FIGHT FOR YOUR RIGHT その5
ケイさま作


街にも山にも、冷たい風が吹き付けていた。
風に雪が混じり、鉛色の空は異様な程の速さで雲を動かしていた。
その空の下、哭竜寺には、天道家の面々と、修行者達、そして兵藤老と乱馬が集い、決戦が始まろうとしていた。
「削夜が来ました!」
修行者の一人が叫んだ。その先には、ボロボロの道着を帯で結んで肩に架け、こちらに向かって歩いてくる削夜の姿があった。
「こりゃまた、大仰なことで」
削夜はそう呟くと、大柄な身体を二三度揺さぶり、背を伸ばした。
「削夜、待ってたぜ」
乱馬が叫んだ。
「へぇ、自信ありげだね」
「ああ、今日は負けらんねえからな」
「それじゃ、着替えてくるんで、ちょっと待っててよ」
そう言うと、削夜は寺院の中へ消えた。
「乱馬、言うことは何も無い。勝ってこい」
玄馬が言った。
「乱馬君、しっかりね。やるべきことをやれば勝てる。信じてるよ、私はね」
早雲は、そう言って乱馬の肩を叩いた。
「ま、しっかりやってきな。勝てそうじゃない。」
なびきは寒さに肩をすくめながら、乱馬に言った。
「怪我しないようにね」
かすみは、大事そうに救急箱を抱えていた。
「ああ。勝ってくる。今、凄え落ち着いてるんだよ。負ける気はしねえ」
乱馬は答えた。
「あかね・・・」
乱馬は真っ直ぐにあかねを見つめた。
「何よ。一ヶ月も音信不通でさ。勝手にすればいいでしょ!」
「あら、素直じゃないわねぇ」
涙を浮かべたあかねに、なびきが毒づいた。
「・・ああ。あのさ、勝って来るからさ、・・その、安心して見てろよ」
「そんなこと、分かってるわよ!」
あかねはそう言って笑った。乱馬もつられて微笑んだ。
「よっしゃ!完璧だ!行ってくるぜ!」
乱馬は地面を踏みしめ、歩き出した。

「双方、準備は宜しいか!」

審判の修行者が叫んだ。
「ああ!いつでもいいぜ!」
「いつでもどうぞ」
削夜も何時の間にか着替えを終わらせていた。その腰には、ボロボロの黒帯が結ばれている。乱馬も同じく道着姿である。
「両者、よく聞けい!この試合、約定(ルールの取り決め)は無し!一切の禁じ手無し!両者、力を尽くすように!」
兵藤老が叫んだ。
「両者、試合場の中央へ!」
真っ平らな土の試合場の中央へ二人は歩き出した。
その周りを修行者達や天道家の面々が取り囲んでいる。
「お互いに、礼!」
審判が叫んだ。
乱馬は削夜に向い、軽く一礼した。
「始めいっ!」
その声と同時に、二人は構えを取った。
乱馬は、左の腕を前に突き出し、両手を軽く開き、深めに身体を沈め構えた。拳法のオーソドックスな構えだ。
乱馬はその姿勢のまま、削夜を見据えた。
大きい。乱馬は思った。身長も185程度はある。体重に至っては百キロ近いだろう。
その太い腕や足は、凄まじい力があることを容易に伺わせた。
(以前は、こんな奴に真正面からかかってったんだな)
乱馬は思った。そして、更に削夜を見据えた。ボロボロの灰色に近い黒帯に、布地の厚い道着。
おそらく、柔道衣だろう。
(よし、相手は見えてる!)
乱馬はすう、と息を吸い込むと叫んだ。格闘技において、相手が見えるということは極めて大事なことだ。
相手を見切る、というのではなく、単純に相手を見ること。それは、相手に呑まれないことだ。
「いくぜえ!」
「来い!乱馬君!」
二人の距離が一気に縮まった。乱馬が一足飛びに距離を縮めたのだ。
「せいやぁ!」
乱馬の足が、風切り音とともに、削夜の顔に向かって振り上げられた。「回し蹴り」だ。
「こんな蹴りが当たるか!」
削夜は、その蹴りを見切り、軽く右手でいなし、左の直突きを出そうとした。
だが、そこにもう一発乱馬の蹴りが降ってきた。乱馬は回し蹴りを出した直後、相手に向かって前宙をするように、「胴回し回転蹴り」放っていたのだ。
乱馬の踵が、削夜の顔に叩き込まれた。
「がぁっ!」
削夜はうめき、一歩後ろに退がった。
「遅せえ!」
乱馬は真っ直ぐに、削夜の顎を蹴り上げた。その「前蹴り」は防御の間隙を潜り抜け、見事に削夜の顎を捉えた。
「がはっ!」
ドオン、と音を立てて、削夜は後ろ向きに倒れた。
「やった!」
なびきが叫んだ。
「まだよ、お姉ちゃん」
あかねは、真っ直ぐに闘いを見据えながら呟いた。
「ああ、これからだね、早乙女君」
「うむ。始まったところ、だな」
玄馬は冷徹な目で、倒れた削夜と乱馬を均等に見据えた。


