようとしたとき、次の乱入者がムースを蹴り飛ばした。
「ムース!!私の乱馬になにするか!!」
「・・・おらはシャンプーのために乱馬を倒そうと・・・。」
「余計なお世話ね!!」
シャンプーがきつく言い放った。
「そうだぜ。シャンプー・・・ムースをつれて帰ってくれよ・・・。げほげほっ・・・。」
「乱馬かぜひいたあるか?それはいけないね。わたし看病するある。」
「いいから横になるね。何か温かいものでも作るある。」
「いいから早くムースをつれて帰ってくれ・・・、」
「乱馬はなにが食べたいあるか?」
会話のキャッチボールは成立していないようだ。この強引さがシャンプーの魅力でもあるのだが・・。
当事者からすれば迷惑以外の何者でもないだろう。
「いいから早く帰って・・・」
乱馬がそこまで言った瞬間、またもや怒声が響いた。
「早乙女!!覚悟ォォォ!!!」
今度の乱入者は九能だ。竹刀を音速で振り回しながら乱馬に飛び掛ってくる。
その剣圧で周囲のものがことごとくふきとんでしまっている。
「だああっ!!あぶねえ!!」
乱馬は間一髪で竹刀をかわした。
「わははははは!!あの矢文は本当だったようだな!!動きが遅いぞ早乙女!!わははははは!!」
さらに調子に乗った九能はさらに竹刀を振り回し続ける。
「お兄様!!おやめになって!!」
ごすっ・・・、鈍い音が響いた。
九能の頭上には直径三十センチはあろうかという鉄球(ひょっとすると新体操のボールのつもりかもしれない)
が落下したのだ。
「ほーほっほっほ!!乱馬さまの介抱はわたくしのしごとですわ!!」
小太刀の声とともに黒バラ吹雪が舞い飛んだ。
「げっ・・小太刀!!」
「なにをいうか!!乱馬の看病はわたしの仕事ね!!邪魔者は帰るよろし!」
シャンプーも負けじと応戦する。
「・・・なんで・・なんで乱馬なんじゃあああああ!!!!」
さっきまでムースの一言で放心状態だったムースがキレた。
その勢いのままムースは再び乱馬に鉄球攻撃を仕掛けた。だが所詮は錯乱状態の攻撃。
ごすっ・・・乱馬はやすやすとそれをかわしたが、なぜか再び鈍い音が響いた。
「・・・おのれ・・・この外道妹が・・!!こうなったらこの兄の手で引導わたしてくれるわ!!」
なんと鉄球は先ほど小太刀の一撃で気を失っていた九能に命中したようだ。
その一撃で目覚めた久能は、乱馬の事などすっかり忘れ去ったように小太刀への怒りに燃えている。
「これでもくらえい!!」
九能は小太刀に向かって思い切り攻撃を仕掛けた。竹刀の切っ先がかすかに小太刀をかすめる。
「・・・お兄様・・実の妹に向かって暴力を振るうとは・・・。許せませんわ!!」
小太刀も負けじと反撃する。
もはや天道家は爾地獄絵図だ。
「おい・・・いい加減にやめ・・げほっげほっ・・・・」
乱馬の風邪ももはや最悪状態だ。

「あんたたち・・・・いい加減にしなさい。」

静かだが良く通る声が響いた。
だが、戦闘状態にあるシャンプーたちは全く気づいていない。

「いいかげんにしなさい!!!!!!乱馬の風邪が酷くなるでしょうが!!」

ついにあかねが激怒した。
その迫力に全員の動きがぴたっと止まる。

「乱馬の看病はあたしがします!!他の人たちは帰りなさい!!!!」

「冗談じゃないね!!乱馬の看病はわたしの仕事ね。」
「いいえ!!わたくしのしごとですわ!!」
「そうだぞ天道あかね!!早乙女の事なぞ忘れて僕と・・・・」
「おれは早乙女を倒すまで帰れないだ!!」

「か・え り・な・さ・い!!!!!!!!!!」

あかねの迫力は凄まじかった。
傍から見ている乱馬すら驚くほどに。
「しょうがない・・今日のところは引くね・・・。」
「しかたないですわね・・・。」
その迫力に気圧されたか、シャンプーも小太刀も引くことにしたようだ。
ムースと九能も二人に引きずられて帰っていった。



「ふぅ・・・。やっと帰ったわね・・。」
全員が帰るのを見届けたあかねが安堵のため息をついた。
「・・・おまえ時々すごいな・・。」
「なによ・・あんたがだらしないからじゃない・・・。態度をはっきりしないからシャンプー達だって・・」
「俺がいつはっきりしない態度を・・・げほっ・・・・・」
乱馬はついにうずくまってしまった。
風邪をひいたままあれだけの騒動に巻き込まれたのだ。当然の結果だろう。
「ちょっと乱馬・・大丈夫?」
「うっ・・ちょっとやばいかも・・、。」
「ちょっとちょっと・・・、ほらおでこ出して!!」
そういってあかねは乱馬のひたいに手をやった。
「・・・・38度は軽く超えてるわね・・・、早く氷枕を・・」
あかねはあわてて氷をとりに行こうとした。
「・・・もうちょっとこうしててくんねえかな・・・・なんかそのほうが早く治りそうだ・・・。」
「えっ・・・ちょっと・・・。」
「頼むよ・・・・。」
「しょうがないわね・・・いいわよ。」
そういうとあかねは乱馬を静かに抱きしめた。
「ありがと・・・。」
乱馬の体から、苦しさが少しずつ抜けていく。
そして乱馬は静かに深い眠りへと落ちていった。
「・・・乱馬?・・・眠っちゃったみたいね・・・。」
あかねは乱馬をベットに寝かすとその横顔を見つめた。
そこには最愛の人の安らかな寝顔がある。
ただ、幸せに眠る横顔が。暖かな愛に包まれ眠る寝顔があった。
「おやすみ・・乱馬。早く元気になってね・・・。」
寒々しい風の音が窓の外から聞こえる。冬は二人を暖かく抱きしめていた・・・・。



ちなみに翌日、ボロボロになった家を見て真っ白になったまま凍り付いていた早雲も風邪をひいたとかひかないとか・・・・


             皆さん風邪には気をつけましょう!!








作者さまより

 長編を放り出して久々の短編!!出来の方はどうでしょうか・・・。
 決して長編の出だしだけ書いてはみたけどけど、続きがつまったんで短編でお茶を濁してる・・わけじゃないです・・・多分。
 なんか前に使ったネタの焼き直しみたいですけど・・・自分では結構気に入ってます。
 熱があるとき誰かにひたいに手をあててもらうとほんとに気持ちいいんですよね。ひんやりして。
 じつはこの話、遥か昔、僕に彼女が居たときの思い出だったりします(笑)もちろん脚色してますけど。
 ちょろっと自爆ものの過去を晒したところで(別に誰も知りたくないと思いますけど)ではまた。
 相変わらず上達してない文章ですが、読んでくれた方、本当にありがとうございます。


 風邪は万病の元・・・でも、あかねちゃん・・強いっ!そして優しいっ!!
 風邪ひき男は女性をくすぐるものがあるとかないとか。
 冬の夜は暖かくしてほこほこ心で眠ってください・・・それが風邪には一番かも・・・
(一之瀬けいこ)



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