「どうだ!削夜!挨拶はこんなもんだぜ!早く立ちやがれ!」
削夜はゆっくりと地面に手をつき、立ち上がった。その口からは幾らか血の雫が滴っていた。
「大したもんだ。本当に大したもんだよ、乱馬君.ちょっと本気を出そう」
「へっ!その余裕な口、もう叩けなくしてやるぜ!」
乱馬はそう叫ぶと、また一足飛びに間合いを縮めた。
今度は、削夜が突きを繰り出した。脇を締め、真っ直ぐに打ち出す、ボクシングのジャブに近い突きだ。一発ごとに、ぶん、と空気が裂ける音が響いた。
だが、乱馬はその突きをくぐり抜けるようによけ、さらに間合いを詰めた。動きの速さは乱馬に分がある。
「うらぁッ!」
乱馬の鋭い突きが、また一発削夜の顔に叩き込まれた。
削夜はバランスを崩し、後ろによろけた。
(やけに簡単に倒れるな・・)
乱馬はそう思ったが、とにかく好機ではあった。倒れた削夜に馬乗りになるようにして、突きを放った。
その刹那、削夜が僅かに笑ったのがあかねには見えた。
「乱馬!何か狙ってるわよ!」
「もう遅い!これで終わりだ!」
削夜は乱馬の道着の腕を掴み、片腕を引き込み、足を乱馬の顔と肩に架け、肘の関節を逆に挫き曲げようとした。
「腕ひしぎ逆十字」という柔道の技である。完全に入ればまず逃げられない。肘の関節を壊す技だ。
「やっぱ狙ってやがったか!」
乱馬は、取られていない手で身体を逆立ちするように立て、前に身体をずらし、関節技から脱した。
関節技は、ある程度極まる状態から身体を動かせることが出来れば入らないのだ。それくらい、精妙な技なのである。
乱馬は関節から抜けだすと、再び立ち、構えを取った。
(とにかく、掴まれたらまずいな。削夜は力だけじゃない、技も切れる・・)
背中に冷たい汗が流れた。今の技も、かわせたのはある程度読めていたからだ。かかっていてもおかしくは無かった。
「かわされたか。まだまだだ!いくぞ、乱馬君!」
「来い!」
だが、乱馬はその恐怖を一息に払いのけた。
恐怖は大事な感覚だ。これが無ければ的確な判断など出来ない。しかし、それに囚われることは最も良くないのだ。
また、削夜は真っ直ぐにジャブを打ち込んできた。
先ほどまでのような、加減した打撃ではない。倒す気の全力の打撃だ。
一発凌ぐごとに、防いだ手が痺れるほどに痛んだ。だが、その動きはことごとく見えていた。
(見える!イケる!)
乱馬が反撃に転じた瞬間、乱馬の腕は、削夜の手にがっちりと掴まれた。
(まずい!)
「うおおお!」
削夜は掴んだ腕を肩にのせ、思い切り前へ引き出した。乱馬の身体が宙に浮いた。「一本背負い」だ。
地面に土ぼこりが舞い、乱馬は土の上に叩き落とされた。しかし、この一本背負いはダメージを与える技ではない。
もちろん、ダメージが無い筈は無いのだが、間一髪、乱馬は受身が間に合っていた。
「今だッ!」
乱馬は削夜の腕を掴むと、足を肩に当て、肘と肩の関節を逆に捻り上げた。
「腕ひしぎ膝固め」だ。柔道や柔術に見られる関節技であるが、最も難しい関節技の一つでもある。
削夜の関節が音を立てて軋んだ。
「うおおお!」
削夜は力で乱馬を引き離すと、一気に離れるように飛び抜けた。
「この俺に関節技を仕掛けるか!」
削夜は立ち上がると叫んだ。
「ジイサンに習ったんだよ!使ってみたくもなるぜ!」
乱馬は叫んだ。


「玄馬さん、素晴らしいお子さんを持ちましたなぁ」
兵藤老が玄馬に言った。
「いえ、そちらで習った技が素晴らしかったのでしょう。それに、削夜君も素晴らしい」
「いえ、わしは技など一つも教えておらんのですよ。組み手でかけていたら、勝手に覚えてしまった」
「ありがたいことです。そちらで習ったことは、乱馬を成長させてくれました」
玄馬は感慨深げに言った。
「削夜はこのままでは、負けますな」
兵藤老が表情を変えずに言った。
「でしょうね。彼は、全力を出していない。いや、出せないんでしょうな」
玄馬がそう言った瞬間、また二人はぶつかった。


しだいに、削夜の打撃は力を失いつつあった。
「でやあッ!」
乱馬の蹴りが、また削夜の側頭部を打ちぬいた。
しかし、体躯の差からか、削夜は倒れない。しかし、徐々に削夜の動きは鈍くなりつつあった。
(負ける、のか?俺が、負ける?乱馬君に?)
削夜の思考は、これ以上無いほど混乱していた。
また、一撃が今度は腹に見舞われた。回し蹴りだ。突き抜けるような痛みと苦しさが削夜を貫いた。
そして、削夜はそのまま倒れ伏した。
(倒れた、のか・・俺は。負けたな・・)

「ふざけるな、削夜ぁ!!」

乱馬が叫んだ。
「まだまだ使える技があるだろうが!全力出しやがれ!真剣勝負で全力出さない奴は、武道家なんかじゃねえ!」
(真剣、勝負・・?全力?)
「持ってる技全部使いやがれ!それが真剣勝負だ!気を使われて勝つのなんかごめんなんだよ!」
(気を使う?技?・・・・・・・・・・・・・・・・・・技か・・。)
「立て!これで終わりなんてことがあっていいわけがねえ!」
少しづつ、削夜の頭に正気が戻り始めていた。
「あいつ」の顔が浮かんでは消えた。その顔は少し微笑んでいたように見えた。
地面に強く手をついて、削夜は立ち上がった。
「乱馬君、礼を言うよ。・・なんかスッキリした。そうだよな。君の・・言うとおりだ」
削夜は少し笑った。乱馬も満足そうに笑った。
そこには、強い相手と向き合える純粋な喜びが漲っていた。
「悪かったよ。乱馬君。ここからが勝負だ。使える技は全部使おう。・・恨みっこなしだ」
「恨みなんかするわけねえだろ!さあ、勝負だ!」
削夜の身体に、打たれた痛みを消し去る力が溢れていた。それは乱馬も同様だった。

「若いものはうらやましいのお」
兵藤老が微笑みを浮かべて言った。
「解き放たれたみたいですな。これからが勝負です。わしの息子は負けませんよ」
玄馬も満足そうに言った。
「わしの孫だって負けん。自慢の孫じゃからな」
兵藤老がそう言った瞬間、二人分の咆哮が、曇り空を突き抜いて響き渡った。

「行くぞ!乱馬!」
「来い!削夜!」
削夜が、乱馬へ間合いを一気に詰めた。
乱馬は右の拳を思い切り突き出し、正拳突きで迎え打った。
だが、その腕は、削夜に掴み取られていた。
「うおおおお!」
削夜は乱馬の腕を思い切り引き込むと、身体をかがめ、腹部に振りぬくような掌底打ちを叩き込んだ。
「がはぁ!」
乱馬は、声を上げると、身体をくの字に折った。
「おおお!」
削夜は攻撃を続けた。何とか打ち出された乱馬の拳をいなすと、
その側頭部に、思い切り裏拳(拳の甲の部分をスイングするようにして打ち込む技)を叩き込んだ。
先ほどの削夜には無い、攻撃的な攻めだった。そこには、相手を倒すことに何一つの迷いもなかった。
「とどめだ!」
削夜は、乱馬の身体を背後から思い切り抱え上げると、そのまま反る様に投げにいった。
「裏投げ」だ。柔道などにもある技だが、言うまでも無く、極めて危険な技である。後頭部から落ちる上に、受身が取れないのだ。
凄まじい衝突音が響き、土煙が舞い上がった。
削夜は、ゼイゼイと荒い息を押し殺しながら
「・・終わりです。俺の、勝ちです」
と、玄馬達に向かって言った。
「何を言っとる。後ろを見てみんかい」
兵藤老はそう言うと、削夜の後ろを指差した。
「乱馬は負けないわよ!」
あかねが叫んだ。その声に支えられるかのように、乱馬はゆっくりと立ち上がった。
その額からは血が流れ、したたかに後頭部を打ったせいで、幾分ふらついてはいたが、確かに乱馬は立ち上がった。
「まだ・・だ!」
「何故?何故立てる?」
削夜は慌てて、乱馬に向かって構えを取り直した。
「知るかよ、負けらんねえだけ・・だっ!」
「なら、とどめだ!!!」
削夜が猛然と乱馬に走り寄った。
「おおお!」
乱馬の顔面目指して、巨大な拳が迫った。
「負け・・ねえっ!!」
乱馬の声が響いた。
その刹那、削夜の身体が宙に舞った。乱馬は、削夜の拳を掴み止めると、その勢いを利して放り投げたのだ。
削夜の身体は放物線を描いて地面に叩き付けられた。
だが、まだ削夜は立ち上がった。
「何で、ここまで打たれてそんな力が出る?何でそこまでして戦うんだ?」
削夜は切れた口で血交じりの言葉を何とか吐き出した。
「俺は、絶対に守りたい女がいるんだよ!そいつの前で負けるわけにいくかっ!」
最後の咆哮が響いた。
その刹那、強烈な炸裂音とともに、削夜の顎を、乱馬の拳が打ち抜いた。
ゆっくりと、ゆっくりと削夜の身体は地面に向かって倒れて行き、勝負は遂に終焉を迎えた。
「俺の・・俺の勝ちだっ!!」
乱馬はそう叫んだ。その直後、乱馬の意識も闇の中へ落ちた。




「いい、勝負じゃったな」
「ええ、いい勝負でした」
玄馬はそう答えた。勝負が終わってから、既に数時間が過ぎていた。
二人はまだ、深い眠りの中に落ちている。乱馬には、あかね達が付き添ったままだ。
「削夜君はもう大丈夫でしょう。彼はこれからまだまだ強くなる。もちろん、乱馬もですがね」
「次は、うちの孫が勝つわい」
兵藤老がそう言うと、二人は声をあげて笑った。
「削夜が目を覚ましました!」
修行者が息を切らして駆け込んで来た。
「ほっ、馬鹿孫が目を醒ましよったみたいじゃの」
そう呟くと、兵藤老と玄馬は削夜と乱馬の眠る部屋へ足を向けた。

「俺は、負けたんですか」
削夜は痛む体を起こすとそう呟いた。
「そうじゃな。おまえの負けじゃ。完敗じゃな」
「そうか。負けたか!あー負けた負けた!」
削夜は声をあげた。その顔には憎しみも怒りも見えなかった。
「ありがとう、削夜君。乱馬もいい修行になったよ」
玄馬が言った。
「いえ、こちらこそ礼を言わなきゃいけない。おかげで、なんか色々すっきりしましたよ」
「悔しくはないのか?」
兵藤老が訪ねた。
「悔しいよ。そりゃあ、はらわたが煮えくりかえる位ね。でも、何かこういうの久しぶりだな、とか思ってね。悪くないよ」
「そうじゃな。次は勝つことじゃ」
「もちろん」
削夜はそう答えると、強く拳を握った。

「乱馬君、目を醒ましたわよ!あ、あら削夜君も目、醒ましてたんだ」
なびきが息を切らせて飛び込んで来た。
「おかげさんで。それより、乱馬君、大丈夫ですか?かなり打撃入れた覚えがあるんですけど」
「大丈夫だけど、近寄らない方がいいわね。あてられちゃうから」
「へ?それはどういう意味・・あ、そうか」
「邪魔はせんことじゃな」
兵藤老も、顔をくしゃくしゃにして笑った。
「あー、ちょっと俺が負けた理由、分かりましたよ」
「そうね。君も負けられない理由作った方がいいわよ」
「そりゃ、強いわけですね」
そう言うと、削夜も声を上げて笑った。こんなに笑ったのはいつ以来だろう、と削夜は思った。


「だから、勝つっていったろ」
「何よ、顔そんなに腫らしちゃって、全然安心して見てられなかったわよ」
玄馬達の喧騒から、少し離れた部屋で、乱馬は目を覚まし、あかねと憎まれ口を叩きあっていた。
あかねは、泣きそうになる自分を無理やり押さえつけて、憎まれ口を叩いた。
「なんだよ、かわいくねえ。心配したよ、くらいないのかよ」
「心配、したわよ!」
そう言うと、あかねは乱馬に抱きついて、咽び泣いた。
「い、痛え!っていうか、お、おい・・馬鹿、勝ったんだからよ・・」
「いいから、ちょっと黙っててよ・・。こうしたいんだから・・」
乱馬はあかねの髪を優しく撫でた。熱を持った手に、その感触が心地よかった。
「さて、私はのけ者みたいだし、早乙女君のところでも行こうかな」
すっかり、存在を忘れられた早雲は、そう呟くと立ち上がり、歩き去っていった。


その日の夕刻、乱馬達は哭竜寺を後にすることになった。
「それじゃ、兵藤師範、お世話になりました」
「こちらこそじゃよ。また遊びに来とくれ」
「それと、削夜君」
玄馬は思い出したように付け加えた。
「はい、なんですか?」
「約束通り、煙草は止めることだな。今日の勝負も君の体力次第で行方はわからなかったよ」
「あ・・はい、止めますよ。迂闊な約束しちまったなぁ」
削夜は頭を掻きながら笑った。
「それでは」
そう言うと、乱馬達は踵を返し、歩き出した。
「乱馬!楽しかったよな!また勝負しような!」
削夜は、乱馬達の背中に向かって思い切り叫んだ。
「ああ、もちろんだ!またやろうぜ!」
乱馬も叫んだ。
「晴れ晴れ、じゃな」
「ああ、この怪我が治ったら、またここで修行する。俺は、伝承者だからな。もっと技教えてくれ、ジジイ!」
「ジジイじゃないわい!師範と呼べ!馬鹿孫が!・・・それと、これを読むことじゃな」
兵藤老は、黄色く変色した封筒に入った手紙を差し出した。
「これは・・、あいつの?でも、俺負けたよ?」
「いいから読め。遺言と言っても、結果的に遺言になっただけじゃがな。あやつは、おまえと闘い、どちらかが伝承者になることで、関係が壊れるのを恐れていたんじゃよ。試合の前に渡したかったんじゃろうが、あの場でそれは許されなかったんじゃな。友達だったんじゃろ」
削夜は、ゆっくり封筒を開くと、文字を追った。
『どちらが伝承者でも俺達は何一つ変わらない。何度でも思い切り勝負しよう』
とだけ、拙い文字で書いてあった。
「俺、あいつの黒帯取ってくるよ。やっぱ墓は一個でいいよな!」
そう叫ぶと、削夜は走り出した。


「ねえ、乱馬、絶対守りたい女って誰?」
帰途の列車の中、あかねは唐突に乱馬に訪ねた。
「そうそう。見てる前じゃ絶対負けられないのよね」
なびきもうろたえる乱馬を見て面白がっているようだった。
「俺はそんなこと言ってねえ!」
「言ったわよ。ねえ、誰なのよ?」
あかねは少し意地悪く微笑んだ。
「あらあら、乱馬君をそんなにいじめるもんじゃありませんよ」
かすみのフォローは丸で逆効果だった。
「あかねと乱馬君の仲も一層深まったようだし、めでたしめでたしだね、早乙女君」
「全くだね、天道君」
「負けられない理由があると強いわね。削夜君、気の毒だったわ」
なびきが更に乱馬に追い討ちをかけた。
「あーもう俺はそんなこと言ってねえったら言ってねえ!忘れろーー!」
「無理よね、あかねちゃん」
「無理よ」
あかねは、にっこりと笑い、かすみに答えた。
すっかり雲が吹き流された空は、夕焼けの赤でにじみ、雪が少しづつ降り続いていた。







作者さまより

長い間投稿を止めていた作品をやっと書き上げました。
私事に追われ、長い間の音信不通をお詫びさせていただきます。この作品は、乱馬1/2の二次創作というより、
僕自身が書きたかった格闘シーンだけに特化したもののつもりです。やはり、本気の闘いというものを書くのは非常に難しいものでした。
ところで、乱馬と言えば、アクロバティックな蹴り技、というイメージを僕は勝手に持っているのですが、僕自身にそういう系統の格闘技の経験が無いので、中々にイメージが掴めませんでした。また、作中でオリジナルキャラクターの「削夜」の使う技は、ほぼ実在の物ですが、文章で技を描くというのが、これまた難しい・・。長々と解説を入れるのも興ざめですし。使い馴染んだ技ばかりのはずなのですが・・。
多分、技の全体像はまるで伝わっていないとは思いますが、イメージで補ってやってください。



 めでたく投稿完了です!!
 作品が止まっていたので、心配してました・・・長らくお体を壊されていたということですが、大丈夫でしょうか?
 ケイさまは柔道をされていらっしゃるというので、格闘技の臨場感は、ただ文章テクニックやイメージのみで捉えている私などとは違い、迫ってくるものがあります。
 乱馬がそこに居て闘っているような。乱馬君の闘いなら観戦してみたい気がします。
(一之瀬けいこ)


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